夏の捨て猫

 外は暑いが、部屋の中は涼しい。ふと窓の外を見ると、真夏の日光に照らされた町並みが白と黒の極端なコントラストを形成している。
 時計を見るともうすぐ午後二時というところだった。いつもならそろそろ遅めの昼飯を買いに出かける時間なのだが、うだるような灼熱の外界を見るとついその気も失せてしまう。
 ――グウゥゥ……。
 誰もいない部屋に腹の音が響き渡った。
 何か食べるものはなかったろうか。俺は冷蔵庫や戸棚を確認したが、発見できたものは魚の缶詰とゼリーくらいだった。
 やれやれ。この地獄の中を飯食いに出ていかなきゃならんのか。ため息をついて財布をズボンのポケットにねじ込む。
 ここは郊外のマンションで、少し歩けば駅やショッピングモールがある。交通の便はいいが、住まいとしてはそんなに高級という訳ではない。俺としては、どうせ大学に通う間だけ住めれば良かったのでそこらのボロアパートで充分だったのだが、それは親父が許さなかった。
 どうも俺の親父は、自分が息子にあまり大したことをしてやってないんじゃないかと普段から思っているらしく、金や物でその埋め合わせをしているような節がある。
 しかし俺に言わせれば、それは俺を兄貴と比べているからであって、俺自身は両親に充分なことをしてもらっていると常々思っている。まあ兄貴のような放蕩生活を基準にすると、俺なんかは控え目で何事も遠慮してるように見えてしまうのだろうが。
 エレベーターを降りて外に出ると、もうそれだけで帰りたくなった。天気予報を見た覚えはないが、これは三十五度くらいあってもおかしくない。わざわざ一日で一番暑い時間を選んでしまい、俺はしばしの間マンションの入口で立ちすくんでいたが、背に腹はかえられない。できるだけ木陰や建物の下を通っていこうと決心し、俺は白い熱世界に足を踏み入れた。

「――ふぅ……」
 汗だくになって駅前の喫茶店にたどり着き、サンドイッチとよく冷えたアイスコーヒーで食欲を満たした俺は特にすることもなくショッピングモールの中をうろついていた。
 本音を言えば早く家に帰ってゴロゴロしたいのだが、今この冷房の効いた空間から外に出る勇気はない。本屋で雑誌でも立ち読みするかと思い、俺はエスカレーターに足をかけた。
 ゆっくり上ってゆく俺の目が、ふとある一点に注がれた。
 見えるのは長椅子に座った高校生くらいの女の子。彼女は力なくだらりと四肢を伸ばして壁にもたれ、起きているのか眠っているのかわからない状態だった。
(……寝てるのか?)
 あんなところで寝るのはどうかと思うが、何しろこの暑さだ。俺と同じで外に出られずボーっとしているのかもしれない。
 何となくその子が気になった俺は、上ったばかりのエスカレーターの反対側を下り、ゆっくりと女の子に近づいていった。彼女は目を閉じ、ぐったり壁によりかかっている。
(やっぱり――寝てる、みたいだな……)
 肩くらいのやや茶色がかった黒髪の、少し可愛い感じの子だ。夏らしく緑色のプレーンのキャミソールからは腕や首筋がよく見え、細くくびれた腰やそこそこ膨らんだ胸のラインがわかりやすい。
 だがその髪もジーンズも汚れていて、足元に無造作に置かれたボロボロのボストンバッグは、普通の女の子の荷物にしてはちょっと大きすぎた。その上、左腕には少し大きめのアザまでできていて、全身からいかにも訳ありといったオーラを醸し出していた。
 そんな少女がひとり、長椅子でうたた寝をしているのだった。
(これは――家出少女、ってとこか……?)
 テレビで話に聞いたことはあったが、実際に見るのは初めてだった。

  起こすべきか。でも厄介ごとに巻き込まれそうだな。暑いしやだな。
r ア見なかったことにするか。どうせ俺には関係ない。
  そうだ、警察を呼んで保護してもらおう。たしか交番が向こうにあったはずだ。

 様々な選択肢が脳裏によぎったが、夏休みでバイト以外特にすることのない俺は、暇に任せて一番面倒くさい答えを選んでしまった。
 彼女の隣に座って肩をゆする。
「おい、君」
 直接俺の手が触れたむき出しの肌は、やはり薄汚れてやや黒い。日焼けでもないようだから、満足に風呂にも入っていないのだろう。
「起きろ、起きるんだ。おい」
「ん……んん……」
 少しの間そうしているとやがて彼女は目を開けた。しかしその目も半開きで、どこか疲れたような印象を受ける。少女はよどんだ瞳で俺をじっと見つめてそっとつぶやいた。
「ん、あ……だ……誰、ですか……?」
 俺は再びため息をついて彼女を見返したのだった。

