保健室のピンクゼリー(前編)


 放課後、牧野まきの美雪みゆきが自分の担当のクラスに戻ると、ちょうど日直の鈴木すずき真衣まいが教室の戸締りをしているところだった。
「あ、牧野先生。掃除、終わりましたー」
 鍵のついた出席簿を片手に、真衣が明るい声で報告する。真衣はボブカットの似合う可愛らしい女子生徒で、美雪のお気に入りだ。
「そう、ご苦労様。鍵は私が職員室に戻しておくから、真衣ちゃんはもう帰っていいわよ」
 美雪は真衣の手から出席簿を受け取り、優しく笑いかけた。
「はーい、わかりました。それじゃあ先生、さようなら」
「さようなら。気をつけて帰ってね」
 赤いランドセルを背負った少女を見送ったあと、美雪はドアの小窓から教室の中の様子を確認した。電灯は消えており、窓もきちんと閉められている。特に問題がないことを確かめて、その場をあとにする。
「よし、これで今週の授業はおしまいね。ああ、そういえばこの間の漢字テストの採点、今日中にしておかないと……」
 廊下で一人ごちる美雪の横を、他のクラスの生徒たちが通り過ぎていく。「先生、さようならー」の陽気な挨拶に、彼女は笑顔で手を振り返した。
 美雪は教壇に立つようになってまだ二年目の新人教師だ。昔から子供の相手をするのが好きで、去年ようやく念願を果たし、小学校の教師になった。エネルギーがあり余る小学生の集団の面倒を見るというのは思った以上に大変ではあるが、反面、活動的で表情豊かな子供たちと触れ合うことで、ますますやりがいのある仕事だと実感するようになった。
 可愛い子供たちの成長を見守るこの仕事に、もっと熱意をもって取り組んでいきたい。その意気込みが周囲にも伝わるのか、美雪は自分のクラスの生徒たちをはじめ、校内のほとんどの人間に好かれていた。
 職員室に戻ろうと廊下を歩いていると、子供の泣き声が聞こえてきた。すぐ近くの階段から聞こえてくる悲痛な声に、どうしたことかと耳を澄ます。聞き覚えのある声だった。
「うあああん……痛い、痛いよお……」
「どうしたの? あっ、真衣ちゃん !?」
 先ほど別れたばかりの少女が階段の踊り場にうずくまり、足首を押さえて泣きわめいていた。階段を下りる途中、足を踏み外して転げ落ちてしまったという。
「大変! 早く保健室に行かないと!」
 美雪は真衣に肩をかしてやり、急いで保健室へと連れて行った。
「すいません、保健の先生はいらっしゃいますか」
「はい、どうしました?」
 美雪の声に、白衣を着た眼鏡の男が顔を上げた。たしか保健の先生は田辺たなべという名前だったか、と美雪が記憶をたぐり寄せる間にも、彼は真衣をベッドに座らせ、診察を始めていた。
「ふむ、どうやら骨にも靭帯にも異常はなさそうですね。少しすれば痛みも治まると思います。一応、病院で検査を受けた方がいいかとは思いますが」
 田辺は丸い眼鏡の奥から美雪を見つめて、穏やかに告げた。深刻な傷ではないようだ。
「そうですか。ああ、よかった……どうもありがとうございます」
 美雪は安堵に胸を撫で下ろして、田辺に頭を下げた。階段から落ちたのだから、下手をすれば大怪我をしていたかもしれない。自分のクラスの生徒に何かあったらと思うと、美雪は怖気だった。
「いいえ、大したことはしてませんよ。それより真衣ちゃん、今日は歩いて帰れるかい? それともおうちに電話して、家族の人に迎えに来てもらおうか」
 田辺は恐縮する美雪から視線を外し、脚に包帯を巻いた真衣に訊ねた。薄くなった髪と小太りの体型からは、いかにも冴えない中年男といった印象を受けるが、親身になって生徒を気遣う態度に美雪は同僚として好感を持った。
「あ、大丈夫です。ひとりで帰れます──いたっ! あいたたたた……」
 真衣は気丈に立ち上がってみせるが、やはり痛みが激しいようで、顔をしかめてベッドにもたれかかる。
 美雪はその様子を見て、やはり真衣の自宅に連絡することにした。幸いにもすぐに真衣の母親と電話が繋がり、迎えに来てもらうことで話がまとまる。
「もう大丈夫よ、真衣ちゃん。すぐにお母様が迎えに来て下さるそうだから、安心して」
「す、すいません……ありがとうございます」
 真衣はベッドの上に座り込み、弱々しい笑顔で美雪に礼を言った。
「あれ、真衣ちゃんじゃない。一体どうしたの?」
 新たな声に美雪が奥のベッドを見やると、カーテンの囲いの中から真衣と同じ年頃の少年が顔を出していた。熱でもあるのか、酔っ払ったように顔が赤く、声もかすれ気味だった。
「あ、じゅんくん。あたしね、階段で転んじゃったの」
「ええっ、ケガしたの? 大丈夫?」
 純と呼ばれた男子生徒は表情を曇らせ、首を伸ばしてこちらをのぞきこんでくる。真衣の話によれば二人は同い年で、家が近いため同じ幼稚園に通っていたという。友達の身を案じる純の態度に、美雪は心温まるものを感じた。
「あたしは大丈夫。ちょっと痛いだけで大したケガじゃないよ。それよりも、純くんはどうしたの?」
「ああ、うん。風邪をひいちゃったみたいで、なんか熱っぽいんだ。頭は痛いし、それにセキも出るし──ごほっ、ごほっ!」
 純は真衣から顔をそむけ、軽く何度か咳き込んだ。表面上は平静を装ってはいるが、相当ひどい風邪のようだ。
「純くん、大丈夫? わあっ、すごい熱! これじゃあ純くん、ひとりで家に帰れないよ」
「うん、そうなんだ。一応純くんのご家族にも連絡はしたんだけど、夕方遅くにならないと迎えに来れないらしいんだ。とりあえず、それまで薬だけは飲ませて休ませているんだけど……」
 不安げな真衣と美雪に、田辺が説明する。純は皆に心配されるのが嫌なのか、「平気だよ。これくらい大丈夫」と強がりを見せ、ふらふらと立ち上がった。
「純くん、大人しく寝てないとダメだよ。カゼがひどくなっちゃう」
「うん、わかってる。ちょっと水を飲むだけだから」
 美雪は慌ててコップに水を汲み、彼に手渡してやる。よほど喉が渇いていたのだろう。純はコップの水を一息で飲み干してしまった。
「ふう、美味しい。先生、ありがとう」
「いいのよ。本当は、もっと他にしてあげられることがあったらいいんだけど……」
