うちのおかんは同級生 後編

 タケルはそのままよたよたと階段をのぼり、リノを二階の自室に運んでやった。壊れ物でも扱うように丁寧にベッドに下ろすと、リノは口に指を当ててクスクス笑った。
「ありがとう。タケル、かなり力持ちなのね。これなら年末の大掃除、お父さんの代わりに買い物についてきてもらおうかしら。最近、腰が痛いって文句ばっかり言うのよね、あの人」
「何の話だよ……とにかく、これでもう逃げられないからな。お前が嫌って言っても無理やりするぞ。セックス」
「はいはい。じゃあ、お母さんが筆下ろししてあげる」
 リノは冗談っぽく言ってしゃがみ込み、タケルの下半身に顔を寄せた。先ほど替えたばかりのボクサーパンツを下ろして、中から彼の一物を取り出したかと思うと、なんとそこにキスを始めた。いくら風呂上がりとはいえ、何のためらいもなく男の性器に口づけて舌を幹に這わせるリノの顔は、さながらAV女優のように卑猥で、日頃の彼女とは違った意味で下品だった。
「タケルの、すごく元気ね。こんなにビクビクしちゃって……ふふっ、お父さんの若い頃を思い出すわ」
「お前、誰と比べてるんだよ……ううっ!」
 かぱっと開いたリノの口がタケルのものを包み込み、無様な悲鳴をあげさせる。まさか、口でくわえてくれるなんて。タケルは感動にも似た思いでリノを見つめた。
「んっ、ううんっ。タケルの、大きい……」
「あ、荒木……無理しなくていいんだぞ。そんな風にしなくたって……」
「大丈夫、無理してないわ。何とかなると思うから、もっと食べさせてちょうだい」
 破廉恥な言葉がタケルを煽る。昼間、教師に授業を聞くよう注意されて、「うるせえよ。お前の話なんか、どうでもいいんだって」と言い返した口が、今はぴちゃぴちゃと淫らな音をたてながらタケルの性器をしゃぶっているのだ。それも無理やりではなく、自分の意思で。あまりのリノの変貌ぶりに、タケルは夢でも見ているのではないかと疑ったが、彼の一物に奉仕してくれる彼女の舌と唾液の感触は、決して夢でも幻でもなかった。
 タケルのものをくわえつつ、リノの頭が上下する。濡れた唇が竿の側面を摩擦して、タケルを強烈に喘がせた。情けない、と思いながらも声が止まらない。男のくせに、うぶな少女のように翻弄されるばかりだった。
「うわっ、ちょっと待ってくれ、激しすぎる。もっとゆっくり……うあっ、ああっ」
 リノは一旦、動きを止めて、タケルのを口にしたまま彼を見上げた。我慢もできずに喘ぎ声をあげ続けるタケルをあざ笑うつもりだろうか。びくびくしながらリノの髪に手で触れると、彼女は軽く目を細めて微笑んだ。馬鹿にしている笑い方ではない。優しい母の笑みだった。
「タケル、可愛い。もっと気持ちよくしてあげるわね」
「お、お前、可愛いなんて──」
「だって大事な一人息子だもの。私はあなたのことが可愛くて、仕方がないのよ」
 愛の告白にも似た台詞に、タケルは強く胸を打たれた。ずっと嫌いだったクラスメイトの少女が、ここまで自分に想いを寄せていたとは。驚きでもあり嬉しくもあった。痛んでぼさぼさの金髪が、今は童話に出てくる姫君のように美しく見える。あばたもえくぼという言葉を身をもって実感した。
「荒木……気持ちいい、気持ちいいよ。もう出ちゃいそうだ」
 返事の代わりに、リノの口が蠢いてタケルの幹に絡みつく。裏筋を舌でざらりとこすられるのがたまらない。タケルはリノの髪を撫でながら、必死で射精の誘惑に耐えた。
「うん、むむうっ、あんっ」
「もういい。そろそろ出そうだから、止めてくれ」
 射精が間近に迫っていることを告げても、リノの動きは止まらない。むしろ、逆に激しくなった気がする。このままではリノの口の中に精を放ってしまいかねない。タケルは自分から離れるよう切実に訴えたが、リノはちらりと彼を見上げ、無言で目を細くした。このまま出せと言わんばかりの目配せだった。