 まさか、さっき入ったばかりの喫茶店にまた行くとは思わなかった。重そうな荷物を抱えた少女を連れ、再度店に入ると、俺は店員が置いていった熱いお絞りを彼女に渡してやった。
「――とりあえず手と顔、拭け。汚いから」
「は……はい……」
 女の子はそれでごしごしと顔を拭き、開いて俺に見せつける。
「……真っ黒……」
「そりゃそうだろう……」
 俺は間の抜けた会話に脱力してしまい、次にメニューを彼女に渡した。
「――で、何食う? サンドイッチでもスパゲッティでも何でもいいぞ」
「い、いえ……そんな、見ず知らずの人に奢ってもらうなんて……」
 妙に遠慮する年下の少女をにらみつける俺。
「ホームレスみたいな格好の女の子に金を払わせるなんてできるか。いいから食え。腹減ってるんだろ?」
 なおも躊躇する彼女を尻目に、俺は店員を呼んだ。
「えーとアイスコーヒー二つと、そうだな、この子にはミートソーススパゲッティ――」
「あ……あのっ!」
「ん、どうした?」
 不意に俺の注文を遮った少女を見やり、問いかける。すると彼女は恥ずかしそうにうつむいて小さな声で、
「えと、すいません……カレーライスで……」
 と言った。

