瑞希のいたずら

「ねえ、祐ちゃん」
 森田瑞希のあげた声に、中川祐介は何の反応も見せなかった。
 視線をノートの手に持ったシャープペンシルの先端に固定し、軽快な音をたててペン先を走らせる。かなり計算量の多い問題なので、集中して取り組む必要があった。
「ねえ、祐ちゃんってば」
 座卓の反対側に座る瑞希が、再び彼に声をかけた。小柄な体格と幼さを残した顔立ちに加えて、長く艶やかな黒髪を子供のように頭の左右で束ねていることもあり、とても祐介と同じ十七歳には見えない。大きくつぶらな瞳が、彼の顔を映していた。
「ねえ、祐ちゃーん。祐ちゃん祐ちゃん祐ちゃん、ゆーうちゃあーんっ!」
 無視を続ける祐介に業を煮やしたのか、瑞希は座卓の向こう側から身を乗り出し、祐介の手をぐっと押さえた。祐介はしぶしぶ計算を止めた。
「どうした、瑞希。まだ時間になってないぞ。せっかく時間を計って演習問題を解いてるんだから、途中でやめたら駄目じゃないか」
「あのね、祐ちゃん。頑張るのはいいけど、最近ちょっとやりすぎだよ。今日だって学校から帰ってきてから、休憩もとらずにずっと勉強してばかりじゃない。私、もう疲れたよー」
「んなこと言っても、テスト前なんだからしょうがないだろ。今やらずにいつやるんだ」
 祐介は瑞希の手を軽く振り払い、空中ですらすらと字を書く仕草を見せた。瑞希が指摘した通り、今日はいつにも増して学習に没頭していたため、会話に応じて気を抜いた途端、強ばった肩に疲労がのしかかってきた。
 たかが高校の定期試験に、根を詰める必要はさほどないかもしれない。だが、どちらかといえば真面目で負けず嫌いの祐介は、試験前になると今のように一心不乱に自習に励むのが常だった。疲れる性格だと自分でも思うが、持って生まれた性分だから仕方がない。
 今、こうして骨を折っているのは間近に迫った試験のためだが、来年になれば大学受験に備えて、ますます学習量を増やさなければならないだろう。今から弱音を吐いてどうする、という思いもあった。
「はあ……そんな風に努力家なのも祐ちゃんのいいところだけどさ。でも、せっかく私の部屋で二人きりなんだから、もうちょっと相手してほしいなあ、なんて……」
「悪いけど、それはテストが終わってからにしてくれ。これを無事に乗りきったら、どこにだって連れていってやるから」
「ううう……そんなこと言いながら、もう二週間くらい抱っこもキスもしてくれてないじゃない。もう我慢できないよ。祐ちゃんとべたべたしたいよー」
 瑞希は目に涙を浮かべて座卓に突っ伏し、低い声でうめいた。幼稚園児の頃からつき合っているこの異性の幼馴染みは、見た目だけでなく言動や振る舞いにもやや子供っぽいところがあり、特に祐介の前ではその傾向が顕著になる。瑞希の滑稽な姿にふっと笑みをこぼし、ペンをノートの上に置いた。
「わかった、わかった。少し休憩するから、コーヒーでも淹れてきてくれないか。頼む」
「うん、わかった! ちょっと待っててね」
 にわかに瑞希の顔が明るくなった。構ってもらえるのがよほど嬉しいのか、スカートの裾を持ち上げ、軽快な足取りで部屋を出ていく。開きっぱなしのドアが苦笑を誘った。
(やれやれ……でも、本当はもっとあいつに優しくしてやらなくちゃいけないんだよな。俺たち、ちゃんとつき合ってるんだし)
 祐介と瑞希はただの幼馴染みではなく、今や相思相愛の恋人同士である。幼い頃から瑞希は気弱で、よく周囲の悪童たちにいじめられていた。泣いて助けを求める彼女を体を張って守ってやったのは祐介だ。その頃から瑞希は祐介にべったりだったが、彼を好みの異性として認識するようになったのは最近のことだそうだ。ある日、瑞希は祐介を自宅に呼んで告白し、祐介も自然にそれを受け入れた。双方に交際の意思があることを改めて確認するのはやや恥ずかしかったが、その反面、祐介は自分がつき合うのなら瑞希以外の相手は考えられないことに気がついた。つまり、彼も瑞希に惚れていたのだ。
 あのときのことを思い返すと、大好きな瑞希に優しくしてやりたいという気持ちが湧き上がってくる。せっかく瑞希の部屋に招いてもらったのだから、いくら試験前であっても、もう少し彼女に配慮してやるべきではなかったか。思いやりのない己の振る舞いを多少は反省していると、慌ただしい足音と共に瑞希が戻ってきた。
「祐ちゃん、飲み物とお菓子を持ってきたよ。はい、どうぞ」
 と、座卓の上に盆を置く。氷の入ったアイスコーヒーのグラスが二つ並んでいた。少しサイズが異なり、小さい方は瑞希のものだろうと思われた。
「ああ、サンキュ」
 礼を言って大きい方のグラスを手に取る。ストローを吸うと冷たいブラックコーヒーの苦味が口の中に広がった。シロップやミルクを入れるかどうかは飲むときの気分によるが、今は何も入れなかった。
「じゃあ、私もいただきまーす。うん、甘くておいしい」
「ちょっとシロップ入れすぎじゃないか? さすがに三つは多いだろ」
「ううん、いいの。疲れてるときは糖分をいっぱいとらないとね」
 たっぷりシロップを入れたコーヒーを飲んで微笑む瑞希。グラスの脇には、大きなシュークリームの載った皿が置かれていた。
(相変わらず甘いものが好きだな。太らなきゃいいけど)
 そんなことを考えながらコーヒーを飲み干す。甘ったるいシュークリームに手を出すべきかどうか迷っていると、ふと瑞希が顔を上げた。
「ところで祐ちゃん、お願いがあるんだけど」
「なんだ? 藪から棒に」
「私、祐ちゃんとエッチなことがしたいな」
「駄目だ」
 祐介は即答した。「試験前にそういうことはしないって言っただろ。テスト明けまで待つんだ」
「えー、そんなのやだよ。せっかく二人きりなんだから、ちょっとだけしようよ。ね? ね?」
「いくらおねだりしても、駄目なもんは駄目! もう子供じゃないんだから少しくらい我慢しなさい」
 と冗談めかして諭しても、瑞希は彼の制止に構わずにじり寄り、小柄な身体を祐介の膝の上に乗せてしまう。二人は至近で正面から向かい合う形になった。
「ねえ、祐ちゃん。エッチしようよー。エッチエッチエッチエッチ」
 呪文のように繰り返しながら、頭を祐介の胸に押しつけて首を振る。ツインテールの黒髪が振られて祐介の顔を何度も撫でた。幼さを残した外見によく似合う無邪気な振る舞いだ。しかし、発言の内容はむやみに過激で、日頃の内気な態度からは想像もできないほどに大胆だった。
(まったく……普通、こういうことは男の方から要求するもんじゃないのか?)
