飴とロリータ(前編)


 カチカチ、カチカチ。
 静かな部屋に、シャープペンシルの音が響く。一定の間隔ではなく、まるで遊んでいるかのような、軽快なリズムを刻んでいた。
 カチ、カチカチカチ、カチカチカチ。いつまでたっても鳴りやまない。
「う、うう……」
「どう、難しい?」
 うめき声をあげる凛ちゃんに、努めて優しく問いかける。かなり苦戦しているらしく、手元のノートとテキストを何度も見比べているが、ペンはいっこうに走ろうとしない。ただカチカチ鳴るだけだ。
「うわぁん、こんなのわかんないよぉ……」
 どうやらギブアップらしい。
 しかし、今回はけっこう粘った方だった。解けてないのは相変わらずだが、ゴールに向かって頑張る姿勢は評価したいと思う。
「そっちの例題と同じやり方でいけるよ。数字がちょっと変わっただけさ」
「そ、そんなこと言われても……うう、やっぱりダメぇ。全然、さっぱり、わっかりませぇんっ!」
 ペンを投げ出して、駄々っ子みたいに両手を振り回す凛ちゃん。来年には中学生になるはずだが、随分と小柄で幼く見える。肩の辺りで切り揃えられたボブカットの黒髪が、あどけない顔立ちによく似合っていた。
 こんな可愛らしい子が俺の妹だったらなあと思ったことは、一度や二度ではない。といっても、俺にロリコンのケはないので、あらぬ誤解をしないように。あくまで純粋な庇護欲だ。
「じゃあ、一緒に解いてみようか。いいかい?」
「はーいっ!」
 こくんとうなずく凛ちゃんに、できるだけゆっくり、丁寧に解き方を説明する。同じ解説をもう三回は繰り返している気はするが、これくらいでいちいち音をあげていては、小学生の家庭教師は勤まらない。生徒が理解してくれるまで、あらゆる手を尽くして指導に励むのが俺の使命である。
 ところどころ質問を交えた俺の話に、凛ちゃんは真剣な顔で聞き入っていた。やる気は充分にあるから、何とか成績を伸ばしてやりたい。図や数式をかく俺の手にも、自然と力が入る。
 解説を終えて、もう一度演習問題をやってもらおうとしたとき、後ろから穏やかな女性の声が聞こえてきた。
「先生、ちょっとよろしいですか? お茶をお持ちしましたけれど……」
 振り向くと、ドアのところにお盆を抱えた聖子さんが立っていた。
 壁にかかった時計を見ると、いつの間にか結構な時間がたってしまっている。そろそろ休憩してもいい頃だ。礼を言ってお盆を受け取る。
「それじゃあ凛ちゃん、休憩しようか」
「やったぁ!」
 凛ちゃんは飛び上がって喜び、皿の上のシュークリームに手を伸ばした。
「駄目よ、凛。食べる前に手を洗ってきなさい」聖子さんが、すかさずそれをたしなめる。
「ええっ、めんどくさーい」
「めんどくさいじゃありません! ちゃんと洗ってきなさい!」
「はーい……」
 厳しく叱られ、凛ちゃんはしぶしぶ洗面所に駆けていった。
「はあ……すみません。しつけがなってなくて……あ、おしぼりをどうぞ」
「いや、元気でいいじゃないですか」
 俺の言葉に聖子さんはゆっくり首を振って、脇にあるベッドに腰を下ろした。落ち着いた色のブラウスとフレアスカートの組み合わせがとても清楚で、よく似合っている。長い黒髪をゆるく編んで、肩に垂らしているのも上品だ。大変に綺麗な方なのだが、今は少々疲れているように見えた。気苦労が多いのだろうか。
「本当にお恥ずかしい……あの子はいつも不真面目で、きちんと勉強するのは先生がいらっしゃるときだけなんです。あんなに緊張感がなくて、来年、志望校に合格できるのか、心配で心配で……」
「大丈夫ですよ。凛ちゃんはとてもいい子で、勉強にも熱心に取り組んでくれてますから」
 確かに、凛ちゃんの成績はお世辞にもいいとは言えなかった。母親として不安になるのももっともだが、周囲がむやみに浮き足だっていてもしょうがない。俺がそう述べると、聖子さんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「どうか、凛をよろしくお願いします。塾も通信教育もまったく駄目で、もう先生しか頼れる方がいないんです。何とかあの子を一人前にしないと、私、死んだ主人になんて言えばいいか……」
「わかりました。できる限りのことは致します」
 神妙な顔でうなずく俺。気分はさながら手術前の執刀医だが、ここまで頼み込まれては、「すいません、やっぱり無理です」なんて言えない。紅茶のカップを口に運んで、決意を新たにする。
「本当にありがとうございます。あの子、はじめは家庭教師の方に来ていただくの、すごく嫌がってたんです。でも実際に教わって、先生のことがすっかり気に入ったみたいで……」
 聖子さんは両手を組んで微笑んだ。
