真由美のオス犬生活 後編

 一行が健一の家に戻ってきたのは、日が西に傾きかけた頃のことだった。健一の母親はちょうど買い物に出かけるところで、真由美たちと門の外ですれ違った。
「あら、おかえり。遅かったじゃない。お散歩は楽しかった?」
「バウ、バウ!」
「そう。それはよかったわね。それじゃ、母さんは買い物に行ってくるわ。戸棚にお菓子が入ってるから、真由美ちゃんと一緒に食べてて」
 健一の母親は、メス犬の頭が載った息子の身体と短い会話を交わし、足早に出かけていった。完全にベスのことを健一だと思い込み、ジョンのことを真由美だと思い込んでいた。
「うちのおふくろまで気づかねえのか……俺たち、これからどうしたらいいんだ」
 白い毛並みの健一がぽつりとつぶやいた。家族ですら真由美や健一が犬と体を交換したことに気づかない。公園で出会った美貌の少年は、恐るべき魔性の力で出会う者全てを惑わしていた。
「ふふふ……お散歩お疲れ様。健一君も真由美さんも、犬の体でする散歩はどうだった? こういうのも新鮮で面白いでしょう」
「ふざけんなっ! お前のせいで俺たちは……畜生、畜生……!」
「あっはっは、畜生は君たちの方じゃないか。ねえ?」
 少年は楽しそうに笑った。白のワイシャツに黒のスラックスという高校の制服のようないでたちで、夏の道路を随分と歩いたはずだが、汗一つかいておらず涼しい顔をしている。やはりこの美少年は普通の人間ではなく、鬼か魔物の類だと真由美は確信した。
「それじゃあ、だいぶ歩いたしちょっと休憩しようか。戸棚にお菓子が入ってるって言ってたよね? ベス、ちょっと取ってきてくれないかな」
「バウっ!」
 ベスは己がはいている健一のズボンのポケットから鍵を取り出してドアを開ける。とても犬とは思えない自然な動きに、二人は改めて目を見張った。
「くそっ。まさか俺の体が、ベスにとられちまうなんて……いまだに信じられねえ」
「信じられないのは私だって同じよ。私の首から下が、ジョンと入れ替わっちゃうなんて……」
 暗い顔を見合わせる二人の首輪にはリードが繋がれており、その端は今、首から下が真由美の体になったジョンが握っていた。妖しい少年によって不可思議な力を与えられたジョンとベスは、まるで人間のように二足歩行が可能で、本人たちと遜色ない程度に手を使うこともできる。飼い犬と飼い主の立場が逆転した今、二人はただの愛玩動物に過ぎなかった。
「さて、どうしようか。僕らも家の中に入りたいところだけど、君たちは汚れてるから家に上げちゃいけないよね? じゃあ皆で庭に回ろうか」
 少年の提案を受けて、ベスを除いた一行は庭に回る。そこにはベスの犬小屋があり、二人はその前に繋がれた。自由を奪われ、庭の中すら許可なく動き回れない現状にため息が漏れた。
「ううう……これからどうしたらいいんだ。どうやって元に戻ればいいんだ……」
 健一は本物の犬のように唸っていたが、真由美もどうしていいかわからなかった。このままでは、自分たちは犬としての生活を強いられ、人間に戻れなくなるかもしれない。最悪、残りの一生を獣の姿で過ごさなければならなくなる。そんなのは絶対にご免だった。何とか機を見て少年に反撃し、自分たちの体を取り戻さなくては。そんなことがそう簡単にできるとは思えなかったが、やらなくては最悪の結果が待っていると思うと、やはりやるしかない。
 犬小屋に繋がれた二人から少し離れたところでは、あの少年が茶菓子をつまみながらベスやジョンと談笑していた。いったい何を話しているのだろう。犬の言葉がわからない二人にはさっぱり理解できなかったが、あまり愉快な内容ではないだろうということは想像できた。ジョンもベスも人間の体を我が物にして、さぞ喜んでいるに違いなかった。
 真由美が苦虫を噛み潰したような顔で奪われた自分の体を眺めていると、ふと隣から間の抜けた音が聞こえた。それが腹の音だとわかったのは、恥ずかしそうな健一の表情ゆえだ。健一は腹が減っているのか──そう思った途端、真由美の頭部に繋がれたシェパードの体の腹が鳴り出した。健一と同様、真由美も空腹なのだ。
「お腹すいた……チーズケーキが食べたい」
「俺はキンキンに冷えたアイスクリームが食いたい」
