ノルニルの受難



 あの日、幼いフィリップは泣いていた。
 辺りは一面の麦畑で、人の姿はどこにもなかった。陽は西の地平線に差しかかり、涼しい風が収穫前の麦の穂を揺らしていた。初めて見る遠くの空は限りなく広く、どこまで追っても何もなかった。
 誰もいない綺麗な世界が怖かった。
 独りで城壁の外に出たのは初めてだった。王家の世継ぎたるもの、一度は街に出て国の民がどんな暮らしを送っているのか自分の目で見て回らなくてはならない……そう考えたフィリップは、城に出入りしていた商人の荷車に密かに忍び込み、王宮を抜け出したのだった。
 荷車は城を出ると、街ではなく郊外の田園地帯へと進み、道を行き交う人の数が見る間に減っていった。フィリップは不安になって荷車から転がり落ちたが、辺りにはろくに人家もない。荷車は彼の存在に気づかず去ってしまい、誰を頼ることもできなかった。
 とにかく来た道を引き返すしかない。フィリップは体力の限り歩き続けたが、いくら進んでも城にも街にもたどり着かず、人に出会うこともなかった。
 幼い王子はとうとう力尽き、日暮れの麦畑の隅ですすり泣いた。脚は痛み、空腹でたまらない。このまま死んでしまうのではないかと思った。
「神様、どうかお助けください……もう独りで抜け出したりしませんから」
「わかりました、王子様。一緒に帰りましょう」
「え?」
 頭上から声をかけられ、フィリップは顔を上げた。黄金色に輝く麦畑を背に、一人の女が立っていた。麦畑と同じ色のドレスを身にまとった、長い金髪の女だった。
「君は誰なの?」
「私はヴェルダンディ。神様です」
「神様……? 本当に神様なの?」
 フィリップは問い返した。目の前の女は全身からほのかな光を放ち、薄暗くなった辺りを照らしていた。ストレートの金髪を肩に垂らした、上品で優雅な女。その首元の金のネックレスが黄昏の空によく映える。
 ヴェルダンディと名乗った女神は朗らかに笑った。
「はい、私は女神、ヴェルダンディ。二人の姉妹と共に、この地上の人々を見守る者です。フィリップ殿下、あなたが独りでお城を出てしまって、お父様やお母様、お城の皆はとても心配していますよ」
「ごめんなさい。もうしません……ぐすっ」
「謝る相手は私ではなく、お城の皆さんですよ。でも、たった独りで随分と歩きましたね。まだ小さいのに、とても頑張りやさんです」
 ヴェルダンディはフィリップの濡れた頬を優しく撫でると、彼の小さな手をとった。「さあ、帰りましょう。私の手を離さず、しっかりと握っていてください」
 フィリップは言われた通りにヴェルダンディの手を握り、立ち上がった。周囲には車や馬などの乗り物は見当たらず、おそらく彼女はこんな侘しいところまで一人で歩いてきたのだろうと思われた。そして、自分はこれからヴェルダンディと二人で、城まで歩いて帰るのだろう。
 疲れ果ててはいたが、もう弱音を吐くつもりはない。再び歩く気力がわいてきた。か弱い女の腕に抱かれて運ばれ、晒しものになるのは王族の矜持が許さなかった。
 ところが、歩き出そうと足を踏み出した途端、突然フィリップの体が持ち上げられた。
「うわあああっ! な、何これっ !?」
 フィリップは目を丸くした。自分の体が宙を舞い、一面の麦畑の上を鳥のように飛んでいたのだ。涼しい風が強さを増し、フィリップの衣服の裾をまくり上げた。
「びっくりしましたか? 私は神様ですから、空だって飛べるんですよ」
 ヴェルダンディは王子を抱えて微笑んだ。
 フィリップは驚きと興奮に胸を高鳴らせた。自分を助けに来てくれた彼女はただの人間ではない。神様なのだと確信した。
「すごい! すごいや、ヴェルダンディ! 本当に神様、女神様なんだね!」
 人ならぬ偉大な存在が迷子の自分をわざわざ迎えに来てくれたことが、フィリップはこれ以上なく嬉しかった。もしも地面に落ちたら死んでしまうほどの高さであっても、まったく恐怖を感じなかった。
 女神と王子は風を切って飛び続け、瞬く間に田園地帯を抜け、街を横切り、半分欠けた月を背に、フィリップの城の庭へと下り立った。そこにはフィリップの両親である国王と王妃、大勢の家来たち、そして知らない顔の女が二人、揃って彼らを待っていた。
「フィリップ、無事だったか !?」
「父上!」
 初めて城外を探険した幼い王子は、涙を流して父に抱きついた。父も母も、城の誰もが大喜びだったが、国王であるフィリップの父は、無謀な息子を叱責することを忘れなかった。
「まったく、この愚か者め……大勢の者に迷惑をかけたこと、その胸にしかと刻んでおくのだぞ」
「ごめんなさい、父上。二度とこのようなことは致しません」
「城の者だけでなく、女神様のお力をお借りすることになった。誠におそれ多いことだ。さあ、助けてくださった女神様にお礼を申すのだ」
「ありがとう、ヴェルダンディ。君が助けてくれなかったら、僕はまだあそこで泣いてたよ」
「いいえ、王子が無事で何よりでした」
「本当に、何とお礼を申し上げたらよろしいか……女神様じきじきにお助けいただくなど、誠に恐縮しております。本当にありがとうございました」
 国王は屈強な身体を二つに折り曲げ、恩人であるヴェルダンディに頭を下げた。国で一番偉い自分の父が頭を下げるところを、幼いフィリップは初めて見た。
「本当にありがとう、ヴェルダンディ!」
 フィリップも改めて礼を言ったが、ヴェルダンディの後ろに立つ二人の女性が気になってすぐに顔を上げた。
「ところでヴェルダンディ、そっちの二人は誰なの?」
「はい、私の姉と妹です。こっちがウルド姉さん」
「はじめまして、可愛らしい王子様。ひとりでこっそり城を抜け出すなんて、いたずらっ子ね」
 赤い衣を着た、長身で豊満な体つきの女が前に出た。長い銀色の髪を頭の後ろで編み上げ、色気のある微笑みを浮かべてフィリップを見つめる。思わず顔が赤くなり、フィリップは慌てて視線をそらした。ウルドと名乗った女神が笑う気配を感じた。
「そして、こっちがスクルド、私の妹です。私たち、三人姉妹なんです」
「はじめまして、フィリップ殿下。ご無事で戻られて本当によかったです」
 ウルドとは対照的な青い一枚布で作った衣を身にまとった、小柄な少女が挨拶した。女神ゆえ正確な年齢はわからないが、見た目は十二、三歳に見えた。短い髪と細身の身体が中性的な雰囲気を醸し出していて、少年のようでもある。
 長女ウルド、次女ヴェルダンディ、そして三女のスクルド。女神の三姉妹は時おり人助けをしながら、地上の人々を見守っているのだそうだ。たまたまこの国に立ち寄ったところ、王子が行方不明と聞き、空を飛んで捜しだしてくれたのだ。
「ヴェルダンディ、ウルド、スクルド……みんな、僕のために頑張ってくれたんだね。本当にありがとう」
 フィリップの感謝の言葉に、女たちは三者三様の笑顔で応えた。三人の美しい女神の体は夜空の下で淡い輝きを放ち、見る者は畏敬の念を抱かずにはいられなかった。
 この日、彼を助けてくれた女神とその姉妹のことを、幼い王子は決して忘れることはなかった。

 フィリップの国が魔族の軍勢に滅ぼされたのはその十年後のことだった。国王夫妻をはじめ多くの人々が命を落としたその日、三柱の女神も人々の前から忽然と姿を消した。それが何年も続く魔族と人間の長い戦いの始まりだった。

 ◇ ◇ ◇ 

「終わりだな、勇者よ」
 勝ち誇った声が頭上から聞こえた。フィリップは冷たい床に横たわり、苦痛と敗北の無念に耐えていた。武器を失い手足は砕かれ、腹や肩の傷からは熱い血がにじみ出ていた。あばら骨も数本折れているだろう。このまま放っておかれたら死んでしまうことは間違いない。
「負けたのか、俺は……」
 フィリップは虚ろな声でつぶやいた。
 決して負けてはならない一戦だった。命を賭けた試練の末、魔族を退ける聖剣を手に入れたフィリップは、直接、魔王を討伐するため、少数の仲間たちと共に敵の本拠地である魔王の城に潜入した。激しい戦闘の中、フィリップの仲間は一人、また一人と減っていき、そしてようやく単身魔王の元にたどり着いたフィリップもこのありさまだ。
 故国を滅ぼされ、全てを失ってもなお戦い続けた。倒した魔族は数え切れない。いつしか亡国の王子は勇者と呼ばれ、聖剣を携え魔王を打倒しうる者と期待された。だが、失われた女神の力を備えた聖剣をもってしても、魔王を倒すことはできなかった。
「無念か? 勇者よ。だが悲しむことはない。しょせん人間であるお前が我に勝とうなど、夢物語に過ぎぬのだからな」
 魔王は余裕のある態度でフィリップをあざ笑った。聖剣を手にしたフィリップとの激闘を経ても、さして消耗したようには見えなかった。闇を切り取ったような漆黒の鎧にも浅黒い肌にも傷ひとつなく、禍々しい輝きを放つ長大な剣がフィリップを威圧していた。玉座に腰を下ろした堂々たる体は、人間の倍はあろうかという巨体だ。
 全ての魔族を統べる偉大なる王、オリアス。魔族一の剣の使い手でありながら魔術にも秀で、千の軍団を率いてこの地上を制圧しつつある恐るべき男だ。
 人類を守っていた三柱の女神たちも、この魔王の手により幽閉され、その行方はようとして知れない。既に彼女たちは殺されてしまったのではないかとも言われるが、フィリップは女神の三姉妹がまだ生きていると固く信じていた。
「我は巨人の末裔、オリアス。お前たち小人どもは無礼にも悪魔だ魔族だなどと呼んでいるが、本来、我々は神々と対等な存在なのだ。神々が戯れにつくった人形に過ぎぬ貴様ら人間どもが敵う相手ではない。身の程をわきまえるべきだったな、フィリップ」
「ふざけるな、貴様が神々と対等だと? 闇に隠れて生きる邪悪な連中が……俺の国に攻め込んできたときだって、太陽を恐れていたくせに……」
 フィリップは首を上げ、力をふりしぼって魔王に言い返した。口の中が切れているのか血の味がした。
「貴様は何も知らぬのだな。長きに渡り神々により都合のいい嘘を吹き込まれ、何が正しいのかもわからなくなった泥人形めが。まったく哀れなものよ」
「おのれ、神々を愚弄するか!」
「我らの祖先である巨人族は、かつてこの世界すべてを支配していた。お前たち人間が生まれるはるか以前のことだ」
「何だと……?」
 フィリップが聞いたことのない古い歴史を魔王は語った。
「だが、巨人族は突如として現れた神々に滅ぼされた。ほんのわずかに生き残った我ら巨人の末裔は、神々の支配する世で迫害され、悪魔と呼ばれ罵られた。我らは神々の手が及ばぬ地下に逃れ、再起の時を待つしかなかった……」
 魔王は淡々と述べたが、その表情には無念と怒りが感じられた。漆黒の魔剣を持つ手に力が入り、金属の軋む音が鳴った。
「我らとの戦いに勝利した神々は、やがて三人の女神を残して地上を去った。ウルド、スクルド、ヴェルダンディ。女神の姉妹たちの庇護のもと、人間たちは繁栄を極めた。だが、我らはその間にあの忌々しい女神たちを打ち破る方法を突き止めていた。お前も覚えているな? お前の国が我らに滅ぼされたあの日、いったい何が起こったのか」
「日食……」
 フィリップの脳裏にあの破滅の日の光景が蘇った。突然、太陽が影に覆い隠され、国中が大騒ぎになった途端、魔族の大軍勢が攻めてきたのだ。
「その通り。この世の全てに一瞬の夜をもたらす、数百年に一度の魔性の刻だ。地上の命の源である太陽が隠されたとき、女神たちも一時的に力を失い、無力な女に成り下がる。ほんの刹那の現象とはいえ、神々に敵わぬ我らにとっては千載一遇の機会だった。あの日、我らは女神を崇拝する貴様の国へと攻め込み、力を失った女神どもを石に変えて封印した。神々の庇護を失った貴様らは各地で敗退を続け、我らに屈服しつつある。あのとき殺し損ねた貴様が、まさか聖剣を手に入れ我を殺めにやってくるとは思わなかったがな。しかし、そのお前も敗れ、その命はここで絶たれる」
「俺を殺してもまだ仲間がいる! 貴様に立ち向かう人間たちは世界中にいるんだ。ここで俺が死んでも、いつか俺たちは必ずお前を倒し、さらわれた女神様を取り戻す!」
「ククク……フハハ、フハハハハハハハ!」
「何がおかしい!」
 高笑いをあげる魔王に、フィリップは怒りを覚えた。
「女神を取り戻す……か。まったくもって皮肉なものよ。お前の愚かな行いがかの女神たちをこの世から永遠に失わせてしまうことにまだ気づかぬとは、何とも滑稽な話だな」
「何だと !?」
「見るがいい。お前が長らく会いたがっていた女神たちを」
