Earth

「えいっ!」
 僕が投げたボールはすっぽ抜けて、お庭の隅にある茂みの中に飛び込んだ。ミズキが走ってそれを取りに行く。
「ごめんね、ミズキ」僕はミズキに謝った。
「いいよ、気にしないで。さあ、今度はこっちからいくよー」
 ミズキは頭くらいの大きさのボールを顔の前に持ち上げて、にっこり笑った。ミズキはまだまだ元気いっぱいみたいだけど、僕の方はヘトヘトだ。
「ねえ、そろそろやめにしない? 僕、もうお腹ぺこぺこだよ」
 僕はミズキにそう言った。空を見ると、真っ赤なお日様が山にぶつかってギラギラしてる。今日はめいっぱい遊んだから、僕もミズキも泥だらけだ。
「えー、もうちょっと遊ぼうよー」
「そんなこと言われても、僕疲れたよ。もう限界だよ……」
「ダメっ! 昨日もおとといも雨だったから、今日は思いっきりユウと遊ぶのー!」
 ミズキはぶーぶー言ったけど、僕はそんなミズキの手を引いてふらふらと家に帰った。玄関を抜けてすぐの広間で、お母さんがソファにもたれてお昼寝していた。
「ふわあ……お帰りなさい、二人とも」
 お母さんは広間に僕とミズキが入ってきたのに気づくと、大きなあくびを一つした。そして泥だらけの僕たちを見てくすりと笑った。
「あらあら、あなたたち、すごい格好ね。よっぽど楽しく遊んできたのね」
「ただいま、お母さん。ミズキといっぱい遊びすぎて疲れたよ。お腹すいたよー」
「聞いて、お母さん。ユウってば、あたしがもっと遊ぼうってお願いしてるのに、ちっとも聞いてくれないんだよ。ひどいでしょ?」
 僕たちがソファの前まで行って話しかけると、お母さんは少し困ったような顔をして立ち上がった。
「はいはい、あんまり大きな声で騒がないの。ご飯は用意しておくから、先にお風呂に入ってきなさい」
 大好きなお母さんにそう言われて、僕はミズキと一緒にお風呂に行った。
 汗でびしょびしょになった服を脱ぐと、肘の辺りを軽くすりむいてるのに気がついた。いつの間にかケガしてたみたいだ。痛むのは傷だけじゃなくて、体のあちこちが少しズキズキする。
「あいたたた……今日はちょっとやりすぎたかな? ミズキの元気は底無しだもんなあ。これじゃあ、こっちの身がもたないよ」
「どうしたの、ユウ? 体を洗ってあげるから、早くこっちにおいでよー」
「うん、わかった」
 ミズキに急かされて、お風呂のドアをくぐる。壁にかかった大きな鏡の前で、裸になったミズキがシャワーを持って僕を待っていた。今日のミズキは遊ぶだけじゃなくて、お風呂もやる気まんまんだ。
「今日はあたしから洗ってあげる。はい、椅子に座って」
「ありがとう。でも今日は体が痛くてシミそうだから、できるだけ優しくしてね」
「うん、いいよ」
 ミズキは椅子に座った僕の後ろに立って、シャワーのお湯を僕の背中にかけ始めた。やっぱり少しシミてピリピリするけど、汗と泥で汚くなった体にあったかいお湯をかけてもらうのは、とっても気持ちがいい。ミズキの指が僕の髪の毛をわしわしとかきわけて、シャンプーとお湯で綺麗に洗い流してくれた。
「はい、頭はおしまい。今度は体を洗ってあげるね」
 と、ぬるぬるの石鹸をたくさん手にとるミズキ。お湯を少し混ぜて楽しそうに泡立てて、それを僕の背中にべとべと塗りたくった。背中の次は肩、その次はお腹、その次は腰……。ミズキの手のひらが体じゅうを優しく撫でて、僕の体を泡だらけにしてくれる。
「どう? ユウ、気持ちいい?」
 お尻をマッサージしてそう訊ねてくるミズキに、僕はとってもいい気分でうなずいた。
「うん、気持ちいいよ。今日の疲れが全部取れちゃいそう」
「あははっ、ユウ、お母さんみたいなこと言ってるー」
「だって、今日はホントに疲れたんだもん。森の中を探検して終わりだと思ってたのに、お昼ご飯を食べたあと鬼ごっことボール遊びまでして、もうクタクタだよ。ミズキはよく元気が残ってるねえ……」
「だって、久しぶりにいいお天気になったんだもん。それに、ユウも楽しかったでしょ? ほら、お尻の中も洗ってあげるから、お尻をこっちに向けてよ」
「う、うん……」
