俺が履くのはキッズサイズのガールズローファー 1


 耳元で電子音が鳴り響いた。
 安物の時計がかき鳴らす暴力的な目覚ましの音。その不快な音波が油断していた鼓膜を叩き、聡一郎は心地よい夢から放り出された。
 目を閉じたまま腕を伸ばすと、ちょうど手の届く距離に硬い手触りがあった。力を込めてそれに二度、三度と掌を打ちつけ、やかましい金属細工を黙らせる。
 聡一郎は毛布をかぶり、再び床についた。先ほど彼を追い出した夢の国は、まだわずかに門を開けて聡一郎を待っていた。色も匂いも定かではない、ぼんやりした楽園の入り口がすぐ近くにあった。
「ううん、あと五分……」
「あと五分じゃないでしょ、バカ! いつまで寝てるのよ !?」
 きらびやかな夢の国の門に手をかけた聡一郎は、思いきり蹴られて壁に接吻を強いられた。痛みにうめく彼の背中を、ホタルは親の仇のように何度も踏みつけた。今さら遠慮する仲でないとはいえ、非常に乱暴な仕打ちだった。
「いてえよ、ホタル……」
「さっさと起きなさい! 遅刻しちゃうでしょ! ほら、着替え!」
 頭を振って抗議の意思を示す聡一郎に、ホタルはシャツと靴下、そして上下の制服を放り投げてきた。甘美な楽園の入り口は永遠に閉ざされ、聡一郎の安眠は二度と戻ってこない。この世には神も仏もないものかと嘆いたが、世話焼きの幼馴染みは聡一郎の椅子の勝手に腰かけ、聡一郎の着替えを恥ずかしがるでもなく見張っていた。よほど信用ならないらしい。
「畜生、なんで朝からこんな目に……」
「あんたがさっさと起きないのが悪いんでしょ? そもそも目覚ましを鳴らすのが遅いのよ。今月はもうこれ以上遅刻できないんだから、ちゃんと早起きして準備万端で私たちを待ってなさいよ。まったくもう……」
 不機嫌な顔でぼやくホタルに、聡一郎はボクサーパンツ一枚の裸体を見せつけた。十七歳の健康的な少年の股間は見事に隆起し、同い年の女子高生を威嚇していた。
「おい、ホタル」
「なによ。朝から汚いものを見せないでくれる?」
「これ、何とかしてくれよ……いてっ!」
 勃起した一物を掌でぴしゃりと叩かれ、聡一郎は飛び上がった。
「バッカじゃないの !? 寝坊してるのに、そんな時間あるわけないでしょ」
 ホタルは呆れた様子で自分のカバンを持ち、聡一郎に背を向けた。長いポニーテールの髪の先端が聡一郎の顔をくすぐる。そして、「来週まで毎朝七時に起きられたら、やってあげてもいいけどね」と言い残し、彼の恋人は部屋を出ていった。
 聡一郎が身支度を整えて一階に下りると、弟の英二郎が先に朝食をとっていた。その隣にホタルとルリが座り、兄弟の母親と世間話をしている。
「やっと下りてきたわ……ちょっと遅いんじゃない、聡一郎?」と、母。
「大丈夫、大丈夫。まだ充分間に合うから」
「そんなこと言って、しょっちゅう遅刻してるじゃない。高校生にもなってホタルちゃんに起こしてもらわないと起きられないなんて、恥ずかしいわ」
「わかってるよ。今朝はちゃんと一人で起きたって」
 聡一郎は英二郎の向かい側に座り、パンと野菜を乱暴に口に詰め込んだ。「嘘つき……」とホタルに睨まれるのを無視し、手早く朝食を済ませる。食べ終えた頃にはちょうどいい時刻になっていた。
「ホタルちゃん……こんなバカ息子、いつでも見捨てていいからね。あなたみたいな可愛くてよくできる子、聡一郎にはもったいないわ」
「いいえ、おばさま。こいつは私が責任もって躾けますから、ご安心を。ねえ、ルリ?」
 ホタルは自分の膝の上に座る妹に同意を求めた。ルリはテレビに夢中で話を聞いていなかったようで、「え、なに、なに?」と目を真ん丸にしていた。
 ルリは今年で九歳になる小学生で、高校二年生の姉のホタルとはだいぶ歳が離れていたが、顔立ちは子供の頃のホタルにそっくりだった。屋内でもかぶりっぱなしの紺色の制帽から、おさげの黒髪がはみ出している。姉や母親の膝の上に座るのが大のお気に入りの甘えん坊だ。
 ホタルにべったりの可愛らしいルリを見て聡一郎が疑問に思うのは、なぜ自分にはこのように素直で無邪気な妹がいないのかということだった。血を分けた唯一の弟である英二郎は、そろそろ反抗期を迎えつつある生意気な中学生で、近頃は兄に対して払うべき敬意を忘却することがたびたびあった。
「じゃあ、そろそろ行くかな。皆、忘れ物はないか?」
 聡一郎は席を立ち、三人の同行者に支度ができたことを告げた。「一番、忘れ物をするのはあんたでしょ」とホタルに指摘されたが、それも無視する。外に出ると、温かな光と快い風、草花とアスファルトの匂いが聡一郎を迎えてくれた。
 ほぼ毎朝、四人は一緒に家を出る。というのも四人が通っているのが同じ私立学校であり、聡一郎とホタルは高等部、英二郎は中等部、そしてルリは初等部に所属しているためだ。部活の朝練がない日は幼い妹と共に登校するのがホタルの日課であり、聡一郎とホタルが正式に交際するようになってからは、兄弟も自然とそれに加わるようになった。
「ふああ、眠いな。暖かいからかな……」
