小学校で色々と 2

 今日もいい天気だ。風が頬を撫でる感触に沙耶は快い笑みを浮かべた。
「おっはよー !!」
 クラスメートに元気な声をかけ、走って校舎に入る。
 もう3年2組の教室には半分くらいの生徒が登校しており、教師が来るまでの短いお喋りと悪ふざけの時間を過ごしていた。
「さやちゃんおはよう」
「ミカちゃんおはよー !!」
 背負ったランドセルを机の脇にかけ、使い慣れた椅子に腰かける。子供用の椅子のため、今の沙耶には正直言って小さすぎたが、代わりが来るまでしばらくの間はこれで我慢するしかない。
 ミカも椅子が小さいらしく、おかっぱ頭に困った顔を浮かべていた。
「へっへー、おっぱいターッチ !!」
「あっ !? ――ちょっと、何すんのよ !!」
 悪ガキ男子の一人が、沙耶のスウェットの上から大きな胸を撫で回した。ブラのずれる不快な感触に、大声でその男子を怒鳴りつけてしまう。もう慣れてしまったとはいえ、デパートの下着売場に並んでいるような、あんな派手なものを自分が身につけるなど、考えもしていなかった。
「もう、さやちゃんに何て事すんのよ! エッチ!」
 動けない沙耶に代わり、ミカが男子に仕返しをする。
 40センチも背が高いミカにゲンコツでしこたま頭を叩かれ、その男子は泣いて謝ってきた。この学校では女子の方が遥かに強いのだ。

 やがてチャイムが鳴り、担任の山口みどり先生が優しい笑顔で入ってきた。
「はい皆さん、座ってね」
 揺れるウェーブの黒髪を肩まで垂らした、いつもの落ち着いた物腰である。先生は教壇の上に立ったまま、クラス全員を起立させた。
――ガタガタ、ガタッ……。
 椅子を引く音と共に、子供たちが立ち上がる。
 みどり先生は大部分の生徒を見上げるように、朝の挨拶をした。
「皆さん、おはようございます……」
『おはようございます !!』
 3〜4年の小学生では男女の身長差はほとんどない。しかしそれでも130センチほどしかないみどり先生の身長は、クラスでも随分と低かった。男子とはほぼ同じ目線で話ができるが、女子ともなるとミカのように170センチ以上の生徒もいる訳だから、見上げないと会話にならない。
 教師の威厳もへったくれもないが、相変わらず子供たちには慕われている。
「では今日は、漢字テストをします」
 ええー、という悲鳴を無視してみどり先生はプリントを配り始めた。
 今日の服は子供用の白いブラウスと真っ赤な吊りスカートで、伸ばした髪と薄い口紅がなければ、同級生の女の子にしか見えないだろう。
 壁の時計で時間を計り、終了後テストを集めるみどり先生。大好きな先生が自分の小さな体で一生懸命、教師の勤めを果たしているのを見ると、沙耶は申し訳なくも応援したくなるのだった。

 三時間目は体育である。
 男子は隣の教室で着替え、隣のクラスの女子がこちらに着替えに来る。むっちりぜい肉がついていたり、やせていたりする生徒もいるが、いずれも子供の体格ではなく成長しきった大人の女の体だった。
「ハア……着替え、めんどうだな〜」
 沙耶がため息をつくが、面倒なのは皆も同じだ。彼女は平均的な体格のみどり先生の体だからまだマシと言える。小学生の体操服でも、何とか入るサイズがあるのだから。それでもぴちぴちで胸や尻が絶えず締め付けられ、苦しくて仕方がない。
「さやちゃんはいいな〜、わたしなんて大変だよ」
 隣の席からミカが話しかけてくる。おかっぱ頭の下で三桁はある爆乳がぶるんと揺れた。
「えー、でもミカちゃんのカラダ、うらやましいよ」
 アメリカのファッションモデルと入れ替えられてしまったミカは、クラスで一番スタイルのいい生徒になった。
 腰は細くくびれ、尻も胸も形がよくボリューム満点、いずれも男なら飛びつきたくなるほどのフェロモンを発している。
 当然、小学生用の体操服など入るはずもなく、大人用の、それも特注のスポーツウェアを着て体育に出るのだ。
 クラス一の長身とスタイル、そして体全体が日本人離れしたミカには悪戯好きの男子も恐れをなして近づこうとしない。それがまた、少しだけうらやましいところだった。
「舞は体育どう? やっぱり無理?」
「うん、あたし見学……」
 教室の隅で、大きなお腹を抱えた女子がそう答える。
 妊娠中の母親と入れ替えられてしまったらしく、再来月くらいに弟か妹を自分が産むのだと言う。
 妹か――沙耶は家で自分を待っている沙智の事を思い出して微笑んだ。

