水野兄妹観察日記・終

 ヒカルは翌日、学校を休んだ。
 親には体調が悪いと言って、朝から寝込んで何も食べずにベッドの中で腐っていた。夏樹や他の友人たちから送られてきた見舞いのメールも、全て無視した。
 もちろんそのメールの中に、啓一からのものはない。
 啓一のことを考えると、昨日の出来事を思い出して、また泣いてしまいそうだった。
 なぜ啓一に振られたのか、結局ヒカルにはわからなかった。
 自分の思い上がりでなければ、啓一もこちらに充分、好意を持ってくれていたはずだ。いくら啓一が優しい男であっても、嫌いな相手とわざわざ映画に行ったり、パーティに呼んだりはしないだろう。自分と話をしているときの啓一も、迷惑という表現とはかけ離れた、楽しそうな顔をしていた覚えがある。啓一に告白した自分の見込みは、決して的外れだったわけではない。
 ヒカルはそう思っていたが、その啓一が自分を拒絶して「二度と近づくな」とまで言い放ったのは、否定のしようがない事実だった。
 なぜあそこまで言われなければならないのか、全くもってわからない。なぜあのときの啓一がなよなよした女言葉で喋っていたのかも、なぜ無関係なはずの啓一の妹、水野恵のことが会話に出てくるのかも、元々深く考えることが苦手なヒカルには、さっぱり理解することができなかった。
 わけがわからず、ヒカルはただ暗澹たる思いだった。

 昼頃、ヒカルはベッドから這い出て、冷蔵庫を漁りにキッチンへと向かった。
 いくら心が弱っていても、体には何一つ異常がない。速やかにエネルギーの補給を行うように申し立ててくる自分の消化器官を疎ましく思ったが、それに逆らうことはできなかった。
 家にいる母親とできるだけ顔を合わせないようにして、ハムやパンをありったけ抱えてヒカルが自室に戻ると、ベッドの上の携帯電話が震えて、着信を知らせてきた。
 どうせ夏樹だろう、お節介なやつだ。無視しておこうと思いながら、それでも一応、確認のために手にとって画面をのぞき込むと、そこには一つ上の先輩の加藤真理奈の名前があった。
 おそらくヒカルが啓一に告白して玉砕したのを耳にしたのだろう。
 これが嫌味な夏樹や何も知らないクラスメートであれば、無視を決め込んでいたところだが、色々と世話になった真理奈であれば、そういうわけにもいかなかった。
 それに真理奈は啓一の友人でもあり、彼のことをよく知っている。
 ヒカルと啓一の共通の知人である真理奈なら、今のヒカルにいい助言をしてくれるかもしれない。藁にもすがる思いで電話に出た。
「はい、もしもし」
「はーい、ヒカル。元気ぃ?」
 出た途端、真理奈の陽気な声が聞こえてきた。今のヒカルにとっては恨めしいほどの明るさだが、いかにも真理奈らしかった。
「あんた、学校休んでるんだって? 友達の子が心配してたわよー。夏樹ちゃんっていったかな。ヒカルのクラスメートの」
 その言葉に、硬くなっていたヒカルの心が乱れた。
 どうして真理奈が夏樹のことを知っているのだろう。
 行動力のある夏樹のことだから、ひょっとすると二年の教室に出向いて、啓一や真理奈にヒカルの事情をあれこれと訊いて回ったのかもしれない。
 振られた自分を後で笑いものにするつもりだろうか。それとも、純粋に友人として自分を心配してくれているのだろうか。真理奈の口ぶりからは、何となく後者のように思えた。
 ヒカルが何も言えずにいると、真理奈は早口に話を続けた。
「それでね、ヒカル。あんた、夕方ヒマ? うちに来てほしいんだけど」
「え、真理奈センパイの家にですか?」
「そうそう。ヒカル、昨日学校にカバン忘れて帰ったでしょ。それあたしが預かってるから、取りに来てよ。あたしんちの場所は知ってるでしょ?」
 そう言えば昨日、啓一に拒絶されたショックでカバンを忘れて帰った気がする。啓一がそれを見つけて、真理奈に預けたのだろう。
 啓一や真理奈に気を遣わせて、夏樹には心配される今の自分が、とても惨めだった。
 カバンなんてどうでもいいから、このまま電話を切ってしまおうかとも思ったが、真理奈はその雰囲気を敏感に察知したのか、強い口調でまくしたててきた。
「とにかくあんた、今日の放課後、あたしんちに来なさい。いいわね?」
 結局断ることができず、うなずかされてしまった。
 通話を終えたヒカルは、部屋を出てシャワーを浴び、私服に着替えて外に出かけた。
 気晴らしにぶらぶら街をうろついて、土産に甘いものを買って、冬の陰気な太陽が西に傾きかけた頃、真理奈の家に向かった。
 既に真理奈は帰宅しており、やってきたヒカルを快く出迎えた。
「いらっしゃい、待ってたわよ」
 真理奈はヒカルをソファに座らせ、温かい紅茶を淹れてくれた。
 ヒカルが持ってきたプリンに目を輝かせたのは、真理奈の弟の直人だった。まだ小学生で、真理奈に似て可愛らしい顔をしている。気弱で人見知りするところはあるが、きっと将来はいい男になると真理奈はもっぱら主張していて、その点についてはヒカルも同意見だった。