「どうせ、また夜遅くまでネットの動画を観てたんでしょ。平日はやめときなさいって言ってるのに……」
 口うるさいホタルの小言がまた始まった。聡一郎とホタルのすぐ前を英二郎とルリが歩き、人通りの多い住宅街の路上を四人で進む。大都市の通勤圏内であるこの街は、近年マンションやショッピングモールが立ち並び、急速に開発が進んでいた。
 駅に着き、一行はいつもの普通電車に乗り込んだ。混雑する車内で、ホタルはルリの小さな手をしっかりと握って立っていた。英二郎は少し離れた場所でドアにもたれ、流行りのライトノベルを読んでいた。
 電車に十数分揺られると、四人の通う学園の最寄り駅のアナウンスが車内に流れた。
「降りるぞ、ホタル」
 聡一郎が話しかけた直後、ホタルは何かに気づいてカバンの中からスマートフォンを取り出した。通知のライトが点滅していた。どうやらSNSのメッセージがきたらしい。
 ホタルは画面を見て目を見開いた。
「小雪からだ……大変! ホームルーム、もうすぐ始まるって! そういや、今日はちょっと早いの忘れてたわ!」
「え? 俺、そんなの聞いてないぞ。いつも通りの時間じゃないのか?」
 首をかしげる聡一郎に、ホタルは慌てた表情を見せた。
「聞いてないわけない! 先週、先生が言ってたでしょ !? ああ、なんで忘れちゃってたのよ……今月、あんたのせいで私までちょくちょく遅刻してるのに」
 ホタルはスマートフォンをしまい、天を仰いだ。電車は間もなく駅に着くが、駅から学校までは走って五分から十分ほどの距離がある。ルリと英二郎は時間に充分余裕があるが、聡一郎とホタルは怪しいところだ。
「とにかく、今から学校までダッシュよ! まだ間に合うみたいだから!」
「朝から走らされるのか……ついてねえなあ」
 聡一郎はカバンを肩にかけ嘆息した。聡一郎は一応テニス部に入っているが、面倒くさいことと汗をかくことが嫌いな性分ゆえ、最近はろくに練習に顔を出していない。中学・高校と水泳部で活躍するホタルとは、身体能力や運動に対する意欲に雲泥の差があった。
「そういうわけでお姉ちゃんたち、先に行くわ。今日は学校までついていってやれないから、くれぐれも気をつけて行くのよ! 英二郎君、ルリをお願いね!」
 電車が駅に到着したのを確認し、ホタルは年少の二人に言い聞かせた。そして開いたドアから疾風のように飛び出していく。
「おい待てよ、ホタル。混んでるんだからそんなに走っちゃ……いてっ!」
 ホタルのあとを追おうとした聡一郎だが、運が悪く通行人の脚にひっかかり、ホームで盛大に転倒してしまった。起き上がったときには、ホタルの後ろ姿は既に視界から消え失せていた。
「あーあ……兄貴、何やってんだよ。ドン臭いなあ」
「うるせえ! じゃあ、兄ちゃんも急ぐからまた後でな。英二郎、学校までルリちゃんについていってやってくれ。一人じゃ心配だからな」
 姉の代わりに少女の身を案じる聡一郎。中学に上がった弟はもう一人で行動できる歳で不安はないが、まだ幼いルリのことは何かと気にかかる。
「あ、悪い、トイレに行ってくるわ。ルリ、改札の出口に先に行っててくれるか? 俺もすぐに行くから」
「うん、わかった。上で待ってるね」
「ああ、もう、お前ってやつは間が悪い……トイレくらい家で済ませとけよ」
 聡一郎ははやる心を抑えつつ、恋人の妹の手を引いてホームの階段をのぼり、改札まで連れていってやった。混雑する改札を抜けると、駅前の商店街の奥に、豆粒のように小さくなったホタルの背中が見えた。完全に置いてけぼりだ。
 駅の入り口の壁際、できるだけ英二郎が視認しやすい位置を確保し、聡一郎はそこにルリを一人で立たせた。
「じゃあ、兄ちゃんも学校までダッシュで行ってくるから、ルリちゃんはここで英二郎を待っとくんだぞ」
「うん、わかった。ソーイチお兄ちゃんも、頑張ってお姉ちゃんに追いついてね」
 笑顔で手を振るルリに、聡一郎も同様に手を振り返した。
「大丈夫だ! いってくるぜ!」
 と、声をあげて一気に走り出そうとしたときだった。

 異変が起こった。

 朝の眩しい光が差し込む駅前の通りに、奇妙なひずみが発生した。地面や建物のひずみではない。風、空気……いや、空間そのものの歪みだった。
 人間の感覚では到底認識することのできないほんのわずかな時間、その空間が歪み、引きつれ、そして裂けた。
 もし人間がその一瞬を捉えることができたなら、稲光のような鋸状の空間の裂け目を垣間見たかもしれない。あるいは、破れた写真に似た異様な光景を目にしたかもしれない。本来、繋がっているはずの空間上の点と点とが乖離し、不連続な歪んだ像が形成されていた。
 異常なエネルギーが引き起こした、異常な空間の異常な反応。
 その空間の裂け目はちょうど聡一郎とルリの中間に出現していた。周囲数メートル以内に他の人間はいない。混雑する駅前で偶然できた人ごみの隙間に、聡一郎とルリだけが存在していた。
「いってらっしゃーい!」
 と、ルリが大声を出すちょうどその瞬間、空間の裂け目は千分の一秒以下の刹那で一気に膨張し、ルリと聡一郎の体を薄紙のように引き裂いた。