 魔王が片手を上げると、玉座の間の一番奥……魔王が座す深紅の椅子の背後にあるカーテンが開かれ、そこに人の形をした石像が並んでいるのが見えた。今にも動き出しそうなほど精巧にできた三体の女の像……その美しい姿を、フィリップは今なおはっきりと覚えていた。
「ウルド様! スクルド様! ヴェルダンディ様!」
 それは本物の石像ではなかった。魔王の呪いによって石に変えられた女神たちが、無念と恐怖の表情を秀麗な顔に張りつかせ、這いつくばる王子を見下ろしていた。
「ククク、感動のご対面だな」
 魔王の背後に並んだ女神たちは、初めて会ったときからまったく歳をとっていなかった。幼いフィリップが迷子になったあの日も、国が滅ぼされ逃げ延びたあの日も、そして向かい合った今も、見た目がまるで変わらない。石像と化した不老不死の三姉妹が、成長したフィリップを無言で見つめていた。
「お前の国は数百年に渡って女神を崇め奉り、この三姉妹もよくお前の国に来ていたそうだな。お前にとっては子供の頃から自分を見守ってくれた大切な存在というわけだ。女神の力が込められた聖剣をお前ごときが扱えるのも、お前がこやつらに選ばれたからだな? 並みの人間ではそうはいかぬ」
 魔王は足元に転がった聖剣に目をやった。かつて女神たちが地上を守るため鍛えあげたというその剣は、フィリップにとって勇者の証でもあった。だが、その聖剣をもってしても魔王を滅ぼすことはできなかった。
「魔王、俺はどうなってもいい! だが女神様には手を出すな! その方々を元の姿に戻せ!」
「そんな不当な要求をしてのけるとは、人間は我が思っていた以上に愚昧で不遜だな。我がこれからなすべきことはその反対だ。出てこい、ライラ、プルム!」
 魔王が指を鳴らすと、闇の中から二人の魔族が姿を見せた。人間ではありえない青い肌に紫色の髪、血のように真っ赤な目を持つ邪悪な魔物……サキュバスと呼ばれる女たちだった。
「あらあら……あれほど私を手こずらせた勇者様が、みっともなく床に這いつくばっちゃって。とてもいい姿ね。おむつでも替えてあげましょうか?」
「ライラ、貴様……!」
 フィリップは怒りの表情で女をにらんだ。露出度の高い革のボディスーツに身を包み、背中からは一対の黒い翼、尻からは細く長い尻尾を生やした魔族の女の名前はライラ。魔族の大幹部で、フィリップが何度も刃を交えた相手だった。魔王ほどではないが人間男性のフィリップに匹敵する長身で、危険な色香を纏う豊満な肉体の淫魔である。
「ふーん、あんたが勇者? 顔は悪くないけどあっさり陛下にやられちゃったし、大したことなさそうね。ママもどうしてこんなのに苦戦したんだか」
 もう一人のサキュバスがフィリップをあざ笑った。こちらは人間で言えば七、八歳の女児で、小さく華奢な体格を除けばライラによく似ていた。
「あたしはプルム。ママの娘で、将来は魔族の幹部間違いなしの天才よ!」
 プルムと名乗った小さなサキュバスは誇らしげに胸を張った。どうやら彼女はライラの娘らしい。くりくりした赤い目が印象的な、いかにも生意気そうな淫魔だった。
「ライラ、プルム、愚か者の勇者を嘲るのもいいが、その辺にしておけ」
「はーい、陛下。いよいよ始めるんですね?」
「その通り。お前たちにはこれから大事な役目を果たしてもらう。来るのだ」
 フィリップの反撃の手段を封じるためか、魔王は床に転がった聖剣を拾い上げると、二人のサキュバスを従えて歩きはじめた。フィリップの方へ来るのではなかった。その反対側、玉座の後ろに向かっていた。
 フィリップは疑問に思った。無様に敗北した彼をいつでも殺せるはずなのに、魔王は彼にとどめを刺そうとしない。虜囚にするつもりだろうか? 魔族に洗脳されて人類の敵になるくらいなら今すぐ自害する気だったが、もはや魔王は虫の息の彼に大した興味を示さなかった。
 やがて、魔王は女神像の傍らに立った。女神の三姉妹の長女、ウルドは三人の中で一番背が高く、見た目は人間の二十代といったところか。大きな一枚布を縫い合わせた衣装は腰を革のベルトで留められ、両腕と首元は剥き出しだった。鮮やかな色だったであろう衣も、繊細な素肌も、後頭部で編んだ美しい髪も、今は冷たい灰色の石に変わり果てていた。
「勇者よ、なぜ我らがこの三人を石にして封じ込めたのかわかるか? いつか復活する危険を考えれば、ほんの一時封じるのではなく、あの場で殺してしまうのが我らにとって最良の選択のはずだ。そうだな?」
 魔王は語り、苦虫を噛み潰したような顔になった。「だが、それはできなかった。たとえ陽が隠れ力を失っていようと、女神の肉体は不死だったからだ。巨人の末裔たる我の力をもってしても、石に変えて封じ込めるのが精一杯だった」
「女神様はまだ生きている……」
 フィリップは安堵した。今の魔王の言葉が正しければ、女神たちが魔王に命を奪われることはない。いつかは石から解放され、再び以前のように人類を守ってくれるはずだった。
「女神を殺すことはできぬ。今は石と化しているが、こやつらはまだ生きている。いずれ訪れる復讐の時を、虎視眈々と狙っている。だが……それもようやく終わりだ。勇者フィリップ、貴様のおかげでな」
「俺の……? どういうことだ」
 眉をひそめるフィリップの前で、魔王は一振りの剣を掲げた。それはフィリップが魔王を倒すために持ってきた聖なる剣だった。
「聖剣だよ。女神によって鍛えられたこの剣は、我らにとって恐るべき脅威であると同時に、地上で唯一、女神の体を傷つけうる武器でもある。だから皮肉だと言ったのだ。今からこやつらは、自らの力を宿した剣に斬られるのだからな」
「何だって !?」
 魔王の言葉に、フィリップの全身の毛が逆立った。自分が魔王を倒すために探し出した聖なる剣が、まさか女神を傷つけることのできるたった一つの武器だとは。魔王の意図が初めて明らかになり、フィリップは戦慄した。魔王は聖剣を用いて女神を殺すつもりなのだ。
 道化。それが今のフィリップを表すのに最も適切な言葉だった。この世界を司る女神を救うために探し求めた聖剣が、反対に女神を殺す刃となって敵に利用されるのだ。戦いに敗れたフィリップの目の前で、三人の女神は石にされたまま魔王によって殺される。悔やんでも悔やみきれない結末だった。
「それだけはやめろ! 殺すなら俺を殺せ、魔王!」
「貴様はそこでただ見ているがいい。全てが終わったあとでじっくり時間をかけて殺してやる」
 傷の痛みに耐えて立ち上がったフィリップに、魔王は束縛の魔術を放った。床から伸びる黒い魔力の綱が、フィリップを雁字搦めにした。無力なフィリップは再び床に倒れ伏し、羽をもがれた虫のようにもがき苦しんだ。今の彼にできることは、女々しく大声で叫ぶことだけだった。
 魔王はそんなフィリップには目もくれない。聖剣がウルドの首にあてがわれた。
「ライラ、プルム、どちらが先にする?」
「じゃあ、あたしからお願いします。うう、緊張する!」
「では始めよう。むん!」
 魔王は剣を振るい、ひと太刀でウルドの像の首を刎ねた。不老不死の女神の首は、いとも容易く胴体から切り離されて冷たい床に転がった。石になっているためか、血の一滴も流れなかった。
「ククク……さすがは聖剣よ。素晴らしい切れ味だ」
「うわああああっ!」
 フィリップは絶叫した。この世に秩序と安寧をもたらす女神が、目の前で魔族の手にかかってその命を奪われたのだ。
 国を滅ぼされたフィリップが夢見ていたのは、このような光景ではなかった。女神の加護を受けた聖剣、信頼できる仲間、そして魔王を倒せるはずの力……長い時間をかけ、血のにじむような努力を重ねて得た全てを、フィリップは失ってしまった。女神を助け人類を救うための旅の終わりとしては、残酷すぎる結末だった。
「ではプルム、お前の番だ。我が始祖たる巨人よ、力を貸せ! この者に永遠の大地の呪縛を!」
 取り乱すフィリップの目の前で、魔王は石化の魔術を使ってプルムを石にした。忠実な部下を石に変えてどうするつもりなのだろうか。
 続いて、魔王の剣が石像と化したプルムの首を刎ねる。満面の笑みを浮かべた幼いサキュバスの首が落ち、母親のライラの腕の中に収まった。
(なんだ、いったい何をしようというんだ……?)
 激しく動揺しながらも、フィリップの心の一部は冷静に事態を分析していた。ただ女神を殺すだけならわざわざ部下を斬る必要はない。何か別の狙いがあると疑うべきだった。
 娘を主君に殺害されても、ライラに慌てた様子はなかった。プルムの首を大事そうに抱えて、ライラは首を刎ねられた女神像に歩み寄った。そして、幼いサキュバスの頭部をウルドの胴体の上に載せた。青白い魔力の光が煌めき、プルムの首はウルドの体に繋がった。
 いったい何をしているのか。女神の遺体を弄んでいるように思えて、フィリップは心底、怒りを覚えた。
 ところが、その怒りはすぐに驚愕へと変化した。
「我が始祖たる巨人よ、力を貸せ! この者を呪縛から解き放て!」
 魔王が再び呪文を唱えた。すると灰色の石と化していたウルドの体が鮮やかな色を取り戻し、硬直していた四肢に血が流れはじめた。
 フィリップは気づいた。魔王が用いたのは石化解除の魔術だったのだ。それ自体はフィリップも何度か見たことがあった。しばしば邪悪な魔獣によって仲間が石に変えられることがあり、そのたびに街の魔導師や神官に依頼してこの魔法をかけてもらい、元に戻してもらったものだ。
 だが、問題はなぜ魔王が今その魔術を使ったのかということだ。石と化した女神を元の姿に戻す。本来であれば諸手を挙げて喜ぶべき事態のはずだ。フィリップは今までそのために戦ってきたのだから。
 石化を解除され血色を良くした女神は、自分の体を確かめるようにゆっくりと四肢を動かした。そして動作に障害がないことを確認し、自由になった長い脚で力強く床を踏みしめた。
「ふーん、これが女神様のカラダか。不思議な感じね」
 女神の体を持つ女がつぶやいた。
「あああ……! そ、そんなバカな……」
 ありえない出来事を目にして、フィリップは恐れおののいた。
 解放されたウルドの首はプルムのものと挿げ替わっていた。真っ赤な衣をまとった白い肌の女神の肩に、肌の青いサキュバスの生首が我が物顔で鎮座していた。首から下は成熟した艶やかな女神の体、そして首から上は幼い淫魔。全人類と神々とを冒涜する姿の女がそこに立っていた。
「でも、やっぱり神族の体ね。凄い力を秘めてるのがわかるわ。こんなにいいカラダがあたしのものになるなんて、とってもいい気分」
 自分のものになった女神の体を馴れ馴れしく撫で回し、プルムは微笑んだ。もはや彼女は小さな黒い翼と尻尾を生やした悪魔の娘ではなかった。頭部以外の全身からほのかな光を放つ神聖な存在だった。
「うむ、無事に繋がったか。確かめておくが、お前は何者だ?」
「あたしはプルム! 陛下に憧れる魔族の天才美少女でーす!」
 サキュバスの頭を持った女神の返答に、魔王は満足そうにうなずいた。
「うまくいったようだな。いかな強大な力を誇る女神の肉体と言えども、体を動かす頭を失い、別の頭を繋ぎ替えられてはどうにもなるまい。これからはお前がその体の主だ、プルム。その女神の力を我に貸せ」
「はい、陛下! いえーい、あたし女神になっちゃった! これって地上最強じゃない !?」
 喜びのあまり飛び跳ねるプルムから視線を外し、魔王は振り返った。そこに立っているのはプルムの母親であるライラだった。その隣には三姉妹の末娘、スクルドの石像がある。姉たちとは違って髪の短い、小柄で中性的な雰囲気の少女だった。
「次はお前だ、ライラ。覚悟はいいな?」
「はい、陛下。喜んで」
「やめろ、やめてくれええっ!」
 フィリップの叫びは届かない。魔王は同様にしてライラを石に変え、聖剣を振るってライラとスクルドの首を挿げ替えてしまった。女神の三女の体が色を取り戻し、青く染められた衣が光を浴びて輝いた。
「フフフ……これが新しい私の体? 悪くないわね」
 首から下がスクルドの体になったライラは、自分のか細い腕を眺めて感嘆の声をあげた。三姉妹の末子であるスクルドは、十代前半の少女の見た目のまま永遠に歳をとらない。女というより少女と呼ぶべき小柄な女神の肉体を支配しているのは、子持ちのサキュバスの頭だった。
 ライラの首を繋げられたスクルドは、新しい所有者の思う通りに回転し、ジャンプし、ステップを踏んだ。人類を守護する女神の肢体は、完全に魔族の大幹部のものになっていた。
「三姉妹の中じゃ幼く見えるけど、さすがは女神ね。恐ろしいほどの力を感じるわ。この強大な力が私のもの……ウフフ、たまらないわ」