 半ば呆れた表情で瑞希の顔を眺める。正式に交際を始めてから、当然のように肉体関係を持った二人だが、その際の主導権は瑞希の側にあった。平生、引っ込み思案で子供っぽい瑞希だが、祐介と二人でいるときは別人のように積極的になり、貪欲に彼の愛情を求めてくる。そのため、はじめは大いに戸惑った。
「私は祐ちゃんのことが大好きなの。祐ちゃんのためなら、どんなことだってできるよ。だから、ねえ。今からエッチしようよー」
 そんなことを口にして、瑞希は盛んに彼に媚びる。長期に渡り恋人との接触を禁じられていたのは、やはり辛かったのだろう。祐介の首に細い腕を回して、きゃしゃな体を懸命に擦りつけてきた。
「おいおい……だから駄目だって。気持ちはわかるけど──あっ、こら、そんなところを触るんじゃない! 仮にも年頃の女の子だったら、もう少し恥じらいを持てよ」
「大丈夫。今は祐ちゃんと二人きりだから、何をしても、どんなことを口にしても、ちっとも恥ずかしくなんてないよ。だから、ねえ、エッチしようよ。私、祐ちゃんとセックスしたいよー」
「そんな言葉を使うな! 聞いてるこっちが恥ずかしくなる。とにかく、こういうのは禁止だ、禁止! ほら、離れて」
 祐介は瑞希の胴体を両手で持ち上げ、自分にすがりつこうとする彼女を座布団の上に座らせた。瑞希の顔に失望の色が浮かぶ。
「うう……祐ちゃんの意地悪。私はただ祐ちゃんに優しくしてほしいだけなのに……」
「ごめんな、瑞希。でもやっぱり今は駄目なんだ。テストが終わったらいくらでもつき合ってやるから許してくれ」
「テストが全部終わるまで、あと一週間もあるじゃない。もう我慢できないよ。このままじゃ禁断症状が出ちゃうかも」
「大丈夫だ。俺は我慢できる。俺にできて瑞希にできないわけがないって。さあ、そろそろ勉強の続きをしようぜ」
 祐介はそれ以上取り合うことなく、ノートとテキストを座卓に広げた。休憩と栄養補給のおかげで体力が戻っていた。心身ともに充実した状態で学習に取り組むことができそうだった。
「よーし、やるぞ。晩飯までにあと六十分の演習を二セットこなしておかないとな」
「あは、あははは、あはははは……」
「ん? どうした、瑞希」
 突然の笑い声に顔を上げると、瑞希は何かの薬らしい錠剤の瓶を取り出した。ラベルのない小さな瓶だ。風邪をひいている様子はないし、花粉症の季節でもないというのに、いったい何の薬だろうかと祐介は不思議に思った。
「あははは、やっぱり駄目かあ。そうだね、祐ちゃんはとっても真面目だもんね。でも、私はもうダメなの。祐ちゃんが欲しくて欲しくて、もう我慢できないよ」
「瑞希? 一体どうしたんだ」
「ごめんね、祐ちゃん。ダメな私を許してね」
 訝しむ祐介の目の前で、瑞希は錠剤を一粒手に取り、口の中に放り込んだ。正体不明の錠剤を水もなしに飲み下すと、瑞希は恋人を見つめてにっこり笑った。
「すぐに効果が表れると思うから、ちょっと待ってね」
「効果? お前、いったい何を飲んだんだよ。まさか危ない薬じゃないだろうな──って、あれ?」
 祐介は驚いた。不意にシャープペンシルを取り落としたからだ。疲れはすっかりとれたというのに、急に手から力が抜けてペンを握っていられなくなった。
(なんだ? 体の調子がおかしい……どういうことだ?)
 異変に気づいた祐介だが、もはや手遅れだった。右手の脱力感が急速に全身に広がり、座っていることすら難しくなる。意識が闇に蝕まれるのを感じながら、祐介はその場に倒れ込んだ。
「ごめんね、祐ちゃん。本当にごめんね……」
「う……み、瑞希……?」
 まぶたが異様に重く、視界が糸のように細くなる。その中央に、彼と同じ姿勢で横たわる瑞希の姿があった。黒く大きな瞳に祐介が映っていた。まるで自分がその瞳の中に吸い込まれるかのような錯覚を抱いた。
(いったい何が起きたんだ。ね、眠い……)
 圧倒的な睡魔に襲われ、ついには意識を失う。自分の身に何が起こったのかもわからないまま、祐介は深い深い闇の底へと落ちていった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

「う、ううっ……ん?」
 気がつくと、祐介は床に敷かれたカーペットの上に仰向けで寝転がっていた。乾いて硬くなったまぶたを開き、天井の蛍光灯をぼんやりと見つめる。一応は目を覚ましたものの、意識の大半はいまだ夢の世界にある。気を抜けば再び眠ってしまいそうだった。
(俺、寝てたのか……でも、なんで)
 自習の続きをするつもりだったというのに、だらしなく眠りこけてしまった己を恥じる。勉強に入れ込みすぎて、知らず知らず疲労がたまっていたのだろうか。それにしてはまったく予兆がなく、どうにも不可解だった。
(瑞希はどこだ。さっきまで一緒に勉強してたはずなのに……あれ?)
