加奈と恵子

 夕食後、俺はTVの前でゴロゴロしている娘に近づいた。
「なあ――加奈」
「パパ !? やめてよして触らないで垢がつくから!」
 加奈はそう言って俺から距離をとる。
 どこでそんな言葉覚えたのやら……。
 そのまま娘は逃げるように2階の自分の部屋に行ってしまった。
 うう、小さい頃はあんなに俺に懐いてたのに……パパ悲しい。
「加奈もそういう年なんですよ。気にしないで」
 一部始終を見ていた俺の妻、恵子が慰めてくる。
「でもなあ、まだ小学生じゃないか。この間まで風呂にも入れてやってたんだぞ」
「来年からは中学生です」
 それがどうした。いくつになっても子供は子供だ。娘を可愛がろうという親の愛は海よりも深く、山よりも高いはずだと言うのに、最近の加奈はあからさまに俺を避けている。
「ま、まさかボーイフレンドでも出来たか !? お父さん許しませんよ !!」
「そうでもないと思うけど……」
 気の抜けた声で恵子が答えた。

「はあ……」
 会社の帰り、何となく寄り道して喫茶店に入る事にした。
 やはり加奈は俺と顔を合わせるのが嫌そうで、いつも部屋に篭っている。どこの娘さんにもある事だ、と恵子は言っていたが本当だろうか。
「はっ !! ひょっとして単に恥ずかしくて俺と話せないだけだとか !?」
 脳内に電球が灯った気がして、俺は席から立ち上がった。ピコーン。
 周囲のぽかんとした顔に気づき、慌てて座りなおしたが。
 その時だった。
「――どうしたんです?」
 隣の席から透き通るような声がして、俺はそちらを向いた。
 そこにいたのは高校生くらいの少年だった。それもとびきり優男の。にこやかに微笑みを浮かべ、興味深げにこちらを眺めている。
「いや、何でもないんだ。ちょっと考え事をしててね」
 その場を取り繕おうとした俺に、少年は馴れ馴れしく言った。
「そうですか。良かったら話してくれませんか?」
 初対面の相手にこんな話を聞かせられるか。普段ならそう思っただろう。
「あ、ああ――」
 だが、この時の俺は何かにとりつかれたように何も考えられず、なぜか相手に悩みを全部ぶちまけてしまった。
「そうですか。娘さんがねえ」
「そうなんだよ。妻の言う通り難しい年頃なんだろうけど、父親としてはやっぱり寂しいなあ」
 少年は頷き、何でもない様子で、
「じゃあ、僕が何とかしてあげましょう」
 と言った。
「何だって?」
「家に帰ってご覧なさい。きっと面白くなりますよ」
 指をパチンと鳴らし、少年は風のように去っていった。
 後に残されたのは呆けた顔の俺と、二枚の伝票だけだった。

 帰りに携帯が鳴った。家の電話だ。
「ああ、俺だけど、どうした?」
「――あ、あなた? 今夜は遅くなるの?」
 加奈の声だ。久々の娘との会話に俺は飛び上がりそうになる。
「いや、今駅だからもうすぐ帰るよ」
「そう。早く帰ってきてね」
「う、うん。じゃあな」
 ハヤク カエッテ キテネ。
 娘の声が頭の中を何度も何度も往復する。
(ク……クック……クックックックック……)
 そうか、ついに俺の愛情が加奈に通じたのか。昔みたいに“パパ大好き !!”と言ってくれる日々が帰ってくるのか。あいつのパンツを俺の靴下と一緒に洗濯できる日がきてしまうのか。
(フゥゥゥゥッフッフッフッフフフフゥハハハハハハッハッハ !!!!!)
 俺は全身で喜びを表現しながら、鳥のように風のように飛んで帰った。

「たっっっっだいまあああぁあっっ !!」
「お帰りなさい。ご飯できてるわよ」
 アンビリーバボー。加奈が出迎えに玄関まで来ている。アレですか。愛情が確変中でフィーバーでジャラジャラな訳ですね。
 嬉しさのあまり、俺は加奈をきつく抱きしめてしまった。
「あ……あなた、やめて、ご飯できてるってば……」
 恥ずかしそうに離れ、そのまま奥に引っ込む加奈。
 やばい。今日の加奈は破壊力が3倍、9倍、いやスーパーストレングスの27倍だ。
「はいビール。飲みすぎないようにね」
 加奈が慣れた手つきで俺のコップにビールを注いでくれる。
「うちの父ちゃんは日本一ィィィィ !?」
 もはや理性が飛んで行ってしまい、晩飯の味もロクにわからなかった。