「そっちもうまくいったみたいね、ママ。その体、よく似合ってる!」
 自分の体の具合を確かめるライラのもとに、プルムがやってきた。ライラは己より頭一つ分は背が高いプルムを見上げ、プルムは反対にライラを見下ろす。二人は見つめ合い、女神の体を奪取した喜びを分かち合った。
「ありがと、プルム。でも、体を取り替える相手を逆にするべきだったわね。これじゃ、私はあなたの妹になっちゃうわ」
 ライラは冗談めかして言った。今のライラにとってプルムは首から上は実の娘であり、首から下は実の姉となる相手だった。体格から言っても年齢の上下からしても、ライラが姉のウルド、プルムが妹のスクルドの体になった方が似合っているに違いない。
「まあ、いいじゃない。気にいらないなら、また陛下にお願いして体を交換してもらえばいいわ。それまではあたしのことをお姉ちゃんって呼んでね、ライラ」
 両手を腰に当てて豊かな乳を揺らし、母親だった相手を茶化すプルム。強大な女神の力を得て高揚しているのか、心の底から楽しそうだった。
「二人とも、まだ仕事が残っている。ここに来い」
「はーい、陛下」
 魔族に奪われた二人の女神の体が魔王の前にひざまずいた。巨人を滅ぼし、人間の繁栄を約束するはずの女神たちの体が、今や巨人の末裔である魔王に従っているのだ。その重大さはこの世界にとってはかり知れなかった。
 魔王は唯一残った女神、ヴェルダンディの像の前に腰を下ろすと、元サキュバスの女たちに聖剣を手渡した。
「最後の確認だ、ライラ。石化は解除できるな?」
「はい、陛下。ご安心を」
「うむ、では遠慮してくれるなよ。我が始祖たる巨人よ、力を貸せ! 我に永遠の土の呪縛を!」
 あろうことか自らに石化の魔術をかけ、人類の仇敵は硬い石像と化した。その首は最後の女神ヴェルダンディと共に刎ねられ、ふた組の女と同じように挿げ替えられた。
「魔王! まさか自分が女神様に……!」
 顔から血の気が失せるフィリップの前に、黄金のドレスを身にまとった女が立っていた。神々しい光を放つその体を動かしているのは、精悍な顔の魔族の男だった。フィリップがこの世で最も殺したいと思っている相手だった。
 今の魔王の首から下は、まばゆい金色の衣装を身に着けた若い女神の体になっていた。すらりと長い手足に、ところどころ丸みを帯びた年頃の女のボディライン。開いた胸元からさらけ出した白い素肌を、金のネックレスが飾っている。ウルドの体に負けず劣らずの魅力的なプロポーションだが、男の首が載っているせいで、他の二人の女神よりはるかに奇妙な外見だった。
「ご苦労だった、ライラ。これがヴェルダンディの体……やはり凄まじい魔力を秘めているな」
「やりましたね、陛下。これで女神どもの力は全て私たちのもの。もはやこの地上に恐れるものは何もありません」
 涙ぐんで魔王に祝福の言葉をかけるライラ。
「しかし、いくら神とはいえ、女の体になるというのは恥ずかしいものだな。こんな姿、他の部下には見せられぬ……」
 アンバランスな己の姿にさすがに羞恥を感じるのか、魔王が一瞬、赤面した。その隣でプルムがはしゃぐ。
「やったやった! あたしたち、三人仲良く女神になったのね! あたしが長女で、陛下が次女。ママだったライラは二人の妹! 素敵、夢みたい!」
「悪夢だ……いや、夢なら早く覚めてくれ……」
 フィリップの心を絶望が覆っていた。彼が助けようとしていた三人の女神たちは彼が望んだ通りに石ではなくなり、輝かしい生身の体を取り戻していた。ただし、全員が魔族の首と挿げ替わって。
 ウルド、スクルド、ヴェルダンディ。長年、地上の人類たちを守っていた女神たちは、いずれもその肉体と力を魔族に奪われてしまった。人々にとっては女神の加護がなくなるどころか、その女神が敵となるのだ。青息吐息で辛くも魔族への抵抗を続けている人間たちは、たちどころに滅ぼされてしまうだろう。
 破滅が訪れる。フィリップの長い旅はここで終着点を迎え、全てが終わろうとしていた。
 幼い頃、迷子になったフィリップを迎えに来てくれた女神の体を奪った魔王は、再び玉座に腰を下ろし、長い脚をこれ見よがしに組んでみせた。ドレスの裾から伸びる艶めかしい脚は、今や魔王の所有物だ。
「さて……これで目的は達したわけだが、呆気なさすぎて少々退屈だな。せっかくこの世で最も強い力を手に入れたのだから、ぜひとも試してみたいものよ」
 ヴェルダンディのものだった繊細な手がドレスの上から豊かな己の乳房を揉みしだき、魔王は顔をほころばせた。口では恥ずかしいと言いつつも、美しい女神の肉体を奪って興奮しているのかもしれない。
 彼女の玉座の周りには首のないサキュバスの親子と魔王の体、女神の成れの果てである三つの石の生首が転がっていた。見るも無残なありさまだった。
「こいつめ! よくも今まであたしたちをいじめてくれたな!」
 プルムはむっちりとした脚を上げ、ウルドの頭を踏んづけた。女神の足に踏まれているのは同じ女神の頭だった。硬い石の生首はそれで傷がつくわけでもなく、プルムの足の裏を舐める屈辱に甘んじていた。石化の瞬間を捉えた苦悶の表情がよく似合っていた。
「待て、プルム。一つ余興を思いついたぞ」
「余興?」
「うむ。まあ、見ておれ」
 魔王はウルドの首を持つと、その首を床に横たわるプルムの胴体に繋げてしまった。何をしようとしているのかは明らかだった。女神の体が力を発揮し、石になっていたウルドの首は元の美しい姿を取り戻した。
「私は……ここはどこ? どうして元に戻ったの?」
 目を開いた女神は、己の身に起きた変化をいまだ理解していなかった。女もののドレスを身に着けた艶めかしい体つきの魔王が目の前に立ち、小さな子供のサキュバスとなったウルドを見下ろした。
「お目覚めか、ウルド。自分の体をよく見るのだな」
「え? ……いやああああっ! な、何よこれっ!」
 ウルドは金切り声を発した。不老不死であるはずの女神の首から下が、青い肌の魔族の幼女のものへと変わり果てていた。女神の動揺を反映してか、蝙蝠を思わせる黒い翼と尻尾が激しく動いた。
 この世で最も神聖で高貴な存在である女神の手足と胴体が奪われ、代わりに未熟な淫魔の肢体が合体していた。元の彼女と比べて頭ふたつ分は背丈が縮み、大人の女の頭部が大きすぎてアンバランスに見える。強靭な精神を有する女神と言えど、これではたまらない。
「何よこれっ! どうしてこんな体になってるの !?」
「喜んでいただけたようで何よりだよ、ウルド。私は巨人の末裔、オリアス。覚えているだろうが、日食により力を失ったあなた方を石に変え、長年ここに捕らえていた者だ。そして今、我々はあなた方の大事なものを奪った」
 女神ヴェルダンディの胴体の上で、魔族の男の生首がそう説明した。その左右には女神ウルドと首を挿げ替えたサキュバスの少女、そして女神スクルドと頭を交換したサキュバスの母親が並んでいた。
「あなたたち、その格好は……まさか、私たちの体を !?」
「ご明察だ。この聖剣の力を借りて、決して傷つけられぬはずのあなた方の首を刎ねた。そして首から下の体だけを、我らが貰い受けたというわけだ。フハハハハ……!」
 首から下が若い女の体になった魔王は高笑いをして、ウルドの反応をうかがった。首から下が悪魔の幼女の体になった女神の長女は、情けなくぶるぶる震えて、絶望を噛みしめていた。
「そんな……この私が邪悪な小悪魔の体になってしまうなんて、ありえないわ」
「ウルド様、申し訳ありません……」
「フィリップ! あなた、私たちを助けに来てくれたの !?」
 玉座の下に倒れて動かぬ勇者の姿を見て、女神だったサキュバスは事情をのみ込んだようだった。
「申し訳ありません。俺が不甲斐ないばかりに魔王に敗れ、聖剣を奪われてしまいました。こんなことになったのは全て俺のせいです。死んでもお詫びができません……」
「謝ることはないわ。あなたは私たちのため、人々のためにここまで戦ってきたのでしょう? 私たち姉妹はみんな、あなたには力があると信じていた。神々が持たない、わずかな間に大きく成長する希望の力が……」
 ウルドの表情に王子への感謝の念はあれど怒りはなかった。ただ無力な自分を悔いているようだった。
 フィリップとウルドの再会を尻目に、女神となった悪魔たちは次の作業に取りかかっていた。今度はスクルドの頭がライラの胴体と結合させられ、新しい命を吹き込まれる。
「うう、ここは……いったい何がどうなったの?」
 この場の女性で一番の長身かつ巨乳、極端に布地の少ない革のボディスーツを身に着けた青い肌のサキュバスのボディに、年少の女神の頭が繋ぎ合わされていた。光沢のあるロングブーツのハイヒールに慣れないのか、床を踏みしめてよろめくと、子供の頭ほどもある巨大な乳房が大きく揺れた。首から下は子持ちのサキュバスの体だが、首から上は神々の中で最も若い女神の少女だった。
「な、何なのこれ……私、どうしてしまったの !? なんでこんな体になっているの !?」
 両手で顔を覆うと、自身の長く真っ赤な爪がスクルドの柔らかい頬にめり込んだ。不死の女神の顔ゆえ血が流れることはないが、肉を深く引っかく爪が跡を残した。
「スクルド、聞いて。私たち、魔族に体を奪われてしまったの」
「ええっ !? ね、姉さん !?」
 姉であるウルドの姿を認め、一瞬の安堵ののち驚愕と恐怖に襲われるスクルド。変わり果てた姿の姉に事情を聞かされ、がっくりと肩を落とした。
「そ、そんな……こんなの嘘よ……」
「スクルド、ごめんね。私、あなたたちを守れなかった。こんなことになってしまったのは、長女である私の責任よ……」
「ウルド姉さん! うわあああっ」
 スクルドは耐えきれなくなって泣き出し、ウルドの小さな体を抱きしめた。ウルドは対照的に穏やかな笑みを見せ、泣き喚く妹を慰めた。
 それは先ほどとは正反対の光景だった。今のウルドにとって、スクルドは妹の頭と母親の胴体を有する存在だった。女神の頭を繋げられたサキュバスの母親が子供のように涙を流し、幼い娘の体に抱かれて頭や背中を撫でてもらっているのだ。奇怪で奇天烈な姿だったが、フィリップはそれを滑稽だとは思わなかった。
「ククク……睦まじい姉妹の再会は感動的だな。さて、諸君。これを見てほしいのだが」
「ヴェルダンディ !?」
 妹を抱擁していたウルドが険しい顔になった。魔王の頭部を有するヴェルダンディがその手に持っていたのは、石になって動かないヴェルダンディの生首だった。
「そう、あなた方の姉妹の首だ。余興のため、あなた方と同じように別の体と繋げたうえで、石化を解除して差し上げたいのだが……生憎と、残るは我の体のみ」
 魔王は傍らに跪く、自分のものだった体を顎で指した。「女神の力を得た我らには、もはや恐れるものは何もない。しかし、首のない我の体をこの女にくれてやるのは気が進まぬ。魔力こそ女神に劣るが、巨人の末裔たる屈強な王の肉体だからな。へたに刃向かわれ、万が一にも遅れをとることがあってはたまらぬ。さて、ではこのヴェルダンディの首はいかにすべきか?」
「元に戻しなさい! 私たちの体を返して、人々と共に生きる道を選ぶのよ!」
 ウルドの心はまだ折れていなかった。懸命に魔王を説得し、地上の人間たちを守ろうとしていた。たとえそれが何の意味もない、無駄な試みであったとしても。
「それができたらいいのだがね……遥か昔から、神々は我らにとって不倶戴天の敵だ。そして愚かな人間たちもな。何があろうと、この女神の体を返してやるわけにはいかない」
「でも……」
「そこでだ。この女のために新しい体を用意してやろう。女神にふさわしい立派な体を」
 魔王は右手を掲げ、虚空に魔法の円を編み上げた。魔物を召喚するための陣のようで、すぐに一匹の生き物がその中から姿を現す。出てきたのはなんと大蛇だった。
「ひっ……!」
 生理的に嫌悪しているのか、蛇を見たスクルドが青ざめた顔で一歩退いた。大人の腕ほどの太さを持ち、長さは人の背丈の倍以上あるだろうか。大きさによっては大型の動物でさえ捕食してしまう危険な存在だが、これはフィリップが今まで戦ってきた翼ある蛇や多頭のヒドラとは異なり、邪悪な力を持たない平凡な蛇のようだった。
「さあ、ご覧あれ。不老不死の女神にふさわしい、不死の象徴である生き物の体をくれてやる」
「そんな……! そんなの絶対に許されないわ! やめなさい!」
 ウルドは魔王を制止したが、それは強制力が一切なかった。彼女たちの目の前にいるのは、現在、この世で最も力のある三人だ。サキュバスの体でどうにかできる相手ではない。