 グラウンドに二クラスの生徒が集まり整列する。
 男女が二列ずつになって並んだ生徒たちは、小さな男の子たちと大人の女子にはっきりと分けられ、親子のようにも見えた。
 大部分の女子は子供用のブルマと体操着を窮屈そうに着ていたが、中にはミカのようなスポーツウェアやジャージの生徒もいる。
「今日は50メートル走のタイムを計ります。皆、頑張ってね」
 生徒と同じ、白い体操着と紺のブルマ姿のみどり先生が言う。
 その胸と背中には『3-2 小島』というゼッケンがつけられていた。縫い直すのが面倒で沙耶のをそのまま着ているらしい。柔軟運動が始まり、皆は体を馴染ませるように動かした。
 最初にスタートラインに並んだのは沙耶、ミカ、そして二人の男子。男子に比べ、沙耶とミカの方が30センチは大きい。
「よーし、頑張っちゃうぞ!」
「さやちゃん、負けないからね!」
 笛の合図で四人は一斉に駆け出した。
 沙耶の体が跳ね、長い手足が力強く躍動する。大地を蹴って一歩跳ぶごとにグングンと男子たちを引き離してゆく。
(は、速い―― !!)
 みどりの体は圧倒的だった。
 窮屈な体操着に胸や尻を締め付けられる痛みも忘れ、沙耶は一番にゴールに到着した。 「やったあ! ねえねえ、何秒何秒?」
 計測係の生徒に尋ねると、7秒4との答えが返ってきた。
 今までの沙耶の最高記録が11秒だ。大躍進である。
「やったー! 先生の体のおかげだー!」
 沙耶は男子の視線も気にせず、胸を揺らして跳びはねた。
 当然の事ながら、競争は女子が勝ち続けた。
 やがてほとんどの生徒が走り終わった頃、一人の女生徒がスタートラインに立った。
「あっ、ミホちゃんだ」
 ポニーテールを白いリボンで束ねた、大人しそうな女子。いつも途中で息を切らしてしまい、走るのに20秒はかかる子だった。
 しかし今、その首から下はコーヒー豆を思わせる真っ黒な色をしている。決して大きな体格ではないが、細い手足についた無駄のない筋肉がサバンナの肉食獣を思わせる静かな迫力を持っていた。
「……ミホちゃんも外国の人になっちゃったの?」
「そうだよ、あふりか? のせんしゅの体なんだって」
 へえ――と声を上げたとき、合図と共にミホが跳んだ。弾丸のような速さでグラウンドを一直線に突き抜けてゆく。いつものだらしないミホを知っている皆は、その変わりようにぽかん、と口を開けるばかりだった。
「中川ミホ、6秒3!」
 どよめきが上がり、皆は驚きと興奮の入り混じった顔で息も切らさず50メートルを往復してきたミホを見やった。
 今や驚異のランナーになった少女が恥ずかしそうにうつむく。
 ちなみに50メートル走は陸上の正式種目ではないが、女子の日本記録は小西選手の6秒47である。