 ミズキに背中を押されて、僕は四つん這いになってお尻を突き出した。いつもうんちを出す穴の周りは、僕の体で一番汚れてる場所だ。そこにミズキが泡をまぶしてくれる。指を入れやすいように力を抜いたとたん、細いものがお尻の中に入ってきた。ミズキの人差し指だった。
「んんっ、ミズキの指が入ってるよう。お尻の中で動いてる……」
 僕はうつむいてハアっと息を吐き出した。ミズキがお尻の中で指をゆっくり抜き差ししてるのがわかる。変な感じだけど、気持ち悪いわけじゃない。なんだかドキドキするし、ちょっぴり気持ちいいような気もする。
 こうしてミズキに体のあちこちを洗ってもらうのは、僕たちがまだ子供だからだ。お母さんは大人だからひとりでお風呂に入れるけれど、僕とミズキはまだ子供だから、お風呂は二人で一緒に入って、こんな風にお互いの体を隅から隅まで洗いっこしないと綺麗にならないんだって。そうお母さんに教えてもらった。でも、お母さんにそう言われたからだけじゃなくて、僕もミズキと一緒にお風呂に入るのは大好きだった。
「んんっ、お尻の中をグリグリされてる。気持ちいいよう……」
「ユウのお尻の穴、キュウキュウしてあたしの指を締めつけてる。えへへ、とっても気持ちよさそう」
 ミズキは何度も何度も僕のお尻の穴をホジホジして、中をキレイにしてくれる。仕上げにお湯をかけられると、体の力が抜けて頭の中がぽわーんってなっちゃった。
「あああっ、僕、僕……あんっ、あふっ」
「ふふふっ、ユウ、大丈夫? 今度は前を洗ってあげる」
 すっかり力が抜けちゃった腕を引っ張って、ミズキが僕の体を起こしてくれる。僕をもう一度椅子に座らせると、お腹の下でカチンコチンになってるおちんちんに手を伸ばしてきた。
「うわあ、めちゃくちゃおっきくなってるね。そんなにお尻が気持ちよかった?」
「う、うん。すごく……」
「ふーん。じゃあ、こっちも洗うよ」
 シャワーのお湯が僕の体についてる石鹸の泡を洗い落とした。僕の目の前にミズキがしゃがみ込んで、硬くなったおちんちんをぎゅっと握った。生暖かい息をかけられると、先っちょがまるで生き物みたいにピクピク動いちゃう。
「えへへへ……おちんちんってこんなになっちゃうんだね。カッコいいなあ。あたしもこれ欲しいなあ」
 ミズキは指で輪っかを作って、僕のおちんちんをしゅっ、しゅっと上下にこすりだした。石鹸のぬるぬるした感触と、ミズキが触ってくれてるのがとっても気持ちよくって、おちんちんはますます硬くなる。ぴーんと真っ直ぐ上向いたおちんちんに、ミズキはうっとりした顔で見とれた。
「しょうがないよ。だってミズキは女の子でしょ? 女の子におちんちんはついてないんだって、お母さんが言ってたよ」
「えー、そんなのつまんないよ。あたしもユウのおちんちんが欲しい! ねえ、これあたしにちょうだい」
 ミズキはまるで欲しいオモチャをおねだりするみたいに、僕のおちんちんをしゅっ、しゅっとしながら、ちょうだいちょうだいってお願いしてくる。
 でも、いくら大好きなミズキのお願いでも、それは無理。おちんちんは外したりつけたりできないし、それに、ミズキのお腹の下に僕のおちんちんが生えてて、ぴーんと立ち上がってるのを想像したら、なんか気持ちが悪くなった。
「ダメだよ、ミズキ。僕は男の子で、ミズキは女の子でしょ? じゃあ、しょうがないよ」
「むー、ユウのいじわる!」
 ぷくっとほっぺたを膨らませて、八つ当たりみたいに僕のおちんちんを激しく擦るミズキ。僕が「ま、待って。もうちょっとゆっくり……」ってお願いしても聞いてくれない。先っちょに爪を立ててグリグリされると、痛いのと気持ちいいのがごっちゃになって、大きな声が止まらない。
「ああっ、やめてっ、ミズキ。そんなにしたら痛いよう」
「大丈夫だよ。こんなの全然本気じゃないし、それにユウのおちんちん、ピクピクして喜んでるよ?」
 ミズキはちょっぴり意地悪な笑顔で僕を見上げた。普段は素直なミズキだけど、僕がお願いを聞かなかったりして機嫌が悪くなると、こんな風に僕に意地悪をする。意地悪されるのは嫌だけど、僕は男の子でミズキは女の子だから、こういうときはじっと我慢しなきゃいけないんだ。
 必死で我慢する僕が面白いのか、ミズキの手のスピードが上がって、僕はますます泣かされる。お腹の下の辺りがかあって熱くなって、どうにかなっちゃいそうだった。