 こうして見ると、やはり凛ちゃんのお母さんだ。よく似ている。実年齢より若く見えるところも同じで、あんなに大きな娘さんがいるようには見えなかった。本来ならば、「凛ちゃんのお母さま」と呼ばなくてはならないところを、ついつい心の中で聖子さんと呼んでしまうのは、そういった理由からである。もちろん本人に直接言わないよう、気をつけてはいるが。
「ただいまーっ! ちゃんと手、洗ってきたよ! えへへっ、シュークリームシュークリーム……」
 凛ちゃんが戻ってきて、いそいそとシュークリームにかぶりついた。よっぽど慌ててたんだろう。はみ出たクリームがぽとりと床に落ちて、俺は思わず笑ってしまった。
 聖子さんも笑っていたが、こちらは苦笑に近い。凛ちゃんにティッシュを手渡して、恥ずかしそうに頬を赤くしていた。
 そのあとは凛ちゃんの志望校や、塾の学習進度の話になった。まだ受験までは数ヶ月あるが、凛ちゃんの成績のことを考えると、あまり時間の余裕はない。
 やたらと不安がる聖子さんと、それを慰める俺と、何も考えてない様子の凛ちゃん。態度は三者三様だが、会話の内容はいつも同じようなものだった。進路の相談というより、聖子さんの精神安定を目的としたカウンセリングに近い。たまにうんざりさせられることもあるが、こんなに若くて美人のお母様に頼られてるんだから、愚痴ぐらい聞いて差し上げるのが男の務めというものだろう。
「あら、もうこんな時間……遅くまで引き止めてしまって、申し訳ありませんでした」
 ようやく聖子さんの話が終わり、俺は二人に見送られて辞去することになった。
「じゃあ、今日はこれで。また来週うかがいます」
「先生、またね! バイバーイっ!」
「またね、凛ちゃん。さようなら」
 凛ちゃんは満面の笑みを浮かべ、手を振ってくる。やっぱり可愛い。
「すいません、この子を俺の妹にくれませんか」と言いたくなるのをどうにかこらえて、俺は二人に別れを告げた。
 マンションを出ると、もう空は暗くなっていた。
 すっかり遅くなってしまったが、俺んちはここからそう遠くない。自転車を十分もこげば着いてしまう距離だ。電車で三十分かけて教えに行ってる他の生徒のことを思えば、本当に近くていい。
 仕事を終えた充実感を胸に、馴染みの弁当屋で晩飯を買って帰った。ひとり暮らしの学生の身分では、どうしても毎日、同じような食事になってしまう。たまには実家の塩っ辛い味噌汁が飲みたいものだ。今度の連休にでも、ちょっくら顔を出してこようか。
 家族もいない自宅に戻り、本日のニュースをパソコンでチェックしながらトンカツ弁当をかっこんでいると、俺あての宅配物が届いた。綺麗な包装が施された小さい箱だ。はて、中元や歳暮の時期ではないが、いったい何だろう。
「なんだ、これ。ドロップか?」
 破るのが惜しくなるほどカラフルで美しい包み紙の中から現れたのは、四角いお菓子の缶だった。
 ふたを開けると、赤と黄色の粒々がぎっしり詰まっている。試しに一つ口に入れてみたところ、甘酸っぱいレモンの味が広がった。
 そういえば子供の頃、よくおふくろが近所の駄菓子屋で飴玉やキャラメルを買ってくれたっけ。懐かしい記憶を思い起こして、ドロップをがりりと噛み砕く。歯にくっついてしまうのが難点ではある。
 黄色はレモン、赤いのはイチゴ味のようだ。二種類だけで他の色はない。お菓子なんだからもっとバリエーションがあってもいいと思うのだが、妙な話だ。
 そこでようやく、缶の中に紙のカードが入ってるのに気がついた。
 その文面によると、これはお菓子メーカーが開発中の新商品らしい。感想を送ってくれとかどうでもいいことが細かい字で長々と書いてあったが、そんな面倒くさいことをするつもりは毛頭なかった。
「しかし、なかなか美味いな。クセになりそうだ」
 今度はイチゴ味のをなめてみたが、これは甘みが強すぎてちょっときつい。しかもこの量だ。とてもひとりでは食いきれそうになかった。かといって捨ててしまうのももったいない。さあ、どうしたものか。
 そこまで考えて、ふと凛ちゃんのことが頭をよぎった。
 そうだ、凛ちゃん。あの子は甘いものが大好きだし、おすそわけしてみようか。ただの思いつきだが、なかなかいいアイディアのように思えた。
 よし、次に会うときに、このドロップを持っていってやろう。きっと凛ちゃん、喜ぶぞ。あの子の嬉しそうな笑顔を想像すると、とても晴れやかな気分になった。

 ◇ ◇ ◇ 

 数日後、指導のために凛ちゃんの家を訪れた俺は、勉強が一区切りついたところであの缶を取り出した。
 中身のドロップを手に取って、珍しそうにしげしげと眺める凛ちゃん。まるで宝石でも見てるみたいだ。