 紅茶とプリンでささやかな茶会を終えると、真理奈は直人に言った。
「直人。あたしはヒカルと話があるから、部屋に戻ってて」
「うん、わかった」
 直人は嫌がりもせず、部屋を出て行った。実にいい子だと思った。傲岸不遜な真理奈の弟が、なぜあんなに気弱で慇懃なのか、ヒカルは疑問に思ったが、兄弟姉妹の性格というのは、しばしば相反するものらしい。
 それについて、さりげなく真理奈に意見を求めると、彼女は笑って手を振った。
「いや、あたしとあの子は姉弟じゃないわよ。一応、血は繋がってるけどね」
 意外な返答に、ヒカルは目を丸くした。
「え? それってどういう――」
「従姉弟よ、従姉弟。うちのパパとあの子のお父さんが兄弟なのよ。それで叔父さんたちは今、海外に転勤しちゃっててさ。その間、うちであの子を預かってるの」
「へえ、そうなんですか」
 その説明でヒカルの疑問が氷解した。確かにそれならば二人の苗字が同じなのも、顔の造作が少しばかり似ているのも、納得がいく。
 どうやら真理奈も直人も、外見は父親似らしかった。会ったことはないが、きっと兄弟揃って優男なのだろう。
 うなずいたヒカルに、真理奈はにやりとして言った。
「まだちっちゃいけど賢くて、将来が楽しみだわ。だから今のうち、あの子に色々と仕込んでるの。うふふふ……」
「あ、あのー、真理奈センパイ……仕込んでるって……?」
「おっと。まあ、直人の話は置いといて、これね」
 真理奈はソファの後ろから、ヒカルのカバンを取り出して、彼女に差し出した。
「ほら、ヒカル。あんたのよ」
「あ、どうもお手数おかけしました。ありがとうございまーす」
 ヒカルがそれを受け取って礼を言うと、真理奈はどっかりとソファにふんぞり返った。
「まったく。学校にカバンを忘れるなんて、どうかしてるわ」
「は、はあ……。ホントにすいません……」
 まったくその通りで、昨日のヒカルはどうかしていたのだ。
 膝を撫でると、転んでできた傷に貼られた絆創膏が指に触れた。痛みはもう引いているが、本当に痛いのは膝の傷などではない。また泣きそうになった。
「ヒカル、ヒカル」
「はい?」
 呼ばれて顔を上げると、座ったヒカルのすぐ目の前に、真理奈が立っていた。
 男子とそう変わらないほどの、長身の真理奈である。こちらをじっと見下ろす姿には、かなりの威圧感があった。
 真理奈は手を伸ばし、ヒカルの頬を挟み込んだ。静かな無表情が怖い。呆然と真理奈を見上げる自分は、まるで蛇を前にした蛙のようだった。
 何も言えなくなったヒカルに、真理奈が穏やかな声で訊いた。
「あんた、啓一に振られたわね。しかもそれだけじゃなくて、あいつらの秘密も知っちゃったのね? あいつらがただの兄妹じゃない、もっと頭のおかしい連中だってこと……」
 それは質問でも詰問でもなく、単なる事実の確認だった。
 ヒカルは目に涙を浮かべて、こくんと首を縦に振った。真理奈は呆れた様子で、大きなため息を一つついた。
「はあ……だから、あたしはやめとけって言ったのに。時間の無駄だって。誰が迫っても、あの頭おかしい二人を引き離すのは無理だわ。だってあの二人、完全に自分たちだけの世界に行っちゃってるんだもん」
 真理奈と初めて会った日、ヒカルは図々しくもこの部屋を訪ねた。
 あのとき真理奈は、啓一について色々訊ねようとやっきになるヒカルを見つめ、今と同じ呆れ顔で言った。「絶対に無理だ、やめておけ」と。
 今から考えると、あれほど適切な助言もそうはなかったのだが、あのときのヒカルにしてみれば、納得のいく理由もなしに自分の可能性を否定されたようなものだったから、反発して当たり前だった。
 過去の自分の、一体何が悪かったのだろうか。そもそも自分は悪かったのだろうか。
 ヒカルは泣きそうになって考えたが、結局答えは出てこない。
 そのとき、ヒカルの上半身を、真理奈が優しく抱きしめた。豊満な胸の谷間がシャツ越しに自分の顔に押しつけられ、息が苦しくなる。
 うめくヒカルの頭を撫でて、真理奈が囁いた。
「まあ、しょうがないわ。こうなるってわからなかったんでしょ? ならしょうがないじゃない。知らなかったんだから。今はそれよりも、これからどうすればいいのか、しっかりと考えなさい」
 ヒカルが今まで聞いたことのない、慈愛に満ちた声だった。
 真理奈の台詞が耳から頭に、さらに体全体に染み渡っていき、ヒカルは泣き出した。
「う、ううっ。セ、センパイ、センパイぃっ……!」
 真理奈の着ている白いシャツを涙と鼻水で汚しながら、ヒカルは自分の涙が枯れるまで、真理奈と抱き合った。とにかく、ただ泣いていたかった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 外から帰ってくると、啓一の体はすっかり冷えてしまっていた。
 暖房の効いたリビングで身を小さくしながら、淹れたてのコーヒーで体を温める。啓一の顔に湯気がかかり、大きなくしゃみが出た。横で恵が笑った。