 冷房が効いてるとはいえ、このくそ暑い中、彼女は大盛りのカレーライスをぺろりと平らげてしまった。聞けば、最近ろくな物を口にしてなかったらしい。綺麗になった楕円の皿を笑って見つめ、俺は少女に話しかけた。
「――俺は和泉義之、近くに住んでる大学生だ。君は?」
「あ、すみません。私、小山ほのかって言います」
 ふむ。高二だそうだから俺の三つ下か。
「それでほのかちゃん――あ、名前で呼んでいいか? なんで君はあんなとこで眠りこけてたんだ?」
 彼女はうなずいたが、目を伏せて何やら言いにくそうにしている。ほのかちゃんの様子から察するに、もう何日も家に帰っていないのだろう。夏休みだから学校はないだろうが、なぜ家出などしてしまったのか。俺は優しく、しかし辛抱強く言葉を重ねて何とか聞き出そうとした。
「あの……私……」
 やっと話す気になったのか、俺を見て声を震わせる少女。
「こないだ両親が……離婚しちゃったんです……」
「……そうか」
「お父さんもお母さんも仲が悪くて、どっちも私のこと嫌いなんです。それでとうとう離婚して、私はお父さんに引き取られたんですけど……」
 ほのかちゃんの父親は酒好きで、酔うとすぐに彼女を殴るらしい。
 なるほど、腕についてるアザはそれか。俺は要所要所でうなずきつつ、彼女の話を聞いていた。
 父親は彼女が嫌いだし、母親も娘を助けてやろうともしない。普段から気が弱く友達も少ない彼女は、夏休みで学校の先生に相談することもできず、ついに荷物をまとめて家出してしまったというのだ。
「それで、もうお金もほとんど残ってないし、どこにも行く当てがなくて……」
 うつむいて声を小さくするほのかちゃん。
 うーむ、やはり厄介ごとに巻き込まれてしまった。予感が的中した俺は、ストローを口にくわえて彼女を見やる。こちらを向いてびくびくするその仕草は、まるで子猫のようだった。
「……うーん……」
「す、すいません……こんな話しちゃって……私……」
 軽くうなり、俺は半泣きのほのかちゃんに尋ねてみた。
「――君、猫は好きか?」
「……え?」
 思いがけない質問に戸惑う彼女だったが、大きな目で俺を見上げて答える。
「は、はい……嫌いじゃないです……」
「よし、決まった」
 俺はガタンと椅子から立ち上がり、ほのかちゃんの華奢な手を取った。
「しばらくの間うちに来なよ。行くとこないんだろ?」
 目をまん丸にする少女を、俺は笑顔で見つめていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 時間は経っても、依然として外は暑い。
「ただいま」
 俺は玄関で寝転んでいた黒い毛玉に呼びかけた。まったくこいつは、主人が帰ってきたのに出迎えもせんと。
「にゃー?」
 俺の足先で背中をつつかれ、こちらを振り向く真っ黒な塊。サンドラは……逃げたか。あいつ人見知りだからな。
「これ、アレックス」
「……こ、こんにちは」
 俺が足で指した黒猫に手を振り、ほのかは家にあがった。アレックスはなんだなんだという感じの表情で、なかなか面白い。
「もう一匹サンドラっつーのがいるんだが、臆病なやつでね。多分、押入れか棚の上にでもいると思う」
「はあ……」
 床に敷いた新聞紙の上に彼女のバッグを置く。
「まずシャワー使いなよ。着替えはある?」
 持っていた衣類は全部汚してしまったと言うほのかに、俺は自分のTシャツとズボンを渡してやった。大きいだろうが、とりあえずはこれで我慢してもらおう。
 女物の下着はもちろんない。今度買いに行かないとな。
「あ……ありがとうございます……」
 おどおどと頭を下げる少女を風呂場に押し込み、それからちょっと臭う彼女のシャツやジーンズを片っ端から洗濯機に放り込む。女の体臭がいいとか言うやつの気持ちは、俺にはやはりよくわからなかった。
 一人暮らしの男の家から、少女がシャワーを浴びる音が聞こえてくる。
(俺、何やってんだかな……)
 俺は不意に冷静になって自分を笑った。これは誘拐だろうか。迷子になった幼女を家に連れ帰るのと変わらないんじゃないか。
 ――いや、違う。俺はただ捨て猫を拾っただけだ。あの二匹のような。
 洗濯機がゴンゴン動くのを見つめながら、意味のない物思いにふける。
 弱みにつけこんで女の子を家に引っ張りこみ、自分の意のままにする。しかもその当事者が国会議員のドラ息子とくれば、発覚すればワイドショーのいいネタにでもなりかねない。
「にゃー」
 腹を空かせたのか、足元のアレックスがねだる声で鳴いてみせた。
 猫どもにエサをやり、何ともなしにテレビを見てゴロゴロしていると戸の開く音がして、髪を濡らしたほのかが部屋に入ってきた。
「……シャワー、いただきました。あの、後始末は……?」
「いいよ。どうせ俺も後で入るし、そのまま置いといてくれ」
「はい……」
 所在なさげにちょこんと部屋の隅に座る少女。その様子を見ていると、なぜかこっちが落ち着かなくなる。
「んー、何て言うかさ」
「――はい……?」
「もっとくつろいでくれたらいいよ? ここ、俺とこいつらしかいないから」
「はあ……」
 体を綺麗に洗ったほのかは先ほどの何倍も可愛かったが、ただ、こちらの顔色をうかがうような目が気に入らない。
「家には帰りたくないんだろ?」
「……はい……」
 ぎゅっと下唇を噛み、ほのかはうなずいた。
「それなら、気の済むまでここにいたらいい。夏休みで学校はないだろうし、俺も今大学は無いから、たまにバイトして後はゴロゴロするだけさ」
「で……でも、やっぱり……その、申し訳……ない、です……」
 俺は立ち上がり、なおもこちらの神経を逆撫でするほのかの前に腰を下ろすと、力いっぱいその頭を両手でわしづかみにした。
「――まだ言うか、この口は」
「…………っ !?」
 鋭い目で自分を射抜いてくる俺を、少女が息を呑んで見つめる。互いの顔と顔の間の距離は十五センチほどか。もうちょっとで触れ合うほどだ。
「あれだけドロドロで腹ペコでくたびれた姿を見せられて、事情を一から十まで聞かされて、今さら放っとける訳ないだろ? いい加減にしないと、俺も本気で怒るぞ…… !?」
「あ……っ」
 ぼろぼろ涙を流しながらこちらを見返してくるほのか。ちくりと心が痛んだが、今はそうも言ってられない。
「助けてほしいならそう言え。家に帰りたいならそう言え。俺は普通の人間だから、口に出してはっきり言ってもらわないとお前の考えてることなんて全然わかんねーんだよ……!」
「ご……ごめんなさい……ごめんなさい……」
 まただ。なぜ謝る? じっとしてても誰も助けちゃくれないってのに……こいつは一体何なのか。
 俺は呆れた顔で手を離すと、息を一つ吐いて床に座り込んだ。
 話を聞いたときからそうじゃないかと思っていたが、ほのかはとても臆病だ。前に何かの本で読んだが、親に虐げられた子供はやがて人の顔色ばかりうかがう人間になってしまうそうだ。俺をイライラさせる性格はほのか自身のせいじゃないとわかってはいるのだが、あまりにムカついたのでついやってしまった。
 普段子供を相手にする商売してるのにな、と俺は自分を恥じた。
「……ヒック……うっ、うぅ……」
 床に手をついてすすり泣くほのかを横目で見る。華奢な体は歳相応の少女のもので、とても頼りなく思えた。
「……悪かった」
 信頼できる相手がおらず、ずっとひとりだったほのか。家から逃げ出しても誰を頼ることもできず不安と疲労の極致にあった彼女に、俺は小さな声で謝った。
 そっとほのかの体を抱き寄せ、ぎゅっと密着して頭を撫でてやる。しゃくりあげる少女の声が部屋に響く。
「行くとこがないなら泊めてやる。金がないならくれてやる。家に帰りたいなら帰してやる。ほのかはどうしたい?」
「う……ひっく、私ぃ……」
「教えてくれ。ほのかはどうしたいんだ?」
「わ、私……帰りたくない……い、いじめないで……優しくしてぇ……」
 居場所が欲しい。安心して生きていける場所が。殴られず怒鳴られず、誰にも媚びずに自分が笑顔でいられる空間。彼女の願いはただそれだけだった。
「お父さん……うぅ、お母さん……私、もうやだ……やだよぅ……」
 やまない嗚咽を聞きながら、俺は少女の体を抱いていた。

 弱い。人は弱い。
 殴られたら殴り返せば。刺されれば刺し返せばいい。
 なのに人は弱いから、すぐに泣いて逃げてしまう。ちょうどこの少女のように。
 しかし、俺にほのかを罵倒する資格があるだろうか。
 信じられる人間。自分が認める人間。自分を認めてくれる人間。
 それは俺にとって両親なのか兄なのか、それとも友人なのだろうか。
 だが俺にはそれがわからない。
 俺にとって大事なものとは――なんだ?

