亮と真耶 1

 ……どうもこの頃、眠りが浅い。
 眠っていても休めないというか、意識がずっと残っている気がする。目が覚めた後、覚えているのは突拍子もない、非現実的な記憶ばかり。
 海の底を歩いていたら大きな魚に飲まれたり。
 追いかけられて高層ビルからふわりと飛び降りたり。
 自分はこんなに夢見がちな人間だったのかとつい苦笑してしまう。
 今夜も亮は夢を見た。
 何もない真っ白な部屋に、所在なさげに立っている自分。
(――りょーくん)
 呼ばれた気がして振り向くと、小さな女の子がこちらを向いていた。
(誰、だっけ……?)
 忘れるはずのない相手なのに、夢の中の亮はなぜか思い出すことができない。
 女の子は四つか五つくらいのあどけない娘だった。大きな黒の瞳が真っ直ぐこちらに向けられている。ふわりと揺れる白いワンピースが、何も無い白一色の世界によく似合っていた。
(ああ、この格好、あいつが気に入ってたんだっけ……)
 そんなことを考えて、またも自問する。
 あいつとは誰なんだ? この少女は誰だ?
 記憶の蓋をこじあけようとして、それができないことに苛立つ。
 ここはそんな不条理な世界だった。
(りょーくん、りょーくん)
 少女はずっと彼の名を呼んでいる。笑顔でゆっくり近づいてくる。やがて体が触れ合い、少女の手が亮の首に回された。
(りょーくん……ずっといっしょにいようね♪)
 誰なんだ。ここはどこだ。今はいつだ。なぜ、俺は思い出すことができない? 大事だったはずのこいつを、なぜ――。

そして亮の目が覚めた。

 薄目を開けて見えたのは暗い天井だった。
 窓の外からはチュンチュンと鳴く鳥の声。カーテンのせいで見えないが、そろそろ日が昇りだすようだ。時計を見ずとも、起きるにはまだ早すぎる時間だとわかっている。
「…………」
 亮は仰向けのまま、首を横に向けた。やや広めのベッドの中で、隣の少女は安らかな寝息をたてていた。
「りょーくん……」
 ぴったり密着して、離れないように亮にくっついているその格好は、彼女を実際の年齢よりも幼く見せていた。
「ったく……こいつか……」
 少し不機嫌な声で亮はつぶやくと、少女の体を揺さぶった。
「おい、真耶、起きろ」
 ぺしぺしと柔らかな頬を叩く。
「ん……」
 少女はゆっくりと目を開き、亮の姿を瞳に映しこんだ。
 次の瞬間、彼が驚くほどの勢いで飛び上がる。
「お、おはよう !! 亮くん……!」
「ああ、やっと起きたか」
 少女の長い黒髪がふわりと揺れ、青いパジャマの前にかかった。
 一番上のボタンが外れていて白い肌の一部が見えているのが妙に艶かしい。
「まだ早いけど目が覚めちゃってさ。二度寝するのも面倒だったから、一緒に起きようと思って」
「うん……えっと、ひょっとしてあたしのせい?」
「……んなこたないさ」
 こんなところは妙に勘がいいから困る。落ち込んだ顔も可愛いが、亮は彼女の笑顔の方が好きだった。彼女を励ますように、パジャマ姿の真耶を抱きしめてやる。
「ん……亮くん……」
 ぎゅっと密着していると、少女の体温が直に感じられ心地よかった。それは真耶も同じようで、穏やかな笑みを浮かべ亮に抱きつきながら、全身から幸せそうな温かみを発していた。

 やがて二人は身を離す。
「着替えてこいよ。時間かかるだろ? パンでも焼いて待っててやるって」
「そ、そんな悪いよ……」
「いいっていいって。その代わり、今日も弁当よろしくな」
 亮が笑うと、真耶は顔を真っ赤にして頭をぶんぶんと縦に振った。

――ジャアアアア……。

 トーストにバターを塗り、ベーコンと玉子をフライパンで炒める。自分の分は、一緒くたにトーストに乗せてしまった方がいいだろうか。悩ましいところだったが、真耶は普通に食べるだろうから、亮もそれに合わせることにした。
 真耶は亮と別のことをするのを極度に嫌がるのだ。
 テレビをつける。最初に聞こえたのは日本代表が勝ったというニュースだった。
「僕は持ってますね。神が降りてきた」
 ああ、ついに人間をやめてしまったのか、イチロー。
 やはりいつかは神社に祭られるのだろうか、などと思いながらチャンネルを回す。民主のイチローはどうでもいい。
 特に見たいものもなく、スポーツの特番をつけておいた。