「ふふっ。それにしても外、寒かったね」
「ああ。やっぱり晩飯、作ればよかったかな。その方が安上がりだし」
 啓一は鼻と口元をティッシュで拭いて、そう言った。夕食はわざわざ外に食べに行ったのだが、こうも寒いと自炊した方がよかった気もする。
 恵はコーヒーを一口すすり、甘露に顔をほころばせた。
「まあまあ。美味しかったんだからいいじゃない」
「まあな」
 カップをテーブルに置いて、啓一はソファにもたれかかった。柔らかいクッションが冷たい体に心地よい。
 普段は何事もきびきび動く啓一だが、時おりこのように何もしない怠惰なひとときが、無性に欲しくなることがあった。
 だらだらと弛緩した空気に包まれた体が、休息を求めてストライキを起こす。
 隣では恵も同様に脱力して、ソファに体重を預けていた。
 今、家にいるのは啓一と恵だけで、両親の姿はどこにもない。
 二人はこの週末を利用して、一泊二日の旅行に出かけていた。特に母はここ最近、姑の世話や不仲な親戚とのつき合いでストレスがたまっていたらしく、今回の温泉旅行で久々に息抜きができると、ずっと楽しみにしていた。
 両親としては当然、子供たちも連れて行くつもりだったのだが、啓一と恵は試験前なのを理由に留守番することにした。父も母も残念がったが、結局は信頼する息子と娘の意思を尊重し、夫婦水入らずで出かけていった。
 平凡な両親ではあるが、啓一は二人のことを尊敬している。ぜひともゆっくりと温泉に浸かって、美味いものを食べて、楽しんできてほしいと思う。
 もちろんその間、こっちはこっちで好き勝手をさせてもらうつもりでいた。
 たとえ敬愛する両親であっても、その親の目から離れて自分たちだけで過ごす自由な一夜というのは、やはり思春期の啓一にとっては、甚だ魅力的なのだ。
「ところでどうする。寒いし、風呂でも沸かすか?」
 その言葉に、恵は普段ほとんど人に見せない、悪戯っぽい瞳で啓一を見返した。何をくだらないことを訊いているのかと、咎めているかのようにも見えた。
「そうだね、寒いね。じゃあくっつこうよ」
 そう言って、飛びかかるように勢いよく、啓一に抱きつく。二つの体がソファの背もたれに寄りかかって、きつく密着した。どちらも黒い服を身につけているため、こうして触れ合うと恵のワンピースと啓一のセーターの境界が溶けて消えてしまいそうになる。ワンピースの下の部分はプリーツスカートになっていて、その裾がひらひら揺れて啓一を挑発した。
「啓一、抱っこして」
「おいおい、またか?」
 胸の膨らみを押しつけて命令してくる恵に、啓一は苦笑しつつもうなずいた。脚と背中に手を回し、横抱きに持ち上げると、恵も無言で腕を伸ばして啓一にひしと抱きついてきた。
 結婚式の新郎新婦を思わせる姿勢で二人の顔が近づき、唇を合わせる。恵の唇にはかすかに砂糖の混ざったコーヒーの味と匂いが染みついていた。
 舌は入れずに繋げた口を蠢かし、肉をついばみ合う。恵の瞳が、ほのかに赤い情熱の色を帯び始めた。
 啓一の吐息と鼻息を吸い込み、恵はうっとりして言った。
「はふっ、啓一ぃ――もっと、もっとしてよう……」
「いやー、これ結構重いんだけどな」
「重くないっ!」
 怒った声でそう言うと、啓一の肩にぶら下がって更なる接吻を求めてくる。
 軽口を叩いたものの、彼も恵の唇を吸いたくてたまらなかった。
 恵の薄い唇は二人分の唾液に濡れて光り、艶やかな姿を晒している。
 貪るようにその口唇にかぶりつく。恵もすぐに舌を絡め、啓一の口内を荒々しくねぶってきた。唾液が絡み、室内にくちゅくちゅと淫らな音が響いた。
「ん、んっ、んんっ。んふぅっ」
 啓一の歯に舌先を擦りつけながら、ぎゅっとしがみついてくる。啓一も恵の体を強く握って、入ってくる舌を口をすぼめてしごき上げた。何かに操られているかのように、一心不乱に恵の肉を賞味した。体温以上に温まっているはずがないのに、唾が熱いのが不思議だった。
 名残惜しくも、先に離れたのは啓一の方だ。
 自分の口から恵に向かって細い筋が伸びて、ぷつんと切れるのがわかった。それが何とも切なくて、手で恵の顔を優しく撫でる。
 お互い口づけの甘美な余韻に酔いしれ、何も言うことができなかった。
 たっぷり時間を置いた後で、恵がやっと口を開く。
「ふう、けーいちぃ……」
 幸福の吐息を漏らす恵の唇から一滴の唾が垂れていくのを、啓一は見逃さなかった。
 もう一度、恵の体を引き寄せて、濡れた口元をぺろりと舐める。シロップのような甘みが口の中に広がった。
「んあ――ふあっ、あふっ」
 たった今キスを終えたばかりだというのに、恵の肉を舐めたくて仕方がない。啓一は恵の半開きの唇を、執拗にしゃぶり続けた。
 その下品な仕草に恵は視線で抗議したが、その一方では彼の舌の感触が気持ちよくて、意識せず己の身をくねらせた。
 幼児のように無邪気な戯れにふけりつつも、二人の表情は子供ではありえないほど、邪で淫猥な色に染まっていた。