 魔王は蛇の首を刎ね、代わりにヴェルダンディの首をあてがった。石化を解かれた女神の首は、爬虫類の心臓から血流を得て意識を取り戻した。切られて舞った金色の髪が何本か、灯りを浴びてきらめいた。
「う、ここは……? 私はいったいどうなって……い、いやああああっ !?」
 自分の身に何が起こったのかを悟り、ヴェルダンディは絶叫した。頭だけが女神のものになった巨大な蛇がのたうち回った。
「へ、蛇……どうなってるの !? 私は夢を見ているの? いやあああっ」
 もはや女神の矜持や威厳はどこにもなかった。そこにいたのは人型ですらない蛇の化け物だった。いくら美貌の女神とはいえ、このような醜い姿ではとても人前に出られないだろう。三姉妹の体を奪った魔族たちは、かつての栄光からは想像もできない醜態を演じる女神たちを物笑いにし、彼女らの顔が悲嘆と絶望に歪むのを大いに楽しんだ。
「魔王、許さない! 私たちはお前を絶対に許さない!」
 気丈なウルドは涙を流して魔王をにらみつけたが、首から下が幼いサキュバスの体になってしまった元女神に対抗する手段は残されていなかった。
 そんなウルドの眼前にプルムがやってきた。恵まれた体格の女であるプルムが、貧相で華奢な体のウルドを余裕綽々の表情で見下ろした。
「アハハハ……許さないって言ったところで何もできないじゃん。あんたのご自慢の体は、そっくりそのままあたしがいただいちゃったんだから。ほーら、可愛いお子様を抱っこしてあげる」
「は、放しなさい!」
 女神の赤い衣を身にまとったプルムが、小さなウルドを抱き寄せた。それは若い女神が慈愛に満ちた仕草で幼い悪魔を抱き抱えているようにも見えた……互いの頭が入れ替わっていなければ、だが。
 プルムのものになった豊かな乳房が、ウルドの顔を押し潰した。貞潔で誇り高い女神の体は今や頭部を除いて全て、サキュバスの女児の所有物になっていた。プルムは苦しむ女神を嘲るかのように、ウルドをきつく抱きしめて苦しめるのだった。
「フフフ……あなたも新しい体を気に入ってくれたかしら、スクルドちゃん? こんなに大きなおっぱいになって、本当に羨ましいわあ」
「ああっ、ダメ! や、やめなさい!」
 背後に回り込んだライラにはちきれんばかりの乳をわしづかみにされ、スクルドはうめいた。十代前半の少女の姿だったスクルドの現在の肉体は、男の情欲をそそってやまない、ふくよかなサキュバスのそれだった。人間離れした青い肌を革のボディスーツで申し訳程度に覆い、胸や腿の肉づきがより強調されている。ブーツの高いヒールが、不慣れな体の重心をより不安定にさせていた。
 ライラの悪行はそれにとどまらない。白魚のような女神の指をスクルドの股間に伸ばし、ボディスーツの隙間から秘密の花園を探索しはじめたかと思えば、今度は臀部から生える長い尻尾を思い切り引っ張ってみせる。女神は苦悶のうめきを発した。
「い、痛いっ! これが尻尾の感覚……? 痛いからやめてえっ」
「人間や女神には尻尾がついてないんだったわね。どう、サキュバスの体も悪くないでしょう? 特に尻尾のこの辺りをこうすると、とっても気持ちがいいのよ」
 陰湿に笑うライラの指が、矢じりの形をした尻尾の先端を優しくしごいた。かん高い声をあげて背筋を反らすスクルド。未知の感覚に悶える彼女を見て、ライラの笑みがますます深くなった。
 プルムに肉体を奪われ、玩具にされるウルド。ライラに身体を盗まれ、弄ばれるスクルド。女神の姉妹はそれぞれ淫魔の女に力と体を掠め取られ、抗うことはかなわない。そして、魔族どころか蛇の化け物になってしまったヴェルダンディ。長きに渡って魔族に恐れられた女神の三姉妹は、もはや無力で哀れな生け贄の羊でしかなかった。
「いいぞ、その表情。我らの仇敵が絶望に喘ぎ、無様に泣き喚いて許しを乞うさま……素晴らしい。神々と人間どもの忌々しい世もこれで終わりよ。世界は我ら巨人とその眷属のものとなった!」
 勝ち誇った魔王はウルドとスクルドの惨状を交互に眺め、古き時代の終結を宣言した。これからは人類も神々も地上から消え去り、かつて魔族と呼ばれた彼ら巨人族の世が始まるのだ。
 何年も魔族と戦ってきたフィリップたちの勇気と努力、友情と団結は、人類を救うどころか結果的に滅亡を招くことになった。最も敬愛する女神たちを目の前で蹂躙され、亡国の王子は魂が砕け散りそうな思いだった。いっそ殺してくれたら楽になるのに……だが、魔王たちは嘆き悲しむフィリップと元女神たちを酒の肴にしていた。おそらく楽には死なせてくれないだろう。もはやどうすることもできず、フィリップはただ冷たい床に這いつくばっていた。
「さあ、女神たちよ。醜く足掻いて我をさらに楽しませるのだ。我らが祖先の代から貴様らに抱いてきた積年の恨み、この程度では晴らされぬぞ」
「誰が、あなたの望み通りになどするものですか! 早く私たちを殺しなさい!」
「愚か者め、そう簡単に殺すはずがなかろう。貴様らを完全に屈服させ従えてこそ我らの溜飲が下がるというもの。心の底から我に服従させてやるぞ、ウルド」
「そんなこと、絶対にありえません! あなたなんかに従うなんて……」
 女神の顔を持つ魔族の娘は突っぱねたが、魔王は意にも介さない。両手を挙げて何やら呪文を唱えると、禍々しい輝きがその手から溢れ出した。
「これが女神の力か、想像以上だ。ククク……さあ、試させてもらうぞ」
 豪奢な黄金のドレスを着た魔王の手から黒い稲妻が迸り、ウルドとスクルドの身体を打ち据えた。二人は悲鳴をあげて倒れた。
「女神様っ!」
 フィリップは叫んだが、幸い二人の体は大したダメージを受けていないようだった。見た目には肌が焼けたり傷ついていたりするようには思えない。二人はおもむろに起き上がると、魔王の前に肩を並べて直立した。
「女神……様……?」
 フィリップは不審に思った。明らかにウルドとスクルドの様子がおかしかったからだ。とろんとした目からは意思の力が感じられず、常に引き締められていた唇も、今はだらしなく開いている。まるで操り人形のようだった。
「ククク……女神の力を得た我には、こやつらの心を掌握するのも容易なことよ。何ものにも傷つけられぬ神族の頭であっても、魔力なくしてその心を守ることはできぬ。反抗の意思を根こそぎ奪って我の傀儡にしてくれる」
「ウルド様、スクルド様っ! お気を確かに! しっかりしてください!」
 フィリップの声が二人に届いた気配はなく、ウルドとスクルドはただ魔王の前に立ち尽くしていた。光を失い濁り切った目の色が、フィリップの不安をかきたてた。
「私は誰……? 何もわからないの……」
「私も、自分が誰なのかもわかりません……」
 それまでとはうって変わってぼんやりした二人の話し方に、ライラとプルムは驚いたようだった。
「すっごーい! いったいこいつらに何をしたんですか、陛下?」
「記憶を封印した。今のウルドもスクルドも、もはや自分が何者なのか覚えておらぬ。赤子のようなものだ。今から我の言葉を刷り込んで、都合のいい人格をつくりあげる。そうなれば、この二人は心から我に従うようになるだろう」
「さすがですわ、陛下。愚かな女神どもを身も心も服従させる素晴らしいお考えです」
「ハハハ、褒めるのはまだ早いぞ」
 部下たちにおだてられた魔王は少々得意げな顔になり、ウルド、スクルドと向かい合った。
「我がお前たちの主人、この世の支配者となったオリアスだ。我の声が聞こえるか? 聞こえるのであれば右手を掲げよ」
「はい、ご主人様……」
 ウルドとスクルドの右手が同時に上げられ、二人の女神が忠実な魔王の部下に成り下がったことを知らせた。
「我の言葉は絶対だ。疑うことは許されぬ。お前たちの名はウルドとスクルドだ。わかったな、二人とも」
「はい、ご主人様。私はウルド……」
「私はスクルド……」
 二人の女神は、あたかもたった今そう名づけられたかのように己の名前を拝領し、主人である魔王に感謝の笑顔を見せた。子供の頃から慕う女神たちの心が凌辱されるさまに、フィリップは胸が張り裂けそうな思いだった。
「お前たちは人間ではなく、ましてや神族などでもない。自分が何者かわかるか?」
「わかりません。この青い肌の色、それに黒い翼と尻尾は確かに人間でも神でもないようですが……」
「お前たちはサキュバスだ」
 自らの存在を疑問に思う二人に、魔王は解答を与えてやった。「サキュバスがどういうものかは知っているか? 人間の精をすすり甘い夢を喰らう魔物だ。お前たちは人間の雄を誘惑し交わることで命を吸い取るサキュバスなのだ」
「私はサキュバス……人間を誘惑して精をすする魔物……」
 記憶を操作されたウルドとスクルドの脳に、新しい自分の定義が書き込まれる。女神の力を以て洗脳を試みる魔王に、力を奪われた彼女たちが対抗するのは極めて困難だった。
「そうだ、お前たちはサキュバスの親子だ。スクルドが母で、ウルドが娘。普段は仲のいい親子だが、男を前にするとお互いを競争相手と強くみなし、相争って男の精を奪い合うのだ」
「私はウルド、サキュバスの娘……スクルドお母さんは男の精を奪い合うライバル……」
「私はスクルド、サキュバスの母……娘のウルドは男の精を奪い合うライバル……」
 生まれたての雛鳥が親の行動を真似るように、二人の女神は魔王の言葉を何度も反芻した。
「二人とも、魔王のでたらめな話など聞いてはなりません! やめろ魔王、これ以上お二人を弄ぶな!」
 必死で女神たちを説得するフィリップに、二人の元女神が視線を向けた。ようやく自分の声が届いたのかと安堵するフィリップに、ウルドとスクルドが緩慢な足取りで近づいてきた。
「ウルド様、スクルド様……目を覚ましてくださったんですね。よかった」
「はあ? あんた何言ってんの?」
 ウルドの発した声に、フィリップは耳を疑った。這いつくばったその腹を思い切り蹴飛ばされ、フィリップの呼吸が乱れた。
「ううっ !? げほ、げほっ、何をするのですか……」
「うるさいわね。あんたは黙って私たちにチンポを差し出せばいいのよ。しょせん人間なんか私たちサキュバスの餌に過ぎないんだから」
「ウ、ウルド様…… !?」
 フィリップの顔が青ざめた。魔王に心を歪められた女神は、今や自分をサキュバスだと思い込んでいるのだ。
「あらあら……ダメよ、ウルドちゃん。あんまり痛めつけると、おチンポが勃たなくなっちゃうわ。私のカラダ、もうザーメンが欲しくて欲しくてたまらないんだから、早くこの人間のおチンポを勃たせないと」
 中性的な顔立ちの女神の少女は巨大な青い乳を左右に揺らして、獲物を見る肉食獣の表情でフィリップににじり寄ってくる。こちらもウルドと同じく、魔王に記憶を操作され身も心も邪悪な魔物に変わり果てていた。 「ちぇっ、しょうがないわね。ほら、あんた、早くチンポ出しなさいよ」
「ふふふ……よく見ると結構可愛い顔をしてるじゃない。私好みの男の子ね。たっぷりと可愛がってあげる」
 ウルドとスクルド。女神の姉妹ではなくサキュバスの親子になってしまった二人は、フィリップの鎧や衣服を剥ぎ取ると、傷ついた体を隅々まで舐め回した。
「お、おやめください! あなた方はサキュバスなどではなく女神様! 人類を導くために神々から遣わされた女神の三姉妹なんです!」
「三姉妹? 嘘つくんじゃないわよ。私たちは親子なんだからね。それに、三姉妹ならあと一人はどこにいるっていうのよ?」
「ほら、あちらにもう一人の姉妹であるヴェルダンディ様が……!」
「ヴェルダンディ?」
 ウルドがわずらわしげな様子でフィリップの視線の先を見ると、首から下が大蛇になった女の化け物が泣きながら床を這いずり回っていた。ウルドは機嫌を損ねて唾を吐いた。
「何言ってんのよ。あんな気持ち悪い蛇の怪物が私と姉妹なはずがないじゃない。妙な嘘をついて逃げようたって、そうはいかないわ。あんたはただチンポを勃たせてりゃいいの!」
「そうね、ウルドちゃん。お母さんも蛇はとっても嫌いなの。これ以上アレが近づいてきたら、いったいどうしてやろうかしら……」
「そ、そんな……あれほど仲の良かった三姉妹なのに……」
 英雄と謳われた王子の視界を絶望の闇が覆い隠した。
「ゲホ、ゲボッ!」
 張り詰めていたものが切れ、フィリップの喉を熱いものが通り抜けていく。黒みを帯びた血の塊を吐き出し、勇者はうめいた。致命傷を負った彼に残された時間はわずかだった。敵に洗脳された女神たちに看取られここで息絶えるのがフィリップの最期になりそうだった。
(俺は……何のためにここまで来たんだ。こんな死に方をするためか?)
