プロローグ

 よく晴れた日の、昼には遅く、夕方というには早い頃に一人の女がスーパーから出てきた。手には夕食の材料が入ったビニール袋を下げ、重そうにふくれた腹でよたよたと歩いている。
「ふぅ……これで買い物終わり、っと……」
 女は妊婦だった。全身から感じられる柔らかい雰囲気が、彼女が幸せな毎日を送っていることを思わせる。
 この街に越してきて一年以上になり、すれ違う通行人の中にも挨拶をする程度の知り合いが何人かいた。
「こんにちは。いい天気ですね」
 自宅近くでそう声をかけられ、女も反射的に挨拶を返していた。
(あら?)
 しかし目の前にいる相手は女の記憶にない。高校生くらいだろうか、異様に整った顔立ちをした、そのくせ不思議と印象の薄い少年だった。思わず見惚れるほど綺麗な顔がニコニコ笑ってこちらを見つめている。
「お子さん、もうすぐ生まれるんですか?」
 極上の笑顔で少年は言った。毒気のない微笑みに女は少しドキリとしながら、
「ええ、来月には。双子なんです」と答えた。
「そうですか。男の子ですか?」
「いえ、二卵性らしくて、男の子と女の子が一人ずつなんですよ」
「なるほど、おめでとうございます」
 ありがとう、と女は顔を赤らめて答える。少年は柔らかな視線を女のお腹に向けていたが、やがて女に言った。
「少しだけ、お腹の赤ちゃんに触ってもいいですか?」
「ええ――いいですよ」
 初対面の相手に少し馴れ馴れしい話かもしれなかったが、女はにっこり微笑む少年の雰囲気に安心して嫌がることなくうなずいていた。その場に座り込んだ少年が女のふくらんだ腹を丁寧にさする。

 ――さわさわ。なでなで。

「あっ、動きましたよ」
「そう?」
「いや嘘です。そう都合良くはいきませんね、ふふふ」
 少年と二人で笑う。触れていたのは数秒ほどだったが彼はそれで満足したらしく、やがて立ち上がって女に礼を言った。
「ありがとうございます。お腹の赤ちゃんたちに祝福を」
「祝福? そうね、どうもありがとう」
 大げさな言い方をする子だなと思ったが、少年はそのまま弾むような足取りで去っていった。

 やがて女は双子の赤子を出産し、夫婦で喜びあった。
 兄は啓一、妹は恵。少し変わったところはあったが、二人ともいい子で元気に育っていった。


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