「もう、啓一ってば……」
「ははっ、そう言うな。気持ちいいだろ?」
 たっぷりと恵の唇に自らの唾液を塗りたくると、次は空いた片手を恵の胸元に伸ばして、布地の上から乳房を撫で回す。丸い膨らみを下から支えるように、ぐにぐにと揉みしだいた。
 恵は潤んだ目を心地よさげに細めて、より一層の愛撫を求めた。
「け、啓一……服の上からじゃなくて、ちゃんと触って……」
「まったく、エッチなやつだな」啓一がにやりと笑う。
「ば、馬鹿にしないでよ。エッチなのはそっちも同じでしょ?」
「はいはい、そうですねっと」
 啓一は恵から、一気にワンピースを剥ぎ取った。
 下着やストッキングも残らず脱がせて、しわにならないよう部屋の隅に置いておく。
 真新しいタオルをソファに敷いて、汚れないように気を遣う辺りは、いかにも真面目で潔癖なこの二人らしいと言えるかもしれない。
 もっとも、本当に潔癖だったら、実の兄妹でこのような振る舞いには及ばないだろうが。
 白い恵の肌が全て露になったが、暖房が効いていたことと体が火照り始めていたこともあり、寒さはあまり感じていないようだった。
 それでも、つんと先端の勃起した生の乳房に啓一が触れると、「あっ」と小さくつぶやいて、体をぶるぶる震わせた。尻に触れば腰が揺れ、背中に触れれば背筋が跳ねる。とても敏感だ。
 啓一はそんな双子の妹が、自分の半身がとても可愛らしく思えてしまい、恵が求めるままに乳を揉み、首筋に舌を這わせた。
「んあっ、ああ――啓一、啓一ぃっ」
 恵の顔に脂汗が浮かび、艶のある黒髪を湿らせた。頬を舐めるとかすかに塩味がする。啓一は夢中でそれを味わった。
 啓一のジーンズには、はた目にもわかるほどはっきりとした盛り上がりが形づくられていて、布地にきつく圧迫されていた。その勃起が膝の上にいる恵の尻に当たり、硬い感触を与える。
 啓一は、恵の耳たぶを軽く噛んで囁いた。
「恵……俺のも、頼む」
「うん、わかった」
 恵はソファから下り、しゃがみ込んで啓一の下半身に覆いかぶさった。太ももの内側に顔を寄せ、いきり立った兄の股間を何度も愛しげに撫で回す。細い指が布越しに触れるたび、啓一のものは興奮で痙攣した。
 散々焦らしながら時間をかけてファスナーを開くと、下着の中から、反り返った肉の棒が黒い顔をのぞかせた。指でくにくにと幹を挟み、皮の剥けた亀頭に口づける。我慢の跡を示すように滴った卑しい汁が、恵の唇を汚した。
「結構かわいいよね、啓一のおちんちん。毛、剃っちゃおうか」
 悪戯好きの子供みたいに恵が笑うと、啓一が冷たい声で返した。
「お前のもツルツルにしていいんだったら、いいぞ」
「んー……じゃあ、やっぱやめとこ」
「ほら見ろ。思いつきで変なこと言うんじゃない」細い目で恵を見下ろす。
「えー、だってぇ」
「いいから、早くしてくれよ」
 啓一はかけ合いを中断し、恵に速やかな奉仕を要求した。今までもかなり我慢を強いられており、早く慰めてほしかったのだ。
 口を尖らせながらも、恵も満更ではない表情で啓一のものを握りしめた。
 左の手のひらに袋を載せ、右手の指でぐっと陰茎をつかむ。いつものリズムに合わせて、亀頭を親指の腹でしゅっ、しゅっと擦ると、すぐに先端の粘液は量と濃さとを増していった。
「ああ……やっぱりいいな、それ」恵の髪を撫でて、啓一が満足げに言った。
「当ったり前でしょ。今さら何を言ってるんだか」
 どこをどのように刺激してほしいか、啓一の嗜好も性感帯も、恵は全て理解している。何しろ、初めて二人がこの行為を始めたのは、中学校に入ったばかりの頃だ。あれから数年が経過し、啓一の体は凛々しくたくましく成長したが、こうして恵の手で責められ、嬉しがる姿は、その頃とまるで変わっていなかった。
 そんな啓一の顔を見上げて手元の男性器をいじくる恵も、実に満足そうだった。
「お、うおっ……」
「どう? 指だけでイっちゃいそうでしょ。先に一回、出しとこっか」
 亀頭を強く握ると、指の隙間から泡立った汁がにじみ出た。一度、手を離して指を広げる。糸を引く様子が卵白を思わせた。
 恵は妖艶な笑みを浮かべ、手についた汚濁を舐めとった。唾液と粘液にまみれた唇が、光を反射して輝いた。
 興奮のあまり、このままこいつの顔にぶっかけてしまおうかと啓一が考えていると、急に恵が濡れた手を伸ばして、男根の根元をきつく圧迫してきた。
「つっ! お、お前――」
 男の一番弱い部分をこうして締めつけられるのは、かなり苦しい。恵はうめく啓一を見上げ、叱りつけた。
「こら、変なこと考えないでよ。目に入ったら後が大変なんだからね」
「い、いやー、ついつい……。あーあ、やっぱお前には隠し事できないな」
「当たり前でしょ、あなたは私の半分なんだから。何だったら、そっちの体と替わってあげようか? 最近交代してないでしょ」
 握りしめた指を緩めて、恵が訊ねた。啓一は首を横に振った。
「いや、いい。それにこないだ替わってやっただろ。ヒカルちゃんのときに」