 逃げるどころか、認識する暇もない。聡一郎の首はほぼ水平に切断され、胴体を離れて宙のわずかな距離を舞った。
 ルリも同様だった。ルリの細い首も聡一郎と同じように上下に引き裂かれ、小さな頭は発声した瞬間の笑顔のままで体から離断されていた。
 聡一郎も、ルリも、空間の裂隙によって一瞬にして頭部と胴体が離れ離れになってしまった。身長が異なる二人が揃って首を水平に引き裂かれたのは奇妙な偶然だった。本来であれば、むろん二人とも即死である。
 本人たちさえ気づかないまま少年少女に絶命をもたらす空間の裂け目は、すぐさま活動のピークに達すると、今度はほんの一瞬で急激に縮小した。瞬時に点となって消え、消えたあとには何も残さない。まばたきする暇もなく発生して収まった、小さな小さな災害だった。
 才ある物理学者が然るべき観測装置を持っていれば、その空間の断裂を詳しく調べて適切な名前をつけることもできたかもしれない。だが、今それを観測した者はこの地球上にいなかった。
 破れた空間が元に戻るのに合わせて、二つに分かたれた聡一郎とルリの体も瞬く間に繋ぎ合わされた。
 運がいいとしか表現のしようがなかった。あるいは奇跡と呼ぶべきか。
 真空の断層に挟まれて切断された二人の首は、死ぬ直前に再び胴体と結合させられたのだ。
 一滴の血も流れることなく致命的な傷が癒合した二人の体は、幸いにも個体としての生命活動を継続していた。ほんの数百分の一秒だけ死んだ二人は、本人たちも気づかぬ内に再び蘇ったのだ。
「ホタル、待て! 俺を置いていくなあっ!」
 己の身に何が起こったのかもわからない聡一郎は、異変の前にそうしていたのと同じ姿勢で地面を蹴り、学校に向かって全速力で走り出した。
 一度は無惨に引き裂かれ、そして再び繋ぎ合わされた聡一郎の身体。だが、その姿は数瞬前とは似ても似つかぬものだった。
 それまで彼が着用していたのは、黒のブレザーに格子模様のズボンという男子高校生の平凡な服装だった。
 ところが今は、小児用の白いブラウスの上に濃紺のジャケットを羽織っている。ズボンの代わりにはいているのは、朱色をベースにしたネイビーと白のチェック柄のスカート。膝から下を彩るのは、リボンとフリルが豊富にあしらわれたピンクのハイソックス。小さな足にぴったりの、キッズサイズの黒いガールズローファーが光沢を放つ。そして胸には、「3年2組 ルリ」と記された名札。それは男子高校生の服装ではなく、誰がどう見ても女子小学生の……幼いルリの服装だ。
 いや、服だけではなかった。初等部の女子の制服を着た聡一郎の体は、愛らしい服がちょうどフィットするほどに小さくなってしまっていた。高校生として平均的な数値だった身長は数十センチも縮み、今や百二、三十といったところか。体重は元の半分もないだろう。
 まるで別人になってしまったかのような体の変化だ。
 いや、それは比喩ではない。信じがたいことだが、聡一郎の服装も体格も、本来の彼のものとはかけ離れた、小柄な女子児童のものになってしまっていた。唯一、元通りの外見を保っているのは、少年の面影が残る男の顔と短い黒髪。すなわち首から上だけだ。
「はあっ、はあっ、はあっ。おかしいな……思いっきり走ってるのに全然スピードが出ないし、息もあがってるぞ」
 自分が鮮やかな赤いランドセルを背負っていることに気づくこともなく、聡一郎は幼い女児の手足を必死で動かし、恋人や級友たちの待つ校舎を目指す。焦りと酸欠が、少年だった幼女から正常な思考力や判断力を奪い去っていた。
 首から上が十七歳の男子学生という奇怪な女子児童の姿に、道をゆく通行人はみな立ち止まり、怪訝な顔で振り返った。しかし今の聡一郎にそれを気にする余裕はない。子供向けアニメのキャラクターがプリントされた白いショーツが見えるほど脚を大きく振り上げ、小さな歩幅で可能な限りの全速力で駆けていく。
「はあっ、はあっ、はあっ……やっと着いた。情けねえ……なんでこんなにバテてるんだ」
 スタミナの無さに不調と違和感を自覚しつつも、ようやく学校の正門にたどり着いた聡一郎。初等部女子の制服を着た彼女が向かったのは、当然、自身が所属する高等部の教室だった。

 ◇ ◇ ◇ 

 遅刻したホタルを待っていたのは、担任教師の小言だった。
 日頃より早めの集合にも関わらず、教師が来たときにはホタルと聡一郎を除いてクラスの全員が到着していたらしい。いつもであれば同じように遅刻する人間が他に二、三人いるのだが、今日に限っては運がなかった。ホタルはうつむき、心の中で悪態をつきながら謝罪の弁を口にした。
「まあ、いいだろう。この辺で許してやるから、さっさと席につけ。ところで聡一郎は一緒じゃないのか。あいつ、今日は欠席か」
 言いたいことを言い終えて満足した様子の中年教師に、ホタルは首を振った。
「いいえ。聡一郎君とは同じ電車で来ましたから、間もなく来ると思います」
「そうか。ならあいつも説教だな。最近は外野がうるさくてなかなかできないが、久しぶりに水を満杯にしたバケツを持って廊下に立たされる刑に処すか」