「ヤバい、荒木。出るからどけっ、どいてくれ。でっ、出る。うああ……」
 ついにこらえきれなくなって、タケルの精が噴き出した。リノの口内に欲望の塊をぶちまけた感触と共に、「んぶうっ」と濁ったうめき声が聞こえてきて、激しい後悔の念が湧き起こる。だが、それも一瞬のこと。リノがこくんと喉を動かしたのを見て、タケルは今度こそ唖然とさせられた。リノは彼の子種を口で受け取ったばかりでなく、胃の中へと飲み下したのだ。
「ぷはっ。タケルの、すごく濃いわね……それに臭いわ。後でちゃんと歯を磨いておかないと」
「お、お前、なんてことを……飲まなくたっていいじゃないか」
「そうね、最初は私も飲むつもりなんてなかったんだけど、つい……お父さんにだってここまでサービスしたことないのに、困ったわねえ。どうしてかしら」
 唇に残ったひと雫をぺろりとなめて、リノが不思議そうに言う。いかがわしさと可愛らしさが入り混じった奇妙な表情だった。射精したばかりの男性器がすぐにまた立ち上がってしまい、タケルは羞恥に頬を染めた。
「あれだけ出したっていうのに、まだこんなに元気だなんて……やっぱり若いわ。素敵よ、タケル」
 リノは再びタケルのものに舌を這わせた。表面にこびりついた白濁液の雫をなめとって、代わりに唾液を塗りたくる。またも射精させられるのかと思いきや、リノはタケルのが綺麗になったのを見届けると、身を起こしてタケルに言った。
「じゃあ、今度は私を気持ちよくしてくれない? こういうときは、お互いに気持ちよくなるのも大事なことよ」
「あ、ああ……どうしたらいい?」
「私の体を沢山いじってちょうだい。タケルが触りたいところを触ってくれたらいいから」
 淫蕩な色に染まった瞳で見つめられ、タケルはごくりと唾を飲んだ。雑誌やビデオでしか見たことのなかった女の体──本物の女の体を、自分が思うがままにできるのだ。タケルはふらふらと吸い寄せられるようにリノに抱きつくと、ベッドの上に押し倒した。
「言っておくけど、キスは駄目よ。さっきタケルのを飲んだから、口の中が汚いわ」
「わかった。じゃあ、ここにする」
 尖った乳首に口づけて、赤子が母にするように吸い上げる。肉の饅頭のような両の乳房を代わる代わるしゃぶって唾液でべとべとにしたあと、タケルの唇はリノの胸元から首筋へと這い上がっていった。鎖骨の辺りを強く吸うと、リノが荒い息を吐いて悶えた。
「あんっ、そんなに強く吸ったら駄目よ。跡がついちゃう」
「大丈夫だよ、服着たらわかんないって」
「だ、駄目よ、そんな……ああっ、やんっ」
 耳朶を噛まれて、リノはくねくねと身をよじった。普段の軽薄な態度からは想像もできない扇情的な仕草だ。肌が火照って、薄い桜色に染まっているのも可愛らしい。タケルは面白がって、散々リノを責めたてた。
「あんっ、ああんっ。タ、タケル、タケルぅっ……」
「やばい。今の荒木、すげえ可愛い。マジで惚れそう」タケルの口から、ふう、と桃色の吐息が漏れた。
「やだ、そんなに可愛いばっかり言わないで……」
「さっきの仕返しだよ。ほら、パンツ脱いで。股を開いて見せてくれ」
 仰向けに寝転んだリノの両脚から黒の下着を引き抜いて、ぐいっと両脚を開かせる。安っぽい蛍光灯の灯りの中で、リノの陰部が丸見えになった。縮れ毛に覆われたその部分は、タケルにとって未知の世界だ。
「やっぱり濃いな、毛が……触っていいか?」
「ええ、いいわよ」
 優しくね、と付け足されたが、その自信は皆無だった。人差し指を茂みに這わせてさわさわという感触を味わったのち、そっと奥の肉に触れた。初めて見る女の秘所は、やけに生々しいピンクの肉が複雑に絡み合っていて、まるでそれ自体が生き物であるかのような錯覚を覚える。
 人によっては大変に臭いと聞くが、あまりどぎつい悪臭はしない。風呂上がりだからか、それとも元々この程度なのか。男慣れしたリノのことだから、さぞかし女性器も使い込まれているだろうと勝手に推測していたので、少々意外だった。