 大人になっても給食はいつもと変わらない。
 丸いプラスチックの容器に盛られたクリームシチューとレーズンパン、カルシウムたっぷりの魚のフライと冷たい牛乳。以前なら多いと残してしまっていたところだが、今の沙耶は違う。
「――おかわり!」
 シチューの鍋に駆け寄ると、既にそこには食べ足りない顔をした大きな女子が何人も並んでいる。大人の体は小学校の給食の量では足りないのだ。
「先生、いつもお腹すいてたんだろうなあ……」
 普段おかわりもしないみどりの姿を思い出し、沙耶がつぶやく。
「……あれ?」
 ふと見ると、そのみどりが半分ほど食べたパンを持て余していた。いつもは生徒に給食を残さないよう言っている手前、残せないのである。
「――みどり先生、それ食べてあげる!」
「沙耶ちゃん……」
 みどりは躊躇してしばらく沙耶を見つめていたが、やがて観念すると食べかけのパンをこちらに手渡した。
「……ごめんなさい。沙耶ちゃんが給食を残したとき、叱っちゃって」
「いいよ先生、代わりにあたしが残さず食べてるもん!」
 にっこり笑う沙耶を、みどりはまぶしそうに見ていた。
 給食の席、教室の隅では二人の男女が言い争いをしている。
「こらヒロ! 人参残しちゃダメでしょ!」
「いいだろ、なんでリナが怒るんだよ!」
 幼稚園のときから二人一緒の幼馴染、ヒロとリナだった。ベージュのコートをまとったリナの体はヒロより二回りは大きく、説教をするその姿は母親のようにも見える。
「当たり前よ! この体はおばさんのなんだからね! 今はあたしがあんたのママって訳よ、わかった !?」
「何だよそれ! リナはリナだろ !?」
「ちゃんとおばさんにあんたを見張るよう頼まれてるの! わかったらママにちゃんと返事しなさい!」
「そんなのできる訳――ぎゃああっ !?」
 リナの握り拳にこめかみを挟まれ、少年が悲鳴をあげる。
「い……痛ええ! 母ちゃん勘弁!」
「どう、真似しただけだけど結構痛いでしょ? ほら、やめてほしいならさっさと人参食べる!」
「く……くそぅ……」
 可愛らしいフリルのついた少女の服を嬉しそうに着る母親の姿を思い出し、ヒロは泣きながら人参を口の中に放り込んだ。

 放課後。日直だった沙耶は掃除を手早く終わらせ、教室の戸締りをすると鍵を職員室に返しに行った。
「失礼しま〜す」
 席に座る先生たち。その半分以上が自分より背が低い事に軽い優越感を覚えつつ、担任のみどり先生を探した。みどりは、隣のクラスの洋子先生と話し込んでいるようだ。
「――え、生理きたの? おめでとう、私なんてまだ……」
「大丈夫大丈夫、最近のカラダは発育いいから」
 教師の机の前に座った、小学生にしか見えない小柄な二人の女教師。
 ――たしか、洋子先生の体は五年の山岸さんのじゃなかったか。
 そんな事を考えつつ、上からみどり先生を呼ぶ。
「戸締りしてくれたの? ありがとう、気をつけて帰るのよ」
 いつもの微笑みを浮かべて挨拶をする先生。
「――あ、そうだ……」
 帰ろうとしてふと、みどりに呼び止められる。
「その体もそろそろ生理だから、気をつけてね。わからない事があったらすぐ先生に聞いてちょうだい」
「わかりました。先生、さよなら!」
 礼をしてその場を後にする。
 こちらを見つめるみどりが、どこか名残惜しそうな視線を送っていた。
 職員室の隣、来客室には今日もPTAの役員がきているようで、
「あら奥様、とっても可愛らしいスカートですこと」
「いいえ――うちの子に買ってやったんですが、結局わたくしがはく羽目になってしまって……おほほほ」
「お若いですわ、このおみ足なんてまるで十代……」
 などという中年女のやりとりが聞こえてきた。

