保健室のピンクゼリー(エピローグ)
作:せなちか


 玄関の呼び鈴が鳴ってからちょうど一分後に、純の部屋のドアが開いた。真新しいセーラー服を身にまとった眼鏡の少女が微笑して入ってくる。
「思ったより遅かったじゃない。委員会、結構長引いたんだね。まあ座ってよ」
 純は学習机の上に置かれたノートパソコンから視線を外し、少女にベッドに座るよう勧めた。狭い部屋なので床に腰を下ろすスペースはない。
 だが少女は純の言葉を無視して彼の後ろに立つと、首にそっと腕を回してきた。汗を吸ったセーラー服の白い布地が、女子中学生の体臭を純の鼻孔に伝えてくる。少年の股間がじわりと熱を帯びた。
「もう、邪魔しないでよ、真衣。今いいところなんだから」
 純は思春期の男子によく見られるぶっきらぼうな態度で、真衣と呼ばれた少女を煩わしげに振り払った。しかし頬がわずかに紅潮しているのを真衣に発見され、続く言葉を飲み込んでしまう。照れ隠しなのは明白だった。
「素直じゃないなあ、純は。それで、熱心に何を見てるの?」
 真衣はクックッと笑い、親しい少年に頬擦りしながらノートパソコンの画面をのぞき込む。どこかの住居の一室と思われる光景がモニタに映っていた。ベッドの上で二つの黒い人影が蠢いている。
「ん、妊婦のハメ撮りビデオ」
 穏やかな声で答える。一般的な中学生の男女の間で交わされる会話にはまず使われることのない単語だったが、口にした方も聞いた方も驚かない。
「ああ、また送ってきたの? あの子たちも好きだなあ。ここのところ毎日やってるって聞いたけど、よく飽きないね」
「仕方ないよ。安定期に入るまで○ックスはおあずけだったんだもの。それに卒業して会えなくなっても、やっぱり私たちには自分たちがどんな生活を送ってるか、知っておいてほしいんじゃないかしらね」
 純はパソコンのモニタにじっと見入り、男子中学生に似つかわしくない口調でつぶやいた。真衣が横から、「純、その喋り方」と指摘すると、はっとした様子で口元を押さえた。
「いけない。油断すると、つい女言葉を使っちゃうな。気をつけないと」
「クククッ、まあしょうがないさ。まだあれから一年も経ってないからな。俺も同じ失敗はよくするよ」
 真衣は純の肩をポンポンと叩いて笑った。まるで肥満した中年男のように不細工な人相だが、純以外の人間には可憐な美少女に見えるらしい。真衣の父親は、「娘は将来、絶世の美女になる」と口癖のように言っているが、この素顔を見たらどう思うだろうか。純は軽い寒気を感じた。
 二人は肩を寄せあい、画面に映る裸の男女を注視した。ベッドに寝かされた長髪の若い女は妊婦のようで、腹部が大きく膨らんでいる。禿げた肥満ぎみの中年男が女の脚を抱え上げ、ゆっくりと互いの股間を擦り合わせるたび、女はとろけるような甘い声をあげた。
「ああっ、気持ちいい。オ○ンコぐりぐりされるの、気持ちいいよお……」
「純くん、感じてるんだね。わかるよ。オ○ンコがひくついてるもん。へへっ」
 男が下卑た笑いを浮かべて、女の尻を揉みほぐした。
 緩やかなペースで動いて女を喜ばせていたかと思えば、急にズンと腰を突き出し、妊婦の呼吸をかき乱す。つんと尖った乳房の先端から雫が垂れて肌を濡らした。
「はあんっ、やめてぇっ。お腹の赤ちゃんがびっくりしちゃうよおっ」
 女の抗議に男が耳を貸す気配はない。脂肪にまみれた手が結合部に入れられ、妖しい手つきで蠢いた。女は脚をばたつかせて激しく喘ぐ。
「あふうっ、そこダメっ。ク○つまんじゃダメぇっ」
「うふふっ、可愛い。純くんはク○トリスをいじられるのが大好きなんだよねー。すっかりエッチなお姉ちゃんになっちゃって、牧野先生もびっくりするだろうなあ」
 男が奇妙な口調で女をからかう。まるで悪戯好きの少女のような話し方だ。
 女は軽口を受け流すことができず、両手で顔を覆って恥じらった。外見こそ美しい孕み腹の成人女性だが、舌足らずの口調と物慣れない振る舞いは不自然な幼さを感じさせた。
「ち、違うよ。美雪はボクだもん。ボクが美雪で、真衣ちゃんのお嫁さんにしてもらったんだもん。あんっ、ああんっ。つまんじゃダメだってばあっ。動くのもダメぇっ。ひいっ、ひいいっ」
「うん、そうだね。美雪はあたしの奥さんで、もうすぐママになるんだもんねー。楽しみにしてるから、早く元気な赤ちゃんを産んでみせてね。愛してるよ、美雪」
 男は幸せそうに言って、女の腹を愛しげに撫でた。夫婦にしてはやや年齢差が大きいが、それを感じさせない仲の睦まじさだ。
 純はモニタの外から二人を細い目で見やった。
「まったくもう……ひとの体にすっかり馴染んでくれちゃって」
「ククククク……いやあ、お熱いことで。ラブラブじゃないか、あの二人」