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 机に向かい、俺たちは並んで椅子に座っていた。セミの声も聞こえない静かな部屋の中、俺の説明が続く。
「sinとcosの値は丸暗記できたらまあそれはそれでいいが、イメージとしては単位円を頭の中に思い描いてくれ。半径1の円があって、その周上の点のx座標がcosθ、y座標がsinθだ。だからcosθとsinθの二乗の和が1になるのはわかると思う」
 こくこくとうなずくほのか。俺は彼女にいくつか問題を解かせ、理解度をチェックした。
 成績はあまり良くないと言うわりに、物覚えは悪くない。熱心に俺の説明を聞いてるし、問題もちゃんと解けている。ひょっとしたら、俺が見てる他の生徒たちより優秀かもしれない。
「――よし、じゃこの次は加法定理にしよう。今回はここまで」
「ふう……やっぱ数学は難しいよ、和泉さん」
 ほのかは軽く息を吐いて椅子の背にもたれかかった。
「ほのかは文系だからな。でもセンター受けるならUBまでは必要だぞ?」
「うぇぇえぇん……」
 俺は大学に入ってから、バイトで家庭教師をしている。金には不自由していないが、やはり学生たるものバイトの一つくらいはしないといけないと思ったからだ。教える相手は小学生から高校生まで幅広いが、やはり男子が多くてほのかのような歳の近い女の子を教えることは今までほとんどなかった。なのでこうして彼女を教えるのは少しだけ新鮮な気分だ。
「――きゃっ !?」
 もたれかかった椅子が傾いて転びそうになり、慌てる声をあげるほのか。前から思ってたが、結構この子、頭のネジ抜けてるよな。

 あれから俺は父親のいない昼間にほのかを一旦家に帰らせ、服や身の回りのものと、最低限の勉強道具を持ってこさせた。そして足りない物は買い足して、何とか二人の生活に必要なものを揃えた。
 そんな訳で、ほのかと暮らし始めてから二週間。初めはこそこそ俺の顔色をうかがっていた彼女だったが、少しずつ俺との生活にも慣れて、だんだんと打ち解けていった。夏休みの空いた時間を、二人っきりで家でゴロゴロしたり勉強したり、料理をしたりベランダに洗濯物を干したり。
 ほのかとの奇妙な共同生活は、いつしか俺にとっても楽しいものになっていた。