 美雪は浮かない顔で言った。自分のクラスの生徒でないとはいえ、真衣の友達の少年が苦しむ姿に心が痛む。できることなら純を家まで送り届けて、看病してやりたかった。
「ふむ、ちょうどいい。これはチャンスかもしれないな」
 不意に田辺が独白した。思わせぶりな言動に興味をひかれ、美雪は振り返って田辺を見つめる。
「田辺先生、何かおっしゃいましたか?」
「ええ。実は牧野先生に、お見せしたいものがあるんですよ」
 田辺はやけに楽しそうに言って、声を弾ませた。
「見せたいもの……?」
 首をかしげる美雪をよそに、田辺は保健室の冷蔵庫からペットボトルを取り出した。ラベルのない透明なボトルの中には、明るいピンク色をした液体が入っている。
「これです、これです。これが何に見えますか?」
 田辺はペットボトルの中身がよく見えるよう、こちらに突き出してきた。白い蛍光灯の光に照らされて、中の液体が派手な桃色に輝いた。
「さあ……いったい何でしょう。イチゴジュースですか?」
「いいえ、違います。これはただのジュースじゃありません。ゼリージュースといいまして、普通のお店では手に入らない特別な品物なんですよ」
 田辺は自慢げに語ったが、美雪の目には何の変哲もないゼリーにしか見えない。もっと面白いものが出てくるかと思っただけに、少々期待はずれだった。
「へえ、ゼリー? よく冷えてて美味しそう」
 拍子抜けする美雪の横で、真衣が物欲しげにつぶやく。夏の近いこの時期は毎日が蒸し暑く、美雪の体も先ほどから冷たいものを欲していた。
「ねえ、先生。よかったら、それを純くんに食べさせてあげてくれませんか? 純くんは今、熱があるから、冷たいものが食べたいと思うんです」
「いいとも、いいとも。真衣ちゃんも一緒に食べよう。牧野先生もぜひどうぞ」
「え、ええ。じゃあ、いただきます」
 何となく断りきれず、美雪も相伴にあずかることになった。
 田辺がゼリーを四つに分けて器に盛る。はじめは液体のようにも見えたが、ピンク色をしたゼリーはぷるぷると弾力があり、平たい皿に載せても形が崩れることはなかった。
 真衣は皿に盛ったピンクのゼリーを純のベッドに運び、嬉しそうな顔で彼に差し出す。
「あれ、真衣ちゃん、これは何? ゼリー?」
「うん、そうだよ。一緒に食べよう。冷たくて美味しいよ」
「あ、ホントだ。冷たい。ちょっとピリピリするけど、すっごく美味しいや……」
「なんか不思議な味だね。こんなの初めて」
 和気あいあいとする二人を温かな目で見つめながら、美雪もスプーンですくったゼリーを口に運ぶ。果物のような酸味と甘美な冷たさが舌の上に広がった。
「あら、本当。冷たくてとっても美味しいわ」
「そうでしょう、そうでしょうとも」
 破顔する美雪を相手に田辺がうなずく。どこの店の品かはわからないが、よく冷えた桃色のゼリーはとても美味だった。暑いこともあって、四人はたちまちゼリーを平らげてしまう。
「ふう、美味しかった。田辺先生、どうもありがとうございます」
 美雪が頭を下げると、田辺は空になった皿を流しに運んでけらけら笑った。いやに不快な笑い方だった。
「ククク、礼には及びませんよ。お楽しみはこれからなんですから」
「え? それはどういう──」
 怪訝な表情を浮かべる美雪を異変が襲った。冷たいゼリーを食べて冷えたはずの体が、急に熱を帯びはじめた。
「な、何これ……熱い。体が熱いわ」
 クーラーのきいた室内にいるのに、まるで灼熱の砂漠にいるような気分だった。全身から異様な熱が噴き出し、美雪の体内を頭頂部目指して駆け上がっていく。
(あ、熱い。体が──いえ、顔が熱いわ。私、どうしちゃったのかしら)
 急激に体温が上昇しているが、特に顔が焼けただれたように熱い。焼けた鉄板を押しつけられたような気分だ。
 自分の身に何が起きているのか確かめようと美雪は立ち上がり、壁の鏡をのぞき込んだ。そこに映った女の姿に仰天する。
「ひいいっ !? な、何なの、これは……私、一体どうしちゃったの」
 美雪の顔面は真っ赤に腫れ上がり、化け物のような人相になっていた。明らかな異常事態だが、どうなっているのかまったく理解できない。熱のせいか、思考する力が極度に低下していた。
「ククク、さっそく効いてきたようですね。まったく、大したものですよ。このゼリージュースは」
「え、効いてきたって、一体……た、田辺先生?」
 すぐそばから聞こえてきた声に美雪は振り向こうとするが、それよりも先に田辺の手が背後から美雪の顔を押さえつけていた。
「な、何をするんですか、田辺先生──きゃあっ !?」
 美雪が悲鳴をあげるのにも構わず、田辺が乱暴に腕を引く。わしづかみにされた顔面が引っ張られる感触を最後に、美雪は身体の感覚の一切を喪失した。
(な、何が起きたの。私、どうなっちゃったの……)
 希薄になった意識を集中させて、美雪は前を見つめる。鏡には脱力してへたり込む自分と、それを抱きかかえる田辺の姿が映っていた。
(田辺先生は何をしているの。ひょっとして、私に乱暴するつもり? なんで先生がそんなことを──きゃああっ !?)
 美雪は再び叫ぼうとしたが、今度は言葉を発することができない。あまりに衝撃的な光景を目にして、声も出なくなってしまったのだろうか。
 だが、違った。美雪の身には信じられない変化が起きていたのだ。
(わ、私の顔──何もないわ。顔がない……私、のっぺらぼうになってる……)
 愕然とした。鏡に映る美雪には顔がなかった。目も鼻も口も、顔の部品が何も存在しなかった。先ほどのゼリーと同じような、淡いピンク色のつるつるした表面を晒しているだけだ。見慣れた自分の体に顔がついていないというのが、途方もなく不気味で恐ろしい。
 美雪が驚愕したのはそれだけではなかった。顔のない美雪を見ているのは、顔だけになった美雪だった。後ろから彼女の体を抱きかかえる田辺の手に、やはりピンク色をした半透明の膜状の物体が握られている。よく見ると、それは美雪の顔だった。薄い肉でできたマスクに恐怖で引きつった女教師の顔がへばりついていた。今の美雪は、どうやらそのぺらぺらのマスクについた目から自分の姿を見ているようだ。
(そ、そんな、どういうこと? まさか私の顔、剥がれちゃったの?)