「ああっ、あっ、ダメっ。ミズキ、それダメっ」
「えへへへ……ユウのおちんちん、すっごく硬くてカチンコチン。面白ーい。えい、えいっ」
 ミズキは両手でおちんちんをぎゅっと握って、楽しそうにシコシコと上下にこする。おちんちんのつけ根の方がズキズキして、お腹の奥から熱いものがせり上がってきた。
 いったいこれは何なんだろう。困り果てた僕がいくら「ダメ」とか「やめて」とか言ってもミズキは聞いてくれなくて、僕は半泣きになってぶるぶる震えるしかなかった。
「ああっ、きちゃう。何かくるよ。ダメっ、あっ、あっ、あーっ!」
 熱いものが頭の中を駆け抜けて、とうとう僕の頭はオーバーヒート。急に体の力が抜けちゃって、床に膝をついて目の前のミズキにもたれかかった。何も考えられなくなって、何が何だかわからなかった。
「うわあ、すごい。ユウ、大丈夫?」
 ミズキは目をまん丸にして僕を抱き返してくれた。
「はあっ、はあっ……僕、どうしちゃったんだろう。体が熱い……」
「ユウ、ひょっとしてイっちゃったの?」
「イっちゃった? それって、どういう意味なの」
 僕が訊くと、ミズキはえへへと笑って僕の背中をさすってくれた。ぐったりした体を撫で回してくれるミズキの手のひらの感触が気持ちいい。
「あのね、お母さんに教えてもらったんだけど……男の子でも女の子でもあんまり気持ちよくなると、気持ちいいのが爆発しちゃって、頭の中が真っ白になっちゃうんだって。それを『イク』っていうらしいよ。きっとユウ、気持ちよすぎてイっちゃったんだよ」
「イク……へえ、そうなんだ。僕、イっちゃったのかな?」
「きっとそうだよ。いいなあ、ユウは。あたしもイクっていうの、やってみたい」
 ミズキの言葉で攻守交替。今度は僕がミズキを洗ってあげる番だ。ミズキを椅子に座らせて、その後ろで僕は膝立ちになった。トロリとした石鹸をお湯と混ぜてモミモミすると、小さくていい匂いのするシャボン玉がいっぱいできた。
「じゃあ洗うよ、ミズキ」
「うん、お願い」
 少しのぼせてるみたいで、ミズキのほっぺたや耳がほんのり赤くなってる。僕は石鹸の泡を自分のお腹にべっとりつけて、ミズキの背中にくっついた。ミズキはびっくりしてこちらを向いた。
「あっ! ユウったら、遊びながら洗うつもりだ。悪い子!」
「ううん、そんなことないよ。ちゃんと真面目にやってるじゃない」
 なんて言いながら、僕はお腹をミズキの背中にこすりつけて、ミズキの汚れを落としていった。ぬるぬる、ぬるぬるって肌がこすれあうと、気持ちいいのと面白いのが一緒になって、とってもいい気分。
 そう思ってるのは僕だけじゃないみたいだ。ミズキも赤い顔でもじもじして、なんとなく気持ちよさそうに見える。
「ああん……ダメだよ、ユウ。おちんちんがあたしの背中をつんつんしてるよう」
「うん、そうだね。おちんちんがミズキの体にこすられて、とっても気持ちいいよ。ミズキはどう?」
「あ、あたしは……なんだか変な感じ。でも、こういうのもいいかも……」
 ミズキは嬉しそうにえへへと笑った。僕も嬉しくなって、大好きなミズキをもっと気持ちよくさせてあげたくなった。
 気をよくした僕はミズキの正面に回り込んで、お腹とお腹を合わせてミズキをぎゅっと抱っこした。ミズキのお腹はぷにぷにしてて柔らかい。僕はお腹をぐいぐい動かして、ミズキの体の触り心地を楽しんだ。
「ううん……おちんちんが当たってる。ユウの先っちょがあたしのアソコに当たってつんつんするの。胸がドキドキするよう……」
「うん、僕もだよ。僕もドキドキしてる。胸がドキドキして、おちんちんがカチンコチンになっちゃうよ」
「ユウ……」
 ミズキが僕の名前を呼ぶ。小さなお口が少しだけ開いて、にょっきり生えた二本の前歯が見えた。僕は吸い寄せられるみたいにミズキに顔を近づけて、歯の表面をぺろりとなめた。
「あっ。な、何するの、ユウ?」
 ミズキは恥ずかしそうにほっぺたを赤くして、僕から離れようとする。だけど僕はミズキの肩をがっちりつかんで放さなかった。
「何って、お口を綺麗にするんだよ。ほら、顔を出して。ミズキの歯も唇もベロも、全部僕がなめて綺麗にしてあげるから」
「ええっ、そこまでするの? それ、キスっていうんだよ」