 指先を少しずつ埋めていくと、湿り気を帯びた肉びらがうねり、きゅっとタケルを包み込んできた。ふと顔を上げると、声を殺して耐えているリノの顔が見えて、無性に興奮した。
「熱い。こんなに濡れるんだ」
「そんなこと言わないで。恥ずかしいじゃない」
 恥ずかしくさせるためにわざと言ってるんだけどな、と口の中でつぶやくタケル。リノの体をもてあそんでいるうちに、自分にサディストの傾向があるのではないかと疑い始めたのだ。もっとも、年頃の健康な少年であれば、同年齢の少女の肉体に興味を示さないわけがない。ある意味、極めて正常な反応といえた。
「荒木、ここなめていいか?」タケルが問うと、リノは首を横に振った。
「駄目よ。そんなところ、汚いわ」
「でも、お前だって俺のをくわえてただろう。しかも飲んでくれたわけだしさ。そのお返しになめさせてくれてもいいじゃないか」
 リノは眉をひそめたが、タケルが舌を伸ばしても逃げようとはしなかった。少年の旺盛な好奇心を止めることは不可能だと知っているのかもしれない。「しょうがないわね」とでも言いたげな表情で、自分の股間に顔を埋めるタケルを熱い視線で見下ろすだけだった。
「ううんっ、タケル……だ、駄目。そんな、犬みたいに」
 こういうときの「駄目」という表現は、「いい」の意味に違いない。タケルはリノの中に鼻を突き出し、彼女の大事な部分を丹念になめ回した。舌のざらりとした刺激がリノを喘がせ、タケルをますます高ぶらせた。指が内部をかき回し、舌が突起をつつき回す。やりたい放題の荒々しいタケルの攻めに、リノは甘い声で泣き喚いた。
「だ、駄目、いけないわ。よその娘さんの体なのに……こんなに気持ちよくなっちゃいけないのに。あんっ、はああんっ。だ、だめ、だめぇっ」
 やがて、リノは脚をぐぐっと丸めて、ひときわ高く鳴いた。切羽詰まった喘ぎ声は、少女が絶頂に達したサインだ。ベッドに倒れこんだ拍子に豊かな乳房がぶるんと跳ねて、タケルの目を楽しませた。
「今の、イったのか……びっくりした」
 自分の愛撫でリノを頂に至らしめたことに、タケルは強い感銘を受けていた。自信を持ったと言ってもいい。不慣れな自分でも彼女を気持ちよくさせてやれたのだと思うと、男として誇らしい気分になった。
 タケルの下半身では、興奮しきって張り詰めた男性器がリノに狙いを定めている。タケルは放心したリノの体にのしかかり、自らのをそっと彼女の入り口にあてがった。これを今から挿入するのだと思うと、もうそれだけで射精してしまいそうだった。
「荒木、入れていいよな? もう俺、我慢できそうにないんだ」
「え、ええ。いいわ、タケル……入れてちょうだい」
 ぼうっと霞んだリノの瞳を見つめながら、ゆっくり腰を突き出していく。雄々しく立ち上がった肉の棒が、彼女の中にずぶずぶと飲み込まれていった。実に卑猥な光景だった。
(俺、荒木とするんだな。こんな頭の軽そうな女で童貞を捨てるのか……)
 意外ではあったが、不思議と不快ではない。今のリノは普段とは別人のように可愛くて、その上、なぜか実の家族のような親しみが持てるからだ。いつものリノだったら、とてもこのような状況にはなっていないと断言できる。今のリノだからこそ抱きたい。心と体を触れ合わせて一つになりたいと思うのだ。
「あ、ああ──タケルのが入ってくる……うっ、くうっ」
 緊張しつつリノの中を進んでいくタケルだったが、途中、強い抵抗に突き当たった。突っ張るような感触にどこか違和感を覚えながらも、下腹に力を込めてそのまま押し込んでいく。途端に、リノが悲鳴をあげ始めた。
「きゃあっ、い、痛いっ! 待って、タケル、痛い……痛いのぉっ!」
「え? 痛いって、どういうことだよ」
 ひょっとして入れる穴を間違えたかと訝しがっていると、リノは硬く歯を食いしばって、いかにも苦しそうにタケルに言った。