 自分の顔だけが、体から引き剥がされて田辺の手に握られている。ありえない話だがそうとしか思えなかった。奇怪極まりない現象が美雪の身に起きている。
「どうですか、牧野先生。あのゼリージュースの効き目を実感していただけましたか?」
 顔だけになった美雪を手にぶら下げて、田辺が笑った。田辺も彼女と同様、顔じゅうが桃色に染まって膨らんでいた。元々が不細工だったこともあり、嫌悪の情がいっそう募る。しかし田辺の手の中の美雪には、逃げることさえままならない。
「あのゼリージュースには不思議な効果がありましてね。食べた人の顔を体から引き剥がすことができるんですよ。驚いたことに、顔にはその人の意識が残っていましてね。顔を引き剥がされた体の方はご覧の通り、持ち主の意識から切り離されてぐったりしてしまいますが、命に別状はありません。どうかご安心下さい」
 安心しろと言われても、できるはずがない。美雪は田辺に自由を奪われ、なすすべもなかった。
「興味深いのは、ただのっぺらぼうになるだけじゃないんです。これには、もっと面白い使い方がありましてね……クククク」
 田辺は美雪の体を静かにその場に横たえると、彼女の顔だけを持って奥のベッドに向かう。そこには無残に腫れ上がった顔を押さえて苦しがる真衣と純の姿があった。美雪と同じ状態だ。
「ごめんね、真衣ちゃん。ちょっと失礼するよ──そらっ!」
 顔だけになった美雪の前で、田辺は真衣の顎に手をかける。顔をめくるように彼が手を動かすと、真衣の可憐な顔が頭部からべろんと剥がれて取れてしまった。顔を失った真衣の体は、糸の切れた操り人形のようにベッドに倒れ込む。
(あ、ああ……真衣ちゃん、なんてこと……)
 止めることも逃げることも、声を出すことさえできず、美雪は恐れおののくしかない。顔だけになってしまった今の彼女は、蜘蛛の巣に捕らわれた羽虫よりも無力な存在だった。
「こうして見ると、やっぱり可愛らしいお顔ですねえ。将来はきっと美人さんになるでしょうな。ククク……」
 真衣の顔を手にした田辺が、愉快そうに下卑た笑いを漏らす。先ほどまで子供たちに優しくしていた保健の教諭が、今は悪魔の手先に見えた。
 田辺の凶行はそれにとどまらず、純の顔も同じように引き剥がしてしまう。これで、田辺以外の三人は全て顔を剥ぎ取られて、のっぺらぼうになってしまった。意識があるのは美雪だけで、真衣も純も気を失っているのか、目を閉じたまま表情に変化は見られない。こんな状況下では、いっそ気絶してしまった方が楽かもしれないと美雪は思った。
(一体、この人は何をするつもりなの。こんな出鱈目なこと……とても信じられない)
「さて、これからがお楽しみです。牧野先生、よく見ていて下さいよ」
 顔だけになった美雪はデスクの上の電気スタンドにぶら下げられ、嫌でも田辺の姿がよく見える位置に置かれた。
 引きつった顔の美雪の前で田辺はかけていた丸眼鏡を外し、おもむろに自分の顔を引き剥がす。自身ものっぺらぼうになってしまった田辺だが、彼は顔のない真衣の体を抱き起こすと、なんと手に持ったぺらぺらの自分の顔を真衣の顔面に貼りつけてしまった。
(田辺先生の顔が、真衣ちゃんに? ど、どうなってしまうの)
 もはや美雪の感覚は麻痺してしまい、何が起きても驚くことはないと思っていたが、目の前で繰り広げられる異常な展開に、またも声にならない悲鳴をあげるはめになった。
(ま、真衣ちゃん !? 真衣ちゃんの体が起き上がったわっ)
 顔を無くして倒れ込む田辺の代わりに、それまで微動だにしなかった真衣の体がにわかに意識を取り戻して立ち上がった。切り揃えられた少女の黒い前髪の下に、醜く笑う中年男の顔があった。桃色に染まっていた肌は、いつの間にか元の肉の色を取り戻していた。
「クックック、成功したようだな。ああ、この声……高くて綺麗なこの声が、俺の声なのか。それにこのさらさらの髪……やっぱり女の子はいいなあ。俺のハゲ頭とは大違いじゃないか」
 普段の真衣なら絶対に口にしない言葉を、少女は言い放つ。田辺の顔をした真衣は脇に置かれた丸い眼鏡をかけると、自分の体を興味津々の視線で見下ろし、うっとりした表情で服や手足を撫で回した。
「これで真衣ちゃんの体は俺のものだ。ああ、肌もすべすべで気持ちいいなあ。最高の気分だよ」
(ど、どういうことなの。どうして真衣ちゃんはあんなことを言うの。まるで男の人みたいな口調で……)
 驚く美雪の目の前で、真衣は自分がはいているスカートをまくり上げ、中の下着をまさぐった。普段の真衣ならこんなことは絶対にしない。美雪は自分の目を疑った。
「牧野先生、私が誰だかわかりますか?」
 田辺の顔がついた真衣は、動転する美雪を嬉々として見つめ、澄んだ声色で訊ねた。
「私は田辺です。ついさっきまで子供たちの相手をしていた保健の教師、田辺ですよ」
(田辺先生? どうして田辺先生が真衣ちゃんになっているの)
 奇怪な出来事が起こりすぎて、頭がついていかない。美雪はどういうことかと問いただそうとしたが、顔だけになってしまった彼女の口からは声が出ず、酸素が不足した魚のようにパクパクと動くだけだった。
「あのゼリーを食べて剥がれた顔を他人の体にくっつけると、その人の体を乗っ取ることができるんですよ。だから私の顔がついた真衣ちゃんの体は、私が自由に動かせるというわけです。真衣ちゃんの細い手足も、さらさらの髪も、綺麗な声も、今は全て私のものなんですよ。どう? 先生。あたしの体、田辺先生に貸してあげてるの。面白いでしょう。クックック……」
 おどけた調子の田辺に、美雪は激しい怒りを覚えた。信じがたい話だが、もしそれが本当だとしたら、田辺に反発せずにはいられなかった。無垢な生徒の身体を教師がもてあそぶなど、決して許されることではない。美雪は険しい視線で眼鏡の少女をにらみつけた。
「おやおや、その表情……いけませんなあ。こんなに面白いゼリーだというのに、牧野先生にはこの素晴らしさがおわかりいただけないようだ。実にもったいない」
 田辺は肩をすくめると、美雪の顔がぶら下がっているデスクに近寄った。そして物言わぬ彼女のマスクを手に取り、軽く振り回してみせる。
(きゃあっ! や、やめてっ! 私の顔に乱暴しないでっ)
 目を回しそうになるが、今の美雪には文句一つ言うこともできない。田辺は美雪の顔を持って、再び奥のベッドに足を向けた。ベッドの上には体から剥ぎ取られた子供たちの顔と、顔を剥ぎ取られた少年の体があった。
「ククク……牧野先生も顔だけになってしまってはさぞご不便でしょう。早く体にくっつけてあげなくてはいけませんなあ」
(あ、当たり前ですっ。早く私を元に戻して下さいっ)
 声が出せず、目だけで訴えかける美雪のマスクを、田辺の顔のついた少女は上機嫌で眺めやった。
「おや、これはちょうどいい。ここに顔のない体が一つありますから、先生はどうぞこれを使って下さい」
 そう言って田辺が指し示したのは、ベッドの上に横たわる男子生徒の体だった。美雪はまたも仰天する。
(ちょ、ちょっと待って。それは私の体じゃなくて、純くんの──ああっ、い、いやあっ!)
