カワル鬼ごっこ

 昼休み、給食を食べ終えた桃子のところに、児童たちがやってきた。
「桃子先生、これから一緒に遊ぼうよ」
「え、私?」
 桃子は顔を上げて子供たちを見つめた。意外な提案だったが、同時に嬉しくもあった。教師になってわずか数ヶ月の新人で、まだクラスの生徒達とどう接していいかわからない自分も、ようやく打ち解けてきたのかと思った。
「ええ、いいわよ。どこで遊ぶの? 念のため言っておくけど、廊下で危ないことをしちゃ駄目よ」
「大丈夫、校庭だよ」
 そう、と返して桃子は席を立った。可愛い児童たちに連れられ、校舎の外に出た。初夏の空はよく晴れて、日差しが眩しい。暑さに気をつけなくてはいけないと思った。
 校庭の隅に青いジャングルジムが備えつけられており、その一角を使用するという。桃子のほか、四人の子供たちが集まった。男子が大輔と悠太の二人、女子が真央と優花の二人だ。
「今日は桃子先生も一緒だよ! さあ、何して遊ぼうか?」
「鬼ごっこ! 鬼ごっこがいい!」
 提案したのは体育が得意な大輔だった。特に反対の意見も出ず、桃子たちは五人で鬼ごっこをすることになった。
(鬼ごっこか……この格好じゃあまり走れないけど、まあ子供相手だし、いいわよね)
 桃子の格好は白いブラウスと膝丈の黒のタイトスカート。およそ走るのには適さない服装だったが、何も小学校低学年の子供たちを相手に本気を出す必要はあるまい。今日だけはこの格好で我慢して、次回からは動きやすいパンツで来ればいいだろう。そう思い、鬼を決めるジャンケンに参加した。
「ちぇ、オレが鬼か。仕方ねえなー」
 鬼役となって他を追いかけ回すのは大輔になった。
「それじゃ、十数えるから皆は逃げろよ。逃げる範囲はその線から、そこの端っこまでな」
 ジャングルジムにもたれかかって数を数えはじめた大輔に、逃げる側の真央が近づいた。
「大輔くん、忘れ物」
「あ! 悪い悪い」
「二人とも、それは何なの?」
 桃子は真央に訊ねた。真央が差し出したのは、算数の授業で使う定規ほどの長さのステッキだった。白地にピンクの装飾が施されており、女児向けの玩具のようにも見える。
「これはね、鬼だってしるしだよ。鬼はこれを持って他の人を捕まえて、捕まった人は鬼の代わりにこれを持つの」
「へえ、そうなの。わかったわ。でも、こういう玩具をあまり学校に持ってきちゃ駄目よ」
「はーい。じゃあ、大輔くんの鬼でスタート!」
 鬼ごっこの開始を告げると、真央はもう一人の女子である優花と一緒に逃げていった。校庭にはジャングルジムのほか鉄棒など幾つかの設備があり、追いかけっこの障害物として丁度よさそうだった。他の学年やクラスの生徒たちもまばらで、邪魔になることはあるまい。
 桃子も鬼である大輔から距離をとった。初めての参加のため、子供たちに怪我をさせないことと慣れることを第一に心がける。楽しく遊ぶことができれば、生徒たちとの親交がより深まるだろう。新米教師である桃子にとって思いがけないチャンスだった。
 やがて数を数え終わった大輔が走り出し、謎のステッキを持って他の児童を追いかけ始めた。
「待て、待てー!」
「やだやだ、逃げろー!」
 三人の子供たちは逃げたが、駆けっこの得意な大輔には敵わず、着実に追い込まれていく。
 一番のターゲットになったのは真央だった。カラフルなフリルスカートを振り乱して逃げるも、小柄で足が遅いため、今にも鬼に追いつかれそうだ。
「あーん、捕まっちゃう! 先生、助けて!」
 真央が逃げてきたのは桃子がいる方向だった。一瞬、走って逃げようかとも思ったが、せっかく遊びに誘ってもらったのだから積極的に参加すべきである。翻意した桃子は、逃げるフリをしてわざと鬼に捕まることにした。
「真央ちゃん、待って! ああっ、先生、捕まっちゃう!」
「へへっ、先生、つーかまえたっ!」
 大輔は真央の代わりに桃子に狙いを定め、タイトスカートに謎のステッキを押しつけた。これで桃子が鬼となり、子供たちを追いかける番だ。そう思っていると、にわかに得体の知れない感覚が桃子を襲った。
「え、何……?」