 故国を滅ぼされた王子は無念の涙を流し、冥界から迎えが来るのを待った。
「やだ……この男、もう虫の息よ。お母さん、どうしよう?」
「この傷じゃすぐに死にそうね。せっかくおチンポハメてもらおうと思ったのに、残念だわ」
 サキュバスと化した女神の姉妹が悔しがっていると、女神になったサキュバスの母娘が近づいてきた。
「あなたの命もここで終わりかしら、フィリップ? 思えば、あなたとは長い付き合いだったわね。何度あなたを殺そうとしてしくじったことか」
 ライラはスクルドから奪った華奢な脚でフィリップの体を転がし、仰向けにした。魔族の幹部であるライラとは幾度も刃を交え、殺し合ったものだ。
「ふん、地獄の底でお前が来るのを待っていてやる……」
「最後の最後まで減らず口とは、あなたらしいわ。でも、死ぬのはもう少し後にしてもらいましょうか。せっかくこの二人を操り人形にしたのだから、もっと楽しませてもらわないと興ざめよ」
 ライラは白い手を広げ、フィリップの胸の上に置いた。明るい光が湧き出し、フィリップの全身へと広がった。自分が死の淵から急速に引き上げられるのを感じた。
「お前、いったい何をした……?」
「ウフフ、傷を治してあげたの。今の私は女神の力を使えるんですもの。このくらい朝飯前よ」
 失われた生命力が補われたのを自覚し、フィリップは起き上がった。折れた手足も裂かれた肉も、砕けたあばら骨も全て治癒していた。回復魔法を操る僧侶や神官と言えど、ここまで見事な奇跡を起こすことはできまい。驚くべき女神の力だった。
「なぜだ。なぜ俺を助けた……」
「もちろん、あなたを思う存分弄ぶために決まってるでしょう? おバカさんね。さあ二人とも、この男をたっぷり可愛がってやるのよ」
 ライラが促すと、魔王の奴隷に成り下がった女神たちがフィリップに飛びかかってきた。
「おやめください、ウルド様、スクルド様! くそっ、腕が……!」
 フィリップは説得の言葉をかけつつウルドとスクルドを振り払おうとしたが、裸に剥かれた彼の体は思うように動かなかった。傷は確かに治っているはずなのに、手足に力が入らずあっさりと組み伏せられる。傍らではライラとプルムがにやにやしてフィリップを見下ろしていた。
「言いわすれてたけど、傷が治っても体は動かないわよ。大人しくヤられなさい」
「畜生、畜生……」
「嫌だ嫌だって言いながら、おチンポはちゃんと勃起してるじゃない。スケベな王子様ね。英雄らしいわ」
「ああっ」
 天を向いてそそり立つ男性器をウルドとスクルドの手に撫でられ、フィリップは声をあげた。辺りにはサキュバスの青い体が発する甘い香りが立ち込め、歴戦の勇者の理性を奪いはじめていた。
「や、やめてください! 女神のお二人がこのような淫らな……あっ、ああっ、ダメですっ」
「何を言ってるの? サキュバスの私たちがこういうことをするのは当たり前じゃない」
 黒く塗りつぶされたスクルドの瞳がフィリップの網膜に映し出された。記憶を書き換えられ、忠実なる魔王の下僕に成り下がった女神たちを元に戻す方法は思いつかない。万策尽きた彼は、もはやサキュバスたちの餌食になるしかなかった。
 ウルドとスクルドは長い爪を生やした手でフィリップのものを愛撫すると、ボディスーツを自ら開き上半身でフィリップの股間にのしかかってきた。スクルドの巨大な青い乳房とウルドの平坦な青い胸板に王子の肉棒が挟み込まれ、先端がビクビクと震えた。
「ああっ、ダメです。胸でなんて、こんな……」
「ふふふ、どうかしら。王子様はパイズリしてもらったことなんてある?」
 首から下が子持ちのサキュバスの肉体になったスクルドは、まるで生まれたときからそうであったように豊満な淫魔の体を使いこなし、勇者に淫らな奉仕をおこなった。元姉のウルドも同様の行為に挑戦したが、子供のサキュバスの体では少々無理があるようだった。
「あーん、ダメ。私の胸じゃおチンポ挟めないわ」
「大丈夫。そのうちウルドも、お母さんみたいにおっぱいが大きくなるわよ」
「本当? 私も大きくなったらスクルドお母さんみたいなおっぱいになる?」
「ええ、なるわよ。だから今はこれで我慢しなさい」
 スクルドは弾力のある乳でフィリップの竿を圧迫しつつ、顎を伸ばしてウルドに口づけした。女神同士の唇が繋がり、唾液まみれの舌が絡み合った。
 狂気に侵された女神の姉妹は魔王と淫魔たちに操られ、休むことなく王子を責めたてた。赤い舌と唇が交互にあるいは同時にフィリップの先端をしゃぶり、舐め、吸い上げる。とても人類の守護者とは思えない下品な姿だった。
 二匹の魔物の攻勢に、フィリップは下腹からこみ上げてくるものを抑えられなかった。魔王の罠にはまり、このような醜態を演じるなど言語道断。魔王を倒すために命を落とした仲間たちに申し訳が立たない……それはわかっているのだが、尊敬してやまない女神たちがサキュバスの体で見せる痴態に背徳的な興奮が湧き上がるのも、また事実だった。
「ダメです、お二人とも。それ以上されたら……ああっ、出るっ、出ますっ!」
 とうとうフィリップは爆発した。若き英雄のペニスから熱い樹液が迸り、ウルドとスクルドの優美な顔を汚した。二人の女神は虚ろな目でフィリップの肉茎をかわるがわる頬張り、新鮮な精液の味に舌鼓を打った。
「あはあ、これが人間のザーメン……たまらないわあ」
「お母さん、私にもちょうだい。ああっ、アソコが疼くのお……」
 ウルドとスクルドは互いの汚れた顔を舐め合いながら、がに股になって自らの秘所をまさぐっていた。女神を信仰する地上の人々が見たら卒倒することは間違いない、卑しい光景だった。
「ククク、いい眺めだ。あれほど我らを苦しめた女神どもが、淫らな傀儡となって浅ましい痴態を晒しておる。世界制覇の祝いにふさわしい、最高のショーだ」
 魔王とライラ、プルムは数歩離れた場所でフィリップとウルド、スクルドの狂宴を観賞していた。気持ちの高ぶりが抑えられなくなったのか、魔王は自分が身にまとっている黄金のドレスの裾をまくり上げ、ヴェルダンディのものだった繊細な指で己の秘所を可愛がった。
「おう、この体も喜んでおるわ。ククク、ヴェルダンディの体で自分を弄ぶのも悪くないな……」
「陛下ったら、すっかり女の子になりきっちゃって……あん、ああんっ。このウルドの体、最高よっ」
「んっ、意外とこのお子様の体も気持ちいいじゃない。開発のし甲斐があるわ」
 魔王の傍らでは、ウルドの艶やかな体になったプルムと、スクルドのか細い体になったライラが同様に自慰を始めていた。魔族にとって最大の脅威であった三柱の女神の肉体が、今は魔族の脳に支配されて淫乱な醜態を晒していた。
 発情した五人の女たちに囲まれ、フィリップの理性と忍耐はみるみるすり減っていった。頭がぼうっとして急速に思考力が失われつつあるのを感じた。完膚なきまでに打ちのめされた敗北感と無力感、そして女神たちの体を奪われ、敬愛していた彼女たちが操られる喪失感に、若き英雄の強靭な意志もひび割れつつあった。
「それじゃ、いよいよこのたくましいおチンポをいただこうかしら」
 射精を終えてもいまだ萎えないフィリップのものを握りしめ、スクルドが彼の上に腰を下ろした。抵抗することもできず、フィリップはスクルドの中にのみ込まれた。
「ああっ、スクルド様……いけません」
「うふふ……とっても硬くて素敵なおチンポね。私の奥まで届いちゃう」
 スクルドは鼻息荒く腰を上下させ、勇者のペニスを貪った。大人の掌に余る巨大な乳房を弾ませ、女神だったサキュバスは勇者との性交にのめり込んだ。伝承によると男との交わりを知らぬ清い乙女のはずだが、今はだらしなく口を開いて王子の股の上で腰を振る子持ちの淫魔だ。
 フィリップのものを包む熱い感触は人間の膣によってもたらされるのではなく、生きた魔物の口のように蠢くサキュバスの女性器によるものだった。幾重にも連なった肉びらがうねり、フィリップを痛いほど扱きあげる。初めて体験する淫魔との交わりに、フィリップは翻弄されるばかりだった。
「ダ、ダメですスクルドさま。もうおやめくださ……ああっ、また出るっ」
 女々しい悲鳴と共にフィリップは再び射精し、スクルドの膣内に心ゆくまで種つけた。
 望んでいた瞬間を迎え、スクルドは獣のような鳴き声を発して絶頂を迎えた。下品な音を立てて下の口で精を味わうスクルドは、もはや中性的な少女の姿をした女神ではなく、全身からむせかえるようなフェロモンを放つ淫靡な魔族だった。
「ああ、最高。中出しされるの、たまらないわ」
「いいなあ……お母さん、次替わってよ」
「もう、仕方ないわね」
 スクルドは残念そうにフィリップの上から退き、姉のウルドと交代した。女神の力か淫魔の誘惑ゆえか、サキュバスに犯されたフィリップの一物は、二度の射精を経ても充分な硬度を保っていた。
 ウルドはそうすることが当然のようにフィリップの腹にのしかかり、スクルドの愛液にまみれた王子のペニスを己に挿入した。潤滑油の豊富な女性器は苦も無くフィリップを受け入れたが、やはり見た目が七、八歳の子供の女児のものゆえ通路が極めて狭い。全て入りきらないのに一番奥に到達してしまった。
「ふおおっ、奥が押しつぶされてる……気持ちいい。気持ちいいよう」
 ウルドは苦しげな声で快感によがり狂った。三姉妹の長女、たとえ力を奪われても凛として魔王に立ち向かった女神の面影はどこにもなかった。白目を剥きつつ小さな青い体を上下させ、フィリップのたくましいものをくわえ込む淫らな姿が今のウルドの全てだった。
 限界はすぐに訪れた。フィリップは短くうめき、幼いウルドの体に熱いエキスをぶちまけた。生命力が直接吸われているかのような脱力感に見舞われ、苦悶の息をついた。
「あは、出てる……私のロリマンコに中出しされてる」
 ウルドは下卑た笑いを浮かべ、入れ替わった体で堪能した交合に満足の意を示した。整った唇の端からよだれが垂れ、フィリップの腹を汚した。
 魔族の大幹部ライラ。そしてその娘プルム。首から下が親子のサキュバスの肉体に変わり果てた女神たちに連続して精を搾取され、フィリップの意識は朦朧としていた。
「ウルド、もう一度交代よ。お母さん、まだまだヤリ足りないの」
「足りないのは私だってそうよ。お母さんはちょっと待ってて」
「はいはい、喧嘩はそこまで!」
 フィリップを巡って言い争いを始めたスクルドとウルドに割り込んでくる者がいた。女神の体を得たライラとプルムである。
「お盛んなあなたたちを見てたら、こっちも疼いてきちゃったわ。今度は私たちの番よ」
「はい。どうぞ、ご主人様」
 今やライラとプルムの言いなりとなった女神たちは、逆らうことなくフィリップを二人に譲り渡した。
 ライラもプルムも、既に女神の衣装を脱ぎ捨て裸になっていた。繰り返されるセックスを見ながらの自慰は、光り輝く清い乙女の秘所を甘い蜜で溢れさせていた。
 胸がまだ充分に膨らんでおらず、体毛も薄い女神の三女の体。その体の所有者となったライラは舌なめずりをし、互いの性器が接触するようにフィリップの上に腰を下ろしはじめた。
「や、やめろ……その体は神聖な女神様の……」
「知ったことじゃないわね。もう私の体なんだもの、どう扱おうと私の勝手じゃない。例えばほら、こんな風にっ」
 ライラは一気に体重をかけ、勇者の陰茎を自らに挿入した。膜を破る感触、流れる破瓜の血。この瞬間、女神スクルドが長年守り続けた処女が失われた。
「ああっ、痛い。痛いけど気持ちいい……」
 魔族の大幹部は鋭い牙を見せて笑い、血に塗れた男女の結合部をぐりぐりとかき回した。「女神の体でロストバージンなんて初めてよ。なんていい気分なのかしら」
 勇者と二人のサキュバスの体液にまみれたペニスに、女神の血が加わった。
「ううっ、俺はなんてことを……お許しくださいスクルド様。ああっ」
 あまりにもきつい締めつけにフィリップの顔が歪んだ。幼いサキュバスの中よりも、処女を失ったばかりの女神の方がきつく苦しいかもしれない。気を抜けばすぐにでも出してしまいそうだった。
