姫の体は誰のもの 1

「……大人になりたい、ですって?」
 ジェシカの言葉に、エリザベスは力強くうなずいた。
「ええ、なりたいですわ。わたくし、まだ子供ですもの」
「まだ子供って言ったって……そんなの当たり前でしょう。あんた、今いくつよ」
「先月で十三歳になりました」
 そう答えるエリザベスの青い瞳を、ジェシカはじっと見つめた。
 彼女はこのアイザック王国の王女で、三人いる姫君の末娘である。
 長いストレートの髪は見事な黄金色。瞳はつぶらで目尻はほんの少し垂れ下がっており、いかにも淑やかな深窓の令嬢らしい、繊細な容貌を持つ。性格は大人しく控えめで、王女という高貴な身分でありながら周囲に威張り散らすことはまったくない。それゆえ城にいる人間からはもちろん、国の誰からも敬われ、愛される姫君だった。
「十三歳……そういえば、ベスももうそんな歳なのね。早いもんだわ。ほんのちょっと前まで、ぬいぐるみを抱きながらあたしの後ろをついて回っていたのに」
 ジェシカはフォークの先に載ったチョコレートケーキの欠片を口に放り込み、しみじみと言った。
 ジェシカは十七歳。宮廷魔術師カリオストロの娘で、エリザベスとは幼馴染みの付き合いである。
 四つ下のこの愛らしい姫君を、ジェシカは実の妹のように可愛がっており、現在はエリザベスの家庭教師として学問の手ほどきを任されていた。
 その立場上、家族以外で唯一エリザベスと対等に口をきくことを許されており、城の中でこの麗しい第三王女を、「あんた」呼ばわりできるただひとりの存在である。
 そんなジェシカがかぐわしい紅茶の香りを堪能していると、エリザベスは珍しく大きな声をあげた。
「少しはわたくしの話を聞いて下さい、ジェシカ!」
 普段は雪のように白い姫君の頬が、今は薄紅色に染まっている。どうやら、今はただの茶飲み話として聞き流していい話ではないようだ。
 ジェシカは紅茶のカップを皿に戻し、容姿端麗な王女に視線を向けた。
「ああ、聞いてる聞いてる。大人になりたいんだって?」
「そうですわ。わたくし、まだまだ子供ですの。魔法使いのジェシカなら、わたくしを今すぐ大人にしてくださるんじゃないかと思って……」
「エリザベスを大人に、ねえ……」
 ジェシカは軽く首をかしげ、ひと呼吸おいてからエリザベスに問いかける。
「何かあった? またお姉さまに子供扱いされたとか?」
「そ、そんなことは……!」
 図星だったようだ。テーブルを挟んだ向かい側で、小柄なプリンセスの顔が紅潮していた。
 あまりにもわかりやすい反応に、ジェシカは声をあげて笑った。
「あっはっはっは……何度目よ、それ。あんたがマリア殿下に子供扱いされて、あたしに泣きついてくるの。気にするなっていつも言ってるでしょう?」
「そんなこと言われましても……」
「もう、あんたも繊細というか、しょうもないことを気にしすぎというか……」
 ジェシカはエリザベスの心中を察した。おそらく、第二王女のマリアが原因なのだろう。
 マリアはエリザベスの三つ上の十六歳。とても明るく朗らかな性格で、妹のエリザベスのことを日頃から可愛がっている。
 だが、幼い頃からの癖で、エリザベスを子供扱いしてしまうことがしばしばあった。
 無論、本人に悪気はないのだが、エリザベスは気に入らないらしく、ほんの些細なことで、今のようにジェシカに言いつけに来るのだ。
 何しろ、思春期を迎えて多感、かつ複雑な年頃である。
 背伸びしようとするエリザベスの心理は、幼馴染みのジェシカとしては微笑ましくもあるのだが、そのたびにいちいち機嫌を直してもらわねばならず、困った話でもあった。
「はあ。わたくし、早く大人になりたいですわ……」
「そんなもん、ほっときゃ嫌でも大人になるわよ。で、今度は何? あのマリアお姉さまに何を言われたの」
「小さいって……」
「え? 何?」
「胸が小さいって言われました……」
「ああ、そう」
 ジェシカはしばらく王女の顔を眺めたのち、席を立ってテーブルの向こう側に回り込んだ。
「ジェシカ?」
 訝しげにこちらを見上げてくるエリザベスの白いドレスに両手を伸ばし、そっと肌を撫でる。
 今年で十三歳になる少女の乳房はほとんど膨らんでおらず、まるで洗濯板だった。
「うん、小さいなんてもんじゃないわね。まったいら。あんたのお姉ちゃんたち、どっちも大きいものねー。本当に姉妹か疑わしくなるわよねー」
「や、やめて下さい! うう、ジェシカまで……ぐすっ、うえええん……」
 とうとう王女が泣き出してしまい、ジェシカは慌てて彼女から離れる。
(こりゃあ、大変だわ)
 慌てずとも、まだ十三歳なのだから、これからいくらでも成長するはずである。
 今は蕾のような少女の身体が、やがて華やかな女の肉体へと開花するさまを思い描くと、誰であろうとエリザベスの将来が楽しみになる。だが、本人にはそれが待てないらしい。
「しょうがないわね……可愛いお姫様のために、ひと肌ぬいでやるとしますか。ほら、泣きやみなさい、ベス。あたしがあんたを大人にしてあげるから」
 ジェシカがなだめると、エリザベスは涙で汚れた顔を上げた。
「え? 本当にそんなこと、できますの?」
「できるできる! このあたしを誰だと思ってるの? 王国一の天才魔術師、ジェシカ・カリオストロ様よ! 不可能なんてあるわけないじゃない!」
 ジェシカはぴんと親指を立て、これ以上ない笑顔で請け負ってみせた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 ジェシカはエリザベスに言って、メイドのヒルダを部屋に呼ばせた。
 王女の部屋に入ってきたヒルダは、主人に向かってうやうやしく一礼した。
「姫様、御用でございますか」
「よくいらしてくれました、ヒルダ。実は、あなたに折り入ってお願いがありますの」
 エリザベスは椅子に座ったままヒルダを見つめた。
 ヒルダはエリザベスに仕えるベテランのメイドで、歳は二十八。理知的な表情に細い眼鏡がよく似合う。
 女性にしてはかなりの長身で、肉づきのいい柔らかなボディラインが人目を引いた。白いエプロンの胸元を豊かな乳房が押し上げ、そのボリュームは同性のジェシカでさえ意識せずにはいられない。
「姫様のおっしゃることでしたら、どんなことでもお引き受けしますが……」
「そう、それはよかったわ。実はあなたのそのムチムチの体を、しばらくお姫様に貸してあげてほしいのよ。いいわね?」
「は? 体を……」
 こちらの言葉を理解できずにいるヒルダに構わず、ジェシカはエリザベスを彼女の前に立たせた。
 杖を掲げて呪文を詠唱すると、エリザベスの小柄な身体がかすかに光り始める。
「姫様、ジェシカ様、何をなさるおつもりですか?」
 光はどんどん強くなっていく。ただならぬ気配にヒルダの表情が強張ったが、忠誠心が篤いメイドは決して主人の前から逃げ出そうとはしない。
「それじゃ、いくわよ。ベス」
「はい、お願いします」
 了承の返事を受け取り、ジェシカは呪文の詠唱を終えた。それと同時に、エリザベスの体から白い光が放たれ、ヒルダの身を撃った。
「ひ、姫様っ !? きゃあああっ!」
 ヒルダは悲鳴をあげて倒れ伏す。エリザベスも同様に、膝をついて横になった。意識を失った二人の間で、白い光がまるで生き物のように揺らいでいた。
「さて、うまくいくかしらね。初めての魔法だから、あんま自信ないんだけど……」
 固唾を呑んで見守るジェシカの前で、やがて魔法が効果を現しはじめた。
 エリザベスの細い首に光がまとわりつき、怪しい文様が首を取り巻く。
 やがて、驚くべきことが起きた。エリザベスの首が音も無く身体を離れ、宙に浮いたのだ。
 それは奇妙な光景だった。首を切り離された王女の体からは、血の一滴も流れていない。首の切断面はハムの切り口のような肉の色を晒しており、そこに血管や骨の断面はなかった。
 生きているのか、死んでいるのか。
 目を閉じた姫君の表情は実に安らかで、眠っているようにしか見えない。
 エリザベスの生首は長い金髪を揺らしてゆっくりと宙を舞い、ヒルダに近づいていく。
 そのとき、ヒルダにも同じことが起きていた。
 ヒルダの首が体を離れ、ひとりでに宙を舞っていた。
 エリザベスとヒルダ。二人の頭部は空中ですれ違うと、それぞれ相手の体に接近した。
 白い光に包まれたエリザベスの首は、向きを変えてヒルダの胴体に接触した。ちょうど、エリザベスの首の切り口と、ヒルダの体の切り口とが合わさる位置である。
 白い光は再びエリザベスの首を覆い、そこを怪しい文様が取り巻いた。
 少女の首と、女の胴体。大きさの異なる肉の切り口は形を変え、一つに繋がった。
 魔術の文様は光と共に少しずつ薄れ、やがて光が消えたときには、エリザベスの頭がヒルダの体と完全に結合していた。
 とても、今切り離して繋げたばかりとは思えない。最初から繋がっていたかのように、二人の肉の境目には傷一つなかった。