 腰の辺りに熱を感じた。スカートに押し当てられた謎のステッキが淡い光を放っていたのだ。まるで、熱くなった蛍光灯を押しつけられているようだった。最近の玩具にはこんな機能があるのだろうかと目を丸くしていると、光はますます強くなって、桃子の視界を白く覆った。何が起こっているのか、まるで理解できなかった。
「な、何なの? 一体これは何なのっ?」
「桃子先生、捕まえたぜ! 先生と体を取り替えっこだ!」
 姿も見えない大輔がそう叫んだのを最後に、桃子の意識はぷつりと途切れた。

「先生、起きてよ! 先生! 桃子先生!」
「う……」
 体を強く揺さぶられ、桃子は目を覚ました。身を起こすと、かすかな頭痛を感じた。
(どうしたのかしら。何だか頭がぼうっとするわ)
 激しく首を振り、ようやく自分を取り戻す。子供たちとの鬼ごっこの最中に気絶し、地面に横たわっていることに思い至った。どうやら、気を失っていたのはほんのわずかな間だったようだが、いったい何が起きたというのだろうか。
「ううん……私、気を失っていたの? 熱中症にでもなったのかしら」
「違うよ、先生。桃子先生は鬼になったのさ」
「え、あなたは……きゃあああっ !?」
 桃子は立ち上がって仰天した。眼前に立っている大輔が、明らかに桃子よりも長身になっていたのだ。いや、長身どころではない。成人女性として平均的な体格の桃子と比べて、目測で頭一つ分は高い。
 まさか大輔の身長は二メートル近くもあるのか。そう思った瞬間、今度は別の異変に気がついた。大輔の隣には真央が立っているが、真央の目線の高さは桃子とほとんど変わらない。真央の背丈が伸びたのではなかった。つまり、桃子が小さくなってしまったのだ。
「何? いったい何がどうなっているの?」
「すごいや、先生。すごくビックリしてる。でも落ち着いてよ」
「なんで大輔君、そんな格好をしてるの? そんな……まるで私みたいな格好をして」
 桃子は青い顔で大輔を見上げた。短髪のソフトモヒカンの男児の服装は、白いブラウスと膝丈の黒のタイトスカートへと変わっていた。ブラウスの胸元には大きな二つの膨らみが見える。ブラウンのタイツに包まれた長い脚は、どう見ても子供のものでも、男のものでもない。顔はそのままで、大輔の服装と体つきは大人の女性のものになっていた。それも、さっきまでの桃子とまったく同じ。
「変わっちゃったのは大輔くんだけじゃないよ。桃子先生、自分のカッコを見て」
「え? きゃあああっ !? 何よこれはっ!」
 桃子は再び悲鳴をあげた。見下ろした自分の服装が、白いランニングシャツと横縞模様の短パンに変化していたのだ。靴は泥だらけの男児用のシューズ。変わり果てたのは服だけではなく、手足も胴体も、まるで子供のように細く短くなっていた。
「こんなのおかしいわ。変よ、絶対!」
「変じゃねーよ。先生はオレとカラダを取り替えっこしたんだ。だからオレは先生の体になって、先生はオレの体になってるってわけさ」
 と、笑って答えたのは大輔だった。
「体を取り替えっこ? そんな馬鹿な話があるわけ……」
「いや、ホントだって。オレたちが鬼ごっこをするときは、いつもこれでカラダを取り替えっこするんだ」
 大輔は地面に落ちていた謎のステッキを拾い上げた。それは先ほど、異変が起こる直前に桃子の体に押しつけられたものだった。
「その玩具は何? まさか、それのせいでこんなことになったって言うの?」
「そうだよー、桃子先生。あれは魔法のステッキなの。あれを持って他の人に触ると、カラダが入れ替わっちゃうの」
「そうそう、すっげー不思議。でも、髪とか顔はそのままなんだよな。気持ちわりーの」
 大輔は謎のステッキをもてあそびながら、変貌した自分の姿を観察していた。
「そんな……体が入れ替わるなんて信じられないわ」
 桃子の声は震えていた。子供たちの話が本当だとしたら、大輔と桃子の首から下の体だけが入れ替わってしまったということになる。とても信じられない話だが、現に桃子自身が子供の姿になってしまったのだから、否定するわけにはいかない。
 子供たちが持ってきた謎のステッキによって、確かに大輔と桃子の体は入れ替わってしまったのだ。
「この魔法のステッキはね、こないだ公園で会ったお兄ちゃんがくれたんだよ。ジッケンとかシサクヒンとか、なんかそんなこと言ってた」