「ああ、そういえばそうだったわね」恵はわざとらしくつぶやいた。
「それにしてもヒカルちゃん、どうしてるんだろうな。心配だ」
 啓一は憂いを帯びた顔で言った。
 あの日から、ヒカルとは顔を合わせていない。
 真理奈から聞いたところによると、啓一に振られた翌日、ヒカルは学校を休んだらしい。次の日からはきちんと出席して、少なくとも表面上は以前と変わらない様子でいるそうだが、彼女が昼食時や放課後に啓一のところにやってくることは決してなかった。
 そのため、あの元気一杯の声を聞くこともなくなって、ヒカルがいないだけで自分の周りがこんなに静かになるものかと、啓一は改めて思い知らされることになった。
 出会ってからまだひと月にも満たないが、そのわずかな間に彼女は啓一が思っている以上に大きな存在になっていたのかもしれない。
 あのような形で拒絶したとはいえ、ヒカルのことは今でも決して嫌いではなかった。
 今どき珍しいほど素直で明るく、表情豊かで、一緒にいると心が和む。できることなら友人として末永くつき合っていきたかったが、彼女の方は啓一ともっと深い関係になることを望んでいた。そしてそれを、啓一は受け入れることができなかった。
 やはり、ああするしかなかったと思う。
 一途ゆえに思い込みの激しいヒカルは、生半可なことでは引き下がらなかっただろう。
 結果としてヒカルには辛い仕打ちになったが、何とかその挫折を乗り越えて再び笑えるようになってほしい。啓一はそう思っていた。
 恵も啓一の心情を察して、陰茎をいじりながら同意した。
「そうね。ヒカルちゃん、早く立ち直ってくれたらいいんだけど」
 ぬめった肉棒の表面を舐めあげて、そう言った。
「ヒカルちゃんのことは好きだけど、私はフラれちゃったから。残念だわ」
「よく言うよ。嫌がられるのわかってたくせに」
「それは言わないお約束、でしょ? 仕方ないよ」
 恵はそこでヒカルの話題を打ち切り、奉仕を再開した。
 一度、二度と尿道口にキスをし、肉棒の先を旨そうに口に含む。食事の際にも少ししか開かない恵の口が、啓一の性器をくわえるために一生懸命に唇を引っ張り、汚らわしい肉の塊を飲み込んでいった。
 まだ風呂に入っておらず、きっと汗と小便の味がするはずだ。臭いもだ。いくら啓一のように爽やかな男であっても、年頃の牡に特有の悪臭は隠せない。
 その一物にふんふん言ってしゃぶりつき、舌で垢をこそげ取る恵はきっと重度の変態なのだろう。啓一はそう思ったが、嫌悪の情は欠片もなかった。恵が変態なら、啓一も変態だ。変態な恵がこれ以上なく愛しい。
 二人がヒカルに語った話の中で、唯一、事実と違う点があるとすれば、それは「恵が啓一を支配している」ということだろう。
 啓一に言わせれば、自分も恵も元々一つだった人格が分かれたものであって、右手と左手のように多少の機能差はあれど、そこに優劣はない。
 したがって、本来なら二つの肉体の間に愛情が芽生えるはずはなかったのだが、ちょっとした手違いでこうなってしまった。後悔はしていないが、後ろめたさはある。
 思えば二人分の心が繋がって生まれてきたときから、ずっとこうして悩んでいた気がする。
 精神の奇形児。啓一は自分のことをそう思って生きてきたし、先日、真相を知ったヒカルの反応を見ても、概ねその評価は正しいように思えた。
 恵の長い黒髪をさわさわ撫でつつ、そんなことを考えていると、口淫にふける恵が、舌先で尿道を攻めながら啓一を見上げてきた。
 何か言いたげだが、この状況では喋れるはずもない。
 だが二人の間では、いちいち言葉を交わさずとも、ただ思うだけで意思が伝わる。啓一は恵の髪の手触りを楽しみ、小さくうなずき返した。
「ん、サンキュ。じゃあ、続き頼む」
 恵は何も言わず、舌先と唇の淫らな動きで答えた。
 ちゅぱちゅぱと下品な音をかき鳴らし、恵の口内で唾液と我慢汁とが混ざり合った。唇が蠢き皮を引っ張る。舌が跳ねて亀頭を擦る。絶妙の挟み具合で先端をくわえ、頭を上下させる恵の巧みなテクニックに、啓一はいつしか爆発寸前にまで追い詰められていた。
「そろそろ、だな……」
 間近に迫った射精の欲求に、緊張した声を出す。
 恵もそれを熟知しており、ここぞとばかりに技を駆使してとどめを刺しにきた。凄まじい勢いで肉棒を吸い上げられ、全てを持っていかれそうになる。
「う、恵っ……!」
 震える声と共に、啓一は恵に向けて精を解き放った。
 張った睾丸から待ちに待った子種が迸り、尿道を通過して口内に噴き出した。
「んんっ、んっ……!」
 本来ならば胎内の卵子と結合すべきはずの精子の群れが、愛液ではなく唾液と混ざって、恵の口いっぱいに広がった。
 啓一も陰茎に絡みつく熱い白濁を感じていた。ねとねと糸を引く感触が、回を重ねるごとに中毒性を帯びていくような気がした。
「ん、んん……んくっ」
 舌の上で転がしながら、恵は精液を少しずつ嚥下していく。
 射精した分を飲み終わると、もう一度啓一のを口に含んで、尿道に残った精をすすって綺麗にしてくれた。まさに至れり尽くせりだ。