 むくりと起き上がり、祐介は首をかしげた。自分の着ている服が、いつの間にか別のものに変わっていたのだ。
 今の服装は、帰宅してから着替えたTシャツとジーンズではなかった。上半身は、胸元に赤いリボンがあしらわれた長袖の白のブラウス。腰から下は膝丈の黒いスカートだ。スカートと同じ色のニーソックスが脚を覆っている。いずれも高校生の少年が日常身につける衣類ではなかった。
 変化したのは服だけではない。ニーソックスをはいた脚は小枝のように細く、腕や胴体も高校生の男子のものとは思えないほど華奢だ。見下ろした視線の先、ブラウスの胸元がわずかに膨らんでいるのに気がついた。恐る恐るそこに触れると、柔らかな乳房を包む布地の感触があった。なんと祐介はブラジャーを身につけていた。
 衣服も肉体も、本来の自分のものではなくなっている。それも、男ではなく女のものだ。困惑が恐怖に変わるのに、さしたる時間を必要とはしなかった。
「なんだよ、これ。なんで俺がこんな女みたいな格好をしてるんだ。しかもこれ、瑞希の服じゃないか。それにこの声……」
 ひとりごちた声も、己のものとはまるで異なる高い声音だ。どこか聞き覚えのある少女の声が、祐介の口から出てきた。それは先ほどまで彼と一緒にいたはずの、森田瑞希の声だった。
 血の気が引いた。明らかな異常事態に、頬を汗の雫が伝う。顔に張りついた髪を払いのけた拍子に、頭の左右で束ねられた長い黒髪が揺れた。祐介の髪はツインテールと呼ばれる髪型になっていた。
「服も、体も、声も、髪も……全部、俺のものじゃなくなってる」
 スカートをまくり上げると、一目で女物とわかるフリルつきの白いショーツが現れた。生唾をのみ込み、指で表面をなぞる。股間は平らだった。男ならば当然あるはずの器官は影も形もなかった。
「ああっ、ない! か、鏡っ。鏡はどこだ? あ、あった──瑞希だ。やっぱり俺、瑞希になってる……」
 机の上に置かれた鏡に飛びつくと、森田瑞希の青ざめた顔が映っていた。それが今の己の顔であることに祐介は戦慄した。彼の身体も服も、頭頂部から爪先まで全てが瑞希のものと置き換わっていたのだ。
「どうして俺が瑞希になってるんだ。こんなことが現実に起きるなんて、とても信じられねえ──い、いや、違うか。そういえばこれと似たような出来事が、こないだもあったっけか。そうだ……あのときは加藤のやつに怪しい薬を飲まされたせいで、俺たちの体が入れ替わっちまって──」
「あ、目が覚めたんだ。おはよう、祐ちゃん」
「ああっ !? や、やっぱり! 思った通りだ! 俺がいる!」
 部屋に入ってきた人物を見上げて、祐介は飛び上がった。それは祐介の姿をしていた。先ほどまでの祐介と寸分違わぬ外見の男が、柔らかな微笑を浮かべていた。
「お、お前っ! 俺になってるお前は誰だ !? 俺が瑞希になってるってことは、お前は瑞希なのか !?」
「うん、そうだよ。祐ちゃんの体になってるけど、私は瑞希。反対に祐ちゃんは私の体になってるよね」
 祐介の顔を持つ少年は、にこにこ笑って祐介の隣に腰を下ろした。祐介は内心の動揺を押し隠して、瑞希を名乗る「中川祐介」の横顔をにらみつけた。祐介が瑞希になってしまったのと同じように、瑞希は祐介になっているのだという。たしかに、どこからどう見ても今の瑞希は祐介そのものだった。
「ほ、本当に俺たち、体が入れ替わっちまってるのか。なんてこった……」
「えへへ、私の顔ってこんな感じなんだ。やっぱり鏡で見るのとは随分違うね。ちょっと表情がキリっとしてて、かっこいいかも。中身が祐ちゃんだからかな?」
 瑞希も祐介の方を向いて、彼の頬を優しく撫でた。互いの身体が入れ替わるという、常識では考えられない奇妙奇天烈な事態にも関わらず、瑞希はまったく取り乱していない。臆病で引っ込み思案な彼女の性格をよく知っている祐介にとって、これは非常に奇妙なことだった。
 なぜ瑞希はこの状況にあっても不自然なほど落ち着いているのか。祐介はある推測に思い至った。
「瑞希、これはひょっとしてお前の仕業なのか? お前が俺たちの体を入れ替えて……?」
「うん、入れ替えたのは私だよ。入れ替わる直前に飲んだあの錠剤、あれが飲んだ人の体を交換する薬なの。前にあれをくれた人にお願いして、またあの薬を分けてもらったんだ。それをこっそりアイスコーヒーに溶かして、この大きなグラスに入れて持ってきたの。祐ちゃん、うちに来るときはいつも大きい方を使うから、思った通りに飲んでくれたね」
 瑞希は悪びれもせず、祐介が恐れていた回答を口にした。不幸なことに祐介の予想は的中していた。彼が瑞希の肉体になってしまったのは、なんと瑞希の仕業だったのだ。
 祐介が女の体になったのは、これが初めてのことではない。以前、クラスメイトの女子に謀られ、女にされたことがある。そのときに用いられたのは、飲んだ者の肉体を入れ替えてしまう不思議な薬だった。
 この界隈に出没する妖しい少年が販売しているという、謎の薬。それによって祐介はそのクラスメイトの女子と体を交換させられ、しばらくの間、女の体で生活することを強いられた。瑞希の体になったこともある。望んでもいないのに女の体にされて、幾度となく辱めを受けた。思い出したくない屈辱だった。
(冗談じゃない。女の体になるなんて、もうこりごりだ。たとえそれが大好きな瑞希の体でも、絶対に嫌だ)
 記憶の底に封じ込めた忌まわしい思い出が浮かび上がり、祐介のトラウマを刺激する。全身がじっとり汗ばみ、華奢な体に震えがはしった。
「どうしたの、祐ちゃん? そんなにビクビクして」
 瑞希は心配そうな表情で祐介の顔をのぞき込む。自分自身に見つめられるのは、何度体験しても慣れない。特に今は小柄な瑞希の体になっていることもあり、非常に不安だった。
「お、お前のせいだろ。俺に一服盛るなんて、一体どういうつもりだよ。さっさと俺の体を返せ!」
「大丈夫だよ。ちゃんと元に戻してあげるから心配しないで。でも、その前に祐ちゃんにお願いがあるの」
「お願い?」
「うん、そう。さっきもお願いしたこと」
 そこで言葉を止めると、瑞希は祐介の背後に移動し、彼の耳元で囁いた。「私、祐ちゃんとエッチしたいな」
「な、何言ってるんだよ !? そんなの駄目って言っただろ! しつこいぞ、瑞希」
 祐介は赤面して瑞希を叱りつけた。試験前だから勉強のこと以外は考えないと、先ほども宣言したばかりだ。そう簡単に己の意志を曲げる祐介ではない。
「えー、どうしてもダメなの? ねえ、祐ちゃーん。お願いだよー」
 瑞希は祐介の小さな背中にへばりつき、祐介の声で懇願する。普段は凛々しい少年がなよなよして、瑞希の子供っぽい口調で喋っているのは不気味だ。それが祐介自身の姿であれば尚更だった。祐介は頑固とも言える態度で、「駄目だ駄目だ!」と同じ返事を繰り返した。
「祐ちゃん、どうしても駄目? 今日はしてくれないの?」
「ああ、しないって言ってるだろ。わかったら早く元の体に戻してくれ。こんな格好じゃ困る」
「はあ……今日の祐ちゃん、とっても意地悪だね。私はただ、祐ちゃんに優しくしてほしいだけなのに。こうなったら……」
 瑞希は暗い声でつぶやくと、いきなり祐介の腕をつかんだ。ただつかんだだけではない。細い腕を後ろで押さえつけ、どこからか取り出した縄で縛り上げようとする。
「わあっ !? な、何をするんだ、瑞希!」
 祐介は驚いたが、意表を突かれて抵抗らしい抵抗ができない。元の体であれば小柄な瑞希など簡単にはねのけることができるが、互いの身体が入れ替わっている今、腕力で瑞希に敵うはずがない。祐介は為すすべもなく両腕を背中で拘束されてしまった。
「ごめんね、祐ちゃん。でも、全然エッチさせてくれない祐ちゃんも悪いんだよ。だからこんなことまでして、祐ちゃんに私のお願いを聞いてもらわないといけないの」
 瑞希は祐介を愛しげに抱きしめ、細い体のあちらこちらを撫で回す。今の祐介のものよりはるかに大きな手が彼の体を這い回り、柔らかな乳房や尻に刺激を与えた。自分が女になっていることを、祐介は改めて実感した。
「お、おい、やめろっ。そんなところを触っちゃ駄目だっ」
「どうしてダメなの? これは私の体なんだよ。自分で自分の体を触ってるんだから、別にいいじゃない」
 薄ら笑いを浮かべて、自分のものだった女体の感触を楽しむ瑞希。普段の大人しい彼女とはまるで別人だった。
(どうしてこんなひどいことを……まさか瑞希のやつ、俺をレイプする気か?)