 抵抗もできない美雪の顔を、田辺は純の顔面にぐいぐい押しつける。すると、今までまったく無かった美雪の体の感覚が唐突に蘇った。
「ああっ、か、体が動く。でも私、どうなっちゃったの?」
 ようやく声を出せるようになったことに一瞬、安堵する。ところが、美雪の口をついて出たのは慣れ親しんだ自分の声ではなく、まだ声変わりが始まっていない少年の声だった。
「どういうことなの。私の声が変だわ。まるで男の子みたい」
「ククク、うまくいったようですね。牧野先生、そこの鏡を見て下さい」
 田辺の口調で喋る真衣に促され、美雪は立ち上がって鏡に向かう。体の感覚を取り戻したのはいいが、全身が不自然に熱い。軽い頭痛と風邪をひいたような気だるさがあった。
「あっ、純くん !? ど、どうして純くんが……?」
 保健室の大きな鏡に両手をついて、美雪は絶望のうめきを漏らした。鏡の中に立っていたのは黒のタイトスカートをはいた髪の長い女教師ではなく、半ズボンとTシャツを身に着けた短髪の男子小学生だった。
「そ、そんなっ。まさか私、純くんになっちゃったの?」
 小柄な少年の体に、驚愕の表情を浮かべた大人の女性の顔がくっついている。変わり果てた自分の姿に、美雪は脱力してその場にへたり込んだ。隣に元の自分の体が転がっているのを見て、顔が青ざめるのを自覚する。
「どうですか。あのゼリーはこういう使い方ができるんですよ。すごいでしょう、はははは……」
 美雪の背後から女になった田辺がやってきて、男になった彼女の肩を抱いた。奇妙な取り合わせの顔を除けば、今の二人はどこにでもいる少年と少女でしかない。
「も、元に戻して下さい! どうしてこんなことを──私、こんなの嫌です! ううっ、あ、頭がクラクラする……」
 たまらず大声をあげる美雪を、高熱とめまいが襲った。風邪をひいた純の体が美雪を苦しめていた。
「いけませんよ。今の牧野先生は風邪をひいてるんですから、無理をしてはいけません。苦しそうな純くんに向かって、先生は何かしてやれることはないかとおっしゃったでしょう。そんな風に生徒の苦しみを肩代わりしてやるのも、教師の務めだとは思いませんか」
「だ、だからって、こんなのおかしいです! 早く私たちを元に──げほっ、げほっ!」
「ああ、いけません、いけません。安静にしていないと、ますますひどくなりますよ。元に戻るのはあとにして、とにかく今はベッドで寝てて下さい」
 田辺は美雪を立ち上がらせ、ベッドへといざなう。美雪は体調の不良に抗うことができず、言われるまま寝床に入って横になった。
「真衣ちゃんの脚も、まだ少し痛みますね。それにしても、こんなに細い脚でよく歩けるものだ」
 美雪のベッドに腰を下ろした田辺が、包帯を巻かれた自分の脚を撫で回して感心する。何か罵ってやろうかと思ったが、熱に浮かされたような今の美雪の状態では、まともに話せるかどうかも疑わしかった。
「さて、真衣ちゃんの体を楽しむのもいいですが、私にはまだやることが残っています。この子たちをこのままにはしておけませんからね」
 田辺は気を失った真衣と純の顔を両手に持って、邪悪な笑みを浮かべた。小学生の女子の体に中年男の顔が貼りついているのが、出来の悪いホラー映画のようでひたすら不気味だ。
「こ、今度は一体、何をするつもりなんですか……」
 美雪は辛うじてベッドの上で身を起こし、田辺に問う。自分の身はとにかく、子供たちのことが心配でならなかった。
「なに、この子たちを体にくっつけてやるだけですよ。ケガも病気もない、健康的な大人の体にね」
「そ、そんな、まさか──」
 最悪の想像を思い浮かべて戦慄する美雪を置いて、田辺は立ち上がる。そして力なく座り込んでいた元の自分の体の前にしゃがみ込むと、のっぺりした顔面に真衣のマスクをくっつけてしまった。鏡の前に寝転ぶ美雪の体には、同じようにして純のマスクを貼りつける。
 変化はすぐに始まった。美雪の見守る中、ピンク色のマスクが肌色に変わり始め、肉の境目がすうっと薄くなっていく。そして、真衣と純の顔は別人の肉体と一体化してしまった。
「二人とも、起きて。起きなさい」
 鈴を転がすような少女の声が、二人の教師の体をゆり起こす。小さなうめき声があがり、真衣と純が目を覚ました。
「あれっ? あたし、どうしたんだろう。なんでこんな服を着て──な、なに、この低い声は。これ、あたしの声なの?」
「ううん……ボク、どうなったの。なんか体がスッキリして気分がいいけど……あれっ、なんでボク、スカートなんてはいてるんだろう。それに、この長い髪は……?」
 愛らしい真衣の口からは田辺の野太い声が、純の口からは美雪の高い声が聞こえてくる。眼前で繰り広げられる異常事態の数々に、美雪は今度こそ失神してしまいそうになった。
「二人とも、気がついたかい? なら、そこの鏡を見てみなさい」
 田辺に促され、真衣と純は不思議がりながらも壁の鏡の前に立つ。直後、二人の悲鳴があがった。
「きゃあああっ !? な、何これ! これがあたしなのっ !? 信じられない!」
「わあああっ! ボ、ボク、女の人になってる……どういうこと?」
 真衣は禿げた中年男になった自分を、純は長髪の女教師になった自分の姿を見て、二人揃って腰を抜かす。感受性の鋭い年頃の少年少女に、今の異変はショックが大きすぎた。
「クククク……これがあのゼリージュースの効果でね。真衣ちゃんは私と、純くんは牧野先生と体が入れ替わったんだよ。どうだい、すごいだろう」
 大人の異性の体になって大騒ぎする真衣と純との間で、少女になった田辺がクックッと忍び笑いを漏らし、二人に事情を説明する。勝ち誇ったその言い草が美雪の不快感をますます煽る。
「うわああん……ひ、ひどいよ、こんなの。先生、お願いだからあたしたちを元に戻して……」