「は、初めてみたい……この子、バージンだったのよ」
「ええっ !? な、何だよそれ。あれだけ経験あるとか言っといて……」
 タケルは驚愕した。日頃の派手な外見と軽薄な態度に加えて、今夜タケルに晒した痴態と口ぶりから、間違いなくリノは非処女だと確信していたのだ。それが、まさか男知らずの清い乙女だったなんて。彼女には悪いが、とても信じられなかった。
「ああ、なんてことかしら。私ったら、この子の初めてをこんな形で……ごめんなさい、ごめんなさい……」
 痛みのせいか、リノは焦点の合わない目からぼろぼろ涙をこぼしていた。弱々しくうめきながら苦悶の声を漏らすリノの顔から、タケルは目が離せなかった。彼女のことがとても愛らしく思えたからだ。
「ひいっ !? 待って、タケル。動かないで……痛いのぉ」
 タケルが腰を動かすと、リノは涙を流して懇願した。処女だというのは嘘ではないらしい。リノの全身が強張っていて、タケルが彼女の中を前後するたび、ギシギシときしんでいるのがわかった。凄まじい締めつけに、自分のものが食いちぎられてしまうかとさえ思った。
「そっか、荒木は初めてだったのか。すごく意外だったけど、なんだか安心した」
「え、安心……?」
「俺も初めてだからさ。やっぱり、初めて同士って安心するじゃん」
 タケルはそう言って、リノの中をゆっくりと往復していく。処女の肉が激しく収縮して、ぎゅうぎゅうに締めつけられている。ひどく具合がいい。今にも精を放ってしまいそうだ。
「や、やめて……動かないで。い、いやあっ。痛い、痛いっ」
「ごめん。気持ちよすぎて、じっとしてられない……すぐに終わるから、我慢して」
 初めて味わう女の中は温かくて、タケルをみっちり包み込んでくれる。甘美な味わいだ。リノには悪いが、このまま動かずにじっとしているのは不可能だった。タケルの動きはだんだん激しさを増していき、やがて腰を激しく打ちつけ始めた。一撃ごとにリノの体がびくびく跳ねて、大袈裟なほど痙攣した。
「い、痛いっ、死ぬぅっ! お願いタケル、もうやめてえっ!」
「ごめんな、荒木。ホントごめん……もう終わるから。もう出るからっ」
「は、早く抜いてえっ! ううっ、痛いよお……」
「うう……で、出るっ。荒木、ごめん……」
 リノの奥深くに突き込んだところで腰を止めて、待ち焦がれていた奔流を解き放つ。腰が震えて、小便の何十倍も心地よい解放感が体の中心を貫いた。
 ドクッ、ドクドクドク……ちゅぷんっ。
 タケルの尿道から熱い塊が噴き出して、何者の侵入も許したことがない膣の壁に染み込んでいく。リノの処女地を開拓した瞬間だった。
 タケルは射精の快感にうめきながら、汗ばんだリノの体を抱きしめて離さない。睾丸の中身を全て彼女の中にぶちまけてしまいそうな勢いで、ただひたすら子種を植えつけた。自らの遺伝子がこの少女の胎内に刻み込まれているのだと思うと、ゾクゾクして身震いが止まらなかった。
「ううっ、気持ちいい。搾り取られる……」
「いやあっ、タケルのが中に……中に出てる……」
 リノの悲痛なうめき声が聞こえてくる。タケルが己のものを引き抜くと、ぽっかり穴の開いた彼女の股間から赤いものの混じった白濁液がこぼれ落ちた。リノが彼の女になった証が後から後から溢れてきて、ベッドの上に生々しい染みを描いた。
「ううっ。ごめんなさい、荒木さん。まさか初めてだなんて思わなかったのよ。それを、勝手にバージン奪った挙句に中出しなんて……本当にごめんなさい。私ったら、ほんの軽い気持ちで取り返しのつかないことを……」
 必死で何者かに謝り続けるリノの声が部屋に響く。いったい、誰に謝っているのだろう。今日の彼女には、わからないことが多すぎた。とはいえ、そんなリノだからこそ、タケルは抱いてもいいと思ったのだが。
