人妻移植 2


 退院してから、静香は新しい体に少しずつ慣れていった。ときどき咳き込んだり、胸の痛みを覚えたりすることはあったが、退院して半年も経つと、調子が悪いときも取り乱すことはなくなった。いつも体調が悪いわけではなく、いいときと悪いときがある。そして、だんだん悪いときの頻度は減りつつあった。
「いいですね。治療は効いているようです。正直に言うと、もっと悪くなるかと思っていたんですが」
 まだ若い医師は病院でそんな無神経な言葉を口にしたが、静香は怒る気にはならなかった。治療が効いているのは歓迎すべき事態だった。退院してしばらくは床に臥せることもあったが、最近ではそのようなことはなくなった。今では通院を続けつつ、以前と同じように歩いたり家事をしたりといった日常生活を送っている。
 ある日、定期的な受診を終えて静香が帰宅すると、哲男からの連絡が入っていたことに気がついた。職場の歓迎会で帰りが遅くなるという。以前哲男が勤めていた会社は借金騒動で退職せざるを得なかったが、雄大が所有する商社に雇ってもらえることになった。昼間はそこで仕事に勤しみ、夜や休日は妻子と共に過ごす、というのが今の哲男の生活である。
 以前と同じような穏やかな日々を取り戻しつつあることに、静香は安堵していた。
 夫からの連絡を受けた静香は、自分と娘の二人分の夕食を用意し、学校から帰宅した娘を出迎えた。
「おかえり、七海。今日はパパの帰りが遅いらしいから、夜は先に寝ましょうね」
「そうなの? パパ、お仕事どんな感じなのかな」
「きっとうまくやってるわ。前の会社でもいいお友達が沢山いたもの」
 あまり手間がかからない簡素な夕食を終えると、静香は七海に風呂に入るように言った。最近、この家では七海が一番風呂に入ることが多い。静香はだいたい最後だ。
 しかし、その日は違った。「ママも一緒にお風呂に入ろ!」
「え? いいけど……」
 静香は意外に思いながらも七海と風呂に向かった。以前はよく風呂に入れてやっていたが、退院してから一緒に入浴するのは初めてだった。
 ブラウスと細身のロングパンツをバスケットに入れ、静香は裸になった。浴室の中の姿見をのぞき込むと、首筋や背中に走る生々しい手術の痕がよく見えた。傷跡を境にして、静香と健人、異なる二人の男女の肉体が融合していた。
「ママ、おちんちん生えてる。ホントに男の子になっちゃったんだね」
 感心した様子の愛娘に、静香は赤面した。「そうよ……ママ、男の子になっちゃったの」
「ふーん。じゃあ、あたしとママ、結婚できるんだね! あたし、大きくなったらママのお嫁さんになる!」
「何ですって? そんなの無理よ」静香は慌てて否定した。「ママと七海は親子でしょう。パパと七海が結婚できないのと同じで、ママが男になっても七海と結婚なんてできないわ」
「ええっ、そうなの?」
 七海は心底残念そうな表情だった。
「そうなの。ママもパパも大丈夫だから、七海は何も心配しないで。大人になったら素敵な彼氏を見つけてきなさい」
「はーい。でもママの体、ケントお姉ちゃんの体なんだよね? こないだケントお姉ちゃんから聞いたよ」
 思いもよらぬ七海の指摘に、静香は動揺を押し隠した。「そうよ……七海にはまだどういうことかわからないかもしれないけど、ママと健人君、手術でお互いの体を交換したの。健人君の声も匂いも、昔のママと同じだったでしょう?」
「じゃあケントお姉ちゃんはあたしのママで、ママはケントお姉ちゃんなんだね」
「そうね、そういうことになるわね」
「じゃあ、やっぱりあたし、ママのお嫁さんになる! 親子じゃないなら結婚できるよ。いいでしょ?」
「だから無理だってば……」
 なかなか退かない娘の話を無視して、静香は七海の体を洗ってやった。湯船に浸かって三十秒も経つと、落ち着きのない七海は早々に浴室の外に飛び出してしまう。
「七海、ちゃんと温まらないと風邪を引くわよ。まったくもう……」
 一人残された静香は、ボディソープを手に取り、自分の肌をこすり始めた。手術からだいぶ経って痛みもほとんど消えたとはいえ、今も残る大きな傷跡をタオルやスポンジで強く擦るのは躊躇われた。
 曇った姿見の中では、細身の小柄な少年が自分の体を手のひらで洗っていた。その華奢な肩の上に、長い髪を後ろで束ねた女の顔が載っていた。
「ママ、おちんちん生えてる」
「そうよ……ママ、男の子になっちゃったの」