 真衣はその場にしゃがみ込み、大声をあげて泣き出した。顔だけは可憐な少女とはいえ、小太りの禿げた中年男が泣きわめいている姿は非常に見苦しい。美雪は不憫な女子生徒を心から哀れんだ。
「ボ、ボクだってこんなの困るよ。牧野先生、ボクの体を返してよ!」
 美雪の体になった純も血相を変えて、純の体になった美雪のところにやってくる。だが、美雪にはどうしようもなかった。
「ご、ごめんなさい。私も純くんの体を返してあげたいけれど、どうしたらいいかわからないのよ。ごほっ、ごほっ!」
 ベッドの上で咳き込みながら、美雪は彼に謝罪する。小学生の小さな体になってしまったからか、元の自分の体に気圧されてしまう。
(私の体……小柄だと思ってたけれど、こうして見るとやっぱり大人ね。純くんとはまるで体格が違うわ)
 教師に叱られて縮み上がる子供たちの気持ちが少しだけわかった。だが、今は感心している場合ではない。
「田辺先生! ふざけるのはいい加減にして、早く私たちを元に戻して下さい! このままじゃ、この子たちは家に帰ることもできないじゃありませんか!」
「いやあ、その辺は大丈夫でしょう。今のままでも、日常生活を送るのにほとんど支障はありませんよ」
 田辺は鏡に映る自分の姿を見つめて、美雪に言い返した。あまりに非常識な発言にはらわたが煮えくり返る。
「そ、そんなはずないでしょう! 私たち、こんな格好じゃ人前に出られません! 本当にわかって──ああっ、めまいが……」
 発言の途中で美雪の意識が薄れ、ベッドに倒れ込んでしまう。純の風邪はかなり深刻なようで、大声を出すのが辛かった。
 そのとき保健室のドアがノックされ、「あの、すいません……」と、か細い女性の声が割り込んできた。美雪は声の方に顔を向け、言わんことではないとすくみ上がった。教師と生徒たちの顔面が入れ替わってしまったなどと人に知られたら、大騒ぎになるに決まっている。四人揃って病院に連れていかれてもおかしくはない。
「すいません、鈴木真衣の母です。うちの子がケガをしたって聞きまして……」
「あっ、ママっ」
 保健室に入ってきた中年女性を見て、真衣が田辺の声で叫んだ。だが、真衣の母親は保健教諭の姿になった自分の娘に、まるで他人を見るかのような一瞥を投げただけで、すぐに娘の体を奪った田辺に向き直る。
「ああ、真衣、無事でよかった。階段から落ちたんですって? 気をつけないと駄目じゃない。ひとつ間違えば、大怪我をしていたかもしれないのよ」
「うん、ママ。ごめんなさい……」
 田辺は一瞬だけにやりと笑うと、かけていた丸眼鏡を外し、神妙な態度で真衣の母親に詫びた。
 真衣の母親はそんな田辺の肩を抱いて無事を喜ぶ。顔が他人のものになってしまった真衣を見ても面食らった様子はなかった。田辺の顔がついた娘を優しく抱きしめて安堵の表情を浮かべていた。
「マ、ママ、あたしはこっちだよ。その人はあたしじゃないよ。田辺先生だよっ」
 真衣が横から母を呼ぶ。ところが、真衣の母親は保健教諭の体になった娘に声をかけられても、「どうしましたか、先生?」と、首をかしげるだけだ。田辺の目鼻立ちが真衣のものになっているのがわかるはずなのに、まるで気にかけるそぶりはない。
(ど、どういうことなの。どうして真衣ちゃんのお母様は何も言わないの。自分の子供の顔があんなことになっているというのに……)
 美雪が絶句していると、田辺が母親から離れて美雪のベッドにやってきた。楽しくて仕方がないといった面持ちだった。グロテスクな少女の笑顔に思わず吐き気を催し、背筋が震える。
「どうです? 驚いたでしょう。実は、これもさっき食べたゼリージュースの効果でしてね。あれを食べて顔を入れ替えても、あのゼリージュースを食べていない人には普段と同じような顔に見えるらしいんですよ。だから真衣ちゃんのお母さんには、私の顔も体も全てが真衣ちゃんそのものに見えるというわけなんです。日常生活に支障がないというのはこういうことですよ。おわかりいただけましたか?」
 田辺の解説に、美雪は大きく目を見開いた。なんと、あのピンクのゼリーを食べた四人以外の人間には、美雪たちが入れ替わったことがわからないという。田辺の毒々しい顔が貼りついた真衣のことを、真衣の母親も含めて誰もが真衣本人だと信じて疑わないのだ。罪のない女子生徒の肉体を奪い、彼女になりすます中年男に美雪は怒りを抑えきれなかった。
「あ、あなたは本当に教師ですか。生徒を見守る神聖な職についていながら、こんなことを……絶対に許せません!」
「ククク、まあ、なんと言ってくれても構いませんがね。でも、生徒を苦しめているのは私だけじゃなくて、あなたも同じでしょう。純くんもあなたに大事な体を奪われてしまったわけですからね」
 ころころとした鈴の音のような少女の声で、田辺があざ笑う。少年になった美雪の体がわなないた。
「それも全部、あなたがやったことじゃありませんか! いいから早く、私たちを元の体に──げほっ、げほっ!」
 興奮したからか、咳が止まらない。美雪は酸素を求めて喘いだ。
「ねえ、ママ。こっちに来て。純くんが風邪をひいて苦しそうなの」
 激怒する美雪を無視して、田辺が真衣の母親に話しかけた。見るからに優しそうな真衣の母親は、美雪のベッドの傍らまでやってきて、同情の眼差しを彼女に向ける。
「あらあら、純くん……大丈夫?」
「お、お母様、私は純くんじゃありません。私は教師の牧野です。ごほっ、ごほっ! うう、苦しい……」
 ゼイゼイと喘ぐ美雪の言葉を、真衣の母親はうわごとだと思ったようだ。田辺と美雪に交互に目をやり、心配した表情を浮かべる。
「純くん、とっても苦しそうね。おうちには連絡したの?」
「うん、でも純くんのお父さんもお母さんも忙しくて、迎えに来るのは遅くなりそうなんだって」
