ギャル子の弥生先輩


 明るく気持ちのいい午後だった。
 半分開いた窓から涼しい風が差し込み、ノートのページをめくった。ヒデトはノートを手で押さえ、使い古した消しゴムを重しにした。
「では次の段落を……えー、プリン。日本語に訳しなさい」
 英語の教師がそう促したが、返事はなかった。ヒデトが隣の席に視線を向けると、プリンは暖かい日差しを浴びて気持ちよさそうに眠っていた。
「プリン、寝てるのか? 起きなさい!」
 ベテランの男性教師は不機嫌な表情で教室を横切り、窓際で居眠りしているプリンの体を揺さぶった。
「んあ? うう……ちょっと待ってぇ」
 プリンは十秒ほど教師とクラスメイトたちを待たせると、渋々机に突っ伏すのをやめ、いかにも怠そうに教師を見上げた。
 口の周囲はよだれまみれで、校則で禁止されているはずのメイクが無残に崩れていた。派手な金色に染められたぼさぼさの髪と裾の短いスカートは、毎日のように生活指導の教師や風紀委員に注意されている。しかし母親が好きな洋菓子の名前を授かった彼女が、素直にその類の指導に応じた試しはない。
 クラスメイトたちからは尊敬と軽蔑の意を込めて「ギャル子」というあだ名で呼ばれていたが、本人も満更ではないらしく、その呼称に怒ったことは一度もない。
「ふああ……もー、なんで起こすのよぉ? いい気持ちで寝てたってのにぃ」
「今は授業中だ! 居眠りなど許すものか!」
 怒気をあらわにした英語の教師は、黒い厚紙を表紙にした古臭い出席簿でプリンの頭を軽く叩いた。英語の授業のたび繰り返される一連の行為が、クラスメイトたちの失笑を買う。
「だいたいお前、今日の放課後は追試じゃないのか !? 勉強はきちんとしてきたのか!」
「もちろんしましたぁ。バッチリバッチリぃ」
 まるで真剣みのない態度に、教師は怒るよりも、むしろ呆れたようだった。開いてすらないプリンの教科書をめくり、該当するページをわざわざ見せてやった。授業に教科書を持ってきているのだから、彼女にしては真面目にやっていると評価すべきかもしれない。
「英語の追試はこの学年でお前一人だけだ。少しは恥ずかしいと思え! ほら、ここの段落を読んで日本語に訳すんだ」
「えっ、アタシ一人ぃ? やば、アタシ学年一の有名人じゃーん。センセー、アタシのサインいりますぅ?」
「早く読め!」
 すぐ隣の席で交わされるユーモラスなやりとりに、ヒデトも笑いを抑えられない。今学期の席替えでこの位置になってからは、プリンと教師の漫才をしょっちゅう間近で見せてもらっている。そのたびに授業が途切れるのだが、どちらかと言えばヒデトは自習で勉強するタイプであり、不真面目なプリンが少々授業を遅らせたところで、それほど困るわけではなかった。
 プリンが悪戦苦闘しつつ英文を読んでいる間にチャイムが鳴ってしまい、そこでその日の授業は終わりを迎えた。クラスの担任でもある英語の教師は不服そうにホームルームを済ませると、解散を宣言した。
「じゃあ皆、気をつけて帰宅するように。それと、プリンはこのあと追試があるから絶対に逃げずにここに残っていること」
「ちえっ、面倒くさぁい」
「頑張ってね、プリンさん」
 帰り支度を済ませたヒデトが挨拶すると、プリンはきょとんとしてヒデトの顔を眺めた。
「……あんたがアタシに話しかけてくるなんて思わなかった。初めてじゃん?」
「まあクラスメイトだからね。それじゃ、また明日」
「うん。じゃあねぇ」
 多少は機嫌を良くしたのか、プリンは手を振ってヒデトを見送った。
 彼女が追試に受かるかどうかはわからないが、ぜひ合格してほしいとヒデトは思った。あまりにも悪い点数をとり続けると進級できなくなってしまう。せっかく同じクラスの仲間なのだから、一緒に進級して卒業したいという思いはあった。
 教室を出てスマートフォンを取り出すと、弥生からのメッセージが届いていた。三年生もつい先ほど授業が終わったところで、できればヒデトと一緒に帰宅したいという内容だった。
 足早に階段を上がり、三年生の教室がある廊下の隅できょろきょろしていると、長いストレートの黒髪をなびかせた女子高生がヒデトの前にやってきた。
「待たせたな、ヒデト。今日は練習はないが、一緒に帰らないか?」
「はい、弥生先輩。喜んで!」
 誘いを断る選択肢はなかった。弥生はヒデトがマネージャーを務める剣道部の主将で、密かに憧れている異性の先輩でもあった。
 長身で整った顔立ち、そして凛とした立ち居振る舞いが印象的な、文武両道の優等生。礼儀正しく正義感の強い彼女は当然のように人望あつく、同じ部活動に所属していなければ、引っ込み思案で特に取り柄のないヒデトとは会話する機会さえなかっただろう。
 ヒデトは弥生と肩を並べて歩き、他愛ない世間話に興じた。弥生の方が背が高く、ヒデトが見上げる形になってしまうのが彼の悩みの一つだ。
「そういえば先輩、進路は決めたんですか? こないだ進路指導があったみたいですけど……」
 剣道部の話が一区切りつくと、ヒデトは弥生に訊ねた。まだ二年生であるヒデトにとって進路は差し迫った問題ではないが、高校三年生である弥生には極めて重要な問題だろう。優秀な弥生のことだからおそらくは進学するのだろうが、いったいどこの大学を志望先に考えているのか。
 やや突っ込んだ質問かと思ったが、弥生は怒るでもなくヒデトの目をのぞき込んだ。丸く大きな瞳の中からもう一人のヒデトがこちらを見返している。たちまちヒデトの心拍数が上がり、つい視線を逸らしてしまった。
「ああ、だいたいな。以前、ヒデトが入りたいと言っていたあの大学だよ」
「え? あ、はい……ひょっとして、あそこにするんですか?」
 弥生が名前を挙げたのは、以前、ヒデトが考えていると話した覚えのある県内の公立大学だった。私立よりは学費が抑えられ、現在の自宅から通える距離にある。ヒデトが考える候補の中で最も有力だった。
 しかし、あの大学は並みの学力のヒデトにとってはかなり厳しい目標だが、全国模擬試験で毎回優秀な成績を叩きだしている弥生にふさわしいとはあまり思えない。資産家の令嬢でもあることだし、首都圏の高級マンションに住み、一人暮らしをして立派な一流大学に通うものとヒデトは予想していたのだ。
 いったいどうして。訝しんだヒデトが問うと、弥生は少し恥ずかしそうに笑った。
「あの大学なら私の家からも通えるし……それに、うまくいけば大学に入ってからも君の先輩でいられるしな」
「何ですか、それ。僕が入りたいって言ったから先輩も入る? そんなジョーク、先輩らしくないですよ」
「冗談に聞こえたか?」
 不意に会話が途切れて、ヒデトは振り返った。階段の上で弥生が立ち止まっていた。
「……先輩?」
「そうか、君には冗談に聞こえたのか。残念だな……」
 弥生は頬を赤くしてヒデトを見下ろしていた。その表情は不機嫌そうでもあり、困っているようでもあり、そして恥ずかしそうでもあった。
 辺りには誰もおらず、世にも珍しい弥生の赤面を目撃する者はヒデト以外にない。
「君と同じ大学に行きたいというのは、本当のことなんだがな」
「え? それって……」
 弥生の発した小さな呟きの真意を問うべく、ヒデトは引き返して階段を上ろうとした。
 だが、動揺のあまり足を踏み外し、弥生の手前で身体が大きく傾いた。
「うわあっ !?」
 完全に体勢を崩し、足の裏が宙を蹴っていた。階段での転倒は非常に危険で、ヒデトの残念な運動神経では怪我をする恐れも大いにある。一瞬の時間の感覚が数十倍に引き延ばされるような気がした。
「ヒデト、危ないっ!」
 弥生が階段の上から長い腕を伸ばし、ヒデトを支えようとした。しかし不安定な足元での反射的な動作は、弥生の優れたバランス感覚をもってしても制御するのが困難なようだった。ヒデトを転落させまいと精いっぱい踏ん張ったが、弥生の足も床を踏み外し、その体が前方に滑り落ちた。
「しまった!」
「先輩っ !?」
 ヒデトの身代わりとなって落ちていく弥生の先には、下の階の女子トイレがあった。そのドアは開かれ、ちょうどヒデトのクラスの問題児、プリンが出てくるところだった。
「危ない、どいてくれっ!」
「え? なにぃ……きゃあああっ !?」
 ヒデトの見ている前で二人の女子高生は思いきり衝突し、絡み合って慣性のまま床の上を転がり、壁にぶつかってようやく止まった。弥生は仰向けに、プリンはうつ伏せに倒れ、ぴくりとも動かない。
「弥生先輩! プリンさん!」
 ヒデトは半狂乱になり、急いで二人に駆け寄った。ヒデト自身も軽く足をくじいていたが、痛みなどまったく気にならなかった。
「先輩! 弥生先輩!」
 プリンより先に弥生を抱き起こし、必死で呼びかけた。自分のせいで弥生の身に何かあっては一生後悔することになると恐怖した。
「ヒデト……?」
 ヒデトの真心が天に通じたのか、弥生は小さくうめくと、わずかに目を開いた。
「大丈夫ですか、弥生先輩! どこか怪我してませんか? 痛むところはないですか !?」
「うん……多分、大丈夫ぅ」
 その返答にヒデトは安堵した。頭を強く打っているわけではないようだ。足に小さな擦り傷こそあるが、その他に明らかな外傷は見当たらない。骨や靭帯は無事だろうか。
 ヒデトの腕の中で、弥生は見る間に意識を取り戻していった。焦点の合わなかった瞳がヒデトを捉え、ぼんやりしていた顔が驚きと不審の表情に変わる。
「ちょっとぉ……あんた、何やってんのよぉ?」
「え?」
「もー、やめてよねぇ。馴れ馴れしく女の子の肩を抱いたりしてぇ……ひょっとしてあんた、アタシに惚れてたりすんのぉ? でもダメよぉ。アタシ、ちゃんと彼氏がいるんだからぁ」
「先輩? 一体どうしたんですか?」
 不機嫌な様子の弥生に乱暴に振りほどかれ、ヒデトは戸惑った。とても一年以上に渡って部活動を共にしてきた後輩への態度とは思えなかった。話し方も奇妙極まりない。
 発言の内容も不穏だった。弥生の恋人の存在など、今まで聞いたことがなかった。厳格な家に生まれ、日々勉学と武道に打ち込む弥生が、周囲に隠れて男との密会を重ねているとは考えにくい。異性との交際経験はまったくないと本人も明言していたのだ。
 やはり、転落したとき頭を強く打って混乱しているのだろうか。だが、なんとなくそれは違うような気がした。
 彼を見る弥生の視線は、大して会話したこともない異性のクラスメイトでも相手にしているような、親しみのないものだった。弥生がこんな視線をヒデトに向けたことは、今までに一度もない。同じ部活のマネージャーとして認めてもらっていると感じていた。
 錯乱しているわけではなく、記憶喪失ともまた異なるような……何とも言葉で表現するのが難しい違和感があった。耐え難い不安ともどかしさに、ヒデトの頬を汗が伝った。
 そのとき、二年生の教室から英語の教師の声が聞こえた。そろそろプリンの追試験が始まるらしく、廊下じゅうに響く声でプリンの名前を呼んでいた。
 だが、プリンはいまだヒデトの隣で失神したままだ。怪我がないか確かめるのも兼ねて起こしてやろうとヒデトが手を伸ばすと、なぜかプリンの代わりに弥生が慌てて立ち上がった。
「やばっ、もーテスト始まっちゃう !? はいはぁい、アタシはここにいまぁす!」
「せ、先輩……?」
 素っ頓狂な大声をあげて廊下を走る弥生の姿に、ヒデトは呆気にとられた。突然の上級生の闖入は当然トラブルを巻き起こしたようで、ヒデトの教室から教師と弥生が言い争うのが聞こえた。
「いったい、何がどうなってるんだ? 弥生先輩はどうしちゃったんだ……」
 常識でははかり知れない異常事態を前に、ヒデトはどうしていいかわからない。しばらくすると気を失っていたプリンの身体が動きだし、その場に起き上がった。
「うう……私は気絶していたのか。情けない……」
「プリンさん、目が覚めた? 大丈夫、怪我してない?」
「ヒデト?」
 プリンは不安げな表情でヒデトを見つめた。憂いを帯びたその顔は、今までヒデトが一度も目にしたことのないものだった。「ヒデト、私は大丈夫だ。君の方こそ怪我はないか?」
「プリンさん? 君……プリンさんだよね?」
 やはり頭でも打ったのかとヒデトが心配していると、プリンは大いに機嫌を損ねたようだ。
「何を馬鹿なことを言ってるんだ? まさか君は頭でも打って、部活の先輩の顔も忘れてしまったのか」
 プリンの鋭い眼差しは、明らかに日頃の能天気なクラスメイトのものとは異なっていた。ありえない例えだが、さながら、弥生が彼女にのりうつっているかのような顔つきだった。
「もー、何なのあのクソ教師ぃ! アタシにテストを受けさせないつもり !? あったまくるなぁ!」
 どうやら教室を追い出されたらしく、弥生が二人のもとに戻ってきた。プリンは振り返り、弥生と視線を合わせた。
 鴉の濡れ羽色の長いストレートの髪、そしてそれと対照的な白く繊細な肌を持つ優等生の三年生、弥生。
 派手なメイクと金髪、日焼けした褐色の肌が目立つ問題児の二年生、プリン。
 二人は向かい合い、長い時間をかけて驚愕し、戦慄し、そして絶叫した。
「なんで私がそこにいるの !?」