 先ほど娘と交わした会話が蘇った。容態が一段落して気持ちに余裕ができたせいか、自分が異性の体になったことを意識する機会が多くなった。
(今まで三十年以上、女として生きてきたのに……子供だって産んでいるのよ。それなのに、今さら男の体になってしまうなんて……)
 夫と愛娘を助けるためとはいえ、両親からもらった女の体を投げ捨て、見ず知らずの男子小学生の体になった。股間にぶら下がる男性器にはまだ毛も生えておらず、哲男の立派なものと比べると微笑ましい。
 これが今の自分なのだ。手足も、胸も、股間も、声も健人のものになり、元の自分の特徴と言えば顔と髪だけだ。何とも奇怪でみすぼらしい、哀れな姿だった。もう子供を産むこともままならない。七海の弟や妹を産んでやることもできないのだ。
「ママ、男の子になっちゃった……」
 鏡に向かってつぶやくと、静香は股間の性器を手のひらですくった。日頃これに触れるのは風呂と小便のときだけだが、自分のものだと思うと不思議な気分になる。体のついでに洗っておこうと自分に言い訳しつつ、短い指で幹をつまんだ。刺激に反応してか、ほんの少し硬くなった。
「やだ……私ったら、落ち着かないと」
 健人の声で慌てふためき、静香はペニスを撫でてなだめた。夫以外に体を許したことのない貞淑な妻は、男性器の扱いに長けているとはお世辞にも言えなかった。結果として小ぶりな陰茎はますます立ち上がり、ぴんと自己主張を始めた。
 勃起している。乏しい体の血が股間に集まり、幼い肉の槍を雄々しく反り立たせている。自分がそうなっていることに静香は驚き、嫌悪し、そしてわずかに興奮した。
(ますます硬くなったわ。どうしたら収まるの? 健人君のおちんちん……)
 不慣れなペニスを握りしめて思い浮かべたのは、愛する夫ではなく健人の姿だった。線の細い少年は三十路を過ぎた人妻の艶やかなボディを手に入れ、勃起した静香を妖しい笑顔で見下ろしていた。静香の妄想の中の健人は、スカートをまくり上げて煽情的な下着をさらけ出し、ブラジャーの上から挑発的な仕草で自分の巨大な乳房を揉みしだいていた。
(ああっ、あれは私の体なのに……ダメ……私、健人君の体で自分を慰めてる……)
 これ以上ないほどペニスを硬くした静香は、あまり血の通わない指先で勃起した一物を擦り上げた。どのように自分を慰めるべきか、頭ではなく体の方がよく知っているようだった。健人の体は未熟な官能の刺激を燃やし、静香の頭脳を虜にした。手の動きが少しずつ速さを増していくのがわかった。
「あっ、ああっ、ああ……くる、くるわ……!」
 羞恥と興奮とに身を焦がし、静香は天にのぼりつめた。ひときわ高い声と共に切っ先から薄い樹液が噴き出し、射精に至ったことを静香に思い知らせた。女として生きてきた自分が、初めて牡の絶頂を迎えたのだ。
 ひとたび精を放つと、自己嫌悪の情が静香の胸の内を覆いつくした。自分のものになったとはいえ、年端もいかぬ少年の体をもてあそんで悦に入ったのだ。なんと破廉恥なことだろうか。鏡に映った今の浅ましい姿を手術を受ける前の自分が見たら、きっと悲鳴をあげて逃げ出すに違いない。
 もう二度と、こんな卑猥な真似をしてはいけない。静香は心に固く誓ったが、射精に至るまでの興奮と高揚を思い出すと、その信念が揺るいでしまうのも事実だった。
 こんな調子で、これからまともにやっていけるのだろうか。また一つ、静香の日常における心配事が増えてしまった。このことは夫の哲男も含めて、決して誰にも語るまい。後悔と気恥ずかしさを胸に秘め、静香は体についた汗を熱い湯で洗い流した。

 ◇ ◇ ◇ 

 哲男は仕事がないとやっていけない人間だ。
 金の問題ではない。仕事をしていないと落ち着かないのだ。
 静香の献身のおかげで、莫大な借金を帳消しにしてなおお釣りがくる、働かなくても食べていけるほどの金を手に入れた。だが、たとえ金があっても働かず一日中家にいるというのは、哲男にはとても耐えられることではなかった。
 意地悪な表現をすれば、妻を売り飛ばした負い目によるものかもしれない。一時であれ悩み事を忘れるための逃避かもしれない。それでも、自分にできることを毎日積み重ねていこうと決心した。いつ命の蝋燭が燃え尽きるかもわからない妻に二十四時間寄り添い、共に泣きながら暮らすというのはあまり良い選択には思えなかった。家族三人で以前と変わらない生活をして、可能な限り自然な日々を送りたかった。