 夜、ほのかは俺の部屋で寝る。
 と言っても、俺とほのかは別にそういう仲ではない。ただ一緒に生活して、同じ部屋で寝るだけ。ベッドを明け渡して布団で熟睡する俺には、この気弱な少女を襲って手篭めにしようなどという考えは欠片もなかった。
 ――バタン。
 トイレのドアだろうか。戸が閉まる音を、頭の片隅で聞いた気がする。しかし俺はすっかり夢の世界に飲み込まれてしまっていて、便所に行った少女のことなど認識できるはずがなかった。
 そして彼女が、それからどうしたかも。
 ――ぺろ、ぺろ……。
 ……なんだ? 俺の顔、舐められてるのか? さてはアレックスだな。ちゃんとエサはやっただろう、俺を起こすな。
 夢の中で猫を叱りつけて俺は眠り続ける。
 ――ちゅ、ん……はむ……。
 こらこらやめろ、猫畜生。やめないと台所の黒い悪魔呼ばわりするぞ。夜行性っつってもお前にはサンドラがいるだろう。俺の顔を踏まなきゃ構わんから、追いかけっこでも何でもしててくれ。そんなにエサが欲しいのか? 今だって結構太いだろうにお前……。
 ――ん……じゅる、くちゅくちゅ……。
 ああ、気持ちいいな。舌が暖かくてほんわかする……。
 口の中に何か柔らかいものが入ってきてるような、とっても安らかな気分。暖かくて気持ちよくて、俺の口の中でくちゅくちゅって――。
 そして、目を開けた俺の視界をほのかが覆っていた。
「…………っ !?」
 驚きに声をあげようとするが、彼女に激しく唇を吸われ、しかも舌まで絡め取られていてうなり声しか出ない。
「ちゅ……ちゅぱ、んんっ……じゅるっ……」
 俺の全てを持っていこうとする、濃厚なディープキス。年下の少女から受けるはずがない至高の快楽に俺は喘ぎ、なすすべもなく口内をほのかに蹂躙されていた。
 呼吸が苦しくなってきた頃、ようやくほのかが俺の顔を離す。
「――ぷはっ!」
 小さな電球だけが天井に灯る暗い部屋の中、なぜか彼女の顔の赤さははっきりと俺の寝ぼけた瞳に映っていた。
「はあっ……ほのか……な、なんで……」
 息を切らして俺がたずねると、彼女は俺の上に覆いかぶさった。掛け布団をはがされて密着するパジャマから、ほのかの体温が伝わってくる。
「義之さん……」
 うるんだ目で少女が俺を見つめた。初めて出会った頃のおどおどした様子ではなく、にこにこ笑って俺と飯を食うときの様子でもない。
 熱っぽくて力強くて、周りが見えない一途な思い。それがほのかの瞳からは感じられた。
(ああ、こいつ……まさか、俺が……?)
 睡魔の残る頭でそう考える。出会ってたったの二週間。出会って既に二週間。
「好き……好きです……」
 ほのかは俺が考えたとおりに言葉を口にした。
「駄目だ……」
 触れ合うほどの至近で、俺が彼女を止める。
「ほのかはこんなことしちゃ駄目だ。しちゃいけないんだ」
「何で……? 私、義之さんが好きなんだよ……?」
「違う。それは間違ってる」
 精一杯の理性で彼女の言葉を否定した。
「ほのかは俺に負い目を感じてる。でもそれは恋愛感情じゃないんだ。心配しなくていい。俺を好きじゃなくても、俺はお前を追い出したりはしない。だから自分に嘘をつくのはやめろ……!」
「私、嘘なんてついてません。本当に義之さんのことが好きなの……」
 いつもは素直に俺の言うことを聞くほのかだが、今は首を横に振っている。
「違う。俺はほのかの保護者代わりかもしれないが、恋人にはなれない。その気もない」
「私は……好き、なの……!」
 しがみついて俺を離そうとしないほのか。興奮のせいか、彼女の顔も体も少し火照っているように思えた。
 俺は辛抱強くほのかの説得を続ける。
「いい加減にしろ、ほのか。今なら忘れてやるから、俺から早く離れろ」
「いやです……!」
 やむをえん。こうなったら無理やり引き剥がすしかない。そう決意して少女の体に手を回そうとしたとき、一滴の雫が俺の顔にかかった。
「――――?」
 それが涙だと理解するまでに数瞬を要した。その間にまた小さな水滴がぽとり、ぽとりと俺に向かって垂れてくる。
「いやです……もう私、独りは……うぅ……」
「ほのか……?」
 必死に嗚咽をこらえて、彼女は言葉を続けてくる。
「私には誰もいない……お父さんもお母さんも、友達も……いつも独り……。だから、だから……ひっく……せめて義之さん、だけでも……」
 俺のすぐ間近で、ほのかは泣いていた。孤独と虐待に苛まれてきた、内気な少女の悲痛な叫び。
 俺は……また彼女を泣かせてしまったのか……。
 この少女にかけてやる言葉一つ思いつかず、俺はただ呆然とほのかの泣き顔を見上げて沈黙してしまっていた。
「うぅ……ひく……うぇぇ……」
 薄い闇の中、ほのかはひとりですすり泣いている。
 どれだけそうしていただろうか。ようやく落ち着いてきた俺は、そっと手を伸ばしてほのかの顔に触れた。
「…………?」
「――悪かった、ほのか。ゴメンな……お前の気持ちに気づいてやれなくて」
 そのまま少女のか細い体をギュッと抱きしめる。
「本当にお前がそう思ってるなら……兄貴にでも恋人にでもなってやる。ほのか……お前はどうしたい?」
 俺が問うと、彼女は俺の体を抱き返して涙声で答えた。
「わ、私、義之さん……のこと、好きになりますから……だから、私のことも……す、好きになってぇぇ……!」
「――ああ、わかった……俺もほのかのこと、大好きだよ。だから泣くな……」
「うぅうぅぅぅ……義之さん、義之さぁん…… !!」
 力の限り抱き合って、お互いの温かみを確かめ合う。
 彼女の鬼気迫る告白を聞いても、不思議とほのかに対する嫌悪感は芽生えなかった。ただ、どこか納得したような気分が俺の中にあった。
(そうか、俺もこいつを――)
 どちらともが満足するまで、俺たちはそうやって抱擁を続けていた。