「私もアイス食べたい。ケーキもアイスもお団子も食べたい。お腹すいたよお……」
「くそっ、腹減った。犬の体のくせに、なんで腹が減るんだ。うう、腹ペコで死にそうだ……」
 空きっ腹をかかえて健一とぼそぼそ話していると、あの少年がこちらにやってきた。大きな金属製の皿を両手に持っている。それはベスが日頃から使っている食器と、予備の皿だった。それぞれの皿には、白っぽい色のオートミールが盛られていた。ベスのドッグフードだ。
「二人とも、お腹が空いたでしょう? 遠慮せずにお食べよ。ほら」
「それ、まさかドッグフード? そんなの食べられないよ……」
「俺たち、飯まで犬用にされちまうのかよ。なんてこった……」
「嫌なら食べなくていいよ。これはゴミ箱に捨ててくるから」
 少年が立ち上がってその場を離れようとすると、二人は慌てて前言を撤回する。「ドッグフードでいい! ドッグフードでいいから食わせてくれ! 腹が減って死にそうなんだ!」
「わ、私も……それに、なんかそのドッグフード、すっごく美味しそうに見えるのよね。なんかいい匂いがするし。ジョンの体になってるからかな?」
 真由美は鼻を鳴らして犬の餌をねだる。少年は二人の頭を撫でると、ドッグフードが山盛りの皿を地面に置いた。真由美も健一も人のプライドを捨てて、貪るように犬の餌を食らった。人間の食事に比べて味は薄いが、不思議と気にならなかった。二人はドッグフードを完食し、ようやく飢えから解放された。
「ふう、食った食った。満腹だぜ」
「私もお腹いっぱい。でも、食べた量は健一より私の方が多かったわよね。いつもは反対なのに」
 真由美が指摘すると、健一は白い尻尾を振って答えた。
「しょうがねえだろ。今はお前がオスで、俺はメスになってるんだから。体だってお前の方がでかいしよ。せめて逆にしてほしかったぜ」
「私がオスで、健一がメス……」
 空腹が収まると、首から下がオス犬になってしまったという事実が、再び真由美の心に重くのしかかってくる。先ほど散歩の帰りに、道端で小便させられたときの記憶が蘇った。ただ犬にされただけではなく、今の真由美はたくましいペニスを生やしたオス犬になっているのだ。
 真由美とは逆に、健一はメスだ。紀州犬はジャーマン・シェパードと同じ中型犬に分類されるが、オスとメスを比較するとやはりオスの方が大きい。食べる量も出すものの量も違う。散歩に行く前は自分が女で健一が男だったのに、帰りには自分がオスで健一がメスになってしまった。種族だけではなく、性別まで変わってしまったことが、繊細な少女の心を深く傷つけていた。
 ドッグフードをたらふく食べて満足した二人のもとに、またもやあの少年がやってくる。今度はジョンとベスも一緒だった。健一はベスをにらみつけたが、自分の身体を奪った犬と目を合わせるためには、首を思い切り上に向けなければならない。無理をしてベスを見上げる彼の姿が真由美の目に情けなく映った。
「君たち、お腹は一杯になったかな? 散歩には行ったし、餌も食べたし、トイレも済ませた。あとはもう寝るだけだね。ぐっすりおやすみ」
「うるさいっ! 早く俺たちの体を元に戻せっ!」
 健一が犬歯を見せて唸ると、少年は肩をすくめて、「おお、怖い。でも、その様子だとまだ寝るには早すぎるみたいだね。それじゃあ、別のことをしてみようか」と言い出した。
「別のことって何だよ。そんなのいいから、早く俺たちの体を返せ!」
「まあ、待ちなよ。犬になるなんて滅多にない貴重な体験だよ? せっかくだから、その体でできることは何でもするといいよ。たとえば、こんなこととか」
 少年は中腰になり、健一の頭に手を伸ばす。健一は首を振って逃げようとしたが、繋がれた犬の立場ではそれは不可能だった。またも犬のように頭を撫でられる屈辱を味わわされる。
 しかし、今回はそれだけではなかった。少年は健一の額に指を当て、小さな声で何ごとか囁いた。細い指先に光が灯り、健一の額をうっすらと照らした。その様子を見ていた真由美は、また異変が起きるのかと身構えたが、特に何も起こることなく光は薄れ、やがて消えた。
「な、何をしやがった。俺の体に何を……」
「ふふっ、秘密だよ。すぐにわかるから、当ててごらん」
