亮と真耶 2

 駅前のスーパーは夕方になると安売りを行うため、かなり混雑する。
 “五時の市”と書かれた垂れ幕をぼんやり眺めながら、清水亮は重い買い物カゴを持ってレジの前でじっと待っていた。
「ったく――いつまで待たせるんだ……真耶のやつ……」
 三割引の豚肉のパック、ビニール袋に入ったキュウリ、賞味期限切れが近く値引きされた牛乳などで黄色のカゴはかなりの負荷を彼の両手に与えていた。
 周囲では制服姿の彼を感心した目つきで見やる主婦が何人もいて、あまりいい気分ではなかった。毎日買い物に来ているため、見知った顔もできてしまう。これではいけない、と亮は思うが何かできる訳でもなかった。
 彼がいい加減こちらから探そうかと思い始めた頃、店の奥からセーラー服を着た小柄な少女が駆けてきた。
「――亮ぅ、お待たせぇ!」
 手には程よく体温で温められた豆腐のパックが握られている。
……ちゃんと中身が崩れないよう注意してるんだろうな。
 彼はそう思いつつ呆れた視線を彼女に向けた。
「別に豆腐くらい、いいじゃねーか」
 腕を痛めてくる買い物カゴの中に豆腐を受け取って、彼は少女と共にレジに並んだ。
「何言ってんのよ。豆腐のないお味噌汁なんて、ハンバーグの入ってないハンバーガーじゃない」
「人、それをフィレオフィッシュと呼ぶ……!」
 腰に手を当てて偉そうに言ってくる少女は、長い黒髪を自然に垂らし脚には黒のニーソックスをはいていた。やや勝気そうではあるが、全体的に見て可愛らしい娘である。
 名前は遠藤真耶。高校二年生で亮とは同じ歳だ。
 二人は小さい頃から一緒に過ごしてきた、いわゆる幼馴染である。
 亮の記憶では、幼い頃の真耶は素直でいい子だったはずなのだが、成長するにつれだんだんと尊大で凶暴になっていった気がする。親の都合とはいえ、そんな少女と二人っきりで一つ屋根の下で暮らしている亮は、とても奇妙な境遇にあると言えた。