 祐介は真っ青になった。滅多に怒ることのない内気な彼女だが、反面、祐介のことに関してはしばしば冷静な判断力を失い、何をしでかすかわからないところもある。まさに今がそうだと直感した。
「ひっ !? み、耳が──そんなとこ舐めるなあ……」
「祐ちゃんったら、とっても可愛い声を出すんだね。本当に女の子みたい」
 瑞希はくすりと笑い、祐介の耳たぶを優しくついばむ。日頃ほとんど触らない場所を愛撫され、祐介は身震いした。うなじに唇を当てられ、首筋のラインをなぞって唾液を塗りたくられると、全身に甘美な痺れがはしって力が抜けてしまう。愛情のこもった前戯が十七歳の少女の肉体を魅了していた。
(こ、こんなの嫌だ……絶対に嫌なのに、あっ、ああっ)
 少しずつ湧き上がってくる女の性感に、祐介は恐れを抱く。男の矜持はこのまま瑞希の身体で手篭めにされることをよしとしなかった。口を開けば甘ったるい声が出てしまいそうになるのを必死で堪えて、瑞希を説得にかかる。
「わ、わかった。お前の気持ちはよくわかった。お前の言う通り、ちゃんとエッチしてやる。してやるから縄を解いて俺の体を返せ。そのあと、好きなだけお前につき合ってやるから。本当だ。約束する」
「えへへへ……やっとその気になってくれたね、祐ちゃん。でも、もう遅いよ。この薬は一度入れ替わっちゃったら、丸一日は効果が消えないの。だから、今日は入れ替わったままでエッチするしかないんだよ。たまにはこういうのも面白いでしょ?」
「そ、そんな……それじゃ、もうどうしようもないのかよ」
 絶望した。こんなことになるなら、はじめから大人しく瑞希の言うことを聞いておけばよかったと後悔した。
 しかし、もはや後の祭りだった。祐介に残された選択肢は、このまま自分の体を奪った瑞希に強姦されるか、もしくは自ら進んで瑞希を受け入れるか、その二つしかない。いずれにせよ、瑞希の身体で性行為をする羽目になるのは同じだった。いくら相手が恋人の瑞希とはいえ、強い抵抗感を覚えずにはいられなかった。
 一方、瑞希は彼とは反対に、入れ替わった体のままで肌を重ねることに興味津々のようだ。祐介の顔でにこにこ笑いながら、慣れた手つきで自分のものだった女体をもてあそぶ。
 責めは上半身だけに留まらない。スカートの中に手を差し入れ、下着越しに尻を撫でてきた。股間を男の手が這い回る感覚に、祐介は怖気だつ。
「ひゃん、やめろっ。こんなの嫌だあ……」
「ふふふ……今の私たち、体が入れ替わってるから、いつもとはちょっぴり違うエッチが楽しめるね。こんなチャンスは滅多にないから、祐ちゃんに私の体の気持ちいいところをたっぷり教えてあげる」
 祐介が着ているブラウスのボタンを、瑞希の手が一つずつ外していく。そのまま脱がせるのかと思ったが、後ろ手に縛られている祐介からブラウスを剥ぎ取るのは難しいようで、結局、半裸に剥かれただけだった。まくり上げたシャツの中からブラジャーが現れ、祐介は頬を赤くした。
(ブ、ブラジャーだ。男の俺がこんなものをつけてるなんて……)
 薄桃色の可愛らしいブラジャーに包まれた乳房は、まぎれもなく女のものだ。瑞希はブラジャーの上から祐介の乳を両手で押さえ、軽く揉み始めた。
「私のおっぱい、やっぱり小さいよね。真理奈ちゃんくらいの大きさだったらいいのに。祐ちゃんも大きい方が嬉しいでしょ?」
「お、俺は別に──あっ、ああっ、揉むな。なんだか変な感じがする……」
「揉んだら大きくなるって本当なのかな? 次は直接触ってみるね」
 背中のホックが外され、小さな膨らみが空気に晒された。サイズこそ同年代の少女に比べて小振りだが、雪のような白い肌に桜色の突起が二つ備わっている様は、大きさとは関係なく魅力的だ。これが自分のものでさえなければ嬉しいのに、と祐介は思った。
 瑞希の大きな手のひらが祐介の乳房を包み込む。根元から先端にかけて搾るように揉みほぐすと、痛みとそれ以外の感覚が祐介を襲った。
「ひいいっ。瑞希やめろっ、やめてくれえっ」
「大丈夫だよ。痛くないように、ちゃんと加減してるもの」
「痛いとか痛くないとかじゃなくて……あっ、あふっ、あふんっ」
 繰り返される乳房への刺激が、祐介に艶かしい声をあげさせる。手でいくら口を塞いでも、隙間から漏れる熱い吐息は止められない。絶え間なく続けられる乳責めと、時おり耳朶やうなじに降りかかるキスが祐介を苛む。祐介は情けなくべそをかいて、瑞希の身体で味わう官能に引きずられていった。
「祐ちゃん可愛い。祐ちゃん大好き」
「だ、駄目っ。あんっ、ああんっ。こんなの駄目っ」
 豆粒のように小さな乳房の先端をつままれ、悲鳴をあげる祐介。彼が嫌がれば嫌がるほど思春期の乳首は硬く盛り上がり、瑞希の愛撫に反応してしまう。入れ替わった体が女としての機能を発揮しつつあることに戦慄した。
(こんなの嫌なのに……嫌で嫌でしょうがないのに)
 生真面目な少年の心が反発するが、もはやどうにもならなかった。性感帯の一つである乳頭をしごかれ、肌に優しい口づけを浴びれば、既に男の味を覚えた女子高生の肉体は、隠しようのない嬉しさに燃え上がってしまう。
 女になって淫らなことをするのは、これが初めてではない。不幸なことに、ちょうど今のように不思議な薬で体を他人のものと交換させられ、異性の身体でエクスタシーに至ったことが祐介には幾度かある。無論、そんな体験があったからといって目の前の恥辱をあっさり受け入れられるものではないが、女として辱めを受けた記憶は、決して消えない傷となって彼の心の奥底に刻みつけられていた。
(もう女になるのは嫌だ。絶対に嫌だ。俺は男なんだ。俺は──ううっ、でも体が疼く。いったいどうしたらいいんだ……)
 ツインテールの黒髪を持つ美少女と化した祐介は、身体の内から湧き立ってくる牝の肉欲に戸惑う。いっそ意地を張るのはやめて、瑞希の望み通り、この体で彼女と交わってしまえば楽になるだろう。そんな誘惑が祐介を篭絡しようとする。徐々に理性が削られていくのを自覚しながら、祐介は瑞希の手の中で可愛らしく悶えた。