 ◇ ◇ ◇ 

 ヒデトが三人分の軽食をカウンターで受け取りテーブルに戻ると、弥生とプリンはしかめっ面で向かい合っていた。
「はあ……どうしてこんなことになってしまったんだ」
 ヒデトに礼を言ってドリンクを受け取り、プリンは極めて深刻そうにため息をついた。
「マジでそうよねぇ。なんでアタシがこんな地味な格好しないといけないわけぇ? ボタンはきっちり上まで締まってるし、スカートは長いし、キュークツで死んじゃいそう」
 プリンの反対側に座った弥生は、自分の艶やかな黒い前髪を、いかにもつまらなそうに指でもてあそんだ。
 三人が現在いるのは、駅前のハンバーガーショップだった。学校帰りの学生で混雑する店内は、デリケートで内密な会話にはあまり向いていないかもしれない。だが、異変の起こった彼女らに興味を示す者は幸い誰もいなかった。
「それで、あの、二人とも……確認なんですけど」
 すっかり雰囲気の変わった弥生とプリンに見つめられ、ヒデトは遠慮がちに口を開いた。「本当に二人の体が入れ替わってるんですか?」
「信じられないが、どうやらその通りだ。私はプリンさんの体になってしまったらしい」
「アタシもマジ信じらんない! なんでアタシがオシャレの一つも知らない汗臭い剣道部の主将の体になんてならないといけないわけぇ? まったくもー、いい迷惑よぉ」
 二人の返事に、ヒデトは奇怪な現状を認めざるをえなかった。口調や表情、立ち居振る舞いなど、弥生とプリンの内面がそっくりそのまま入れ替わってしまっていた。
 クラスメイトたちからギャル子と呼ばれる、金髪で日焼けした問題児の体になった弥生。
 長いストレートの黒髪が麗しい、文武両道の令嬢の体になったプリン。
 階段から転落して激しくぶつかった二人の中身は入れ替わり、弥生がプリンに、プリンが弥生になっていた。
 心が入れ替わる、もしくは体が入れ替わる。漫画や映画では時おり目にする事態だが、フィクションではなく現実の世界でお目にかかるのは初めてのことだった。
 にわかには信じられない超自然的な現象が発生し、三人とも見苦しくうろたえるばかりだ。
「マジでどうしてくれるわけぇ? 元はと言えば、あんたがアタシにぶつかってきたのが悪いんでしょお? 早くアタシの体を返してよぉ」
 塩味の強いポテトフライを口に運び、中身がプリンの弥生が言った。口を開けてくちゃくちゃと咀嚼する下品な食べ方に、ヒデトは目を見張った。自他共に厳格で気品を漂わせる弥生とはかけ離れた仕草だった。
「す、すまない……君の言う通り、こんなことになったのも全て私のせいだ。私が転んで君とぶつかったから……本当に申し訳ない」
「違う、僕のせいだ! そもそも僕が階段で転んだからこんなことになったんだ。先輩は悪くない!」
 弥生の心を宿したプリンが縮こまって謝罪すると、ヒデトは慌てて弁護した。
 そもそもこのような事態を引き起こしたのは、ヒデトが階段で転倒したことだった。それを弥生が助けようとして彼の代わりに転落し、追試を受けるためにたまたま残っていたプリンと激突した。自分の失敗が原因であると主張し、ヒデトは何度も弥生の体に詫びた。
「謝ってくれるのはいいけどさぁ。アタシたち、どうやったら元に戻れるわけぇ?」
「そ、それは……」
 ヒデトは返答に窮した。率直に言って、どうすればいいのかさっぱりわからない。
「明日の朝、起きてみたら自然に元の体に戻ってるといいんだが……そうじゃない場合は問題だな。元に戻るための方法を探さなくてはならない」
「そうですね。もう一度激しくぶつかってみるとか?」
 ヒデトの提案は安直だが、一番、可能性が高そうに思えるものだった。強く衝突することで心が入れ替わるのなら、もう一度その状況を再現してみればいい。
「そうだな。当然それも検討してみなくてはいけないが、ただ、怪我をしそうなのがな……」
「そうですよね……今回はたまたま運良く二人とも無事でしたけど、次もそうとは限りませんよね」
「そうよ! アタシ、あのときすっごく怖かったんだからぁ。あんな怖い思いしたくないし、ケガして死んじゃうかもしれないのもイヤ。だいたい、体がぶつかったくらいで中身が入れ替わるんだったら、毎日みんな入れ替わってるじゃーん」
「うーん、確かに……」
 弥生の指摘はもっともだった。単に体や頭がぶつかっただけで人格が入れ替わるのなら、この世はこうした不可思議な現象で溢れかえっているだろう。だが現実はそうでなく、二人の女子高生の入れ替わりはおそらくほとんどの人間に信じてもらえないだろう。
「結局、今日は様子見でこのまま家に帰んなくちゃいけないのぉ? でも、こんな体じゃアタシの家には帰れないわよぉ」
「そうだな。私もこの体で私の家には帰れないし……仕方ない。今日のところはどちらも相手の家に行くことにしよう。私はプリンさんの家に、プリンさんは私の家に帰って、今夜寝るまではお互いのふりをして過ごすのが、一番穏当な対応だろう。下手に騒いで病院に連れていかれたところで、こんな奇妙な現象を治してもらうのは期待できまい」
「はあ……あー、ヤダヤダ。どーしてこんなことになっちゃったのよぉ」
「同感だ。はあ……」
 二人の女子高生は嘆息し、お互いのスマートフォンを取り替えた。連絡先を教え合い、家族構成や学校での人間関係など、簡単な情報交換を行う。
 中身が入れ替わってしまった弥生とプリンを前に、ヒデトは不安で仕方なかった。
 いったいこれからどうなってしまうのだろうか。明日、もしくは数日以内に元に戻れるのならいいが、その保証はどこにもない。いつ二人が元の体に戻るのかわからず、そもそも元に戻れるのかどうかさえ不明である。
 入れ替わっている間、お互いが相手を演じるというのも懸念すべきことだった。
「元に戻るまでお互いのふりをするってことだけど……その、大丈夫なの?」
「何がぁ?」
「弥生先輩は今日もプリンさんの代わりに追試を受けてたし、プリンさんの体で授業を受けるのに問題はないだろうけど……プリンさんの方は先輩のふりなんかできるの? 三年生の勉強は難しいんじゃない」
 ヒデトはそう指摘した。何しろ、学年も異なる真面目な優等生と、ギャル子とあだ名されるだらしない問題児である。対照的な二人の少女が各々相手になりきるのは非常に困難だろう。元来、周囲からの評価が低いプリンの体になった弥生はとにかく、成績不良で享楽的な振る舞いを好むプリンが弥生として振る舞うと、弥生の評判が著しく下落するのは疑いない。今夜にも、弥生になったプリンが弥生の家族と揉めるかもしれないのだ。
「そんなこと言ったって、しょうがないじゃーん。どうしてもイヤだって言うなら、入れ替わってる間は学校サボってもいいけど、どうするのぉ?」
「それは困るな。私は病気らしい病気をしたことがなくてね。仮病で休んで家にいたら両親に心配されるし、外出して他所で時間を潰すのも健全な高校生として問題だ。もしプリンさんが明日の朝起きて入れ替わったままだったら、私の体で学校に来てほしい」
「ちえっ、優等生は真面目よねぇ。まあ、それであんたの評判がどうなってもアタシは知らないけどぉ」
 弥生は舌打ちをしてプリンをにらみつけたが、急にその表情を変えた。感情豊かで表情がころころ変わるため、落ち着きのある弥生と接する気分でいるとついていけなくなる。
「そういえば聞き忘れてたけどぉ、あんたたち付き合ってんのぉ?」
「な…… !?」
 憧れの弥生の顔で訊ねられ、ヒデトは耳まで紅潮した。隣を見やると、プリンも頬を赤くしていた。
「な、何を言っているんだ !? 私たちはまだ学生だぞ! 男女七歳にして席を同じうせず。高校生同士の交際なんて破廉恥な真似が許されるものか!」
「やっだぁ、それマジで言ってんのぉ? うな重せずって何それ、アハハハハ……今どき、エッチもしたことないなんてマジ信じらんなぁい」
 プリンの心に支配された弥生は腹を抱えて笑いころげた。ヒデトとプリンは顔を見合わせ、互いの動揺を視線で伝え合った。
 ヒデトの思い上がりや勘違いでなければ、今日の放課後、弥生は彼に好意を伝えようとしたはずだ。今までは部活動の先輩と後輩の関係から抜け出せずにいたが、もしかしたら二人の仲が進展していたかもしれないのだ。その矢先にこんな怪事件に巻き込まれ、もはや恋愛どころではない。千載一遇の好機を逃したヒデトは、運命のいたずらを起こした神を恨んだ。
「アタシはちゃんと彼氏いるよぉ。この入れ替わりのことも、ちゃんと連絡しておいたしぃ」
 弥生は軽薄そうな笑顔を浮かべ、携帯端末の画面に見入った。紫やピンクのデコレーションが背面を覆う派手なスマートフォンだ。
「なんだって、私たちが入れ替わっていることを教えたのか? そんなの信じてもらえないだろう」
「ダイジョブダイジョブ、アタシ嘘つかないからぁ。それに、アタシの彼氏はあんたも知ってる人だよぉ」
「なに? いったい誰だ?」
「へへー、秘密ぅ。もーすぐこの店に来るって言ってるから、それまでのお楽しみねぇ」
 そう言って笑うと、弥生は会話するのをやめてスマートフォンのゲームをプレイし始めた。ヒデトとプリンは気まずい雰囲気の中、弥生の話の人物がやってくるのを待った。
 不安げなプリンを見て、ヒデトは彼女の中にいる弥生のことを思った。享楽的な性質のプリンのことだから彼氏の一人や二人いても不思議ではないが、そんなプリンと入れ替わってしまい、弥生は大丈夫だろうか。中身は文武両道の優等生であるため学業の心配はいらないだろうが、彼女の場合はプリンの乱れた私生活が懸念された。
 十五分ほど待つと、一行が囲むテーブルにヒデトと同じ制服を着た男子高校生がやってきた。明るく染めた短い髪を逆立て、耳に銀色のピアスをいくつもつけた大柄な男だった。ヒデトの知り合いというわけではないが、見覚えのある顔ではある。同じ学年ではないはずだから、弥生と同じ三年生かもしれない。
「あーっ、カズヤ、やっと来た! 遅いぞこらぁっ」
「君は……カズヤ!」
 少女たちは入れ替わった体でカズヤに声をかけ、常識では考えられない不可解な現象が起きていることを彼に知らせた。
「知り合いですか? 弥生先輩」
「ああ、私のクラスメイトでな。そうか、カズヤがプリンさんの恋人だったとは……」
 プリンの話によると、この少年は弥生の級友でカズヤというらしい。軽薄そうな風体のせいか、弥生からは好意と反対の感情を持たれていた男だという。プリンの口調からも警戒と侮蔑の念が窺えた。
「うおっ、すげえな……マジか? マジで入れ替わってるのか? お前、あの堅物の弥生じゃねえの?」
「違うよぉ。アタシはプリン! この女とぶつかって、頭の中身が入れ替わっちゃったのぉ!」
 弥生は頬を膨らませ、カズヤに甘えるように腕を組んだ。はじめは驚いていたカズヤも、すぐに状況を理解して弥生のことを自分のガールフレンドだと認識したようだった。混雑した店内であるにも関わらず、弥生の胸や尻を触りはじめた。
「ヘヘヘ……筋肉質でいまいちかと思ったが、意外と柔らけえじゃねえか。やっぱり女の体なんだな」
「おい、私の体でそんな真似はやめてくれ! 人が見ているんだぞ !?」
 プリンの注意にも、弥生はどこ吹く風だ。
「えー? だって今はこれがアタシの体なんだし、しょうがないじゃーん。ねえカズヤ、キスしよっか」
「ダメだ! そんなの許さない!」
 テーブルに思い切り拳を叩きつけて激昂するプリン。そんな初心な彼女が面白いのか、弥生は接吻こそしなかったが、カズヤとの下品なスキンシップを見せつけてプリンを怒らせるのだった。
「はははは……こりゃあ傑作だ。あの堅物のお嬢様の中身が、俺の女になっちまうなんてな」
「言っておくが、カズヤ! たとえ中身が別人であっても、嫁入り前の私の体に不埒な真似をしたら許さないからな! その両腕をへし折ってやる!」
「はいはい、わかったよ。まあ、剣道部主将のお前ならとにかく、ろくに運動なんかしたことないギャル子になった今のお前に、俺をどうこうできるとは思えねえけどな」
「私を甘く見るな! たとえ非力なこの娘の体になっても、貴様のような軽薄な男を成敗するくらい容易いことだ!」
 プリンは鋭い眼光でカズヤを威圧した。ヒデトには小声で教えてくれたが、カズヤは女性関係にだらしがなく、今も複数の女性と付き合っていると噂されているらしい。そんな女たらしを今の弥生は恋人と慕い、自分から親密な体の接触を求めているのだ。ヒデトの目の前が絶望で真っ暗になった。
「や、弥生先輩……本当にこの状態でしばらく過ごすんですか?」
「元の体に戻る方法がわからない以上、仕方ないだろう。明日の朝、元に戻っていたらいいが、そうでなければ当分はこのままだ。明日からは剣道部主将の『弥生』がカズヤの彼女になったと学校中の噂になるかもしれない。覚悟しておかないとな……」
「そ、そんなのダメですよ。絶対に許せません!」
「そうか……そう思うか」
 プリンはヒデトの顔を眺め、満足そうに微笑んだ。再びドキリとさせられ、目の前の金髪のクラスメイトが自分の憧れの女性であることを思い知らされる。
「とりあえず、今日はこれで解散だ。明日の朝、私とプリンさんが元の体に戻っていなければ、元に戻るまでお互いが相手のふりをして過ごすことにしよう。幸い、ヒデトとカズヤがそれぞれ私たちと同じクラスだからな。周囲に変に思われないよう、二人にはフォローをお願いしたい」
「うーん……やっぱり中身が弥生だと全然違うな。いっつも能天気なプリンとは別人だわ」
「何よそれぇ !? 中身がアタシじゃダメだって言うのぉ?」
 そんなやりとりを最後に、四人は店を出て各々の家路についた。ヒデトはプリンと共に帰宅することを望んだが、生憎と方角が異なるため代わりに弥生につくことになった。プリンはカズヤと家が近いらしく、カズヤと肩を並べて帰っていった。
「アタシがヒデトと一緒に帰るなんて思わなかったぁ。まあいっかぁ、アタシはこの女の家を知らないから、案内をお願いねぇ」
「わかったよ……はあ、本当に体が入れ替わってるんだもんなあ」
 ヒデトは本日何度目かもわからないため息をついた。常に凛々しく厳格な憧れの弥生が、今はガムをくちゃくちゃ噛みながらヒデトの隣でスキップをしている。行儀も品格もあったものではない。
「地味ぃでろくにメイクもしてない体だけど、動きやすいのは悪くないかなぁ。鍛えてるってこういうことぉ? ヒデトよりも背が高くなってんの、ウケるわぁ」
「先輩の顔でそういうことを言うの、やめてくれないかな」
「えー、どうしてぇ? ひょっとしてヒデト、この女のことが好きなのぉ?」
 表情豊かな弥生にからかわれ、ヒデトは呼吸を乱してしまう。その反応で彼女は彼の心情を察したようだった。ハンバーガーショップでのやり取りもそうだったが、ヒデトは本心を隠すのが下手だ。
「あー、やっぱりかぁ。でもわかんないなぁ。好きなのに、どうしてさっさと押し倒してヤっちゃったりしないのぉ? アタシならとっくにそうしてるよぉ」
「先輩の声でそんなこと言うのやめろよ!」
「アハハハ、面白ぉい! あんたのこと全然気にしてなかったけど、意外と面白いじゃーん!」
 ころころ笑う弥生にヒデトはどう返していいかわからなかった。気まぐれで思慮に欠ける今の弥生は、ヒデトの手に余る相手だった。
「アハハ……そんなに弥生先輩とヤリたいのぉ? どうしてもって言うんだったら、アタシがこの体でヤラせてあげてもいいんだけどなぁ?」
 あろうことか制服の胸元を指で引っ張り、挑発的な表情でヒデトを見下ろしてくる弥生。日々憧憬の念を抱いてきた彼女の繊細な肌を見せつけられ、ヒデトの頭から蒸気が噴出した。
「や、やめろよ! 先輩の体をオモチャにするな!」
「えー、そんなのヤダぁ。だって、この体は今はアタシのものだしぃ。この体でアタシが彼氏のカズヤとパコパコエッチしまくったって、あんたには別に関係ないじゃーん?」
「やめろって言ってるだろ! そんなことしたら絶対に許さないからな!」
 耐えかねたヒデトが鬼気迫る表情で弥生の手首をつかむと、プリンの心を宿した弥生は目をぱちくりさせた。
「へえ……そんな顔もできるんだ。カワイイじゃーん。アハハ、アタシあんたのことが気に入ったかもぉ」
「頼むから、弥生先輩の体で変なことをしないでよ……」
「しょうがないなぁ。あんたがそう言うならそうしてあげるぅ」
 ヒデトは苦労して興奮を抑え込み、不敵な笑みを浮かべる弥生から身を離した。体温が上がり、呼吸が荒くなっているのを自覚した。
「あんたは心配しまくりだけどさぁ。案外、明日になったら元に戻ってるかもしれないよぉ? そんなに取り乱してもしょうがないって」
「そうだったらいいけどな。本当にそう願いたいよ……」
 ヒデトは数メートル先を歩き出し、尊敬してやまない麗人を自宅へとエスコートしてやった。大きな屋敷に驚く弥生を邸内に押し込み、馴染みの庭師に挨拶してその場を後にした。
 別れのとき、プリンの魂に支配された弥生のことは肉体の名で呼んだ。人目があるところでは、入れ替わっている二人はそれぞれ相手のふりをしなくてはならない。それは一連の事情を知っているヒデトについても同様だった。
 果たして、中身の入れ替わった弥生とプリンは元に戻れるのだろうか。自然に元に戻らない場合は、自分たちの力で原因や解決策を究明しなくてはならないだろう。
 そもそも、ヒデトの不注意から始まった事件である。円満に解決できなければ、悔やんでも悔やみきれなかった。