「……あれ?」
 夕食が終わり、俺はふと気づいて加奈に尋ねた。
「加奈、恵子はどうした?」
 そう。俺の妻、気立てが良くて美人だけどちょっと抜けてる恵子がいないのだ。
 加奈を生んで10年以上になる今でもご近所では評判の美人で、最近になっても夜の営みは定期的に行っている。残念ながら二人目はなかなかできないが。
「私ならここですよ。加奈はいつも通り部屋に篭ってるわ」
「ん? 加奈、お前何言ってるんだ? 恵子はどうした?」
 娘の言う事が理解できず聞き返す俺。
「だから私があなたの奥さん、恵子ですってば。私たち、入れ替わっちゃったの」
「――は?」
 やっぱり俺には加奈の言葉が理解できなかった。

「加奈――」
「あっち行って !!」
 閉ざされたドアの向こうから恵子――いや、恵子になった加奈の大声が聞こえてくる。泣いているのか、俺にはその声が震えている気がした。
「何であたしがママになってんのよ !? 訳わかんない !!」
「加奈、落ち着いて。パパが話を聞いてやるから、ここを開けてくれ」
「嫌ぁっ !! あたしもうおかしくなりそっ !! あっち行けぇっ !!」
 何かが投げつけられたのか、ドアが派手な音をたてる。
(こりゃダメだな……)
 俺は降参して、1階のリビングに撤退した。
「いつもみたいに晩ご飯の支度してたら、いきなり眠くなって……。目が覚めたら私が加奈になってたの」
 テーブルの向かいで、恵子は困った顔をしていた。
「こんな話、信じてもらえないでしょうけど……」
「いや、俺は信じるよ。大事な妻と一人娘だからな」
「あなた……」
 自分に向けられた娘の体の潤んだ瞳にまた舞い上がりそうになり、慌てて止まる。
「でも、どうしてかしら……」
「うーん、何でだろうなあ……」
 少し考えて、浮かんだのは喫茶店にいた少年の顔だった。
“僕が何とかしてあげましょう。――きっと面白くなりますよ”
 ……まさか、あの少年が言ってたのはこういう事なのか?
 彼が恵子と加奈を入れ替えてしまったのだろうか。
(しかし、どうやったらこんな事ができるんだ……?)
 結局、少年の話は黙っている事にして、今夜は寝る事にした。我が夫婦の寝室には、畳の上に布団を2枚並べて敷いてある。俺の隣の布団には、加奈の体の恵子が入ってきた。
「そのパジャマ可愛いな」
「ええ、加奈も気に入ってるみたい」
 にこりと笑う恵子。でも中身は恵子だからな。別に嬉しくなんかないぞ、うん。
――すいません、めっちゃ嬉しいです。

 翌朝、朝食の席で恵子は言った。
「私が加奈の代わりに学校に行ってくるわ」
「えぇっ !? そんなの嫌っ !!」
 案の定、加奈は猛反対した。だが恵子は落ち着いた表情で、
「仕方ないでしょ加奈。あなたがその格好で行ったら、お友達も困るじゃない」
「う……」
 痛い所を突かれて黙り込む加奈。
 確かに、ランドセルを背負って登校する30代の主婦はちょっと怖い。てか痛い。
「掃除とか洗濯は帰ってからやるから、加奈は大人しくしてて頂戴」
「……あたしも手伝うよ」
「そう? ママ助かるわ」
 にっこり笑った加奈の顔――中身は恵子だが――が天使に見える。
 可愛い可愛い可愛いカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイ……キモチ イイ……。
 は、いかん。そろそろ仕事に行かなくては。
 少し心配だったが、俺は愛する家族を置いて出かける事にした。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 それから3日。二人が元に戻る様子はなく、段々とお互いの生活に慣れつつあるようだ。
 加奈になった恵子は、元々優しくておっとりした性格のため、学校でもトラブルを起こすような事はなかった。もっとも友達に“加奈ちん大人しくなったね”とは言われたらしいが。
 恵子になった加奈は、最初は自分の体を心配していたものの、学校に行かなくてもいいという事で家でのんびりしている。父の事は嫌いでも、母親にはまだ懐いているらしい。
……普通逆じゃないのか。
 学校が終わってから家事にいそしむ恵子を見て加奈も悪い気がしているらしく、今までほとんど手伝わなかった家事を少しずつやるようになってきている。入れ替わってるとはいえ、妻と娘が仲良くしている姿は、俺にとっても幸せだ。
 だが、この適応に安心してしまったのか、それともやはり俺には他人事だからか。俺はこの状況にすっかり慣れてしまった。
 娘の気持ちも考えずに。