「ふああっ、もうやめてくれ。こんなの、頭がおかしくなるう……」
「おかしくなっていいんだよ、祐ちゃん。今日は女の子の気持ちよさを思いっきり味わってほしいの。そのために私の体を貸してあげたんだから」
 瑞希は祐介の顔で笑うと、スカートの中に手を入れ、女の陰部を下着越しに撫で回した。指先でくすぐるような刺激を繰り返し、軽く爪を立てて割れ目を引っ掻かれれば、祐介は声を我慢できない。
「ああっ、あんっ。そこはやめろ。そこは駄目だあ……」
「ちょっぴり湿ってるよ、祐ちゃん。祐ちゃんの下のお口が気持ちいいおつゆを垂らしてる」
「はあんっ、あんっ。そ、そんなわけない……」
「ホントだよ。祐ちゃんのここからトロトロした蜜が溢れてくるよ」
 とうとうショーツの中にまで手が侵入してくる。長い中指が肉の扉を開き、内部の浅い部分をぐりぐりとかき回した。力強くも巧みな指づかいに、祐介は翻弄されるばかりだ。やがて引き抜かれた瑞希の指は、確かに秘裂から染み出た雫に濡れて光っていた。
「ほら、濡れてる。やっぱり気持ちいいんだね、祐ちゃん」
「み、見せるな。笑うなあっ」
 羞恥で頬が真っ赤に染まる。瑞希はいまだ清い乙女のように恥らう祐介を見て微笑むと、彼が身に着けている黒いスカートを脱がせ、フリルつきのショーツを腰から引き抜いた。これで下半身はニーソックスだけになった。体のほとんどをさらけ出したあられもない姿の祐介を、瑞希は軽々と抱き上げる。壊れ物を扱うように用心深くベッドの上に運んだ。
「祐ちゃん、とっても綺麗だよ。綺麗なだけじゃなくて、とっても可愛い」
 自分が貸した身体をしげしげ眺めて、ため息をつく瑞希。ズボンの股間が盛り上がっているのがわかった。祐介が女として発情しているのと同様、瑞希も男の本能に突き動かされているのだ。
「か、可愛いなんて、そんな……なあ瑞希、頼むからもうやめてくれ。俺、こんなの嫌だよ……」
「どうして嫌なの? 祐ちゃんは私のことが嫌いなの?」
「そんなわけねえだろ。ただ、体が入れ替わってるのにこんなことするのはおかしいって言ってるんだ」
「おかしくないよ。私は祐ちゃんの体のことを全部知っておきたいの。それに、祐ちゃんにも私の体のことをちゃんと知っておいてほしい。そうしたら私たち、もっと仲良くなれるよ」
 瑞希は再び祐介の体を持ち上げ、二人一緒に寝転がる。何をするつもりかと不審に思っていると、向きを百八十度変えられ、瑞希の顔の上に股間がくるような格好になった。反対に、祐介の顔の前には瑞希のズボンがあった。俗にシックスナインと呼ばれる体勢だった。
「瑞希、いったい何をするんだ? お、おい……」
「何って、祐ちゃんのここを気持ちよくしてあげるの。ほら、私の顔の上にお股をのせて」
 うつ伏せになった祐介の下で、仰向けの瑞希が腕を伸ばして彼の太ももを開かせる。狙いは脚の間だった。指で祐介の女陰を左右に開き、うるみを帯びた秘所を何度もなぞる。再開された愛撫に、細かな震えが背中にはしった。
「あっ、そこは駄目っ。触っちゃ駄目だって。ああっ、あんっ」
 祐介は嫌がって腰を揺らしたが、たくましい腕に尻をがっちり押さえつけられているため、逃げることは到底できない。後ろ手に縛られた不自由な姿勢でひたすら喘ぐしかなかった。
 下腹部を中心にして、熱い波紋が体中に広がる。ほぐれつつある十七歳の女性器は、太く長い男の指を簡単に受け入れてしまった。一本ではない。二本の指を突き刺されて上下左右に広げられても、肉ひだは嬉しそうにうねり、多量の体液を分泌して少年の期待に応えた。
「すごいよ、祐ちゃん。エッチなおつゆがあとからあとから溢れてくる」
「や、やめろっ。そんな恥ずかしいことを──ひいっ、吸うなあっ」
 ジュルジュルと大きな音がして、祐介は悲鳴をあげた。瑞希の顔が彼の股間に埋もれていた。犬のように鼻先を陰部に押し当て、舌を伸ばして穴の周囲をなめ回していた。
「祐ちゃん、ここがおまんこだよ。今の祐ちゃんは私になってるから、ここにおちんちんを入れるための穴があるの」
「いちいちそんなことを言わなくていいから、早く離れてくれ……ああっ、ダ、ダメっ。ひいいっ」
 祐介は背中を震わせ、瑞希の声でかん高い悲鳴をあげ続ける。ざらざらした粘膜が陰核をこね、尿道を摩擦し、膣の入り口をほじくり返した。逃れることの叶わない執拗な責めが、祐介の心に瑞希の快感を植えつける。過敏になった肌に生温かい鼻息を浴びせられ、下腹がますます熱くなった。
(ああ、俺のアソコがとろけてる。俺のおまんこが……)
 瑞希が口にした下品な単語が、頭の中で何回も反響していた。淫猥な言葉で表現される女性器が自分の体に備わっていて、そこを指と舌で刺激されているのだと思うと、狂ってしまいそうになる。若く健やかな男だった祐介は、今この瞬間、まぎれもなく一人の乙女になっていた。
「あふっ、あふうっ。もういやだあ……やめてくれえ……」
「ふふふ……祐ちゃん、やめてほしいの? でも、もうちょっとでイキそうなんじゃない。途中でやめるより、最後までしちゃった方が楽だよ、きっと」
「そ、そんなあ……頼むからやめてくれえ。おまんこ吸わないでえ……」
 スンスンと鼻水をすすりながら、必死で恋人に許しを乞う。もうすぐ絶頂に達してしまいそうで怖かった。女の体になったのはこれが初めてのことではないだけに、なおさら怖かった。
 祐介の懇願が効いたのか、やがて瑞希は秘所をもてあそぶのをやめ、手を自らの下半身に持っていく。ズボンのファスナーが開き、祐介の目の前に膨張した男性器が顔を出した。
「ひいっ、勃ってる。お、大きい……」
 元は自分のものだったのに、こうして勃起した姿を突きつけられると、黒い威容に脅威を感じる。長く反り返った陰茎が、先走りの汁を光らせて祐介を威嚇していた。
「そうだね、私が一方的に祐ちゃんを気持ちよくさせるのは不公平だもんね。お返しに、今度は私のおちんちんをなめて気持ちよくしてもらおうかな。ねえ、祐ちゃん」
「な、なめろってのか? そんなの無理だよ。男の俺がこんなものをなめるなんて……」