 ◇ ◇ ◇ 

 担任の英語教師が次に指名したのはプリンだった。
「ではプリン、次の段落を読んで訳してみろ」
「はい、先生」
 プリンはその場に立ち上がると、指定された英文をすらすらと読み、的確な訳を答えてみせた。教室にどよめきが響き、教師が動揺した様子でプリンを見つめた。
「よ、よろしい。ほぼ完璧だが……一体どうしたんだ、プリン。悪いものでも食べたのか?」
「いえ、勉強した結果を披露しただけです。学生の本文は勉強ですから」
「そ、そうか! 先生は嬉しいぞ。こないだの追試も満点だったし、やっと先生の熱意が通じて心を入れ替えたんだな!」
「はい。仰る通り、私は心を入れ替えました」
 にっこり笑うプリンに、クラスメイトたちは一斉に拍手を送った。彼女としては単に事実を述べたまでだが、教室にいる皆はそう受け取らなかった。ただ一人、隣にいるヒデトを除いて。
 プリンが横に視線を向けると、ヒデトは笑顔で返してきた。プリンは小さくうなずいて着席した。
(私とプリンさんはお互いの心を入れ替えた。そして、いまだ元に戻る気配はない)
 剣道部の主将を務める文武両道の優等生、弥生の魂を宿したプリンは思考を中断し、ヒデトの反対側を向いた。窓際にある彼女の席からは、薄汚れた窓ガラスに映った自分の姿がよく見える。日焼けして黒くなった肌とけばけばしい金色の髪が悪目立ちする「ギャル子」が、憂いを帯びた表情でプリンを見返していた。
 弥生とプリンの中身が入れ替わってから数日が経過していたが、二人はいまだ元に戻れずにいた。
 プリンの身体に別人の魂が入り込み、プリンの席で授業を受け、プリンの家に帰り、プリンの家族と顔を合わせる。そんな奇妙な生活が続いているが、心の入れ替わりが発覚することは一度もなかった。
 彼女はもともと友人の多い方ではなく、悪い表現を用いるならクラスで浮いている存在だった。プリンの中身が別人であると見破るほど親しい友人はおらず、入れ替わってからの変化は一時的なイメージチェンジで片づけられた。
 クラス一の劣等生のプリンが急に真面目になったことに驚く声もあったが、まさか中身がプリンでないのではと思いつく想像力豊かな生徒もいない。留年の危機に渋々やる気を出したのだろうというのが、クラスメイトたちの一致した見解だった。
 プリンの両親も共働きで留守がちだった。家に帰ってきても年頃の娘にそれほど関心を示さず、プライベートな会話を家族と交わすことはまったくなかった。
 おそらく、入れ替わる前のプリンは自分の家庭環境に不満を持ち、校則に反したファッションやサボタージュで反抗していた面があったのだろう。
 だが、体が入れ替わっている今はそんなプリンの生活は好都合だった。
「お疲れ様です、弥生先輩」
 その日の授業を全て問題なく終えたプリンに、ヒデトが話しかけてきた。
「しっ、ここでその名前を出すんじゃない。プリンと呼べ」
 プリンは口に示指をあてがい、ヒデトに注意した。大方の生徒は教室を去ったが、まだ残っている者が少数いた。女生徒のグループが談笑しつつ、時おり二人に興味深そうな視線を向けていた。
「すみません、プリンさん。今日はまたアレをするんですか?」
「敬語も使うな、呼び捨てでいい。それで、アレとは何だ? ああ、体をぶつける実験か」
 プリンは眉をひそめた。
 弥生とプリンの魂が入れ替わった原因は、おそらくはあの追試の日の激しい衝突にあると思われた。もう一度強くぶつかれば元に戻るかもしれないとヒデトは主張し、プリンも最初は同じ意見だった。
 だが……。
「アレはしばらくしないことにした。もう二度と試さないとは言わないが……どうも何かが足りない気がする。現状では無駄な行為にしか思えない」
 それがプリンの出した結論だった。
 可能な限りあのときと似通った状況を再現して体当たりを試みたが、プリンの精神が再び肉体を離れて弥生の体に乗り移ることはなかった。衝突の威力が足りないのか、それとも他に必要な条件があるのかは不明だが、二度、三度と試してもあの日のように入れ替わることはできなかった。
 階段から転落してぶつかる危険な行為は怪我をする恐れも大きい。弥生は打撲した腕を押さえ、別のアプローチを探すべきだと言いだした。プリンも渋々それに同意せざるをえなかった。とはいえ、他にこのような摩訶不思議な事件を解決する方法は思いつかず、結局は様子見を続けて、ただ時間が過ぎるのを待つばかりだ。
「そうなの? 残念だね……じゃあ、他の方法を探さないと」
「まあ時間はあるし、じっくり考えるさ。それよりも部活の方はどうだ? 昨日、『弥生』が練習に来たそうじゃないか」
「うん、そうそう、あれは驚いたよ。てっきり入れ替わってる間は休むものだとばかり……」
 ヒデトは心底驚いた様子だった。彼の話によると、プリンの心を有した弥生が剣道部の練習に現れ、本物の弥生さながらの謹厳な口調と立ち居振る舞いで部活を取り仕切ったのだという。
「素振りの仕方も話し方も、本物の弥生先輩そっくりだった。あれが演技だとしたら驚きだよ。まるで違和感がなかったから、ついこっそり、『元に戻ったんですか?』って聞いたら、『そんなわけないじゃーん』って笑われたんだ」
「そうか。一時はどうなることかと思ったが、彼女も私の評判を落とさないように頑張ってくれているようだな」
 プリンは安堵した。主将という立場上、いつまでも弥生が剣道部の練習を休むわけにはいかない。体に怪我はなく健康そのもので、毎日元気に登校しているのだ。そんな弥生が部活動を欠席してばかりいては、必ず怪しむ者が現れよう。
 しかし、弥生になったプリンは不慣れな剣道の練習に参加し、精一杯努力して弥生らしく振る舞おうとしてくれている。そんな前向きな態度の「弥生」に、プリンは感謝の念を抱いた。
「今日も練習があるだろう? 君もマネージャーとして頑張ってくれ」
「そうだね。じゃあ、そろそろいってきます。僕、プリンが部活に戻ってくるのを待ってるからね」
「ああ、そうだな。元の体に戻ったら、休んだ分を張り切って取り返さないとな」
 名残惜しそうなヒデトを見送ると、プリンの鞄が小さく振動した。スマートフォンにメッセージが入ったのだ。差出人はカズヤだった。
「カズヤから……? 珍しいな。いったい何だろう」
 どうやらプリンに話があるらしく、人のいない空き教室を待ち合わせ場所に指定していた。部活動に所属していないプリンに特に断る理由は見当たらず、了承の返事をして教室を出た。
 もしかしたらデートの誘いだろうかと考えながら廊下を歩いた。入れ替わる前のカズヤは彼女にとって仲の悪いクラスメイトでしかなかったが、今は不本意ながら恋人同士の関係にある。弥生になったプリンに入れ替わる前となるたけ同じ振る舞いを希望した以上、プリンになった弥生にもプリンやカズヤに配慮する義務があった。
 もしも今カズヤに誘われたら、以前のようにすげなく拒絶するわけにはいかないだろう。無論、健全な高校生として淫らな行為に及ぶことなど到底できないが、一緒に街に繰り出すくらいなら応じてもいいかもしれない。男性と交際した経験のまったくない今のプリンは、カズヤへの対応を決めかねていた。
「カズヤ、いるのか? 入るぞ」
 人の目がないことを確認し、プリンは校舎の隅の空き教室に足を踏み入れた。
「よう、弥生。待ってたぜ」
 カズヤは意外な人物と共にいた。プリンと入れ替わった弥生である。
「な、何をしているんだ !? お前たち、一体どういうつもりだ!」
 プリンは目を剥いて二人を怒鳴りつけた。
 カズヤが行儀悪く椅子にふんぞり返り、ズボンと下着を足首に下ろしていた。がっしりした下半身に弥生がひざまずいて覆いかぶさり、丸出しになった股間に顔をうずめていた。唾液に濡れた艶めかしい口元ではたくましいペニスがそり返り、えらの張った亀頭でプリンを威嚇していた。
「ふふふ……何って、カズヤのおチンポを可愛がってあげてるのよ。私はカズヤの彼女だもの。恋人同士だったらこのくらい、して当たり前よ」
 弥生は自分の唇を舌で舐め、ふてぶてしく答えた。
「私の体でそんなことをするな! 君らが交際しているのは知っているが、入れ替わっている間は自重してくれと言っただろう! そもそもそのような浅ましい振る舞い、風紀を守るべき高校生としてあるまじきことだぞ!」
 プリンは吠えた。剣道部の練習にも参加せず、誰もいない空き教室に忍び込んでカズヤと逢引きしているのだ。十八歳の今まで貞淑を貫いてきた自分の体を、よりにもよって軽蔑していた男への奉仕に用いられ、プリンは真っ赤になって弥生を非難した。
「だって、仕方ないじゃない。カズヤは性欲盛んな男の子なのよ? 可愛い女の子と毎日セックスしたいと望んでいるんだから、せめて彼女の私がこうやって慰めてあげないと可哀想だわ」
「ダメだ、それは私の体だぞ! そういうことは元に戻ってからにしてくれ!」
「いつ元の体に戻れるかもわからないのに、我慢なんてできないわ。ほら、見てみなさい。太くて素敵なカズヤのおチンポが女の子の中に入りたい入りたいって言っているの、わからない?」
 弥生は整った指でカズヤの幹を握り、慣れた手つきで上下にしごいた。表面の血管が脈動する黒い肉の塊に、家族以外の男の性器を初めて目にするプリンは戸惑うばかりだ。
「だ、駄目だ駄目だ! 私の体でそんな浅ましい真似……!」
「じゃあ、あなたがやってよ」
「え?」
 プリンはきょとんとした。弥生の意図をにわかには理解できなかった。
「だから、私の代わりにあなたがしてって言ってるの。私たちの体は入れ替わってるから、今はあなたがカズヤの彼女のプリンでしょう? あなたには彼氏の求めに応える義務と責任があるはずよ」
「そ、そんな……!」
 とても賛同できない提案を突きつけられ、プリンはうめいた。
 体が入れ替わっている以上、カズヤとのデートやちょっとしたスキンシップを要求されるかもしれないとは想定していた。プリンの入った弥生がカズヤの恋人として堂々と振る舞うくらいなら、いっそプリンの体になった弥生がその役目を引き受け、その代わり弥生には大人しくしてもらった方が、周囲の混乱が小さくて済むと考えていたのだ。いずれ元の体に戻ること、それまで弥生の体の貞操を守らなくてはならないことから、プリンがプリンとしてカズヤの相手をする必要があり、ある程度は自分を納得させる努力もしていた。
 ところが、彼らはあまりにも性急だった。まさか突然、半裸のカズヤの前に呼び出され、性的な行為を要求されるとは夢にも思わなかった。
 狼狽して返事もできないプリンに、弥生は艶やかな笑みを浮かべた。もとは自分の体だったのに、まるで最初から彼女のものだったかのように自然に思える妖しい表情だった。
「ふふふ……やっぱりダメかしら? 別にいいわよ、無理しなくても。その代わり、カズヤの相手は私がするわ。まだ本番まではしてないけど、あなたがしてくれないなら仕方ないわね。私の処女をカズヤに捧げることになっちゃうけど、仕方ないことよね?」
「ま、待て。待ってくれ……」
 プリンの目の前が暗くなった。
 自分の体を人質に取られている今のプリンに選択肢はない。どんな理不尽な要求であろうと、自分の体を守るためには受諾し服従するしかないのだ。
「わかった、やる。カズヤといやらしいことでも何でもするから、私の体で勝手なことをしないでくれ……」
「そんな言い方で相手が喜ぶと思ってるの? 別に無理をしてまでしてもらわなくてもいいのよ」
「やります、させてください……私にカズヤといやらしいことをさせてください……」
 プリンはべそをかいて懇願した。凛とした大和撫子のプライドは消え失せ、必死で弥生とカズヤに頼み込んだ。
「ふふふ、自分の立場がわかってきたじゃないの。私は何でもできる三年生の弥生で、あなたは万年落ちこぼれの二年生、ギャル子のプリンなのよ? 先輩に対する口のきき方は気をつけることね」
「うう、どうしてこんなことに……くそう」
 涙でにじむ視界の中の弥生は、心底楽しそうに笑っていた。
 とても中身がプリンとは思えない。彼女の言葉づかいは、体が入れ替わった当初のものとはまるで異なっていた。
 説明のつかない弥生の変化に戸惑いながら、自分の全てを奪われた文武両道の優等生は泣く泣くカズヤに体を差し出すことになった。全ては弥生の貞操を守るためだった。

 ◇ ◇ ◇ 

 きっかけは、弥生とプリンが入れ替わったその日の夜……弥生が夜、風呂から上がって一人で自室にいたときの体験だった。
「もー……何よぉ、この女の部屋はぁ。雑誌も漫画もゲームもないなんて信じらんなぁい!」
 弥生はパジャマ姿で椅子にふんぞり返ってぼやいた。女子高生の部屋というにはいささか飾り気が乏しく、本棚に詰まった参考書と文学小説、剣道の大会で獲得した賞状や表彰盾が棚に並んでいるほかは、私生活を彩る品がほとんどない。プリンと中身が入れ替わった今の弥生が退屈するのも仕方のないことだった。
 机の上には、学校で用いるノートが綺麗に揃えられている。弥生は無造作にその中の一冊を開き、自分が記した覚えのない授業の記述を眺めた。
「これがこの女のノートぉ? キレーに書いてあるけどぉ……アタシに三年生の勉強なんかわかるわけないじゃーん。二年の授業だって全然さっぱりで、追試ばっかりなのにぃ……あーあ、明日からのガッコどうしようかなぁ。サボりたいなぁ」
 ストレートの黒髪を肩に垂らした弥生は、ノートを開いたままパジャマのボタンを外して己の白い乳房を撫でまわした。ブラジャーはつけていない。
「タイクツでつまんないしぃ……こうなったらオナニーでもしよぉ。ホントはアタシの体じゃないけどぉ……今はこれがアタシの体なんだから、オナったって別にいいわよねぇ?」
 弥生は自らの形のいい膨らみを揉み、乳房の感覚を確かめた。剣道で全国大会に出場したこともある実力者だが、決して筋肉質ではなく滑らかな肌だ。綺麗なピンク色の乳首を強くつまむと、心地のいい痺れが返ってくる。
「ああ……あん……」
 十八歳の弥生に、天は二物どころか数多くの美点を与えていた。艶やかな黒髪に透き通るような白い肌。気品を感じさせる眼差しに整った鼻筋、そして薄い桜色の唇。長身で均整のとれた体は女らしいなめらかな曲線を描き、誰もが心を奪われる大和撫子として花開こうとしていた。
 そんな弥生の中に奔放で享楽的な娘の魂が入り込み、彼女の恵まれた身体を我がものにしていた。自慰とは無縁の清楚な体を操り、椅子にもたれて股を開かせ、薄い陰毛の生い茂る秘所を指でまさぐった。
「フフフ、ちょっとずつ気持ちよくなってきたぁ……実はこの体もそんなに悪くないかもぉ?」
 弥生は赤い舌で自分の唇をぺろりと舐め回し、卑しい笑みを浮かべて乳と女陰を刺激する。経験豊富で無遠慮な手つきに、未開発の乙女の体も少しずつ高ぶりだした。白い肌がほんのり薄い紅色に染まりはじめ、肉の割れ目が生温かい粘液を滴らせる。
「ああっ、あっ、いい。ううん、いいよぉっ」
 邪魔する者は誰もいない。厳格な両親は真面目な一人娘が勉強もせず、このような淫らな行為に熱中していると想像さえしていないだろう。本来の弥生の身体の持ち主は、今は遠いプリンの家だ。誰にも妨害されない広い屋敷の一室で、弥生は初めて味わう他人のマスターベーションにのめり込んでいく。
 長く整った指が処女の肉壺をまさぐり、ヒダをかき分けて性感帯を探索する。クラスメイトのカズヤの顔とペニスを思い浮かべ、血管の浮き出たたくましい一物に貫かれるのを夢想した。
「ああん、カズヤぁ……カズヤのチンポがアタシのおマンコをジュポジュポしてるよぉ……」
 妄想の中のカズヤは乱暴に弥生を組み伏せ、誰にも触らせたことのない乳房にかぶりつきながら、猛りきった男性器で弥生の処女を貫くのだった。
 入れ替わる前は軽薄で愚鈍な男として軽蔑していた相手の名前を切なげな声で呼び、その肉棒を膣内にくわえ込む姿をイメージして秘所の入口をかき回すと、自然と背筋が震え、屈辱とも背徳感ともつかない暗い興奮が弥生を昂らせた。はじめは小さかった種火が、急速に音を立てて燃え広がっていくのを感じた。
「ああっ、カズヤ、カズヤぁ……もっと、もっとしてぇ。カズヤのチンポ、奥までハメてぇっ」
 学校中の憧れの的であるうら若き麗人は、クラスメイトの不良学生を想いながら絶頂を目指した。腰が浮き上がり、椅子のクッションを淫らな蜜が濡らした。
 ぴんと勃起した乳首に爪を立てて力いっぱい捻ると、心地よいマゾヒズムに理性を奪われる。もはや後戻りのできない他人の肉体での自慰に、弥生の中のプリンはよだれを垂らして狂喜した。
 本来、他人のものだったはずの肉体に、熱い感覚と共に新たな所有者の名前が刻み込まれていく。弥生の指づかいはますます淫らがましくなり、文武両道の大和撫子から品性と清らかさを容赦なく奪った。
 濡れそぼった膣の浅層をほじくりながら陰核をこねくりまわすと、甘美な痺れが下腹に広がる。弥生の目の前に赤い花びらが舞った。
「お、おほっ。イク、イクうっ。この私がオナニーで……イク、イクぞっ。おおおっ」
 背が折れそうなほど反りかえり、弥生は酸欠に喘いだ。
 十八年の人生で初めての絶頂だった。生娘の陰唇から熱い蜜が滴り落ち、弥生はぐったりして椅子の背にもたれかかった。
 熱い呼吸を繰り返し、新鮮な酸素を脳に送り込む。焦点の合わなかった視界が元の姿を取り戻すと、心地よい満足感だけがあとに残った。
「はあ、はあ、はあ……ふふふ、なかなか気持ちいいじゃない。たまにはひとの体でするオナニーも悪くないわねぇ……」
 弥生は身を起こし、規則正しく息を整え自分を落ち着かせた。
 ストレスを解消したせいか、頭の中がやけにすっきりしていい気分だった。大げさだが、まるで生まれ変わったような錯覚さえ抱いた。
「お風呂に入ったのに、体が汗でベタベタだわぁ。もう一度シャワーを浴びようかしら……あら?」
 疑問に思ったのは、机の上に開いたままで置かれた数学のノートだった。先週、弥生が授業の内容をベースに、自習で様々な関連事項を追加したページが開かれていた。
 入れ替わる前の弥生が記した高校三年生の発展的な学習内容を、弥生の中のプリンが理解できるはずはない。先ほど見たときはちんぷんかんぷんだったのだ。
 ところが今は違う。弥生がそのページを見つめると、ノートを作成したときの記憶が頭の中に自然と湧きあがった。記されている内容を隅々まで理解し、さらには授業を受けたときの教師の話や、自習したときに用いた参考書の記述まで事細かに思い起こすことができた。
 知らないはずの内容、理解できないはずの記述がわかる。
 一瞬、戸惑った弥生だが、冷静沈着で明哲な彼女の頭脳は、何が起こったのかを正確に諒解した。
「へえ……もしかして、この女の記憶が思い出せるようになったの? すごいわ……授業を聞くのも嫌だった数学が、今はこんなに簡単に思えるなんてね」
 弥生の脳から記憶を引き出した新しい弥生は、パジャマの前をはだけたまま、机の上と本棚にあるノートや教科書、参考書を片っ端から紐解いていった。いずれも、今の彼女にとってはさして難しくない内容で、理解に苦しむことは一切なかった。
「まさか、これが全部わかるなんて……すごい。とってもいい気分だわ。優等生ってこんなに気持ちいいものだったの? 本当に弥生サマサマだわぁ……」
 数あるノートの中から、明日学校で用いるものを選び出し、鞄に詰めた。いちいち壁に張られた表を見て時間割を確認する必要はなかった。
 弥生の脳から記憶を引き出せば、知りたいことが全てわかる。完璧に彼女になりすますこともできそうだった。
「体が入れ替わるって、ただ人格や記憶がそのまま入れ替わるだけじゃないのね。その気になれば、体に保存された記憶を引き出して自由に使えるってことか……いったい心の本質ってどこにあるのかしらね?」
 弥生の肉体に刻まれた記憶を自分の所有物にしたプリンは、弥生としての自信を深めた。
 明日の朝、仮に元の体に戻っていなくても問題なく生活することができるだろう。むしろ、あの汚く愚鈍で家族からも愛されない体にはもう戻りたくないとさえ思い始めていた。
「ふふっ、この弥生の体と記憶が全て私のもの……弥生の脳で考えているからかしら? 思考がクリアで凄くいい気分だわ。おそらく、今の私は剣道だって弥生と同じくらいできるはず……ううん、今は私が弥生よ。私こそが本物の弥生に違いないわ」
 今の彼女は、もはやギャル子と馬鹿にされる落ちこぼれではなかった。三年生でも屈指の成績を誇る優等生の頭脳を丸ごと獲得し、入れ替わりが起こる前のプリンとも弥生とも異なる存在へと生まれ変わったのだった。