 階段から足音がしたので振り向くと、制服姿の真耶が降りてきた。
 小柄で華奢な体格。スカートからのぞく細い脚。亮が頼んで毎日履いてもらっている黒のニーソックス。幼馴染の目から見ても、充分に可愛いと思う。
 真耶の分の朝食はテーブルの向かい側に並べておいたのだが、彼女はやや遠慮がちに椅子を彼のすぐ横に移動させると、亮にくっつくようにちょこんと座った。
(まあいいけど……)
 目いっぱい手を伸ばして皿を取る姿が何ともいじらしい。
 先に食べはじめていたので亮はすぐ朝食が終わってしまったが、なんとなく席を立つと真耶に怒られそうな気がしたため、牛乳をちびちびと飲んで暇をつぶす。真耶はその間パンをかじりながら、ちらちらとこちらに視線を向けていた。
「――真耶」
「な、何、亮くん !?」
「……いや、いい」
 気になるなら遠慮しなくてもいいのに。そう思いながらも口には出さず、少女の食事が終わるのを待った。
「ごちそうさま。じゃ、お弁当作るね」
「ああ、頼んだ」
 時間はたっぷりある。制服の上にエプロンをつけて台所に立つ真耶と、椅子に座ってだらだらとテレビを見る亮。
(新婚さんですか。いやあ、いいですなあ)
 これも口に出すと彼女を困らせてしまいそうなので、胸にしまっておく。
 朝の緩やかな光の中、火と包丁の音が部屋に踊っていた。
「さて、んじゃ行きますか」
「忘れ物はない? 亮くん」
「まー多分ないだろ。弁当は入れたし」
 玄関でそう言うと、彼はドアを開けた。春の風が吹き込んでくる心地のいい感触に、亮の頬が緩む。
「うむ、余裕のある登校って素晴らしい……!」
 その後ろでは真耶がガチャガチャと家の鍵をかけていた。ピッキング対策にとドアには二つ鍵があるのだが、幸いにも今までそれが役立ったことはない。
 道に足を出した亮に、真耶が声をかけた。

「――ちょっと待ちなさいよ! あたしを置いてく気 !?」

……始まった。いつものことに苦笑しつつも、亮は振り返った。
「別に。お前こそ早く来いよ。遅刻しちまうぞ?」
「何言ってるの! あんたがあんな早くに起こしたから余裕ありすぎじゃない! まったくもう……」
「はいはい、いいから行くぞ」
 ブツブツ言う少女にそう言って彼は駆け出した。
「あ、こら待て! 待たないと後で後悔するわよ!」
 怒って追いかけてくる真耶を尻目に、亮は朝の風を全身に浴びていた。

 亮の両親は海外出張に出かけていて、数ヶ月は帰ってこない。
彼は多少家事ができたし、一人暮らしの経験も何度かあったため、今回もひとり気楽に過ごそうと考えていた。
 だが時を同じくして、男手一つで真耶を育てていた彼女の父が、やはり海外へ転勤になってしまったのだった。今さら外国に転校するのも辛いだろうと、父親は単身赴任を決めたが、娘を一人で生活させるのはやはり不安だった。
「……という訳で亮君、うちの真耶を頼んだよ」
 突然押しかけてきて幼馴染との同居を頼まれ、亮は少なからず戸惑ったが、結局真耶との二人暮らしを受諾することになってしまった。
「でも、いいのか真耶? 俺なんかと暮らすなんて」
 親はああ言ってるが、年頃の少女としてはやっぱり嫌だろう。
 幼馴染で今も一緒に過ごしているとはいえ、真耶はややキツい性格のため、自分に好意を持っているとはあまり思えなかった。
 だが真耶は彼女らしくもなく頬を桜色に染めてうなずき、
「……りょ、亮とでしょ? それならまぁ……別に、いいかな……」
 ボソボソと小さな声でそう言った。
「え……それって真耶……?」
「――う……」
 まだツンツンし始める前、小学生の頃彼によく見せた内気な表情だった。もう忘れてしまったのかと思っていたが、お互いに覚えていたらしい。
「そ、そうよ……あたし亮……くんのことが……」
 出会った頃から十余年。あらん限りの勇気を振り絞った告白だった。