 遅くなったため、クラブ活動中の生徒以外はもう帰ってしまった。
 ミカも先に帰っただろう。沙耶は一人で下駄箱に向かった。
 沙耶の靴は動きやすい白いスニーカーである。みどりからは他にもパンプスやハイヒールを貸してもらったのだが、歩きにくくて登下校には向かないのでスニーカーばかり履いている。
「あれ――?」
 沙耶が軽く声をあげた。
 ミカの靴――派手な赤いサンダルが下駄箱に入ったままだった。
 ということは、ミカはまだ校舎内にいるのか。
 ミカはクラブに入っておらず、残る理由はないのだが――。
「あたしを待ってくれてる、なんてことないよね……」
 少し気になり、沙耶は教室やトイレを捜してみることにした。だがミカはサンダルを残したまま消えてしまい、どこにも見つからない。
「――ミカちゃーん!」
 沙耶は校舎の隅、放課後は人のいなくなる準備室のあたりにやってきた。しかしやはりミカはおらず、鍵のかかった部屋が並んでいるだけ。
「おかしいなあ――どこいっちゃったんだろ」
 不思議に思いつつも見つからないため、そろそろ諦めて帰ろうとした。
 かすかな音が聞こえてきたのはその時だった。

――カタ……ガタ……。

「……?」
 沙耶は振り返った。音は小さく、だが止むことなく聞こえてくる。
 どうやら、準備室の一つからのようだ。
「ここ、みたい……」
 沙耶は部屋の前に立ち、耳をすませてみた。
――ガタ、ガタ……ガタ……。
 机や椅子がきしむ音に思える。
 準備室には鍵がかかっていたが、ドアに小さな窓がついている。子供ではなかなか届かないだろうが、今の沙耶なら楽に覗ける高さだ。沙耶はドアに体を寄せ、そっと室内を覗き込んでみた。
「ミカちゃん…… !?」
 電灯の消えた狭い準備室の中、机の上にまたがった裸のミカが、ワイシャツの男に正面から貫かれている。背を向けているため男の顔はわからないが、髪形から沙耶には誰かわかった。
「小林先生だ……!」
 それは沙耶とは別のクラスの担任の、若い男性教師だった。ミカの爆乳に顔をうずめ、激しく腰を振り続けている。
「山田……山田っ! どうだ、気持ちいいか !?」
「あぁっ……センセー、小林センセー……!」
 おかっぱ頭の少女は恍惚の表情を浮かべていた。
 弾力のある巨大な胸の塊と、なめらかに細くくびれた腰、日本人より遥かに豊満なヒップが外からでもはっきり見てとれる。すらりと伸びた白人の手足が教師の体に絡みつき、淫らな海外ポルノのワンシーンを思わせた。
「――ミカちゃん……」
 目を細めて嬌声をあげる彼女を見ていると邪魔をする気にはなれず、沙耶はこっそりその場を離れた。

 いつもの通学路を一人で歩き、自分の家に帰る。
 脚が長くなったため、早く歩けるのが地味に嬉しかった。
「ただいま〜!」
 リビングに入ってまずやる事は、家族の状態の確認である。
「おかえり沙耶」
「お母さん、どう?」
 ベビーベッドで仰向けに寝ている佐和子に声をかける。
 問われた母親は、少し顔を赤らめて答えを返した。
「――おしっことうんちが二回ずつ漏れちゃったわ。それとお腹がすいたから、ミルクを飲ませてちょうだい」
「離乳食はいいの?」
「あれは、お母さん好きじゃないのよ。だんだんと慣れていかないといけないけど……今は、ね」
 すっかり慣れた手つきで母親のおむつを替え、作ったミルクを人肌に暖めて哺乳瓶で飲ませる沙耶。
「……ありがとう、それじゃお母さん寝るわね。悪いけど、沙智の世話もお願い」
 満足したのか、佐和子は小さなげっぷを一つするとベッドの中ですやすやと眠りこんでしまった。沙耶はその寝顔を眺め、起こさない程度に軽く頬を突いた。
「……お母さん、可愛い――」
 父親が帰ってくるまでまだまだ時間がある。今のうち、沙智の世話もしておかなくては。
 その沙智はといえば、板の間で一人、寝転んでいた。
「さちちゃーん、お姉ちゃん帰ってきたよー」
 沙耶が入ると、何が面白いのか手を振ってみせる。
 出産して半年以上経つのに胸の張りは収まらず、大きな双丘がシャツを内側から押し上げていた。ちゃんと乳も出ているようで、シャツは母乳でベトベトだ。病人用のおむつに垂れ流した糞便と母乳の匂いが混じり合い、部屋は耐え難い悪臭に包まれていた。
「まずはシャツを脱がせて……」
 新しいシャツに着替えさせ、おむつを取り替える。本当ならシャワーに入れたいところなのだが、いくら今の沙耶が大人の体であっても、はいはいもできない三十代の女の体を一人で洗うのは無理がある。こればかりは父の帰りを待つしかなかった。
 テレビを見る合間に母親と沙智のおむつを替えているうちに、父親が勤めを終えて家に帰ってきた。
 夕食は外で買ってきた弁当や惣菜である。
 沙耶が作れるよう頑張ろうかと言うと父親は、
「いや、二人の世話で大変だろ。これくらい別にいいよ」
 と言って沙耶に頭を下げた。
 やっと歯が生え始めたばかりの沙智にまともな食事はできないので、毎日野菜ジュースやおかゆで何とかしている。姉に食べさせてもらうと沙智は機嫌よく、ゴクリと飲み込むのだった。