「いいから早く。私、もう我慢できないよ」
 腰を細かく揺らし、たくましい一物を見せつける瑞希。欲望にぎらついた瞳が、怯える祐介をにらみつけていた。内気な女子高生はサディスティックな少年へと変貌していた。
「早くしないと、私が祐ちゃんを先にイカせちゃうよ? 祐ちゃんが私のおちんちんをなめて気持ちよくしてくれたら、そのぶん手加減してあげる」
「な、なんだよそれ。脅迫じゃねえか。俺はそんなの嫌だ──ああっ、あひっ、あひっ。やめろおっ」
 言葉の途中で瑞希の指がグリグリと女陰を穿つ。火照った肉の壷を攪拌されると、これ以上意地を張ることなどとても不可能に思えた。祐介は仕方なく首を伸ばし、鎌首をもたげたペニスにおずおずと舌を這わせた。
(ううっ、男の俺がこんなことをさせられるなんて……)
 口内に広がる塩味に、ぽろぽろと涙をこぼす。彼がぎこちなく奉仕している男性器は、確かに祐介自身が十七年の間所有してきた、大事な体の一部だった。それが今は瑞希に奪われ、代わりに与えられた瑞希の口でしゃぶらされている。これ以上ない屈辱と羞恥に、目の前が暗くなった。
「祐ちゃん、気持ちいいよ。女の子におちんちんをペロペロしてもらうのって、こんな感じだったんだね。私はいつもする側だったから、何だか新鮮な気持ち」
「ううう……俺は新鮮じゃない。なんで俺がこんな……ううっ、ううう……」
「ダメだよ、祐ちゃん。サボっちゃダメ。もっと大胆に舌を動かして、ついでに口でくわえてほしいな」
「あんっ、ああんっ。わ、わかった。言う通りにするから動かないでっ」
 今の祐介に拒否権はなかった。丁寧に舌を動かして唾液をたっぷり塗りたくると、小さな口をめいっぱい開いて先端を口に含んだ。口腔にあふれ出た牡の臭いに、頭がくらくらした。
「ああ……すごいよ、祐ちゃん。祐ちゃんのお口の中、とっても温かくてぬるぬるしてて最高だよ」
「ううっ、うぐっ。ああ、大きい……」
 くわえた途端に幹がひと回り膨張し、祐介はたまりかねて吐き出した。自分のものはこんなにも大きくなるのかと今さらながら驚いた。もう一度舌を這わせ、意を決して切っ先を口の奥へと導く。顎が外れないか不安だった。
(瑞希のやつ、いつもこんな大変なことをしてくれてたのか。苦しい……)
 はちきれんばかりに膨れ上がった男性器をくわえるのは難儀だった。普段、恋人の少女が自分にしてくれていることを、今は代わりに自分がおこなっている。肉体を交換したからこそ気づいた苦労だった。にわかに瑞希に対して感謝の念が湧き上がり、酸素の不足で意識が混濁し始める中、だんだん嫌悪の情が薄れていく。
「ううっ、うむっ。うむんっ」
「祐ちゃん、気持ちいいよ。おちんちんをくわえてもらうのって、こんなに気持ちいいんだ」
 瑞希はうっとりした声でつぶやき、祐介の尻を愛しげに撫で回す。テクニックも何もない稚拙な口淫だが、初めて女に奉仕してもらう瑞希にとっては、充分に満足できるもののようだ。寝転がったまま腰を上下に動かし、祐介の口を繰り返し犯した。鋼のように硬い肉の槍が頬の裏側や舌の付け根を突き、祐介から正気を奪う。
(うぐっ、うぐっ。俺、自分のチンポをくわえてる。俺は男なのに、こんなに太いものを口で……ああ、頭がおかしくなりそうだ)
 懸命に舌を動かし、口の中を満たした肉塊を舐め回す。とろりとした粘液を舌の上で転がし、少しずつ嚥下するたび、体の芯がかあっと熱くなった。互いに逆向きの姿勢になっているため、口いっぱいに頬張った見苦しい顔を見られなくて済むのが唯一の救いだった。
 今や祐介のものになった女体が、この立派な凶器を欲しているのは明らかだった。こんなに太く硬いものを陰部に突き立てられたらどうなってしまうのだろうと想像し、腹の奥の疼きに悶えた。体も心も瑞希になってゆくような気がした。
「ああっ、何これ? おちんちんの先っちょが擦れて、お腹の下の辺りからムズムズしたものが湧き上がってくるよ。すごい。もっとして、祐ちゃん」
 瑞希はため息をつき、体越しに祐介の後頭部を押さえつけた。ペニスが深々と喉に突き刺さる。咽喉の粘膜が亀頭をこすり、呼吸を困難にした。
「むぐっ、おごっ。ふごおっ、ふごおっ」
 祐介は目を剥き、新たな責め苦に必死で耐えた。喉奥の粘膜で亀頭をしごき、この苦しみが一刻も早く終わることを願った。垂れ下がった目尻に涙を浮かべて、夢見心地でたくましい男性器を味わった。
「すごいよ、祐ちゃん。もう我慢できない。何か出てきちゃう。熱いのが出そうなの、祐ちゃん」
 少年の恍惚の声が聞こえた。それは元々、祐介自身の声だった。瑞希のものになった祐介の肉体が奮い立ち、射精の準備を整える。くわえ込んだ幹を熱いものが上ってくるのを祐介は感じた。
「ああっ、出るっ! 祐ちゃん出すよっ!」
「ふごおっ !?」
 十七歳の陰茎が脈動し、濃厚な精を噴き出した。祐介の口の中に粘っこい感触が広がり、口内射精を受けたのだと知る。熱い樹液が喉を焼き、祐介は激しく咳き込んだ。
「げほっ、げほっ! おごおっ! うう、苦しい……」
 むせ返るような臭いを残して、ようやくペニスが引き抜かれる。祐介の繊細な顔の下半分は、白い粘液でドロドロになっていた。頭の中に霧がかかったようで、何も考えられなかった。
「祐ちゃん、とっても気持ちよかったよ。じゃあ、そろそろ入れてあげるね。できるだけ優しくするから、いっぱい気持ちよくなってね」
 瑞希はその場に起き上がり、半ば放心状態の祐介を抱きかかえた。祐介はベッドの上で仰向けに寝かされ、その両脚の間に服を脱ぎ捨てた瑞希が分け入ってきた。
 射精を終えても若い性器はいささかも萎えない。そそり立った肉の凶器が潤んだ秘所に狙いを定めた。引き締まった十七歳の男の裸体を、祐介は呆然と見上げた。
(お、俺、犯されるのか。瑞希と体が入れ替わったままなのに、こんなこと……)
 恋人と体を交換してのセックスなど望んではいなかったが、全身がすっかり脱力しており抵抗することは叶わない。祐介は逃げるのを諦めて目を閉じ、迫りくる合体に備えた。