「そう……それなら、私が純くんをおうちまで連れていってあげるわ。純くんは家の鍵を持ってるでしょう? 家は近くだから、おばさんが一緒に送っていってあげる。先生も、それでよろしいですか」
 真衣の母親は禿げ頭の真衣に同意を求めた。自分の母親に先生と呼ばれ、真衣は衝撃を隠せない。
「マ、ママ……ホントにあたしのことがわからないの? あたしは真衣だよ。お願い、信じてよ」
「クククッ、田辺先生、あんまりふざけちゃダメだよ。今はあたしが真衣なんだからね。それに、さっきのゼリーはみんな食べちゃったから、元に戻ろうと思ってもすぐには戻れないんだ。しばらくはこのままでいるしかないよ」
「そ、そんなあ。うえええん……」
 脂肪でむくんだ両手で顔を覆い、真衣は泣き崩れる。不審に思う母親の手を田辺が引っ張った。
「ねえ、ママ。田辺先生はあたしや純くんを一生懸命診てくれたんだよ。とっても優しくしてくれたの」
「そうなの。うちの娘がお手数をおかけしまして、本当に申し訳ございません。担任の牧野先生も、どうもありがとうございました」
 真衣の母親が礼を述べたのは、美雪の姿をした純だ。女教師になってしまった少年は戸惑い、慌てふためく。
「ち、違うよ、おばさん。ボクは牧野先生じゃなくて純だよ。ボク、牧野先生と入れ替わっちゃったんだ」
「そうですか。それでは、私たちはこれで失礼いたします。二人とも、帰るわよ」
 真衣の母親は真衣と純に何度も頭を下げて、美雪をベッドから立たせる。意識が混濁していた美雪は何もできずに保健室から連れ出された。その傍らでは赤いランドセルを背負った醜い顔の少女が大人たちに手を振っていた。
「先生、またねー! バイバーイ!」
「あ、あたしの体が……うわあああん。こんなのいやだあ……」
「ちょ、ちょっと待って。ボクの体を返してよおっ」
 ただ泣きわめくだけの真衣とは違って、純の方は保健室を出て美雪たちを追いかけてきたが、慣れないスカートがあだになったのか、廊下で転倒してしまう。派手な音があがったあと、女の泣き声が聞こえてきた。聞き慣れたはずの自分の声なのに、まるで知らない声のように思えた。
(ああ、純くんが……私たち、これからどうなっちゃうの)
 美雪は真衣の母親に手を引かれて、暗い気持ちで学校を出た。通学路をふらふらと歩きながら、ふと自分が身に着けている男子用の半ズボンと泥だらけの運動靴の感触に不快感を覚えたが、その心地悪さはいつまでも消えることがなかった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 純になった美雪は、ほとんど馴染みのない道を通って純の自宅まで連れて行かれた。
「とにかく寝なさい。こういうときは暖かくして寝るのが一番よ」
 真衣の母親は自分の子供同然に美雪の世話をしてくれた。全身の汗を拭いてパジャマに着替えさせ、水をたっぷり飲ませてベッドに寝かせる。無力な子供になってしまった美雪にとって、真衣の母親の手助けは実にありがたかった。
「保険証があったら病院に連れて行ってあげるんだけど、どこにあるかわからないから。それに、純くんのお母さんの携帯電話にも繋がらないし……まあ、仕方がないわ。今は寝ていなさい」
「あ、ありがとうございます。本当に助かりました……」
「ねえ、ママ。あたし、しばらく純くんのそばについててあげてもいい?」
 美雪が寝ている脇で母親に許可を求めたのは、真衣の姿を借りた田辺教諭だ。先ほどから無邪気な少女を演じ、真衣になりすましている下劣な男だった。
「あら、そんなの駄目よ。真衣にも風邪がうつっちゃうわ」
「大丈夫だよ。ちゃんと後で手は洗うし、うがいもするから。ねえ、いいでしょう? あたし、純くんが心配なの」
 いくら肉体が美しい少女のものとはいえ、脂ぎった四十男が自分と変わらない年頃の女性を母と呼んで甘えるのは、実におぞましい光景だった。保冷剤を額に置かれた美雪の体に、ゾクゾクと悪寒が走る。
「しょうがないわねえ……じゃあ、純くんが寝るまで、ここで見ていてあげなさい。純くんが寝たら、起こさないようにそうっと帰ってくるのよ。戸締りはママがしてあげるから」
「うん、わかった」
(お母様、違うんです。この人はあなたの娘さんじゃありません)
 事実を暴露してやりたかったが、ただでさえ信じがたい内容であるのに加えて、美雪が高熱を出しているとなれば、病人のうわごととして一顧だにされないだろう。美雪は言葉をぐっとこらえて、部屋を出て行く真衣の母親を見送った。
「大丈夫ですか、牧野先生? クククッ、だいぶ辛そうですなあ」
 田辺が微笑み、ベッドの傍らの椅子に腰を下ろした。醜悪な顔さえ除けば、今の彼は彼女が担当しているクラスの女子生徒、鈴木真衣にしか見えない。喋る声でさえ真衣そのものだ。
「あ、あなたはこんなことをして許されると思ってるんですか。いたいけな子供たちをもてあそんで、こんな非道な仕打ちを……」
 美雪は田辺を必死でにらみつけた。この男に天罰がくだってほしいと切実に願った。
「なんと言われようと、やめるつもりはありませんよ。せっかく可愛い女の子の体を手に入れたんですからね。あのゼリージュースは便利な代物ですが、他人に食べてもらわないと効果を発揮しないというのが欠点でしてね。知らない人間に食べさせるのはなかなか難しいですし、手に入れたはいいが、どうしたものかと悩んでいたところなんですよ。まさに渡りに船でした。綺麗な女の先生と花のつぼみのような美少女が、揃って罠にかかってくれたんですからね。いやあ、この子の体にしようか、あなたの体にしようかと真剣に迷いました。まあ将来性を見込んでこちらにしたわけですが」
「なんてひどい……それで、私たちは元に戻れるんですか」