 こうして二人は晴れて付き合うことになったが、真耶の猛烈な主張により、周囲にはそれを隠すことにした。
「……だって恥ずかしいもん」
 そんな我がままを受け入れるあたり、自分も物好きだな、と亮は思う。もちろん双方の親にはバレているが、どちらも遠い異国の地。“ちゃんと避妊しろよ”としか言ってこないが、それはそれで真耶が真っ赤になるので困ったものではある。
 校門前で見慣れた女子の姿が見え、亮は足を止めた。栗色の髪をお下げにした、童顔の少女だ。
「お、斉藤。はよっす」
「清水君、おはよう。今日は早いのね」
 そのとき、後ろから息を切らした真耶が追いついた。
「はぁ、はあ……亮ぉぉぅ!」
 ツヤのある黒のストレートヘアを汗で湿らせ荒い息を吐きながら鬼のような形相でこちらをにらみつけてくる少女に、亮は爽やかな笑顔で言い放った。
「遅いぞ真耶。危うく遅刻するとこだったじゃないか」
 真耶は怒りと恥辱、全力ダッシュのせいで顔を真っ赤にしていたが、十秒ほどで怒鳴れるほどの呼吸を整えたようだ。こういうところは無駄にすごい、と亮は感心してうなずいた。
「そんなわけないでしょうが! 時間は余裕すぎるわよ! あたしはか弱い乙女なんだから、もっとゆっくり走ってよね!」
「真耶だからこれくらい平気だと思ってた」
「あんたみたいな体力馬鹿と一緒にするな!」
 そんな二人の会話を聞いて、斉藤留美はクスクスと笑った。
「真耶もおはよう。相変わらず仲がいいわね」
「はあ !? 留美、ひょっとして今日は眼鏡忘れた?」
「私、元から眼鏡かけてないけど……」
「皮肉よ皮肉! どこをどーしたらあたしと亮が仲いいように見えるってのよ。馬鹿言わないでよね」
 留美は微笑んで真耶を見つめている。
「だって同居してるんでしょ? 親公認の仲ってことだもんね。ちゃんとした相手がいる真耶が羨ましいな」
「だから勘違いしないでってば。あたしはおじさんとおばさんに頼まれて、何もできないこいつの世話してやってるだけよ。まあ、わかりやすく言うと飼育係ってところね」
「とか言って家の中でいちゃついてたり……」
「なわけないでしょ。ちゃんと廊下にも部屋にもテープ張って、絶対に近づけさせないようにしてるわよ」
 普段あれだけべったりしておいて、冷や汗一つかかずにこう言い切るのはある意味すごい。おかげで、こちらまで演技がうまくなってしまった。
 あまりにも自然に否定する真耶の様子に留美は半ば以上騙されたようで、こちらにも確認をとってきた。
「……そうなの? 清水君」
「ああ。こいつの性格知ってるだろ? 同じ檻に入れられて困ってるのは俺の方さ」
 心の中で少しだけ嘆きつつ、これ見よがしにため息をつく。
 しかしその態度も少女は気に入らなかったらしい。
「なぁにぃ? 誰が百獣の王ですって……?」
「いやいや、強いて言うなら密林の野獣ってとこだろうか。ピューマとかナルガクルガとか、あの辺のイメージ……がはぁっ!」
 会心のストレートを左頬にくらい、盛大に吹っ飛んでしまう。
 しまった。回避性能があれば……。自分の迂闊さを嘆く亮だった。

――キーンコーンカーンコーン……。

 昼休みになり、亮のクラスに真耶がやってきた。真耶と向かい合って同じ中身の弁当(量は違うが)をつついていた亮を、悪友の健司がにやけ顔で茶化す。
「……なんだ、また今日も愛妻弁当か。恵まれてるやつはいいよな」
「――何言ってるの、自分のついでに作ってるだけよ。こいつがパンでも昼抜きでもあたしはどうでもいいんだけど、朝お弁当作ってたら亮が卑しい目でこっち見てくるのよね。一人分も二人分も手間は変わらないから、仕方なく作ってやってるの」
 ふん、と澄まし顔で真耶が答えた。
「へえ、よくわからんが大変なんだな」
 健司は真耶の顔と手の込んだ弁当のおかずとを見比べていたが、ひょいと手を伸ばして亮のおかずのロールキャベツをかすめとった。
「む……結構うまい。くそ亮め、死んでしまえ」
「あ、こら何すんのよ! ドロボー!」
「なんで遠藤が怒るんだよ。俺は亮のを取っただけだろ?」
 口から唾を飛ばして真耶が怒鳴った。
「作ったのはあたしなんだから、怒るのは当たり前でしょ! せっかく毎日亮の馬鹿を餌付けしてやってるのに……」
「おい亮。よくわからんが人間扱いされてないみたいだぞ、お前」
「気にするな。俺は気にしてない」
 無表情を装って、亮は残ったロールキャベツを口に放り込んだ。