 俺の手が薄いパジャマに伸び、ほのかの胸に触れる。
「あ……!」
 華奢な体つきなのにそれなりの大きさの乳房を触られ、ほのかは可愛い声をあげた。
 まずは撫でるだけに留め、彼女がその刺激に慣れてきた頃合で揉み始める。思った通りほのかの乳房は柔らかく、揉み心地も抜群だった。寝転んだ姿勢で布越しの愛撫を続けると、だんだんその声が甘くなってくる。
「ん……あ、あぁ……」
 パジャマのボタンを外し、前を開くと薄いピンクのブラジャーが露になった。外そうかと思ったが、生憎俺はブラの外し方なんて知らない。そのまま俺はじっとほのかの胸を見つめていたが、やがて彼女がそれに気づき、
「――あ、は、外し……ますね?」
 と察してくれたので助かった。
 ぷるんと形のいい乳が薄明かりの中で丸見えとなり、俺の視神経を刺激する。兄貴と違って俺に女性経験はない。子供の頃から俺は兄貴の悪行を見て育ったから、兄貴のやることなすことにいちいち反発を覚えてしまうのかもしれない。
 ――俺、すっげー格好悪いな……。
 そう思いながら、俺はほのかの乳房に舌を這わせた。
「あ……ん……!」
 生暖かい舌の感触と、塗りたくられる唾液に少女の体がびくりと震える。揉んでいたときにも思ったが、どうやら彼女の体は敏感なようだ。俺が白い肌を舐めたり乳首を吸ったりするたび、ほのかは声を漏らして体をよじった。
「ほのか、気持ちいいか?」
「いや、聞かないでぇ……」
 彼女の言う通り、いちいち聞かずともほのかが感じているのは明白だった。胸の膨らみから唾のついた乳首をピンと立たせ、こちらにいやらしく見せつけてくる。ちょっと意地悪がしたくなった俺は、軽く歯をたててそれに噛みついてみた。
「――あああぁっ !?」
 たまらない様子でほのかが喘ぐ。俺に責められ荒い息を吐く少女はとても魅力的に見えた。今度はこっちも、と言わんばかりに俺の手がパジャマの下に伸びる。ゆっくりと布地を下ろしていくと、ブラと同じ色の下着が現れた。
 電球の明かりの中、ショーツの中央には大きなシミが見えた。少しの間俺がそれを凝視すると、ほのかは恥ずかしそうに顔を伏せた。
 では、ご開帳――。
 ショーツをずり下げ、パジャマと一緒に足首の辺りに追いやってしまう。脱がせた方が彼女も動きやすいのだろうが、今の俺はほのかを責め立てたい気持ちが強く、いっそ縛りつけてしまおうかとさえ心の片隅で考えていた。さすがにそこまではやらないが。
「ほのかのここ、びっしょりだぞ……?」
 クチュリと指で濡れた秘所に触れ、ついた汁を彼女に見せつける。ほのかは嫌そうに横を向いたが、俺は構わずそこを弄び始めた。
「あ……ああっ、あぁあっ……!」
 割れ目に沿うように指を走らせると可愛らしい悲鳴が聞こえてくる。ほのかの陰部はよだれを垂らして俺の指を感じていた。秘裂の上、ねっとりした幕に包まれた敏感な豆を軽く突ついてやると少女の体が軽く跳ね、息を詰まらせて受けた刺激の強烈さを訴えてきた。
「はぁっ……! あ、あ――!」
 こんなところを他人に触られるのは恐らく初めてだろう。小陰唇が合わさる性感帯を丁寧に撫で回し、止めどなく分泌されてくる汁を指ですくう。できるだけ優しくしてやりたいのだが、なにぶん俺自身も経験がろくにない。どうすれば彼女が気持ちよくなれるか思案しながら、俺の指は彼女の性器を責めたてていた。
 眼前で乱れるほのかの痴態を見て、俺の方もだんだん理性が薄れていった。
「ほのか、可愛いな……マジで可愛い……」
「あぁっ! あ、ああぁ――んんっ !?」
 耐え切れなかった俺は、嬌声をあげる少女の唇を自分の口で塞いでしまった。その勢いに任せて舌をほのかの中に侵入させると、彼女はわずかに驚いた表情を浮かべた。この反応から察するに先ほどはかなり無理をしていたようだ。
「ん……んんっ……」
 しかし口内で跳ね回る俺の舌に触発されたのか、やがてほのかもおずおずと舌を伸ばして、俺のそれに絡めてきた。
「ん……じゅる、はむ……」
 ほのかの味がする。それはあったかくて甘くて、俺には至上の美食に思えた。手は少女の秘所を愛撫しつつ、口を繋げてほのかと唾液を交換し合う。優しくも激しい男女の絡みに、俺もほのかも心が高ぶっていった。
 既に俺の股間では息子が今までにないほどギンギンに張りつめ、指先から伝わってくる女陰の感触に我慢汁を漏らすほどだった。
 ――入れたい。ほのかと愛し合いたい。この子と一つになりたい。
 舌でほのかの口を貪りながら、心の底から欲望が湧き上がってくるのが俺にはわかった。
 何秒間キスしていたかはわからなかったが、ようやく俺の口が少女と離れると、二人の唇は名残惜しそうに一筋の糸の架け橋を残して別れていった。
「ん……ほのかぁ……」
「よ、義之さん……」
 一組の男女が見つめ合う。俺はほのかの淫らな表情にハァハァと呼吸を荒げ、このそそり立つ肉棒を彼女の肉壷にぶち込むときを今か今かと待ちかねていた。
「ほのか、その……入れて、いいか……?」
 俺の決定的な質問にほのかはやや怯えながらも、目を閉じてかすかにうなずいた。
「――ありがとう、ほのか……」
 少女の上にのしかかり、パンパンになった愚息を手に狙いを定める俺。ほのかの陰部も我慢できずによだれの垂れた口を開けているように見えた。肉棒の先を軽く触れさせると、ほのかの肉がプチュッと吸いついてきて俺を喘がせる。
 そのあまりの快感が心のタガをはじけ飛ばせ、俺を荒々しくほのかに襲いかからせた。もっとゆっくり入れてやるはずが、俺の性器は鋭利な槍となって彼女に突き刺さり、初物の女を残酷にも思い切り引き裂いてしまった。
「――あぐっ !? ぎぃぃぃいぃ……あ゙あ゙あ゙…… !!」
 浪漫の欠片もないほど痛々しいほのかの叫びが俺の鼓膜を叩く。俺は彼女に優しくしてやれなかった後悔の念に苛まれたが、それも一瞬のこと。絶え間なく絡みついてくる熱い肉のスープ、自分を締めつける処女の狭さに、俺の良心はあっさりと心の奥隅に追いやられてしまった。
「ううぅ――き、きつ……!」
 これなら、いつ持っていかれてもおかしくない。耐え切れずに今すぐ俺の子種をこの肉壷の中にぶち撒けてしまっても不思議はない。ほのかとの交わりにすっかり理性を失ってしまった俺は、膣の奥まで突いてやろうと彼女の体をつかみ、必死に腰を打ちつけて猛りきった肉棒を突きこんだ。
「あ゙あ゙――ぐぅぅ……うぅぅぅ……」
 視線の下では、涙で可愛い顔をぐちゃぐちゃにしたほのかが呻いている。肩まで伸びた髪を振り乱し、彼女は苦悶の表情で泣き叫んでいた。そのあまりの苦しみように、消えかけていた俺の心がわずかながら戻ってきた。だが俺の体は持ち主の意に反して全く止まろうとしない。
 すまない、許してくれ。俺にも余裕がなかったんだ。意味のない謝罪の言葉を頭に浮かべながら、俺はほのかを犯し続ける。俺の腰が動くたび、血と汁の溢れる結合部は音を立ててよがり狂った。
「ひぃぃ……はぁぁ、ぐうぅっ!」
 歯を食いしばるほのかも変わらず声をあげ続け、俺の罪悪感を煽り立てた。しかし雄の本能に突き動かされていた俺は、少女を気遣うこともなく、ほのかの膣を思うがままにこねくり回してやまない。
 ほのかの肉も彼女自身の苦しみようとは裏腹に、襞で俺の肉棒を咀嚼し灼熱の汁で消化しようと貪欲に蠢いていた。
 ――独りでいるのは辛い。私を愛して。好きだと言って。
 俺の狂気が、彼女の肉襞からそんなメッセージを受け取る。至福に震える俺の体はなおもほのかの中を味わおうと棒でスープをかき回し、少女の申し出に答えるために、繋がった性器を通じて愛の言葉を囁いた。
「くぅぅっ……うあぁっ !!」
「はああぁぁあんっ !!」
 俺の中で何かが弾け、それは怒涛の奔流となってほのかに注がれた。普段出している分よりもっと濃厚で多量の精が少女の膣に飲み込まれていく。
 ――あ、いけねえ……俺……。
 薄れゆく意識の中、俺は少女と繋がったまま痙攣して布団に横たわった。