 苦しげに唾を飲んで放った美雪の質問に、田辺は芝居じみた仕草で両手を掲げ、「さあ?」とうそぶいた。
「あのゼリージュースはインターネットで偶然入手したものでして、さっきも言ったように全部食べてしまいましたからねえ。手に入るまで元には戻れませんし、また手に入るかどうかも何とも言えませんなあ。もしも手に入らなければ、私たちは一生このままということになります。まあ、私はそれでも構いませんがね。こんな可愛らしい姿になったんですから、綺麗な女の子として人生をやり直すのも面白そうです」
「そ、そんな……ひどい。ひどすぎる」
 絶望に顔を歪める美雪とは対照的に、田辺は非常に楽しそうだ。座っていた椅子から腰を上げ、美雪のベッドに足をかける。
「とにかく、入れ替わってしまったものはしょうがないじゃありませんか。それよりも、せっかく異性の体になったわけですから、先生ももっと楽しまれた方がいいと思いますがね」
 田辺は寝ている美雪の上にもたれかかり、至近距離で彼女と見つめ合った。欲望にぎらついた目を見ていられず、美雪は堅くまぶたを閉じた。
「何をするつもりですか。私を男の子にして辱めるだけでは飽き足らず、まだ何か企んで──」
「純くん、あーそぼっ。あたしは純くんのことが大好きだから、一緒に遊んであげたいの」
 目をつぶっているため、真衣本人が喋っているかのように錯覚してしまう。驚いて目を開くと、田辺が美雪の体をまたぐようにして膝立ちになり、着ている服を脱ぎ始めていた。
「ほほう、最近の女の子は発育がいいですなあ。もうブラジャーをつけているとは驚きました」
「な、何をしているんですかっ! やめて下さいっ!」
 制止しようとする美雪だが、発熱した体は言うことをきかない。田辺は赤いフリルのスカートを脱ぎ捨てる。
「見て下さい。パンツはブラジャーとおそろいのピンクですよ。ピンクのゼリーにはおあつらえ向きですね」
「やめなさい! そんな破廉恥な真似をして、あなたは恥ずかしいと思わないんですかっ !?」
「あれ、純くん、どうしたの? あたしは自分の服を脱いでるだけだよ。服を脱がないと着替えはできないし、お風呂にも入れないじゃない。おかしなことを言うなあ、純くんは。クックック……」
 美雪を嘲笑するかのように、田辺は真衣のふりをしておどける。嬲られていると知って、美雪は無力な自分を呪った。
(田辺先生が真衣ちゃんと入れ替わったのは、あの子の体をもてあそぶためなの? なんてひどい……一体、私はどうしたらいいの)
 何とか止められないかと考えるも、高熱に苛まれる今の体ではどうすることもできない。あまりの残酷さに涙を流す美雪の前で、田辺は一糸まとわぬ姿になった。天使のように愛くるしい少女の顔に、中年男の脂ぎった目鼻や唇がつけられているのは、何度眺めても不気味だった。
「クククッ、見てよ純くん。あたしの体、大人になりかけなんだよ。少しだけどアソコの毛も生えてるし、おっぱいだって結構膨らんでるんだよ。ほらほら、触ってみてよ」
 挑発的な仕草で自分の胸を揉みながら、美雪ににじり寄ってくる。
「ああ……やめて、やめて下さい。それ以上、真衣ちゃんの体をオモチャにしないで……」
 美雪は泣いて許しを乞うたが、田辺はやめようとしない。美雪の手をとって自分の股間に押しつける。うぶ毛に覆われた少女の性器を、美雪は指先に感じた。
「ほら、もっと触ってよ。あたしの体に何をしたっていいんだよ? だってあたし、純くんのことが大好きだもの」
「や、やめてっ。私にできることなら何でもしますから、どうか真衣ちゃんの体をもてあそぶのはやめて下さい。お願いします。うううっ……」
「へえ、何でもするんだ。その言葉、よく覚えておいてよ」
 涙ながらの美雪の懇願に、田辺は気をよくしたようだ。裸のまま部屋を出て行き、またすぐに戻ってきた。手には梱包などに使うビニール紐が握られていた。また田辺が不埒なことを企んでいると気づいて、美雪は身構える。
「紐なんか持ち出してきて、どうするつもりですか」
「なに、少しの間、あなたを縛らせてもらうだけです。今の牧野先生に大した抵抗ができるとは思えませんが、念のためにね」
 田辺は美雪の腕を背中で縛り上げ、動けなくする。慣れない束縛が美雪の不安をかきたてた。
「や、やめて下さい。そんなに乱暴にしないで。い、痛いっ」
「辛抱なさい。真衣ちゃんのためなら何でもすると言ったでしょう。あなたが私の言うことを聞いてくれないと、この子の体でいろいろと遊ばせてもらいますよ。大事な真衣ちゃんの体がどうなってもいいんですか?」
「そ、そんな……」
 卑劣な脅迫を受けて、美雪の視界を暗い失意の影が遮った。田辺は真衣の肉体を人質にして、美雪を服従させようというのか。美雪は唇を噛みしめたが、とにかく今は大人しくして事態が好転するのを待つしかなかった。
(真衣ちゃん、純くん、待ってて。きっと先生が元に戻してあげるから)
 決意を固める美雪の下半身に田辺が覆いかぶさり、パジャマのズボンを脱がせにかかる。美雪は驚いたが、逆らうことはせず田辺に言われるがままズボンを脱いだ。
「そのパンツも脱いで下さい。風邪が悪化するといけないので、上半身はそのままで構いませんが」
「わ、わかりました。脱ぎます……」
 はいていた白いブリーフを脱ぎ捨てると、皮をかぶった幼い男性器が露になる。それが自分の体の一部であることを思い知らされ、美雪は嘆息した。
(ああ、わかっていたことだけど、私、本当に純くんの体になってるんだわ……)
 念願叶ってようやく教師になったはずの自分が、いまだ陰毛も生え揃っていない小学生の少年になってしまい、どうしていいかわからなくなる。くじけてはならないとわかってはいるが、暗澹たる思いだった。