 学校の帰り、二人は駅前のスーパーで買い物するのが日課になっている。
「あーあ、なんであんたなんかと今日の安売りコーナーを主婦みたいに回らないといけないのかしら……」
 ため息をついて言うその顔も、家に帰ると豹変するのだから面白い。
 真耶に先導され、亮はカゴを持ってついていった。
 買い物は全て真耶が仕切るため、亮は荷物持ちでしかない。退屈だったのでぼーっと辺りを見回していた亮だったが、ふとその視線が一点で止まった。
「――おい、真耶」
「……何よ?」
「あれ見ろ。水野兄妹じゃないか?」
 彼が指さした先には、学校でも優等生として有名な双子の兄妹、水野啓一と水野恵が揃って食材を眺めていた。
「へー、あの二人ホントに仲がいいわねー」
「さすがフロスト兄妹、何かが通じ合ってるんだろうな」
 水野兄妹は勉強も運動も人一倍でき、共に優れた容姿を持ち、さらに性格も穏やかな、周囲の憧れと嫉妬の的の完璧超人たちだった。
 だが彼らが有名なのはそれが原因ではない。
 二人とも恋人がいないはずなのに、合わせて百を超える告白を断り続けているからだった。
 ひょっとして兄妹で付き合っているのか。
 当然のようにそういう噂が流れ、亮もそれを半ば信じていた。
「まさかあいつら、料理までできるとか言わないよな?」
 呆れ顔で口にした亮に、真耶が教えてやった。
「あの二人、最近お弁当持ってきてるみたいよ? どっちか知らないけど、ちゃんと作れるみたいね」
「マジかよ……うぜー」
「妬まないの。あんたにはあたしが毎日作ってやってるでしょ?」
 そういうことを言ってる訳ではないのだが。
 そのとき、水野の妹の方がこちらに気づき、近寄ってきた。
 二人の前までやってきて微笑みながら挨拶してくる。
「こんにちは、清水君、遠藤さん」
 よく手入れされた黒の長髪が光を反射して輝いた。
 真耶も充分以上に可愛いと思うのだが、客観的に見ると恵に一歩譲るだろう。かといって、亮はこの少女にホレたことはない。
「ああ、水野も買い物か? 兄貴と一緒に」
「今日うちの両親が出かけちゃっていないから、夕飯作ろうかなって……。清水君と遠藤さんはデート?」
 笑顔で突拍子もないことを言ってくる恵を真耶が咎めた。
「なんでデートでスーパーに来るのよ! 頭大丈夫 !?」
 一方、啓一の方は三人に構わず、惣菜売り場に陣取っていた。
 妹が同級生と顔を合わせてるんだからこっちに来ればいいのに、相変わらずよくわからない二人だった。
 水野恵はこちらが思わずドキリとするほどの笑みを浮かべて話している。
「いや、仲良さそうに見えたから……なんかうらやましいなぁ」
「それは水野の目が悪いだけよ。こいつはただの荷物持ち!」
「……だそうだぞ、水野」
 お前が俺たちにうらやむとこなんて何もない。そう言おうとした亮だが、恵が一瞬だけ寂しそうな顔になったのを見逃さなかった。
「――でも、二人って付き合ってるんじゃないの? みんなそう言ってるけど……」
「違うってば、あたしはこいつの飼育係。こいつの親が海外に行って当分帰れないから、頼まれて世話してやってるだけよ」
「え、まさか同居? 押しかけ女房?」
「そりゃ一緒に住んではいるけど……あんたが考えてるような状況は一切ないから、誤解しないでね」
「うん、わかった」
 うなずいてはいるが、彼女の頭の中では「親がいないのをいいことに同居してキャッキャウフフ」という図式ができあがっているのだろう。
 亮としては事実だから反論の余地はなかったが、真耶は恵の反応が気に入らなかったのだろう、まだしばらくあれこれ言い続けていた。
(まったく……まぁこんなとこも可愛いんだけどな)
 買い物カゴを持ったまま、亮は二人の美少女を眺めていた。