「オッケー、うまくいったみたいね」  エリザベスの間近で経過を観察していたジェシカは、満足の笑みを漏らした。
 メイド服を身にまとったエリザベスの首に指を当てると、確かな脈動が感じられる。首が繋がった証だ。彼女の魔法は、どうやら成功したようだった。
 ヒルダの頭の方も、ジェシカの思い通りにエリザベスの胴体と融合していた。
 念のため、そちらも触診して確認する。やはり、何も問題はなかった。
「やったわ。さっすがあたし! こんな難しい魔法を成功させるなんて、そこらの魔術師には不可能だわ。あたしってつくづく天才よねー」
「う、うう……ジェシカ?」
 大騒ぎするジェシカの声に意識を取り戻したのか、エリザベスが目を開けた。
 はしたなく床に寝そべっているのに気づいて、少女は慌てて立ち上がる。聡明な少女は、すぐに自分の身に起こった異変に気づいた。
「こ、この格好は……それに、この体つき……!」
「お目覚めね、ベス。新しい自分の体はどう? 気に入ってくれたかしら」
 ジェシカは部屋の隅に置いてあった大きな姿見を魔法で運び、エリザベスに見せてやった。
 そこに映っているのは、白い絹のドレスを着た小柄な姫君の体ではなかった。三十路を控えたメイドの成熟した女の体が、エリザベスの繊麗な顔の下にあった。
 エリザベスは食い入るように姿見をのぞき込み、驚愕の表情で己の口を押さえた。
「わ、わたくし、大人になってます! 大人になって、メイドの服を着ています!」
「ええ、そうよ。あたしの魔法で、ベスとヒルダの体を取り替えっこしたの。だから今のあんたの首から下は、ムチムチボディのメイドさんの体になってるのよ」
 ジェシカはエリザベスの背後に立ち、豊満な乳房を後ろからわしづかみにした。二十八歳のメイドの肉体が刺激され、十三歳の王女の脳に未知の感覚をもたらす。
「ああっ、やめて下さい。へ、変な感じがします……」
「ふふっ、いいじゃない。せっかく大人の女になれたんだから、楽しまないと」
 ジェシカは、今や自分より背が高くなった姫君の身体を玩具にしていた。
 そんな幼馴染みの悪行を受けて、戸惑い、恥らうエリザベス。
 無理もなかった。いまだ初潮を迎えていない生娘が、突然、女盛りの成人女性の体にされたのだから、困惑して当然だ。
 二人が姿見の前で騒いでいると、突然、悲鳴があがった。
「きゃあああっ! これはどうなってるの !?」
「あ、起きたわね。ふふふ……気分はどう? お姫様」
 不敵な笑みを浮かべるジェシカの視線の先には、高級なドレスを身にまとった小柄な少女の姿があった。
 しかし、顔は少女のものではない。そこには短い黒髪に眼鏡をかけた、古参のメイドの顔があった。
「ど、どうして私がこんな格好を……こ、これは姫様のドレスではありませんか!」
「ええ、そうよ。あなたが着てるのは間違いなく、第三王女エリザベスのドレス。でも、ただ着替えさせただけじゃないわ。自分の身に何が起こったか、わかる? あなたは、王女様と首から下の体を取り替えっこしたのよ」
「と、取り替えた?」
 信じがたいジェシカの説明に、ヒルダは目を白黒させた。
 だが、本来ならば一番長身のはずの彼女がジェシカとエリザベスを見上げているのは、ただ服を取り替えただけでは説明がつかないことだった。
 ヒルダは白い手袋に包まれた自分の両手を目の前に掲げ、その小ささに唖然とする。
「こ、この手、私の手じゃない。でも、体を取り替えただなんて、そんな馬鹿な……」
「まだ信じられない? じゃあ、その証拠を見せてあげる」
 困惑するヒルダのきゃしゃな手をとり、ジェシカは彼女を姿見の前に連れてくる。変わり果てた自分の姿を己の目で確認したヒルダは、腰を抜かさんばかりに仰天し、呼吸を引きつらせた。
「ひいいっ !? わ、私、本当に姫様の体になってしまったの……」
「そうよ。やっとわかった? 今はあなたとベスの体が入れ替わってるのよ。顔はそのままだけどね」
 ジェシカはヒルダの肩に手を置き、そう耳元で囁いた。
 ヒルダは再び自分の両手を見つめる。その小さな手は、本来ならばエリザベスの手だ。だが今は二十八歳のメイド、ヒルダの手だ。
 アイザック王国第三王女、エリザベスの身体に忠実なメイドの頭部が結合し、敬愛する姫君の手足を我が物としていた。
「も、元に戻して下さい! 私ごときが姫様のお体を使うなんて……」
 血相を変えて取りすがってくるヒルダを、ジェシカはなだめすかす。
「まあまあ、落ち着いて。心配しなくても、ちゃんと元に戻してあげるわよ。そうね……一日経ったら、元の体に戻してあげる。それでどう?」
「い、一日……私に一日中、姫様の体で過ごせというのですか。そんなことできません」
 ヒルダは青ざめ、ふらついて壁にもたれかかった。そんなヒルダを、大柄なメイドの体になったエリザベスが支えてやった。
「ごめんなさい、ヒルダ。わたくし、どうしても大人になりたかったの。だから一日だけ、あなたの体をわたくしに貸してくださいませんか?」
「ひ、姫様……」
 ヒルダは渋ったが、王女直々に頼まれては断れるはずもない。結局、二十四時間だけという約束で、肉体交換を了承してくれた。
「こうなっては仕方ありません。姫様のお体は、私が責任もってお預かり致します……」
「ありがとう、ヒルダ。あなたの今日の仕事は免除するよう、わたくしから言っておきますから、安心してこの部屋で休んでいて下さい。既に人払いはしていますわ」
「ありがとうございます……」
「じゃあ、あたしたちは行きましょうか。ヒルダ、お留守番をお願いね」
「え? どこに行きますの、ジェシカ」
 ジェシカの言葉に、エリザベスは顔に疑問符を浮かべた。そんな彼女の手を引き、若い女魔術師は窓の外を見やった。
「どこって、決まってるでしょ。せっかく大人の体になったんだから、その体をたっぷり楽しめる場所に行くのよ」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 ベッドに寝転がり、ヒルダは何度目かの嘆息をした。
 彼女が今寝そべっているのは、使用人館にある彼女の平凡なベッドではない。平民の彼女が使うことは一生ないであろう、豪奢な天蓋つきのベッドだった。
 ベッドだけではない。この部屋にある家具は、いずれも腕のいい職人に作らせた最高の品だ。
 視線を下方に転じると、そこには白い絹のドレスを着た自分の体があった。
 肘から先を包んでいるのはドレスと同じ色の手袋で、いずれも自分が身に着けることはまずないだろうと言っていいほど高級な衣類だった。
 だが、真の問題はそこではない。今、ヒルダが動かしている肉体にあった。
「はあ……何度見ても、姫様の体だわ。小さくてとっても可愛らしい……」
 ベッドから離れ、大きな姿見の前に立つ。そこに映っているのは、いつもと同じヒルダの顔だ。
 だが、顔の下は普段の彼女とはまったく異なっていた。
 白いドレスを身にまとった、十三歳の少女の体。それはヒルダの主、この国の第三王女エリザベスのものだ。
 なんと宮廷魔術師の娘ジェシカの魔法によって、二人の首が挿げ替えられてしまったのである。
 一介のメイドに過ぎない自分が、姫君の肢体と融合させられ、好き勝手に動かしている。
 その恐ろしい事実に比べれば、高価なドレスやベッドなどものの数ではなかった。
 彼女と首から下の体を交換したエリザベスは、「大人の体を堪能する」と言って、ヒルダを置いてジェシカと二人だけで街に行ってしまった。
 慣れない王女の体で、一人取り残される不安は耐え難いものだった。
「姫様は人払いしてるって仰ったけど、いつ誰かやってくるかわからないし……。こんな姿でいるところを、もし陛下や姉君に見つかったら……」
 鏡の前でヒルダは恐怖した。背筋が悪寒で震え、青い顔がますます青ざめる。一刻も早く元に戻してもらわなくてはならなかった。
「とにかくバレないようにしないと……ここでじっと待ってるのが良さそうね」
 プリンセスの体を持つ二十八歳のメイドは、そう決心して再びベッドに寝転がった。ノックの音がしたのは、ちょうどそのときだった。
(ええっ !? 今日は誰も来ないって聞いてたのに!)
 ヒルダは飛び上がった。ここはエリザベスの寝室で、出入りする人間は限られている。エリザベスが人払いしていると名言した以上、今日は誰も入ってこないはずだった。
 だが、無情なノックの音は再び鳴らされ、ヒルダの心臓を激しく打った。
(ど、どうしよう !? とにかく隠れなくちゃ……!)
 咄嗟に身を隠せそうな場所は、一つしか思いつかない。
 ヒルダはベッドの下に潜り込み、息を殺した。小柄な王女の身体だからこそ、隠れられる場所だ。
 やがてドアが勢いよく開かれ、ノックの主がずかずかと部屋に踏み込んできた。
「ベス! いないのー !?」
(この声は……マリア様!)