 ◇ ◇ ◇ 

 弥生の貞操を守るため、自らの体でカズヤを慰めることになったプリン。彼女は目に涙を浮かべ、悔しさに歯噛みしていた。
 選択の余地はなかった。プリンが今すぐカズヤの性欲のはけ口にならなくては、弥生の処女が奪われてしまうのだ。享楽的な娘の魂を宿した今の弥生に貞節など期待できず、プリンが断れば嬉々としてカズヤに股を開くだろう。
 いや、既に操を捨て去っている可能性もある。カズヤはこの数日の間に欲望の赴くまま弥生の体を味わい、弥生と共謀してプリンをも毒牙にかけようとしている……その可能性も考えられた。
 だが、いずれにしても「弥生」を人質にとられていることに変わりはない。プリンが体を差し出すことで、彼らがこれ以上の悪行を思いとどまる可能性を少しでも見いだせるのであれば……現在の弥生が処女だろうとそうでなかろうと、ここで逃げ出すことはできなかった。
「喜んで私たちとスキンシップをしてくれるみたいで嬉しいわ。体が入れ替わったからには、やっぱり仲良くしないといけないわね」
 弥生の顔と身体を持つ女は、屈辱に震えるプリンの肩に両手を置き、優越感たっぷりの眼差しで彼女を見下ろした。すらりとした長身のボディを奪われ、プリンは十数センチ高い弥生を見上げなくてはならない。
 その弥生は、今までプリンが見たことのないほど艶めかしい表情を浮かべ、彼女に抱きついてきた。そのまま体重をかけて床に尻餅をつかせ、後ろを向いたプリンを背中から抱きしめる体勢で魔手を伸ばしてくる。
「まだ準備ができてないだろうから、カズヤとエッチする前に私が気持ちよくしてあげる」
 剣道部主将とは思えないたおやかな手が制服の上からプリンの乳房を揉みしだき、ボリュームのある臀部をわしづかみにした。
(し、尻が……彼女の手が私の尻を触ってる)
 弥生の手がショーツの上からプリンの尻を揉んでいた。謹厳な淑女からはかけ離れた卑猥な手つきで肉づきのいいヒップを撫で回してくる。
(き、気持ち悪い……気持ち悪い、はずだ。それなのに……ああっ、なぜだ。ゾクゾクする)
 忌々しい行為でありながら、カズヤに仕込まれたプリンの淫らな身体は、嫌悪よりも先に興奮を抱いてしまう。短い丈のスカートの中、白い下着の上から豊かなヒップを揉まれて少女はうめいた。
(ああ、尻を握って、揉んでる……私の手なのに、こんないやらしい)
 弥生の手つきは焦らすようで、かつ執拗だった。乱暴にプリンを征服しようとする動きではなく、時間をかけて少しずつ快感を高めていく意図があるように思われた。勃起したカズヤが面白そうに観察する中、プリンの体は弥生の手によって徐々に熱を帯びていく。
「ひいっ、乳が……ああっ、あふっ」
 ようやくシャツの中に弥生の手が入ってきて、ブラジャーごと乳房をゆっくり搾ってきたとき、プリンは悲鳴ではなく喜びの声を発してしまった。背後にいる弥生の笑みが深まるのがわかった。
「いい声ね。色っぽいオンナの声……私の体、おっぱいもお尻も大きくて気持ちいいでしょう。美人じゃないし勉強も運動もからっきしだけど、セックスの気持ちよさはあなたの体と比べものにならないわ。気に入ってくれた?」
「そ、そんなわけない。こんなの気持ち悪いだけだ……あっ、あああっ」
 ブラジャーの中に指が侵入し、硬くなったプリンの突起を摘み上げた。コリコリした感触が心地よいのは否定のできない事実だった。乳房の先端から甘い痺れが広がり、プリンを篭絡しようとする。
(体が熱い。腹の底がじくじくしてくる。ああっ、もう片方の手が尻から前に……)
「そ、そこは駄目だっ。そこを触られたら……ひっ、ひいっ」
 弥生の指が下着の中に侵入し、プリンの秘所をまさぐっていた。敏感な肉の割れ目を撫で上げられ、プリンは艶めかしい叫びを抑えられない。
「ふふっ、ますます気持ちよくなってきた? 下のお口からエッチなよだれが漏れてきたわよ。上のお口も一緒に可愛がってあげる。んんっ」
 弥生の手がプリンの顎をつかみ、火照った顔を横に向かせた。背後から弥生の美貌が現れ、プリンの顔に重なった。二人の女子高生は接吻を交わし、互いの興奮を唾液で伝えあった。
(私、キスしてる……ヒデトともしたことがないのに。初めてのキス……)
 家族以外で人生最初の口づけの相手がプリンであることに、背徳感と心地よさを同時に覚えた。柔らかな弥生の唇の感触を他人の体で味わえることに、不覚にも高揚してしまう。
 歯列を割って口内に侵入してくる弥生の舌に、プリンはいっそう秘所を湿らせた。ちゅぱちゅぱと淫猥な音が鼓膜をくすぐり、股間の水音といやらしい二重奏を奏でた。
 弥生の爪にクリトリスをつつかれ、プリンの背中が震えた。
(はしたない手つきで、あそこを触られてる。こんなの気持ち悪いだけなのに……ああ、なぜだ。あそこがどんどん熱くなる。こんな下品なことをされて、あそこが濡れてしまうなんて……)
 理性ではいけないとわかっているのに、プリンの体は淫らな刺激に反応してしまう。本能、そして日頃の習性には逆らえなかった。発情期のメス犬のフェロモンを嗅いだオスが自分を抑えられないのと同じで、どれほど高潔な精神をもってしてもプリンのいやらしい体は抑制がきかない。
 弥生の舌がプリンの口の中を隅々まで舐め回し、混乱する彼女に唾液の混合物を嚥下させた。入れ替わる前は性交どころか接吻さえしたことのなかった大和撫子は、いまや経験豊富な痴女となってプリンを辱めていた。
(指があそこを這い回ってる。濡れてきた私のあそこに、指が……ああ、入ってくる)
 弥生の長い指がプリンの秘所をかきわけ、濡れそぼった膣内をまさぐってきた。処女であれば痛がって逃げ惑う行為かもしれないが、今のプリンの体にとっては苦痛ではなくご褒美だ。入口に指を抜き差しされると淫らな汁が次から次へと湧き出し、ショーツと弥生の手を濡らした。
(ああっ、駄目。こんなことで気持ちよくなってしまってはいけないのに……)
 いくら嫌がっても、濡れた指で膣内をほじくられるとプリンの体は我慢できなくなる。弥生の指が少しずつ奥へ奥へと分け入っていき、やがて彼女の性感帯に到達した。
「おほおっ、そこはやめろぉ。そこすごいのぉ。ひい、ひいいいっ」
 プリンは喘ぎ、背筋をめいっぱい反らして弥生に体を預けた。下腹が引きつれそうな快感に我を忘れる。Gスポットを長い指で耕される生まれて初めての体験に、プリンは恥も外聞もなく喘ぐしかない。
「気持ちいい? 私の体、この辺りが弱いのよね。指もいいけどおチンポでほじくられるのは最高よ」
「おおっ、す、すごい。こんなの声を抑えられない……おおっ、おほおおんっ」
 プリンの体を隅々まで知っている女は、悶えるプリンを散々オモチャにして楽しんだ。軽い絶頂に何度も追いやられ、プリンの目の前に赤い色欲の花が咲く。理性がどんどん削られ、意志が薄弱になっていった。
 上着とスカートを脱がされ、弥生に半裸にされたプリン。制服のシャツは着たままだが、前のボタンは開けられ、ブラジャーも奪われてしまった。プリンの身を守る布はシャツとびしょびしょのショーツ、そして白いソックスだけだ。
「すっかりとろけた顔しちゃって。そろそろおチンポハメてほしいんでしょ。いやらしい女ね」
「そ、そんなことないぃ。この私がそんなぁ……んっ、んむうっ」
 さらなる弥生の接吻に、プリンは自らも舌を出して弥生のそれに絡めた。否定も拒絶も言葉だけで、既に行動は伴っていなかった。女同士でのキス、そして女の指に性感帯を刺激される愉悦に、理性のタガは今にも外れそうになっていた。
「へへ、たまにはレズプレイを見るのも悪くねえな。チンポが破裂しそうだぜ」
 すっかり弥生の餌食になったプリンに、それまで見物に徹していたカズヤが近づいてきた。へたり込む彼女の鼻先に勃起した一物を突き出し、猛りきったオスの臭いをプリンに嗅がせる。発情した女体がきゅんと疼いた。
「握れよ、プリン。今からこれがお前の中に入るんだぜ」
 プリンに拒否権はない。プリンは膣口から止めどなく蜜を垂れ流しながら、カズヤの勃起をおずおずと握りしめた。
(カズヤのモノがこんなに大きくなって……うう、脈打ってる)
 幼い頃に見た父親のものとは比較にならないほどたくましく巨大なペニスに、プリンはおののいた。見事にそり返った幹は片手では到底握れそうになく、笠の張り出した亀頭は黒光りしてプリンを威圧していた。
(こんな太いモノが本当に私のあそこに入るのか? そんな……信じられない)
 長大な陰茎に圧倒されるプリンの上半身を弥生が、下半身をカズヤが押さえつけた。今から何が始まるか明らかだった。いよいよカズヤに犯されるのだ。
「や、やめろぉ。こんな大きなモノを入れたらぁ……」
「入れたらどうなると思う? ふふっ、とっても気持ちいいわよ。なにしろ、ここはおチンポをハメるための場所だもの。あなたの体はカズヤのおチンポをハメて気持ち良くなるためにあるのよ」
「い、嫌だぁ。こんな……ひいいいっ、入ってくるぅ。カズヤのモノが……あああっ」
 瞳孔が開き、プリンの身体が跳ねた。
 無情にもプリンを貫いてくるカズヤの肉棒が、濡れた肉をかき分け、プリンの深いところを穿つ。
 抵抗することはかなわない。プリンの膣内はまったく苦痛を伴うことなく、少年の巨大な性器を受け入れた。とても入らないと思っていたのに、あっさり最深部までくわえ込んでしまった。
「ふ、深いぃ……おお、こんな奥までぇ……」
「初めてのセックス、おめでとう。まあ、その体は処女でも何でもないけどね」
「ああっ、太い。腹の奥がえぐられてる感じだぁ……」
 失神しそうになりながら、少女は待望の愉悦に色めきだつ。心は処女でも、身体はそうではなかった。常日頃からこのペニスで躾けられているプリンの下半身は、脳に至上の幸福を伝えた。
 圧倒的な充足感に酔いしれていると、カズヤが腰を引いてプリンから抜け出そうとする。名残惜しそうな肉ヒダが引っ張られて鼻息が漏れた。それも束の間、カズヤが再び腰を打ちつける。
「んはぁっ! ああっ、あひいっ」
 体の真ん中を串刺しにされる錯覚と共に、肺の空気が絞りだされた。敏感な膣内を力強く往復しはじめたカズヤに、プリンはなすすべもなかった。
「おお、やめろぉっ。こんな激しく……突くな、突くなぁっ」
「プリンは激しいのが好きだからな。もっとよがれよ。オラ、オラッ」
「ダ、ダメだ、こんなのおかしくなるぅっ。おお、うおおっ」
 貞淑な優等生の魂には辛い仕打ちだった。毎日のように男と交わっている淫らな娘の肉体で、野獣のような少年に荒々しくもてあそばれているのだ。
 サイズも硬さも凶器だった。たくましい十八歳の男性器は派手な音をたてて肉をほじくり、プリンをよがらせた。ひと突きごとに娘の体は跳ね、快い官能の思い出を呼び起こしていく。
「おチンポが、カズヤのおチンポがぁ……私のおまんこに出たり入ったり。ああっ、おまんこ焼けるう……」
 品性の欠片もない言葉を口にして、プリンはどこまでも堕ちていく。理性は融け、処女の優等生だった記憶が急速に薄れていった。心の奥底に大事に飾っていた優しいヒデトの姿が消え去り、カズヤという暴君に取って代わられる。
 いくら嫌がっていても体は正直だった。浅ましい肉欲に笑みを抑えることができない。弥生だった頃からは想像もできない下品な顔で、プリンはカズヤのペニスを貪った。
 心と体が急速に馴染んでいくのがわかった。他人の肉体であるという違和感が消え、自分がもとからプリンだったような気がしてくる。カズヤの女として、日々こんなはしたない行為に熱中していたことを思い出す。
「お、奥はやめてくれ。おおっ、奥をぐりぐりしないでくれえっ」
 プリンはわめいたが、それは既に拒否ではなかった。唇を歪めた粗野な笑顔でカズヤを貪り、自ら腰をくねらせてセックスの悦楽に陶酔していた。もはや中身が弥生なのかプリンなのかもわからない。
「胸を揉むのも駄目だ。ああ、乳首を抓るのもやめてくれっ。ひいいっ、いやあっ」
 弥生の手が蠢き、プリンをますます楽しませた。入れ替わった自分の体にもたれかかり、乳房や首筋に心地よい愛撫を受けながらカズヤに犯されるのは、このうえなく魅力的な体験だ。
「チ、チンポ駄目ぇ。カズヤのおチンポで気持ちよくなるのは駄目だぁっ。あああっ」
「ちっとも駄目じゃないわ。たくましいおチンポで気持ちよくなるのは、女として自然で幸せなことよ。もっともっと気持ちよくなっちゃいなさい。ほら、ほら」
「頼むぅ、許してくれぇ。おチンポで気持ちよくなるの駄目ぇっ。おほっ、おほおおぉんっ」
 はしたない雄叫びをあげ、プリンは今までにないほど昂っていく。本能に従い、肉体の記憶を受け入れるのは快いことだった。セックスが好きな「ギャル子」としてカズヤと交わることに、プリンはもはや抗う気をなくしてしまった。
「チンポぉ、おおっ、チンポいいっ。カズヤのおチンポ、いい、いいよぉ。おチンポすごいっ」
 男と女の肉が擦れあう感触に、淫らな女子高生は嬌声をあげて歓喜した。入れ替わる前は口にしたことのない猥雑な単語を連呼しながら、むっちりした両脚をカズヤに絡め、より強い密着を求めた。
 プリンの秘所からは熱い蜜がとめどなく湧き出し、カズヤに絡みつく。食いちぎらんばかりにカズヤを締めつけ、彼が最愛の男であることを積極的にアピールした。それまで拒んでいたのが嘘のように股を開いて男に媚び、ぼさぼさの金髪を振り乱して快楽に熱中した。
「ククク、スケベな女だな。文武両道の堅物お嬢様も、ひと皮剥けばこのザマかよ」
 カズヤに嘲笑されるも、プリンに体面を気にする余裕はもはやなかった。
「ひいいっ、死ぬぅ。この体、気持ちよすぎて耐えられないぃっ。頭が真っ白になるうっ」
 プリンは絶頂の予感に戦慄した。未知の体験への恐怖と期待が同時に到来し、やがてゾクゾクするような興奮に全てが支配される。自分が自分でなくなっていく気がした。
「イク、イク、イってしまうっ。アタシの体……チンポ、チンポでイクっ」
「イケよ、弥生。中にくれてやるからよ。おお、出すぞっ。出るっ」
「おほおおんっ、イクっ。アタシっ、イクっ。イっちゃうよおおおぉっ」
 プリンは絶頂し、その身体に閉じ込められた弥生の魂に初めてのオルガスムスを刻み込んだ。
 目の前が真っ白になり、激しい官能の爆発が弥生の心や理性、分別を吹き飛ばす。腹の底が焼けただれてしまいそうなほど熱いマグマを子宮に叩きつけられ、十七歳の女体はメスの本望をとげた。
 弥生の魂……幼い頃から厳しく躾けられた質実剛健な女の魂に、刹那の快楽しか考えないプリンの記憶が流れ込み、後戻りできないほどその人格をねじ曲げていく。実直、忍耐、高潔、誠実……今まで大切にしてきた美徳の全てがぎらぎらした欲望に塗り替えられ、目の前の衝動を満たすことしか考えられなくなる。
 それまで軽蔑していたはずのカズヤに対する認識が大きく変化していくのがわかった。膣内に感じる彼のぬくもりを、プリンの中の弥生は愛しく思った。欲望を抑え込んで過ごしてきた今までの人生が、急につまらないものに思えた。
「はあ、はあ……ああっ、アタシ、イっちゃったぁ。これ、すっごく気持ちいいよぉ……」
「へへへ、すげえ声だったな。とても中身があの弥生とは思えねえぜ」
 カズヤは女を蹂躙した喜びに低く笑い、プリンの股間に自分をぐりぐりと押しつけ、尿道に残った精液の最後の一滴まで注ぎ込もうとする。
 淫らがましいプリンの膣は色めきだった。
「ああっ、こらぁ、動くなぁ。そんなことしたらぁ……ああ、またイってしまう。んふぅっ」
 舌足らずの声で喘ぎ、プリンは小刻みに絶頂を繰り返した。だらしなくゆるみきった口元にはよだれが滴り、快いこの時間が一瞬でも長く続けばいいと感じた。通行人の来訪や妊娠の可能性などといった余計なことはまったく考える気にならなかった。
「おら、こっち向けよ」
 カズヤがプリンに覆いかぶさってきた。赤面する彼女に口づけをしようというのだ。
 プリンは拒まなかった。むしろ自らの意思で唇をカズヤに押しつけ、口内に侵入してきた彼の舌に自分のそれを絡めた。彼とキスをして嬉しかったときの記憶が次々に蘇り、これは素晴らしい行為なのだと心も体も思い出した。
 舌を絡め合い、カズヤの唾液をごくりと飲み干すと、プリンの全身が幸福で満たされた。
(アタシ、カズヤとキスしてるぅ。ああ、幸せだぁ……)
 最高だと思った。こんな風にカズヤとセックスをして至高の快楽を貪ることができるなら、今までの生真面目な人生を全部投げ捨ててもいいとさえ思った。
 今の彼女は、もはや自他共に厳しい剣道部の凛とした女主将ではなかった。刹那主義で思慮の浅い少女の頭脳でものを考える痴鈍な女子高生。肉体交換が起こる前のプリンとほとんど同一の存在へと生まれ変わっていた。
「ふふっ、イったわね。私の体でイってしまったわね」
 カズヤに押し倒されたプリンの後ろで、弥生が……プリンの魂を宿した弥生が笑った。カズヤとの性交でとろけたプリンの顔を見下ろし、彼女は上機嫌でうなずいた。
「イクと、自分が自分でなくなってしまいそうで楽しいでしょう? あなたは弥生だったけど、今は弥生じゃなくてプリンに近くなっているはずよ」
「ふえ? アタシがぁ……プリン?」
 そんなこと、当たり前に決まっている。
 そう言い返そうとして、プリンは自分がプリンではなかったことを思い出した。プリンの身体を動かす弥生の心は、謹厳な過去の自分をほんのわずかに呼び起こした。
「な、なんでぇ? アタシ、ホントは弥生なのにぃ……なんかヘンなのぉ。こんなヤツのこと大っ嫌いだったはずなのにぃ、なんかカズヤとエッチするの気持ちいいしぃ……こんなの絶対おかしいよぉ。あひいっ!」
 変貌を遂げつつある自分にプリンは恐怖したが、再び硬くなったカズヤの一物に膣内をえぐられ、一瞬にして我を忘れる。艶っぽい嬌声をあげて、プリンは正常位でもたらされる悦楽に酔いしれた。
「ああっ、ああんっ。カズヤ、いいぞぉ。もっと下ぁ……そう、そこだぁ。そこを突いてくれぇっ。おおんっ、おほおおおっ」
 両脚を持ち上げ、プリンは自らも腰を振ってカズヤを貪った。エラが張った彼のペニスにGスポットをこねられ、その声は獣が吠えるようだ。蜜と精液でとろとろにほぐれた膣肉がうねり、恋人の男を歓迎した。
「へへ、いい声でよがるじゃねえか。マジで本物のプリンみてぇだぜ。オラッ、ここか! それともこっちか!」
「ああああっ、そこだぁ。でも、そっちもいいぞぉ。どこでもアタシの体がおチンポ喜んじゃううっ」
「うふふ、私の体を気に入ってくれたみたいで嬉しいわ。入れ替わって本当によかったわね」
 弥生は白くなめらかな手でプリンの日焼けした頬を撫で回してきた。「私の体を楽しんでくれてるあなたに、折り入ってお願いがあるんだけど……いいかしら?」
 剣道部主将のきりりとした眼差しがプリンの目を覗き込んできた。ほんの数日前までは自分の顔だったはずなのに、今は見知らぬ他人の顔に思えた。
「お、お願い……? 今はそれどころじゃ……おほおっ、おほおおおんっ」
「大丈夫、あなたは何もしなくていいから。この体とあなたの人生をそっくりそのまま、私にちょうだい。ただそれだけよ」
「な…… !? 何を言ってるんだぁ。そんなバカなこと……」
 プリンは激しく犯され気をやりそうになりながら、弥生の言葉に耳を疑った。
「どうやら体が入れ替わったままでいると、少しずつ体の記憶が読めるようになるみたいね。あなたも私とカズヤの濃厚なセックスの記憶を思い出したでしょう? それと同じように、私もあなたの脳みそから自由に記憶を引き出せるようになったの。おかげで、今じゃあなたになりすますことも簡単だわ」
 体が入れ替わり、弥生の肉体を得たプリン。彼女はプリンの身体の弥生と同様、自分も弥生の記憶を思い出せることを語った。
 その気になれば、今の彼女は以前の弥生とほとんど同じように振る舞えるだろう。あのヒデトでさえ、「本物の弥生そっくりだった」と語っていたのだ。
「そ、そんなぁ……それはアタシの体だぞぉ。アタシの大事な記憶を覗きやがってぇ……」
 プリンは大いに狼狽した。自分のプライバシーを何もかも覗かれたばかりか、今の弥生の口ぶりでは、彼女の人生そのものがそっくりそのまま奪われてしまいそうだ。
 二人とも、入れ替わった相手と人格や記憶が混じりつつある。その恐ろしい事実に、もう取り返しがつかないのではないかと不安になった。
「アタシの体を返せぇ。早く元に戻らないと……おほおっ、カズヤぁ、今はやめろぉっ」
 プリンの上にのしかかったカズヤが腰を突き出し、激しいピストン運動で彼女を喘がせた。気づかいの欠片もない荒々しい性交に、プリンは息も絶え絶えだ。
「お、奥うっ。奥を突くのはもうやめてえっ。これ以上気持ちいいプリンになるの、やだあああっ」
「黙れよ、プリン。お前はもう俺の女だろ? 中に入ってるのが誰だろうが関係ねえ。こうやって……オラ、オラッ!」
「ひいぃっ、またイクううぅっ。アタシ、イクの止まらないよおおっ」
 プリンは半ば白目を剥き、終わりのないオーガズムの波に流されつづけた。何もわからなくなり、邪な赤い光が目の前に点滅する感覚だけが残る。
「ああっ、ああんっ、いやああっ。イクっ、またイクうっ。いやあああっ」
 またも濃いスペルマが子宮口を叩き、エクスタシーと共に淫乱なプリンの記憶を己の魂に刻みつけた。避妊も何も考えないむこうみずなセックスが好きなことを彼女は思い出した。
「あらあら、またイっちゃったわね。どう、その体は気持ちいいでしょう? ずっと入れ替わったままでいたら、毎日こうしてカズヤに可愛がってもらえるわよ」
「はひっ、ひいい……カズヤのおチンポ、気持ちいいよぉ。いっぱいミルク出してるのに全然萎えないの。たくましくて素敵なのぉっ」
「もう一度お願いするわね。その気持ちいい体をあげるから、この体を私にちょうだい。まあ、ここまで入れ替わっちゃったら、あなたがどう答えても結果は同じことだけどね。私たちはもう元に戻れない……」
「う、うん、あげりゅう。その体あげりゅよう。ふおおっ、カジュヤしゅきっ、おチンポもしゅきぃっ」
 とうとう理性も分別もなくしてしまったプリンは、夢うつつの心地で元の自分を手放すことを受け入れた。清く美しい肉体と今まで努力して築き上げてきたアイデンティティの全てを差し出し、短慮で享楽的な「ギャル子」として生きることを了承したのだった。
「いいお返事が聞けて嬉しいわ。この体、私があなたよりもうまく使ってあげる」
 弥生は完全に自分の所有物となった乳房を揉みしだくと、カズヤに犯されつづけるプリンの頬に口づけをした。
「まだまだ終わりそうにないわね。カズヤはタフだもの。ここからが本番よ」
 プリンの耳元でそう囁き、弥生は激しく交わる二人から身を離した。「もっと見ていたいけれど、少し席を外すわ。私は私でやりたいことがあるの。うふふ……」
 弥生はプリンの視界から消え、足音と戸の閉まる音がそれに続いた。校舎の隅の空き教室にプリンとカズヤだけが取り残された。
 しかし、今のプリンにそれを気にかける余裕はない。今度は体をひっくり返されて犬のように床に這いつくばり、獣の交尾の姿勢でカズヤに引き続き犯されるのだった。
「ああ、たまんねえや。お前の体は最高だぜ、プリン」
「うんっ、アタシも好きぃ。カズヤのおチンポ、大好きだぞぉっ。ああっ、おまんこ燃えるううっ」
 カズヤと二人きりにされたプリンは、終わることのない性交に歓喜した。
 もう元に戻れない……プリンはその意味を深く考えることもなく、ひたすらカズヤとの愛の営みに没頭した。清楚な乙女の魂は淫らな女体で交わり、淫靡な色にどこまでも染まっていくのだった。