 家に帰るなり、真耶が泣き出した。
「――うわぁああぁぁああぁん!」
 やれやれ、また始まった。
 買い物袋をテーブルの上に乗せ、亮はため息をついた。
「真耶、落ち着けって」
「だって、だってだってぇぇえ!」
 彼女は床の上にひざまずいて濡れた目をこすっている。泣き顔もまた亮のお気に入りではあるが、できればさせたくない。亮は真耶の正面に座り込んで、泣き喚く少女を優しく抱いてやった。ぎゅっと抱きしめ、髪を撫でてやるとだんだん真耶が落ち着いてくる。
「りょ、亮ちゃんごめんなさいぃ……。今日も殴ったり怒鳴ったり、ひどいことしちゃってぇぇえ……」
「俺のことは気にしなくていいから、真耶。だから泣くなって」
「う、ヒクッ……う、ゔゔっ……」
 いつもこうだ。
 家の中では真耶は亮にベタベタに甘えてくるくせに、外に出るとああやってツンツンしてしまうのだった。そのため家に帰るとこうやって反省会が始まってしまう。
(フツーに振舞ってくれれば、それでいいんだけど……)
 しかし真耶が言うには、今までずっと強気で通してきたために、今さら大好きな幼馴染と同居して毎日ベタベタ甘えていますとは死んでも言えないらしいのだった。
 最初はあまりのギャップに二重人格を疑ったこともあったのだが、父親は優しいし、離婚した母ともしょっちゅう会っているはずなので、真耶は一応真っ直ぐ育っていると思う。精神に異常をきたすような娘ではない。
 やっぱりこれは見栄と本心の葛藤なのだろうと、亮はあえて真耶のやりたいようにさせてやることにした。そのうちこれも治まって、周囲にも自然に振舞えるようになるだろう。
それに――。
(表情がコロコロ変わるのも、こいつの魅力なんだよな……)
 真耶の背中をポンポン叩きながら、亮はそう思った。

 数分もくっついていると、落ち着きを取り戻したようだ。
 真耶は彼から体を離し、申し訳なさそうにうつむいた。
「ごめんなさい、亮くん……またやっちゃって……」
「別にいいって言ってるだろ? いちいち謝ることないって」
「う、うん……」
「それに、俺は真耶のことなら何でも全部好きだから。安心しろ」
「…………っ !!」
 真耶は顔を真っ赤にし、頭から盛大に湯気を噴き出した。

 夕食はハンバーグと味噌汁、ポテトサラダだった。亮は濃い目の味付けが好きなのだが、真耶は薄味好みだ。
 だが真耶の作る料理はどれも美味く、嗜好の違いで揉めたことはない。たまには俺が作ろうかと言っても、首をぶんぶんと振って断られた。
「いいの! 亮くんはじっとしてて!」
「と言われてもなぁ……」
 所在なさげにたたずむ亮。真耶の気持ちはわかっているが、やはり悪い気がしてくる。
「――あ、そーだ真耶」
「何? 亮くん」
 ピンクのエプロン姿で振り向いた少女に、彼は笑いかけた。
「せっかくだから、裸エプロンというのはどーだろう」
「な !? ――だ、ダメ、ダメダメダメぇっ!」
 ゆでダコのようになった真耶が面白かった。

 並べられた料理を、向かい合ってではなく隣り合って食べる。
 ぴたりとこちらに寄り添って明らかに食べにくいと思うのだが、真耶は満足げに食べながら亮にくっついてきた。
(……うーむ……)
 ふと思いついて、亮は小さく切ったハンバーグを箸でつまみ、隣の少女の口元に運んでやった。
「――? ありがと♪」
 嬉しそうに開けた口に肉の塊を放り込むと、真耶は嫌がるでもなくもぐもぐとそれを咀嚼した。
 その幼馴染の様子を、亮はずっと観察している。
 第二段階として彼は味噌汁を自分の口の中に含んだ。
(さて、これにはどう反応するか――)
 ちょんちょんと真耶の肩をつついて振り向かせ、亮はきょとんとした少女の唇に自らのそれを押し当てた。
「………… !?」
 驚いた真耶の中に葱や揚げ物の混じった熱い液体を注ぎ込んでやると、彼女は目を見開いて飲み込んだが、うまくいかず少々咳き込んでしまった。
「――かはっ! ゴホゴホっ! り、亮くん…… !!」
 苦しさゆえか恥ずかしさゆえか、真っ赤になってこちらを咎めるような視線を送ってくる。どうやらお気にめさなかったらしい。
(ふむ、これは駄目か……難しいな)
 亮にしてみればこれも全て気難しい真耶の心を量るスキンシップのつもりだが、この少女にしていいこととしてはいけないことの基準が未だにわかりにくいから困る。
(口移しと裸エプロンはNGで、くっついたり抱きしめたり、箸で食べさしてやるのはOK……要はエロいのは駄目ってことか?)
 確かに真耶は小柄ではあったが普段から気が強く、亮以外には子供っぽいところは決して見せなかった。
 逆に言うと、亮にはつい昔のように振舞いたくなるのかもしれない。
 亮は素直に謝り、何とか真耶の機嫌をとろうとした。