 タケルはリノを抱えるようにして寝転がって、べとつく体を密着させた。ふくよかな乳房を手のひらで包み込むと、再び牡の興奮が湧き上がってくる。こうなってしまったからには、リノの肉体は上から下まで彼の思うがままだ。解き放たれた欲望と童貞を捨てたことによる自信が合わさって、タケルは得意顔だった。
「ちょっと乱暴になっちゃったけど……荒木、ありがとな。すごい気持ちよかった」
「ううっ、タケル、どうしよう。ううう……」
 泣きながら彼にすがりついてくるリノが可愛い。タケルは優しく彼女を抱いて、頬にキスをしてやった。

 ◇ ◇ ◇ 

 翌朝、タケルが目覚めると、ベッドの中には彼に寄り添うように眠るリノの姿があった。はじめ、なぜリノが隣で寝ているのかわからず混乱したが、ようやく昨日の記憶を取り戻した。
「そっか、俺たち、夕べはあのまま寝ちゃったんだ……」
 タケルは照れた顔でつぶやいた。タケルはあれから二度、三度とリノを抱き、処女を散らしたばかりの彼女の体を好きなだけもてあそんだ。「一度中に出したんだから同じこと」と言って、渋るリノの中に何度も精を注ぎ込んだ。途中からは完全に有頂天になって、精根尽きるまで腰を振っていたような気がする。
 今まで嫌っていたリノとあれほど濃密に肌を重ねたのがまだ信じられないが、こうして触れ合う体の温かみは現実のものだ。朝の光の中に浮かび上がったリノの裸体を見ていると、朝立ちの股間がますます盛り上がってしまい、タケルは慌てて目を背けた。情事のあとの気恥ずかしさが彼の頬を赤くしていた。
「いま何時だ? ああ、まずい。早く病院に行かないと……荒木、起きろ。起きるんだ」
 寝ているリノの体を揺さぶって起こす。リノは目だけは開けたものの、まだ寝ぼけているのか、声に張りがない。
「タケル? どうしたのよ、そんなに慌てて」
「いいから起きてくれ。今から病院に行って、母さんの容態を確かめてこないといけないんだから」
「何を言ってるのよ、私ならここに──って、今は違うんだっけ。ああ、まだ元に戻ってないわ……どうしよう」
 自分の体をぺたぺた触って、困った表情を見せるリノ。彼女の不可解な言動にも慣れてしまったのか、もはや大して気にはならなかった。
「とにかく、早く服を着てくれ。出かける準備をするんだ」
「その前にシャワーを浴びたいわ。それに、シーツも替えておかないと……ねえ、タケル。私たち、本当にこんなことになっちゃったのね」
 夕べのことを思い出したのか、リノは浮かない顔だった。年頃の少女らしく恥じらっているのだろう。タケルはそんな彼女を、大変に可憐だと思った。
「ああ、そうだな……なあ、荒木。やっちまった後で今さら言うのも何だけど、よかったら俺とつき合ってくれないか。お前のこと、大事にするからさ」
 リノの赤い顔をのぞき込んで、勇気を出して言った。この少女を相手にこんな台詞を吐く日が来るとは、今まで考えたこともなかった。だが、こんなことになったからには、やはりきちんと交際を申し込むのが筋だろう。今の彼女となら、つき合ってもうまくやっていける。そんな予感があった。
 ところが、リノは首を縦に振らない。泣きそうな顔でタケルを見つめ返して、声を震わせた。
「駄目。私はタケルの彼女になんてなれない」
「なんでだよ。俺のこと、好きだって言ってくれただろう。だったら──」
「駄目なの。どうしても駄目なの。お願いだから、昨日のことは夢だと思って忘れてちょうだい」
 頑なにタケルを拒もうとするリノ。わけがわからなかった。昨日のリノはあれほど彼に対して好意を見せていたではないか。処女を奪ったのも、決して無理やりのことではない。合意の上で体を重ねたはずだ。納得のいかない話に、タケルはむきになって食い下がった。
「どうしてつき合ってくれないんだ。もしかして、他に男でもいるのか」
「違うわ。そりゃあ、お父さんのことは愛してるけれど……とにかく、今はそれどころじゃないでしょう。早く後片づけをして、病院に行かないと。何が何だかわからないだろうけど、元に戻ったら全部話してあげる。さもないと、信じてくれないだろうから」