 啓一は、無事に奉仕を終えた恵の頭を優しく撫でてやった。
「出してもよかったのに。気持ち悪いだろ?」
「ううん、別にいい。ちょっと癖になっちゃったかも」
 最近は飲み込むのにも抵抗を感じなくなって、残らず飲み下すのが習慣になっていた。美容にいいというのは根も葉もないデマだろうが、少なくとも毒ではない。
「変態だな」恵の髪に指を絡ませて、啓一が言う。
「そうだね、変態だね。でも変態なのが好きなんでしょ?」
「そうだな、その通り。俺も変態だ」
 二人でひとしきり笑った後、今度は恵がソファに座り、脚を大きく開いて啓一を誘った。
「じゃあ、もっかい交代ね。よろしくっ」
「OK、わかった」
 啓一は、電灯にくまなく照らされた恵の陰部に鼻を近づけた。散々見慣れた肉びらは、朝の草花のようにしっとりと濡れていた。指で入り口を軽く開くと、濃厚な雌の臭いが立ち込めて、思わず唾を飲んでしまう。
 そのまましばらく、視覚と嗅覚を駆使して観察を続けていると、恵が羞恥と欲求不満に顔を赤らめて、弱々しい抗議の声をあげた。
「ちょ、ちょっと啓一、焦らさないでよ……」
「ああ、すまんすまん」
 悪びれず言い、舌を伸ばして秘所の中に突き入れた。濡れた膣の中を擦りながら侵入してくる肉の塊の感触に、恵の背筋が反り返った。
「んあっ、ううんっ」へたり込んだ恵の腰が、ガクガクと震えた。
 次は一度舌を引き抜き、膣口を嬲るように舐め始める。
 恥丘に舌を這わせながら、「やっぱりここ、ツルツルに剃っちまうか」と言って笑うと、恵は顔じゅう真っ赤にして嫌がった。
 その仕草がたまらなく可愛くて、もっともっと愛情を注ぎ込みたくなる。
 啓一は陰唇と言わず膣内と言わず、指と舌の届く範囲で、恵のあらゆる場所を責めたてた。
 肉壷の中に一本、二本と指を差し入れては滴る蜜の音に聞き入り、立ち上がった陰核を舌先でつんつん突いては皮を撫でる。
 恵は啓一が動くたびに、「あふ、あふっ」と声と息との中間のようなうめきを発して、彼を喜ばせた。
「声出しすぎ。もうちょっと我慢しろよ」
「あっ、ああ、んああっ」その返事も獣の鳴き声にしかならない。
 とろとろ溢れてきた愛液が重力に引かれ、タオルの上にゆっくりと滴り落ちた。
 恵の体が分泌するいやらしい蜜をもっと味わおうと、陰唇を唇で包んで吸い上げると、じゅるじゅると生々しい音が響き、恵の息が引きつった。
「ひあっ! す、吸っちゃ――あ、ああっ」
 ひっく、ひっくと泥酔したかのような声が示す通り、恵は酔っていた。愛する男に醜態をさらけ出し、淫らな仕打ちを受けて沸きあがる興奮に酔いしれていた。
 長い黒髪が汗ばんで、頬や乳房に張りつく。快感が全身に駆け巡った。
 恵はそうして、一気に絶頂までのぼりつめた。
 股間の欲望を必死で抑えつけながら、啓一は彼女の陰核を口に含み、散々に痛めつけた。あまりの刺激に、恵の白い臀部が激しく跳ねてソファを揺らした。
「ああ、ひあっ! あ、ああん――ああ、ああっ」
 声にならない声をあげ、何度も痙攣を繰り返す姿が滑稽でさえある。敷いたタオルと啓一の顔は、共にべとべとになっていた。恵から漏れ出た水分だった。
 汚れた恵の肌と陰部を拭きながら、笑って訊いた。
「なかなか派手にイったな。大丈夫か?」
「う、うん、だいじょぶ……」媚びた声が返事をする。
 心地よい絶頂の余韻が、恵の身を温かく包み込んでいた。どこにも力が入らないようだ。
 啓一は恵の隣に移動すると、火照った裸体をいとおしげにかき抱いた。恵の頬を犬のようにぺろぺろ舐めて、汗の味を確かめる。
「あっ、け、啓一ぃ――やあっ」
 くすぐったさに身をよじるも、絶頂を迎えて脱力した体では、思うように抵抗できない。さながら玩具のような扱いだったが、恵の表情には不思議な安らぎが満ちていた。
 啓一はたくましい腕で、細い恵の体を抱え込んだ。
 後ろから抱きしめて耳たぶを数回噛み、恵の鳴き声を楽しむ。
「恵……そろそろ、いいよな」
 その言葉が意味するところは、これ以上ないほどに明確だった。ここまでくれば口に出す必要もないというのに、啓一はあえて恵の羞恥心を煽るために、わざわざ耳元で問いかけたのだ。
 恵の思考は霧がかかったように鈍くなっていて、ただうなずくことしかできない。
「うん、いいよ……入れて……」
 快楽にとろけて、猫なで声で啓一を誘ってきた。
 今、尻に当てている猛々しい雄の象徴を、心ゆくまで味わわせてやれる。恵の体の奥で子宮がきゅうっと引き締まったのが、啓一にもわかった。
 啓一も彼女と同様、既に忍耐の限界だった。
 こちらに背を向ける恵の体を力任せに担ぎ上げて、大きく両脚を開かせた。開いた腿を宙に浮かせ、丸見えの股間を自らの肉棒の上に持ってくると、よだれを垂らした膣口が我慢できずに、ひくひく蠢いた。
「んっ……啓一、今日はこの格好で、するの?」恵は恥辱を隠せない。
「ほら、ちゃんと俺のを握って。ちょっとずつ下ろすから、自分で入れるんだ」