 ◇ ◇ ◇ 

 ヒデトは体育館の二階にある剣道場で、部員たちの練習の様子を眺めていた。
 彼がマネージャーを務める剣道部には熱心な顧問やコーチがおらず、練習のメニューは部員たちが自主的に決めている。マネージャーであるヒデトの仕事は時間やスコアの計測、飲み物やタオルの準備など雑用が主で、困ったことがあると主将の弥生に指示を仰ぐのが常だった。
 その弥生の姿は今はない。昨日は練習に参加していたが、今日は欠席しているようだ。
 日頃、厳しく指導する彼女が不在のせいか、練習に臨む部員たちも心なしか気が緩んでいるように感じられる。
 これではいけない……そうヒデトが思っていると、不意に弥生が現れた。部活動でいつも身に着けている黒い稽古着ではなく、制服姿だ。
「弥生先輩!」
「主将! お疲れ様です!」
 部員たちはみな手を止めて駆け寄ったが、弥生はそんな彼らを鋭い視線でにらみつけた。
「何をしている! 練習を中断しろと誰が言ったんだ !?」
「す、すみません!」
 剣道部の男子たちは直立不動で返事をすると、慌ててトレーニングを再開した。やはり彼女が見ているだけで気合が入るのか、動きに顕著にきれが出てきた。
 大黒柱の弥生がいないと、剣道部の活動は成り立たない。ヒデトは改めて主将の偉大さを認識した。
(でも、今の弥生先輩は弥生先輩じゃないんだよね……)
 それが頭痛の種だった。
 現在、弥生の人格は弥生のものではない。ヒデトのクラスメイトで、ギャル子と馬鹿にされる劣等生のプリンと心が入れ替わっているのだ。
 顧問の代わりに部活動を率いている弥生の中身が別人だと公になれば、部内の動揺ははかり知れない。こんな非常識な話を信じる者はそうそういないだろうが、今まで練習を欠かさなかった弥生のこの数日間の欠席は、部員たちの驚きを誘わずにはいられなかった。
「先輩……今日は練習に参加しますか? 中身はプリンさんだよね?」
 後半は小声で問いかけると、弥生はヒデトに笑顔を見せた。
「いや、今日は顔を見せに来ただけだ。実は昨日、肘を軽く痛めてしまってな」
 弥生は制服の袖をまくり、テーピングが施された肘をヒデトに見せた。「大したことはないんだが、念のため今日の練習は休むことにした」
 弥生の説明を受けて、周囲の部員たちが視線をちらちらと二人に向けてくる。ヒデトに語っているように見えるが、実は他の部員たちに聞かせているのだ。
「それで休んでいる間、部活動の日誌や金銭の記録をつけようと思ってな。生徒会の会計とも話をして、要望したいことがある。ヒデトも一緒に来てくれないか?」
「はい、わかりました」
 マネージャーを務めるヒデトは、練習そのものに参加することはない。裏方、事務方の仕事が役目だ。会計係も兼ねており、生徒会と予算の話をすることがある。弥生が練習を休んで事務作業をするのであれば、彼に助力を乞うのは自然な発想だった。
「私は少し席を外すが、皆は練習をそのまま続けていてくれ。気を緩めることなく、常に全力で取り組むんだぞ。練習で力を出し惜しみしていては、試合で全力を出せるわけがないからな」
「押忍! お疲れ様です!」
 練習の熱気の中、弥生のあとについてヒデトは剣道場を離れた。これで弥生は練習に参加してぼろを出すこともなく、ヒデトと二人きりで話ができる機会を得た。部員たちに異変を悟らせない、なかなかうまいやり方だとヒデトは思った。
「それにしてもプリンさん、本当に弥生先輩みたいだね……びっくりしたなあ」
 周囲に人の姿がなくなると、ヒデトは弥生に話しかけた。
 現在の弥生は弥生であって、弥生ではない。プリンが弥生のふりをしているのだ。
 驚くのはその話し方、立ち居振る舞いだ。まるで弥生本人のように堂々としており、気品、カリスマ性さえ感じさせる。何ごとにもやる気を見せない「ギャル子」らしからぬ演技力に、ヒデトは感心しきりだった。
「さっきのお説教だって、知らなかったら僕も弥生先輩本人だって思っちゃうよ。どう喋ったらいいか、先輩に教えてもらったの?」
 部員たちを叱りつけた振る舞いについて訊ねると、弥生は首を振った。
「いや、違う。ヒデトは勘違いをしているぞ」
「え、何が?」
「私は弥生だ。元の体に戻ったんだ」
「ええっ !?」
 いつになく感極まった様子で目を潤わせる弥生の告白に、ヒデトは飛び上がった。「元に戻ったって、本当ですか !?」
「ああ、本当だ。君には心配をかけたな。本当にすまなかった」
 弥生が言うには、あれからもう一度プリンと頭をぶつけて元に戻れないか試してみた結果、見事に入れ替わった人格が元に戻ったのだという。
「そうだったんですか。本当によかった……」ヒデトは胸を撫でおろした。「プリンさんと入れ替わった弥生先輩の姿は、あまりにもおかしくて、僕、どうしようかと思いましたよ」
「そんなに変だったか? まあ、確かにそうかもしれないな……君には本当に苦労をかけた。こうして私が元に戻ることができたのも、ヒデトのおかげだ。ありがとう」
 わずかに声を震わせると、弥生は廊下に人がいないことを確認してから、ヒデトに顔を寄せた。何をするつもりかと思う間もなく、柔らかな感触がヒデトの頬に触れた。それが弥生の唇なのだと気づき、ヒデトは目を見開いた。
「せ、先輩! 何するんですか !?」
「なんだ、嫌だったか? 思い上がりでなければ、私は君に好意を持たれていると思っていたのだが……もしかして私の勘違いだったかな」
「い、いや、そんなわけはないですけど……」
 ヒデトは接吻の感触がわずかに残る頬を押さえ、目を白黒させた。「あの弥生先輩がこんなことするなんて……まさか、元に戻ったってのは嘘だったなんて言いませんよね? プリンさんが先輩のふりをして僕をからかってるんじゃ……」
「そんなわけないだろう。まったく、失礼だな」
 弥生は廊下で立ち止まると、無人の教室にヒデトを連れ込んだ。そこは弥生が普段使っている教室で、鍵はいま彼女が持っているらしい。校内に残っているのは部活動に励むわずかな学生で人目につく心配はさほどないが、用心深く窓から死角になる席に腰を下ろした。
「ここなら安心して話ができるだろう。さあ、今から私が本物の弥生だと証明してやる」
「ど、どうやって……ですか?」
 ヒデトはおそるおそる弥生を見つめた。今の弥生は彼が知っている通りの女性で、とても中身が別人だとは思えない。しかし、プリンが弥生を装ってヒデトに嘘をついている可能性もゼロではなかった。以前、彼女は弥生そっくりに振る舞い、ヒデトでさえ騙されてしまいそうになったのだ。
「なに、簡単なことだ。プリンさんが知らないようなことを私に質問してほしい。私がそれに答えることができたら、私が偽物じゃないことの証明になるだろう?」
 弥生は微笑して言った。
 ヒデトはうなずいた。「そうですね。本物の弥生先輩しか知らないことか……何にしようかな」
 プリンが知らないであろう弥生のこと。それは二人が入れ替わる前に体験したことであれば、何でも構わないだろう。日頃の何げない会話の内容、部活動の思い出……いくつか思いついた質問の候補の中からヒデトが選んだのは、最近の出来事の中で、弥生とプリンの入れ替わり事件の次に印象深かったものだ。
「先輩、覚えてますか? あの日……先輩とプリンさんが入れ替わった日のこと」
「当たり前だ。あんな強烈な体験、忘れられるはずがあるまい」
「じゃあ、あのとき……先輩が階段から転落する直前、僕と何を話していたか覚えてますか?」
 ヒデトが訊ねたのは、あの人格交換のほんの少し前のことだった。二人で肩を並べて帰ろうとしたあのとき、弥生と何を話していたか。それは、決してプリンが知っているはずのない内容だった。
「ああ、もちろんだとも。あのとき……君が階段から足を滑らせる直前、私は君に言った。君が志望している大学に進学して、これからも君と一緒にいたいと……」
 照明の消えた放課後の教室には西日が差し込み、弥生の美しい顔を照らしている。その頬が赤く染まっているのは、夕陽だけのせいだろうかとヒデトは訝しがった。
 不機嫌そうでもあり、困っているようでもあり、そして恥ずかしそうにも見える弥生の表情。それはあのときヒデトが目にした顔とまったく同じだった。
「先輩……本当に、元に戻ったんですね。本当に弥生先輩なんですね!」
 ヒデトは泣きそうになった。絶対にプリンが知らないであろう先日の会話の内容と、その紅潮した美貌。それは弥生が弥生である証明としては充分なものだった。
「ああ、私は弥生だ。もうプリンじゃない。君には心配をかけたな……すまなかった」
 弥生はヒデトの手をとると、男にしては小柄な彼の身体を抱き寄せた。ヒデトの肩に弥生の顎が乗り、二人の顔が触れ合った。
「いえ、謝るのは僕の方です。僕があのとき足を滑らせたせいで、先輩を酷い目に遭わせてしまって……本当にお詫びのしようもありません。すみませんでした……」
「いいんだ。もう何もかもが元通りなんだから。私はこれからもずっと君と一緒だ……ずっと君と一緒にいたい」
「先輩……」
 耳元で囁かれる麗しい声に、ヒデトの胸が高鳴った。いくら鈍感な彼にも、弥生が何を訴えているのかはわかる。彼女はヒデトに好意を伝えているのだ。
「ヒデト、私は君のことが好きだ。今回のことで、言いたいことは先延ばしにしてはいけないと学んだから言うぞ。どうか私と交際してほしい」
「交際……」
「なんだ、反応が鈍いな。もっとはっきり言わないと駄目か? 私の恋人になってほしい。私を君の彼女にしてほしい。結婚を前提に私とお付き合いしてほしい……」
「そ、そんな……結婚だなんて」
 甘すぎる囁きに、異性との交際経験のないヒデトはひどく狼狽した。この世で最も尊敬し慕っている相手から愛の告白をされたのだ。いつかそうなりたいと夢見たことはあったが、平凡な自分にとっては高嶺の花だ。分不相応な妄想をする己を叱咤したことは一度や二度ではなかった。
 その弥生が、自分をきつく抱きしめて男女の交際を申し出ている。ヒデトは天にものぼる心地だった。
「で、どうなんだ? 私と付き合ってくれるのか? くれないのか?」
 一旦、弥生が身体を離して確認した。両肩に弥生の手を置かれ、ヒデトは赤面してうつむいた。
「つ、付き合います。僕なんかでよければ、ぜひ先輩とお付き合いさせてください……」
「何を恥ずかしがっている? 恥ずかしいのはこっちだぞ。まったくもう……」
 ようやくマネージャーが承諾の返事をすると、主将は彼の顎を持ち上げ、顔を重ねてきた。あの柔らかな感触が、今度は頬ではなく唇を覆った。
(キ、キス。僕、先輩とキスしてる……)
 自分が何をしているのかを理解して、ヒデトは耳まで赤くなった。積極的な弥生に身を任せ、憧れの女性の唇を堪能する。このまま心臓が停止し昇天しても、人生に悔いはないと心底思った。
 数秒間、口の粘膜を振れ合わせると、弥生は唇を離してヒデトの反応をうかがう。
「生まれて初めて、異性とするキスだ。どんな気分だ? 私は……心臓が破裂しそうだ」
「僕も先輩と同じです……興奮して死んじゃいそう」
 年頃の男とは思えない情けない台詞を吐いて、ヒデトは弥生に見入った。オレンジ色の光に照らされる中、黒髪の清楚な女子高生が制服を脱ぎはじめた。
 ヒデトは息をのんだ。「先輩、まさか、その……そのおつもりですか?」
「その、じゃわからん。私は……君に抱いてほしい。できることなら、今すぐに」
 うろたえるヒデトに見せつけるように、弥生は服を脱いで、白い肩をさらけ出した。地上に舞い降りた天使のような麗人が、上半身は白いブラジャーだけの姿になってヒデトの前に座っていた。
「ダ、ダメですよ。こんなところで、そんないやらしいこと……」
「仕方がないだろう。君と恋人同士になったらこんなこともしてみたいと思っていたが、君も知ってる通り、うちは厳しい家だからな。君を部屋に連れ込んで淫らな真似などしようものなら、君はたちまち家の者に半殺しにされてしまうだろう。それとも君の家ならいいのか?」
「い、いや、うちもこの時間は家族がいて……とても先輩を連れ込むなんてできませんよ」
 清い交際を想定していたヒデトは、真っ赤になって答えた。
「それなら、ここでするしかあるまい。男なら腹をくくれ。私はもう覚悟ができてるぞ」
 互いの家は情事の場に不適切であり、制服姿の高校生ではホテルなどの利用も憚られる。人目につかない橋の下や路地裏というわけにもいかない。弥生の家の門限のこともあり、二人の逢瀬の機会は非常に限られているのだ。
 とうとうブラジャーが外され、何も隠すもののない乳房がヒデトの視界に飛び込んできた。引き締まった体躯だが、肩から乳にかけては女性らしい丸みを帯びた曲線を描いており、ピンク色の小さな乳輪の中央には、豆粒のような乳首がつんと上向いていた。
 美しい。
 ヒデトの貧弱な語彙では、他に表現のしようがなかった。
 初めて目にする家族以外の女性の素肌だった。鼻血が出そうなほどの興奮を必死で抑えつけ、恥じらいを帯びた弥生の上半身を観察する。
 美しい……美しいのは間違いないが、それは血の通わない石像の美ではなかった。目の前にある弥生の肌は羞恥に染まり、生き生きとした質感で同じ人間であるヒデトを誘惑していた。
「触って……」
 弥生は身を乗り出した後輩の手をとり、あらわになった乳房にいざなう。思っていた以上のボリュームがある乳を慎重にすくうと、形の整った肉が心地よく弾んだ。染みひとつない繊細な肌はわずかに汗ばみ、手のひらに吸いつくようだ。
「もっと強くしていいぞ。いや、強くしてくれ」
 少女に促され、少年は不躾にも乳をわしづかみにした。弥生の体が大きく震えたが、制止の声はない。愛する先輩が望むように、ヒデトは白い肉の塊を強く握っては放した。
「ああ、ヒデトに胸を揉まれてる……ああ、んんっ」
「先輩、弥生先輩……」
 上半身が裸になった弥生の乳房を揉みしだき、彼女を喘がせている。この全校一の才媛に憧れる男が誰もが一度は夢見たであろう光景に、ヒデトは我を忘れてしまいそうだった。しっとりした弥生の肌の感触を脳に焼きつけながら、息を荒げて乳を揉む。既にヒデトの股間では未使用の男性器が痛いほど膨れ上がり、人生初の出番を今か今かと待ちわびていた。
 きっと、鏡で今の自分の姿を見たらあまりの醜さに目を背けてしまうだろう。ところが弥生はそんなさかりのついた獣のようなヒデトを拒絶することなく、声が外に漏れないよう耐えていた。白い肌が林檎のように染まり、凛とした麗人が発情していることを少年に知らせた。
「ああ、たまらん。ヒデトに触ってもらっていると思うと、嬉しくて体が融けてしまいそうだ……」
「先輩、僕も我慢できません……はあ、はあっ」
「苦しそうだな、ヒデト。今度は君のものを私に見せてくれ」
 攻守交替だった。弥生はヒデトのズボンに手を伸ばし、慣れた手つきでベルトを外してファスナーを開く。下着の中からいきりたった若いペニスが顔を出すと、たおやかな手が幹をまさぐった。