 静香の体調も、当初懸念されたほど悪いものではなかった。手術してくれた病院は静香を最優先に診てくれたし、雄大の会社が開発した新薬を静香に投与することも一度ならずあった。それは臨床試験、つまり実験台に等しい扱いだが、静香のものになった健人の体は幸いにも新しい治療に反応し、良好な経過を見せていた。現代医学は日進月歩らしく、疾患によっては数週間から数か月ごとに新たな薬が導入される。気がつけば手術から一年、二年と何ごともなく経過し、静香の体調は一部を除いて概ね健常人と変わらない程度になっていた。
 哲男は喜んだ。これで、最愛の妻を死なせずとも済むかもしれない。自分のこさえた借金で健康な体を奪われた妻である。死なせたくないという思いがまず第一にあった。

 ある日、哲男が仕事を終えて家に帰ると、来客があることに気がついた。ドアを開けると、思った通り健人の姿があった。
「やあ、『静香』ちゃん。調子はどうだい」
「もう、ここでは健人って呼んでほしいって言ってるじゃないですか、おじさん」
 健人は頬を膨らませた。中学校に上がってからも、彼女はしょっちゅうこの家にやってくるのだ。哲男の一家と共に食事をして帰ることも多い。
 ガレージに美也子の車はなかった。最近では彼女が四六時中健人を見守ることもなくなり、せいぜい送り迎えをする程度になっていた。
 健人が女になってはや二年。健人という名前で女子校に通うわけにはいかないため、学校では静香と名乗っていることを哲男は耳にしていた。周囲の助けもあって友達が沢山でき、元気にやっているという。
 肉感的な肢体を黒のセーラー服に包んだその顔は、以前よりも丸みを帯び、少年というよりは女の子という印象が強い。髪は短めのショートボブだが、女子として特に違和感のない髪型だ。繊細で病弱な少年だった健人は、熟れた女体でフェロモンを振りまく静香へと変身しつつあった。
「ははは、悪かったよ。それで、本物の静香はどこに行ったんだ? 七海もいないな」
「それが、二人で夕飯の材料を買いに行っちゃいました。僕が急に押しかけちゃったから……」
 恐縮する健人の肩を、哲男は軽く叩いてやった。
「気にするな。あいつらだって、君が来て嬉しいんだ。もう家族みたいなもんじゃないか」
「そうですか? そう言ってもらえると嬉しいです」
 健人は微笑み、哲男の隣に腰を下ろした。肩が触れそうな距離に近づき、哲男に熱い茶を勧める。哲男は礼を言って甘露を楽しんだ。
「おじさん、静香さんの体調はどうですか?」
「ああ、最近は特に何もなくて、すっかり元気になったみたいだ。医者に言わせるとまだ心臓や腎臓に少しばかり問題があるみたいだが、俺が見た感じはまあ健康だな。最近はちょっとだけど運動もしているよ」
「それは嬉しいです。こんなことなら、わざわざ手術で体を交換しなくても良かったのかも」
「そうだな。もしあいつが元気になったら、また二人で手術を受けるのか?」
 哲男は真剣な顔をして訊ねた。健人は健やかな体を求めて静香と肉体交換に及んだが、治療の甲斐あって元々の健人の容態が快方に向かった場合、やはりもう一度手術を受けて元の体に戻るのだろうか。
「いえ、それはできません」健人は首を振った。
「どうして? 君だって戻れるなら男に戻りたいだろう。そんな子持ちのオバサンの体になっちまって」
「僕たちの手術に使ったヘドシュワートという薬、覚えてますか? あれは一度使うと体に抗体というのができるそうです。あれを同じ人に二度投与すると、その抗体のせいで死んでしまうかもしれないと言われました。だからあの手術は一回こっきりなんです。もう元には戻れません」
 そう語る健人の笑顔には憂いの欠片もなかった。「それに、僕はこの体が気に入ってます。初めて手に入れた、元気に動き回れる体ですから。子持ちのオバサンの体でも別にいいんです。この体でこの家に来ると、自分が本当に七海ちゃんのママになったような気がして、とっても気持ちが明るくなるんです」
「そうか……君は変わってるな。前向きなのはいいことなんだろうが」
 哲男は落ち着いて健人の話を受け止めた。健人がたびたびこの家に訊ねてくる理由の一つとして、自分が静香だという意識があるのかもしれない。確かに、今の健人と七海は体のつくりからして九十パーセント以上、実の親子と表現しても差し支えないだろう。七海は七海で、最近は健人のことを健人ママと呼んで実の母親同然に慕っている。