 健一は何が起きたのかわからず、少年を見上げてそわそわしている。つい先ほどまであれほど威勢がよかったのに、今はやけに落ち着きがなく不安げだ。また自分の身体を弄ばれるのかもしれないと思うと、不安になるのも当たり前のことかもしれない。真由美は健一の隣に移動し、「大丈夫、健一?」と彼を気づかってやった。
「あ、ああ。大丈夫だ。大丈夫だと思う……けど……」
「本当に大丈夫? 何だか顔が赤いわよ」
 真由美の指摘に、健一はいっそう頬を紅潮させる。興奮しているのか、明らかに様子がおかしい。顔を赤くしてしばらく何やらもじもじしていたが、やがて「あーっ、もう我慢できねえ!」と叫ぶと、くるりと後ろを向いて尻を突き出した。後足を上げて股間から液体を噴き出す姿は、どう見ても犬そのものだった。
(なんだ、おしっこがしたくなったのね。恥ずかしいのはわかるけど、もう何を今さらって感じじゃない。気にしなくていいわよ)
 頬を朱に染めて小便を始めた健一の姿に、真由美は苦笑するしかない。先ほど自分たちは町角で小便をさせられ、さらには糞まで垂れ流した。今さら乙女のように恥ずかしがらずともよいのではないかと思った。
 少年とジョンとベス、そして真由美が見守る中、健一は耳まで真っ赤にして小便を続けた。今ちょうど食事を終えたばかりだから、排泄の衝動に駆られても不思議ではないが、それにしては少し様子がおかしい。やけに興奮している。
「ああっ、出る。小便が出る。体が熱い。なんか腹の奥がウズウズして……うおおっ」
 健一が撒き散らした尿から強い臭いが立ち込める。さっきの真由美の小便も臭かったが、今度のはそれとは比較にならない。なんとも形容しがたい奇妙な臭いがした。その臭いは真由美の鼻腔を通じ、彼女にも変化をもたらす。
「くんくん、すごい臭い……あれ? どうしたんだろ。なんだか私もおしっこしたくなってきた……」
 頭がぼうっとして、思考力がにわかに低下しはじめる。気がつくと、真由美は恥らうことなく後ろ足を上げていた。股間の一物から尿が噴き出し、土に真由美の臭いを染み込ませる。二人の尿の臭いが混ざり合い、むせかえるほどにきつくなった。
「はあっ、はあっ、おしっこ出る。おちんちんからおしっこが……ああんっ」
 すっかり興奮して、体を犬小屋に激しく擦りつける真由美。体温が急激に上昇して呼吸が荒くなった。犬はほとんど汗をかかないため、息を吐いたり舌を出したりして熱を放出するしかない。真由美は本物の犬のように舌をめいっぱい伸ばして息を荒げた。
(私、どうしちゃったんだろう。体がおかしい。こんなの変だよ、絶対)
 わずかに残った理性が危機を訴えるが、それも酸素の不足と圧倒的な本能の波に流されて消えてしまう。真由美はその場に寝転がり、土で体が汚れるのにも構わずゴロゴロと転がった。
 熱っぽい真由美の眼差しは、自分と同じように興奮している健一に向けられる。健一は真由美に尻を向け、尻尾を左右に揺らしていた。意識しての行動ではなく、犬の本能がそうさせるのだろう。白い毛並みの中に、赤く染まった部分が見えた。はじめは肛門かと思ったが、違うようだ。
「健一、お尻から血が出てるよ。大丈夫?」
「え? そ、そうなのか? さっきから、なんか腹の奥がムズムズして落ち着かないんだ。はあ、はあ……でも血が出てるなんて、何かの病気なのか?」
「発情期だよ」
 二人の疑問に少年が答えた。「メス犬は発情期になると、フェロモン混じりの尿を撒き散らす。そのフェロモンによってオス犬を発情させるんだ。この時期はオスメスともにマーキングの回数が増え、お互いを臭いで刺激しあうようになる。健一君のアソコから血が出てるのも、犬の発情期には普通に見られることだから、別に気にしなくていいよ」
「は、発情期って……それってつまり、俺がメス犬としてフェロモンを出して……」
「私がそのフェロモンのせいで、オス犬として発情してるってこと? そんな……」
 あまりにも衝撃的な宣告に、二人は色を失う。まさか自分たちが犬として発情しているなどと、人間の少年少女には到底受け入れがたいことだった。まして性別が入れ替わっているとなれば尚更だ。
「でも、なんで。なんで俺がいきなり発情しちまうんだよ。まさか、これもお前が……」