「キス?」また知らない言葉だった。それにしてもミズキは物知りだなあ、と僕は感心させられる。「キスって言われてもよくわかんないけど、お口をペロペロするのはダメなの?」
「ダメってわけじゃないけど……でも、なんだか恥ずかしいな」
「大丈夫、恥ずかしくなんてないよ。ほら、いくよ」
 僕はミズキの肩を抱きしめて、可愛らしいお口の中にベロをぐにゅっと突っ込んだ。それから短いベロをあちらこちらに動かして、ミズキの口を丁寧にお掃除する。歯をペロペロなめてみたり、ミズキのベロと僕のをくっつけたり。お互いの息とか唾とかが混じり合ってなかなか難しいけど、なんだか気持ちいい気もするし、裸でくっついてることもあって、やけにドキドキした。それはミズキも同じみたいで、真っ赤な顔でハアハアと息を吸ったり吐いたりしていた。
「ユ、ユウ、あたし──んんっ、あんっ」
「ミズキ、ミズキ……ううんっ、んむっ、んっ」
 すっかりのぼせあがった僕たちはお互いの名前を呼び合って、いっぱいチュウチュウした。どっちも口の中が唾でベトベトになっちゃった。
「これがキス……すごく興奮するよう。ユウとキスするの、気持ちいい……」
「僕もミズキとキスするの、とっても気持ちいいよ。次はここも洗ってあげるね」
 僕はその場にかがみ込んで、椅子に座ったミズキの脚をぐっと広げた。ミズキのお股は僕のとは違って、おちんちんがついてない。代わりにすうっと縦に引かれた細い筋みたいなのがある。これはおまんこっていって、女の子はここからおしっこが出てくるんだ。
 僕はその汚い筋を指で撫でて、丁寧に洗い始めた。石鹸はつけてなくて、お湯だけで洗う。おちんちんを洗うのとおんなじだ。
「ああんっ、指が……ユウの指が、あたしのおまんこをゴシゴシしてるよう」
「念入りに洗わないとね。さっきもボール遊びの最中におしっこタイムしたでしょ? 汚いおまんこはしっかりこすって綺麗にしなくちゃ」
「う、うん……それはわかってるけど、でもユウに触られると変な感じがするの……」
 ミズキは急にしゅんとして、うるんだ目で僕を見つめた。いつもはなかなか見せてくれない表情だけど、とっても可愛い。僕はいい気分になって、ミズキのおまんこを指の先っちょでグリグリしてあげた。
「ああっ、それダメ。中に入れちゃダメえっ」
「ミズキのおしっこおまんこは中まで洗わないと綺麗にならないよ。ほら、汚いネバネバしたのが垂れてきたよ。あとからあとから出てくるよ」
 僕はミズキのおまんこをじっと見つめて、意地悪っぽく言った。さっきのお返しだ。僕がこすればこするほど、ちょっぴりグロテスクなお肉の隙間から蜜みたいなおつゆが漏れ出してくる。これをいっぱい出さないと、おまんこは綺麗にならないんだって。お母さんにそう教えてもらった。
「いやっ、いやあっ。おまんこグリグリしないでぇ。熱くてジンジンしてくるの……」
「ダメだよ、ミズキ。ちゃんと綺麗にしないと、あとでお母さんに怒られちゃうよ。ほら、ベロでも洗ってあげるからワガママ言わないで」
 僕はベロを伸ばしてミズキのおまんこをじゅるりとなめる。なんだか汚い気もするけど、こうするとミズキがやけに喜ぶから、ついやっちゃうんだ。
 ざらざらのベロで何度も何度も割れ目をなめる。ミズキの声はどんどん大きくなって、ますます僕も興奮してくる。さっき柔らかくなったはずのおちんちんが、またぴーんと硬くなってきた。
「ま、待ってユウ。それはダメなのっ。そんなにされたら、あたし──ああっ、あっ」
「ミズキ、顔が真っ赤だよ。ひょっとして、さっきの『イク』っていうやつ、ミズキもなっちゃうの?」
 僕の質問に答える代わりに、ミズキは僕の頭を両手で押さえてガクガク震えだした。さっきの僕とおんなじで、イキそうなのかもしれない。僕はベロをおまんこの中に突っ込んで、ちゅうっとお汁を吸い込んだ。
「ああっ、あっ。あたしイクっ、ああっ、あーっ」
 ミズキは悲鳴をあげてのけぞった。椅子の上から落ちちゃうんじゃないかってくらいに背中を曲げて、太ももで僕の頭を痛いくらいに挟んでくる。よくわからないけど、これがミズキの『イク』ってやつだろうか。とっても気持ちよさそうに見えた。