 エリザベスの部屋に入ってきたのは、彼女の姉に当たる第二王女のマリアだった。
「あれ、いない……おかしいわね。今日は気分が悪いから部屋で寝てるって聞いたのに。ひょっとしてかくれんぼしてるのかな? ベスちゃん、まだまだ可愛いもんねー」
 ヒルダから細い足しか見えないマリアは、妹の部屋の中をうろうろしはじめた。
(ヤバい……見つかる!)
 ヒルダはぶるぶる震えたが、マリアの目を誤魔化すことは不可能だった。すぐに見つかってしまう。
「あ、こんなところにいたのね! もう、ドレスが汚れちゃうじゃない」
 マリアはヒルダの腕を引っ張り、彼女をベッドの下から引きずり出した。
 そしてヒルダの顔を持つ妹の姿をまじまじと見つめ、小首をかしげた。
「あれ? その顔……あなた、ヒルダ……よね。 でも、どうしてエリザベスのドレスを着ているの? それに、そんなに小さくなっちゃって。いったい何がどうなってるの?」
「も、申し訳ありません……じ、実は私……」
 ヒルダが半泣きになってことの次第を説明しようとしたとき、異変が起きた。ヒルダの体を白い光が包み、室内を照らしたのだ。
「きゃあああっ !? な、何 !?」
 ヒルダとマリア、二人の女の悲鳴があがる。どこかで見た覚えのある光に包まれて、たちまちヒルダの意識は闇に沈んだ。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 それからしばらくして、マリアは城の廊下を歩いていた。その足取りは、快活な彼女らしくない重いものだった。
「おかしいわね……どうしてかわからないけど、頭がくらくらするわ」
 ヒルダの身体から出た光を浴びたマリアは、気がつくと廊下に倒れていた。
 訝しがる彼女を襲ったのは、原因不明の頭痛と意識の混濁だった。
 それは再び発動したジェシカの魔法のせいなのだが、事情を知らぬ彼女にそれがわかるはずもない。
 エリザベスとヒルダの体を入れ替えた、肉体交換の魔法。本来であれば、その効果は一度だけ発動するものだ。
 だが、ジェシカはミスをしていた。あの魔法をかけられたエリザベスの肉体は、一定の時間ごとに、そばにいる女性と強制的に頭部を交換するようになっていたのである。
「ああ、頭が重い……なんか体と胸が小さくなってる気がするし、病気かしら? それに、このドレス……これは私のじゃなくってエリザベスのものじゃない。さては、着せるときに間違えたわね? まったく、うちのメイドはドジなんだから……」
 毒づきつつ、マリアは自分の部屋を目指す。
 その首から下は彼女の体ではなく、妹のエリザベスのものになっているのだが、意識が朦朧としている今の第二王女にとっては、どうでもいいことだった。
 時おり壁にぶつかりながら自室に向かうマリアのもとに、一人の少女がやってきた。
「あ、姫様! どうしたの?」
「誰……?」
 やってきたのは、まだ四、五歳の幼い娘だった。
 ミンティという庭師の娘で、時々父親の仕事の手伝いと称して城に連れてこられている。マリアとも面識があり、何度か言葉を交わしたのを覚えていた。 「ううっ、ミンティ……」
「マリア様、ご病気なんですか? 今、お父さんを呼んでくるね!」
「お、お願い……うっ」
 マリアがその場に崩れ落ちると同時に、身体から白い光が放たれる。
「な、なに !? これ、なんなのぉっ !?」
 光は驚く幼女と王女を包み込み、二人の首を胴体から切り離した。
 そして意識を失ったミンティの頭部を、知らぬ間にマリアの胴体と繋げてしまう。庭師の娘の頭と第三王女の肉体が結合し、新しい命になった。
 それに対して、第二王女の生首は、本来の彼女の背丈の半分ほどしかない童女の身体と連結させられ、アンバランス極まりない姿で床に倒れ込んでしまう。
 全てが終わったあと、先に目を覚ましたのはミンティだった。
「う、ううん。あれ? あたし、どうしたんだろ……」
 王族しか着ることを許されない高価なドレスを身にまとった庭師の娘は、自分の足元に倒れているマリアのことにも気づかず、ぼうっとした顔でその場をあとにする。
「そうだ、お父さんに言わなくちゃいけないことがあったんだ。お父さんのところに行かなくちゃ……」
 エリザベスの肉体を手に入れたミンティは、おぼつかない足取りで城の廊下を歩きだす。
 ますます被害者が増え、事態は悪化していた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 晴天の青空から、明るい日光が地面に降り注いでいる。
 平和な街は活気に溢れ、市場は買い物をする人々でごった返していた。
「久しぶりに参りましたけど……やはり、お城とは随分と違いますわね」
 風に吹き飛ばされそうな布の帽子を押さえて、エリザベスは言った。
「ベスはほとんど街に来たことはないんだっけ? 子供の頃は遊びに来た気もするけども」
「そうですわね。しばらくぶりです」
 答えるエリザベスの脳裏に、子供の頃の思い出が蘇ってくる。
 まだ幼かった時分、彼女はジェシカに連れられ、密かに城を抜け出して街に遊びに来たことがあった。
 賑やかな街を一日中探索し、遊び疲れて城に帰ったエリザベスを待っていたのは、父親のアレクサンドル王によるきつい折檻だった。
「懐かしいですわ。あのときはわたくしもジェシカも、厳しく叱られて」
「過保護なのよ、陛下は。特に末っ子のあんたは箱入りだわ。まあ、せっかく何年かぶりに街に来たんだったら、思いっきり楽しみなさい」
「ええ、そう致しますわ」
 髪型を隠すための布の帽子を深くかぶり、深窓の姫君はうなずいた。その服装は、平時の白いドレスではなく、城で働くメイドの衣装である。
 日頃のエリザベスと異なるのは、服装だけではなかった。
 まだ十三歳の小柄な少女の体は、長身で豊満な大人の女性のそれに変わっていたのだ。
 それというのも、ジェシカが用いた肉体交換の魔法のせいである。首から下の身体を忠実なメイドと取り替えることで「大人の女性になりたい」という願いを叶えたプリンセスは、自分が大人になったことを実感するために、幼馴染みの魔術師に連れられ、城下町にやってきたのだった。
「それじゃ、さっそくお店を見て回りましょうか。そのムッチムチの体にぴったりの色っぽい服を探してあげる」
「はい、お願いします」
 こうして二人は年頃の少女らしく街で買い物や食事を楽しみ、自由な時間を満喫した。
 日頃、城から外に出ることのないエリザベスは、街で見るさまざまなものに興味を示した。
 店、工房、酒場、公衆浴場、人形劇……王家の娘ではなく、一人の女として街の住人たちと触れ合うことが、どれほど素晴らしいことかを実感した。
「ああ、今日は最高の一日でしたわ。まるで夢みたい……」
 食堂の席について果実酒を味わいながら、エリザベスは満足の吐息をついた。その服装は既にメイドのものではなく、店で買ったゆったりした水色の衣に替わっている。
 肉づきのいい体からは大人の女の色香が放たれ、周囲の男たちの視線を引きつけていた。
「そう? じゃあ、そろそろお城に帰りましょうか。でもその前に、ちょっと寄っていくところがあるから、ついてきて」
「はい。承知しました」
 二人は荷物を持って食堂を出た。そのあと向かったのは、城の近くにある宿屋だった。ジェシカは受付に言って部屋を確保すると、エリザベスを中に連れ込んだ。
「ジェシカ。このようなところで、何をなさるおつもりですの? ここは宿泊する場所ではありませんか。もうお城に帰るのでしょう?」
「泊まるわけじゃないわよ。あんたのその格好じゃお城に入れてもらえないから、来るときに着てたメイドの服に着替えるんじゃない。今のあんたは王女様じゃなくて、メイドのふりしてお城を出てきたのよ。わかるでしょ?」
 ジェシカは荷物を部屋の隅に置くと、エリザベスをベッドに座らせた。
「なるほど。それもそうですわね」
 と、納得するエリザベス。街で買った服を着て城に戻れば、不審人物として見咎められる恐れがあった。今回の入れ替わりや外出は皆に秘密にしているため、城に戻るときもできるだけ怪しまれない格好をしないといけないのだ。
「でも、少し残念ですわ。せっかくの服が、ほとんど着られませんもの……」
「城に戻ったら、いくらでも着替えて楽しむといいわ。あんたは明日のお昼まで、その体でいられるからね。それで元に戻ったら、この服やアクセサリーはお礼としてヒルダにプレゼントしましょう」
「ええ、それがいいですわね。ヒルダにはちゃんとお礼を致しませんと」
「わかってくれて嬉しいわ。じゃあ着替えましょうか。でも、その前に……」
 ジェシカの声が若干低くなった。彼女がメイドの衣装を取り出すのをエリザベスは待つ。
 しかし、ジェシカは衣類の入った袋を放り出し、エリザベスの隣に腰かけた。
「ジェシカ、どうなさったの?」
「ふふふ……今日のメインイベントよ。ベスに大人のことを教えてあげる」
 不敵に笑うと、ジェシカは王女の肩を抱いて、その薄桃色の唇に口づけた。
「な……!」
 何をする、と言おうとしたエリザベスの口を、ジェシカの唇が塞いだ。
 信頼する家庭教師の乱行に戸惑っていると、ジェシカは舌を彼女の口内に差し入れ、プリンセスの中を蹂躙しはじめた。
(何をなさるの。やめて、ジェシカ)
 あげようとした抗議の声は、女魔術師の妖しい舌の動きに抑え込まれる。
 十七歳と十三歳の二人の少女の唾液が混じり合い、卑猥な音をたてた。
「びっくりしたでしょう、ベス。でも、まだまだ序の口よ。今日はベスに、大人の体のことを知ってもらおうと思ってるの。さあ、力を抜きなさい。大人はこういうことをして楽しむのよ」
 ジェシカの手のひらがエリザベスの頬を伝い、首筋から胸元に伸びる。服の上から大きな乳房を揉みしだかれると、自然と熱い息がこぼれた。
「ああっ、ジェシカ。やめて下さい。こんなのダメっ」
「何を言ってるの。大人の女になりたいって思ってたんでしょ? それなら、こういうことも知っておかないとね。心配しなくても、この体はあんたのものじゃないから、どんなにいやらしいことをしても問題ないわ」
 エリザベスの巨乳を愛撫しながら、耳たぶに歯を立ててくるジェシカ。
 大人の女は本当にこのようなことをするのだろうか?