「察しがいいね、その通り。さっき君におまじないをかけて、発情ホルモンを大量に分泌させたのさ。あはは、犬のホルモンで人間が発情するなんて面白いね」
「や、やめろおっ! 今すぐこんなことやめて、俺たちを人間に戻せ。お願いだ、頼むっ」
 健一はもはや見栄も外聞もなく、額を地面に擦りつけて頼み込んだが、少年は聞く耳を持たない。逆にまたも健一の頭に手を当て、さらなるホルモン分泌を促した。
「ふふふ……メス犬として発情する気分はどう? 身も心も犬になった実感がわいて、楽しいでしょう。つまらない意地を捨ててオス犬と交尾すれば、もっと楽しくなるよ」
「ふ、ふざけんなっ。オス犬と交尾って、男の俺がそんなことできるかよ──うう、あああっ」
 健一は大きく体を震わせ、またも放尿を始めた。普段の数倍に肥大した外陰部が柔らかくなり、オスの受け入れ態勢ができていることを知らせた。
「排卵が始まったみたいだね。本当は発情してからもうちょっと時間がかかるんだけど、今日は特別サービスだ。妊娠するために最高の環境を整えてあげたよ」
「そ、そんな、妊娠なんて──ああ、ダメっ。あふっ、あふんっ」
 少年の残酷な宣告が、人間としての、男としての健一のプライドをズタズタにする。健一がどれだけ嫌がろうと、彼の胎内では排卵が始まり、妊娠する準備が整っているのだ。血のにじむ膣口から多量のフェロモンが放出され、真由美を誘惑した。
「あああ……健一の、すごい臭い。くん、くん……ああん、私まで変になっちゃう……」
「ダ、ダメだあ……アソコが疼いて耐えられない。はあっ、はあっ。頭がおかしくなるう……」
 白い尻を左右に振って悶える健一。発情期に入った犬の身体が、人間の脳に獣の性欲を流し込んでいた。哀れな少年は、とうとうメス犬の生殖本能に屈服する。
「はあ、はあっ。も、もう限界だ。交尾したい。ココにチンポ入れてほしい……」
「健一、交尾したいの? 実は私もなの。交尾したい……健一と交尾したいの」
 真由美は健一の後ろに移動し、火照った体を擦り合わせた。健一が振り撒いたフェロモンのせいで、真由美もすっかり発情していた。股間のペニスはムクムクと盛り上がり、メスを孕ませる準備を整えていた。
「あっ、尻に硬いのが当たってる。真由美、ひょっとしてお前も……?」
「うん、交尾したい。健一の体から、メスのいい臭いがするの。こんなの嗅いじゃったら、もう我慢できないよ。私のおちんちん、破裂しそうなくらいに大きくなってる……」
 真由美は焦点の合わない瞳で健一を見つめた。ハアハアと荒い呼吸を繰り返してメス犬の体によじ登ろうとする彼女の姿は、完全に欲情したオス犬のそれだった。いまだ性を知らぬ女子高生が、オス犬の性欲に突き動かされていた。大きく膨れた犬のペニスを健一の女陰に擦りつけ、発情しきったメスを焦らせる。
「ま、真由美、頼む、入れてくれ。俺、お前と交尾したい……」
「健一、可愛い……すっかりメスの顔になっちゃってるね。私もそうなの。発情してオスの気分になってるの。早く健一とエッチしたい。健一と交尾したいの」
「真由美、来て。もう辛いんだ。チンポ入れて、お願いっ!」
「うん、わかった。いくよ、健一」
 真由美の前足が健一を押さえつけた。真由美は彼の背に上半身を乗せ、熟した外陰部に己のペニスをあてがう。マウンティングと呼ばれる行為だ。可憐な少女はシェパードの本能に従って腰を突き出し、濃厚なフェロモンを放つ紀州犬の膣口を貫いた。
「おおおおっ。は、入ってる。真由美のチンポが俺の中に……」
健一は甘い声をあげて、初めてのオスを受け入れた。彼は童貞を捨てるより先に、メス犬の身体で交尾したのだ。常識では考えられないことだが、これが健一にとって初めてのセックスだった。
「すごいよ、健一。私のおちんちんが健一の中にずっぽしハマって、すっごく気持ちがいいの。勝手に腰が動いちゃうよ」
「あん、あんっ。これが交尾なのか。気持ちいい。俺も尻が勝手に動いて止めらんねえ……」
 健一はだらしない顔で真由美のペニスを貪る。首から下がベスの体になって、同じくジョンの体になった真由美とおこなう交尾。猟奇的なほどに奇怪な光景だが、二人はただ自分の体の底から湧き上がってくる衝動に身を委ねているだけで、これが忌むべき行為であるという意識はほとんどなかった。どちらも緩みきった表情で腰を前後に動かし、より深い結合を求めた。