 持ち主でさえ見たこともないほどに勃起したヒデトの性器が、弥生の手の中で脈打つ。軽く撫でられるだけでヒデトの脳に強い電流が走り、早くも射精の欲求が湧き起こった。
(先輩の綺麗な手が、僕のあそこを触って……ああ、握られてるよ)
 実直で自他共に厳しい剣道部の女主将が、日頃は竹刀を握る手でヒデトの肉棒を固くつかんだ。淫らな妄想の中で思い描いていたシチュエーションが現実のものとなり、思春期の男の自制はもろくも崩れ去ろうとしていた。
 このまま果てれば、弥生の清い手が男の汁で汚れてしまう。だが崇拝していた女性の手の中で射精するのは、この世のものならぬ快楽に違いない。
 頭に血がのぼって何も考えられなくなったヒデトの前に、半裸の弥生がかがみ込んだ。年頃の少女の汗とシャンプーの匂いが混じり合い、ヒデトの嗅覚を刺激した。
「せ、先輩、何を……ああっ、そんな……」
 気がつくと、ペニスが生温かいものに包まれていた。弥生がヒデトの会陰に覆いかぶさり、勃起した一物を口に含んでいるのが見えた。信じられない光景だった。
(弥生先輩が僕のあそこをしゃぶってる。ゆ、夢みたいだ……こんなに積極的だなんて)
 桜色の薄い唇の隙間にヒデトの生殖器が侵入し、熱い舌の奉仕を受けていた。可憐な唇を出入りするたび若々しいペニスは大きさと硬度を増し、鋼のように硬くなった。
 厳格な家に生まれ、文武両道の優等生として全校生徒の尊敬の対象となっている女性が、自分の陰茎を口でくわえて頭を上下に振っている。ほんの数分前は想像さえしなかった弥生の痴態に、たちまち彼は自己を制御できなくなった。
「ダ、ダメです。先輩の口が汚れちゃいます。どうかやめてくださ……あっ、ああっ、出るっ」
「構わないから出せ。君のものを飲み干したいんだ」
「先輩、そんな、離れてください……も、もうダメ、出ます。ううっ、出るっ」
 うっとりした様子でヒデトの肉棒をしゃぶる弥生の口の中で、灼熱の溶岩があふれ出した。十代の雄々しいペニスが樹液を放ち、少女の口腔を容赦なく犯す。弥生はビクビクと体を震わせ、ヒデトの射精をその咽頭で受け止めた。
「ん、んむっ。んおおお……ううっ、うん、んっ」
 弥生は精を放つ男性器にむしゃぶりつき、尿道に満たされた精を残らず吸い出す。一旦ヒデトのものから離れると口内の汚物を噛みしめるように味わい、満足そうに飲み下した。白い喉が蠢き、ヒデトの子種を胃に送り込むのがわかった。
 むせかえるような牡の臭い。ヒデトの股間と弥生の顔にまとわりついたその臭いが、呆気にとられる彼の鼻をつき、この淫猥な行いが白昼夢でないことを知らしめる。羞恥に顔を赤らめるヒデトとは対照的に、弥生は妖艶に微笑んでいた。
「んっ、すごく濃いな。なかなか飲み込めない……ん、んふっ」
「の、飲んだんですか? 僕のものなんか汚いのに……」
「君の体から出てきたものだ、汚いはずがあるものか。ふふふ、私の口の中からヒデトの匂いが漂ってくるぞ。いい気分だ……」
(先輩……弥生先輩って、こんな人だったのか?)
 嬉しそうに舌なめずりをする弥生の姿に、ヒデトはかすかな違和感を覚えた。怖気づくこともなく男の生殖器を握りしめ、ためらいなく亀頭に赤い舌を這わせ、あまつさえ精液を嚥下するとは。とても処女とは思えない淫らな振る舞いに、ヒデトは狐につままれたようだった。
 まさか、弥生には男性との交際経験でもあるのだろうか。
(いや、そんなわけない。弥生先輩が経験豊富だなんて、そんなことあるもんか……)
 勉強熱心な弥生のことだから、いつかヒデトと結ばれる日を夢見てインターネットなどで男女の情事について調べていたのかもしれない。汗ばんだ肌をヒデトに押しつけ、上半身裸の弥生は笑った。
「まだまだ元気そうじゃないか。この様子なら、今すぐに私を君のものにしてくれそうだ」
「先輩……弥生先輩の体を見てると、出しても即座に勃っちゃうんです。すみません」
「謝ることはあるまい。君が私に魅力を感じてくれている証拠だからな」
 弥生は制服のスカートを脱ぎ捨て、白いショーツを床に落とした。十八歳の乙女の肌を覆うものは、もはや膝丈のソックスと肘のテーピングだけだ。そして手近な机の上に仰向けで寝そべり、隠すもののない股間を物欲しそうにヒデトに向けてきた。
「さあ、私を君のものにしてくれ。君のもので私の初めてを奪ってくれ」
「弥生先輩、本当にいいんですか? 僕なんかが先輩の初めての相手で……」
「ああ、もちろんだ。私はヒデトの女になりたい。君以外じゃ駄目なんだ」
「わかりました」
 目に涙を浮かべて懇願してくる弥生に、ヒデトもとうとう覚悟を決めた。逆三角形に薄く陰毛が生えた弥生の秘所を見つめて鼻血を我慢しつつ、奮いたったペニスを突きつける。熱を帯びた亀頭と陰唇の触れ合う感触、そして液体の奏でる音にめまいがした。
「先輩、いきます……」
 日頃弥生のクラスメイトが勉学に励む机の前に立ち、ヒデトは上向いた己の切っ先を彼女の内部へと進めていった。弥生もヒデトも声をこらえ、息をするのも忘れて結合部に見入る。二人の心臓の音が聞こえるようだった。
 閉じた肉を無理やり押し広げていく感覚が、弥生の清い身体を征服している実感をもたらす。ヒデトのものは同年代の男子と比較して決して大きい方ではなかったが、それでも処女の膣は初めての侵入者を拒もうとする。腰を突き進めていくと、やがて弥生が苦悶の息をついた。
「ああ、はああ……うっ、ううっ」
「先輩、血が……」
 よく見ると、ペニスを突き立てられた膣口からひと筋の赤い雫が垂れていた。まぎれもない純潔の証だ。自分が弥生の処女を貰い受けるというこれ以上ない栄誉にあずかったことを、ヒデトは理解した。
「大丈夫だ……私がこのくらい耐えられないわけがないだろう? 続けてくれ」
「は、はい」
 強張った笑顔の弥生を気遣いながら、ヒデトはこわごわと弥生の奥を探索する。めいっぱい腰を突き入れ、そこが限界であることを確かめた。
「はあ、はあ……これで私は君の女だ。幸せだ……このときを待っていたんだ。いつか君とこうなりたいと思っていた……」
「先輩……僕も、先輩とこうなりたいと思ってました。分不相応ですけど……」
「そんなことはない。これで私と君は対等な恋人同士だ。体の芯まで君で満たされている……私の体が喜んでいるぞ」
「先輩、僕も最高に気持ちいいです。生きててよかった……」
 ヒデトは弥生の破瓜に配慮し、挿入したままでじっとしていた。夕陽に照らされた白い素肌を押さえつけ、誰もが憧れる弥生の処女を奪った。その事実に涙が出そうになった。
 敏感な粘膜は狭い膣の締めつけに耐えかね、早くも音を上げはじめていた。先ほど弥生の口内に盛大に射精しておきながら、今度は膣内射精の暴挙に出ようとしている。我ながら向こう見ずで無礼なペニスだった。
「そういえば先輩、避妊は……? 何も着けずに入れちゃいましたけど」
「問題ない。今日は大丈夫な日だからな。いくらでも私の中に出して構わないぞ」
「そうなんですか……」
 童貞のヒデトには女体に関する正確な知識はほとんどないが、女性には妊娠しやすい日と妊娠しにくい日があることだけは知っていた。弥生が安全だと主張するからには、おそらく今日は大丈夫なのだろう。とはいえ、妊娠の危険はゼロではないだろうが。
 剣道部のマネージャーとして雑用に明け暮れていた自分が、部を率いる才媛の主将を孕ませる可能性に思い至り、ヒデトのペニスはよりいっそう硬くなった。
「ふふっ、安心したら私の中で大きくなったな。君の興奮を粘膜で感じているぞ」
「す、すみません……」
「いちいち謝らなくていい。それと、これからは敬語も先輩の呼称も使うな。私たちはもう対等な恋人同士だと言っただろう?」
「は、はあ……でも、弥生先輩は先輩ですし……」
 意外な申し出に、ヒデトは大いに戸惑った。剣道部に入部して弥生と出会ってからというもの、弥生は常にヒデトの先輩であり、ヒデトにとって先輩といえば弥生だった。無論、他の上級生にもその敬称を用いているが、ヒデトが先輩という言葉で連想するのは常に弥生だ。当然、敬語を欠かしたこともない。プリンと入れ替わっていたときが唯一の例外だ。
 高校生活を通じ一貫して思慕の対象であり、教師よりも両親よりも弥生を尊敬していた自分が、彼女と同級生のように対等な口調で会話する……それは非常に抵抗のある行為だった。
 逡巡していると、弥生は目を細めてヒデトの顔を覗き込んできた。
「私のことが本当に好きだったら、呼び捨てにしてほしい。その方が嬉しい。二人きりのときだけでいいから……ヒデト、お願い。私をあなたの女にして」
「う、うん、わかった……わかったよ」
 自分が処女を奪った女に哀願され、ヒデトは不承不承うなずいた。あの生真面目な弥生が、後輩の男子の陰茎を自ら進んでくわえ込み、そのうえ涙ながらに媚を売っていることが信じられなかった。
「動くよ、や、弥生」
 弥生のしなやかな脚をつかみ、性交を再開したヒデト。忍耐から解放された彼のペニスはゆっくりと弥生の中を前後し、喪失したばかりの処女を貪る。粘膜の擦れる甘美な音と感触に、たちまち少年は魅了された。
「す、すごい締めつけだ。食いちぎられそう……ああっ、あうっ」
「ヒデトのものもすごいぞ。私の中を出たり入ったり……ああっ、あんっ。うああっ」
 色めきだった女の表情で、弥生は熱い息を吐いた。ヒデト以外は誰も見たことのない、剣道部主将の牝の顔だ。頬は真っ赤に染まり目尻に涙を浮かべ、痛みと嬉しさと可愛らしく喘ぐ。まるで別人のように好色な弥生の表情に、ヒデトは興奮を抑えられない。
 若干の出血が見られた弥生の秘所は、次第に蜜の量を増しつつあった。肉びらが潤みを帯びてヒデトに絡みつき、精液を搾りとろうとする。今まで男を知らなかった乙女が、ヒデトとの交合に順応しようとしていた。
「ああっ、ヒデト、素敵だ。たくましいぞっ」
 破瓜の痛みが和らいだのか、弥生の表情から苦悶の色が消えつつあった。机の上に仰向けで寝そべる無防備な姿を晒し、従順な犬のように息を荒くして主人に愛想を振りまく。日常見せる凛とした立ち居振る舞いからは想像もできない痴態だ。
 ヒデトが腰を前後させるたび引き締まった女体が跳ね、処女を失ったばかりの弥生の艶めかしい声が響いた。教室の外に聞こえないよう抑えているつもりでも、乙女の荒い吐息と喜びの声は終わることなく聞こえてくる。
「弥生、弥生……ああ、たまらないよ」
 ヒデトはいつしか弥生を気遣うのをやめ、本能のままに相手を犯していた。才媛の誉れ高い令嬢が自分の体の下で嬉しそうに身をくねらせるさまが、十七歳の少年を高揚させる。じっとりと濡れた肌が腰の一突きごとに戦慄し、一人前の男になったばかりのヒデトを楽しませた。
 もはや二人は格式張った先輩と後輩ではなく、才色兼備の女学生と平々凡々な男子生徒でもなかった。愛する男に服従して嬌声をあげる女と、異性の征服に熱狂する男。ただの牝と牡だった。
 ヒデトは弥生にのしかかり、一心不乱に突き込んだ。ソックスをはいた弥生の脚を持ち上げ、上方から力強く彼女を犯す。勢い余って子宮口をノックするほど激しいピストン運動が、脳に火花を散らす。既に理性は融け、礼儀は失せてしまっていた。
「弥生の中、きゅっと締めつけてきて僕をおかしくするんだ。こんなの我慢できない。また出しちゃうよ」
「ああっ、あんっ。いいぞ、ヒデト。私の中で出して……ヒデトを私に刻みつけて」
 弥生は初めてのセックスでありながら心地よさげに身をくねらせ、ヒデトに膣内射精をねだる。汗と蜜の匂いを漂わせたこの女が、あの質実剛健の弥生だとは思えない。結合部は硬い肉棒にかき回されて、ひどく淫猥な音色を奏でるのだった。
「出す、出すよ。弥生の中に僕のものを出すからね」
 ヒデトは乱暴に体をぶつけ、フィニッシュへとのぼりつめる。避妊具を使用していないことも忘れ、弥生の蜜壺を隅々まで味わった。二人の喘ぎ声が重なり、自分の呼吸さえわからなくなる。
「ああっ、ヒデト、ヒデトぉ。出して、私にちょうだいっ」
「出すよ、弥生。ううっ、おおっ、出るっ、出るっ」
 弥生の一番深いところまで突き入れ、ヒデトは己を解き放った。先ほどの射精とは比べものにならない量の樹液が迸り、つい先刻まで処女だった女陰を溢れさせる。泡の弾ける音と共に膣口から雫が漏れ出し、混じり合った男女の体液が机を汚した。
 初めて経験する性交、そして膣内射精……弥生の清い肉体を思う存分汚し、ヒデトはこれ以上ない征服感に酔いしれた。他のどんな女と交わっても、これほどは満足できないだろう。人望あつい文武両道の才媛は、完全に自分のものになったのだ。
「おおお……な、中で出てる。隅々までヒデトので満たされて……ああっ、イク、イクっ」
 弥生は涙を流し、歓喜の雄叫びをあげて絶頂に達した。好意を寄せていた少年と結ばれた喜びもあるのだろうが、初の性交でオルガスムスに至ったのは、もしかすると好色ゆえかもしれない。全身をほんのり紅色に染め、膣口から精液をこぼすその淫らな姿は、清楚という言葉からは非常に遠いものだった。
 それからしばらく弥生は半ば放心した様子で微笑んでいたが、やがて息を整えて身を起こすと、自分の中から抜け出たヒデトのペニスに顔を寄せた。
「先輩、何を……ああっ?」
 慌てるヒデトが止める間もなく、弥生はヒデトにむしゃぶりついた。大きく口を開け、破瓜の血と精液がこびりついた肉棒をくわえ込む。時おり確かめるようにペニスの臭いを嗅ぎながら、舌で汚れをこそぎ取る。
「そ、そんな……弥生先輩、こんなことまで……ああっ、す、吸わないでっ」
 舌先で亀頭をつつき、尿道に残った精液の残滓まで飲み込もうとする。熱心に自分の男性器を清める弥生の煽情的な姿に、ヒデトは大いに困惑し、そして興奮した。
「ふふっ、お掃除フェラだ。私はヒデトの女になったのだから、このくらいはしてやらないとな」
「気を遣わなくていいのに……ああ、また勃起しちゃった」
「これからは、私を犯したくなったらいつでも言ってくれ。君の期待に沿えるよう心掛けるから」
 熱っぽい眼差しでヒデトを見上げ、弥生はペニスの清掃を終えた。体液の滴る陰部をティッシュで拭き、脱ぎ捨てた衣類を丁寧に身に着けていく。ヒデトの女は、平素の凜とした佇まいに戻った。
「まだ少し股間が痛むが……まあ、これも女の勲章だな。一生の思い出だ」
「先輩……ありがとうございました。夢みたいでした……」
「こら、また先輩に戻っているぞ。二人きりのときは呼び捨てにしろと言っただろう」
「う、うん、わかったよ、弥生……」
 まだ慣れない恋人への返事をし、ヒデトも着衣を整える。冴えない自分が、弥生の恋人として初めてのセックスを済ませたことがまだ信じられなかった。
「なに、すぐに慣れるさ。これからは私は君の女だ。君がもういいと言うまで、ずっと君のそばにいるからな」
「そんなこと、絶対に言わないよ。僕もずっと弥生のそばにいる」
「そうか? 君は優しいな……ふふ、ふふふふ……」
 ヒデトの手をとり、弥生は笑った。顔を見合わせてヒデトも笑う。学校での一日を終え、家に帰るまでのわずかな時間。この時間が永遠に続けばいいと思った。