「先生、これ、どうしたの?」
「もらい物でね。凛ちゃんと一緒に食べようと思って」
 凛ちゃんはにこにこ顔で大喜び。今どき珍しいくらい純真だ。いやあ、可愛いなあ。自然と俺の目が細くなった。
「赤いのはイチゴ味で、黄色いのはレモン味。いっぱいあるから、好きなだけ食べてよ」
「ありがとー! あたし、イチゴ大好きなの。わあっ、甘くておいしい!」
 思った通り、気に入ってくれたらしい。
 甘みたっぷりの赤いドロップを、凛ちゃんは美味しそうに頬張っていた。
「ねえ、先生も食べようよー」
「はいはい。じゃあ、俺はこっちの黄色い方をいただきます」
 口の中でドロップを転がして、ボリボリ、ボリボリ。うん、美味い。やっぱり俺はレモン味の方がいいな。この酸味がたまらない──
 そのとき、異変が起きた。
「あれ? 甘い……」
 俺はにわかに顔をしかめた。いつの間にか、自分の口の中がレモンではなく、イチゴ味に染まっていたのだ。
 やっぱり甘い。甘いのだが、先日のように甘すぎて気分が悪くなるようなことはなかった。それどころか、ほどよい甘みでとても美味い。
 あれ、おかしいなあ。こないだ食ったときは甘すぎて、とても食えたもんじゃなかったんだが。
「あれえ? 酸っぱくなっちゃった。変なのぉ……」
 すぐ隣から聞こえた男の声に、ビクっとした。この部屋には、俺と凛ちゃんしかいないはず。いったい誰だ。横を向いた俺は、かん高い悲鳴をあげて飛び上がる羽目になった。
「うわぁっ! だ、誰だお前っ !?」
 そこにいたのは、やけに見覚えのある男だった。
 いや、この言い方だと語弊がある。見覚えがあるどころじゃなかった。なぜなら、そいつの外見は、長年慣れ親しんだ俺自身のものだったから。
「あれ。あなただれ? あたしにそっくり。でもちっちゃいねー」
「え、俺──な、なんだっ !? 一体どうなってるんだ、これはっ !?」
 愕然とした。
 見下ろした自分の姿が、まるで別物と言っていいほどに変貌してしまっていたんだ。
 今、俺が着ているのは、いつものよれよれTシャツとぼろぼろのジーンズではない。どういうわけか、アニメのキャラクターがプリントされた可愛らしい長袖シャツと、フリフリの黒いミニスカートという出で立ちになっていた。明らかに大の男が身につけるものじゃない。子供用の、それも女の子が着る服だ。
 成人男性として平均的な体格の俺が、こんな服を着れるはずがないのに、なぜかサイズはぴったりだった。
 まさか、体が縮んでしまったんだろうか。嘘みたいな話だが、そうとしか思えなかった。腰や腕はこんなに細くなってしまっているし、スカートの裾から伸びる脚も、まるで子供みたいにきゃしゃだ。
「ど、どうなってるんだ。いったい俺は……」
 声さえも、自分のものとはまるで違う。女の子のような高い声音だ。しかし、この声……聞き覚えがある。
「まさか、ひょっとして──」
 頭をよぎる言葉を必死で否定しながら、部屋を飛び出して洗面所に向かった。視点が低くなったからか、周りのものが今までよりも大きく見える。壁にかかった鏡も、以前見たときと比べてかなり高い位置にあった。
 自分の想像が間違っていることを心底願いつつ、おそるおそる鏡をのぞき込む。思わず声が漏れた。
「り、凛ちゃんっ !?」
 鏡の中にはあどけない顔の少女がいて、泣きそうな表情でこちらを見つめ返していたんだ。


 俺の生徒で小学六年生の女の子、横山凛。それが今の自分の名前であることが、どうしても信じられなかった。だが夢でも幻でもない。ありのままの現実だ。
「そんな……なんで俺が、凛ちゃんになってるんだ」
 鏡を見ながら途方に暮れていると、「俺」がやってきた。
 顔といい服装といい、やはり、どこから見ても俺そのものだった。自分が小学生になってるからか、やたらと威圧感がある。俺、凛ちゃんからはこんな風に見えてたのか……意外な発見だった。
「あれ、先生が映ってる? おっかしいなー。これ、鏡じゃないの?」
「俺」は鏡を見ながら、自分の顔をいかにも不思議そうに、ぺたぺた触っていた。
 普段の俺とはまったく異なる、やけに子供っぽい仕草。「あたし」という一人称と舌たらずな口調。まさかとは思いながらも、俺の理性はこの状況から導き出される結論を、なかなか認めようとしなかった。
「凛ちゃん……君、凛ちゃんなのか?」
「うん、そうだよ。あなたはだーれ?」
 この返答、やっぱり思った通りだ。間違いない。俺と凛ちゃん、中身が入れ替わってる。にわかには信じがたい話だが、それ以外に説明がつかなかった。
 しかし、一体どうして。なんで俺たち、入れ替わっちまったんだ。どうすれば元に戻れる?