 無垢な姫君として育てられたエリザベスには、今おこなっている行為の意味が理解できなかった。
「大丈夫よ。全部あたしに任せなさい。あんたを一日だけ、大人の女にしてあげる」
「大人の女……わかりましたわ。お好きになさって」
 根負けした第三王女の服を、ジェシカは一枚ずつ剥ぎ取っていく。
 やがて現れたのは、重力に負けて垂れ下がった一対の乳房と、黒々とした茂みに覆われた女の陰部だった。
「す、すごいですわ……」
 大きく張り出した豊かな乳を両手で持ち上げ、エリザベスは感嘆の声をあげた。
「洗濯板」と馬鹿にされた元の自分の胸とは比較にならない。
 太い乳首の周囲には黒い乳輪が広がり、グロテスクとさえ思った。
「これが、今のわたくしの体……」
 今や自分のものになった二十八歳のメイドの肉体を観賞していると、その股間にジェシカの手が差し入れられる。無知な王女の体が震えた。
「ひ、ひああっ。そんなところを触ったら、汚いですわあっ」
「大丈夫、汚くなんてないわ。ほら、毛がジョリジョリしてるの、わかる? あんたの体にはほとんど生えてなかったから新鮮でしょ」
 ジェシカは面白そうに笑い、エリザベスの陰部を執拗にかきむしる。音を立ててジェシカの指に絡みつく陰毛の感触に、王女は悶えた。
「あ、ああっ。変ですわ。変な感じがしますのっ」
「ふふっ、ちゃんと感じてくれてるみたいね。それが大人の感覚よ」
 ジェシカは淫らな動きでエリザベスを翻弄する。
 まるでその指が魔法のステッキにでもなったかのように、彼女の敏感な部分を刺激してやまない。硬くなった乳首を抓られ、皮の向けた陰核を弾かれ、潤いを帯びた陰部を貫かれる。
「あっ、ああっ。ああんっ、だめっ」
 成熟したメイドの肉体はジェシカの指づかいを快楽の信号に変え、それを無垢な第三王女の脳に刻みつける。
 初めて味わう牝の快感に、エリザベスはすっかり理性を失っていた。
「ああんっ、すごい。すごいのおっ」
「いやらしいわよ、エリザベス。とても十三歳の女の子とは思えないわ」
 ジェシカは指についたエリザベスの汁を舐め取ると、荷物の中から棒状の道具を取り出した。
 はじめ、エリザベスにはそれが何がわからなかった。それが木で作られた男性器の模造品だとジェシカに知らされ、おぼろげながら理解する。
「ジェシカ、それをどうするおつもりですの?」
「決まってるじゃない。あんたのココに挿れてやるのよ。さあ、お尻をこっちに向けなさい。心配しないで。これくらいのサイズなら楽勝で入るわよ」
「は、はい……でも、少し怖いです」
 気弱な王女はベッドの上で四つんばいになり、ジェシカに臀部を向けた。
「大丈夫、力を抜いて……ほら、入るわよ。ベスの中に入っちゃう」
 充分に濡れそぼった性器の入り口に張形があてがわれ、ゆっくりと入ってくる。
「ああっ、入ってきてます。わたくしの中にずぶずぶって……」
 熟れた襞の肉が木製のディルドと擦れ合い、えもいわれぬ感触をもたらす。エリザベスは怯えた子供のように背筋を震わせ、偽物の男性器を受け入れた。
「ふ、太いの。太くて硬いのが、わたくしの中を押し広げていますわ……ああんっ」
 奥まで入ってきた張形が今度は引き抜かれ、膣の肉を外に引っ張る。
 やがて抜き差しが始まり、エリザベスははしたない悲鳴をあげた。
「あんっ、ああんっ。硬いものが出たり入ったりしていますわっ」
「本物のこれのことをチンポって言うのよ。ほら、言ってみなさい」
「チン、チンポっ。チンポがわたくしの中を出入りしてますのっ。すごい。すごいのっ。こんなの初めてですわっ」
 垂れ下がった乳房を振り乱し、エリザベスは醜態を晒す。
 本来の彼女の身体はいまだ処女だが、男に抱かれるより先に、借り物の体でセックスの感覚を知ってしまったのだ。
 忠実なメイドの身体で擬似ペニスを堪能する第三王女を、天才魔術師は休むことなく責めたてた。
「せっかくだから、後ろも可愛がってあげる」
 そう言って、ディルドを前後させながら王女の肛門を舐め回す。
 唾液でしとどに濡れた菊門を指先でつつき、念入りにほぐした。
「そ、そんな……お尻はダメっ。お尻、触らないでえっ」
 前と後ろの穴を同時に責められ、エリザベスは堪らず身をよじる。
 そんな彼女の耳元に、ジェシカは優しく囁いた。
「ふふふ……とってもいやらしいわよ、エリザベス。今のあんたは子供なんかじゃない。いやらしいことが大好きな大人の女なのよ」
「あんっ、ああんっ。お尻とチンポがすごいですっ」
「そろそろイキそうでしょ? イクときはちゃんとイクって言いなさいね」
 膣の肉をえぐる張形の動きが速まり、肛門には指の先端が突き込まれた。
 メイドのヒルダの身体は絶頂の波に痙攣し、新しい持ち主の視界に火花を散らした。
「ああっ、イクっ、イクっ」
 十三歳の姫君はよだれを垂らして絶叫し、人生で初となるオーガズムを迎えた。
 魂が身体を離れて飛び出してしまいそうな浮遊感に、エリザベスは強く魅了された。充分にほぐれた膣内からは熱い汁が噴き出し、宿のベッドを汚した。
「最高よ、エリザベス。大人の体験、楽しんでもらえたみたいね」
 半ば気絶して倒れ伏すエリザベスを、ジェシカがそう評した。
 初めて味わった、大人の女の体験。それは清純な王女の心に深く刻み込まれ、しばらく忘れることができそうになかった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 城の外壁の上に、一つの黒い影があった。
 影は女の形をしていた。だが、まるでコウモリのような禍々しい黒い翼と、先が尖った黒い尻尾を持つその姿は、人間のものではありえない。
 影は黒い皮の衣装を身に着けていたが、その露出度は極めて高かった。豊満な乳房の下半分と、股間の一部。そして皮の手袋で覆われた細い腕と、黒のロングブーツをはいた長い脚を除いて、白い肌が丸見えだった。
 肩まで伸びた髪は月光のような輝きを放つ金色で、左右の耳の上部には一対の角が飛び出していた。息をのむほど美しい魔性の者だった。
「フフフ……城に侵入されたことも気づかないのね、この国の連中は。まったく間抜けなこと……」
 影は長い牙を見せて笑い、城壁の上から飛び降りた。音もなく中庭に着地し、獲物を探す視線で辺りを見回す。
「こんなお馬鹿な国、恐れるものは何もないわね。この私、リリム様が一人で滅ぼしてあげるわ」
 影の名はリリム。人間を脅かす闇の眷属の一つ、サキュバスだった。特に彼女は、一族の中でその力を魔王に認められ、「大悪魔」の称号を賜った剛の者である。
 長年、平和を享受してきたアイザック王国だが、活発化する悪魔の軍勢のために、建国以来最大の危機に陥ろうとしていた。
 中庭を見回すリリムの視線が、ある一点で止まった。そこには高価な白いドレスを着た娘の姿があった。
「あれは……きっと、この国に三人いるっていう王女の一人ね。ちょうどいい。まずはあの子から、血祭りにあげてやるわ」
 リリムは長い脚で石畳を蹴り、一度の跳躍で目標の前に降り立った。突如として現れた黒い魔族に、ドレスの少女はぽかんとするばかりだ。
「こんにちは。あなた、この国のお姫様よね? 実は、私は悪魔なの。この国を滅ぼしに来た、悪い悪い悪魔なの。それも単なる悪魔じゃなくて、大悪魔よ」
「え? 悪魔?」
 ドレスの少女は黒い髪を三つ編みにして、とても幼い容貌だった。
 体格からすると、十二、三歳といったところだが、顔だけが不自然に幼い。
 それに、王族にしてはまったく気品が感じられないのも奇妙だった。まるで庶民の娘が王族のドレスを着ているだけのようだ。
(この子、まさか王女の影武者? ということは、私のことは既に察知されていた?)