 そうしているうちに夕食が終わり、やがて風呂に入る時間になった。
「仲直りということで、一緒に入るってのはどーだろう」
 亮のその提案に、真耶はかなりの間悩んでいた。
「え……あ、うーん……亮くんと、んー……」
 本音を言えば入りたいのだろう。  子供の頃は何度も体を洗い合ったことがあるし、真耶には今日も亮にツンツンしてしまったという思いがある。
 しかし高校生にもなって二人で洗いっこ、というのは彼女の見栄がなかなか許さないのだった。
 真剣に悩んでいる少女に、彼が言ってやる。
「……やっぱり恥ずかしいか? でも、今は二人きりで誰を気にする必要もないぞ」
「んー、そうなんだけど……その、あたしが気にするかな……」
 明らかに逡巡している。亮はそんな幼馴染にニヤリと笑うと、こう提案した。
「んじゃそうだな、外でやってる強気の態度で入るってのはどうだ? あれなら強がりも言えるし、何やっても恥ずかしくないだろ」
「えー、何それ……?」
 意外な言葉に、真耶の顔が驚きの表情を浮かべた。
「いいからいいから、俺が許す。いつものツンツン口調で一緒に風呂に入ろうぜ、頼む」
 あの態度なら、いつも遠慮しがちな真耶も思ったことをありのまま、亮にはっきり言うことができる。彼に頭を下げて頼まれると嫌とは言えない真耶は、仕方ないといった顔でため息をついた。
「……やれやれ、わかったわよ。でも変なことしたら許さないからね!」
 それでこそ真耶だ。
 そう言いたげに亮は少女を風呂場に連れて行った。

 パパっと服を脱ぎ、亮は全裸になった。
 年頃のスポーツ少年のたくましい裸身が露になり、下着姿の真耶は頬を朱に染めて顔をそむけてしまった。
「な、何してんの! タオルくらい巻きなさいよ!」
「いや、まぁいいかなって。ここにいるのは俺と真耶だけだし」
「調子乗らないでよね! 親しき仲にも礼儀あり―― !?」
 彼は少女の顔にそっと手を伸ばすと、桃色に染まった頬に軽く口づけをしてやった。
「――何すんのよ !? 変なことしたら許さないって言ったでしょっ !!」
「気にするな。俺は気にしてない」
 亮はタオルを肩にかけ、一足先に浴室に入った。
 結局、真耶はバスタオルを体に巻いて風呂に入ってきた。
 こちらから顔をそむけている癖に時折ちらちらと向けてくる視線が、亮にはとても微笑ましいものに映った。
「……何笑ってんのよ!」
「笑ってない笑ってない」
「――嘘! 今絶対ニヤけてた!」
 表情を隠すように頭から湯をかぶる。狭い浴室の中で飛沫が真耶にかかるも、彼女は軽く顔をしかめただけで何も言わなかった。
 先に頭も体も洗い終え、亮は湯船につかり、タオルで覆われた真耶の裸を後ろから見つめた。
 全身の手入れに加えて長い髪も洗うのが大変だとかで、やはり女は時間がかかる。
 一分か二分か、そんな真耶を眺めていた亮だったが、また何かを思いついた表情で湯船から上がり、彼女の背後に立った。
「――亮……?」
 無言で後ろから手を回し、少女のバスタオルを剥ぎ取ってしまう。
「ちょ、ちょちょちょちょっ !! あんた何すんのよ!」
「いや大変そうだから、ちょっと手伝ってやろうと」
 彼はボディソープのついたスポンジを真耶の背中に当て、優しくこすり始めた。
「い、いいわよ! 余計なお世話!」
 頬を赤く染めてそう言った彼女を無視し、真耶の背中を洗い続ける。
 はじめのうちはぶつぶつ言っていた真耶だったが、すぐに何も言わなくなり大人しく亮に従った。

――ゴシゴシ、ゴシゴシ。

 本当のところはやはり心地よいのだろう。力任せでない、程よく加減された亮の手つきに真耶は文句一つ言わなかった。
「よし、こんなところかな」
「……終わったの?」
 ほっとした様子で、そして少し残念そうに真耶が言う。
 しかし亮は後ろから彼女を抱き寄せ、ぴったり密着すると手を回して少女の白い腹部を洗い出した。
「り、亮……そこはいいから…… !!」
「ついでに洗ってやるよ。気持ちいいだろ?」
「いや……く、くすぐったい……!」
 腹やわき腹といった敏感な部分をごしごし擦られ真耶は逃げようと身をよじるも、彼はそれを許さなかった。
「や、やめなさい……亮……!」
「逃げんなよ、やりにくいだろ」
 スポンジはどんどん移動し、今度は真耶の控え目の乳房をこすり始めた。小ぶりだがぷにぷにと気持ちのいい感触がスポンジ越しに亮の手のひらに伝わってきて、彼は目を細める。
「――やだ……そんなとこ、やめてぇ……」
 気がつくと、何も持っていない左手も勝手に動いて真耶の左の胸を揉み始めていた。そんな気はなかったのだが、これも彼女に魅了されたせいだと、亮はそう結論づけた。
 泡のついた白い双丘が彼の手でもてあそばれている。既にスポンジをどこか浴室の果てにやってしまい、亮は後ろから真耶の乳房を両手で優しく刺激し続けた。
「真耶のココ、こんなに勃ってるぞ……」
「ち、違うわよ……んあっ !?」
 ぴんと張り出した乳首をぎゅっとつまむと少女は細い体をのけぞらせ、軽い喘ぎ声を発した。
 亮はもう我慢できないといった様子で後ろから真耶の首に手をかけ横を向かせると、その半開きの唇に吸いついた。
「ん……んんっ……」
 劣情に半ば焦点の合わなくなった真耶の瞳が目の前にある。口をつなげたまま舌を伸ばし歯をノックすると、真耶はぼーっとした表情で亮の舌を口内に受け入れた。亮の舌が真耶の歯を、壁を、舌をなめ回す。真耶は理性を失いつつ、それに応えようとこちらも舌を出して亮のそれと絡めあった。