 考えれば考えるほど、頭の中がこんがらがる。
「先生、どうかなさいましたか?」
 騒ぎを聞きつけて、聖子さんが様子を見にきた。
 マズい。非常にマズい。俺と凛ちゃんが入れ替わってしまったなんて知ったら、ただでさえ心配性の聖子さんのことだ、この場で卒倒してしまうかもしれない。ここは何とか誤魔化さなくては。
「あ、ママ、あたしねぇ──」
「な、何でもないのっ! ちょっと手を洗ってただけだから! あは、あははっ! ほら先生、戻ってお勉強の続きしよーっ!」
 いまだ事態をよくわかってない凛ちゃんの台詞を遮って、急いで部屋に引っ張っていく。
 俺たちの不自然な態度に聖子さんは首をかしげていたが、幸いにも追求されるようなことはなかった。
「いい? 凛ちゃん、よく聞いて。俺は君の格好をしてるけど、君の家庭教師の松本なんだ」
 部屋に戻ると、俺は自分の姿をした凛ちゃんに、囁くように言った。聖子さんに聞かれてはマズいので、あまり大きな声は出せない。勉強してるフリをしながら、小声で会話しなければならなかった。
「え、松本先生? 先生、あたしに変身しちゃったの? すごーいっ!」
「しーっ、静かにして。いいかい。こんな話、信じられないだろうけど、落ち着いて聞いて。実は今、俺と凛ちゃんの体が入れ替わってるんだ。だから、今は俺が凛ちゃんで、君が先生ってわけ。わかる?」
「うん、わかるよー。こないだ見たアニメで、こういう話やってたもん。二人が入れ替わっちゃうやつ」
 素直にうなずく凛ちゃん。子供だからか、こんな現実離れした出来事でも、すんなりと受け入れてしまうようだ。話が早くてありがたい。
 しかし、俺の顔でへらへら笑ってるのが違和感バリバリで、とても気味が悪かった。まあ、中身は小学生の女の子だから、しょうがない。
「わかってくれて助かるよ。まだ原因はわからないけど、絶対に元に戻してあげるからね。心配しないで」
「はーい、わかりました。えへへ、でも不思議だねー。あたしとあたしが話してるんだもん。すごーい」
「そうだね、不思議だね」
 俺は凛ちゃんにうなずき返し、小さくため息をついた。不思議も不思議、不思議すぎてやってられない。どんなに凛ちゃんが可愛くても、俺自身がその凛ちゃんになってしまうなんてゴメンだった。凛ちゃんの方も、いきなりむさ苦しい男の体になってしまって、さぞかし困ってることだろう。早く元に戻してやらねば。
 そのためには、まず、こうなってしまった原因を突き止める必要があった。理由もなく互いの人格が入れ替わるなんてありえない(理由があっても、正直ありえんと思うが)。何らかの原因があるはずなのだ。それはいったい何なのか。
 冷静に現状を分析した結果、俺は一つの結論にたどり着いた。
「ひょっとして、このドロップのせいか……?」
 机の上に置かれていた缶を開け、説明書代わりのカードを取り出す。この間はろくに目を通さずに放置してしまったが、もう一回よく読んでみると、こんなことが書いてあった。
「ドロップは二種類あり、複数の方がそれぞれ違う味のドロップを食べることで、人格を一時的に交換することができます。効き目は個人差があるため多少前後しますが、二十四時間を目安にして下さい。人格を交換した後、ドロップをもう一度食べることで、効き目を延長することが可能です。くれぐれも食べすぎにはご注意下さい……」
 小さく声に出して読みながら、俺は軽いパニックに陥っていた。
 何だこれは。どこの誰だ、こんな奇怪な飴玉をひとに送りつけてきやがった馬鹿は。食べたら人格が入れ替わるドロップだって? マンガじゃあるまいし、こんな超常現象がそう簡単に起きてたまるか。責任者出てこい。今すぐ俺と凛ちゃんを元に戻せ。
 しかし、いくら俺が憤慨しようと、俺たちの体が元に戻る気配はまったくなかった。
 このカードの説明によれば、一度入れ替わってしまうと、丸一日はこのまんまだという。再度ドロップをなめても元には戻れず、逆に入れ替わる時間が長引いてしまうらしい。なんと迷惑なことか。俺はがっくりとうなだれるしかなかった。
「先生、どうしたの? 元気出してよ」
 わからないなりに俺を励ましてくれる凛ちゃんにも、本当に悪いことをしてしまったと思う。俺の不注意でこんなことになってしまったんだから、悔やんでも悔やみきれなかった。
 暗い顔で謝ると、凛ちゃんは不思議そうに俺を見つめた。
「なんで謝るの? これ、楽しいよー。背は高いし、声は低いし、先生になるのって、すっごく面白い」