「うん、わかった……」
 自分の体を啓一に預けたまま、恵は眼下の男性器を見下ろした。腹に当たりそうなくらいに反り返ったそれの表面には太い血管が浮き立ち、おそるおそる手で触れた恵に息を呑ませるほど、凶悪な姿を晒している。
 恵は啓一の陰茎を押さえて、己の入り口にあてがった。
 そのままゆっくり慎重に下ろしてもらうはずが、亀頭の埋まった瞬間、気持ちよさにうっかり啓一の力が抜けてしまい、恵の体は重力に従って勢いよく、一気に彼の上にのしかかった。
「あ――あああっ !?」
 悲鳴があがった。演技でも何でもない、真の悲鳴だった。全体重をかけて貫かれた性器がのた打ち回り、急いで追加の愛液を分泌する。いきなりの衝撃に、恵の息が止まった。とても苦しそうだった。
 ところが恵を串刺しにした肉棒は、彼女の苦痛を糧にしてますますいきり立った。なおも膨張する陰茎に膣内をめりめりと押し広げられ、恵の目から涙が溢れ出した。
 啓一は慌てて謝った。
「す、すまん。手が滑った。てか俺も痛い……」
「バカぁっ! 啓一のバカ、バカバカっ!」
 恵は身をよじって啓一のものから逃れようとしたが、力がろくに入らない今、深々と挿入された男根がそれしきで抜けるはずもない。それどころか結合部に要らぬ力をかけてしまい、恵はますます顔を歪めることになった。
「うう、もっとゆっくり入れてよ……啓一のバカぁ……」
「いやー、慣れない姿勢でするもんじゃないな。とりあえずちょっとの間じっとしとくから、痛くなくなったら適当に動いてくれ」
 啓一はそう言って片手を恵の腿から外し、いたわるように背中を撫でた。全く関係のない場所だったが、それでほんの少しだけ、恵の機嫌が良くなった。
 啓一は首を前に伸ばし、恵の体を見下ろした。
 表面に汗の浮き出た二つの乳房は、大きくも整った形をしていて、硬く尖った先端がつんと上向いている。白く滑らかな腹の下に、啓一のをくわえ込んだ浅ましい陰唇が、はっきりと見て取れた。肉の塊をみっちりと埋め込まれて膨らんだ姿は、獲物を飲み込んだ蛇のようだ。ぱっくり自分の形に口を開けた陰部から、卑しい汁がとろとろタオルの上にこぼれていくさまを見て、何とも言えない嬉しさがこみ上げてきた。
「どうだ。そろそろいけるか?」
「あ……。う、うん、動くね……」
 恵はうなずいて、彼の上でおずおずと体を上下に揺らし始めた。
「ん、んん……ん、くっ。ああっ」
 声を出すつもりはないのだろうが、唇の隙間から自然とうめき声が漏れてしまっている。
 何せ、背後から伸びた啓一の手に乳房や股間をいじられながら、自分から腰を振って、じんじん痺れた陰部を硬い肉棒にえぐらせているのだ。快感と興奮とが声になって口から出てくるのも、至極当然と言えた。
 啓一は恵の背中にかかった髪をかき分け、淡い肌に舌を這わせた。
「恵、興奮してるだろ。中がきつくなったぞ」
「やだぁ、そんなこと言っちゃ……」恵は羞恥に自分の顔を覆った。
「遠慮しなくていいから、もっとおかしくなってもいいんだぞ?」
 笑って、下から腰を小刻みに突き上げる。
 腰の動きに合わせて中に埋まった肉棒が上下し、恵の愛液を潤滑油にして、膣の内部を激しく摩擦した。壁を擦る卑しい音と、汁が泡立つ淫らな響きが、二人の鼓膜を無作法に叩いた。
「やあっ、あっ、んんっ、ああんっ」
 まぐわいの音を伴奏にして、恵が歌う。口と性器で奏でる淫らな楽曲だった。
「あー、やっべ……気持ちいい」
 一切気取るところのない本音が、啓一の口から漏れた。本能からの欲求が満たされつつあるときに発する、歓喜の声だった。
「んっ、んひっ、ま、まだ……イっちゃ、ダメだからねっ」
 恵が息も絶え絶えの声で、そう口にする。同時に絶頂にのぼりつめたいのだろう。恵らしい考えだった。
「はいはい。お前の方こそ、先にイクんじゃねーぞ」
 啓一は恵の尻をつかみ、繋げた部分をぐりぐりこね回した。汁でびちょびちょの膣内をかき回されて、恵の嬌声があがる。
「いやあ……それ、ダメだよぉっ」
 やめたらすごく嫌がる癖に、何がダメなのだろうか――。
 啓一はそう思いながら、意地悪な悪童の表情を浮かべて、恵を苛んだ。感度の高い体はあちこちがぷるぷる震えて、今にも壊れてしまいそうだった。肉欲に支配されている恵の淫乱ぶりが、どうしようもなく可愛い。
 恵は唇の端からよだれを垂らし、虚ろな目でよがり続けた。啓一に持ち上げられた尻がまた彼の上に落下し、抜けかけた肉棒が奥の奥まで突き込まれるたびに涙を流して、「あひっ、あひぃっ」と引きつった声で泣き喚いた。
 陰茎に汁の絡む音がじゅぽじゅぽと響き、啓一の嗜虐心をかきたてる。
 この女をもっと責めたい、もっと鳴かせたいという欲求に突き動かされ、恵の大事な部分を何度も何度も往復した。
 一突きごとに膣の肉がきゅうきゅう締まり、彼に射精を促してくる。まるで女性器そのものが、早くいかせてくれと絶叫しているかのようだ。