 やはり、リノの言っていることが全然理解できない。タケルは不満に思いながらも渋々引き下がり、シャワーを浴びて出かける準備を始めた。リノのことも大事だが、母の容態が心配なのも確かだった。
 リノもタケルと入れ替わりでシャワーを浴びて、昨日着ていた制服にもう一度袖を通した。メイクは最小限にしていたようで、いつもの毒々しいイメージはない。どちらかといえば控えめで大人しい印象を受ける。顔立ちもどこか柔らかくなって、年相応の可愛らしさを感じさせた。学校でもこうだったらなあ、と思ってしまうのも仕方がない。
「さあ、行きましょう。タケルの荷物はこれとこれ……けっこう力持ちだものね。今日は頑張ってもらうわよ」
「へいへい。でもやっぱり、今の荒木はなんか所帯じみてるよなあ……」
 タケルはぶつくさ言いながら、リノと一緒に電車に乗り込んだ。朝の車内はそれなりに混んでいて、二人は荷物を床に置き、車両の隅で縮こまっていた。制服を着たリノの後ろ姿にタケルがちらちら目をやりながら、彼女の体に触りたい、抱きしめたいと淫らな誘惑に駆られていたのは秘密である。実行に移す度胸がなくて幸いだった。下手をすると、痴漢で捕まっていたかもしれない。
 病院に着いた二人は、急いでタケルの両親の病室へと駆け込んだ。まずは父に荷物を渡して、母の容態について訊ねた。
「母さんはまだ眠ってる。やっぱり起きる気配はないんだ、心配だよ」
 母は相変わらず隣のベッドで寝たきりだった。父は不安で表情を曇らせたが、タケルの横にリノが立っているのを認めて大いに驚いていた。
「タケル、そちらの女の子は?」
「ああ、うん。荒木っていう同級生だよ。わざわざ父さんと母さんの見舞いに来てくれたんだ」
「そうか、どうもありがとう。息子がいつも世話になってます」
 父はリノに軽く頭を下げたあと、タケルに向き直って小声で話しかけた。
「で、タケル。この子はお前とつき合ってるのか? 見たところ、だいぶ派手な子のようだが。金髪だし」
「うーん……ちょっと微妙かも。彼女になってほしいとは思ってるんだけどね」
 そんなやり取りが聞こえたのか、リノはにわかに眉をつり上げて不機嫌な表情を浮かべる。
「まったく、あなたは何を言ってるんですか。自分の妻に向かって」
「え? な、何の話だい? うちの母さんなら、そっちで寝てるけども」
「私がその本人ですっ! 事故のショックで、この子に乗り移っちゃったのよ」
 またも意味不明なことを言い出すリノ。いくら何でも、目の前の女子高生が自分の妻だとか母親だとか言われても、タケルたちにとっては、到底、信じられる話ではなかった。困った様子で顔を見合わせる二人をよそに、リノはいまだ目を覚まさない母のベッドの脇に立った。
「ああ、私の体……生きててよかった。本当に……」
 リノは母の頬を撫でて、かすれた声でつぶやいた。
「事故に遭ったとき、まるで夢を見てたような感じだったわ。目の前が真っ暗で何も見えなくて、体の感覚もなくて。ひょっとしたら、このまま死んじゃうんじゃないか……あなたやタケルにもう会えなくなるんじゃないかって思って、すごく怖かった。そしたら目が覚めて、いつの間にかタケルの学校の近くにいたの。びっくりしたわ。だって、自分が別人になっていたんですもの。ちょうどタケルと同じ年頃の女子高生にね」
「あ、荒木、お前……?」
「パニックになって家に帰ったんだけど、鍵がないから入れないの。近所の知り合いは誰も私だと気づいてくれないし、この子の家もわからないし、どうしようかって途方に暮れていたら、タケルに話しかけられて……自分が息子の同級生になってるって知って、私、ひっくり返りそうになったわ。でも、自分の体が生きてるって聞いて、すごく安心した。生きてるのなら、きっと元に戻れる。そう思ったから」