「うん、そう言ってくれるのはありがたいけど……本当にゴメン、凛ちゃん。明日まで、俺の体で我慢してくれる?」
「うん、いいよ。へーきへーき」
 俺と違って、凛ちゃんはこの状況を純粋に楽しんでいるようだった。好奇心旺盛な子供ならではの反応だが、その一方で、子供はとても繊細でもある。二十四時間もの間、慣れない男の体でいることに耐えられるだろうか。とても心配だった。
 しかし、とにかく入れ替わってしまった以上は、元に戻るまで俺は凛ちゃんとして、凛ちゃんは俺として過ごさなくてはならない。
 俺はここから自宅までの道順を紙に書いて、凛ちゃんに説明した。ポケットに自転車と家の鍵が入ってることや、普段、飯や風呂はどうしているか、着替えがどこにあるか、などなど。俺の生活を送るにあたり、とりあえず必要となる知識をできるだけ書き加えておいた。
「凛、そろそろ時間よ。あまり遅くなると、先生にご迷惑じゃない」と、隣室から聖子さんが急かしてくる中、どうにか書き終えた紙を凛ちゃんのポケットにねじ込み、玄関まで見送りに行く。
「じゃあ、いってきまーす……じゃない。さようならー」
「せ、先生、ありがとうございました。また来てね」
 いつも見送られる立場の俺が、今は送り出す側にいる。それがたまらなく不安だった。
 凛ちゃんがこのまま出て行ってしまうと、もう俺たち、二度と元には戻れなくなるんじゃないか──そんなことまで考えた。
「先生、お疲れ様でした。またよろしくお願いします」
 丁寧に頭を下げて、自分の娘を見送る聖子さん。
 何も知らないこの人が気の毒ではあったが、今の俺に聖子さんを気遣う余裕はなかった。ドアが閉まって二人きりになると、本当に取り残された気がした。
「さあ、ご飯にしましょう。凛、手を洗ってきなさい」
「はい……」
 浮かない表情でうなずく俺に、聖子さんは一瞬、怪訝な顔になったが、まさか俺が凛ちゃんと入れ替わっているなんて気づくわけがない。そのまま俺を置いて、キッチンへと引っ込んでいった。
「はあ、なんでこんなことに……」
 肩を落として嘆息する。愚痴っても事態が好転するわけではないが、とにかく今は、誰かに文句を言ってやりたい気分だった。

 ◇ ◇ ◇ 

 こうして、俺は凛ちゃんと体が入れ替わってしまった。たった一日だけとはいえ、バレないようにあの子に成りすまさなくてはならない。本当に大変だ。
 何せ、頭の中身は立派な大人の男でも、身体は正真正銘、可憐な小六の女の子なんだ。顔や体格、髪型に服装、そして声までもが、元の自分とまるで違う。特に男女の性差を嫌でも意識させられる場面には、つくづく参った。
 最初の難関は、夕食の直後だった。
 聖子さんが作ってくれた美味しい晩飯をありがたくいただいたあと──シチューに入ってた人参とブロッコリーを娘が残さず食べたことに、聖子さんは少なからず驚いていたが──唐突に、下腹のあたりが引きつるように疼いた。それがいったい何なのか、俺にも容易に理解できた。凛ちゃんの体がトイレに行きたがっているんだ。
 いくら凛ちゃんが天使のごとく愛くるしい少女であっても、やはり人間であるからには食うものは食わないといけないし、食べたものは便として排泄する必要がある。女は男と比べて便秘になりやすいと聞くが、凛ちゃんの腸はサボらず真面目に働いているようだ。早くトイレに行けというシグナルを、盛んに俺に伝えてくる。健康で実に結構なことなのだが、今は素直に喜べなかった。
「これって、俺がトイレに行くんだよな……凛ちゃんの体で」
 年頃の女の子にとって、トイレで用を足している自分の姿を男に見られるなんて、言語道断だろう。着替えや裸をのぞかれるよりもひどい。完全に変態さんの領域だ。家族ならとにかく、赤の他人でしかない俺が、そんなことをしていいはずがない。
 しかし、だからといって、元に戻るまで丸一日もの間、ずっとトイレを我慢し続けるのも不可能だった。結局はするしかないのである。
 諦めてトイレに入り、スカートとパンツを下ろして便座に腰かけた。気休めに、下が見えないよう目を閉じる。ぐっと奥歯を噛んで気張ると、いやになま温かい液体が、俺の股間からちょろちょろとこぼれ落ちていった。
「うう──な、なんか変な感じ……」
 あるべきものがないからか、やたらと不安になる。出すというより、漏れていくという表現が近いだろうか。自分の股間が一面、しとどに濡れてしまうかのような錯覚に背筋が震えた。