 相手の少女を観察し、リリムは思考を巡らす。
 しかし、いくら辺りの様子をうかがっても、伏兵が出てきて攻撃される気配はない。
 やはり考えすぎだろうと思われた。
「やれやれ、杞憂ね。それじゃ、間抜け面のお姫様。改めて死んでもらうわ。でも、安心して。いずれこの国の住人全てに、あなたのあとを追わせてあげるから」
「お姉ちゃん、なに言ってるの? それに、どうしてそんなカッコをしてるの?」
「……ホント、バカな子ね」
 リリムは右手を掲げ、人間の数十倍もの力を誇るその腕で、少女の身を引き裂こうとした。
 ところが、それは叶わなかった。
 突然、少女の身体を白い光が覆い、リリムも一緒に包み込んでしまったのだ。
「な、何 !? これは攻撃魔法 !? い、いや、違う……」
 白い光を浴びたリリムは、ドレスの少女と共にその場に倒れ込んでしまう。いったい何が起こったのかもわからぬまま、魔族の女は気を失った。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 月の光を思わせる金色の髪が揺れ、リリムの頭部が体を離れて宙を舞う。
 それと同じように、白いドレスの少女の頭も胴体に別れを告げ、ふわりと飛び上がった。
 目を閉じたリリムの生首は揺れながらドレスの少女の体に近づき、ハムの切り口のような首の切断面に、己のそれをおもむろに合わせる。
 魔術の文様が肉の境を取り巻き、異なる種族の頭部と胴体を融合させた。
 そして現れたのは、首から下がこの国の第三王女の肉体になった魔女の姿だった。
 天才魔術師のかけた魔法の効果は、それだけに留まらない。
 身体を離れた三つ編みの幼女の頭部が横たわるサキュバスの体に近づき、同様に結合する。
 本来ならばこの国を滅ぼすはずだった悪魔の肉体に、庭師の幼い娘の頭が繋がった。
 サキュバスの頭と王女の体。
 庭師の娘の頭とサキュバスの体。
 奇妙奇天烈な姿となった二人は、自分たちの肉体が入れ替わったことにも気づかず、安らかな笑みをたたえて静かに眠っていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 ようやく目覚めたリリムは、自分の身に起こった異変に気づいて愕然とした。
「な、何よこれっ !? なんで私の体が、こんな……!」
 動転するのも無理はない。途方もない魔力と腕力を誇る高位の魔族である彼女が、いつの間にか姫君のドレスを身につけた無力な少女になっていたのだから。
「えいっ! えいっ! やああっ! だ、駄目だわ。魔法も全然使えない。私の魔力は全部そっちにいってしまったっていうの…… !?」
 リリムは歯軋りして、目の前にいる女の顔を見上げた。
 黒い翼と魅惑的な肢体を持つ、幼い顔立ちの三つ編みの少女。彼女の首から下にあるのはリリムの体だった。
 どんな魔法を使われたのかわからないが、今やリリムの身体は、このあどけない童女のものになってしまったのだ。
「ねえ、お姉ちゃん、さっきから何してるの?」
「うるわいわねっ! 魔法が使えなくて困ってるんでしょうが! あんた、早く私の体を返しなさいよ! こんな体でどうしろっていうのよ !?」
 リリムはヒステリーを起こしてミンティに掴みかかるが、今のミンティは人間の腕力で飛びかかられたくらいでどうということはない。
 狼狽するリリムよりも今の自分の身体に興味津々のようで、露出の高い衣装をいじったり、翼や尻尾を触って遊んでいる。
「わー、あたしのおっぱい、大きい! それに、おへそ丸出し! えへへー」
 それはあまりにも奇怪な光景だった。
 魔王から「大悪魔」の称号を受けた魔族の最高幹部の肉体が、ほんの四、五歳の人間の幼女に支配され、弄ばれているのである。
 日頃から人間を見下しているリリムにとって、これ以上ない屈辱だった。
「どうしたら元に戻れるのかしら。こんなひ弱な体でいるところを襲われたら、ひとたまりもないわ。何としてでも元に戻らないと……」
 リリムは自分たちの体を交換させた魔法について考えを巡らせたが、そんな奇妙な魔法のことは、いくら長寿の彼女といえども覚えていなかった。
 どうしていいかわからずうろたえていると、二人に声がかけられた。
「おい! そこのお前、エリザベス姫に何をしている !?」
「げっ……見つかった」
 見ると、武装した兵士が数人、こちらに近づいていた。
 絹のドレスを着たリリムはとにかく、黒い翼と尻尾を生やしたミンティの姿はひたすら目立つ。
「こうなったら……逃げるしかないわっ!」
 リリムはドレスの裾を両手でつまみ上げ、脱兎のごとく逃げだした。
 慣れない人間の体で走りにくいことこの上ないが、不思議なことに兵士たちはリリムを追ってはこなかった。
 どうやら、自分は敵ではないと認識されていたらしい。
 それでも、いつ追っ手に捕まるかとびくびくしながら城の廊下をしばらく歩くと、裏口に出た。
 見張りは出払っているのか姿が見えず、このまま城外に出られそうだ。
「ここは一旦脱出するべきかしら。私の体は盗られたままだけど、でも、そんなことを言ってたら捕まっちゃうし……くそっ。この屈辱、忘れないわよ」
 リリムはありったけの憎悪を込めて城内をにらみつけると、裏口から出ていった。
 こうして、第三王女の身体は悪魔の頭部に操られ、密かに城を抜け出したのである。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

「……何よ、あれ」
 城に戻ったジェシカが発した第一声はそれだった。
「……何なのでしょうね。騒がしいですわ」
 ジェシカの隣で、メイド服を着たエリザベスがつぶやく。その両手には大きな買い物袋が提げられていた。
 街で衣服やアクセサリーを買い込み、大人の体を堪能して戻ってきたところだった。
 二人の視線の先には、大勢の兵士に取り囲まれて泣きじゃくる悪魔の姿があった。
 黒く大きな翼に、先の尖った尻尾。露出度の高い服装も、いかにも悪魔らしい。
 だが、問題はその魔族の顔にあった。
 サキュバスという女悪魔の体の上に載っているのは、なんと庭師の娘、ミンティの頭なのだ。
 まだ五歳になったばかりの幼い童女の首から下だけが、艶かしいボディラインを誇る女悪魔のものに変わっていた。
「うわーん! あたし、何もしてないよぉー!」
「嘘をつけっ! お城に侵入するとは大胆不敵な悪魔め! 何が目的で忍び込んだ !? 言え! さては陛下のお命を狙ってきたか !?」
「うえええ……そんなの知らないー!」
 完全武装の兵士たちに取り囲まれて泣き叫ぶその姿は、とても凶悪な悪魔には見えない。ジェシカとエリザベスは顔を見合わせ、女悪魔に駆け寄った。
「こ、これは姫様! あれ? でも、先ほどはドレスを着てらしたような。なぜ、そのようなメイドの服をお召しに……?」
「それに、エリザベス姫ってあんなに大きかったか? 見ろよ、あの見事な胸……やっぱり別人じゃないのか」
「こら、あなたたち! エリザベス殿下から離れなさい! そんなにジロジロ見るなんて不敬よ!」
 訝しがる兵士たちを、ジェシカが叱責する。
「とにかく、この悪魔は宮廷魔術師のカリオストロが帰ってきたら厳しく取り調べるから、それまでの管理はあたしに任せてもらいます! 魔族は縄で縛ったところで意味がないわ。魔力を込めた結界の中に閉じ込めないと」
「そうですか。では、ジェシカ殿にお任せします。我々は、他にもすることがありますからな」
「他に何か問題があるの?」
「はい」
 ジェシカの問いに、年配の兵士が答えた。
「実は、姫君方を捜さねばならんのです。おひとりは、この女悪魔と一緒だったという白いドレス姿の姫君なのですが……もしや、エリザベス姫ではないかと思いまして。だとしたら、早く保護致さなくてはならんのですが、エリザベス姫はジェシカ殿とご一緒でしたか。はて? それではあの姫君はいったいどなた……」
 年配の兵士は、首から下が二十八歳のメイドになったエリザベスの姿をしげしげと眺め、心底不思議そうに首をかしげた。
「白いドレス……もしかして、ヒルダじゃないかしら」
 ジェシカは、王女と身体を交換したメイドの名前を挙げた。
「ええ。きっとそうですわね。ヒルダったら、城内を出歩いているときにこの子と遭遇したんですわ。それで驚いて逃げてしまって……」
「とにかく、この子がどうしてこんな姿になっちゃったのか、まずそれを突き止めましょ。エリザベスの体になってるヒルダのことは、兵士さんたちが捜してくれるわよ。入れ替わったことが大っぴらに知られたら困るけど、まあ、一大事だししょうがないわね」
「ええ、仕方ありませんわ。さあ、ミンティ、あちらの部屋に行きましょう。あそこで、どうしてあなたがそんなお姿になったのか、聞かせてもらいますわ」
「うえええん、あたし何も悪くないよおお……」
 ジェシカとエリザベスは、少数の兵士と共に、魔族になったミンティを連れていく。
 念のため魔力を封じる結界を張った部屋の中で尋問が行われたが、いずれも要領を得ないやりとりばかりで、事態の解明は遅々として進まなかった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 城を抜け出したリリムは、城下町に来ていた。