「あたし達、これで休み時間にカラダを取り替えっこして授業を受けたりしたんだよ! でも桃子先生、ぜーんぜん気づかないの」
「全然、気がつかなかったわ。そんなこと……」
 信じがたい話に、桃子はとても平静ではいられなかった。大事な子供たちが、このような奇怪な遊びをしていたとは、まるで悪夢のようだった。
「それにしても、これが桃子先生のカラダか。へへっ、真央や優花のカラダになったことはいっぱいあるけど、大人のカラダは初めてだ! やっぱりおっぱいが大きいよなー」
 興味深そうに己の乳房を服の上から撫で回す大輔。二十三歳の女の肢体と八歳の男児の頭部が結合した奇怪極まりない姿に、桃子は気が動転してしまいそうだった。
「だ、大輔君! もうわかったから、その体を先生に返しなさい! こんな格好じゃ先生困るわ」
「やーだね。まだ鬼ごっこの途中だぜ? ほらよ、これ」
 大輔は悪戯っぽい表情で舌を出すと、謎のステッキを桃子に放り投げた。
「この鬼ごっこは、そのステッキを使って鬼が他の子とカラダを取り替えっこしていくんだ。それなら、足の速いやつも遅いやつも公平だろ? 次は先生が鬼だから、頑張って他の誰かを捕まえるんだ。捕まえたら、またカラダが入れ替わって鬼じゃなくなるからさ」
「もう鬼ごっこなんかしていられないわ。今すぐ先生の体を元に戻しなさい!」
「ダメダメ。先生、オレたちと遊んでくれるって言っただろ? それとも嘘ついてたのかよ」
「うう……そんな」
 こんなことなら鬼ごっこなんて参加しなければよかったと後悔したが、もはや後の祭りである。桃子は不承不承、謎のステッキを片手に鬼ごっこを続けることにした。もちろん、捕まえるべき相手は大輔ただ一人だ。
(私が大輔君の体になってるなんて……まだ信じられないわ)
 あまりにも非現実的な事態に直面して、桃子は冷静ではいられない。いきなり子供の体になってしまったこともあって、たびたび転んでしまいそうになった。
「先生、こっちこっち! 鬼さんこちらー!」
「ううう……なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの。こんな、小学生の男の子の体なんて……」
 愚痴をこぼしながらも、桃子は懸命に大輔の体を走らせ、桃子の体になった大輔との距離を詰めていく。向こうは大人の体だが、やはり慣れない体格と服装で走りにくいようだ。まだ走りやすい服装の桃子に分があるように思えた。
「やっべー! このままじゃ捕まっちまうよ」
「はあ、はあ、待ちなさい……」
 やっとのことで、手の届く距離まで近づいた。桃子は息を切らして、右手に持ったステッキを大輔に押しつけようとした。
 すると、大輔は意外な行動に出た。
「よし! 必殺、真央バリヤー!」
「え? きゃあっ !?」
 大輔は面白がって一緒に逃げていた真央の腕を掴むと、その体を桃子の方へと押し出した。大輔を捕まえることしか考えていなかった桃子は、突然横から現れた真央に驚き、思考が中断してしまう。
 謎のステッキが真央の体に押し当てられた。
「ま、真央ちゃん !? そんな……!」
 またもステッキが光を放ち、たちまち桃子の視界を白く染め上げる。一瞬、気が遠くなったが、今度は辛うじて意識を失わずに済んだ。
 気がつくと光は消え失せ、桃子の手からステッキの感触が失われていた。
 桃子は我に返ると、真っ先に自分の服装を確認した。
 元に戻ってはいないだろうかと期待したが、そのかすかな希望は瞬時に打ち砕かれた。桃子の格好は確かに男児のものではなくなっていたが、期待したような大人の女性のそれではなかった。
 フリルとリボンがふんだんにあしらわれたピンクのシャツに、複数の原色を用いたカラフルなフリルスカート。とても可愛らしい女の子の格好だ。自分が着ているのが真央の服であることに桃子は思い至った。
「私、今度は真央ちゃんの体になったの !?」
「あーあ、捕まっちゃった。今度は私が鬼かあ……」
 顔を上げると、赤く大きなリボンをつけたポニーテールの男児が目の前に立っていた。真央が大輔の体になって、あの謎のステッキを手に持っていた。