「でも、七海の母親ってことは、俺の妻ってことにもなるんだぞ」哲男は健人に言った。首から上は赤の他人の男同士だが、首から下は長年連れ添った夫婦だった。「気持ち悪いだろう。俺の奥さんなんて」
 いくら人妻の体を移植されたとはいえ、首から上は十四歳の少年である。多感な時期の少年が年増の女になったことをそう簡単に受け入れられるはずはない。理屈ではわかっていても、感情で納得しないのが人間である。哲男は健人を案じたが、健人の反応は思いもしないものだった。
「いいえ、そんなことありません。むしろ、僕、おじさんの奥さんになりたいと思ってます」
「ええ? そんなバカな」
 哲男は狼狽した。最初は性質の悪い冗談だと思った。ところが、健人は自分から勢いよく哲男の腕の中に飛び込んできた。弾力のある巨乳が哲男の胸板を圧迫し、若かった頃の記憶を思い出させた。
「好きです、おじさん。僕をお嫁さんにして下さい」
「えええええっ !?」
 哲男は仰天した。かつてない驚愕だった。親友が借金を哲男に押しつけて行方をくらましたときも、借金のカタに静香の体を要求されたときも、これほどまでに吃驚したことはなかった。
「じょ、冗談だろ? 君、まだ中学生じゃないか。それに元男……こんなくたびれたオッサン、気持ち悪いだけだろう」
「そんなことないです。体は三十を過ぎたいい歳の女で、おじさんの奥さんの体です。もう男に戻れないんだったら、すっぱり男を諦めて女として生きる方が前向きじゃないですか。それに僕、この元気な体をもらって新しい夢ができたんです」
「新しい夢?」
 慌てふためく哲男の耳元に、健人は唇を寄せた。女盛りの人妻の香りと、中学校でそれを隠すためであろう、ほのかに香る香水の匂いが哲男の鼻腔をくすぐった。
「七海ちゃんみたいな可愛い子供がほしいなって。二度と男に戻れないんだったら、せめて女として子供を産んでみたいと思うんですよ。生理のときなんか、妊娠したらどんな感じなんだろうって疑問が毎回わいて、頭から離れなくて」
「そ、それはまた凄い夢だな。しかし、その体で子供を産むとなると……」
「そうですね。僕だって何も知らないわけじゃありません。この体の年齢を考えると、子供を産めるのはあと数年ってところでしょう。中学生か、遅くても高校生の間に出産しないと間に合いません」
 健人は哲男の体にしがみつき、顔が触れそうな距離で向かい合った。健人の息が哲男の顔にかかり、長年連れ添った女の匂いを吹きかける。病弱で繊細な男児の顔は、この二年余りの間に恋する乙女の顔へと成長していた。
「僕がしょっちゅうこのお宅に来ている理由、わかりますか? 静香さんや七海ちゃんと話をするのも楽しいですけど、それ以上におじさんが目当てなんですよ。おじさんと結婚しておじさんの奥さんになりたいなっていつも思ってるんです」
「えええええっ! そんな……いくら何でも冗談じゃないのか? おじさんを担いで驚かせようっていうんだろう」
「本気です! こんな冗談、言うわけないじゃないですか!」健人は頬を真っ赤にして抗議した。「七海ちゃん、ときどき弟や妹が欲しいって言うんです。でも、僕が静香さんの体を盗っちゃったでしょう? そうなると、僕が静香さんの代わりに七海ちゃんの弟か妹を産んでやりたいなって……おじさんのお嫁さんになって、おじさんの子供を産んで、七海ちゃんのママにもなって、皆と本当の家族になりたいんです」
「参ったな……こんなこと、静香が聞いたらなんて言うか」
 哲男は困り果てて頭を乱暴に掻きむしった。
 いくら体が愛する妻のものとはいえ、赤の他人の少年を妻としてみなすことなど、できるはずがない。そのうえ、健人の望むことは静香の立場を奪うことでもあった。哲男の妻として、七海の母として長らく苦労を重ねた静香に、「これからは健人がお前の代わりをしてくれるから用済みだ」などと言えるだろうか。
 健人の話はどう考えても受け入れがたいものだった。哲男は健人の肩を強くつかみ、自分の体から引き離した。
「家に帰りなさい。そして、ここにはもう来ないでくれないか」
「おじさんっ !?」
「俺は静香に、一生かかっても返せないほどの借りがあるんだ。それなのに、静香を捨てて君を妻にするなんて絶対にできない」
「静香さんを捨てろなんて言ってません! 四人で家族になればいいじゃないですか!」