 と教師がつぶやくのと同時に、教室のドアが開いて聡一郎が現れた。
「すいません、遅れました! はあっ、はあっ……」
「おう、来たか。こりもせずまた遅刻とはいい度胸だな、聡一郎……うおおおっ !?」
 教師は聡一郎に小言を投げつけようとして、素っ頓狂な声をあげた。ホタルと級友たち、その場にいた全ての人間が、聡一郎の姿を見て動きを止め、呼吸を忘れるほど驚いた。
 教室に入ってきたのは、聡一郎の頭部を有する初等部の女児だったのだ。細く小さな肢体、リボンが沢山ついたブラウスとジャケット、鮮やかな朱色のチェックのスカート、上履きに履き替えるのを忘れたらしく、靴は黒いキッズサイズのガールズローファー。そして小さな熊のぬいぐるみが取りつけられた真っ赤なランドセル……聡一郎の首から下の全てが、十歳にも満たない女子小学生のものに変わり果てていた。その胸には「3年2組 ルリ」と書かれた名札が申し訳なさそうにぶら下がっていた。
「そ、聡一郎……あんた、ホントに聡一郎なの?」ホタルは席を立ち、聡一郎の前に立つ。
「何言ってんだよ、ホタル。俺が俺じゃなくて誰なんだよ? お前こそ、何だかやけに背が高くなって変じゃ……って、わあああっ !?」
 ようやく自身の異変に気づいたのか、聡一郎は今の自分の小柄な体を見下ろすと、気の毒なくらいに顔を青くして、廊下じゅうに響く悲鳴をあげた。
「な、何だよこれっ !? なんで俺、こんな格好してるんだよ!」
「あんた、その服、ルリのじゃないの !? 一体どうなってるのよ !?」
 教室はたちまち蜂の巣をつついたような騒ぎになった。校内では禁止されているにも関わらず、級友たちはみな携帯端末の撮影用フラッシュを起動し、聡一郎の奇怪な姿を写真に収めた。ホタルは嫌がる聡一郎の小さな手をとり、急いで廊下に連れ出した。もはや朝のホームルームどころではなかった。
「服だけじゃないわ。その背丈、この小さな手……何もかもが本物のルリそっくりじゃない。顔だけは確かにあんたの顔だけど……」
 狼狽したホタルは、聡一郎のはいているプリーツスカートを勢いよくまくり上げた。細い臀部を包む白いショーツにプリントされたキャラクターの絵は、ホタルの妹、ルリがお気に入りのアニメのものだった。
「何するんだ、ホタル! やめろよ!」
 聡一郎は逃げようとしたが、ホタルに胴体をしっかり抱え込まれては身動きできない。テニスの部活で鍛えられているはずの聡一郎の腕力は、今やホタルに到底及ばなかった。
 ホタルはさらに確かめようと、聡一郎のショーツの中に手を差し入れた。男にあるべきものは股間のどこをまさぐっても触れられず、代わりにまだ陰毛の生えていないつるつるの割れ目があるだけだった。
「あんたのものがなくなってる……完全に女の子だわ」
「な、なんだこの感じ……俺のチンポ、どうなっちまったんだ」
「なんであんたの体も服も、ルリみたいになってるのよ……絶対に変よ」
 驚愕と困惑に心を揺さぶられるホタルの指が、聡一郎の尻の絆創膏に触れた。それは昨日、幼い妹が風呂上りに不注意で軽く切ってしまった尻に、ホタルが貼ってやった絆創膏に違いなかった。
 ホタルは確信した。聡一郎の首から下は、まぎれもなく妹のルリの体だと。
「あんたこれ、やっぱりルリの体じゃないの! あんた、あの子に何したの !? あの子の体を、なんであんたが使ってんの !? あの子は今どこにいるの!」
 激昂して聡一郎を問い詰めたが、当の聡一郎自身にもこうなってしまった原因はよくわからないらしい。情けなくも半泣きになって、ろくに意味をなさない繰り言を吐くだけだ。
「わ、わからねえ……駅からここまで思いっきり走って、気がついたらこんな体になってたんだよ」
「わからない? そんなわけないでしょ! あんた、自分の体のことなのになんでわからないのよ!」
 駅で電車を降りてから学校に着くまでのほんの十分ほどの間に、聡一郎の身にいったい何が起きたのだろうか。小柄な聡一郎を壁に押しつけてなおも詰問するホタルに、廊下の向こうから近づいてくる者がいた。学園の中等部に通う聡一郎の弟、英二郎だった。
「ホタル姉ちゃん、大変だ! ルリが……」
「ルリっ !? あなた……!」
 英二郎の背後に立つ人物に、ホタルは目を丸くした。そこにいたのは初等部三年生のホタルの妹、ルリだった。
 驚愕したのは、聡一郎と同様、ルリも日頃の姿とはかけ離れた奇怪な風体だったためだ。黒のブレザーも格子模様の長ズボンも土で汚れた白いシューズも、いずれも初等部ではなく高等部の男子生徒のもの。ただ服装が変わっただけでないのは聡一郎と同様で、それらの衣服を身に着けたルリの肉体は、ほぼ成人の男の体格に変貌を遂げていた。明らかに英二郎より背が高い。
「うう、ぐすっ……お姉ちゃん、あたしこんな体になっちゃったよう……」
 べそをかいて近づいてくるルリの首から上は、日常見慣れた愛くるしい少女のそれだった。くりくりした目を持つあどけない顔、紺色の制帽、二本のおさげ。ところがその頭を載せている胴体は、どう見ても立派な男子高校生のものだ。