 途中からもう一つ、別の感触が加わった。後ろの穴から硬い棒状の塊がゆっくりとひり出され、重力に引かれて落ちていく。これは男のときとそんなに変わらないが、便が水に落ちた際、雫が跳ねて尻を濡らしてしまった。
「うあっ、冷てえ。くそ、拭かねーと……」
 いつもと比較にならないほど丁寧に、尻と股間を紙で拭く。何度も何度も、撫でるように優しく拭いた。凛ちゃんの汚いところを俺が触ってるんだと思うと、ドキドキした。
 頭から湯気を立てて、やっとの思いでトイレから出てくると、聖子さんから風呂に入るように言われた。
「ええっ、風呂ぉ !?」
「ええっ、じゃありません。早く入ってきなさい」
 当然のことながら、事情を全然知らない聖子さんは、俺のことを自分の愛娘だと信じて疑っていない。有無を言わせぬ聖子さんの口調に、俺は黙ってうなずくしかなかった。
「今度は風呂か。はあ……覚悟はしてたけど、やっぱりきついなあ」
 浴室の前で着てるものを一枚ずつ脱いで、カゴの中に入れていく。シャツ、スカート、肌着、ソックス……ブラジャーはまだつけていない。
 普段の俺なら脱衣場で裸になることに何の抵抗も感じないが、今はとても心細かった。
 風呂場に足を踏み入れると、浴槽の反対側に大きな鏡があった。俺の全身を余すことなく映し出している。ボブカットの黒髪が可愛らしい、小柄で細身の女の子。それが今の俺の姿だ。
「俺、ホントに凛ちゃんになっちまってるんだな……」
 しばらくその場で立ち尽くし、鏡の中の凛ちゃんと視線を合わせた。俺がニコっと微笑むと、目の前の凛ちゃんも同じように笑う。可愛いポーズをとると、凛ちゃんも同じポーズを見せてくれる。けっこう楽しい。今度はタオルで肌を隠すようにして体を抱え込み、気弱な顔を作ってみた。
「やだ、先生。そんなにジロジロ見ないでよぉ……」
 ついついやってしまった一人芝居。凛ちゃんには悪いが、まあ、これくらいは大目に見てもらおう。鏡の中で俺の思うがままに動く凛ちゃんの姿には、普段とはひと味違う魅力があった。
 遊ぶのをやめ、椅子に座って頭を洗う。凛ちゃんの髪はとても繊細で柔らかく、俺のとは手触りがまったく違った。女の子の中では比較的短い部類に入るだろうが、それでも俺の髪よりはだいぶ長い。凛ちゃんがロングヘアーでなくてよかった。背中まで伸びた髪をきちんと洗って乾かしたり、丁寧に結んでリボンをつけたりするのを考えると、風呂に入る気が失せてしまいそうだ。聖子さんのような長髪の女性は、普段どうやって手入れしているんだろう。後で聞いてみたくなった。
 無事に髪を洗い終わって、いよいよ体を洗う番だ。スポンジにボディソープをたっぷりつけて、まずは左腕を軽くこする。白い肌がみずみずしい。二の腕のあたりに触れると、子供らしくぷにぷにして柔らかかった。
 改めて、自分の体を見下ろした。体毛はほとんどない。つるつるの脇にスポンジを押し当て、ごしごし泡を塗りたくる。かすかに膨らんだ乳房の先端に、可愛らしい桜色のつぼみがあった。
「凛ちゃんの胸……小さいけど、やっぱり女の子だな」
 そうつぶやく声も自分のではなく、凛ちゃんの。スポンジで胸をこするのは何となく抵抗があったため、手で直接洗うことにした。
 ボディソープを手に取って泡立て、そっと撫でる。見た目よりも弾力があるようで、むにむにと心地よい感触が伝わってきた。
 手のひらを動かして、円を描くように泡を塗る。自分の手なのに、妙にくすぐったい。先端の突起を二本の指で挟み込んでゆっくりこすると、「うわっ」と変な声が漏れてしまった。
 肌を洗うという、ごくありふれた日常の行為。しかし、俺の手つきは少しずつ、その範囲を逸脱しつつあった。
「な、なんだ、この感じ。ひょっとして、気持ちいいのか?」
 もうここは充分に洗ったというのに、手が止まらない。
 駄目だ、こんなことをしちゃいけないんだ。理性は必死で制止するが、俺の手はまるで何かに操られてるかのように、ひたすら乳房を刺激した。体がだんだん熱を帯びていった。
 凛ちゃんの幼い体が感じている。まだ下の毛もろくに生えていないというのに、この体は既に女としての機能を備えているんだ。鈍く緩慢な手淫の刺激に、俺の息が荒くなった。
「ううっ、ううん……だ、駄目だ。駄目なのに……」
 駄目なのに、ひどく気持ちがいい。俺は女の体がもたらす快楽に溺れはじめていた。乳房を揉みしだいて、硬くなった乳首をコリコリするのがたまらない。クセになる。俺の手はさらなる快感を求めて、勝手に下へとおりていった。