「たとえ男になろうが死んでしまおうが、俺の妻は静香ひとりだ。君に代わりは務まらない」
 ぴしゃりと言い切ると、健人はうつむいて黙り込んでしまった。部屋が重い空気に満ち、哲男も健人も微動だにしなかった。
 どのくらいの間そうしていただろうか。玄関で物音がしたと思うと、静香と七海が現れた。
「ただいま……あら、あなた、帰ってたの」
「ああ、腹が減ったな。悪いけど、早く飯にしてくれないか」
「どうしたの? 健人ママ、元気ないね」
 首をかしげる七海を哲男は抱き寄せ、その繊細な髪を撫でてやった。「大丈夫だ。何でもないよ」
「僕、今日はこれで帰ります。ありがとうございました」
 ようやく顔を上げた健人は、壁にかけていたダッフルコートを羽織ると、静香と七海が引き止めるのにも構わず急いで帰っていった。その表情は硬く、今にも泣きだしそうだった。
 あの様子では、もうここには来ないかもしれない。だが、仕方のないことだった。
「あなた……いったい健人君に何をしたの?」
「俺は何もしてない。というより、俺がされそうになった」
「そう。せっかくお膳立てしてあげたのに、ダメだったか……」
「なに?」
 小さな囁き声だったため、静香の最後の台詞は半分も聞き取れなかった。
 夕食の支度が始まり、再び部屋に明るい笑い声が戻ってきた。哲男は平然とした振る舞いを心がけたが、やはり動揺は大きかった。まさか、元男の女性に告白されるとは。馴染み深い伴侶の体臭を思い起こすと、情けなくも勃起せずにはいられなかった。
 静香が健人と体を交換してからというもの、哲男が妻を抱いたことはなかった。可愛らしい男性器を生やした少年の妻と交わるのはさすがに抵抗があったし、いずれ死ぬかもしれない体調でそのようなことは到底考えられなかった。かといって他に女をつくったり風俗で発散させたりする気にもなれず、自分で自分を慰める毎日だ。不器用な自分がもどかしかった。
(今夜は眠れないかもしれないな……)
 せっかくの妻の手料理も、味がまるでわからなかった。どうしていいかわからず、眠りにつくまで上の空だった。寝床に入ってもなかなか寝つけず、仕方なく深夜にこっそり抜け出し書斎でアダルトビデオを観賞した。映像の中の艶めかしい女体に重ねたのは愛する妻の顔ではなく、妻の体を奪った少年の顔だった。

 ◇ ◇ ◇ 

 午前中に来訪した健人を、静香は快く家に入れた。聞けば、今日は学校の創立記念日で休みなのだという。
 健人が来るのは中学校の授業が終わってからのため、基本的にいつも家には七海がいる。こうして二人きりで話すのは久しぶりだった。
「それで、どう? 健人君はまだあの人のこと、諦めてないの?」
「はい。できたらおじさんの奥さんになって、一緒にこの家に住みたいです。七海ちゃんも賛成してくれてますし」
 健人は強い口調で言い切った。先日、哲男に言い寄り断られた彼だが、決して諦めてはいないようだった。
 静香はそんな健人に怒るでもなくうなずいた。静香は以前から彼の恋愛を応援し、できることなら二人を一緒にさせてやるつもりでいた。そもそもあの日、七海と共に席を外して健人をけしかけたのは静香なのだ。
 夫との穏やかな暮らしに嫌気が差したわけではない。長らく連れ添った哲男のことを、今でも深く愛している。
 だが、入れ替わってからというもの、哲男は静香の体を求めることはしなくなった。男になった妻を抱く気になれないのは仕方ないとしても、他に女をつくるでもなく、夜な夜な家族に隠れて自慰にふけっていた。静香以外の女を抱く気は毛頭ないようだが、それはそれで申し訳ないと静香は思う。
 静香が健人と体を交換したのは静香の意思だ。やむにやまれぬ事情があったとはいえ、それで哲男が二度と女を抱けなくなるのは静香にとって辛いことだった。すぐに思いつめる性質の夫だが、たまには世間体やモラルを気にせず、欲望の赴くままに振る舞ってもいいのではないかと思う。まして、健人が望んで体を差し出しているのだから、据え膳食わぬは男の恥とやらではないか。
 静香と哲男と七海に加えて、静香と肉体を交換した健人が家族として一緒に暮らせるなら、どんなにいいだろうか。静香が思い描く新しい家族の姿には、哲男と健人が両想いになることが必要不可欠だった。
「私も応援するけど、あの人はかなり頑固だから……とにかく、健人君があの人に振り向いてもらえるような魅力的な女の子になるために、一緒に頑張りましょうか」