「それにしても、これからどうしたらいいのかしら……」
 魔族の肉体と魔力を奪われ、リリムは途方に暮れていた。
 無力な人間の少女の体になった今のリリムでは、魔王から与えられた使命を果たすことなど、到底できそうにない。
 こんな異常事態はいかに長寿を誇る彼女といえど、初めてのことだった。
(一度、魔王様のもとに戻って何とかしてもらう? いいえ、そんなわけにはいかないわ。人間ごときにしてやられた無能として処刑されちゃう)
 魔王に選ばれた大悪魔として、自分の主がいかに恐ろしい存在であるかをリリムはよく知っていた。たかが人間の魔法に一杯食わされた自分がどのような処遇を受けるか、考えただけでも背筋が震える。
「はあ。一体どうしたらいいの……」
 リリムは公園の長椅子に腰かけ、ただ嘆息を繰り返す。
 目の前を通りかかる人間たちが、白いドレスに身を包んだ彼女のことを興味深げに眺めては去っていくが、それがまた苛立たしい。
(私の体だったら、こんな鬱陶しい人間どもは、すぐ皆殺しにしてやれるのに)
 しかし、いくら怒気を帯びても、今のリリムはただの人間の娘に等しい。これでは人間たちを虐殺するどころか、その辺の男一人にも容易に組み伏せられてしまうだろう。
(やっぱり、またあの城に戻って、私の身体を取り戻すしかないわね。でも……)
 再び城に侵入したとして、都合よく元に戻れる保証はなかった。
 最悪、間抜けにも自分から捕まりに行くことになるかもしれない。
 大悪魔として多くの魔族から畏怖されてきた自分が、そのような醜態を晒していいはずはない。そう思うとどうすることもできず、ただベンチにへたり込んで呆然とするしかなかった。
「お嬢さん、いい天気だね」
「え?」
 突然、声をかけられ、リリムは顔を上げた。
 一人の中年女が目の前に立ち、笑顔で彼女を見下ろしていた。
「お嬢さん、おひとりかい? 見た感じ、いいところのお嬢さんみたいだけど」
「え、えっと、その……は、はい。一人で、その、お散歩に……あはは」
 とにかく怪しまれてはならないと、リリムは精一杯の愛想笑いで返す。
 女の歳は四十から五十の間といったところだろうか。腹回りが今のリリムの二倍はありそうな、恰幅のいい中年女だった。
「そうかい。あたしはドレッサ。ここで花を売るのが仕事さ。どう? あんたも一つ。このバスケットなんて似合いそうだよ」
 中年女の後ろには、たくさんの花で飾られた荷車があった。どうやら花売りの女らしい。
 その手に提げた籠には、艶やかな白と赤の花が入っており、陽光を浴びてきらめいていた。
「い、いえ。せっかくですけど、また今度にします……」
「そうかい? じゃあ、またよろしく頼むよ」
 ドレッサという中年女が花籠を戻そうと、リリムに背を向けたときだった。リリムは得体の知れない悪寒を覚え、異変を察知した。
「こ、これは…… !?」
 リリムの身体が淡い光を放ちはじめた。その白い輝きに、リリムは見覚えがあった。
(これは、あの子が私たちの体を入れ替えたときの……!)
 白い光は瞬く間にリリムの身を覆い、彼女から体の自由を奪う。抵抗する暇もなかった。光はリリムの全身を包み込むと、いまだ異変に気づかぬ花売りの女を照らしだした。
(ま、まさか、また体が入れ替わるの !? そんなのイヤぁっ!)
 抗うことのできないリリムの首を魔術の文様が取り巻き、魔法が発動する。
 リリムの身体の感覚が消失した。
(いやあ……私の首が、体から離れちゃった……)
 動かすことのできる手足の感覚、身体を包んでいるはずの絹のドレスの感触。そういった全身の触覚が消失し、頭部だけが体から切り離されたことをリリムは自覚する。
(これが、私の体を奪った魔法……なんて圧倒的な力なの)
 今度は辛うじて意識を保っていたが、気を失っていても同じことだ。未知の魔法によって胴体と別れたリリムの首は、ゆっくりと宙を移動する。
 そのうちに、正面から丸い物体が近づいてきた。よく肥えた中年女の生首だった。
 あの白い光を浴びた中年女も、リリムと同様、首と体が切り離されてしまったのだ。
 リリムの首は気を失った中年女の首のすぐ脇を通り抜け、空中ですれ違った。
(ま、まさか、これって……)
 リリムの首は、横たわる中年女の体に近づいていた。その体には首がない。そして、そこに近づく首だけのリリム。
 これから何が起こるかは明らかだった。
(い、いやあっ! 私、この太った人間の体にされちゃうの !?)
 リリムの心に嫌悪が満ちたが、魔力を失った今の彼女に、この魔法に抗えるはずもない。向きを変えたリリムの頭部は静かに中年女の胴体に結合し、一つになった。
 その途端、あの白い光は消え去り、失われていた手足の感覚が戻ってくる。
 慌てて跳ね起き、自分の今の姿を見下ろしたリリムは、心の底から絶望した。
「い、いやあああ……私の体が……!」
 角を生やした大悪魔の視界にあるのは、見慣れた彼女自身の身体でも、上等な白いドレスを着た令嬢の肉体でもなかった。
 でっぷり太った花売りの女の体がそこにあった。
「い、いやあ……こんなのイヤあああ……!」
 大声をあげて嗚咽し、地面をかきむしるリリム。
 プライドの高い彼女には、こんな醜い姿になったことが耐えられなかった。
「だ、誰か助けて……魔王様、魔王様ああっ!」
 優美な金髪を振り乱し、リリムはどこへともなく走り出す。あまりのショックに錯乱してしまったのだ。
 こうしてこの国を滅ぼそうとやってきた大悪魔は、花売りの中年女の体で公園を飛び出し、二度と戻ってこなかった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 その頃、エリザベスとジェシカは城内でミンティから事情を聞いていた。
 グラマラスな魔族の女の体になった、庭師の娘。幼い彼女が語る言葉は要領を得ず、非常にわかりにくいものだった。
「……それでね、あたし、廊下でマリア様に会ったの。そしたらマリア様がいなくなって、黒いカッコのお姉ちゃんが来たの。でも、その黒いカッコのお姉ちゃんもいなくなってて……」
「うーん、どういうことかしらね」
 強力な結界を張った部屋の中で、ジェシカはミンティの拙い説明から何とか事態を把握しようとする。
「ミンティとマリア殿下が出会ったのは間違いないわ。そのあと、接触したのは魔族の女かしらね。ミンティはその魔族にこんな姿にされてしまったのかしら? うーん……それなら、そいつは一体どこに行っちゃったんだろ」
「わからないことばかりですわね。他に事情を知っている人がいらしたらいいのですけど……」
 困り果てるジェシカに、エリザベスが横から話しかけた。
「事情を知っている人か……そういえば、マリア殿下はどこにいるの? 魔族が城内に侵入しているとしたら、危ないんじゃない」
「マリアお姉さまでしたら、今、兵士の皆さんが捜していらっしゃいますわ」
「はあ……陛下とあたしのパパが留守にしてるときに、こんなトラブルが起きるなんてね……困ったもんだわ」
 ジェシカは嘆息した。エリザベスの父であるアレクサンドル王と、ジェシカの父親の宮廷魔術師カリオストロは、揃って第一王女が嫁いだ隣国に招かれて留守にしていた。王妃は既に亡くなっている。
 このようなときこそ、留守居役を任された自分がしっかりしていなくては、国王や亡き王妃に申し訳が立たない。そう思うと、ジェシカは己の責任を痛感する。
「とにかく、このままじゃ埒があかないわ。ミンティのことはひとまずおいといて、あたしたちもヒルダやマリア殿下を捜しましょう」
「ええ、そうですわね」
 二人が立ち上がり、部屋を出ようとした、ちょうどそのときだ。
 目当ての人物が二人、兵士に連れられて室内に入ってきた。
「マリア殿下 !? それにヒルダ!」
 ジェシカは目を丸くした。二人が見つかったことに対する驚きではなく、変わり果てた二人の姿に驚愕したのだった。
「も、申し訳ありません。エリザベス様……このようなことになってしまいまして」
 眼鏡のメイドは恐縮して頭を下げた。ジェシカは今まで、ヒルダはエリザベスの体になっているものとばかり思っていた。
 二十八歳のメイドに預けたはずの、十三歳の第三王女の肉体。だが、それはもはやヒルダの手を離れていた。
 現在のヒルダはエリザベスのものとは異なる、淡い緑色のドレスを身にまとっていた。それはエリザベスの姉である第二王女、マリアの衣装だった。
 単に服を取り替えたわけではないことを、ジェシカは瞬時に察した。
 緑のドレスの胸元を押し上げる、豊かな二つの膨らみ。それは明らかに、エリザベスの未成熟の肉体にはないものだ。
 では、誰の体になったのか……その答えは言うまでもなく、マリアである。
 今年で十六歳になる第二王女の頭が体から切り離され、代わりに二十八歳のメイドの頭部が載っていたのだ。
「ヒルダ、あなた……マリアお姉さまと入れ替わってしまったの?」
「は、はい……どうやら、そのようでございます」
 エリザベスの問いに、ヒルダは小さくなってうなずいた。
「そして、マリア殿下はそんなお姿になっちゃったってわけか……」
 ジェシカは困惑した顔で、背丈が本来の半分ほどに縮んだ第二王女を眺める。