――ちゅ、ちゅる……ずるっ……ちゅぱあっ……。

 唾液と舌の躍る淫靡な音が浴室に響く。
 少年と少女はそうしてしばらくの間、お互いを貪っていた。
「……あ……?」
 口を離したときの真耶の顔に浮かぶ感情は、失望以外の何物でもなかった。
「いやぁ……亮くん……」
 目を細めて彼を求めてくる少女に、亮は笑って言ってやった。
「今のお前は、強気な真耶――だろ?」
「う……」
 自分の立場を思い出し、不満そうな顔をする真耶。まったく、どんな顔をしても可愛いから困る。彼は口には出さず、照れた顔でそう思った。
 シャワーを手に取って亮が言う。
「じゃ、流してやるから」
「うん……は、早くしなさいよ……」
 精一杯の強がり。
 ついでに胸や腹を揉みながら、亮は彼女の体を洗い流した。

――シャアアアア……。

 シャワーの音が湯気の立った浴室を覆う。
 すっかり真耶の体は綺麗になったが、さっきので火照った体と物欲しげな顔は治まりそうにない。亮はニヤニヤ笑いながらシャワーの先を真耶の下半身に持っていった。
「――な、何やってんのよ…… !?」
 一番恥ずかしいところに湯をかけられ、真耶の顔が歪む。
「いや、別に? 洗ってるだけさ」
「う、嘘――そんな訳……う、ああ……!」
 左手を回して指で軽く陰部をこすってやると、彼女は耐え切れず亮の耳元で大きな声を上げ始めた。
 丹念にこすり、撫で、揉む。
 彼の指遣いとシャワーの責めに、徐々に真耶の声が甘みを帯びてきた。
 一旦シャワーを止め、指で割れ目をなぞってみると、真耶の汁がべっとりと彼の指に張りついた。
「……おかしいな。洗ったはずなのに、汚れが取れない」
「――ば、馬鹿言わない……で……」
 息も絶え絶えといった声で真耶が反論してくる。亮は笑みを浮かべて彼女の陰部を両手の指で責めたてた。
 真耶は熱い息を吐きながら、亮のされるがままになっている。膣から漏れ出た汁で彼女の陰部も彼の指もベトベトだった。
「ん……はあ……ああ、はぁんっ……」
 そろそろ頃合だろうか。亮は真耶の体に手をかけると、自分も椅子に座って彼女をこちらに向かせてやった。
「真耶……」
「――り、亮……」
 濡れて肌に張りついている黒い髪も、こちらを見つめるうるんだ瞳も、ヒクヒク蠢く膣の入り口も、全てが亮を高ぶらせた。
「いくぞ……こっち……」
 軽い体を抱き上げ、向かい合ったまま自分の上に座らせる。硬くそそり立った肉棒がぷちゅっと少女の下の口に当てられるのを確認し、亮は真耶を下ろしながら自分のを突き入れていった。

――ズブ……ズブリッ……。

「うあ……り、亮……くるよぅ……」
 怖がるような口調とは裏腹に彼女の目は細められ、口元はいやらしい笑みの形に歪められていた。
 お互いの顔が、卑しい表情が見えてしまい、二人は見つめあって笑った。
「ん、熱いな……真耶の中、すごく熱い……」
「やだ……言わない、でえっ……」
 イヤイヤと彼女は首を振ったが、亮が中で動き出すと見栄も体裁も捨てて、喜んで腰を振り始めた。

――グチュ、ブチュ……ヌチャアッ…… !!