 彼女が絶頂に達したかはわからないが、後で聞いたところによると、痛みのあまりそれどころではなかったそうだ。本当に悪いことをしたが、ほのかは特に怒るでも悲しむでもなく、俺を見てにっこり微笑むだけだった。それがまた俺に気を遣っているようでやきもきさせる。
 それから何度か経験を重ね、俺もだんだんとほのかを満足させられるようになった。朝から晩まで寝床で絡み合い、疲れたら寝て腹が減れば買い置きの物を適当に食うという猿にも劣る生活も試しにしてみたが、さすがにこれは一日でやめた。
 もちろんセックスもいいが、俺はほのかが見せる笑顔や穏やかで何気ない言葉、たまに見せる悪戯っぽい表情にすっかり心を奪われてしまっていた。
 二人で過ごす、二人だけの場所、二人だけの時間。だが夏が秋になるように、やがてそんな世界も終わりを迎えてしまった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 夕暮れの空を黒い雲が、街を雨の音が覆っていた。俺の灰色の傘は多量の雫に叩かれ、いっこうに鳴り止もうとしない。
 やっとのことでマンションにたどり着いた俺だったが、下半身はびしょ濡れでこないだ新調した靴の中にまで容赦なく水分が浸入してしまっていた。不快な思いを我慢してエレベーターに乗り、自分の部屋のドアを開く。
 既に玄関には体を拭くタオルと、濡れたカバンを置くための古新聞が用意されていた。
「あ、おかえりなさーい」
 茶色がかった黒い毛並みの猫がやってきて、濡れ鼠の俺を出迎える。俺は不機嫌を隠そうともせず、その飼い猫に吐き捨てた。
「くっそ、何でこんなに降ってるんだ。俺への嫌がらせか?」
「まあまあ、とりあえずシャワー浴びて着替えたら、義之さん?」
 晴れ晴れとした笑顔で彼女が俺をなだめた。やはりこいつには笑顔が似合う。
「ほのかは降られなかったのか? さっき帰ってきたばかりだろ」
「だからー、今テスト中で帰ってきたのはお昼だってば」
「ああ、そうかそうか」
 そういえば高校生は中間試験の時期だったか。適当にカバンや上着をその辺に散らかしながら、軽くにやついて猫に問う。
「で、ほのかちゃんは今日の数学どうだったのかな?」
「えっ !? ――も、もちろんバッチリよ。あははは……」
 あからさまにうろたえて黒毛の猫は答えた。それにつられて俺も笑い声をあげる。
「だよなあ。今のほのかなら八十点は軽くとれてるはずだよなあ?」
「え゙……そ、それはちょっと……」
「――もし平均切ってたら、来月の小遣い半分カットな」
「あ、あの、えーと……そ、それはきついかなー、なんて……あはは」
 不意につぶやいた俺の冷酷な口調に、彼女は冷や汗を浮かべて笑っていた。
 さて、脅かすのはこの辺にしといて早くシャワーを浴びないと風邪をひいてしまう。俺は怯えた少女を置いて浴室に向かった。
 ちなみに本物の猫二匹は座布団の上で丸くなっていたので、後で蹴飛ばそうと思った。最初はほのかに懐かず逃げたりひっかいたりしていたアレックスとサンドラも、今は少し慣れたのか彼女を我が家の住人と認めているようだ。