 本来ならば十六歳の華やかな少女だったはずのマリアは、どう見ても四、五歳の子供の体になっていた。それも、顔だけはそのままで。
「あらあら、マリアお姉さまったら、随分と可愛くなってしまわれましたね。それにひきかえ、わたくしはほら……この通り大人の体ですわよ」
 エリザベスは、今や自分のものになった二十八歳のメイドの体を見せつけ、自分が成熟した女性になったことを姉にアピールした。
「や、やめなさい、ベス! お姉ちゃんをからかわないで!」
「いいえ、やめませんわ。わたくし、日頃からお姉さまに可愛がっていただいてますもの。ですから、今度はわたくしがお姉さまを可愛がって差し上げる番ですわ」
 エリザベスは長い腕を伸ばし、小さくなったマリアを抱き上げる。二十八歳の妹に抱き上げられた五歳の姉は、半泣きになって嫌がった。
「ベス、やめなさい! そんな……ああ、胸を押しつけないでっ」
「うふふ、日頃のお返しですわ。たまにはこういうのもよろしいですわね。今のマリアお姉さまは子供ですから、わたくしの大きなお乳を吸っても構いませんのよ?」
「や、やめてえっ」
「その辺にしときなさい、ベス。今はそれどころじゃないでしょ?」
「それもそうですわね」
 散々エリザベスに弄ばれたのち、マリアはようやく解放される。
 自分の体をメイドに奪われ、妹に侮辱された恨みを、彼女はジェシカにぶつけてきた。
「ジェシカ、これは一体どうなっているの !? なんで私がこんな姿に……。もしかして、全部あなたの仕業なの !?」
 足りない身長を補うため、元気よく飛び跳ねて抗議する姫君の剣幕に、ジェシカは気圧され、額に脂汗を浮かべた。
「そ、そんなはずはないんですけど……あたしがしたことは、ただベスとヒルダの体を取り替えただけで」
「それよ! その魔法が私たちをこんな姿にしたのよ! ねえ、ヒルダ! そうでしょう !?」
 マリアは元の自分の身体を見上げ、忠実なメイドに確認する。ヒルダは首肯した。
「はい……実は、エリザベス様が私とお体を交換して出ていってしまわれたあと、マリア様が私のところにいらしたのです。すると、私の体があのときと同じ白い光に包まれて、気がついたらこのお体に……。きっと、あの魔法のせいではないかと思います」
「な、何ですって !? そんなバカな!」
 あの入れ替わりの魔法は完全に制御されており、暴走する危険はない。ジェシカは天才魔術師のプライドにかけてそう主張したが、二人の言うとおりだと仮定したら辻褄が合う。
 ジェシカがエリザベスの体にかけた、肉体交換の魔法。
 仮に、それが暴走して、次々と手近な人間を入れ替えているとしたら……。
 第三王女のエリザベスが、メイドのヒルダの体に。
 メイドのヒルダが、第二王女のマリアの体に。
 第二王女のマリアが、庭師の娘のミンティの体に。
 そして庭師の娘のミンティが、城に侵入した女悪魔の体に。
 全員の身体に起こった異変が、これでうまく説明できる。
(ということは……城の中に侵入してきた悪魔が、今、ベスの体を使ってる !?)
 恐ろしい結論に思い至り、ジェシカは血相を変えた。
「大変だわ! 早くエリザベスの体になった悪魔を探さないと! きっとそいつが、さっき兵士のおっちゃんが言ってた女の子よ!」
「え? どういうことですの?」
 いまだ事情を察していないエリザベスが、怪訝な顔で聞き返した。
 そこに、また一人の兵士が慌てた様子で飛び込んでくる。
「申し上げます! しばらく前に、白いドレスのお嬢様が城の裏口から出ていってしまわれるのを、見た者がおりました!」
「そ、そいつだあああっ! 皆、急いでその女を捜すのよっ!」
 ジェシカは言うなり、愛用の杖を片手に部屋を飛び出した。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 涼しい風に吹かれ、ドレッサは目を覚ました。
「あれ……あたし、寝ちゃってたのかい。なんてこった」
 どうやら彼女は公園のベンチにもたれかかり、居眠りしていたようだ。花売りの仕事の最中だというのに、とんだ失態だ。
「まあ、いいさね。それにしても、もう夕方か。早いねえ」
 既に日は暮れ始め、西の空が赤く染まりつつあった。
 ドレッサは立ち上がり、商売道具である花を積んだ荷車がちゃんと目の前にあることを確認した。
「今日はあまり売れなかったけど、もう店じまいの時間かね。それじゃあ、帰るとするか……ん?」
 そのとき、ドレッサは違和感を覚えた。見ると、自分の服が綿の衣ではなく、いかにも高級そうな白い絹のドレスになっていた。
 足には革のブーツではなく、小さくて可愛らしいハイヒール。
 そして首には大きなルビーがあしらわれた金のネックレスをしていた。
「これ、どうなってるんだい? なんであたしが、こんな高そうなものを……」
 首をかしげたドレッサだが、あまり物事を深く考えない性質の彼女は、「まあ、いいや。せっかくだからもらっておこう」と言って荷車に戻る。
「でも、帰ろうにもこの靴じゃ、車をひいて帰れないねえ。どうしたもんか……」
 問題は靴だけではない。大柄で腕力にも自信があったドレッサの身体は、まるで思春期を迎えたばかりの少女のように、小さくきゃしゃになってしまっていた。
「あたしの体、どうしちまったんだ? まあ、いいや。とりあえず荷車はここに置いといて、うちからバカ亭主を呼んでくるかね」
 そう決めたドレッサは、商売品の花を置いて自宅へと歩き出す。
 貧しい家庭で育った彼女は、ヒールの靴を履いた経験などなく、一歩踏み出すたびにバランスを崩して転んでしまいそうだった。 「ああっ、もう。面倒臭いねえ。うちはすぐそこだってのに」
 ようやく公園を出たドレッサが悪戦苦闘していると、夕暮れ時の空から一人の女が舞い降りてきた。大きく胸元の開いた、赤い衣を身にまとった若い魔術師だ。
「おや、こいつは驚いたね。空から女の子が降ってきた。あんた、魔法使いかい?」
「ええ、そうよ。あたしは宮廷魔術師カリオストロの娘、ジェシカ。あなたは城に侵入した悪魔……じゃなさそうね。まあ、どっちでもいいわ。アイザック王国の第三王女、エリザベス殿下の体を返してもらうわよ」
「宮廷魔術師? 城の悪魔? 何だかよくわからないけど、大変そうだね。でも、あたしにゃ関係のないことさ。あたしはドレッサ。ただの花売りだよ……」
 事態を理解できないドレッサに向けて、ジェシカと名乗る魔術師は杖を突き出した。
「問答無用! とにかく、あたしと一緒にお城まで来てもらうわ。いいわね?」
「そうかい。まあ、お城の御用っていうなら、しょうがないね。でも、その前にあたしはいったん家に帰りたいんだ。公園に置いてきた商売道具を、うちのバカ亭主に持って帰ってもらいたいんでね。なに、すぐ済むから、それまでここで待っててくれないかね」
「ダメよ! あなたの体にかかってる魔法は、暴走してるの! 早くお城に戻って解除しないと、あなたみたいな被害者がどんどん増えて……あっ !?」
 魔術師の少女が言うなり、ドレッサの身体が光を放ちはじめた。白い光は見る間にドレッサの全身を覆い、彼女から体の自由を奪う。
「な、なんだってんだ? あたし、どうしちまったんだ?」
「遅かったか。とにかく、その魔法を解除して……きゃあああっ !?」
 白い光はドレッサの体から溢れ出し、目の前にいる魔術師の身を撃った。
「そ、そんな……まさかあたしが、こんな……ううっ」
 苦悶の表情を浮かべて、若い女魔術師がうつ伏せに倒れる。
 ドレッサはどうしていいかわからず、狼狽するばかりだ。
「ど、どうなってるんだい? いったい何が……」
 光はますます輝きを増し、ドレッサと魔術師の身体を包み込む。すると、次第にドレッサの意識が薄れ、何も見えず、何も聞こえなくなる。
 やがて花売りの女は気を失い、その場に細い体を横たえた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 意識を取り戻したジェシカが見たのは、白い絹のドレスを着た己の姿だった。
 何が起こったか考えるまでもない。暴走した魔法によって、ジェシカの首から下がエリザベスの身体になってしまったのだ。
「なんてことなの……あたしがベスの体になるなんて」
 敬愛する王女の肉体になってしまったショックは大きい。
 そのうえ、今のジェシカは一切の魔法が使えなくなっていた。おそらく、魔力は首から切り離された身体の方に宿っているのだろう。
 ジェシカは元の自分の体を捜したが、どこにも見当たらなかった。
 魔法によって体が入れ替わったのなら、今までエリザベスの体を使っていた中年女が、現在はジェシカの体になっているはずだが、どうやら先に目を覚まして、ひとりで家に帰ってしまったらしい。
「あのおばちゃんに、あたしの体を持ち逃げされた……どうしよう」
 放心して、地面にへたり込むジェシカ。失敗に次ぐ失敗で、天才魔術師としての彼女のプライドはひどく傷ついていた。
(落ち着きなさい。とにかく、今できることをしなくちゃ)
 ジェシカは何とか冷静さを取り戻し、次に自分がとるべき行動を考える。
 選択肢は二つあった。元の自分の体を捜すか、このまま城に戻るかである。