 ある夜。俺が風呂から上がってTVのスイッチを入れた時だった。
「パパ……」
 驚いて振り向くと、寝巻きを着た加奈が静かに立っていた。
「あ、ああ、どうした? ほら座りなさい」
「うん……」
 いつもの態度からは想像もできないほど加奈は素直だった。入れ替わってから二人っきりで話した事がないため、いつも一緒にいた妻の体とはいえ少し緊張してしまう。
「あのね……その……」
 言いにくそうにしていた加奈に、俺は優しく語りかけた。
「加奈、何でも言ってみなさい。パパが聞いてやるから」
「パパ――」
 顔を上げこちらを正視して、加奈は口を開いた。
「その、あのね――あたし……元に戻れるの?」
 膝のところに握り締めた手が、いや体全体がかすかに震えている。
(―――― !!)
 俺は衝撃を受けた。
 年頃の娘。それは何度も聞かされていた。
 だがその娘が、母親とはいえいきなり中年の女の体になり、自分の体が勝手に使われるのを横でただ見ているしかない、という状況でどれだけ悩み苦しんでいるか、それを今初めて思い知らされた。
 俺は娘に愛とか愛情とか言いながら、“娘の体”しか見ていなかったのだ。
「あたし……ずっとママしてないといけないの……? こんなのやだよ……」
「加奈……」
「――パパぁ……う……ぐすっ……」
「加奈……ごめんな……」
 俺は泣いている加奈の体をそっと抱き寄せ、頭を撫でてやった。
 しばらくの間、泣き止むまでそうしていた。