「ミズキ、大丈夫?」僕は立ち上がって、ミズキを後ろから抱っこしてあげた。
「う、うん、大丈夫。なんだか体がびりびりして、変になっちゃいそう……」
「ふーん……それも『イク』ってこと?」
「多分そうだと思う。あたし、ユウにイカされちゃったみたい」
「そう。ミズキが気持ちよかったのなら、僕も嬉しいな。じゃあ、洗い終わったし一緒にお湯につかろうか」
 そうして僕たちはもう一度お互いの体をシャワーで洗い流して、石造りの湯船に飛び込んだ。お部屋くらいの広さがあるお風呂はゆったりしていて、僕らがもっと小さい頃はよく泳いで競争したっけ。
 石にもたれてぼうっとしていると、ミズキが僕にぴとりとくっついてきた。
「今日は一生懸命洗いっこしたから、のぼせちゃいそうだね」
「うん。もう上がる?」
「ううん、まだ大丈夫」
 と、首をふるふるさせるミズキ。耳たぶまで赤くして、僕の体にすがりついてきた。
「ねえ、ユウ。もっかいキスして」
「うん、いいよ」
 おねだりしてくるミズキのほっぺにちゅっ。顔を真っ直ぐにして、今度はお口にちゅうをする。ミズキはキスがお気に入りになったみたいだ。白い前歯を見せてえへへと笑うミズキを、僕はとても可愛いと思った。

 お風呂からあがると、お母さんがテーブルいっぱいにお皿を並べて僕たちを待っていた。できたてアツアツの山盛りのご馳走に、僕とミズキは大はしゃぎ。
「うわあっ、おいしそう!」
「ふふふ……今日は思いっきり体を動かしてきたみたいだから、しっかり食べるのよ」
「はーい、いただきまーすっ」
 元気な声で返事をして、ハンバーグにかぶりつく僕。ミズキはお水をゴクゴク飲みながら、必死になってオムライスをかっこんでる。僕と違って「お腹すいた」なんてひとことも口にしなかったミズキだけど、やっぱりお腹がぺこぺこだったみたいだ。
「こーら、そんなにがっつかないの。特に瑞希、あなたは女の子なんだから、もっとお行儀よくしなきゃ駄目じゃない」
 お母さんは慌てて食べる僕らに呆れて、ナプキンを手に立ち上がった。ミズキの口の周りにケチャップがついてたから、それをゴシゴシ拭いてやっていた。
「はーい、ごめんなさい。でもユウは? ユウもあたしと同じことしてるよ」
 と、ミズキは不服そうに僕を指差した。僕もミズキと同じで、顔がハンバーグのソースまみれだ。お母さんはにこにこ笑いながら、僕のほっぺも拭いてくれる。
「そうね。本当は祐介もお行儀よくした方がいいんだけど……でも男の子には、マナーよりもっと優先すべきことがあるのよ」
「えー、何それ?」
「男らしく格好よくなることよ。祐介は控えめで大人しい子だから、もうちょっとワイルドにならないと。ねえ?」
 お母さんは僕の顔をのぞき込んで、ぱちっと片目をつぶってみせた。僕はなんて答えたらいいのかわからなくて、目をぱちくりさせた。
「男の子は強く格好よく、そして優しくならないといけないの。昔、お母さんの周りにいた男の子は、皆とってもたくましくて、とっても格好よくて、とっても優しかったわ。だから祐介もそうなりなさい。そう思って、あなたにその名前をつけてあげたんだから」
「う、うん……」
 なんだかお母さんに期待されてるような気がして、僕は真面目な顔でうなずいた。僕は自分以外の男の人を見たことないけれど、お母さんやミズキと僕の体のつくりが違うっていうのは、なんとなくわかる。僕は男で、お母さんとミズキは女の人なんだ。
「格好いい」っていうのがどういうことか、まだよくわからないけど、いつかお母さんの期待にこたえてあげられるような大人になりたいと思った。
 そんな僕たちの会話に、ミズキはご機嫌斜めみたい。
「なんかユウだけずるーい。ねえ、お母さん。あたしは、あたしは? あたしもユウと同じでかっこよくなったらいいの?」
「瑞希は女の子だから……そうね、格好よくなるのもいいけど、それ以上に綺麗になりなさい。綺麗になって優しくなって、そして可愛くなりなさい。そう、昔の私みたいに」
「お母さんみたいに?」
 お母さんの言葉にミズキはびっくりしていた。「あたし、ホントにお母さんみたいになれるの? だって目も髪の毛も全然違うよ。色が違うし、それにお母さんみたいに綺麗じゃないし」