 変わり果てた妹の姿に、ホタルは何が起こったのかをようやく理解した。
 二人の体が変化したのではなく、二人の体が入れ替わっているのだ。
 十七歳の男子高校生でホタルの彼氏、聡一郎。そしてホタルの妹で九歳の女子小学生、ルリ。二人の体の首から下だけがそっくりそのまま入れ替わっていた。
 首の挿げ替えとでも表現するのが適切だろうか。聡一郎の頭とルリの体。ルリの頭と聡一郎の体。性別も年齢も異なる二人の肉体が頭部から切り離され、お互いのそれに繋ぎ合わされているのがはっきりと見てとれた。
「ルリちゃんのその体、ひょっとして俺の……? ど、どうなってるんだ……」
「ソーイチお兄ちゃん、あたしの体を返してえ……あたしの靴、あたしのお洋服、あたしのランドセル、みんなみんな返してよう……」
 廊下で向かい合った異常な風体の二人を、クラスメイトの全員が固唾をのんで見守っていた。朝のホームルームは中止となり、ホタルと聡一郎の遅刻はお咎めなしとなったが、そんな些細なことはもはや誰も気にしなかった。


 それからも大騒ぎだった。平日の午前中にも関わらず両家の保護者が学校に呼ばれ、聡一郎とルリは精密検査のできる総合病院へと連れていかれた。採血、尿、レントゲン、CT、МRI……全身くまなく調べられたが、首が挿げ替わっていること以外に深刻な異常は見当たらないという結論になった。
 言うまでもなく、このような特異な患者を診るのは担当の医師にとっても初めてのことだ。元に戻るための方法はおろか、異変の原因さえ皆目わからない。当人も家族も医師も、皆が揃って頭を抱える事態となった。 「これから一体どうしたらいいんだ……」
 検査のため子供用の病衣を着た聡一郎の顔は蒼白になっていた。隣では、大きな図体のルリがべそをかいている。可愛らしい顔のルリとはいえ、何十センチも背が高い相手を見上げるのは、やはり威圧感があった。
「とにかく、今日はもう遅いから帰りましょう。二人とも検査ばかりで疲れただろうし、結果が出るまで一休みよ。しばらく学校も欠席して、戻る方法をじっくり探すのがいいと思うの」
 ホタルの母親がそう提案し、全員に受け入れられる形となった。
 問題は、聡一郎とルリが今夜どちらの家に帰るかである。頭の方に合わせると家にそれぞれの着替えがなく、体に合わせると他人の家に帰ることになってしまう。
「そうね……とりあえず、今日は二人ともうちで寝なさい。二人一緒に行動した方が安心でしょ? ルリの着替えは聡ちゃんのママに頼んで、うちに持ってきてもらうから」
「すいません、お世話になります……」
 こうして恋人の母の厚意に甘え、聡一郎はホタルの家で過ごすことになった。「子供が三人もいると、賑やかでいいわねえ」などとホタルの母は笑ったが、聡一郎はとてもへらへらする気にはなれなかった。
 ホタルに案内され、聡一郎はしばらくぶりに彼女の自室に足を踏み入れた。この姉妹は大きな一部屋を共有しているため、ルリの服もホタルの部屋に置いてある。ホタルに制服のジャケットやプリーツスカートを脱がされ、代わりに普段着のワンピースが支給された。
「こうなったら、いちいち慌てたり悲しんだりしても仕方ないわ。聡一郎がうちにいる間、そのルリの体のこと、いろいろ教えてあげる。まずはこれに着替えなさい」
「うう……なんでルリちゃんの服ってこんなにフリフリなんだよ」
 大きなリボンやフリルが沢山つけられた薄桃色のワンピースを手に取り、聡一郎は深々とため息をついた。
「だってルリって小さくて可愛いんだもん。不思議の国のアリスみたいなドレスもあるわよ。今のあんたの体なら、もちろんサイズはぴったりのはずだけど、どうする?」
「嫌だよ、そんなの! なんで俺がそんな服を着ないといけないんだよ。もっとシンプルなパンツとかTシャツみたいなのはないのか?」
「生憎、ほとんどないわね。色だってピンクばっかりだし」
 残酷な宣告に、聡一郎は肩を落とした。健全な男子高校生が可愛らしい女児の恰好をしなければならないというのは大きなストレスだった。これが、せめて同じ性別の男児であればまだマシだったのだが。
 渡されたワンピースに仕方なく袖を通し、ルリのベッドに腰を下ろした。肉体の交換、不慣れな衣服、非力な手足、奇怪な外見……今日たった一日の疲労と精神的負荷は今までになく強いものだった。そのまま柔らかなベッドに倒れ込むと、つい睡魔に身を預けてしまいたくなる。逃避に近い心理状態なのかもしれない。
「ああ、なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。こんな小さな体になっちまって……」
「そういうこと、ルリの前ではできるだけ口にしないでね。あの子の方がショックだろうし」
 女々しく嘆く聡一郎をホタルがたしなめた。
 確かに、ホタルの言う通りだった。十七歳の自分より、九歳という幼さで異性の肉体と入れ替わったルリの方が動揺は大きいだろう。いったい誰があの罪のない少女の苦痛を受け止めてやれるというのだろうか。聡一郎はルリが心配になった。
「ルリちゃんは今どうしてる?」