 言い伝えによると、神聖なる女神の肉体は地上の武器では傷つけられず、その貞操もただの人間には決して奪われることはないという。だが三姉妹の祝福を受けたフィリップだけは別だった。女神の力で鍛え上げられた聖剣が女神たちの首を刎ねたのと同じように、女神の加護を受けたフィリップは三姉妹の処女を散らすことができるのだ。
 人類を守るべき純潔の女神を、自分が汚してしまった。激しい後悔に苛まれるフィリップだが、初めて味わうスクルドの膣はきつく彼を締めつけ、速やかな射精を求めていた。これ以上この清らかな体を汚すわけにはいかない……そう思っていた彼は、直後、いとも容易くライラに屈した。
「うっ、出る。出すわけには……ああっ、出るっ」
「ふふふ……感じる、感じるわ。忌々しい女神の体で、忌々しい勇者の精を」
 自分の腹をいとおしげに撫で、ライラはスクルドの体で受ける膣内射精に歓喜した。二度と戻らぬ女神の処女を自らの手で散らし、とても満足そうだった。
「じゃあ、次はあたしね! 最後の一滴までしぼりとってあげる!」
 股間にぽっかり穴を開けて離れるライラの代わりに、娘のプルムがフィリップの上に乗った。首から上はライラの娘だが、首から下はライラの姉という奇怪な外見の女は、豊満なバストをフィリップに見せつけ、今なお勃起を続ける彼の一物に狙いを定めた。プルムの首から下にあるウルドの体もむろん処女だ。
「や、やめろ。やめてくれ……」
「やめるわけないでしょ? こんなに魅力的なレディとエッチできるのに、何を嫌がるのよ。えいっ」
 プルムは母の敵に跨り、濡れそぼったヴァギナでフィリップをくわえ込んだ。破瓜の血が流れ、女神の長女の純潔は永遠に失われた。
「えへ、これが初めての痛み……うん、とってもいい感じ」
 成熟したウルドの体であるためか、プルムの動きには幾分か余裕が感じられた。ボリュームのあるヒップでフィリップにのしかかって腰をくねらすと、頬を赤く染めて陶酔してみせる。幼い顔に似合わぬ色気のある表情だった。
 優しく包み込むような女神の粘膜に、フィリップの肉棒はますます猛る。持ち主の意思に反して膨張した王子のペニスは、プルムが何度も腰を上下させるうちに溶岩をたぎらせ、フィリップの制止を無視してプルムの中にマグマを撒き散らした。日々戦いに明け暮れ、女を抱く余裕もなかった勇者の精力は底なしだった。ウルドのものだった女体が孕む危険を顧みず、湧き上がる欲望を柔らかな肉壺に注ぎ込んだ。
「ああっ、凄い。こんなに出されるなんて……感激」
 熟れた女神の肉体で処女喪失と膣内射精を体験し、幼い元サキュバスは涙を流して喜んだ。小生意気な顔がぐしゃぐしゃに汚れていた。
「お、俺はなんてことを……悪魔どもの意のままとなって女神様のお体を汚してしまうなんて。愚かで罪深い俺をどうかお許しください、ウルド様、スクルド様……」
「あんたが愚かで罪深いのはその通りだけど、さっきからマグロなのはつまらないわね。やっぱり男が奉仕して私たちを楽しませるべきよ。そう思わない?」
 と、ライラ。処女を失ったばかりの股間から破瓜の血と精液とを垂れ流す女神は、床に大の字に寝そべったフィリップを見下ろすと、不敵な笑みを浮かべて指をぱちんと鳴らした。
 すると、驚くべきことが起きた。フィリップの体がひとりでに起き上がり、素裸のライラの乳を揉みはじめたのだ。
「な、何だこれは !? 体が勝手に……!」
 フィリップの体は持ち主の制御を外れ、女神の肉体に無礼をはたらいた。三姉妹の末娘スクルドの乳房は二人の姉のものと比べてささやかなサイズだが、こうして握ると確かな乳の感触がある。
「ライラ、これもお前の仕業か!」
「ふふ、そうよ。女神の力があればこんなことだって容易いわ。あなたの心を奪って意思のない傀儡にしてやってもいいんだけれど、それよりも体だけを操って悔しがらせる方が私の好みね」
 フィリップはもはや自分の意思では指一本動かせず、ライラが操る糸に動かされる人形に成り下がっていた。女神の肉体を奪った憎い相手を攻撃するどころか、その仇敵に体を操作されて淫らな行為を強要される。ただ己の無力を痛感して絶望に歪む勇者の顔に、ライラはこの上なく満ち足りた様子だった。
「さあ、私たちをもっともっと抱いて満足させなさい。勇者フィリップ」
「畜生……」
 フィリップは悔し涙をこぼしながら、サキュバスの所有物となった女神の乳房を揉みしだき、接吻をして互いの舌を絡め合い、ライラの背後からその尻を抱え、立ったまま挿入を行った。年少の女神の膣がうねり、再びの結合に盛んに蜜を垂れ流す。ライラの脳が発する指令に従い、スクルドの清らかな肉体は女として急速に花開きつつあった。
「ああっ、いいわ。たくましいおチンポが素敵よ、フィリップ」
「畜生、畜生……」
 その身を守ると誓ったはずの女神の体を、フィリップは力強く犯した。締めつけのきつい末娘の膣奥を穿つと、亀頭が最深部をえぐる快い感触が繰り返される。フィリップはスクルドの子宮を何度もノックし、女神の肉体の新しい所有者となったライラを喜ばせた。
 いくらフィリップが悔しがったところで、女神の体との性交が魅力的な行為であることに変わりはなかった。彼は今、人類で初めて女神の姉妹を犯しているのだ。不滅の女体に永遠に刻みつけられた男の名前が自分のものであることに興奮しないと言えば嘘になる。
 だが、悪魔に操られて女神たちを汚すのは、フィリップにとってこれまでの自己の行いを否定するに等しい。いったい何のためにここまで戦い抜いてきたのか。こうして魔族に屈服し、女神の清い体を汚すためか。
 たとえ魔王たちに体を操られ、魂を縛られようと、せめて心だけは最後まで自分のままでいなくては。フィリップは若い女神の肉体を貪りながら、身も心も堕落させようとする敵の誘いに耐え続けた。
 悪魔たちの饗宴はいつまで経っても終わりが見えない。フィリップと交わりつづけるライラの姿に興奮をかきたてられたのか、再びプルムが二人の間に割り込んできた。
「ママ、あたしももう一回する!」
「はいはい、いいわよ。じゃあ、今度は二人一緒にしましょうか」
 ライラは豊満な肉体のプルムを硬い床に仰向けに寝かせ、その上にうつ伏せに覆いかぶさった。そして二人でびしょ濡れになった股を広げ、挑発的な姿勢でフィリップを呼んだ。
「さあ、味くらべよ、フィリップ。女神の姉と妹、どっちのアソコがいいかしら?」
「お、おのれ、悪魔どもめ……ウルド様とスクルド様のお体を、よくも……ううっ」
 口では抵抗の意思を示しつつも、首から下は指一本動かせないフィリップは、ライラに操られて女神たちの体を代わるがわる犯した。三姉妹の長女、豊かなボディラインを誇るウルド。そして三女、少年にも似た中性的な雰囲気と、幼さの残る体つきを有するスクルド。そんな女神たちに、亡国の王子は乞われるがまま反りかえったペニスを突き込み、神聖な泉に種付けを繰り返した。
 いくら精を放とうと、そのたび女神たちの力によって陰茎は活力を取り戻した。温かく包み込んでくれるようなウルドの膣内に射精したかと思えば、次の瞬間には七分咲きの少女スクルドの肉壺に挿入し、食いちぎられそうな締めつけを堪能する。
 王家の末裔たる勇者に代わるがわる犯され、女神となったサキュバスたちはよだれを垂らして歓喜した。
「ああっ、いいわ。神族の体でも人間のおチンポを楽しめるじゃない……ふふ、この体が気に入ったわ」
「あたしも、この体が大好きになったわ。女神のくせにおチンポくわえ込むの、とっても気持ちいいの」
 それぞれ両の手では数えるのに足りないほどフィリップに抱かれ、全身、汗とスペルマでべとべとになった二人は、ようやく満足したのか仲良く並んで寝転がった。
「はあ、はあ、はああ……」
 精魂尽き果てたフィリップは、息を切らして突っ伏した。ただ魔族の玩具にされ辱められるだけの不快極まるひと時は過ぎ、この馬鹿げた行いもようやく終わる……安堵したフィリップの前に、黄金色のドレスを着た女が立っていた。魔王の頭部を有する女神ヴェルダンディだ。
「我が何を考えているか、わかるか? 愚かな勇者フィリップ」
 フィリップは呆然と魔王を見上げた。まばゆい光を放つ女神の次女の肉体がドレスを脱ぎ捨て、大きな乳房をさらけ出した。
「ククク、余興を楽しんでいたらこの体が火照ってしまった。神といえどもしょせんは女よな。男の一物を見れば、それを下の口でくわえ込むことを欲してしまう」
「な…… !?」
「喜べ、勇者フィリップ。今宵は特別に、お前に我と交わることを許そう。この我の城まで辿り着き、我と刃を交えた人間はお前が初めてだ。今わの際のわずかな快楽を涙して味わい、冥土の土産とするがいい」
 魔王は豊かな乳房を弾ませ、フィリップの上にのしかかった。形の整った半球形の乳の先端では、桃色の乳首がつんと上向いている。神聖で汚れのない女神の体を所有しているのは、人類の仇敵である魔王だ。
「正気か !? 貴様は男ではないのか! 男のくせに男と交わろうなどと、気でも狂ったか!」
「うむ、確かに我は男だったが……女神ヴェルダンディの肉体を奪った今は女になった。歓喜の涙を流して男を貪るライラたちを見て、我も同じ行為を試してみたいと思ってな。我も巨人族の王として幾多の女を抱いてきたが、女として抱かれるのはこれが初めてだ。せいぜい楽しませてくれよ」
 魔王は横たわるフィリップのペニスを愛しげに撫で上げ、勃起した一物の上に腰かけようとする。金色の陰毛を生やした女神の秘所がフィリップと接吻し、誰も触れたことのない肉の扉が開かれた。
「ま、待て、やめろ! 魔王、気が狂ったのか! 俺はお前なんかと……!」
「ククク、本来ならばこの美しい体は元の我の肉体と交わり、巨人の子を宿すべきなのだろうな。だが石になった我の体を他の者の手に委ねるわけにもいくまい。いずれは我の子を孕む方策を考えるが、今このときは勇者フィリップ、お前を喰らって我のものにしてやろう」
「そ、そんな。魔王に犯されるなんて……それも、ヴェルダンディ様の体で」
 血の気が引いたフィリップの顔色に一笑し、魔王はくびれた腰を落としてフィリップと結合した。処女の女神の膣内をかき分け、王子の陰茎が奥へと奥へ飲み込まれていく。ウルドともスクルドとも異なる濡れそぼった肉の感触に、フィリップは思わず嘆息した。
 目を閉じてヴェルダンディの肉ひだに包まれていると、まるで亡き母に抱かれているかのような安堵を覚えた。城を抜け出し迷子になって、ヴェルダンディに助けてもらった幼い日のことを思い出す。あのときの愚かな少年は愚かな勇者となり、魔王の玩具に成り下がった女神と結合を果たした。
「フフフ、ほとから破瓜の血が滴り落ちるのがたまらぬわ。この女神の肉体は今や我のもの。その証が今ここに刻みつけられたのだ」
 フィリップの身体に跨り、腰を上下させて魔王は勝ち誇った。屈強な魔族の王は、処女喪失の痛みに眉一つ揺らすことなく、たくましい勇者のペニスを出し入れする。首から下がこの世の美を凝縮したかのような若い女神の体になった魔王は、艶めかしい動きで体をくねらせ、フィリップを悶えさせた。
「おう、これが女のまぐわいか。悪くない。悪くないぞ、ハハハ……」
「フフフ、陛下ったらいやらしい動き……女になりたい願望でもお持ちだったのですか?」
 と、ライラ。主君の乱れように若干驚きつつも意外な一面を楽しんでいるようだった。
「いや、そんなことはないがな。しかし、これからはこのヴェルダンディの肉体が我のものだ。女になるからには、少しは変わらぬといかぬかな……」
「あらあら、厳格な陛下には似つかわしくないお言葉でいらっしゃいますこと」
 裸のままのライラは、フィリップの顔に腰を下ろして汚れた秘所を鼻に押しつけた。男と女の混じり合った臭いがフィリップを苦しめ、より深い狂気へといざなう。
 首から下の体だけを考えたら、ヴェルダンディとセックスしながら、スクルドの股間に顔を突っ込んでいるのが今のフィリップの状態だった。だが二柱の女神たちの肩に載っているのは麗しい彼女らの首ではなく、邪悪な魔王とサキュバスの生首だ。