 瑞希の動作は緩慢だった。入り口に亀頭をあてがい、二、三度止まって体の位置を確かめながら、ゆっくり前進する。慣れない男の身体ということもあり、挿入する場所を慎重に確認しているようだった。
「祐ちゃん、見て。私のおちんちんが祐ちゃんの中にめり込んでいくよ。ほら、ほら」
「ああっ、入ってくる……俺のアソコの中に瑞希のチンポが……ああっ、入った。うぐっ」
「奥までいくよ、祐ちゃん」
 瑞希は一気に腰を進めた。ずん、と重々しい衝撃が祐介を襲った。自分自身のものに串刺しにされ、強烈な圧迫感に体がわななく。消えかけていた意識が無理やり呼び戻された。
「はあ、はあっ、苦しい。こんなの耐えられない……」
「祐ちゃん、どう? 祐ちゃんの一番奥までずっぽり入っちゃったよ。すごい締めつけだね。おちんちんが千切れちゃいそう」
 瑞希はそのまま祐介の細い腰を持ち上げ、本来は自分のものである膣を隅々まで埋め尽くした。祐介の苦悶の吐息を吸い込み、少年の顔で満足げな表情を見せる。
「やっぱり私の中って狭いなあ。でも熱くてトロトロで、すっごく気持ちいいよ。ああ、もうじっとしてられない。動くよ、祐ちゃん」
 興奮した赤ら顔で腰を前後させる瑞希。男になった彼女が動くたび、収縮した肉ひだが引っ張られて全身の毛が逆立つ。性器の摩擦が少女の肉体を高ぶらせ、祐介から男の自覚をますます削り取っていった。
「いやだ、動くなっ。こんなひどいこと──あんっ、ああんっ」
 いくら抑えようとしても自然に声が漏れてしまう。甘い音色を含んだ悲鳴が部屋に響き、交わっている男女をいっそう煽りたてた。祐介を貫く瑞希の腰づかいにも少しずつ力がこもる。
「これが男の子の体でするエッチなんだね。素敵。祐ちゃんのおまんこがねっとり絡みついてきて、動くたびにいやらしい音をたてるの」
「そ、そんなこと言うなあ……俺はそんなにいやらしく、ない……あんっ、ああんっ」
 たくましい突き込みを受け、女子高生の細い身体は喜びに打ち震える。頭の中身が入れ替わっていることを除けば、これは平凡な少年少女の正常な性交でしかない。瑞希の肉体が歓喜し、祐介の意識を男から女のものへと塗り替えていく。肉体交換の秘薬の効果がいまだ残っているのだろうか。一秒ごとに自分が元の自分でなくなっていくのがわかった。
(こんなの嫌だ。俺は男なのに……こんなにおまんこズンズンされたら、男じゃなくなっちゃう)
 危機感は募るが、どうすることもできない。浅い出し入れを繰り返したあと、奥までずぶりと突き刺されるのは、女になったばかりの祐介にとって耐え難い誘惑だった。腹の奥底にある小部屋がうねり、受精に備えて収縮を始める。
「すごいよ、祐ちゃん。勝手に腰が動いちゃうの。止まらないよおっ」
「あひい、ダメえっ。こんなに激しくされたら、頭が変になっちゃうよおっ」
「いいよ、祐ちゃん。変になってもいいよ。二人一緒におかしくなっちゃおうよ」
「いいの? 私、おかしくなってもいいの? あんっ、ああんっ。変になるうっ」
 二人は同じ口調になっていることにも気づかず、身体を取り替えてのセックスに溺れる。心も体もとろけていくような感覚が祐介には心地よかった。好きな相手と身も心も一つになるような気がして心地よかった。
(ああ、最高だよおっ。私、頭の中まで瑞希になっちゃう。気持ちいいよお……)
 円を描くように膣内をこねられ、祐介は涙と鼻水でぐちゃぐちゃの笑顔を見せる。至福の法悦が女子高生の全身を包み込んでいた。向かい合って犯されることに幸福を感じた。
「うっ、祐ちゃんの締めつけがきつくなった。おちんちんが千切り取られそう。すごい、気持ちいいっ」
 瑞希は野太い声で喘ぎ、女を抱く喜びを口にした。祐介の肉びらが反り返った幹をしごき、瑞希を奥へ奥へと誘っていた。胎内を往復する肉棒は破裂寸前だった。間も無く二度目の射精を迎えるペニスが膣壁をえぐり、混じり合った粘液をかき混ぜる。双方に限界が迫っていた。
「ああん、もうダメっ。祐ちゃんイクっ。瑞希イっちゃうっ」
「祐ちゃんイクの? 私も一緒にイクからね。祐ちゃんの中にいっぱい出してあげる。あっ、ああっ、出る。出ちゃうっ」
「あ、熱いっ。熱いのくるっ。祐ちゃん、祐ちゃあんっ」
 新鮮な精液が子宮の戸を叩き、少女を絶頂へと追いやった。祐介の視界に赤い光が明滅し、体重が消失したかのような浮遊感に連れ去られる。身も心も女になった少年は間の抜けた悲鳴をあげてアクメに達した。薄い唇の端からよだれを垂らし、焦点の合わない目で虚空を見つめた。
(あああ……中に出してもらうの、気持ちよすぎるよお。こんなの味わっちゃったら、もう戻れないよ……)
 赤い光が消えたあと、黒いヴェールが祐介の眼を覆い隠す。薄れゆく意識の中で、祐介は自分がこのまま現世から消え去ってしまうのではないかという錯覚を抱いた。男だったときの記憶、生まれてから今まで十七年間に及ぶ「中川祐介」の記憶がどんどんぼやけ、代わりに同い年の女子高生「森田瑞希」の思い出が入ってくる。自分が自分でなくなってしまいそうに思った。
(あれ? 私、祐介だっけ、瑞希だっけ……。えーと、多分瑞希だよね。だって体は女の子だもん。私は瑞希。そう、私は森田瑞希。えへへ、祐ちゃん大好き……)
 最愛の少年の名を呼びながら、祐介は気を失った。それが自分の本当の名前であることさえ、今の祐介には思い出すことができなかった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

「へえ、そんなことがあったのかい。あの薬で随分と楽しんでくれたみたいだね。よかったよかった」
 少年はカウンターの向かいに座る中川祐介に笑いかけた。うなだれた彼の背後には、彼の恋人である森田瑞希が立っていた。どちらも学校帰りらしく、それぞれ濃紺の学生服と白いセーラー服を着ていた。
「でも、それにしては祐介君はなんだか浮かない顔だね。どうしたんだい?」