「下でお母さんたちと一緒にいるみたい。あの子が心配だわ……お風呂やトイレのたびに泣いちゃうかもしれない」
「風呂か……ルリちゃんも困るだろうな」
 聡一郎は複雑な心境だった。聡一郎と入れ替わった状態のルリが入浴するということは、それは聡一郎の裸がルリに余すところなく見られることを意味する。まだ思春期を迎えていないルリのことだから、むやみに異性の裸に興味を示すとは考えにくいが、自分が大人の男の体になってしまったのはやはり気持ち悪いことだろう。
「でも、あまり暗いことばかり言っても仕方ないわね。周りが頑張ってフォローしてやらないと。いつ元に戻れるのかわからないんだし」
「ああ、しょうがない。俺もあとで風呂に入らないとな。このルリちゃんの体で……」
 聡一郎は赤面して言った。木の葉のように小さな両の掌を見つめると、自分の体が幼い女児のものになっていることを嫌でも思い知らされる。
 トイレは既に病院で経験していた。聡一郎は九歳の女児の体で男子トイレの個室に入り、可愛らしいプリーツスカートとショーツを下ろし、初めての排泄に挑戦した。そしてペニスのない股間を悲しい顔で見下ろし、つるつるの割れ目から尿を垂れ流したのだった。その喪失感たるや、自分の半身が失われたに等しかった。
「念のため言っとくけど……あんた、ルリの体にエッチなことしちゃ絶対にダメだからね」
「いくら何でもするわけないだろ! 小学生の女の子だぞ !?」
「わからないわよ? これがきっかけで、ロリコンに目覚めちゃうかもしれない。ああ、聡一郎が鏡を見て自分の体に欲情する変態になっちゃったらどうしようかしら……」
「ありえねえよ。俺が好きなのはお前だけだから」
「バカ……何よそれ」
 それきり会話は途切れ、子供部屋に沈黙が満ちた。ホタルはやはり聡一郎よりルリが気になるのか、聡一郎を置いて部屋の外に出ていった。
 一人残された聡一郎は再びベッドに寝ころぶと、目を閉じてこれからの苦難を思いやった。
 自分たちはこれから一体どうなるのだろうか。果たして元の体に戻れるのか。もしも、元に戻れなかったらどうして生きていけばいいのか。
 考えても詮無いことをただただ考え、聡一郎はゆっくりと眠りの淵に沈んでいった。今はただ辛い現実から目を背け、甘美な夢の国にいつまでも引きこもっていたかった。

 ◇ ◇ ◇ 

 リビングにルリの姿はなかった。母に聞くと、風呂に入りに行ったという。
「ホタル、ちょっとルリの様子を見てきてもらっていい? あんなことになってしまって、きっと落ち込んでいると思うの。できるだけあの子をフォローしてやってくれないかしら」
 そう言われて、ホタルは浴室へと足を向けた。
 母の言う通りだった。聡一郎とルリ、両方と一番親しい仲なのは彼女だ。恋人と妹がとんだ災難に見舞われてしまったホタルとしては、学校でも家でも、二人と一緒にいるときはできるだけ支えてやらなくてはならないだろう。家族愛と責任感の強いホタルには、二人のことを気味悪がって敬遠するという発想は微塵もなかった。
「ルリ、大丈夫? 何か困ってることはない?」
「うん……」
 脱衣所でホタルが問うと、ルリの声が返ってきた。天真爛漫なルリらしくもない、暗く沈んだ声だった。
 やはり自分がそばで支え、落ち込んでいる妹を励ましてやらねば。そう決意したホタルは服を脱ぎ、ルリと共に入浴することにした。
「あっ、お姉ちゃん……」
 姉の闖入に、ルリは大いに戸惑っている様子だった。ホタルが一緒に入ってやるときはいつも大喜びするのに、今はホタルの顔を一目見て視線を背け、椅子に座ってもじもじしている。
 非常に奇妙な姿だった。ほぼ成人に近いたくましい裸体を晒した男でありながら、首から上だけはおさげ髪をほどいた愛らしい女子小学生なのだ。浴室内の鏡を見たルリが、自分の外見を嫌悪してもおかしくない。
 ルリの心中を察すると、ホタルも泣いてしまいそうだった。なぜ何の罪もない幼いルリが、聡一郎と体が入れ替わってしまったのか。これがせめて自分であればまだ良かったものを、と思わずにはいられない。
 不安と懸念を押し隠し、ホタルはルリの隣にかがみ込んだ。
「急に男の子の体になって困るわよね。でも大丈夫。お姉ちゃんがついてるわ」
 努めて優しい声で話しかけるホタルに、ルリは心細そうに背中を向けた。姉のホタルにさえ今は心を開けないということか……ますます心配になったホタルは、ルリの広い肩を強くつかんだ。
「ルリ、大丈夫、大丈夫だから。何が起きても、お姉ちゃんはルリの味方よ。だからこっちを向いてくれないかしら」
「い、今はダメ……」
「どうして? お姉ちゃんにも言えないことでもあるの?」
「うん……」
 珍しいことだった。ルリは素直な子供で、嘘をついたり隠し事をしたりすることはほとんどない。いきなり性転換させられてしまったことが、ルリの純真な心を頑なにしてしまったのだろうか。
「大丈夫よ、ルリ。ここで見たり聞いたりしたことは、お姉ちゃん、誰にも言わないから。二人だけの秘密にしておくから。だから、悩みがあるならお姉ちゃんに相談してくれないかしら」