 それはあまりにも奇妙で奇怪、不気味な儀式だった。つい先刻剣を交えて互いに相手を殺そうとしたばかりの二人が、今はただの男と女になって睦まじく子作りを楽しんでいるのだ。
 見る者に嫌悪を抱かせる、倒錯的で背徳的な交わり。悪魔に魅入られ狂気の沼に落とされたフィリップにもはや脱出することは叶わず、このまま命が尽き果てるまで魔王たちの慰み者になるしかない。これが人々のために長年戦い続けてきた亡国の王子の末路だった。抗うことも逃げ出すことも叶わない虜囚となって辱めを受ける自分に、フィリップは黙ってただ涙した。
「ううっ、出る。また女神様のお体に……イクっ、イクっ」
「よいぞ、フィリップ。我の中で思う存分出すがよい。さあ、さあ」
 魔王は円を描くように腰を躍らせ、フィリップの噴き出す樹液を膣内に浴びて鼻の穴を膨らませた。「おおっ、これが精を受け止める感覚か……素晴らしい。たまらぬぞ」
 地上の人々を見守る女神の肉体は、魔王の頭の下で絶頂に達して背筋を震わせた。女神の首から上さえ見なければ、この世で最も美しく艶やかな光景に違いない。フィリップのペニスが続けて精を吐き出し、二度、三度と魔王にザーメンを味わわせた。
「おおっ、まだ出るのか。さすがは勇者……おおっ、おほっ」
 魔王は精悍な顔を歪め、女神の官能に酔いしれた。城に攻め込んできた人間たちをほぼ皆殺しにし、女神たちの肉体を奪いこの世で最も強大な力を手にして、完全な勝利を収めた。地上の全てを支配し、魔族と眷属たちによる新たな時代が始まることを確信しているようだった。

 その絶頂と油断が一瞬の隙を作った。

「ああ……?」
 最初に異変に気づいたのはフィリップだった。満足げに息をつく魔王の背後に、長大な金属の塊が浮かんでいたのだ。それは彼が愛用している、女神の加護を受けた聖剣だった。
「陛下、危ないっ!」
 ライラの声が響いたときには、振り返ろうとした魔王の首は既に胴から切断されていた。水平に振るわれた聖剣に首を刎ねられ、ヴェルダンディの白い体は真っ赤な花を咲かせた。
 剣を振るう者は誰もいない。フィリップの目には、剣がひとりでに宙を舞って魔王を斬り殺したようにしか見えなかった。
 無論、そんなはずはない。聖なる刃を振るった者は魔王のすぐ近くにいた。その者には剣を持つ手も、魔王に近づくための足もなかった。
「これは私が祝福を授けた剣……残った力を振りしぼればこのくらい……!」
 首から下が大蛇になったヴェルダンディが、血しぶきを浴びながら悪魔たちをにらみつけていた。手も足もない爬虫類の身体になっていても、わずかな魔力を使って聖剣を操ったのだ。
「へ、陛下! 陛下ぁっ!」
 プルムは床に転がる魔王の首を追いかけ、ヴェルダンディに背を向けた。咄嗟に適切な判断ができなかったのは、まだ子供で窮地の経験が乏しいからだろうか。聖剣はそんな彼女を背後から容赦なく襲い、その頭部を両断した。床に倒れた女神の体は二つになった。
 だが、ヴェルダンディの反撃もそこまでだった。ライラが攻撃魔法を放ち、蛇の体のヴェルダンディを吹き飛ばした。元女神の無力な爬虫類はいとも容易く倒された。
「この女……許さない! よくも陛下を! 私の子を!」
 スクルドの体を得たライラは、怒りに任せて女神の細い腕を振り下ろした。倒れたヴェルダンディの周辺の空気が歪み、不可視の鎚となって彼女に叩きつけられた。空気か、それとも空間そのものを圧縮して攻撃したのかフィリップにはわからない。石造りの床が綺麗な半球状に凹み、身動きのできない蛇女はぺしゃんこに押し潰された。
「死ね、死にぞこないの女神! 死んで償え! よくも……!」
「死ぬのはお前だ!」
 激昂して周りが見えなくなったライラの命を奪ったのは、フィリップが拾い上げた聖剣だった。いかに強大な女神の力を手にしていようと、フィリップの存在さえ怒りで忘れてしまっては、彼の刃を防ぐことは叶わない。ライラはあえなく首を刎ねられ、敬慕してやまない魔王と同様の死を遂げた。
 半時前では考えられない状況の変化だった。地上で最も強い魔力と不死の肉体を有する三人が、まばたきも終わらぬ間に揃って討ち取られたのだ。フィリップの故国を滅ぼし、人類を追い詰めた魔王オリアスはこの世から消え去った。
「ヴェルダンディ!」
 フィリップは血の滴る聖剣を放り出し、ヴェルダンディに駆け寄った。抉れた床の底にある瓦礫を必死でかきわけると、原形をとどめない血まみれの肉の破片が現れた。皮についたままの金色の髪を手にとり、亡国の王子は青ざめた。
「ヴェルダンディ……そんなバカな。不死身のヴェルダンディが死ぬわけないだろ……?」
「いいえ、死んだわ」
 背後から声をかけられ、フィリップははっとした。振り返ると、青い肌とウルドの頭部を持つ魔族の幼女が立っていた。その傍らにはふくよかで肉感的な母親サキュバスのボディを所有するスクルドがいる。今まで操られていた二人の瞳には理性が戻り、涙を流してフィリップを見つめていた。
「神の肉体を傷つけられるのは神の力だけ。ヴェルダンディは奪われたスクルドの力で攻撃されたの。あの子の器は粉々に砕け散り、魂は天に還った……」
「ウルド様! スクルド様! 正気に戻られたんですか !?」
「ええ、もう大丈夫。これも全部、フィリップとヴェルダンディのおかげよ。妹たちが命を賭して戦ってくれたのに、私は何もできなかった……」
 答えるウルドの表情はこれ以上ないほど悲しげだった。
 ウルド、ヴェルダンディ、スクルド。地上の人々を守護するため遣わされた女神の三姉妹のうち、一柱が永遠に失われたのだ。いったい彼女たちはどれほどの長き時を共に過ごしてきたのだろうか。目の前で最愛の妹を亡くした女神の悲愴はいかばかりだろうか。
 だが、ウルドは自身の感情を義務と使命に優先させる女ではなかった。
「ヴェルダンディはいなくなってしまったけど、私たちにはまだなすべきことがあるわ。自分たちの体を取り戻して、早くこの場を収拾しないと」
 姉の亡骸を手に涙するスクルドに背を向け、床に横たわる自分のものだった体へと歩き出すウルド。首のない女神たちの体から流れ出る鮮血は、いつの間にか止まっていた。白い肌を真っ赤な血で汚した女神たちの首無し死体は、見る者に息をのませる迫力がある。
「終わった……のか。これで全部……」
 重傷と疲労と、それ以外の体の重みにフィリップは立っていられなくなった。そこが羽毛のベッドであるかのように、王子は瓦礫の上に倒れ込んだ。
 十代で国を失い、唯一残った王族として生き恥を晒しながら、何年も魔族と戦い続けてきた。憎悪と自責に己の身を焦がし、ひたすら剣を振るって魔族を殺戮した。
 長い戦いの中、フィリップの目の前で死んでいった人間も多い。長らく旅を共にしたフィリップの仲間たちはほとんどがこの魔王の城で命を落とし、尊い犠牲となった。
 今も夢に見る両親と家来たち、滅ぼされた国の民、罪もなく苦しむ世の人々、そして彼を助けるために死んでいった仲間たち……フィリップの胸にいくつもの空虚な穴が開いていた。
 だが、何よりも大きな穴は……。
「ヴェルダンディ……」
 手の中のひとふさの金髪を眺めるフィリップの頬を、熱いものが伝った。
 かつて王子を迎えに来てくれた女神はもういない。フィリップを助けるために彼女は不滅の命を失い、彼をこの世に置き去りにしていった。
 彼女のいない世界が怖かった。力尽きて胸は痛み、このまま死んでしまうのではないかと思った。
「君が助けてくれなかったら、僕は……僕のために頑張ってくれたんだね。ヴェルダンディ……」
「王子様はとても頑張りやさんですね。さあ、帰りましょう」
 目を閉じて手の中の髪をもてあそぶと、幼い頃に聞いた言葉が蘇ってくる。黄金色の麦畑の中で、麦の穂と同じ髪の色の女が微笑んでいた。黄昏の大地をほのかな光で照らすその女の姿を、フィリップは生涯忘れることはなかった。

 ◇ ◇ ◇ 

 限りなく広い空の頂点に、半分欠けた月があった。陽は西の大地に潜り込み、涼しい風が吹いている。
 フィリップは大きな岩の上に腰かけ、辺りを見回した。かつて彼が歩いた一面の麦畑は全て炎に包まれ灰になり、今は雑草だけが生い茂っている。
 幼かったあの頃と同じく、この場所には誰もいない。そして、あのときフィリップを迎えに来た金髪の女ももういない。
 フィリップはすらりとした細い腕を前に差し出した。ただそう念じるだけで、整った美しい手のひらの前に、大人の背丈を遥かに超える大きな姿見が出現する。魔力によって創られた偽りの鏡だ。
 鏡に映った己の姿に、フィリップの胸がざわめいた。黄金色に輝くドレスを身にまとった女が憂鬱な表情でフィリップを見返していた。
 長く白い手足に、丸みを帯びた体の曲線が艶めかしい。開いた胸元からさらけ出した繊細な素肌を、金のネックレスが飾る。
 全身からほのかな光を放ち、夕暮れの草原を照らす女神。それが今のフィリップの姿だった。
 どこからどう見ても、誰もが憧れ心奪われるであろう美しい女だった。ただし、首から下だけ。
 女神の肩の上に載っているのは、人間の男の頭だ。かつて幼いフィリップがときめいた美貌も、透き通る緑青色の瞳も、金の糸で編んだような長い髪も、全てはとこしえに失われた。現在その場所に置かれているのはフィリップの頭蓋骨だ。
「俺がヴェルダンディの体を受け継ぐなんて……どうして俺なんだ」
 まばゆい金色の衣装を着た若い女神は、幾度となく繰り返してきた疑問を口にした。その回答も既に何度も繰り返している。だがいくら繰り返しても足りなかった。
 魔族の支配する世界を目指した魔王が勇者フィリップと女神たちによって倒されてから、およそ半年が過ぎていた。人類を滅ぼそうとした魔族の軍勢は主を失い、再び深く暗い地の底に封じられた。各地で復興が始まり、焼け野原になったフィリップの故国にも民が戻りつつあった。
 特筆すべきは、復活した女神たちの活躍である。人類を守護すべく舞い戻った女神ウルドと女神スクルドは、強大な神の力で人々を飢えや寒さから救い、失われた多くの文明を蘇らせた。今このときも二人の女神は世界各地を飛び回り、苦しんでいる人間たちを苦難から助け出していることだろう。
 問題となったのは女神の一柱、ヴェルダンディである。彼女の頭部は魔王との戦いで失われ、その魂は天に還った。
 だが、首のない彼女の身体はまだ生きていた。一時は魔王に乗っ取られたヴェルダンディの不滅の肉体は、依然としてこの世で最も強大な力を秘めており、軽々に墓に葬ることはできなかった。もし彼女の体が再び魔族に奪われるようなことがあれば、今度こそ人類が根絶やしにされかねない。
「悪用されないように、私たちが今この場でヴェルダンディの体を消し去った方がいいのかもしれないけど……できることなら、正しい心を持つ人間に受け継いでほしいわね。そう、たとえばフィリップ、あなたのような」
 冷たい水で清められた首のないヴェルダンディの裸体を前にして、女神ウルドは言った。
「ええっ! 俺が女神様の体を !?」
「そうよ。あなたの首をヴェルダンディの体に繋いで、女神の力を世のため人のために活かしてほしいの。見た目は魔王がやったことと同じかもしれないけど、もたらされる結果はまるで違うわ」
「そんな、冗談ですよね? 俺は男ですよ」
 魔王との決戦の情景を思い出し、フィリップは慌てふためいた。魔王によって首を刎ねられ、代わりに青い肌と紫の髪、血の色の眼を持つサキュバスたちの頭を移植されたウルドとスクルドの体。そして首のないヴェルダンディの体を奪う精悍な魔王の顔。背筋も凍りつくグロテスクな光景を思い出すと、冷や汗が止まらなくなる。自分自身がそんな淫猥な罪人たちの一員になれと言われて、到底頷けるわけはなかった。
 ところが、ウルドは本気のようだった。