 夜、終電もなくなり、人々が寝静まる頃。
「――沙耶、沙耶」
 そういうときに、いつも母親に呼ばれる。
「ごめんなさい、ミルク作ってちょうだい」
 この年頃の赤ん坊は夜泣きして親を悩ませるのだという。さすがに佐和子が泣き喚く事はなかったが、それでもミルクをねだられたり抱っこしてと言われたり、注文は多い。沙耶ははいはいと頷きながら、どうして夜中に頻繁に目が覚めるのか聞いてみる事にした。
「……これは、赤ちゃんが寝るために必要なことなのよ」
「そうなの?」
「そうよ。赤ちゃんは大人と違って、毎日寝る時間がまだきちんと決まってないの。だから夜、突然泣き出したり機嫌が悪くなったりするの。赤ちゃんになってよくわかったわ」
「へえ――そうなんだ」
「沙耶も赤ちゃんの頃は明け方になって大泣きしたり、大変だったんだから」
 ベビーベッドの上でそう言って笑う佐和子。
(……でも、今はお母さんが赤ちゃんなんですけどね)
 声には出さずそう思うだけにし、沙耶は母親を寝かしつけた。
 佐和子が寝たのを確認し、沙耶はやっと寝室に戻った。
「……お父さん、もう寝た?」
「いや、起きてる」
 父親は枕に頭を沈めていたが、寝てはいないらしい。
「……沙耶」
「何?」
「お前には苦労かけるなあ。いきなり先生の体になったり、母さんが赤ちゃんになっちゃったり。本当にお前はよくやってくれてるよ。感謝しないといけないな」
「何言ってるの、もう慣れたよ」
「そうか、できる事があったら何でもしてやりたいが――」
 父親は布団から起き上がり、沙耶の細い手を取った。
「……どうだ、やるか?」
 沙耶は少しの間、自分のパジャマと父親の顔とを見比べていたが、やがて消え入るように小さな声で、
「――うん、いいよ……」
 とつぶやいた。
 期待していたのだろうか。体の芯がキュン、と疼いた気がした。

 入れ替わってから、沙耶は父親と何回も交わっていた。
 育児のストレスがたまっていたのかもしれない。
 男子のセクハラがきっかけかもしれない。
 単にみどり先生の若い体が淫乱なだけかもしれない。
 とにかく、父親は娘の体を夜ごと愛撫して何度も抱き、沙耶も父親に抱かれるのを嫌とは思わなかった。
 体は立派な大人でも頭は子供、性に対するタブーもなく求められればたとえ父親とでも交わってしまうのだ。
 母親に知れたらどんなに怒られるか想像もつかないが、今のところ知られていないし、それに知れても相手はただの赤ん坊、沙耶がいないと排泄の処理一つできない弱い存在だ。
 親子だった以前とは完全に立場が逆転してしまっており、今の佐和子が沙耶に逆らえるはずがない。
 体の持ち主であるみどり先生には少し悪い気もするが、お互いにもう元に戻れるなどとは思っていないので、この体は沙耶のものだった。
 あの少年に入れ替えられてから随分経ち、みどりも沙耶も、今の体に充分に適応している。