 この時点まで、ヒデトは弥生を信じて疑わなかった。
 だが……。

「ふふふ、ふふふふ……ははは、アハハハハ……!」
「弥生?」
「アハハハハ、アハハハハハハ! ひいっ、ひひひひ、苦しいーっ! アハハハハ……」
 いつまでも腹を抱えて笑いころげる弥生に、ヒデトは一抹の不安を抱いた。その笑い方は今まで弥生が見せたことのない笑い方だった。自他共に厳しい彼女には似つかわしくない、おどけた仕草だ。
「一体どうしたのさ、ちょっと笑いすぎ……」
「アハハハハハハ、あんた、おかしいーっ! ひひひ、まーだ気づかないのぉ?」
 弥生はヒデトを指さし、悪戯に成功した子供のように抱腹絶倒した。自分がなぜ笑われているのか理解できず、彼は狼狽するしかない。
「気づかないって、何の話?」
「何の話って……クククク、あー、お腹痛い。マジで気づかないんだ」
 口の端をつり上げて破顔する彼女は、とてもあの堅物の弥生とは思えない。まるで、中身が別人と入れ替わってしまったかのようだ。
「アタシが言ってるのはねぇ、アタシがいったい誰なのかってことよ。アハハハ、あんた鈍すぎじゃーん! あんた、マジで弥生のこと好きなのぉ? 絶対ウソなんですけどぉ」
「や、弥生? 弥生だよね……元の体に戻ったんだよね?」
 ヒデトの脳裏で警告灯が点滅していた。自分がとんでもない思い違いをしていた可能性に気づくも、それが間違いであってほしいと心から思った。
 まさか、目の前の弥生が……。
 目の前の弥生が本物の弥生でないことに思い至ってしまったら、自分は一体どうしたらいいのだろうか。
「ウッソでーす。アタシはプリン。弥生じゃありませーん。アタシたち、元に戻ってなんかいませーん」
「そ、そんな……」
 耐えがたい現実を突きつけられて、ヒデトはへなへなと床にへたり込んだ。
 先ほど、弥生はプリンと頭をぶつけて元に戻った。彼女はそう言っていた。
 しかし、それは嘘だった。ヒデトを騙すために弥生が仕組んだことだったのだ。
「う、嘘でしょ? 先輩は先輩じゃないですか。さっきだって、二人が入れ替わる前のことをすらすら答えて……あれで僕、完全に信じたんですよ!」
 もしかすると、弥生の中に入ったプリンの作り話かもしれないとは思っていた。だからこそ、ヒデトは弥生しか知らないはずの質問を投げかけ、弥生の中身が弥生本人だと確認したのだった。
 ヒデトは弥生にすがりつき、「すまなかった。君をからかうためにひと芝居うったんだ。私は弥生だよ」と彼女が笑い返してくれるのを待った。
 ところが、弥生ではない弥生はころころと表情を変え、ヒデトの期待を打ち砕く。
「うん、それなんだけどねぇ。アタシぃ、だんだんこの体に馴染んできたのぉ」
「馴染む? 馴染むってどういうことさ」
「この体でオナニーしてイっちゃったときからかなぁ? この女の考えてることが、頭の中に浮かんでくるようになったのぉ。普段、家でどんな風に過ごしてぇ、学校でどんな授業を受けてぇ、家族や友達とどんな会話をしてぇ、この女が何を考えたかぁ……そういうのがぁ、少しずつ読み取れるようになってきたんだぁ。思い出すって言った方がいいかなぁ?」
「そ、そんな……弥生先輩の記憶を覗いたの?」
「そうそう。そうするとぉ、アタシが全然わかんない三年生の授業の内容とかぁ、やったこともない剣道のやり方がぁ、全部わかるようになったのぉ。すっごくいい気持ちだったなぁ。あー、これが優等生の気持ちなんだなって思ったわぁ。勉強ができてぇ、運動ができてぇ、顔が良くてぇ、家がお金持ちでぇ……ホントにズルいわよねぇ、この女ぁ」
 弥生の説明は信じがたいものだった。弥生の肉体に入ったプリンが弥生の記憶や能力を我がものにして、彼女になりすますことができるのだという。 
 認めたくはなかったが、ヒデトは心のどこかで納得していた。入れ替わった当初こそ弥生はプリンのように破天荒な言動と行動で周囲を驚かせたが、先ほどまでの弥生の振る舞いは、以前の彼女となんら変わりがない。最も弥生と親しいヒデトでさえ、あっさり騙せるほどだ。それも、プリンが弥生の記憶を覗き見たのであれば合点がいった。
 だが、それはヒデトにとって弥生の肉体だけではなく、精神を汚されるのと同じことだ。到底、許せる話ではない。
「そんなの、プライバシーの侵害じゃないか。嘘だ、嘘に決まってる。お前に弥生先輩のことが全部わかるなんて、そんな馬鹿なことあるわけが……」
「じゃあ、最近のアタシを見てどう思ったぁ? アタシ、本物の弥生みたいだったでしょお? アタシがその気になったらぁ、ホントの弥生と全然違わないんだよぉ……ふふっ、現に今まで君も騙されていたじゃないか、ヒデト。この神聖な学び舎で私を乱暴に組み敷いて、今まで大切に守り続けてきた私の処女を奪って……私を自分の女にしてしまったじゃないか。なあ、そうだろう、ヒデト?」
「う、ううう……畜生、畜生」
 ヒデトはどうしていいかわからなかった。全身から汗が噴き出し、動悸が止まらない。自分が取り返しのつかないことをしてしまったのではないかと恐怖した。
 もしも、プリンと弥生が入れ替わったまま、いまだ元に戻っていないとしたら……自分はプリンに騙され、人知れず弥生の体を傷つけてしまったことになるのだ。弥生が本物かどうかも見抜けなかった大失態であり、弥生の信頼に対する裏切りでもあった。
「泣くな、男のくせにみっともない。私は確かにプリンだが、同時に弥生でもある。私は君に嘘をついた。元の体に戻ったんだと。だが、それ以外の言葉に偽りはない。どういう意味かわかるか?」
「ど、どういう意味……なんだよ」
 ぽろぽろ涙をこぼして弥生をにらみつけると、彼女は本物の弥生のように上品に微笑し、ヒデトを抱きしめた。
「私は君が好きだ。君の女になれて、君に処女を捧げることができて、本当に嬉しい。どうか、これからもずっと私と一緒にいてほしい……この気持ちに何ひとつ偽りはない」
「はあ? 何を言ってるんだよ!」
 ヒデトは目を剥いた。
 目の前にいる弥生の中身は弥生ではない。生真面目な優等生とは対照的に、クラスメイトたちから「ギャル子」と馬鹿にされる追試の常連、プリンだ。カズヤというお調子者で不良の彼氏がいて、二人は濃厚な肉体関係にあるはずだ。
 そのプリンが、ヒデトのことを好きだという。からかっているとしか考えられなかった。弥生のふりをして彼女を傷つけ、ヒデトの恋心をもてあそぶつもりか。
「お前はプリンで、弥生先輩じゃない! よくも先輩のふりをして僕を騙したな !? 絶対に許さないぞ! 僕のことが好きだなんて、見え透いた嘘をつくな!」
「それが嘘ではないんだ。さっき、この体に馴染んできたと言ったろう?」
 弥生の中のプリンは、弥生の声でヒデトに囁き、弥生の肌をヒデトに押しつけてくる。先刻、二人は男女の仲になり、互いの初めてを捧げ合った。いくら否定したくても否定のできない事実だった。
「私がこの体に馴染んで記憶が読めるようになり、私の心も強い影響を受けつつある。この女と入れ替わる前の私はカズヤのことが好きだったが、今はそうじゃない。今、私が好きなのは君だよ、ヒデト」
「な…… !?」
「だんだん、自分がプリンではなく弥生になりつつあるのがわかるんだ。プリンだったことを完全に忘れることはないと思うが……ずっと元に戻らずこの体のままで、君と結ばれたい。そう思うようになった。自分でも驚くほどの変化だよ。アタシ、今まであんたなんかに全然興味なかったのにさぁ」
「そ、そんな……そんなのダメだ!」
 ヒデトは激しく首を振り、弥生を拒絶しようとする。「お前は弥生先輩じゃない! 先輩じゃないくせに先輩のふりをするな! 早く先輩にその体を返せ!」
「嫌だ。私はもう馬鹿で愚かなギャル子に戻りたくはないんだ。このまま弥生になって、君とずっと一緒にいたい。騙したことは謝る。私の本当の気持ちを、どうか受け取ってほしい……」
 目を潤わせてヒデトに告白する弥生の表情は、プリンのそれではなく弥生本人のものに見えた。彼女が言うように、精神が肉体の強い影響を受けているようだ。今の彼女がその気になれば、以前の弥生とまったく同じように振る舞うこともできるのだろう。現にやってみせたのだ。
 だが、いくら彼女が自分を弥生だと主張しようと、ヒデトには偽りとしか思えない。本物の弥生は今もギャル子の体のままで、元に戻ってヒデトと結ばれることを待ち望んでいるはずだ。今ここでこの弥生を受け入れるのは、彼女を見捨てることを意味する。
「ダメだ、君は弥生先輩じゃない。とにかく、僕も協力するから元の体に戻る方法を探そう。今は弥生先輩の体になってそれらしく振る舞えてるかもしれないけど、君はやっぱりプリンなんだ。早く元の体に戻らないと……」
「戻らないと、どうなると思う?」
「どうなるって……どういう意味だよ」
 思わせぶりな弥生の発言に、ヒデトは訝しがった。
「私は弥生の体の影響を受けて、弥生本人のようになりつつある。なら、私の体になった弥生にも、同じことが起きているとは思わないか?」
「そ、それは……」
 そうかもしれない、とヒデトは思った。あの劣等生のプリンが、全国模試で毎回優秀な成績を叩きだす弥生とまったく同じように振る舞うことができるのだ。肉体の影響は凄まじい。
 であるなら、プリンの体になった弥生にも、彼女と同じことが起きていると考えるのが妥当だろう。
 つまり……。
「その答えが知りたければ、私についてきてくれ。君に見せたいものがある」
 プリンの心を宿した弥生は、教室を出て廊下を歩きはじめた。ヒデトは断ることもできず、不機嫌な顔で彼女についていく。彼女がどこに向かっていて、これから何をしようとしているのか、さっぱり見当がつかなかった。だが、不安で不安で仕方ない。
 日暮れどきの廊下を二人で歩き、階段を下りる。その間、誰にも出会うことはなかった。やがて弥生が立ち止まったのは、校舎の隅にある空き教室の前だった。
「さあ、ここだ。君自身の目で確かめるんだな。今の弥生がどうなっているか」
 発言の内容からすると、この中に弥生の心を宿したプリンが……本物の弥生がいるらしい。人けのない放課後の空き教室で、いったい何をしているのか。ヒデトは意を決してドアを開け、その答えを確かめた。
 中にはプリンとカズヤの姿があった。
 決して意外な組み合わせではなかった。身体が入れ替わる前、プリンはカズヤと交際していた。入れ替わってからも共に行動していることが多いようだ。
 プリンの中の弥生にとっては、彼女らしく振る舞うために必要なことなのだろう。内心では不良の男だと軽蔑していても、演技のためには彼と親しく過ごさなくてはならない。
 だが、ヒデトが目にした二人の様子は、彼が想像していた「親しさ」とはまるで異なっていた。
「おほおおおっ、またイク、イっちゃう。イクうっ」
 一糸まとわぬ姿のプリンが四つんばいになり、カズヤに組み敷かれていた。何をしているのかはひと目でわかった。
 セックスだ。
 犬や豚のような姿勢でカズヤと交わり、プリンは歓喜の涙を流して腰を振っていた。既に小一時間、激しく犯されていたのだろう。プリンの体も床も、体液でべとべとだった。
「そ、そんな……!」
 ヒデトは絶望の淵に叩き落とされた気分だった。顔から血の気が引いて、感情の高ぶりに拳が震えた。
「あー、ヒデトだぁ」
 プリンの虚ろな瞳に光が戻り、教室の入口に立ち尽くしたヒデトを映し出した。恥じらうべき狂態を彼に見られても顔を背けるでもなく、それどころか嬉しそうにピースサインをしてみせる。
 プリンの中にあるはずの弥生の理性、良識、風儀、自制……そうした美点は一切うかがうことができず、どこかに消え失せてしまっていた。だらしなく頬を緩め、赤面して小刻みに絶頂を繰り返す。最もヒデトが見たくない醜態を、プリンは惜しげもなく彼に晒していた。
「せ、先輩……弥生先輩!」
 呆然と立ち尽くしたのち、ようやくヒデトはプリンに駆け寄った。つんとした牡と牝の性臭が鼻をつく。床には乱暴に脱ぎ散らかされた衣類が散らばり、それらも二人の体液で汚れていた。
「弥生先輩? それならあんたの後ろにいるじゃーん。アタシは弥生じゃないよぉ?」
「正気に戻ってください、先輩! 元の体に戻ってなんていないんでしょう !? あなたはプリンじゃなくて、弥生先輩なんです!」
「あれぇ、そうだっけぇ? アタシぃ、ギャル子のプリンなんだけどなぁ。それでぇ、今は大好きなカズヤとエッチの真っ最中ってわけぇ。きゃはははっ」
 ヒデトを見上げるプリンの体が、後ろからカズヤに持ち上げられた。
 カズヤはむっちりしたプリンの腿をかかえ、駅弁売りのような体勢で力強く彼女を揺さぶった。ヒデトのものよりも明らかに太くたくましいペニスが、日焼けした褐色の肌のギャル子の陰部に荒々しく出入りしていた。
「おっ、おほおおんっ、奥っ、奥突かれてるのぉっ。これ好き、好きいいっ。アタシの気持ちいいとこ、ゴリゴリされてるううっ」
「おいおい、お前ら。せっかくいい気分でヤってる最中なんだから邪魔すんなよ」
 カズヤは教室に入ってきた二人に大して興味を示すこともなく、プリンを蹂躙することに熱中していた。大柄で腕力もある彼を、貧弱なヒデトが力づくで止めることは叶わない。
 いや、たとえ勝ち目がなくとも、大切な女性を守るためであれば、あえて暴力に訴えるべきだろう。しかし大喜びで腰を振ってカズヤのペニスを貪るプリンの姿に、ヒデトの気力は急速に萎えつつあった。
「なんでだ……どうしてあの弥生先輩が、こんな風になっちゃったんだ」
「だから言っただろう?」
 脱力してひざまずくヒデトの肩に、弥生が慰めるように手を置いた。「私は弥生の体の影響を受けて、弥生本人のようになった。そして私の体になった弥生にも、同じことが起きた……今の彼女はプリンそのものだ。努力して築いてきた能力も自制も、君に対する愛情も忘れて、見ての通りの浅慮で享楽的な女になった」
「嘘だ、こんなの嘘だ……弥生先輩がこんな風になるはずない」
「そうだ、その通りだ。これは嘘だ」
 弥生はヒデトの耳元に口を寄せると、もはや立つ気力もない彼を引っ張って立たせた。「すまなかったな、カズヤ。私とプリンさんが入れ替わったというのは嘘だ」
「なんだと?」
「先日、君を驚かせるためにひと芝居うってほしいとプリンさんに頼まれてな。退屈な日常生活にちょっとした刺激がほしいと……正直、あまり気が進まなかったが、仕方なくこの戯れに付き合ってやることにしたんだ」
「ええっ?」
 驚くヒデトをよそに、弥生はカズヤと話を進めていく。「だが、それももう終わりだ。これ以上、柄にもない演技を続けるのは辛くてな」
「へっ、なんだよそりゃあ? 鬼の剣道部主将も、たまには妙なことをしやがるんだな。プリンの悪戯に付き合うなんてよ」
「まあな。たまにはこうした余興も悪いものではないが、校内で淫らな行為にふけるのは感心しないな。今回だけは見逃してやるが、今後は風紀を乱す行動は厳に慎むことだ」
「へいへい、お優しいこって」
 それきり、カズヤは弥生に対する関心を完全になくし、ギャル子との淫行を再開する。濡れそぼった膣口を雄々しい一物が乱暴に出入りし、プリンのかん高い嬌声があがった。
「……というわけだ。帰るぞ、ヒデト」
「ま、待ってよ!」
 弥生の手を振りほどき、ヒデトは震える声で抗議した。
 今までの奇怪な出来事の全てが芝居だと宣言されたのだ。腑に落ちないのは当然だった。弥生とプリンは激しくぶつかったショックで人格が入れ替わったのに間違いなく、その原因をつくったヒデトには二人を元に戻す義務がある。
「今までのが全部演技なわけないだろ! 僕は騙されないぞ! お前はプリンで、弥生先輩じゃない!」
「なら、今すぐ私たちを元に戻してみせろ。君にそれができるのか?」
「そ、それは……」
 非常に困難な課題を突きつけられ、無力なヒデトは顔を伏せた。ただ弥生とプリンの人格が入れ替わっただけではなく、どちらも相手の肉体の影響を強く受けてしまった。この状態の二人を完全に元通りにするのは、奇跡でも起きなければ不可能だ。
 拳を握りしめて黙り込んだヒデトの前に弥生が立ち、彼の顎を持ち上げた。優しく理知的な瞳には、ヒデトの困惑した顔が映っていた。
「私は、君が望んだ通りの女になる。だから君も、私を受け入れてくれ。今の私は誰が見ても、本物の弥生と寸分違わないんだ。ここで醜態を晒しているこの無様な女よりも、私の方が弥生にふさわしいとは思わないか?」
「お前は……弥生先輩じゃない」
「では、この下劣な女が君の弥生先輩か? ほら、見てみろ。目を背けることなく、この浅ましい女の姿をしかと見るんだ」
 弥生に促され、プリンを見下ろすヒデト。彼の眼下では、少年への想いを一切なくしたギャル子がひたすら快楽を貪っていた。
「おおおっ、また中出しされてるうっ。ひいっ、ひいいっ。カズヤのチンポ、凄すぎるよおっ」
「へへっ、最近ヤってなかったからな。まだまだ溜まってるぜ。今日は徹底的に可愛がってやるから覚悟しろよ」
「んひいいいっ。イク、またイクよおおっ。ギャル子、またイクっ。おほおおおんっ」
 白目を剥いてオーガズムに酔いしれたプリンが、大きく体を痙攣させた。カズヤとの結合部から、ショオオオオ……と下品な水音がして、失禁に至ったことをヒデトに知らせた。このうえなく幸せそうなギャル子の痴態に、ヒデトは何も言葉を発することができなかった。