「ああっ、それいい。アソコをズボズボされるの、気持ちよすぎる……ああっ、あんっ」
「はあ、はあっ。健一のメス犬おマンコ、最高だよ。あったかくてヌルヌルして、私のおちんちんをキュウキュウ締めつけてきて……こんな気持ちいいの味わっちゃったら、私、もう人間に戻れなくなっちゃうよ」
「うおっ、うおおっ。お、奥を突かれるの、たまんねえ。最高だっ」
 犬の本能に操られて激しい生殖行為に没頭する少年と少女を、美貌の少年が見下ろしていた。慈愛に満ちた優しい微笑みで、二人の愛の営みを観賞していた。
「ふふふふ……二人とも、喜んでくれたみたいで何よりだよ。君たちと犬の体を入れ替えた甲斐があったってものさ」
 少年の隣には、人間の身体を得た二匹の犬が立っていた。交尾をおこなう二人の姿に触発されたのか、ジョンとベスもそれぞれ着ている服を脱ぎだし、思春期の少年少女の体をまさぐり始めた。ジョンが己の胸の膨らみを両の手で揉みしだけば、ベスは下着の上から自分の一物を優しく握って触り心地を確かめる。
「ジョン、オナニーの仕方はわかるかい? そうそう、そんな風に……気持ちいい場所はひとによって違うから、自分の体の気持ちいいところは自分で見つけるんだ。ベスも同じさ。犬と違って人間は両手が使えるから、ちゃんとやり方さえ覚えたら、とっても気持ちよくなれるはずだよ」
「バウ、バウっ!」
 魔性の少年にそそのかされ、ベスは健一から奪った男の体で自慰にふける。ジーンズの中から取り出された陰茎が右手にしごかれ、ビクビクと脈動した。先走りの汁で汚れた亀頭が膨張し、勢いよく樹液を噴き出す。若い男性器は一度射精しただけでは萎えない。ベスは己の手から漂ってくる栗の花の臭いを嗅いで、嬉しそうにひと声鳴くと、再びペニスをしごきだした。
 一方のジョンもブラウスとスカートを脱ぎ捨て、真由美から譲り受けた女体を好き勝手にもてあそんでいた。やや日に焼けた繊細な肌を惜しげもなく晒し、ブラジャーの中に右手を差し入れて乳首のコリコリとした感触を楽しむ。左手は薄桃色のショーツの中に侵入し、しっとりと潤みを帯びた割れ目を撫で回していた。がに股になって熱心に己の性感帯を開発する少女の肢体は、もとは真由美のものだった。今まで淫らな行為とはほとんど縁のなかった真由美の清い体が、オス犬の脳に操られて卑猥な手淫に没頭していた。
「バウ、バウっ」
「アウ、アウウっ。ワン、ワンっ」
 真由美と健一の身体でおこなう自慰行為を、二匹の犬も気に入ったようだった。一度やり方を覚えれば、人間のマスターベーションは二匹にとって最高の遊びとなった。交尾に熱中する二人のそばで飼い主のものだった体をいじり回し、何度も絶頂に達して体液を撒き散らした。
「ジョンもベスも、人間の体が気に入ったみたいだね。そこの二人も犬の体が大好きなようだし、これで八方丸く収まったかな? 皆が満足してくれて僕も嬉しいよ。ふふふ……それじゃあ、僕はこの辺で失礼するとしよう。またいつか、一緒に遊んでね。さようなら」
 全ての元凶である少年は、これで用は終わったと言わんばかりにその場を離れ、何処ともなく姿を消した。しかし真由美には、もはや自分の周囲で起こっていることに注意を払う余裕はなかった。ただオス犬の体でおこなう交尾に夢中になっていた。
「ハッ、ハッ、ハッ。気持ちいいよ、健一。ああ、健一っ」
「ま、真由美、ダメだあ。俺も気持ちよすぎて……あんっ、あふんっ」
 膣内に挿入したことで、真由美のペニスはますます膨れ上がった。根元の辺りがグンと膨張し、亀頭球と呼ばれる膨らみがメスの中に食い込んだ陰茎をがっちりと固定する。犬の交尾に特有の現象で、人間であれば絶対に見られない現象だった。
「ひいいっ! な、何だよこれ……チンポが膨れて、ぬ、抜けねえ……」
「も、もうダメ。私、イっちゃう。精子出ちゃうよ、健一。ああっ、出るっ!」
 固定された亀頭球が、オス犬少女に速やかな射精を促す。真由美は口からよだれを垂らして、健一の膣内に濃厚な子種をたっぷりと撒き散らした。目の前のメスを自分のものにしてやったという征服感が快い。真由美の十数年の人生で、最高の体験だった。
「あはっ、出ちゃった。すごい……射精ってこんなに気持ちいいんだ。えへへ、幸せ……」