 そして自分の髪の毛を両手で握って、「ほら、ほら」と言った。
 ミズキの髪の毛は肩にかかるくらいの長さで、色は僕と同じで真っ黒。目の色も黒だ。だけど、お母さんの髪はお日様みたいに綺麗な黄色で、腰に届いちゃうほど長い。目とか鼻の形だって、お母さんとミズキは随分と違うように見える。同じ女の子のはずなのに、いったい何が違うんだろう? とっても不思議だった。
 するとお母さんはくすくす笑って、ミズキをぎゅっと抱っこした。
「心配いらないわ。瑞希の目も髪もとっても綺麗だから、安心しなさい。こういうちょっと青みがかった黒い髪の色は、カラスの濡れ羽色って言ってね。お母さんのふるさとじゃ美人の証だったのよ」
「そうなの? へえ、初めて聞いたよ」
「そうよ。瑞希は子供の頃のお母さんより、ずっと綺麗で可愛いわ。だからもっと自信を持ちなさい。大人になったらお母さんより綺麗になれる。保証してあげる」
「わーい、やったー!」
 ミズキは嬉しそうにお母さんにしがみつく。まだご飯の途中だったけど、僕はフォークを動かす手を止めて二人に見とれた。
「んー、可愛い可愛い。ねえ、祐介。あなたも瑞希が可愛いって思うでしょう?」
「え? う、うん……」
 僕は曖昧にうなずいた。ミズキは体が小さいけれどイタズラ好きで、家の中で本やゲームをするのが好きな僕なんかよりよっぽど元気がある。正直言うと、大人になってもお母さんみたいに美人でおしとやかにはなれないと思うんだけど、それを言ったらまた怒られるような気がしたから黙ってた。
「ほら、瑞希。祐介もああ言ってるわ。あなたは思いっきり綺麗になって、いつか祐介のお嫁さんにしてもらいなさい」
「お母さん、お嫁さんってなーに?」
「結婚する女の人のことよ。女の人はおとぎ話のお姫様みたいに白いドレスを着て、王子様みたいに格好いい男の人と結婚するの。そして二人はたくさん子供をつくって、末長く幸せに暮らすのよ」
「あたしがユウのお嫁さん……ふーん」
 ミズキは僕の顔をちらちら見ながら、何か考え込んでいた。僕は「お嫁さん」とか「結婚」っていうのがどういう意味なのかよくわからなかったから、うんともイヤとも言えなかった。
「さあ、楽しくお喋りするのもいいけど、ご飯を全部食べちゃいましょう。せっかくのお料理が冷めちゃうわ」
「はーい」
 そうして、僕らはご飯を再開した。ちぎったパンをクリームシチューにつけて食べると、すごくおいしい。そこに薄切りのベーコンを載せて、もぐもぐもぐもぐ。残りのパンとベーコンを僕一人で食べちゃった。
 ミズキはフォークにスパゲッティをくるくる巻きながら、お母さんとお喋りを続けてる。
「あのね、お母さん。あたし、さっきお風呂でユウをイカせてあげたんだよ。そのあと、あたしもユウにイカせてもらったの。気持ちよすぎて気絶しちゃいそうだったよ」
「あら、二人とも偉いわねー。それで、祐介は射精したの?」
「シャセイ?」
 聞いたことのない言葉に、僕は首をかしげた。お母さんはいつも説明するときみたいに長い人差し指をぴんと立てて、僕に教えてくれる。
「射精っていうのはね、男の子がイクときに、おちんちんから白いネバネバしたものが噴き出してくることよ。おしっことは違うんだけど、祐介はもう射精した?」
「え? ううん、よくわかんない……たくさん気持ちよくなってビクビクしたけど、そんなの出てこなかったよ」
「そう。それじゃあ、祐介にはまだ無理なのね。でも、もう少し大きくなったら射精できるようになるわよ。男の子が大人になるのに大事なステップだから、出るようになったらちゃんとお母さんに教えてね」
 と、お母さんはやけに嬉しそうな眼差しで僕を見た。僕はなんだかドキドキして、首をぶんぶん縦に振った。
 そしたら、ミズキがまたムスっとして僕の服を引っ張る。
「ちょっとユウってば、あたしのお願いは聞いてくれないくせに、お母さんの言うことは素直に聞くの? それってひどくない?」
「そ、そんなことないよ。僕はいつもミズキの言いなりみたいなもんじゃないか」
「嘘つき。今日だって、あたしがもうちょっと遊ぼうっていうの無視して帰ってきたくせに」
「あれは疲れてたからだろ? どうしていつも僕ばっかりいじめられるのさ」
「はいはーい、つまらないことでケンカしないの」