「はい、それが……実は私、瑞希なんです。あの薬を飲んで祐ちゃんと入れ替わったんですけど、それからもう三日もたつのに、入れ替わった体が元に戻らないんです。一日で戻れるって聞いてたのに、一体どうなってるんでしょう。それと、もう一つ。今の祐ちゃん、すっごく変なんです。変っていうか、別人になってるっていうか……」
 祐介は不安げに両手を握りしめ、少年に事情を説明した。自分は体こそ祐介だが、人格は瑞希であること。そして瑞希の中には祐介が入っているはずだが、なぜか彼女もまた自らが瑞希だと主張していること。少年は驚きの目で二人を眺めた。
「あれ、まだ元に戻ってないの? おかしいなあ。そんなはずはないんだけれど。祐介君の顔をした君は、本当に瑞希さんなのかい?」
「はい、私は瑞希です。森田瑞希」
 祐介は目を潤ませ、心細そうな視線を少年に向けた。凛々しい祐介が決して見せない目だった。少年は祐介の中に瑞希が入っていることを確信した。
「ふむ、なるほど。じゃあ、そっちの瑞希さんの顔をした女の子は祐介君ってわけ?」
「いいえ、違います。私が本物の森田瑞希です」
 長い黒髪を頭の左右で束ねた少女は、首を左右に振って答えた。彼女が言うには、自分たちは体が入れ替わってなどおらず、自分が本物の森田瑞希に間違いないそうだ。そして祐介の顔を持つ少年はやはり祐介なのだと主張した。
「私がホントの瑞希なんだよ。それでこっちが祐ちゃん。ねえ、祐ちゃん。私たち、入れ替わってなんていないよね?」
「そ、そんな……本当にどうしちゃったの、祐ちゃん? たしかに体は入れ替わってるけど、祐ちゃんは祐ちゃんじゃない。お願いだから早く元に戻ろうよ。私、やっぱりこの体を祐ちゃんに返したい」
 祐介は元の体に戻ろうと懸命に呼びかける。しかし瑞希は彼の説得に特に心を動かされた様子もなく、椅子に腰かけた祐介に抱きついて戯れるだけだ。
「違うよ、祐ちゃん。祐ちゃんは祐ちゃんの姿をしてるあなたじゃない。私は瑞希。あなたは祐ちゃん。誰が見てもそう言うに決まってるよ。変なことを言わないで、早く帰って一緒に遊ぼう?」
「ダメっ、祐ちゃん。今回のことはきちんと謝るから元に戻って。私、祐ちゃんが元の祐ちゃんじゃなくなっちゃうなんて嫌だよ……」
 祐介は半泣きになって瑞希の肩を押さえた。それで瑞希もふざけるのをやめるかと思えば、今度は「祐ちゃん、こんな昼間っから……でもいいよ。私は祐ちゃんの彼女だもんね。祐ちゃんがしたいって言ったら、いつでもどこでも相手をしてあげる」と嬉しそうに言って、セーラー服を脱ぎ始めた。頬を朱に染めて祐介に媚びる今の瑞希は、とても中身が生真面目な男子高校生だとは思えなかった。
「いやっ、やめて。そういうのは元の体に戻ってからにしてよ」
「ホントに今日の祐ちゃんは何を言ってるの? 体が入れ替わってなんていないって言ってるじゃない。この体は私のものだよ。だって私は瑞希なんだから」
 今一つ意思の疎通が成り立っていない二人の会話に、少年は困惑した。彼の作った秘薬がこの状況を招いたことは間違いなかったが、いったい何が起きているのか、彼でさえ即座には理解できなかった。
「うーん、どうなってるんだ? 祐介君が瑞希さんで、瑞希さんも瑞希さん……薬が効きすぎたのかな? 実に興味深いというか、面白いというか。いやあ、こういうこともあるもんだねえ。感心したよ」
「面白がってないで、早く何とかして下さい! 私、祐ちゃんがこのままなんて嫌です!」
「ねえ、祐ちゃん。今日はどうやって気持ちよくしてあげようか? 私、祐ちゃんのためなら何だってするよ。うふふ……」
 必死で懇願する祐介と、赤い顔で彼に体を擦りつかせる瑞希。日常とはかけ離れた奇妙な光景に、少年は酷薄な笑みを浮かべた。
「まあ、まずは分析だね。それから原因を調べて、元に戻すのはそのあと……まあ、もし元に戻れればの話だけどね。ひょっとしたら君たち、一生そのままかもしれないよ?」
「そ、そんなっ。そんなの酷すぎます!」
「えーと、この国ではなんて言うんだっけ? 因果応報、自業自得、天に向かって唾を吐く……まあ、言い方はどうでもいいけれど、今回は全面的に瑞希さんが悪いみたいだから、多少の不自由は辛抱してもらわないとね。それじゃあ、まずは二人の体と心の状態を詳しく調べるために、今からここでエッチしてもらおうかな。はい、二人とも服を脱いでー」
「そ、そんな……そんなことできません」
「ほら、祐ちゃん。エッチしなさいってこの人も言ってるよ? 早くしようよ、祐ちゃん。私、体がウズウズしてもう我慢できないよ」
「そうだ。早くエッチをするんだ。エッチしないと原因がわからないじゃないか。まあ、もちろんそれは嘘で、単に僕が君たちのいやらしい姿を見て楽しみたいだけだけれども。要はやりすぎたんだろうね。元に戻る方法も見当がついてるから、気が向いたらそのうち何とかしてあげよう。とにかく今はエッチしなさい。さあ、するんだ」
「ほ、本音が出たあっ !? い、いやあっ! 誰か助けてっ! ゆ、祐ちゃあんっ!」
「だから祐ちゃんはあなたでしょ? ふふふ……今日もたっぷり私のココで搾り取ってあげるね。あの気持ちよさを知ったら元には戻れないよね……」
 とうとう祐介は椅子ごと床に倒され、のしかかった瑞希に押さえつけられる。ツインテールの少女は舌なめずりをして、愛する少年の服を剥ぎ取り始めた。
「い、いやあっ! どうしてこうなるのっ !? 祐ちゃん、ごめん! ごめんなさーいっ!」
「どうして謝るの? 祐ちゃん、好きだよ。これからもずっと二人で生きていこうね。もちろん祐ちゃんがそうしてほしいなら、三人でも四人でも、いくらでも増やしてあげる。ふふふふ……くくく、くっくっくっく……」
 床の上で裸になって体を絡め合う若い男女。その浅ましくも微笑ましい姿を見ながら、今日も平和だと少年は思った。何げなく外を見やると、眠気を誘う温かな午後の光が、ガラス戸の向こうから中に差し込んでいた。


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