(なんてこと。大輔君と入れ替わって、元の体に戻るはずだったのに……)
 自分が失敗したことを悟り、桃子は失望を隠せない。これで大輔が桃子の体になり、桃子が真央の体になり、真央が大輔の体になってしまった。事態はより複雑だ。
「真央ちゃん、そのステッキを貸してちょうだい。それがないと元に戻れないんでしょう?」
「ダメだよ、桃子先生。今は私が鬼なんだよ。先生はさっき鬼をしたじゃない。交代、交代」
「そ、そんな……」
「今は私が鬼だから、他の子を捕まえに行かないとね。次は悠太くんなんかどうかな? 悠太くーんっ」
 ランニングシャツと短パン姿の真央は、ステッキを片手に悠太を追いかけだした。桃子にはまるで興味がないといった様子だ。
「どうしよう……本当に、元の体に戻れるのかしら」
 蚊帳の外に置かれたように感じて、桃子は途方に暮れた。身長が一メートル強しかない児童の体になって、本当に心細かった。
 しかし、好機は意外に早く訪れた。次に鬼になった悠太が、たまたま桃子を捕まえたのだ。桃子は再び大輔の体と謎のステッキを手に入れ、元の体に戻れるチャンスを得たのだった。
「ああ、良かった。これで大輔君を捕まえれば、私の体に戻れるわ。えーと、大輔君は……」
 辺りを見回すと、大輔はジャングルジムの上にいた。タイトスカートの中が見えるのにも構わず脚を大きく開いて、文字通り高みの見物を決め込んでいた。
「大輔君! 脚、脚を閉じなさい! それと、先生の体を返しなさいっ!」
 ジャングルジムに駆け寄り激昂する桃子。元の体に戻ったら、子供たちに二度とこんな奇妙な遊びはさせまいと決意していた。
「わあっ、先生が来やがった! 逃げろーっ!」
「待てえっ! 待ちなさーいっ!」
 桃子は急いでジャングルジムに登る。接近してステッキを持った手を大輔に伸ばすも、相手の方が速かった。大輔は勢いよくジャングルジムから飛び降り、桃子の手から必死で逃れる。しかし、なぜか立ち上がろうとはしない。どうやら足を痛めたようだった。
「あいたたた……足、足をくじいた」
「大輔君! 私の体で怪我なんかしないで! とにかく私の体を返せっ!」
 桃子は我を忘れてジャングルジムから跳躍し、謎のステッキを力いっぱい大輔に押しつけた。すぐさまステッキが白い光を帯び始める。これで元に戻れると桃子が安堵したその刹那、鈍い音を立てて謎のステッキが真っ二つに折れた。
「ああーっ! 先生、壊した !?」
「えっ?」
 着地した桃子は、呆然と己の右手を見やった。定規ほどの長さのステッキは、中ほどで見事に折れてしまっており、先の方は少し離れたところに落ちていた。既に淡い光は消えていたが、桃子たちの体は元に戻ってはいない。
「壊れた? え? そんな……まさか」
「先生、壊した! こーわした、こーわした! せーんせーに言ったろー!」
「馬鹿、優花、ふざけんな! 壊れたってことは……つまり、その……」
 日頃は快活な大輔が、珍しく深刻な表情を浮かべていた。これは彼にとっても予想外の事態なのだろう。一人だけ体が入れ替わっていない優花はとにかく、真央や悠太も揃って狼狽している。
「ねえ、これ、どうするの? どうしたら直るの?」
 桃子の疑問に答えられる者はいなかった。予鈴が鳴り、昼休みの終了が間近に迫っても、桃子たちは誰一人として、その場を動こうとしなかった。ただ、二つに折れた謎のステッキを呆然と見つめるだけだった。

「それじゃあ皆、さようなら。日直と掃除当番はお仕事をお願いね」
「先生、さようなら!」
 桃子が学級会の終わりを告げると、児童たちはめいめい教室を出て行った。数人の生徒が残って掃除や学級日誌の管理などの雑事を行っている。子供たちとの一日が無事に終わったことで、桃子は心地よい疲労と達成感を味わっていた。
「先生、掃除も日記も終わったよ」
 日直の大輔が、残った雑事を済ませたことを報告した。桃子はうなずき、教室の鍵と出席簿を持って教室を出る。夏の太陽はまだ高く、熱を帯びた湿気が廊下に充満していた。
「お疲れ様、大輔君も帰っていいわよ。さようなら」
「先生……あの、オレ……」