 見下ろせばつながったところが丸見えで、卑猥な音が響いてくる。
「あんっ……はあぁあっ、いいっ……いいよぅっ……!」
 開いたままになった可愛らしい少女の口から喘ぎ声が聞こえる。きつい締めつけと熱い肉の感触に、亮も理性を失いかけていた。
「ひぃぃ……はぁぁっ……やだ、奥っ、おくぅっ !!」
「うう、ああ……くぅう……」
 いつも強気で勝気な少女が、自分の上でよがり狂っている。
 十年以上前には想像もできなかった光景だったが、亮も真耶も幸せそうにお互いの温もりを感じ合っていた。
「ん、はあぁ……亮ぅ……りょおおぉぅ……!」
(………… !!)
 自分の名を呼ぶ切ない声に、亮の脳内にまたあの映像が浮かび上がった。白のワンピースを着た、幼稚園児くらいの幼い少女。じっとこちらに向けられる大きな黒の瞳。“りょーくん、りょーくん”と彼を呼ぶかん高い声。
(真耶……まや……まやちゃん……)
 今はもう記憶の淵に沈めてしまった、過去の記憶だった。
「りょう……ふあぁっ、りょうっ !!」
「く……真耶、まやぁっ !!」
 たけりきった陰茎で真耶の中をかき回しながら、亮も相手の名を口にする。
「――りょ、りょう、りょうくぅんっ !! あんっ!」
「ああ……まや、ちゃん……まやちゃん!」
 幼い頃の呼び名でお互いを呼び合い、二人は絶頂へと突き進んでいく。
 亮のたくましい体の上で、真耶は思いきり弾み続けた。

――ズンっ! ズン、ズズンっ !!

 彼のモノに貫かれつつ、本能のままに激しく動く。
「ん、んぁ、ああぁあっ !! りょうくん、りょうくぅぅぅんっ !!」
「まや、ちゃぁん……まやちゃあんっ !!」
 一挙動ごとに真耶の膣は喜びの音を発し、彼の肉棒に喘がされた。対する亮も限界が近い。股間から湧き上がってくる熱い奔流の欲求を感じ、よりいっそう勢いをつけて真耶の肉を奥までほじくりかえした。
 求め合うように、二人の手が互いの背中に回される。
 絶頂の宣言をしたのは同時だった。
「あぁああっ !! ぅあぁああぁっ !?」
「う、ぐぅううぅぉぉお……っ !!!」

――ドクドクドクッ !! ビュルゥッ !!

 亮の先から爆発したかのように子種が噴き出し、真耶の奥深くに注ぎ込まれた。痙攣した彼女の体が、繋がったまま亮にもたれかかってくる。彼もぐったりしながら、この腕だけは離すまいと、無意識のうちにそう思っていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 その晩も、二人はいつものように一緒のベッドで寝た。両親が使っていたものでサイズは決して小さくない。亮の部屋にも真耶の部屋にもベッドは置いてあるのだが、彼女はこうやって夫婦用の寝室で寝るのを好んだ。
「……だって、亮くんとぎゅーっとできるもん」
 そう言ったときの彼女の表情は幼い頃と何も変わらず、ああいう風にしばしば亮の夢を侵食している。
 少しだけ困った顔で、彼は青いパジャマ姿の少女を抱きしめた。
「亮くん……さっきあたしのこと、まやちゃんって……」
「ああ。そう言えば昔、そう呼んでたなあって」
「ん、覚えててくれたんだね……」
 幸せそうな真耶を見つめて亮が言う。
「あー、真耶。今夜は強気口調になってくれ」
 彼女は少しだけ頬を膨らませた。
「えー、またー?」
「何となく、あのお前と一緒に寝たいなって思ったからさ」
 これは彼の我がままだ。そして同時に彼女の我がままでもある。
「もう……こうやってホントのあたしを見せるのは亮くんだけなのに……」
 そう言いながらも真耶は目をつり上げ、彼を怒鳴りつけた。
「それはいいけど、もうお風呂であんなことはやめてよね! まったく恥ずかしいったらありゃしない……!」
「――その割に、お前も興奮しまくってなかったか?」
「ふん、子供っぽいイタズラに付き合ってやっただけよ。いつまで経っても、あんたはガキのままなんだから笑っちゃうわ !!」
 余裕のある笑みを浮かべ、横目でこちらをにらんでくる。
 亮はベッドの中で細い真耶の体を抱きしめ、耳元で囁いた。
「そうだな、お前はもうこんなに強いからな。驚いたよ」
「はいはい、お世辞はいいからもう寝るわよ。お風呂で大分のぼせちゃって疲れてるんだから……」
 真耶も亮の体に手を回し、ぴったり密着してくる。
「――でも、ぎゅーってのはしたいんだな……?」
「そんな訳ないでしょ。ゲスの勘繰りもいいとこよ、まったく」
こうして、夜は静かに更けてゆく。


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