「う、うん、わかった……」ようやくルリはホタルと目を合わせ、体ごとホタルに向き直った。「でも、絶対に誰にも言わないでね。あたし、今すごく困ってるの……」
「ル、ルリ、あなた……!」
 意外な光景に、ホタルははっとした。引きしまったルリの股間から立派な肉棒が立ち上がり、ホタルに向かって鎌首をもたげていた。
 昨日まで聡一郎のものだった、十七歳の少年のペニス。今やその活力あふれる男性器は九歳の幼女の所有物となり、雄々しく勃起してルリを困らせていた。
 いまだ初歩の性教育も受けていない純真無垢なルリが、男性機能について詳しいはずもない。どうしていいかわからず、困り果てていたというわけだ。
「ソーイチお兄ちゃんのおちんちん、さっきから大きくなったままなの。怖いよう……これ病気なの?」
「そ、それは……」
 ホタルは困惑した。考えてみれば、体が入れ替わるということは入浴や排泄など、相手が今までにしてきた日常行為をそのまま引き継ぐことを意味する。ルリが聡一郎の体になってしまったのであれば、当然、この事態も想定しておくべきだった。
(可哀想なルリ……泣きそうになってるじゃない)
 目に涙を浮かべて姉を頼るルリの姿に、ホタルは羞恥心を捨てて心の支えになってやる意向を固めた。大好きな妹のためなら、どんなことでもしてやろうと思った。
「大丈夫よ、ルリ。男の子は時々おちんちんがぴーんって硬くなっちゃうの。勃起って言ってね。病気じゃないから安心しなさい」
 まずはルリに寄り添い、狼狽する彼をなだめる。「本当?」と涙声で聞き返すルリに、ホタルは何度も首を縦に振った。
「ええ、そうよ。おちんちんはこんな風に勃起するのが当たり前なの。でも、ひとに勃起したおちんちんを見られるのはとっても恥ずかしいことなの。もしもルリが学校や電車の中で勃起しちゃったら、周りの人には内緒にして、収まるまで待たないといけないわ。荷物で隠すのもいいかもしれない」
「そうなんだ。勃起って自然に収まるの?」
「私もそこまで詳しくないけど……聡一郎は時間が経てば収まるって言ってたわ。腹立つことに私にヌイてくれともよく言ってきたけど」
「ヌイてくれって、どういう意味?」
 突っ込んだ質問をされ、ホタルは回答に窮した。今のルリにどこまで教えてやるべきか判断がつかない。
 だが、こうして勃起を己の意思で制御できない以上、自分で自分のペニスを収める方法を知っておくべきではないかと思った。幸い、ホタルは聡一郎に頼まれ、そうした行為を時々してやっており、知識も経験も有していた。
「よく聞いて、ルリ。勃起したおちんちんは射精したら収まるの」
「射精?」
「そう、射精。今からルリに射精の仕方を教えてあげるから、もし家の外で勃起して隠せそうにないと思ったら、トイレに行って射精して勃起を鎮めなさい」
 言いながら、ホタルは自分の顔が赤くなるのを自覚した。
 もしかしたら、自分はとんでもないことを無垢な妹に吹き込もうとしているのではないか。心の冷静な部分は警告を発したが、やはり知識がないとルリが困るだろう。可愛い妹が外で恥をかき、外出できなくなる可能性を考えると、信頼できる家族が困ったときの対処法を教えてやるべきではないかと改めて思った。
 意を決して、ホタルはルリの斜め後方から腕を伸ばし、ホタルの一物にそっと触れた。
「あっ、お姉ちゃん……」
「落ち着いて、ルリ。おちんちんは敏感だから、優しく触らないとダメよ」
「う、うん……」
 充血した幹を繊細な女子高生の指が撫で上げた。刺激に触発されたペニスはますます膨張し、太い血管を表面に浮き立たせた。
 何度も触ったことがある聡一郎の陰茎。ホタルの処女を奪ったのはこの肉棒だった。慣れ親しんだ一物に愛情を込めて指を這わせ、男になった妹をペニスの感触に慣れさせる。
「お姉ちゃん、変だよ。ますますおちんちんが大きくなるよ」
 初めてもたらされる男性器の触覚に、幼いルリはおびえた。ホタルはその耳元に、大丈夫と何度も囁いてやった。
「さあ、これからが本番よ。射精するにはオナニーしないといけないの。こうして指でおちんちんを挟んだり、擦ってやったりするのよ」
 いよいよ純粋な妹に淫らな知識を授けるときだった。ホタルは白魚のような手で勃起したルリを握りしめ、幹の根元から先まで力強くしごき上げた。「ああっ」と甲高い悲鳴があがり、ルリが未知の快感に悶えるのがわかった。
「な、何これえ? おちんちんをシュッてされると変になっちゃうよう」
「ううん、それが普通なの。男の子はこうやっておちんちんをシュッ、シュッてして、射精の準備をするのよ。ルリもあとで自分の手を使ってやってみるといいわ」
 ルリのペニスをしごきつつ、ホタルは説明を続けた。細い指で幹の裏筋を丹念になぞると、がっしりした肩や尻が持ち上がり、幼女だった少年の全身が震えた。
「ああっ、何なのこれ? こんなの初めてだよう……怖い、お姉ちゃん、怖いよう。ああっ、あひっ」
 鈴の音のような喘ぎ声を発し、ルリは男の体で体験する手淫に酔いしれた。はじめのうちは怖がったり戸惑ったりしていた彼も、最愛の姉に優しくペニスを擦られるのがだんだん気持ちよくなってきたようで、うっとりした顔で荒い呼吸を繰り返した。