 細い指が腹を伝い、股間に伸びる。先ほどトイレで拭いたときは必死で見ないようにしていたが、今はまじまじと凝視してしまう。
 開いた脚の内側に、細い一筋の割れ目があった。凛ちゃんの女の子の部分だ。
「これが、凛ちゃんの……」
 声が震える。凛ちゃんの一番恥ずかしいところを、俺がのぞき込んでいるんだ。色は薄くて、とても整った形をしていた。当然ながらつるつるだ。おそるおそる触ってみると、熱いものが頭の中を突き抜けた。
「うわっ! び、びっくりした。女の子って、こんな感じなのか」
 子供っぽい凛ちゃんのことだ。おそらく、まだ自慰も知らないはず。普段、トイレ以外でここを触ることなどないだろう。未開発の女性器がいきなり、とろけるような快感を生み出すわけはないが、男の俺にとっては、この感覚は充分に新鮮で刺激的だった。
 割れ目をそうっと指で広げると、薄いビラビラが恥ずかしそうに姿を見せた。奥は非常に狭そうだ。男のものなんか入れたら、壊れてしまうかもしれない。
 ためしに指を当ててみると、妙に粘り気のある汁が絡みついてきて、くちゅりと小さな音をたてた。
「濡れてる……」
 衝撃だった。
 別に凛ちゃんの体が喜んでるわけじゃない。刺激に反応して、性器が傷つかないように体液を分泌しただけ。いわば、ただの生理現象に過ぎない。
 それでも、凛ちゃんのアソコが濡れはじめていることに、俺は動揺せずにはいられなかった。
 ふと顔をあげて鏡を見ると、何とも淫らな場景が目に飛び込んできた。
 濡れた髪を頬に張りつけた少女が、素裸で股を開き、興味津々の表情で自分の性器をいじくっていた。頬は真っ赤に染まり、呼吸も荒い。日ごろの無邪気な凛ちゃんからは想像もできない痴態だった。
 これが俺。風呂でこっそりひとりエッチにふける小さな女の子、横山凛。
 凛ちゃんと入れ替わったことを意識すればするほど、倒錯した興奮に理性が蝕まれる。マズい。このままじゃ、おかしくなってしまいそうだ。
「だ、駄目だ。こんなのいけない……いけないのに。ううっ、凛ちゃん、ゴメンっ」
 沸き上がる肉欲が、俺を捕らえて放さない。俺は欲望の赴くままに、ひたすら乳房と股間を愛撫した。
 割れ目をくちゅくちゅかき回すと、その上にある小さな突起がわずかに硬くなった気がした。豆粒みたいに小さいが、ここは女の子が一番感じる場所だという。未知の感覚に対する恐怖はあったが、触ってみたいという好奇心には勝てなかった。覚悟を決めて、つまむように突起に触れた。
「うおお──や、やべえっ」
 電流が俺の体内を駆け巡り、とっさに手を引っ込めた。
 ちょっと触っただけだが、確かにこの感覚はすごい。痛みとは少し違う。まるで神経の束に直接触れているかのような、鋭い触覚だ。慣れてきたら、きっとこれが気持ちよく感じるのだろう。性感の塊という表現も納得がいった。
 凛ちゃんの綺麗な身体を、俺の心が汚している。申し訳ないという思いはあったが、俺の指は貪欲に快楽を求めてやまない。俺はうめき声をあげて、女の肉体に溺れていった。どんどん自分が高ぶって、ハイになっていくのがわかった。
 このままだと、凛ちゃんの体でイってしまう。俺は凛ちゃんじゃないのに、凛ちゃんの体で達してしまう。俺は「ひい、ひいっ」と鳴きながら、恐怖と期待に震えていた。気持ちいいけど、怖い。自分が自分でなくなってしまうような気がした。
 誰か、止めてくれ──そんな願いが天に届いたのかはわからないが、終わりは突然やってきた。
「……凛、どうしたの? 今日はやけに長いじゃない」
 唐突に聞こえてきた聖子さんの声に、俺は一気に現実に引き戻された。
 浴室のドアを隔てた向こう側に、聖子さんの気配がする。いつまでたっても風呂から出てこない娘を不審に思ったんだろう。俺はその場で飛び上がり、慌てて言いつくろった。
「ご、ごめん。なんか、お湯が気持ちよくって……」
「そう。それならいいけど、のぼせないように気をつけるのよ」
 そう言い残して、去っていく聖子さん。どうやら、俺のあえぎ声は聞こえなかったようだ。多少は怪しまれたものの、まさかそれだけで俺の正体に気づくはずもない。
 ふう、と息を大きく吐いて、汚れた体を洗い直した。まだ全身が火照っていたものの、もう続きをしようとは思わなかった。