「ああああ──な、中に出てる。真由美のエキスが俺の中に……あ、熱い。アソコが焼ける……」
「まだだよ、健一。私のおちんちんの中身、一滴残らず注ぎ込んであげる」
 真由美は健一の背中から下り、体の向きを百八十度変えた。二人は尻を突き出しあう奇妙な姿勢となったが、亀頭球で固定された性器は決して離れない。射精が終わっても犬はこうして繋がりあうのだと、真由美は理解した。これも犬の本能が教えてくれたことだった。
「すごい、まだ出る。私の精子がぴゅっぴゅって健一の中に流れ込んでくよ。気持ちいい。射精するの気持ちいい……」
 真由美は悩ましげに息を吐き出し、腰をくねくねと揺らした。ほぐれた膣内を存分にかき回し、尿道に残った精液を健一の中に注ぎ込んでやった。
「んっ、んふっ、入ってくる……真由美の精子が、俺のアソコにいっぱい入って……こんなの、絶対に赤ちゃんできちゃう。俺、妊娠しちゃうよ……」
 止めどなく子宮に注ぎ込まれる子種が、若いメス犬の体を母親のものへと作り変える。犬の交尾は受精率が極めて高い。特に排卵前後は最も妊娠しやすい時期のため、間違いなく孕んでいるだろう。もはや健一はただのメス犬ではなく、腹に仔を宿した母犬になったことを真由美は悟った。
 二人はそれから数分間、尻を突き合わせて繋がったあと、ようやく交尾を終えて離れた。今まで嫌悪しか感じなかった犬の体も、交尾を終えたあとは不思議と馴染む。生まれたときから自分が犬だったかのような錯覚を真由美は抱いた。
 きっと、健一も同じ気持ちなのだろう。健一は乙女のように頬を朱に染め、情熱的な眼差しで真由美を見ていた。真由美はそんな健一に寄り添い、彼の顔をぺろりとなめてやった。幼馴染みの少年少女は人間としてではなく、犬としてつがいになったのだ。
 真由美は辺りを見回したが、あの美しい少年の姿はどこにもなかった。二人のそばにへたり込んでいるのは、犬の頭を持つ少年と少女だった。どちらも素裸で、全身が汗まみれだ。二人の代わりに人間になったジョンとベスは、人の身体で自慰をすることを学習したようだ。自分の体がジョンにもてあそばれても、真由美はほとんど怒りを覚えなかった。常軌を逸した出来事があまりに多すぎて、感覚が麻痺してしまっていた。
(私たち、これからどうなっちゃうんだろう……)
 興奮が収まると、これまでにない疲れが真由美の肩にのしかかってきた。犬と首が挿げ替わった少女は地面に横になり、静かに目を閉じた。とにかく今は休みたかった。これからのことを考えるのは後にしたかった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 オレンジ色の日差しが庭を照らしていた。遠くで選挙カーと思しき車が声を張り上げて走り回っている。もうすぐ日が沈むという頃、玄関の戸が開く音が聞こえた。
(やっと帰ってきた)
 真由美は顔を上げ、尻尾を振って待ち構える。やがて紺のブレザーを着た少女が真由美の前にやってきて、彼女の首輪にかけられた鎖を外してくれた。真由美は少女を見上げ、「ありがとう、ジョン」と礼を言った。
 高校生の制服を着た少女の頭部は、ホモ・サピエンスのものではなかった。白く細い首の上には、ブラックタンの毛並みを持つジャーマン・シェパードの頭部があった。マスクやかぶり物ではなく、本当に犬の頭が人間の体と結合しているのだ。犬の顔をした不気味な外見の少女は、真由美に赤いリードを繋ぐと、自分についてくるよう身振りで促した。
「散歩だ、散歩だ。嬉しいな」
 真由美は千切れんばかりに尻尾を振り、四つ足で走り出した。犬頭の少女を追い抜いて家の外に出ようとすると、後ろから強く引っ張られる。犬頭の少女は両手でリードを持ち、真由美があまり遠くに行かないように監視していた。
「ワン、ワン!」
 犬の少女が吠え、はしゃぐ真由美を叱りつけた。真由美はぺろりと舌を出して謝罪する。
「ごめん、ジョン。あんまり嬉しくなって、つい……」
 真由美は今年で二歳になる、オスのジャーマン・シェパードだ。体重は三十キロと少し。たくましい手足と太い尾を持ち、体力や持久力も他の種の犬に勝る。一日に二回は散歩に行かないと満足せず、特にこの少女に連れて行ってもらうのがお気に入りだ。