 言い争いを始めた僕たちの間に、お母さんが入ってきた。そして三人であーだこーだと大騒ぎ。うちの晩ご飯はいつもこんな感じで賑やかだ。
 でも、やっぱり今日は僕もミズキも疲れてたから、お腹がいっぱいになるとすぐにパジャマに着替えてベッドにもぐり込んでしまった。
「おやすみ、二人とも。今夜はゆっくり休んで、また明日いっぱい遊びなさい」
 黒い寝巻きに着替えたお母さんを挟んで、僕とミズキが横になる。広い広いベッドの中でお母さんに手を繋いでもらったり、頭を撫でてもらったりして寝るとぐっすり眠れるんだ。僕もミズキも物凄い甘えん坊だ。
「ねえ、お母さん。あたしたちが寝るまで何かお話をしてよ。こないだみたいに面白いお話が聞きたいな」
「ええ、いいわよ。今日は何のお話がいいかしら。赤ずきん? シンデレラ? それとも因幡の白兎とか」
「あたし、お母さんが子供の頃のお話がいいな。ねえ、昔は皆、学校ってところに行ってたんでしょう?」
 ミズキの質問に、お母さんはにっこり笑ってうなずいた。
「そうよ。昔、あなたたちくらいの歳の子は小学校ってところに通って、たくさんのお友達と一緒にいろんなことをお勉強していたの。読み書きとか、計算とか、駆けっことか……」
「へえ、それじゃあ、あたしもユウも昔だったら小学校に行ってたんだね。たくさんのお友達と勉強したり遊んだりするなんて、なんだかとっても面白そう」
 ミズキは楽しそうな声で言った。僕もミズキもよその人と会ったことがないから、たくさんの友達がいる学校がどんなのかなんて、想像もできない。でも、すごく賑やかなんだろうなって思った。
「ええ、とっても面白かったわ。七歳から六年間小学校に通って、次の三年間は中学校ってところに行くの。そのあとは高校、大学……」
「ふーん、なんだか学校に行ってばっかりだね」
「うふふ、そうね。でも仕方なかったのよ。あの頃は今と違って人生の長さが限られていたし、大人が毎日いろんなことを研究していたから、それにつれて学校で学ぶこともどんどん増えていったのよ。お母さんのお友達にだって、二十年以上かけてたくさんのことを勉強していた人が何人もいたわ」
「うげえ……それは大変だなあ」
 僕がげんなりした顔をすると、お母さんはくすくす笑って、僕の頭をなでなでしてくれた。「今はそんなことないから安心しなさい」だって。
「でも、やっぱり学校は楽しかったわね。特に高校生の頃なんて、今から考えると毎日が輝いていたわ」
「何がそんなに面白かったの?」
 ミズキの問いに、お母さんは長い指を顎に当てて考え込んだ。
「そうねえ……楽しかったことはたくさんあるけど、一番幸せだったのは、いい友達に恵まれたことかしら。啓一、由香理、祐介、瑞希……皆、仲間思いの素晴らしい友達だったわ」
「祐介? 僕と同じ名前だ。それにミズキも」
 急に自分の名前が出てきて、僕はびっくりした。
「ふふっ、そうよ。お母さんは昔、あなたたちと同じ名前のお友達と一緒だったの。今でも昨日のことのように思い出せるわ。皆がいたあの頃のこと……」
 お母さんの目がすっと細くなった。僕たちは家の中にいるんだけど、お母さんの目は家の中じゃなくて、どこか遠いところを見つめてる。どうしてなのかわからないけど、そんな気がした。
 僕が黙ってお母さんの横顔を見つめていると、ベッドの反対側でもぞもぞ動く気配がした。ミズキがお母さんに抱きついたんだ。
「いいなあ……あたしもユウと一緒に学校に行きたい。それに森の外にも行ってみたいな。山とか海とか町とか、外にはわくわくするところがいっぱいあるんでしょう?」
「ええ、祐介も瑞希も、もう少し大きくなったら外の世界を見てらっしゃい。私たちみたいな生身の人間はもうほとんどいなくなっちゃったけれど、その代わりにびっくりするようなことをたくさん体験できるから」
「お空でキラキラ光ってるお星様の一つ一つにも町があって、いっぱい人が住んでるって本当?」
「本当よ。人が住んでいるのは地球だけじゃないわ。私たちは長い時間をかけて少しずつ、住める場所を広げていったの。今じゃ数え切れないくらい多くの人々が、遠い遠いお星様の国で暮らしているのよ」
「すごいなあ。いつか行ってみたいなあ……」