「よろしくお願いします。でも、一体どうしたらいいんでしょうか?」
「そりゃあもう、やっぱりこの体で篭絡するしかないわね」
 静香は服の上から健人の乳房をつかみ、豊かな弾力を楽しんだ。三十路を過ぎた頃から重力に負けてやや垂れ下がり気味になっていたが、男になった今はそれも魅力的に見えた。
「ああっ、静香さん……」
「静香はあなたでしょう? 私のことは健人と呼びなさい。いいわね?」
「は、はい……健人君」
 静香は夫婦の寝室に健人を連れ込むと、荒い息をつく彼女に服を脱ぐよう命じた。そして自身も服を一枚ずつ脱ぎ捨てていく。トレーナーとジーンズというラフな格好の中から現れたのは、引きしまってしなやかな少年の身体だった。
「見て、これ。あなたから貰った体、こんなになったのよ」
「す、すごい……本当に僕の体だったの?」
 驚きに目を剥く健人に、静香は若々しい男体を見せつけた。髪を短く切り揃えていることもあって、今の静香は男とも女ともつかない奇妙な姿をしていた。女装が似合いそうな優男という表現が一番近いかもしれない。
 あの移植手術から二年半の時が流れ、過日、再び静香は手術を受けた。今度は複数の臓器の移植手術だった。雄大が外国から金で手に入れてきた臓器を貰うことに多少なりとも抵抗はあったが、だからといって無下に断る勇気もなかった。
 手術は無事に成功し、静香はほとんど健常人と変わらない体を得た。毎日数種類の薬を服用し続けなくてはならず、体の傷も増えてしまったが、それ以外は以前の静香の体調と比べても遜色ない。
 困ったのは病状ではなく、二度目となる自分の思春期のことだった。十代半ばの少年の体は、日々男としてたくましく成長しつつあり、病よりも自分の肉体の変化に戸惑うことがたびたびあった。声は低くなり、うっすらと髭も生え始め、男として生きるべきか女として暮らすべきか悩んだことは一度ではなかった。
 そんな自分と同じように、性転換して戸惑う少年が目の前にいる。熱っぽい眼差しで静香を見つめている。静香は健人に微笑んだ。
「あなたの体だって素敵よ、静香さん。とても色っぽくて、食べてしまいたいくらい」
「はい……嬉しいです」
 首筋に残る生々しい傷跡さえ除けば、肉感的で美しい女体が静香の目の前にあった。三十四歳の人妻の肉体は線の細い少年のものとなり、元の持ち主を魅了していた。
 今この瞬間、自分は男であるべきだ。哲男のためにも健人のためにも、静香は男として健人に女の何たるかを教えてやらなくてはならないのだ。
 静香は決心すると、健人をベッドに押し倒した。静香と哲男が何度も交わり、愛娘の七海を授かったダブルベッドだ。その上に横たわるのは夫婦でもない静香と健人。不思議な気分だった。
「ああっ、健人君……」静香の声で健人は喘いだ。
「今から旦那の代わりに静香を抱いてあげる」健人の声で静香は告げた。
 にやりと笑い、静香は健人の乳首を口に含んだ。たわわに実った経産婦の爆乳は蕾の先を尖らせ、久方ぶりの愛撫に燃え上がった。傷の残る白い首筋に唾液で線を描くと、健人は小刻みに体を震わせ、熱っぽい眼差しで静香を見つめた。
「僕、すごくドキドキしてます……心臓が破裂しそう」
「ふふっ、私もよ。男の体でセックスするなんて初めてだもの」
 力を込め、乳房に指を沈み込ませた。自分のものだったときは重くて邪魔に感じることもしばしばあったが、こうして柔らかな乳を揉んでいると、えも言われぬ満足感に笑みがこぼれる。二つの乳房を中央に寄せ、静香は両の乳首にまとめて吸いついた。
 牡の血をたぎらせ、静香は健人の乳を愛撫した。ときに強く、ときに優しく。緩急をつけて豊かなバストを責めたて、健人に乳房の性感帯を教えてやった。
「さあ、挟んで。私のおチンポをあの人のものだと思って、その大きなおっぱいでしごくのよ」
 寝かせた健人の腹の上に腰を下ろし、巨乳の谷間にそり返った陰茎を突き入れる静香。その十四歳のペニスは若干、細身ではあったが、長さは大人のそれに匹敵する。乳の隙間からはみ出した亀頭を舐めることも命令した。
「はい、ご奉仕させていただきます」
 汗と唾液を潤滑油にし、口と乳のたどたどしい動きで静香を喜ばせようとする健人。テクニックこそ未熟だが、その献身的な態度が静香を煽った。普段セーラー服を着て中学校に通うあどけない元少年に、こんな淫らな手技を教え込んでいることに背徳的な興奮を覚えた。