 自分の体を魔力ごと奪われた以上、できれば前者を選びたいところだが、一切の魔法が使えなくなった現状を考慮すると、あまり現実的な話とは言えなかった。
「仕方がないわ……ここはいったんお城に帰って、あたしの体は後で兵士の皆に捜してもらいましょ」
 ジェシカの体は行方不明だが、第三王女エリザベスの身体は取り戻すことができたのだ。自分を信じてくれた王女のためにも、この体だけは無事に城まで送り届けなければならない。
 白いドレス姿のジェシカは、そう決意すると城の方へと歩きだした。
「それにしても……あたし、本当にベスの体になってるんだ」
 ジェシカは己の姿を見下ろしてつぶやいた。
 エリザベスのドレスを着て、エリザベスの靴を履いて歩いていると、まるで自分が本当に王女になったかのような錯覚を抱いてしまう。
「こうして見ると、やっぱりまだまだお子様よね。胸なんてぺったんこだし。あの子がマリア様にからかわれて怒るのも、無理のないことかもしれないわ」
 四つ下の幼馴染みの体を我が物として眺めながら、ジェシカは王女の気分を味わう。
 今年で十三歳になる第三王女の肉体は、まだまだ蕾なのだ。それが華を咲かせるには、いましばらくの時間を必要とする。
 いつかやってくるはずのそのときを夢見て、ジェシカは微笑みを浮かべた。
「さあ、早くお城に帰って、ベスにこの体を返してやらなくちゃ。あ……でもそうすると、あたしはメイドのヒルダの体になるのよね。まだ入れ替わりの魔法の効力が残ってるのなら、マリア様やミンティも一緒に元に戻してあげられるかもしれないけれど……」
 ぶつぶつ言いながら歩いていると、目の前を一匹の犬が通りがかった。
 茶色の毛並みをした中型犬で、革の首輪はしているが飼い主の姿はない。おそらく、放し飼いにされているのだろう。
 犬は人懐っこくジェシカに近寄ってきて、絹のドレスの裾をなめ回してくる。
「こら、やめなさい。今はあんたなんかに構ってる暇はないの。ほら、しっしっ」
「ワンっ!」
 犬は何が面白いのか、ジェシカの後ろを離れずついてくる。こちらに危害を加える様子はなさそうだが、犬嫌いのジェシカにとって、知らない犬にまとわりつかれるのは愉快なことではない。非常時であればなおさらだ。
「しつこいわね、あっちに行きなさい! あたしは犬が嫌いなの。あっちに行けっ!」
 道端に落ちていた板切れを振り回し、犬を追い払おうとするジェシカ。
 だが、そんな彼女を新たな異変が襲った。
「え? そ、そんな……また !?」
 ジェシカの体から白い光があふれ出し、彼女の全身を包み込む。またしても入れ替わりの魔法が発動したのだった。
(駄目。この魔法、完全に暴走してる……何とかしないと)
 薄れゆく意識の中でジェシカが目にしたのは、自分と同じように白い光に包まれる茶色い犬の姿だった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

「メイ、メイー!」
 ジャンは愛犬を捜しながら、夕暮れ時の街を歩いていた。彼は時計職人の息子で、二匹の犬を飼っているが、そのうち一匹が目をはなした隙にいなくなってしまったのだ。
 逃げた犬の名はメイ。今年で三歳になる若いメス犬だった。
「困ったなあ。あいつ、どこに行っちゃったんだろう。ラッキー、わかる?」
「バウっ!」
 ジャンは大きな黒い犬を連れていた。彼が飼っているもう一匹の犬、ラッキーだ。
 メイには少し間の抜けたところがあり、ときどき理由もなく迷子になったりいなくなったりすることがあった。
 そんなとき、ジャンはラッキーと共に行方不明の愛犬を捜すのが常だった。
 ラッキーは勇敢で賢く、メイがいなくなっても匂いを頼りに見つけることができる。
 信頼するラッキーなら、きっといつものようにメイを見つけてくれるだろう。
 ジャンはそう思いつつ、犬のリードを片手に、必死でメイを捜した。
「バウ、バウっ!」
 やがて、ラッキーが盛んに鳴きはじめた。何かに気づいたときの反応だ。
「ラッキー、見つけたのか?」
「バウっ!」
「よし、メイのところに案内してくれ。あいつ、きっと腹を空かしてるはずだ」
 ジャンはラッキーに先導され、街の裏路地に入っていく。
 手に提げたランプで暗い裏路地を照らしながら歩いていくと、袋小路に突き当たった。
「メイ、ここにいるのか? 僕だ。ジャンだよ!」
「バウっ!」
 ラッキーの吠える先に、茶色い犬が寝そべっていた。さてはメイかと近寄るジャンに、犬は起き上がって身構えた。
「来ないで!」
「え? 何だよ、これは……」
 ジャンは唖然とした。彼の目の前にいるのは、確かに一匹の犬だった。
 しかし、その顔は明らかに犬のものではなかった。人の顔だったのだ。
 茶色い犬の体の上に、若い女の頭が結合していた。
 犬の体と、人間の頭。それは奇妙極まりない生物だった。
「いやあっ、来ないで! あたしを見ないで!」
「お、お前、犬なのか? それとも人間……」
 ジャンは女の顔を持つ犬の前にかがみ込み、その体をそっと撫でた。
 胴体、四肢、そして尻尾。いずれも茶色の毛並みに覆われた、犬の体だ。
 だが、その首から上だけは、紛れもなく人間の女のものだった。
「この首輪……これはメイのものじゃないか! じゃあ、お前はメイなのか? 顔だけが人間になっちゃったのか?」
「そ、そんなわけないでしょ! あたしは人間よ!こんな体になっちゃったけど、あたしは宮廷魔術師の娘、ジェシカ・カリオストロなの!」
「信じられない……じゃあ、メイの頭はどこに行っちゃったんだ?」
 驚愕するジャンを見上げて、ジェシカと名乗った犬女は涙を流した。
「そんなの知らないわよ。あの犬があたしにまとわりついてきて、そしたら肉体交換の魔法が発動しちゃって、こんな姿に……。うえええん。もう、こんなのやだあ……」
「バウ、バウ!」
 ジェシカの頬を伝う涙を、ラッキーが優しく舐めてやっていた。
「とにかく、うちに来いよ。話はあとでゆっくり聞かせてもらうから。な?」
「うう、ぐすっ。あたし、もうダメ……死にたい」
「が、頑張れって! ほら、抱っこしてやるから」
 ジャンはジェシカの頭と融合したメイの身体を抱き上げ、自宅に連れて帰った。
 首から下がメス犬の体になったジェシカは、無事、飼い主に保護されたのである。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 城下町を赤い夕陽が照らしていた。
 重い買い物袋を抱えて、ステファニーは帰宅の途についていた。
「遅くなっちゃったわ……早く帰って、ご飯にしないと」
 ステファニーは昨年、結婚したばかりの新妻だ。歳は二十。
 夫は子供の頃から付き合いのあった靴屋の倅で、とても妻思いの男だった。
 商売もまずまずうまくいっており、しばらく前に念願だった子宝も授かった。
 新たな命を宿して大きく膨れた自分の腹を見ながら、ステファニーは、自分の人生が順風満帆であることを神に感謝していた。
「それにしても、今日は寒いわね……お腹の赤ちゃんに良くないわ」
 昼間、暑かったために薄着で買い物に出かけたのを後悔した。
 寒風が吹き抜ける黄昏の街に、通行人の姿はほとんどない。
 早く帰宅して、愛する夫のために夕食を作ってやらねば。
 そう思って家路を急ぐステファニーが、ようやく自宅の前の通りに出たとき、突然、一人の少女が目の前に現れた。
「え? な、何? きゃああああっ !?」
 ステファニーは仰天した。白いドレスを身にまとった少女が四つんばいになって、彼女をじっと見つめていた。
 ステファニーが驚愕したのは、その少女の顔が人間のものではなかったからだ。少女の頭は犬だった。
 首から下はドレスの少女。そして、首から下は茶色い毛並みの犬というグロテスクな生き物が、ステファニーの前にうずくまっていた。
「ひいいっ !? な、何なの、あなた……いや、来ないでっ!」
「ワン、ワンっ!」
 犬頭の少女は嫌がるステファニーに飛びかかり、彼女の体を馴れ馴れしく舐めはじめた。
「う、ううん……」
 あまりのショックに買い物袋を取り落とし、その場に失神するステファニー。
 すると、犬頭の少女の体が淡い輝きを放ち、その光はステファニーの体をも包み込んだ。
 天才魔術師のかけた魔法は、いまだその効力を残していた。
 白い光が第三王女と妊婦の身を包み込み、その胴体から首だけをおもむろに切り離す。二十歳の若妻の首は体を離れ、十三歳のプリンセスの体と結合した。
 一方、メス犬の頭はプリンセスの体から分離し、今度は二十歳の妊婦の体と繋がった。
 双方の頭部が無事に入れ替わると、光は役目を終えたかのように薄れ、霧散した。
 ジェシカの魔法は八回目にして、ようやくその力を失ったのだった。
 やがて、妊婦の体と繋ぎ合わされた犬の頭が目覚め、四つんばいでその場を離れていった。
 ステファニーの身体を奪ったメス犬は身重の体を引きずり、どこへともなく消えていった。あとに残されたのは、白いドレス姿のステファニーだけだ。
 アイザック王国第三王女、エリザベスの幼い身体は、こうして靴屋の若妻、ステファニーのものとなったのである。


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