 帰り道、亮は両手にスーパーのレジ袋を持たされふらふらと歩いていた。学校のカバンも肩にかけているため、半端なく重い。その後ろからは、楽そうに手提げカバンだけを持った真耶が弾むような足取りでついてくる。
 時折、通行人がちらちらと振り返ってくるが、今の二人はどう思われているのだろう。
「――ま〜〜やぁ〜〜〜……」
「何よ亮、そんな死にそうな声出して」
 真耶はきょとんと彼を見上げ、不思議そうにたずねてくる。
 いくら演技でも、これはちょっとやり過ぎじゃないのか……。まだ家までは数百メートルあったが、亮は脇にあった公園に入るとベンチに座ってカバンと袋を下ろしてしまった。
「ちょっと亮! 何でこんなとこでヘタれてんの !? もうちょっとでしょ、とっとと歩く!」
「すまん、マジ無理……休ませろ」
 彼を叱りつけてくる真耶をなだめ、自分の隣に座らせる。亮は息を切らして少女に愚痴をこぼした。
「第一、なんで今日はこんなに買ってんだよ。重すぎじゃねーか」
「特売日なんだからしょうがないでしょ! ――あんた、チラシ見なかったの?」
 はいはい、主婦の鑑ですね……。
 彼は幼馴染の女の子に、心の中でそう言った。
 しびれた腕をだらりとたらした亮を、真耶が横目で見つめている。子供の頃からすれば、かなり成長したと思う。体は小柄な方だが胸だってあるし、意識的につり上げられた目も、あの頃からは考えられないほどの眼力を感じさせる。
(そういえば、最近してなかったな……)
 女にはややこしい時期があるらしく、ここ数日ご無沙汰だ。年頃の男の性欲を抱えて夜ごと悶々とするのも切ないものである。
 亮は腕の力だけでベンチの上を平行移動し、真耶に接近した。
「……亮、どうし――」
 と問いかけようとする少女の体を、彼はがっしり抱きしめた。
 ふわりと真耶の髪が揺れ、女子の香りが亮の鼻をついた。
 亮はか細い恋人の体をぐいぐいと腕で引き寄せ、自分の体と密着させる。
「――ちょ、ちょっと亮 !? こんなところで何やってんのよ !!」
 当然のように慌てふためく真耶を尻目に、静かで暖かな夕陽と風の中で彼は少女を抱き続けた。
「……いいじゃん。今、ここ誰もいないし」
「ひひひ、人が来たらどうすんのっ !?」
「そのときは、俺たちのラブラブっぷりを見せつけるだけだな」
 夕陽のせいでなく顔を真っ赤にする少女の耳元で、彼はそっと自作の愛の詩を口と喉とで吟じてやった。
「――俺、たまってる。真耶とヤりたい。でも真耶嫌がる。悲しい」
「……あ、あのねえ……」
 直球すぎる彼の表現に呆れる真耶。
 しかし彼女とて、亮の気持ちが分からない訳ではない。ふっと優しい笑みを浮かべ、彼女も亮を抱き返した。
 二人だけの公園に、少女の声が流れる。
「――それじゃ、帰ったら亮くんには色々してあげる……。でも、今はこれで勘弁してちょうだい?」
 安らかな笑顔で、真耶は背を伸ばして亮の口に自らのそれをあてがった。
「…………」
 桃色の柔らかな肉の感触に、亮が大きく目を見開いて真耶を見つめる。
 次の瞬間、少年は彼女をベンチの上に押し倒した。
「んっ……るおぅっ !?」
 口が塞がったままのくぐもった音声が一瞬だけ出て、すぐに消える。
 白く塗られたベンチの横木に真耶の後頭部を押しつけないよう腕で支えながら、亮は恋人の肉を貪った。
「んむ……んっ……」
 舌を伸ばし、硬く閉ざされた少女の歯をなめ回す。
「ん……んんんっ……!」
 歯と唇を同時にこすりこすられる心地よい感触に、二人は抱き合ってベンチの上で横になったまま目を細めた。
 亮は頭を少しだけ上げて、唇を名残惜しそうに離したあと、真耶の閉じた唇にベロベロと唾を塗りたくった。
「…………!」
 品のない彼の責めに真耶は抵抗もできず、されるがままになっているが、その目には隠しようのない劣情の色が浮かんでいた。
「ん、はぁ……」
 てらてらと唾で光る唇が開かれ、少女の切なげな熱い息が漏れる。
 しかし、彼はその隙を見逃さなかった。亮はもう一度、鼻が触れ合うほど真耶に顔を寄せ、伸ばした舌を開いた歯と歯の間に一気に滑り込ませた。
「――はふぅっ !?」
 驚きに目を丸くして、恋人の舌を口内に受け入れる少女。
 ここぞとばかりに亮の舌は真耶の歯の裏、頬の内側、濡れた舌を思うがままに蹂躙していく。
「はぁ、あぁ……ふ、はぁ……」
 ニチャニチャと唾の絡む音が二人の耳に届くが、もはやどちらもそれで恥ずかしがることはなかった。
 これが当然と言わんばかりに舌を絡め、唾をすすり合い、混ざり合った唾液をお互いの喉に流し込んでいく。
 こくん、と真耶の小さな喉が熱い液体を飲み干したのが見えた。
 亮は興奮のあまり小柄な恋人の体を抱きしめのしかかり、散々に真耶を苦しめた。喘ぐ少女の口を塞ぎ唾を飲ませ、呼吸を妨害する。性感と苦しさでもう真耶の顔は真っ赤だった。
「ちゅ、じゅる……はぁ、まや、はや……」
「――んむぅっ……りお、りょーくぅん……んっ……」
 そろそろ決めてやらねば。
 亮は人工呼吸の要領で真耶の口に覆いかぶさり、少女の中の気体と液体を力の限り吸い上げた。
 ――ずるうぅううぅうううっ…… !!
「…………っ !!」
 真耶の体がビクンと跳ね、白い手がブルブル痙攣した。
 やっと満足したようで、亮は真耶の体を優しくベンチに寝かせ、ぐったりした彼女に自分の脚で膝枕をしてやった。
「ふう……気持ち良かった……」
 袖で口元をぬぐい、爽やかにそう言い放つ。
 不意にその頬に少女の手が伸ばされ、亮の顔が痛いほど引っ張られた。
「――痛っ !? な、何すんだよ !?」
「……何すんだよじゃないわよ……」
 真耶の声は低く、さながら地獄から聞こえてくるかのようだった。
「あんた、あたしを殺す気……?」
「――い、いいえそんな滅相も……」
 よくわからないが、ここは全力で否定しておいた方がいい気がする。
 彼女は亮の顔を引っ張って起き上がると、静かな目で彼をにらみつけた。
「とりあえず、あたしの言いたいことはねぇ……」
「ん、なに、なに……?」
 苦しさのせいでなく恐怖に青ざめた亮の左頬を、真耶の拳が一直線に打ち抜いた。
「このドアホォォォォオォオォウゥッ !!!」
「――ぶげぇっ !?」
 今度は亮が膝枕をしてもらう羽目になってしまった。
 もっともそれはそれで、心地よい話ではあったが。


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