 あの日入れ替わったのは二人だけではない。
 たった一日で、学校中の女子が体を入れ替えられてしまった。
 ある者は母親と、ある者は教師と、ある者は見知らぬ外国人と、女子は残らず首から下を大人の女性と交換させられ、戸惑いつつも新しい生活を始めざるをえなかった。
 どういう訳かテレビやネットの話題にはならなかったが、それゆえ大騒ぎになる事もなく、ある意味幸せと言える。
 しかしそのせいで、この学校からは性に関する一切のモラルが消滅した。表向きは普通の小学校のままだが、その生徒は小学生ではない。顔は愛らしい少女なのに、体は二十代、三十代の女性なのだ。
 高学年ならばまだしも、大半は性教育を受けたことのない純真無垢な子供たちである。当然生理や避妊の知識がある訳もなく、ちょっと手を出してやればミカのように喜んで股を開く。陰茎を性器に突き込まれる意味もわからず、嬉しそうに鳴くだけだ。思春期の男子生徒や欲求不満の男性教諭にはまさに楽園だろう。
 実際、今日のミカのように、男子や先生に抱かれる生徒はかなり多い。沙耶は気づかなかったが、放課後の保健室では六年生の男子が数人がかりでグラビアアイドルの体になったあどけない一年生を輪姦していたし、家庭科室では女教師と入れ替わった山岸という五年生の女子が好きだったクラスメートに告白して、激しい性交を繰り広げていた。
 特に肉体と知能のギャップが著しい低学年の女子が狙われやすい。AV女優と入れ替えられてしまい、学校では教諭と先輩たちに、家では父親や兄に犯され続けている生徒もいる。だからと言って登校拒否になるでもなく、毎日セックス目当てにきちんと登校してくるのだから大したものだ。
 部活動も例外ではなく、テニス部の顧問は居残りと称して毎日のように部員の、女子大生や人妻の体を堪能しており、手芸部でも部員と顧問の乱交騒ぎが頻繁に起こっていた。五、六年生にもなると性の知識もそれなりについてくるため、授業中に教師の前で――しかもその教師の体で――自慰を始めたり、何人もの生徒や教師と関係を持ったりする女子もいるという。
 やがては妊娠する生徒も当然出てくるだろうが、舞みたいに既に妊婦の体になった生徒もいるため、あまり問題視はされないだろう。

 もちろん、この事件の犯人はあの少年だった。
「……退屈でね。たまには派手な事でもやろうかと思ってさ」
 さわやかに言って笑みを浮かべる美しい顔。
 思い出すと今でも恐怖で体が震えるが、なぜか沙耶は、彼とはもう二度と会わない予感がした。
 それはつまり、沙耶たちが一生元に戻れない事を意味する。
 だがうちの女生徒は予想以上にたくましく、みんな大人の体の喜びを実感しながら過ごしている。
 ――これなら、もう戻れなくてもいいかもしれない。
 沙耶は最近そう思っている。
「……ああんっ !!」
 父親に激しく子宮を突かれ、つい声をあげてしまった。
 すっかり性交にも慣れ、沙耶もみどりの体でそれなりに楽しんでいた。
 しかし体は大人でも頭脳は小三、妊娠のリスクなど思いもよらない。
(――妹をもう一人つくったら面白いかも……)
 などと不真面目に考えるだけだった。
 だが沙耶は気づいていなかった。
 みどりに注意されたはずの月経が、いつまで経っても来ない事に。既にその胎内には新たな命が宿っているのだ。
 翌年、無事に女の子を出産した沙耶は、一歳の体の佐和子と一歳の知能の沙智と、生まれた赤子の三人の子育てで疲れ果てることになるが――それはまた別の話だ。


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