 飼い主である犬頭の少女と同様、真由美も奇怪な姿をしていた。四肢や胴体は立派なオス犬のものなのだが、首から上だけが人間なのだ。肩にかかる長さのさらさらした黒髪が自慢の、充分に可憐と言っていい少女の顔が、犬の身体と融合していた。
 真由美はもともと人間だった。ほんの三ヶ月ほど前まで、飼い犬のシェパードを可愛がる女子高生だった。それが、ある日妖しい少年と出会い、その少年の持つ不思議な力によって、飼っているオス犬と首をすげ替えられてしまった。それ以来、真由美は人間に戻れず犬として暮らしている。はじめは犬の体でいるのが嫌で嫌で仕方がなかったが、生き物の適応力とは恐ろしいもので、今ではほとんど違和感なく立派に犬として生活している。
 真由美と首をすげ替えられたシェパードはジョンといい、今は真由美の代わりに女子高校生として学校に通っている。真由美の体で真由美の服を着て、真由美の部屋で寝起きしている若いオス犬。あの日、あの少年によって奇妙なまじないをかけられたジョンは、人間の知識や運動神経を身につけ、今やすっかり真由美に成り代わってしまった。人間の体と犬の頭という不気味な姿も、なぜか他人には真由美の姿にしか見えないらしく、この入れ替わりが発覚したことは一度もない。ジョンも真由美もこの数ヶ月の間に、お互いの肉体に完全に適応してしまっていた。
 真由美はジョンを先導しながら、四つ足での散歩を楽しむ。最近、少し肌寒くなってきたが、分厚い毛皮を着込んだ犬の体は寒さに強い。ときおり道端の電柱にマーキングをしつつ、真由美は生まれ育った田舎町の秋を満喫した。
「ジョン、こっちに行こうよ」
「ワンっ!」
 先を歩く真由美の提案に、ジョンがうなずく。どういう仕組みになっているのか真由美にはわからないが、ジョンの放つ鳴き声は人間の言葉と同じように、相手に意思を伝える効果があるらしい。ただ鳴くだけで相手とコミュニケーションが成立してしまう。入れ替わった当初はジョンの考えていることがほとんど理解できなかった彼女も、今では人間と会話するのとほぼ変わらないレベルで、ジョンとの意思疎通が可能になっていた。
 一人と一匹は軽快な足取りで歩を進める。丁字路を曲がり、立ち並ぶ家屋の一番奥にある住宅の前で足を止めた。「丸山」と書かれた表札の隣のインターホンを鳴らすと、門の中からブレザーを着た少年が現れた。
「バウ、バウっ!」
 ブレザーの少年は嬉しそうに吠えて門を開け、真由美とジョンを家に招いた。少年もジョンと同じく、犬の頭を持っていた。こちらは真っ白な毛並みとやや鋭角的な輪郭が特徴の、紀州犬と呼ばれる犬種だ。
 その名はベス。やはりジョンと同様、三ヶ月前までこの家で飼われていたメス犬だった。それが飼い主の少年と首をすげ替えられ、人間に匹敵する知能を獲得したのだ。現在では人間の生活にも慣れ、「丸山健一」という名前で、ジョンと同じ高校に通っている。境遇が同じだからか、それとも以前から仲がよかったからかはわからないが、二匹は学校でも常に一緒にいるそうだ。
「ベス、健一の様子はどう?」
「バウっ!」
「そう、よかった」
 ベスに案内されて、真由美は丸山家の庭を歩く。庭の隅に赤い屋根の犬小屋があり、その前に白い犬が寝転がっていた。
「よう、真由美。また来たのか」
 と言って犬は首を上げた。これもまた奇妙な犬だった。顔はどう見ても真由美と同じ年頃の少年のものなのだが、その首から下は真っ白な毛並みの犬なのだ。彼も真由美と同じだった。真由美と同じ運命をたどってメスの紀州犬になってしまった、幼馴染みの男子高校生。彼こそが本来の「丸山健一」だった。
「うん、健一のことが気になって。調子はどう?」
「どうって聞かれても、どうってことねえよ。俺は元気だし、こいつらも元気だ」
 健一は地面に座り込んだままで視線を下ろす。彼の白い体の下で、小さな毛むくじゃらの塊がいくつも蠢いていた。それは犬の仔だった。先月、健一は四匹の子犬を出産し、母親になったのだ。
 子犬たちは皆、やってきた真由美たちの方を見ようともせず、健一の毛皮に顔を埋めていた。母乳を飲んでいるのは明らかだった。一心不乱に乳を飲む四匹の子供を見つめて、健一は微笑んでいた。ほんの数ヶ月前まで人間の少年だった凛々しい顔が、今は犬の母性に満ち溢れていた。