 彼と同じ気持ちになったのか、真衣が耳元で囁いてくる。純は軽く嘆息した。
「ええ、そうね。見てるこっちが恥ずかしくなっちゃう」
 また昔の口調に戻ってしまうが、今度はあえて直さない。どうせこの場には自分とこの女しかいないのだ。純はかつての自分の肉体が犯されるのを観賞しながら、一年前の出来事に思いを馳せた。
(あのピンクのゼリーさえ食べなければ、こんなことにはならなかったのに……本当に、人生どこでどう転ぶかわかったものじゃないわ)
 子供が好きで小学校の教師になったというのに、それからたった一年余りで自分自身が小学生に逆戻りしてしまった。今年からは中学生だが、また元のように教師の仕事に就くまでには十年近い歳月を要する。しかも性別まで変わってしまうなど、まさしく数奇な運命としか言いようがない。
 黙り込んだ純の物思いを妨げるように、真衣が彼の下半身に手を伸ばした。ズボンの中で硬くなった男性器を揉みしだかれて、思わず声を荒げてしまう。
「ちょっと、何するのよ。しょうもないことすると犯すわよ」
 純が鋭い目つきでにらみつけても真衣は涼しい顔だ。中学生とは思えない淫蕩な仕草で、純に肢体を絡ませる。
「いやあ、何か考え込んでいるようだから、ひょっとして元の体に戻りたいのかと思ってね」
「そんなわけないでしょう。あんなハゲオヤジの嫁にされた挙句に孕まされて、今さら元に戻れるわけがないじゃない。あの体はもう純くんにあげるわ。あの子、あんな風になっても本当に幸せそうだもの」
 純は画面の妊婦を指差して肩をすくめた。二十数年の人生を過ごした肉体に愛着がないわけはないが、今の激しい交わりを見ていると、元に戻りたいという気持ちが失せてしまう。怒りも悲しみも通り越して、もはや呆れるしかなかった。
「そうかい、そうかい。じゃあ、あのゼリージュースを探す必要はもうないんだね。よかった、よかった。あれから全然見つからなくて困ってたから、これでほっと一安心だよ」
「駄目よ。どうにかしてあれを手に入れてもらわないと困るわ」
「へえ、どうして?」
 予想外の返答だったのだろう。純の言葉にセーラー服の少女は怪訝な顔になった。そんな彼女の身体を抱き寄せ、純は紺色のプリーツスカートの中に手を差し入れる。細い腰が妖しくくねった。
「だって、この体が欲しいんだもの。真衣ちゃんの綺麗な体をあなたなんかに使わせるのはもったいないわ。もう一度あのゼリーを食べて入れ替わりたいの」
 純の目が欲望にぎらついた。この少年の体も決して悪くないが、やはり自分は女でありたいと思う。そのために、あのピンク色のゼリージュースは絶対に必要な品だった。
「綺麗な体か。ククッ、よく言うよ。嫌がる俺を無理やり組み伏せて処女を奪ったうえ、毎日毎日性欲のはけ口にしているくせに。今日も学校のトイレでヒイヒイ言ってお楽しみだったじゃないか」
 真衣の体を奪った卑劣漢が純をあざ笑う。お前も共犯だと言わんばかりの口調だ。純は何も言わず少女の股間に手を突っ込み、昼間に自分が注ぎ込んだ精液をかき出してやろうと指を這わせた。
「ああっ、んんん……おいおい、またしたくなったのか? 困るなあ。周りには清い交際だって言ってあるのに、こうもしょっちゅう求められたんじゃ、いつかバレちまうぞ。俺たちはまだ中学生になったばかりなんだから、素行には気をつけろよな」
「わかってるわよ。でも少しむかついたから、晩ご飯ができるまでやらせてもらうわ。覚悟しなさい。それと、あのゼリーも早く探してきなさいよね。まったく、使えないんだから」
 ぶつぶつぼやいて、純は真衣をベッドに押し倒した。黒い髪をかきわけて汗ばんだ首筋にキスをすると、少女のうっとりした声が聞こえてきた。こういう風に女を組み敷いているときだけは、男でいることの強みを実感する。
 男になってもうすぐ一年になる。たったその一年で、自分は途方もない変化を経てしまったのかもしれない。それが果たして良いことなのか、悪いことなのか純自身には判断がつかなかった。
 ただ、机の上のノートパソコンから聞こえてくる男女の嬌声はとても艶めいていて、嘆きや絶望の色はまったくない。人間とは強い生き物だとつくづく思った。
「おっ、おおっ。や、やべえっ。イカされちまう……ひいいっ、やめてくれえっ」
「ふん、いい気味だわ。あなたこそヒイヒイ言って腰を振っていればいいのよ。ほらほら、早くイっちゃいなさい」
 早く女に戻りたいと切望しながら、純は自分の人生を台無しにした張本人をいたぶり尽くす。真衣が泣きわめいて許しを乞うのを無視して、女の美貌をもった男子中学生は思うがままに少女の肉体を貪った。



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