「ああ、すごい。私のおチンポ、もう爆発しそうよ」
 静香はうっとりした声で嘆じた。男としての自覚が芽生えてきた最近は、自慰にふけって性欲を発散させることも頻繁にある。だが、こうして魅力的な女に奉仕させる快感と充足感は、それとは比較にならない。
 こんな愉悦を知ってしまっては、自慰だけでは満足できなくなって適当な女を襲ってしまうかもしれないとさえ思った。自分の首から下が性欲の塊である男子中学生になってしまったことに、静香は恐怖した。
「出そうなんですか? いつでも出して下さいね。んっ、んんっ」
 健人は嫌がる素振りも見せず、自分のものだったペニスを胸でしごき、口に含んだ雁首を舌先で転がした。いくら思春期を迎える前に性転換したとはいえ、男として十年以上過ごしておきながら嫌悪の欠片も示さず男根への奉仕に熱中するというのは驚きだった。もしかすると、健人には元々そういう素質があったのかもしれない。
 健人の顔を眺めて乳房の摩擦と口内の感触を味わっていると、下腹から突き上げるような感覚がやってきた。陰嚢から前立腺、尿道を経由し、鈴口に至るオーガズムのほとばしりを静香は感じた。
「出るわ、健人君。健人君のパイズリフェラで……イク、イクうっ!」
 互いの呼び名を交換したことも忘れ、静香は限界を迎えた。若竹のような陰茎の先から新鮮な白濁液を噴き出し、健人の柔弱な顔に撒き散らす。呼吸を乱して悶えるほどに健人を汚してしまったことが、たまらなく快い。
「すごい臭い。これが僕のだったザーメンの臭い……お腹がキュンキュンします」
「可愛いお顔がべとべとになっちゃったわね。ふふ、綺麗にしてあげる」
 静香は身を乗り出し、健人の頬に張りついた精液を舐めとった。生粋の男であれば気色悪くてできない行為であっても、今の静香は平気だった。健人も静香に口づけ、静香が含んだ粘液を口移しで味わう。十四歳の経産婦と三十四歳の少年は、下品な音を立てて互いの口内を貪り合った。
「素敵よ、健人君。とってもいやらしくて魅力的だわ」
「そうですか? えへへ……僕、嬉しいです」
「ほら、一回射精したくらいじゃ収まらないの。次は健人君の中を味わいたいわ」
 静香は再び勃起した一物をむっちりした太腿に擦りつけ、男と女の合体を要求した。健人も恥ずかしそうにうなずき、ひっくり返った蛙の姿勢で静香を受け入れる。えらの張った亀頭を押しつけられ、雫に濡れた花弁がざわめいた。
「いくわよ、健人君。あなたを本物の女にしてあげる」
「はい、お願いします。ああ、入って……うっ、入りました」
 発情しきった健人の膣は、いとも容易く静香のペニスを飲み込んだ。ぬるりとした感触が静香を包み込み、一瞬で射精に至らしめた。既に一回出したというのに、自分でも驚くほどの早漏ぶりだ。
「あら、ごめんなさい。もう出ちゃったわ……ダメ、こんなの気持ちよすぎる」
「はい、静香さんを感じます。お腹の中が温かくなって、ふふ、すごく気持ちいいです……」
 二度の射精を経ても、若々しい男性器はほとんど萎えない。静香は慎重に腰を前後させ、蜜の溢れる膣内を動き始めた。
「これが私の中なの。ああ、なんていい気持ち。最高だわ」
 静香は息を荒くし、自分のものだった蜜壺を賞味する。異性との交際に積極的でなかった静香は、結婚するまで男と交わる機会が一度もなかった。友人の紹介で知り合った哲男と結婚し、可愛い子供も一人授かったが、仕事に明け暮れる夫との夜の営みが豊かだったとは言えない。飢えた三十女の肌は久方ぶりの性交に火照り、牝として花開いていた。
 体重をかけて奥まで肉棒をねじ込むと、健人が歯を食いしばってうめくのが聞こえた。それは苦悶の声ではなく、処女を失ったばかりの淫らな乙女が嬌声を我慢するのと同様の、生ぬるい恥じらいの吐息だった。
「ああ、僕の中をおちんちんが行ったりきたり……これが女の人のセックスなんだ。こんなの耐えられないよ。あっ、あっ、あっ」
「私も気持ちいいわ。女のセックスもよかったけれど、男の子の体でするのもとっても気持ちがいいの。犯すって言葉がぴったりね」
 少年の体になった静香と、子持ちの熟した女体になった健人。首から下を交換した男女が一つになり、それぞれが艶めかしい声をあげて、自分のものだった肉体を堪能していた。
 静香の長いペニスが健人の最深部を突き、長らく子を宿していない子宮をほぐす。肉感的な腰をつかんで規則正しく腰を打ちつけると、健人は初めて体験する子宮口での接吻に大いに乱れた。