「ククク、可愛らしいチン○ですね。どれ、ちょっと触らせてもらいますよ」
「えっ? ま、待ってっ」
 狼狽する美雪の陰茎に田辺の手が伸びた。他人の指に性器を撫で回されるもどかしさに、美雪の呼吸が荒くなる。
「ああっ。や、やめて下さい。こんなことをしては駄目ですっ」
「おやおや、どうしてです? ひょっとして気持ちいいんですか。牧野先生は品のある女性だと思っていたんですが、チン○を触られて感じてしまうとはおかしいですねえ。これじゃあ、その辺のエロガキと変わらないじゃありませんか」
 田辺はにやにや笑って、美雪の睾丸を揉みしだく。鈍痛と共に未知の感覚が美雪の背筋を這い上がり、女教師だった少年を喘がせた。
「はああっ、や、やめてえっ。お○んちんいじっちゃ駄目ぇ……」
「見て下さい。牧野先生のチン○、硬くなってきましたよ。どれだけ強がっていても、体は正直ですなあ。女子小学生に触られてチン○を勃起させるとは、みっともないことです」
 田辺は美雪をあざ笑ったが、今の彼女には否定する余裕もない。白魚のような少女の手が性器を這い回り、美雪の心に男の快感を植えつけていた。
「な、何なのこの感じは。お○んちんがこすれて──あっ、ああっ」
「これはすごい。カチンコチンに固まって、ピクピク痙攣してるじゃないですか。しかし先生、チン○で感じるのはいいのですが、包茎のままでは少々いただけませんな。私が剥いて差し上げましょう」
 田辺は美雪の陰茎を押さえつけ、無理やり皮を引っ張る。鋭い痛みと共に、白い亀頭が空気に晒された。
「いっ、痛い! やめて、剥かないでっ」
「我慢しなさい。今のあなたは男の子でしょう。これくらい我慢しないと、立派な男にはなれませんよ」
「うっ、うう──いやっ、こんなのいやあっ」
 ぽろぽろ涙をこぼす美雪の男性器の先を、細い指で挟み込む田辺。幹の中ほどから先端にかけて、親指の腹で押し出すようにシュッ、シュッと摩擦されると、疼痛とは別の感覚が美雪にもたらされる。今まで感じたことのない刺激に、両腕を縛られた美雪は幼い子供のように泣きわめくしかない。
「ひっ、ひいっ。いやあああ……」
「気持ちいいですか、牧野先生? 男はこういう風にオ○ニーをするんですよ。先生もこれからオ○ニーするときはこうして自分のチン○をしごかなくてはいけないんですから、よく覚えておいて下さい」
(ひどい。どうして私がこんな目に遭わなくちゃいけないの)
 美雪の心は折れてしまいそうだった。子供たちを守ろうという教師の責任感も、清楚な淑女としての矜持も消え去り、終わりの見えない責め苦にただ身悶えする。股間がひたすら熱くなって、美雪の理性を蝕んだ。
 田辺の意思に操られた真衣の指は、巧みなテクニックで着実に美雪を追い詰めていった。全てはこの醜悪な男のはかりごとだとわかってはいても、繊細な少女の手が勃起した陰茎をリズミカルにしごいてくれるのは至上の幸福だった。美雪の牡の象徴は良心の訴えを無視して熱い粘液を垂れ流し、田辺をますます喜ばせる。
「先生、先走りのおつゆが漏れてきましたよ。相当感じているんですなあ。まあ、当然ですがね。何しろこんなに可愛い女の子にチン○をしごいてもらっているわけですから、男としてはごく当たり前の反応だと思いますよ」
 見下した声で田辺が言い、美雪への陵辱を続ける。爪で亀頭の割れ目をひっかいて、剥けたばかりの少年の性器から恥垢をそぎ落とした。美雪の背筋がぐぐっとそり返り、唇の隙間から悲鳴と舌とが飛び出す。
「ふああっ、ダ、ダメぇっ。それ以上したら、変になっちゃう。あっ、あああっ」
 下腹の辺りがしくしくと疼き、得体の知れない衝動がこみ上げる。男性としての快楽に流されていることに気づいて慄然とするも、美雪には何の手立てもなかった。田辺に嬲られ、よがるだけだった。
(私、気持ちがいいの? ううん、そんなはずない。気持ちいいはずがないのに──で、でもっ)
 体の底から沸き上がってくる奇妙な感覚に恐怖を覚え、美雪はぶるぶると腰を震わせた。はちきれんばかりに膨れ上がった少年の性器が、必死で持ち主に何かを訴えようとしているのだが、つい先刻まで女だった美雪にはその正体がわからない。
「ああっ、もうダメっ。な、何かくる……」
「イキそうなんですね。どれ、美人で評判の牧野先生がチン○をしごかれて射精してしまうところを、じっくり見せてもらいますか」
 無垢の少女の声音で囁かれる生々しい単語に、美雪はハッとした。
(私、射精するの? 女なのにお○んちんをもてあそばれて達してしまうなんて……)
 忌まわしい屈辱感と倒錯的な興奮が美雪の心を真っ赤に染め上げる。体内で何かが音をたてて爆発した。
「あっ、あああっ。で、出るっ。いやあっ、いやあああっ!」
 絶叫する美雪の男性器から白い樹液が噴き出した。田辺の手に愛撫されて絶頂を迎えてしまったのだ。たとえ心がしとやかな女性のものであろうとも、少年の体はあくまで本能に忠実だった。
「ほほう、最近の子供は大したものですなあ。この歳でもうこんなに精液を出せるとは、私も思いませんでした」
 美しい裸体をべとついた白濁が汚すのにも構わず、美雪に寄り添った田辺が感嘆の声を発した。わざわざ「射精」の部分を強調してくるのが陰険だが、今の美雪には気にかける余力もない。あまりのショックに涙を流して呆然としたまま、変わり果てた自分の股間を無言で見つめるだけだった。
(ああ……私、射精したんだ。なんてことを──純くんに申し訳ないわ)
 肩で息をしながら、罪悪感と射精の余韻に酔いしれる。とろけるような痺れが美雪の下半身に広がった。男子生徒と肉体を交換させられた女教師の意識を闇が覆い隠し、やがて美雪は気を失ってベッドに身を沈めた。



■続く■



inserted by FC2 system