「やっぱり可愛いわね。この子たち、どっちに似たのかしら。やっぱり私?」
「バカ言え、みんな俺の子だよ。真由美にはほとんど似てねえな」
「でも、この子は毛並みからして私に似てるわよね? ほら」
 真由美は子犬の一匹を顎で指し、自分の血統であることを強調した。オスのシェパードになった真由美は、メスの紀州犬になった健一と結ばれ、つがいになった。犬の身体で交尾をおこない、新しい命を実らせた。犬と入れ替わる前は、まさか自分たちが子犬を産むなどとは想像もしなかった二人だが、できてしまったものは仕方がない。犬の本能に身を任せてしまったことを後悔しつつも、産まれてきた可愛い命を愛情を込めて育てている。
「ふん、勝手に言ってろ。とにかく俺はこいつらにミルクをやらなきゃいけないから、あんまりうるさくするんじゃないぞ。ただでさえ、出産したせいで体力がないんだから」
「はいはい、わかってますって」
 真由美は笑みを浮かべ、健一の傍らに座り込む。子犬たちはどこからどう見てもただの犬で、親と違って頭部だけが人間だといったことはなかった。いくら真由美や健一の頭が人間だといっても、首から下はただの犬。犬が交尾すれば犬が生まれるのは当然のことだった。
 真由美と健一の飼い主たちは、庭がよく見える軒下に腰を下ろし、飲み物と菓子を味わっていた。そこに健一の母親が顔を出し、買い物に行ってくると言って出て行く。母親がいなくなったことを確認したベスは、ジョンに寄り添い、ブレザーの上から相手の身体をまさぐりだした。ジョンはベスの手を己のスカートの中に招き入れ、嬉しそうに身をくねらせる。
「あ、あっちはイチャイチャしはじめた。ねえ健一、私たちもしようよ」
「うるさい、こっちは子育てで気が立ってるんだ。つまらんこと言ってる暇があったら、その辺を散歩してこい」
「そんなあ……私たちは夫婦じゃない。そんなに邪険にしないでよ」
「うるさい、あっちに行けっ」
 歯を剥き出しにして怒気をあらわにする健一は、すっかり子持ちのメス犬に成りきっていた。慣れない犬の身体で妊娠し、命をかけて四匹の子犬を産み落とした労苦は、並大抵のものではない。産後のストレスですっかり気難しくなった健一だが、やはり自分が腹を痛めて産んだ子供たちは可愛いらしく、さかんに子犬の身体をなめてやっていた。
「ううっ、健一ってば冷たい……あっちはあんなに仲良くしてるのに」
 真由美はしぶしぶ健一から離れた場所に移動し、今や自分の飼い主となったジョンを見やった。ガラス戸の向こうにいるジョンとベスは早々に服を脱ぎ捨て、正常位でのセックスを楽しんでいた。本人たちは周囲に隠しているつもりのようだが、ジョンとベスが男女の仲になっていることは、両家の家族であれば皆知っている。オス犬だったジョンは、そのうちメス犬だったベスの妻になるのだろう。犬の短い寿命しか持たない自分たちがそれまで生きているかどうかはわからないが、もし生きていれば素直に祝福してやりたいと真由美は思った。
(私の首から下がジョンで、ジョンの首から下が私で……あーあ、どうしてこんなことになっちゃったんだろう)
 あの夏の日に出会った、黒い巨人を従えた謎の少年。彼のせいで真由美はこんな身体にされてしまい、それ以来、犬としての暮らしを余儀なくされている。
 あの少年はいったい何者だったのだろうか。やはり悪魔か、それに類する存在に違いなかった。彼に会うまでは宇宙人や幽霊といった非常識な話を信じたことのなかった真由美だが、あの日を境に考えを改めた。世の中にはああいう恐ろしいものが実在しているのだと信じるようになった。
(もし、またあの人に会ったら体を元に戻してほしいけれど……会えるのかな? それとも、もう無理なのかな)
 性行為に没頭する飼い主たちから視線を外し、真由美は再び健一を見た。たっぷり乳を飲んだ子犬たちは、安らかな寝息をたてて眠っていた。真由美の視線に気づいたメス犬少年は、かすかに頬を赤らめて微笑み返した。自分たちはつがいなのだと真由美は実感した。人間には人間の、犬には犬の幸せがあるのだと思った。


前編を読む   一覧に戻る

inserted by FC2 system