「あっ、ああっ、そこすごい。静香さん、奥! 奥突かれるとすごいんです!」
「ふふ、ここをノックされるのがたまらないの? いやらしい子……女の人は男に種付けしてもらったあと、何か月も経ってここから赤ちゃんを産むのよ。健人君も赤ちゃんを産みたいの?」
「は、はい。僕も赤ちゃん……赤ちゃん産みたいです。あっ、あっ、何かくるっ。イクっ」
 たおやかな両手で顔を隠して絶頂に喘ぐ健人に、静香は嗜虐心をかきたてられた。腕を伸ばして力いっぱい健人の乳房を握りつぶしながら、乱暴に腰を打ちつけた。
「素敵よ、健人君。もっとイって、もっといやらしい姿を見せて頂戴」
「こ、こんなの無理だよ。耐えられない……あっ、ああっ、あひんっ」
 男として女を知る前に性転換してしまった少年は、男に犯され甲高い声でよがり狂った。
 深々と埋め込んだ肉棒を引き抜き、食いしばってくる肉ヒダが離れそうなところでまた貫く。舌を出して喘ぐ健人に、静香は笑いを抑えられない。
 健人の女体のもとの所有者として、静香は敏感なポイントを把握していた。硬く勃起した乳首をつねり、腹の裏側を亀頭で引っかきながら子宮の扉を小突いてやる。腰の一突きごとにヒダがえぐれ、初体験の健人を泣かせた。
「あああ、それダメなの。頭がおかしくなるっ。イク、またイクっ」
 何度も迫りくる絶頂の波に、健人はおびえているようだった。二人の結合部では泡立った愛液が弾け、二十歳差のセックスの音色を奏でていた。声と音、体温、そして臭い、唾液の味……あらゆる感覚を介して静香を誘惑してくる健人に、静香は夢中になった。
「ふふ、こんなに締めつけちゃって……いやらしい健人君に惚れ惚れするわ」
 男として初めてのピストン運動で健人を手懐けることに、静香は今までになく興奮していた。子を授かるために夫の哲男に抱かれたときも、これほどまでに燃え上がったことはない。成熟した女体を持つ無垢な子供に性の手ほどきをしてやるのが、これほど気分のいいものだとは知らなかった。夫の借金のせいで体を奪われたことに感謝さえした。
 男子中学生と子持ちの人妻の決して許されない交わりは、一度や二度の射精では終わらなかった。年齢も家柄も性別もまるで異なる、静香と健人。首から下の肉体交換という事件がなければ出会うことすらなかったであろう二人は、男と女の関係になってひたすら愛し合った。非常に奇妙で情熱的な交合だった。
「おっ、おおっ。おおお……イク、イクよっ。イクの止まらないっ、怖いっ」
 またも絶頂に達したのか、健人の体は小刻みに、その後、大げさなほどに痙攣した。いまだ官能の初心も知らない十四歳の少年の脳が、熟れ切った人妻のアクメに耐えられるはずもない。息も絶え絶えになって白目を剥き、悲鳴とも嬌声ともつかない音波をよだれと共に唇の隙間から垂れ流した。
「おっ、おおっ、おおん……あひ、あひっ」
「出る、また出ちゃうわ。健人君の子宮に種付け……ううっ、出る! 精子出るっ」
 痛いほど締めつけられる肉びらに、静香も何度目かのオルガスムスを迎えた。ゴムもつけない若いペニスを子宮口にぐいぐいと押しつけ、本能のままに精を解き放つ。女盛りの健人の肉壺が新鮮な樹液を浴びて歓喜にうねるのがはっきりとわかった。夫以外の男に抱かれることはもはやありえないと長年思っていた静香の体は、娘とほぼ歳が変わらない少年の遺伝子を大喜びで受け入れようとしていた。
(本当に妊娠したらどうしよう。私の子でも産んでくれるのかしら? でもよく考えたら、健人君の赤ちゃんを健人君が産むわけだから問題ないのかも……)
 玉袋が空っぽになって冷静になった静香は、ようやく萎えた一物を健人の中から引き抜いた。何度も何度も精を浴びせかけられた健人の体液まみれの肌は桜色に染まり、受粉したばかりの花のようにみずみずしかった。もとは自分の体とはいえ、その淫らな姿に静香は鼻の下を伸ばした。
「えへへ、見ちゃった。ママ達のいやらしいところ……」
 そこにいるはずのない人物の声に、静香ははっとした。いつの間にか、愛娘の七海が部屋の入り口に立っていた。静香と健人のあられもない痴態を前にしても、いささかも取り乱した様子はない。小学生とは思えない平然とした表情で、静香をじっと見つめていた。


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