 夕食はカルボナーラスパゲティとサラダ、あとなぜかハムサンドがついてきた。どうやら朝の残りのパンを使ってみたらしい。テーブルに向かい合って食器の音を立てる俺に、ほのかがぽつりと言った。
「――義之さん……」
「なんだ?」
「今日……お父さんから、電話があったよ」
「そうか。なんて言ってた?」
 表情をほとんど変えずに俺が尋ねた。
「ん、元気でやってるか……だって。それだけ」
「そうか」
 俺は彼女の顔から感情を読み取ろうとしたが、能面のような無表情に覆い隠されている。娘に暴力を振るうようなクズのこと、ろくに連絡してこないと思っていたのだが、ほのかの話によればたまに彼女に電話をしてくるらしい。はっきり言って俺は顔も見たくないが、それでもほのかの実の親、彼女が嫌がらない限りは電話で話すくらいのことは許してやってもいいだろう。
 もちろん、下手なちょっかいをかけてきたらまた思い知らせてやるつもりでいるが。ほのかのためを思えば親父に頭を下げるくらい安いものだ。
 夕食に舌鼓を打ちながら、俺は笑顔を浮かべてほのかと談笑していた。

 食事が終わり、俺とほのかは仲良くソファに寝転がった。
「ふにゃ〜、義之さん……」
 大人しく俺に頭を撫でられるほのか。もし猫耳がついてたらピクピク動いてそうだな。全くの無防備な姿を晒けだしているほのかを抱きしめ、俺は耳元に囁いた。
「ほのか、明日土曜だけど何か予定あるか?」
「……ん、ないよ。どうするの?」
 彼女は顔だけを横に向けて俺を見つめてくる。
「いや急に出かけたくなったから、車を借りて山にでも行かないか? ちょうど今なら紅葉が綺麗だと思う。雨かもしれんけど」
「え……行く! 行く行く!」
 子供のように喜色満面で答えるほのか。俺と歳そんなに離れていないはずなんだが。
 だがこんなに笑顔を見せるのは、恐らく彼女の今までの人生で初めてのことだろう。それを考えたら俺の行動は多分間違っていなかったと思う。
 真夏に拾った一匹の捨て猫。そいつは可愛くて寂しがりやで、しょっちゅう俺を困らせる。
 そんなほのかを俺は大好きだし、彼女も俺を好きでいてくれている。
「せっかくだし、安い旅館を見つけて一泊しようか」
「うん、義之さん大好き!」
 俺は彼女とごろごろソファで転がりながら、二人でいる幸せを噛みしめていた。


続きを読む   一覧に戻る

inserted by FC2 system