「加奈……ごめんな……お前が不安で胸一杯にしてるのに気づいてやれなくて…」
「パパぁ……ぅ……あたしも……パパの事嫌がってて…ごめんなさい !!」
「いいよ。加奈がどんなに嫌いでも、加奈がどんな姿になっても、俺は加奈のパパだから」
「パパぁっ !!」
 赤子のように泣きながら抱きついてくる加奈。相変わらず外見は恵子だったけど……俺にとっては可愛い娘だった。
「加奈、仲直り……しよっか」
「……うん」
 目を閉じて、と言われて不思議そうにしながらもその通りにした加奈に、俺はそっと口づけをした。
「パパ……?」
「――覚えてないかもしれないけど、お前は5つくらいまでしょっちゅう俺とキスしてたんだぞ。パパと結婚する! とか言って」
「……覚えてるよ」
「じゃ、もう一回」
「――ん……」
 先ほどの接触とは違い、歯の隙間から侵入してくる舌に加奈は驚いた様子だった。
「――んむ……ん……はん……」
 たっぷりと口内を蹂躙し、唇の端から糸を引きながらまた向かい合う俺たち。加奈の頬はほのかに紅潮しており、潤んだ瞳がこちらを見つめている。
「パパ……」
「今のお前は大人だから、大人のキスもしなくちゃな」
 俺は加奈の胸をむんずと掴み、いつも恵子にしているように丁寧に揉みほぐした。
「やぁ……おっぱい……モミモミしないで……」
 そう言いながらも、加奈は完全に発情した雌の顔になっている。
 加奈の後ろに回り込むと、俺は左手をパジャマの中に入れて乳房を刺激しつつ、右手を下半身へと伸ばした。そこは既にパジャマの上からでもはっきりわかるほど湿っていた。
 まずは優しく、もったいぶるように充分にさすり、
「はぁ……」
 加奈が耐えきれず声を出してから手を侵入させる。
「もうビショビショだ。見えるだろ? ほら」
「ダメ……見せない……でぇっ……」
 そういえば加奈は、ここが濡れている意味を知ってるのだろうか。
 俺が問うと目を閉じたまま恥ずかしげにうなずいた。むむ、小学生の癖に。パパ怒っちゃうぞ!
 俺は加奈を寝かせ、いよいよ息子を味わわせる事にした。いきりたった肉棒を加奈のアソコにもったいぶってこすりつける。
「――あ……」
 にちゃ――ぬる……ぷちゅ……。
 男女の性器が擦りつけられて汁の音を存分に奏でた。
 加奈はもう物欲しげに荒い息を吐くだけで、俺の方も我慢汁が止まらない。
「――入れるぞ」
 返事一つしなかったが、俺はそれを肯定ととらえ膣内に侵入を始めた。恵子と付き合うようになってから何百回と味わった秘所が俺を迎え入れる。
ぬぷぷぷっ――ずりゅ……。
「――ああぁあっ !!?」
 あまりの快感に、だろうか。加奈の嬌声が響く。
 一週間ぶりの膣は喜んで俺をくわえこんでくれた。俺が動くたびに加奈は喘ぎ、泣き、熱い息を吐く。まるで幼児の頃に戻ったかのように、俺に抱きついて離れない。脚を絡め、自分から進んで腰を振り続け、狂ったように叫び続けた。
 どのくらいそうしていただろうか。やはり加奈が先に達した。
「や……パパぁっ…… !!」
 背中が折れそうなくらいのけぞり、ぐったりとする加奈。だがいつものセックスに比べれば大した事はなく、現に俺はまだ出していない。
 俺は加奈を抱え直すと、 「……あ……え……? ――あぁあっ !!?」
 挿入したまま、また膣をかき回す事にした。
 結局、俺が射精するまでに加奈は3回イってしまった。

 後で聞いたところによると、俺と加奈のセックスは恵子にバッチリ見られていたらしい。
 だが恵子は俺を責めもせず、優しい笑みを浮かべて言った。
「加奈、あなたを好きになったんじゃないかしら」
「……おいおい、俺は父親だぞ。そりゃ嬉しいが……」
 どういう心境の変化か、あれから毎朝加奈は俺を見送るようになった。ちゃんと話もしてくれるし、さすがに洗濯物はダメだったが、以前のように避けられている感じはしない。
 少しだけ幸せな時を何日か過ごし――。
 そうこうしている内に、俺の前にあの少年が現れた。
「こんにちは」
「あ、君は――」
 人通りの多い駅前だったが、通行人は誰一人として少年に目を止めない。
 まるで、誰もそこにいないかのように。
「元に戻す事にしまして。それだけお知らせに伺いました」
「戻すって……俺の家族をか?」
「――ええ。僕としてはかなりのレアケースですが」
 彼に言わせると、入れ替えた者を戻すのは非常に稀らしい。不可逆過程がどうとかバッドエンドがどうとか、俺にはほとんど意味のわからない内容だったが、無事に恵子と加奈を元に戻してくれるそうだ。
「気まぐれとはいえ、今回は純粋な人助けのつもりです。たまにはハッピーエンドというのもいいんじゃないでしょうか」
 またあの時と同じように指を鳴らし、少年は姿を消してしまった。
 あまりの唐突さに文句も礼も言う事ができず、そのまま俺は帰宅した。

「あなた、お帰りなさい」
 いつもの恵子が、大人の恵子がそこにいた。
「パパ、お帰り! あたし元に戻ったよ!」
 喜んで飛び上がっている加奈。もう30代には見えない。
 日常が戻ってきて、今までの騒ぎが夢のように感じられる。
 でも変わった事がたった一つだけあった。
「パパ! パパ!」
 加奈はあれから、家ではいつも俺と一緒にいる。恵子に言わせるとすっかりファザコンね、という事なのだが、懐かれている父親としてはどう反応すべきだろうか。
 嬉しいようなむずがゆいような……。
 嘘ですごめんなさい。俺は日本一幸せな父親でございます。


戻る

inserted by FC2 system