 冷静になってみると、なぜあんなことをしてしまったのかという自責の念が、今さら湧き上がってきた。あんなに純真な凛ちゃんの体を、欲望に任せて汚してしまった。凛ちゃんは俺を信用して自分の体を貸してくれたというのに、俺はそれを裏切ったんだ。本当に後ろめたかった。

 体を拭いてパジャマを着ると、聖子さんが俺と交代で風呂に入った。
 この隙に、俺は自分の携帯に電話をかけた。凛ちゃんは携帯を持ってないから、こっちからあの子に連絡をとるのは楽じゃない。あの携帯を置いてってもらえばよかったと後悔した。
「あれ? あなた、誰──って、先生か。どうしたの?」
 受話器から聞こえてくるのは、「俺」の野太い声だ。いい歳した男が幼い女の子の口調で喋るのは、かなり気持ち悪かったが、今はそれどころじゃなかった。
「凛ちゃん、そっちはどう? ちゃんとご飯は食べた?」
「うん、お弁当とかお菓子とか買って食べたよ。おいしかったー」
 やけに楽しそうに答える凛ちゃん。俺が聖子さんの手料理に舌つづみを打つあいだ、凛ちゃんは俺の部屋でひとり寂しく、粗末な飯を食べていたのだ。仕方のないこととはいえ、罪悪感で胸がいっぱいになる。その上、こっちは風呂で凛ちゃんの体を勝手にもてあそんでいたわけだから、なおさら心が痛んだ。
「そう、何か困ってることはない?」
「ううん、大丈夫。あ、でもテレビがないから退屈かも」
 そういえば、普段テレビはパソコンで見てるんだった。凛ちゃんはパソコンなんて使えるんだろうか。ちょっと不安だが、まあいいだろう。凛ちゃんにパソコンのつけ方と携帯ゲーム機の置き場所を手短に教えて、明日はできるだけ外出しないよう言い聞かせた。バイトは無いし、大学など多少休んでも構わない。下手に俺の姿で外をうろつかれては、トラブルになる可能性もある。だから、家でじっとしててもらわないといけない。
「俺以外からの電話やメールは、全部無視してね。わかった?」
「はーい、わかりましたー」
 凛ちゃんは電話の向こうで、元気よくうなずいた。もっと落ち込んでるかと思ったが、いつも通りの明るさで本当に助かる。俺は心の底からお礼を言った。
「ありがとう。どうしても聞きたいことがあったら、電話してくれていいからね。じゃあ、おやすみ」
「あ、待って、先生。明日は学校、どうするの?」
 その質問の意味を俺が理解したのは、五つほど数えてからだった。
「ああ、学校って、凛ちゃんが通ってる小学校のこと? うーん……俺に凛ちゃんの代わりはできそうにないから、明日は仮病でも使って休もうと思ってるんだけど、いいかな」
「そんなのダメっ! あたし、一年生のときからずっと、学校休んだことないんだもん。ちゃんと行って下さーいっ!」
 出席に強いこだわりを見せる凛ちゃん。皆勤賞とは驚きだが、はたして俺に凛ちゃんの代わりが務まるんだろうか。凛ちゃんの友達の顔とか名前、全然知らないからなあ。考えるだけでゲンナリしてしまう。
 そのとき、浴室の戸が開く音が聞こえてきた。聖子さんが風呂から出てきたらしい。もうタイムリミットだ。
「わ、わかったよ。ちゃんと君の代わりに学校行ってくるから、心配しないで。じゃあね」
 凛ちゃんを安心させるため、そう言って電話を切った。あの子に嘘はつきたくないから、これで明日は学校を休めなくなった。つまり、俺が凛ちゃんとして小学校に行くんだ。部屋の隅に置いてある赤いランドセルを見るだけで、気が滅入ってしまいそうだった。
「凛、どうかしたの?」
 困り果てていると、聖子さんが話しかけてきた。
 風呂あがりの彼女は、ゆったりしたバスローブを身にまとっていた。編んでいた髪は解かれて、背中と肩にしっとりと垂れ下がっている。
 こうして眺めると、とても肉感的な体をしてるのがよくわかった。火照った肌が薄いピンク色に染まって、非常に艶かしい。胸も充分なボリュームで、肌だって三十代とは思えないほどつやがあった。未亡人をさせておくのがもったいないくらいの色気だ。
 だが、今の俺は女の子。いくらこの人の体に興奮しても、立つものなんてありはしない。それが非常にもどかしかった。
「う、ううん、何でもないよ」
「それなら、早く宿題をして寝なさい。遊んでちゃ駄目よ」
「はーい」
 動揺を悟られないよう、大人しく言われた通りにする。
 結局、その晩は自慰の続きこそしなかったものの、悶々とした気持ちを抱えて、なかなか眠ることができなかった。


■続く■



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