 啓一もまた、間近に迫りくる絶頂の予感をひしひしと感じていた。パンパンに膨れ上がった睾丸の内部で、数億の精子が発射の瞬間を今か今かと待ちわびている。少し気を抜くだけで、この衝動は恵を孕ませるために襲いかかるだろう。
 だが、恵より先に達してしまうわけにはいかない。これは男の意地だ。啓一は射精の誘惑の中で尿道を引き締め、遮二無二耐えた。
「あ、けっ、けい、啓一ぃっ」恵が彼の名を呼んだ。
 相棒に自分の名前を呼ばれる。この当たり前のことが、とても嬉しかった。
 もはや恵は自分が何をやっているのかもわからないのか、無意識に腰を振っていた。いつも清楚な表情は淫蕩な色に染まり、肌も髪も汗と体液で汚れ、べとついている。勝手に手が動いて自らの乳首や陰核を必死で慰めるさまは、まさに痴女そのものだ。
 そうして何十度目かの上下運動を終えたとき、恵の体が大きく跳ねた。
「はっ、はあっ、はんっ! はひ、はひぃっ!」
 海老のように反り返って奇声を発し、壮絶な絶頂を迎える。膣内が精を求めて収縮したその瞬間、啓一も己を解き放っていた。
「うあっ、出る……!」
 ようやく開放された尿道口から、白い濃汁が灼熱のうねりとなって噴き出した。射精の音がびゅるびゅると聞こえてきそうなほどの勢いだった。
 長い間焦らされた精子の群れが、たった一つの卵子を求め、膣の内部に染み渡る。恵の子宮が狂喜のあまり痙攣しているのが、啓一にもはっきりわかった。
「はあっ、はあ――うんっ、あああ……」
 恵の腹の底から出てくる、とろけるように甘い吐息が心地よい。
 二度の射精を終えて小さくなった陰茎が結合部に隙間を作り、そこから肉壷を満たしていた二人分の濃汁が、音もなく溢れ出てきた。
「あ、垂れてきた」
 間の抜けた啓一の声に、恵は笑ったようだった。
 繋げた体が離れるまでのわずかな時間、啓一は恵と一緒にいられる幸せを噛み締めていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 週明けの放課後、啓一が部活に行こうとすると、廊下でヒカルに出くわした。
「あ、啓一センパイ。こんにちは」
 ヒカルは何でもない様子で挨拶してきたが、啓一は激しく動揺した。
 もっと早く気づいていれば逃げることもできただろうが、こうして声をかけられてしまった以上、あからさまに無視するわけにもいかない。
 おそるおそる返事をして、何気ない言葉を二つ三つ交わしたとき、ヒカルが改まった口調で言った。
「啓一センパイ、すいませんでした」
「え?」
 なぜヒカルが謝るのかわからずにいると、彼女は真っ直ぐ啓一の目を見て言った。
「あたし、センパイのこと、全然わかってませんでした。センパイの気持ちとか、センパイの事情とか、全然考えずに一方的に自分の気持ちを押しつけてました。ホントにごめんなさい」
「い、いや、そんなことは……」
「あれからあたしも色々あって、今は楽しくやってます。もうセンパイにつき合ってくれなんて、言いませんから」
 ヒカルはふっ切れた表情をしていた。明るい雰囲気を取り戻した、ヒカルらしい快活な笑顔だった。
 どうやら、ヒカルは失恋の痛手から立ち直ってくれたようだ。啓一はできるだけ自分を落ち着けて、穏やかに言った。
「そっか、わかったよ。こないだはあんなこと言ってごめんね、ヒカルちゃん」
「いいえ。こちらこそ迷惑かけて、すいませんでした。恵センパイにも、ごめんなさいって言っといて下さい」
「うん。よかったら、またいつでも遊びに来てね」
 ヒカルと顔を見合わせ、笑う。やっぱりこの子は笑顔が似合うと思った。
 ヒカルはそんな啓一を見上げて、軽く首をかしげてみせた。
「でも、今でもあたし、よくわかんないんですよ。啓一センパイと恵センパイのこと。こないだのあれはセンパイの演技だったんですか? それとも二人の中身が入れ替わっちゃったとか? ねえ、啓一センパイ。いったいセンパイはどういう人なんですか?」
 啓一はその質問に、困った顔を浮かべた。
「うーん……。説明するのが難しいけど、俺は俺だよ。それで納得してくれないかな?」
「そうですか。よくわかりませんけど、納得したってことにしときます」
 ヒカルは笑ってうなずいた。
 おそらく、ヒカルにもヒカルなりの悩みや葛藤があったのだろう。
 だが今の笑顔はそれを感じさせない、とても爽やかなものだった。
「それじゃあセンパイ、さようなら。部活、頑張って下さいね」
 そして頭をぺこりと下げて、ヒカルは颯爽と去っていった。
「ごめんね、ヒカルちゃん。あと、ありがとう」
 ヒカルの後ろ姿を見て、そうつぶやいた。これで終わったのだと実感した。
 おそらく、これからもヒカルとはたびたび顔を合わせるだろう。だが、もうあの子を泣かせることは決してないはずだ。
 啓一は疲労と安堵の入り混じった表情で、一つの騒動が無事に終わったことを心の底から感謝していた。


前のを読む   一覧に戻る

inserted by FC2 system