 ◇ ◇ ◇ 

「うわーん。こんなのわかんないよぉ……」
「こら、もう降参か?」
 プリンの吐いた弱音に、弥生は呆れ顔で返した。彼女も大学の課題があったそうだが、早々に終わらせてしまったらしい。母校一の才媛ぶりは、卒業した今もなお健在だった。
「だってぇ……こんな難しいの、わかるわけないよぉ。アタシの頭、バカすぎだもーん」
「バカでも何でも、試験に受からなくては卒業できないのだから、やるしかないだろう。ほら、一体どこがわからないんだ?」
 弥生はプリンのそばに移動し、彼女の書いた汚いノートに目を落とした。そしてプリンが解いていた問題を優しく解説してやる。プリンは頭を抱えつつ、礼を言って次の問いにとりかかった。
 進級が危ぶまれた彼女も何とか三年生になり、卒業を間近に控えていた。出席日数はぎりぎり足りていたが、問題となったのは彼女の成績だった。常に低空飛行で追試の常連。このまま卒業させても良いか、教職員の間で真剣に議論されているという。
 最終的に、学年末の追試に受かることがプリンの卒業の条件となった。今はその勉強の真っ最中だ。
 一方の弥生は、非の打ちどころのない成績で高校を卒業。ヒデトが志望していた地元の公立大学に進学し、級友たちの人望を一身に集めていた。周囲はもっとレベルの高い大学を勧めたが、弥生は今の大学にこだわった。それはヒデトのためである。
「こら、ヒデトも手が止まっているぞ。全部解き終わったのか?」
 ヒデトが仲良さげにしている弥生とプリンを眺めていると、彼女の叱責が飛んできた。
「い、いや、まだ……ごめん」
「ヒデトだって、あまり油断のできない点数だろう。せっかく君のために今の大学に入ったというのに、肝心の君が入試に落ちてしまっては笑い話にもならないぞ」
「面目ない……頑張ります」
 ヒデトは自分の頬を叩いて気合を入れ、志望校の入試問題を再開した。小心ゆえ、入試を目前に控えて緊張が高まるあまり、焦って勉強に身が入らないこともしばしばある。そんなときは弥生の叱咤激励が何よりの薬だった。
 三人が集まっているのはヒデトの部屋だった。放課後、弥生が勉強会を開くことを提案し、ヒデトが場所を提供したのだ。勉強会といっても、もっぱらヒデトとプリンが弥生に勉強を教わるだけの集まりだが、不定期ながらおよそ週に一度のペースで続いている。
「あー、終わった終わったぁ! もう勉強したくなぁい!」
 プリンがペンを座卓の上に放り投げた。正解かどうかは別にして、弥生に課された問題を全てやり終えたようだ。
「どれどれ……では、さっそく答え合わせをしようか」
「やだぁ! そんなの、また今度でいい! もう限界ぃ!」
 プリンはじたばたと暴れ、駄々っ子のようにごねた。先日、十八歳を迎えた同級生の子供っぽい振る舞いに、ヒデトは自然と破顔した。
「なんだ、こらえ性のない。それでも我が校で指折りの優等生だったのか? 剣道で心身ともに鍛えただろうに。両親が聞いたら泣くぞ」
「そんな昔の話ぃ、もう思い出せないわよぉ。第一あんたのせいで、アタシはこんなおバカになっちゃったんだからねぇ?」
「私のせいじゃない。あのとき、階段から落ちてきてぶつかってきたのは君の方だからな。自業自得というやつさ」
「そんなの知らない! アタシの体を返してよぉ!」
 事情を知らぬ者が聞けば首をかしげるような、奇妙な内容の会話が飛び交った。ヒデトは両手をあげて二人の間に割り込み、喧嘩を始めた弥生とプリンを懸命になだめた。
「私も、君に対する責任は感じている……」と、弥生。「仮にも私だった女が、追試に落ちて留年するのは気分のいいものじゃないからな。だからこうして、君のためにわざわざ勉強を教えてやっているんじゃないか」
「何よぉ、恩着せがましく! その体と頭があったら、アタシだって優等生なんだからぁ!」
「ああ、そうだろうとも。それは私自身が実証したからな。この優秀な体のおかげで、私は今では地元でも評判の才女だ。誰もが私を褒め、讃え、私に憧れる……」
 自分につかみかかってきたプリンを軽々と押さえつけ、弥生は勝ち誇った。「あんたの体も、頭脳も、家族も、そして彼氏もアタシのものよ。おかげで毎日、充実した生活を送れてるわ。マジでありがとねぇ」
「きいいっ、ムカつくぅ! もういい、帰るぅ! 帰ってカズヤとエッチしまくるんだからぁっ!」
 プリンは頭から湯気を放つと弥生を乱暴に突き飛ばし、散らかした筆記用具や教科書、ノートを鞄に詰め込んだ。本日の勉強はこれで終わりらしい。
「なんだ、もう帰っちゃうの? 今日はこれから、あんたにいいものを見せてあげようと思ったのに」
 仏頂面で立ち去ろうとしたプリンを、弥生が呼び止めた。プリンは顔だけこちらを向く。
「何よぉ !? ムカつくからもう話しかけないでぇっ」
「今日は珍しく、ヒデトの家族が留守にしてるのよ。これから私たちが仲良くするところ……見たくない?」
 弥生はへたり込んだヒデトのベルトに手を伸ばし、下着の中から半勃ちの一物を取り出した。ヒデトが戸惑うのを無視して、繊細な手で恋人のペニスをしごきはじめる。
「そんなの、見たいわけないじゃん! アタシ、もう帰るぅ! さよならぁっ!」
 怒って出ていってしまったプリンに、ヒデトは慰めの言葉をかけられなかった。弥生の思うがままに体をもてあそばれ、情けなくもたちまち勃起してしまう。
「はあ……なんで怒らせるのさ。さっきまで仲良さそうにしてたと思ったら、急にああいうことするよね。わざと?」
「ああ、そうだ。やはり彼女は私にとって特別な存在だからな。つい感情的になってしまうのさ」
 弥生は悪びれる様子もなく、ヒデトの頬にキスをした。そのまま彼の顎を自分に向けさせ、唇同士の接吻に移行する。相思相愛の男女は情熱的に舌を絡め合い、体温と唾液を交換した。
「ん……今日、門限は大丈夫なの?」
 ヒデトは訊ねた。今すぐ弥生を犯したかったが、相変わらず彼女の家は娘に厳しい。帰りが遅くなると詰問されるかもしれない。
「大丈夫だ。大学の友達に話を合わせてもらって、飲み会にでも行っていたことにするさ。今日は遅くまで君と二人きりだ、ヒデト」
「弥生……」
 ヒデトは恋人の服を脱がせはじめ、セックスの準備にとりかかった。せっかくそれまでの勉強で脳に刻みつけた記憶が、急速に薄れていくのがわかる。あまり学業をおろそかにすると、自分もプリンのようになるかもしれないと危惧した。
 剣道部の主将で文武両道の美しい優等生、弥生。
 成績不良で勉強にもスポーツにも興味がない、享楽的なギャル子のプリン。
 あの日、二人の心は入れ替わり、結局、元に戻ることはなかった。あれから一年以上が経過した現在では弥生もプリンも新たな肉体に適応し、それなりに満足した生活を送っていた。
「アハハハ……いっぱいセックスできるね、ヒデト」
「その笑い方、やめてよ。もっと弥生っぽくして」
 服を脱がせた弥生を背後から抱きしめながら、ヒデトは恋人に適切な振る舞いを要求した。日頃は厳格で融通のきかない弥生だが、時おり今のように自らのキャラクターを意図して崩すことがある。ヒデトはそれが嫌だった。
「うん、いいよぉ。ただし、アタシが本当の弥生だって認めてくれたら……だけどねぇ」
「認める、認めるさ。いつも言ってるだろ? 君が弥生だから……僕の大好きな、本物の弥生だから」
「やったぁ!」
 弥生は上機嫌になり、ヒデトの淫らな欲望に進んで己を捧げた。軽く口でペニスを立ち上がらせたのち、彼をベッドに寝かしつけ、その上に跨った。互いの性器を繋ぎ合わせてリズミカルに腰を上下に動かすそのはしたない姿は、ヒデト以外の誰にも見せないものだ。
「ああっ、たまらんっ。ヒデト、好きだっ」
「僕も好きだよ……弥生、愛してる」
「ふふっ、幸せだ。アタシ、本当に弥生になってよかった。この体もヒデトも、全部アタシのものだからなあっ」
 長くみずみずしい黒髪を振り乱し、弥生はヒデトとの愛を確かめあう。裸になった十九歳の女体は桜色に火照り、男を魅了してやまない。
 弥生とプリン。入れ替わった二人は、もう二度と元に戻らない。
 だが、それで構わないとヒデトは思った。目の前の弥生が本物であり、他に弥生はいないのだ。それが、彼がこの一年以上の日々から得た結論だった。
 ヒデトは快楽にうめき、弥生の胎内に自らの遺伝子を注ぎ込む。若い陰茎は久方ぶりの結合に奮い立ち、何度も何度も弥生の中に熱い樹液を撒き散らした。



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