「ああっ、何これ。気持ちいいの? あたし、これがいいかもしれない」
 聡一郎のものだった陰茎は先端から我慢汁を垂れ流し、ホタルの白い手を汚した。既に洗ってあるはずのルリの体はじっとりと汗ばみ、年頃の男の体臭を放っていた。聡一郎のフェロモンがルリの腋や陰部から分泌され、交際している少女の情欲を煽った。
「ふふ、どう? おちんちんをゴシゴシするの、気持ちいいでしょ」
 興奮したホタルはますます手の動きを速め、ルリに速やかな射精を促す。幹をぐっと握りしめ、親指の腹で亀頭の粘膜を執拗に摩擦した。膨張しきったペニスは今にも爆発しそうだ。
「あたしのおちんちん、とっても気持ちいいよ。お腹の下の辺りが熱くなって、変な気分になっちゃうの。お願い、もっとしてぇ。あんっ、あんっ」
 ルリは恍惚の表情で懇願し、よりいっそうの愛撫を求めた。
「それでいいのよ、ルリ。今からルリは聡一郎の体で射精するの。お姉ちゃんが見ててあげるから、思いっきり出しちゃいなさい」
 豊かな乳房をルリの硬い背中に押しつけ、ホタルはラストスパートに至る。ルリのことが愛しくてたまらない。首から上は素直で純真な可愛い妹で、首から下は幼い頃から共に過ごした初恋の彼氏。変わり果てたルリのことを好きにならないはずはなかった。奉仕するだけで体温が上昇し、女として高ぶるのを自覚した。
(私を女にしてくれた聡一郎のおちんちん……やだ、私までエッチな気分になっちゃう)
 妹に性教育をするうちに、すっかり淫らな気分になってしまった。いつものように、このたくましいペニスで女の芯を突いてもらえたらどんなに気持ちいいだろうかとホタルは夢想した。ルリを指導するのとは反対の手で、愛液を垂れ流す己の股間を慰めた。
 首から上は八つ違いの可憐な姉妹。首から下は同い年の恋人同士。ねじれた絆を有する二人は止めどなくのぼりつめ、やがて待ち望んだ瞬間を迎えた。
「お姉ちゃん、何かくるよ。あたしのお腹から何かが……あっ、ああああっ、出るうっ!」
 ルリは切羽詰まった声で絶頂の到来を告げた。女児だった少年の雄叫びが浴室に響いた。
 限界を迎えた亀頭から精がマグマのように噴き出し、二人の肌と壁にぶちまけられた。初めての射精にルリは目を見開き、自分の体から迸る子種の塊を人ごとのように眺めた。あどけない顔は耳まで赤く染まり、精通の驚きと興奮を物語っていた。
「ふふふ、出たわね。ルリの射精、とっても凄かったわよ」
 自分が手ほどきし、ルリに射精を教えてやった。困り果てる妹を助けたことに、ホタルは実に満足していた。
「はあ、はあ……これが射精? この白いネバネバは何なの?」
「これは精液っていうの。大人の女の人の体の中にこのネバネバが入ると、赤ちゃんができるのよ」
「ええっ、赤ちゃんができるの !? すごーい!」
 ホタルの愛撫が気持ちよかったからか、ルリはすっかり機嫌をよくして笑っていた。特に赤ん坊という言葉が印象的だったようで、汚れた体をホタルに洗ってもらいながら、疑問を次々と口にした。
「あたしの精液で赤ちゃん作れるの?」
「ええ、そう。今のルリは男の子だから、さっきの精液を女の人のお腹に注ぎ込むと、相手を妊娠させることができるの。でも、ルリはまだ子供だから赤ちゃんを作っちゃダメよ」
「やだやだ、あたし、赤ちゃん作りたい! どうやって女の人を妊娠させるの?」
「だからね……ルリはまだ子供だから、赤ちゃんを作っちゃダメなんだってば」
「じゃあ、大人になったら赤ちゃん作ってもいいの?」
「うーん、いいのかしら……? それって、ずっと体が元に戻らないってことじゃ……」
 あまり考えたくない未来を想像し、ホタルの頬を汗が伝った。ルリと聡一郎が入れ替わったまま歳を重ね、やがてホタルそっくりの女の顔を持つ成人男性と、男らしい精悍な強面を有するグラマラスな大人の女に成長する。ホタルとしてはどう考えても歓迎できない未来像だった。
「とにかく、オナニーのやり方はわかったわね? おちんちんがぴーんと硬くなったら、ああやって手でゴシゴシして射精するの。そうしたら勃起は収まるから」
「うん、ホントだね! あたしの勃起、射精したら治ったもん!」
 無事に射精を終えたルリは目を輝かせ、姉から教わった自慰の知識を確認した。どうやら、これからは勃起しても泣いて周囲の助けを求めることなく、牡の欲望を発散することで対処できそうだった。
(ルリの機嫌も直ったみたいね。でも、これで良かったのかしら……)
 湯船に浸かって鼻唄をうたう妹に目を向け、ホタルは己に問いかけた。自分は間違ったことをしていない、これは突然の災難に見舞われたルリにとって必要な知識だったのだと自身に心の中で言い聞かせ、正面の壁に備えつけてある鏡を見た。鏡の中の長い髪の女子高生は肌を桜色に火照らせ、欲情した瞳でホタルを見つめ返していた。


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