 リノが母の手をとり、祈るような仕草を見せた。真剣な彼女の表情に、タケルも父も息をのんで見入ってしまう。今はリノの邪魔をしてはならないような気がした。
「荒木さん、体を貸してくれてありがとう。それなのに私ったら、勝手にあなたの体でひどいことをしちゃって……本当にごめんなさい。元に戻ったら改めて謝ります。だから、私を元に戻して。私の心をこの体に……」
 母の傍らで「ありがとう」と「ごめんなさい」を呪文のように繰り返していたリノだが、やがて不思議なことが起こった。ずっと意識の戻らなかった母が、突然目を開いたのだ。タケルは驚いて駆け寄った。
「か、母さんっ!」
「う、ここは……?」
 母が意識を取り戻した。タケルの顔は歓喜の色に染まり、この場で飛び上がってしまいそうだった。一時は命の心配さえしていたほどだが、ベッドから身を起こしてきょろきょろと辺りを見回す母は実に元気そうで、とても生死の境をさまよっていたようには見えない。健康そのものだ。
 ひょっとすると、これもリノのおかげだろうか。彼女が触れた途端に母が目を覚ました以上は、何らかの関係があるのだろう。彼女がわざわざ三途の川まで母の魂を迎えに行って、連れ戻してくれたのかとすら思った。昨夜からリノには幾度となく驚かされたが、今回のは極めつけだ。極めつけによいことだった。
 そのリノは、母の手を握ったまま呆然と立ち尽くしている。母が急に目覚めたことに驚いているのか、目を丸くしていた。
「母さん、よかった。体におかしなところはない? 母さんは事故に遭って、今までずっと眠ってたんだよ。俺も父さんも、すっごく心配してたんだ。でも、よかった。荒木のおかげだよ。お前が母さんを元に戻してくれたんだ……本当にありがとう」
 喜びのあまりべらべらと喋り続けるタケル。そんな息子を前に、母が口を開いた。
「あれ。お前、なんでこんなとこにいんの?」
「え? 母さん、いきなり何を言い出すんだよ」
 いつにない母の乱暴な言葉に面食らった。まだ記憶が混乱しているのだろうか。無理もない。強く頭を打っているのだ。目を覚ましたことであるし、看護師を呼んだ方がいいだろう。タケルがナースコールのスイッチに手を伸ばそうとすると、母がタケルを怒鳴りつけた。
「誰がおかんだよ、ボケ! あたしはお前のおかんなんかじゃねーぞ、ふざけんな」
「ど、どうしたの、その口調。まだ頭が痛いの? 看護師さんを呼ぼうか?」
「うっせーな。同じクラスだからって、馴れ馴れしく話しかけんじゃねーよ、バーカ。つうっ、頭いてえ……あたし、どうなっちまったんだ。ケガでもしたのか?」
 母の喋り方が普段とはまるで違うことに、タケルはひどく戸惑った。命に別状はないようだが、いったいどうしてしまったのか。今までとは別の意味で心配になった。
 唖然とするタケルの耳に、リノのつぶやきが聞こえてくる。
「あなた、ひょっとして荒木さん……よね? な、なんで私の体に荒木さんが──ああ、元に戻ってないわ。私、まだ荒木さんのまま……」
「お前、誰? なんであたしと同じ顔してんだ。ひょっとしてギャグ? それともケンカ売ってんのかよ」
「な、なんてこと……私と荒木さんが入れ替わっちゃった。ど、どうしよう……」
 青ざめた顔でぶるぶる震えるリノと、下品な口調で周囲に毒を吐き続ける母。どちらも日頃の態度からは想像もできない姿だった。すっかり変わってしまった二人を前に、タケルは首をかしげるしかない。
「いやあああっ! タケル、お母さんを助けてえっ!」
「うわあっ、何だよこれ! なんであたしがこんなオバンになってんだあっ !?」
「あ、荒木も母さんもどうしたんだ。俺は一体、どうしたら……」
 タケルが全てを理解するのは、まだまだ先の話である。


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