 下校の許可を出したが、大輔は桃子のそばを離れようとしない。どこか恥ずかしそうに顔を赤くして、桃子をじっと見下ろしていた。桃子の身長一二五センチに対して、大輔は一五九センチ。文字通り大人と子供ほども体格が異なっているため、大輔は身をかがめて会話するのが常だった。
「どうしたの、大輔君? ひょっとして……」
「うん。その、ナプキンが……使い方、また教えてくれよ」
 桃子は事情を悟った。まだ女の体に慣れていない大輔が、生理を迎えて困っているのだ。桃子は大輔の手を引き、職員用の女子トイレに連れて行った。個室に二人で入り、鍵をかける。
 今日の大輔の服装は、白い半袖のブラウスに女物のデニムレギンスだった。ボトムスを脱がせ、下着を確認する。むろん成人女性用のショーツだ。幸い、あまり生地は汚れていないようだった。
「気分はどう? 大丈夫?」
「う、うん……ちょっと気持ち悪いけど、慣れた」
 大輔はようやく笑顔を見せた。桃子はナプキンを取り出しながら、女だった頃の記憶を頼りに大輔の体調や心境を推し量る。多少、気分が優れぬところはあるが、それほど悪い状態ではなさそうだった。
「はあ……オレ、毎月、こんなことをしなきゃいけないのかよ」
「そうよ、女の子は皆そう。大輔君だけじゃないわ。悠太君や優花ちゃんも、そのうち月のものが来るようになるわ。そのときは大輔君がどうしたらいいかを教えてあげてちょうだいね」
「女って大変だなあ。ああ、女なんかになるんじゃなかったよ」
 大輔は自分の体を見下ろして嘆息した。男児らしい部分は短髪のソフトモヒカンの頭だけで、首から下は完全に大人の女の体だ。本来、桃子のものだったはずの二十三歳の女の肉体は、今は八歳の男児の所有物になっていた。
「文句ばっかり言うんじゃないの。だいたい、あなたたちがあんな玩具で遊ばなければ、こんなことにはならなかったんだからね」
「あれを壊したのは桃子先生じゃん。おかげで元の体に戻れなくなっちゃった」
「おだまり! その話はもう終わったの。あんまりしつこいと、もう面倒見てあげないわよ」
 痛いところを突かれ、桃子はぴしゃりと言った。突然、大人の女の体になってしまった大輔は周囲の手助けを必要としており、その大半を担っているのが桃子だった。「それは困るよ」と、大輔。
「オレ、桃子先生がいないと何にもできないし不安なんだ。できれば、ずっと先生にオレの担任をやってほしいくらいだよ」
「それはちょっと難しいわね。まあ、その体にもすぐに慣れるわよ。私たちと同じように入れ替わっちゃった悠太君と真央ちゃんは、今の体にだいぶ慣れてるみたいよ。大輔君も、あの二人を見習わないとね」
「あの二人は付き合ってるからなー。真央のやつ、最近は『悠太くんを私のお嫁さんにする!』って言い出してさ。ときどき隠れてチューしてる」
「まあ。子供のくせに生意気ね」
「オレもこんな体じゃ、お先真っ暗だしなー。いっそ、桃子先生のお嫁さんにしてほしいよ」
「あら、それってプロポーズ? 嬉しいわ……ほら、もういいわよ」
 ナプキンをあてがった下着とレギンスを穿かせ、桃子は大輔の豊満な尻を叩いてやった。いずれは大輔も、自分で自分のことが全てできるようにならなければならない。頭は八歳の男の子でも、体は二十三歳の女なのだ。
「ありがと、助かったよ。そういえば、先生は大丈夫なのか?」
「大丈夫かって、何のこと?」
「いや、いきなりオレの体になってさ。なんか困ったこととかない?」
「困ったこと……そうね、一つあるわよ」
 桃子はにやりとして言った。見下ろすと、短パンの布地をわずかに押し上げる膨らみが確認できる。それは桃子が得た男児の体の中で、一番気に入っている部分だった。
「大輔君のことを考えると、おちんちんがピーンと硬くなっちゃうの。こう、ピーンとね」
「ちんちん? 何だよそれ、病気か?」
「ううん、違うわ。そのうち身をもって教えてあげるわよ。楽しみねえ。ふふふ……」
 桃子は上機嫌で笑った。あの運命の日以来、最も心が弾む瞬間だった。こうして体が入れ替わったこともそう悪くはないかもしれない、とさえ思った。


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