「いいえ、冗談ではないわ。あなたは魔王を倒した英雄で、民のためにその身を投げ出す強い決意と気高い精神とを有している。神々の力がいくら強いものであっても、それを用いる者が間違っていては災いを引き起こすだけ。あなたのような清く正しい心を持った人間が使って、迷える人々を導いていくべきだと思う。たとえ男であってもね」
「私も同じ考えです、フィリップ殿下」
 ウルドに加勢したのは女神の末娘スクルドだった。「姉さんは殿下のことを好いていました。殿下が姉さんの体と力を人々のために使ってくださるのであれば、きっと姉さんも喜ぶと思います。それに……」
「それに?」
「私とウルド姉さんにしかわからないでしょうが、ヴェルダンディ姉さんの体は身ごもっています。おそらく魔王に乗っ取られたとき、殿下とまぐわって孕んだのでしょう。ここで私たちが姉さんの体を消せば、殿下の御子も一緒に殺してしまうことになります」
「ええっ、ヴェルダンディが俺の子を?」
 フィリップはまたも狼狽した。邪悪な魔王によって弄ばれた結果とはいえ、自分とヴェルダンディの子供であることに相違ない。今フィリップが肉体交換を承諾しなければ、亡き女神の子をこの場で殺さなくてはならないのだ。魔族の残党が狙っているかもしれない状況で、首のないヴェルダンディの体を長期間放っておくわけにはいかないからだ。
 二人の女神に時間をかけて説得され、とうとうフィリップは折れた。
「わ、わかりました。俺の首を斬り落として、ヴェルダンディの体に繋いでください……」
 こうして魔王を滅ぼした亡国の王子フィリップは、女神の力と肉体を持つ人間として故国に帰還した。
 魔族との戦いを生き延びた人々は皆フィリップを称え、ヴェルダンディに代わる新しい女神として崇め奉った。廃墟となった街には続々と人々が集まり、急速に復興が進んだ。フィリップが絶大なる女神の力を活用して街並みや農地を再建したこともあり、かつて戦火に包まれた国は以前のような繁栄を取り戻しつつあった。
 まばゆい金色の衣装を着た若い女神、今は女王フィリッパを名乗る女は、自分が造り出した魔法の鏡に見入って息を吐いた。
「ヴェルダンディの体が今は俺のもの……しかも俺の子を身ごもってるなんて」
 輝くドレスをずらすと、形のいい乳房が現れる。繊細な手で豊かな乳の根元から先端にかけて搾っていくと、桃色の乳首から透明の雫がこぼれでる。妊娠して約半年になる女神の腹はそれほど目立っていないが、体が母親になる準備を整えつつあるのは間違いない。
 わずかに母乳の滴る乳首を抓ると、心地よい痺れが体の芯に響く。この体になった当初は驚き戸惑っていた女体の感触にも少しは慣れ、楽しむ余裕も芽生えはじめていた。
「ああっ、ヴェルダンディ、ヴェルダンディ……」
 麗しい女体の元の持ち主の名を呼びながら、王子だった女神は股間にも手を伸ばした。陰部を覆う布を剥ぎ取ると、金色の茂みに包まれた土手が顔を出す。肉の扉を開き、浅い部分を爪の先で探索すると、もどかしい感覚がフィリッパの心を苛んだ。
 細く長い右手の中指を折り曲げ、膣の内部を引っかき回した。指を伝って少しずつ湧き出てくる蜜が股間を濡らし、牝の臭いを撒き散らす。こうして己の体を指で慰めていると、女神も人間の女とまるで変わらないように思える。人間の女の体で自慰にふけったことはないが、きっと同じだろうと女神フィリッパは考えた。
 魔王を討って地上に平和をもたらしても、そこで英雄の一生が終わるわけではない。大勢の民を統治する国王として多忙な生活を送っていると、思い悩むことは数多い。妊娠の影響か、苛々していると自覚するときも少なくない。そんなときフィリッパは、今や自分のものになった美しい妊婦の体を人目のない場所で弄び、不満や欲求を発散するのが常だった。
「ヴェルダンディの体、こうして触るととっても気持ちいいよ。ああ、ヴェルダンディ……」
 豊かな乳房を揉みながら、ほぐれはじめた肉壺をかき回す。女神の清らかな体も今は自慰の快感を覚え、女として開発されつつあった。つくりものの男性器で自らを貫いたことも一度や二度ではない。若くたくましい自分のペニスを思い起こし、あのフィリップのもので犯されたらどんなに気持ちいいだろうかと夢想した。
 勇者フィリップの頭部と、フィリップの子を宿した女神の肢体。奇妙な外見の女フィリッパは、夏の夕方の涼しい風を浴びて止めどなく昂っていく。ドレスの生地をまくりあげて秘所を晒すフィリッパのあられもない姿を目にする者は誰もいない。その喘ぎ声を聞く者もない。
「ヴェルダンディ、もう俺イキそうだよ。ああ、ヴェルダンディ……おお、イク、イクっ」
 この世で最も強大な力を持つ女は己の指で絶頂に至った。大きな岩の上で弓のように背中を曲げ、ほのかな光を放つ女体を小刻みに震わせる。女神の股間から黄金の雫がじょぼじょぼと漏れ出し、岩に染みを描いて流れ落ちた。
 フィリッパは熱っぽい息を吐き、しばらく岩の上に横たわった。陽は既に落ち、辺りは暗くなったが、フィリッパの神聖な体は光を放って辺りを照らす。もしもこの近くにかつてのフィリップのような迷子がいたら、かがり火に吸い寄せられる虫のようにふらふらと近寄ってくることだろう。
「ヴェルダンディ、俺……ヴェルダンディの体と一つになっちゃったよ」
 女王フィリッパはつぶやいた。「これでよかったのかな。俺はお前を助けられなくて、逆にお前に助けてもらって、今は死んだお前の体を貰って女神になって……」
「いいんじゃない?」
 もたらされるはずのない答えが返ってきて、フィリッパは驚愕した。顔を上げると、銀色の長い髪を頭の後ろで編み上げた女がすぐ目の前に立っていた。ヴェルダンディの姉、女神ウルドだった。
「ウルド様! どうしてこんなところに !?」
「あなたの顔が見たくなって。城を訪ねたら不在だっていうから、探しに来たのよ」
「そ、そうでしたか……申し訳ありません」
 謝罪するフィリッパに、ウルドは妖艶な笑みを浮かべて身を寄せた。「それにしても驚いたわ。フィリップったら、こんな開けたところで独りで楽しんでるじゃない。欲求不満なの?」
「い、いえ、申し訳ありません。こんな浅ましい姿をお見せしてしまい……しかも、借り物の女神様のお体で……」
 顔から火が出そうだった。品行方正と評価されて女神の体を預けられておきながら、野原で半裸になって淫らな行為に没頭していたのだ。万死に値する大罪である。
 しかし、ウルドは怒るでもなく、悪戯小僧のような表情でフィリッパに口づけをした。
「ふふ、別にいいのよ。その体はもうあなたのもので、あなたは私の妹も同然よ。あなたが女の体を持て余してるのなら、姉の私が慰めてあげる。実は私もあの魔王との戦いのあと、いやらしいことにそれほど抵抗がなくなってしまったのよね。あら、もうおっぱいが出るの?」
 フィリッパの胸から母乳を搾りつつ、ウルドは接吻を繰り返した。美を刻みつけた彫刻に命を吹き込んだような女と舌を絡め合い、フィリッパは再び女の官能に身を焦がす。
 ウルドの長い指がほとの畑を耕し、泉から蜜をすくう。二人の女神は抱き合い、至福の時を楽しんだ。
「ああ、ウルド様……俺、またイっちゃいます」
「いいわ、イキなさい。女になった勇者フィリップ。ヴェルダンディの体で思いきりイクのよ。サキュバスになった私のロリマンコにたっぷり種つけたときのようにね」
「ウルド様、俺……ああ、またイクっ」
 ヴェルダンディの肉体が再びの絶頂に達し、フィリップの脳に快楽の信号を伝える。決して離れることなく繋がった男女の身体の部品は一つの生命を構成し、やがて子を産み落とす運命にあった。フィリッパは艶やかな悲鳴をあげて、ウルドの腕の中で女神のオルガスムスを満喫した。
「うふふ、とっても可愛い姿ね。食べちゃいたいくらい」
「ウ、ウルド様……ああっ、おっぱいを飲んじゃダメです……」
「いつまでもこうしていたいけど、そろそろ城に戻らないとスクルドが心配するわね。あの子もこの国に来てるんだけど、お留守番を任せてきてしまったから」
「そうだったんですか。それでは帰りましょう……ああ、まだ体がピクピクします」
「可愛いわよ、フィリップ。やっぱりあなたにヴェルダンディの体を授けて正解だったわね。ひとりで立てないようなら、私が城まで抱っこして運んであげる」
 ウルドはフィリッパの体を抱き上げると、女神の力で空を飛んだ。女神に抱えられて城に帰るのは二度目だった。暗くなった郊外にはいくら飛んでも人っ子ひとり見当たらず、ただ月だけが二人を見ていた。
「落ち着いた? フィリップ」
「は、はい。もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました。下ろしてくださって結構です」
「そんなことを言わないの。妹を抱っこするのは姉として気分がいいんだから。ところで、実はあなたに大事な話があるんだけど、聞いてくれる?」
「はい、もちろん。いったい何でしょう」
 フィリッパはウルドの腕の中で畏まった。
 ウルドもスクルドも人類の守護女神として忙しい毎日を送っている。そんな彼女が大事な話と表現するからには、よほど重大な相談に違いない。魔族に滅ぼされた国々の復興が思うように進まないのか、疫病や天変地異を予言したのか、あるいは地の底に退却した魔族の軍勢が再び地上に攻め込んでくるのか。
 しかし、女神の三姉妹の長女が口にした内容は、フィリッパの予想もしないものだった。
「実はね、魔王との戦いであなたの子を身ごもったのはヴェルダンディだけじゃないの。私もスクルドも、どちらも今あなたの子供がお腹の中にいるの」
「ええっ! お二人も俺の子を !?」
「そうよ、もちろん産むつもり。各地の復興も進んできたし、しばらくあなたの国で厄介になりたいわ。そして三人仲良く出産しましょ」
 嬉しそうに笑うウルドに、フィリップはなんと答えていいかわからなかった。自分とウルド、そしてスクルドの関係はなんだろうかと考えると、主従、姉妹、夫婦など、想定されうるどの言葉も適切でないような気がする。
 ただ一つ確かなことは、これからしばらく女神たちが自分の国に滞在すること。それはとても喜ばしいことだった。
「ウルド様……俺はヴェルダンディのことが好きでした」
「知っているわ。そしてヴェルダンディもあなたのことが好きだった。だから他でもないあなたにその体を託したの。あの子もきっと草葉の陰で喜んでると思う」
「俺は大好きなヴェルダンディの体になって、いずれ俺の子を産んで、ヴェルダンディの代わりに母親として王家の跡取りを育てて……本当にこれでいいんでしょうか」
「あなた以外の誰もが、今のあなたに満足しているわ。あとはあなた次第ね。幸い時間は沢山あるから、悩みがあるならお姉ちゃんがいくらでも聞いてあげるわよ、新しいヴェルダンディ」
 フィリッパは何も言えず、ただ黙って大地を見下ろした。いつの間にか眼下は何もない原っぱではなく、復興の進んだ王都の街並みが広がっていた。自分の城はもうすぐだった。

 ◇ ◇ ◇ 

 女神の三姉妹とその子供たちによって築かれた神聖王国は、その後、三百年の長きに渡って繁栄を享受する。女神の肉体と強大な魔力は王家の者たちに代々受け継がれ、あるときは外敵から国を守る剣に、またあるときは国家を統べる権力の象徴となった。
 魔王を討伐して国家の礎を築いた初代女王フィリッパの名は、王家の系図の最も高い位置に記されたが、彼女はなぜか自分についての詳しい記録を残したがらなかった。そのためその業績の巨大さに比してフィリッパに関する資料は乏しく、後世の人々からはその存在を疑われたり、神話の女神ヴェルダンディと同一視されたりすることになった。
 神聖王国の人々が語り継ぐ伝説によると、彼女はもともと男の王で、魔族との戦いで命を落としたのち、女神ヴェルダンディと融合して半神半人の英雄になったとされる。だが、事実は神話と歴史の闇の中に永遠に消え去り、もはや真実を知る者は誰もいない。後世に残るはフィリッパの名前だけである。


一覧に戻る

inserted by FC2 system