「大人になったら行けるわよ。今の私たちはどこにでも行ける。時間さえかければどこでも好きな場所に行って、好きなだけ好きなことをしてもいいの。それくらい宇宙は広いのよ。あなたたちも、いつか宇宙の果てを目指してこの星を旅立つかもしれないわね。まあ、ずっとずっと先の話だけれど」
 お母さんは手を伸ばして、両側にいる僕とミズキを一緒に抱きしめた。あったかいお母さんの体にくっついてると、勝手にあくびが出てきて眠くなっちゃう。僕は目をしばしばさせて、大きな大きなあくびをした。
「あらあら、祐介はそろそろ限界みたいね。このお話の続きはまた今度聞かせてあげるから、今夜はもう寝なさい。瑞希もね」
「はーい。おやすみ、お母さん……」
 僕はお母さんの手を握ったまま仰向けに寝転がって、重いまぶたを閉じた。もう眠すぎて眠すぎて、とても起きていられない。目を閉じると僕の頭の中はすぐに真っ暗になって、すやすやと眠りこけてしまった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「ふふふ……可愛らしい寝顔だわ。まるで天使みたい」
 隣で眠る祐介の横顔を見つめ、マリア=ケイティは頬を緩ませた。母親の手を握ったまま熟睡している大事な息子の頬に、そっとキスをしてやる。すべすべの肌に接吻する心地よい感触が、マリアを魅了した。
(祐介はまだまだ甘えん坊ね。本当はもうちょっと親離れしないといけないんだろうけど、私もつい甘やかしてしまうから困るわ。それは瑞希も同じだけれど……)
 マリアは名残惜しくも祐介の手を離し、反対側の瑞希に視線を移した。窓の外から差し込む月の光に照らされて、あどけなく微笑んでいる娘の寝顔がよりいっそう可憐に見えた。きっと楽しい夢でも見ているのだろう。祐介と同じく、瑞希も目に入れても痛くないほど大切に想っている、マリアの宝物だ。
(瑞希は大きくなったら綺麗になるわね。だって私は大人になったこの子の姿を知っているもの。昔の綺麗な瑞希のことを……)
 瑞希の艶やかな黒髪を優しく撫でて、「おやすみ」と囁く。子供たちは安らかな寝息でマリアに返事をした。
(さあ、私も寝ようかしら。でも今日は昼寝してしまったから、なかなか眠くならないわね。どうしようかしら……)
 暗い天井を見上げて嘆息する。寝酒でも口にしようかと思ったが、あまりごそごそして物音を立てると、子供たちが目を覚ましてしまうかもしれない。仕方なく、寝床の中でじっとして眠気が訪れるのを待った。
 瑞希と祐介のぬくもりを味わいながらマリアがまどろんでいると、唐突に女の声が聞こえた。
「綺麗な月だ。今夜は満月だね」
 マリアは驚いて目を見開いた。今の声は窓の外から聞こえてきたのではない。明らかに室内から放たれたものだった。無論マリア自身の声ではないし、左右で眠る子供たちの声でもなかった。寝室の隅に三人とは別の人物の気配を感じた。
「誰? そこにいるのは」
 マリアは広いベッドの上で身を起こし、凛とした声で誰何した。ベッドとは反対側、月明かりの届かない壁際に真っ黒い影が無言でたたずんでいた。
「答えなさい。あなたは誰? 私を誰だと思っているの? まさか『始祖』の一人、マリア=ケイティの屋敷に侵入して、ただで済むなんて思っていないわよね。いったい誰?」
 マリアは傍らの子供たちをかばいつつ、漆黒の影をにらみつけた。月の光を束ねたような金色の髪がふわりと揺れて舞い上がり、もの言わぬ影を照らし出す。人類の始祖が放つきらめきを受け、影は溶けて人の形になった。闇の中に現れたのは、マリアと同じく長い髪を持つ若い娘だった。
「あはははは……相変わらずだね、マリア。元気そうで何よりだ」
 娘はゆっくりとマリアに近づき、目の前で立ち止まった。背格好や年のころはマリアとよく似ているが、髪の色は彼女と異なり白銀色だ。無彩色の輝きを持つ銀の髪が山吹色の月光を浴びて、さあっと扇の形に広がった。
「もしかして、あなたはマグナ? どうしてここに……」
 マリアは相手を凝視した。眼前にいる娘の名はマグナ=ミューズ。マリアとは旧知の間柄の、古い古い友人だった。
 友人といっても久しく顔を合わせておらず、親しく連絡を取り合っていたわけでもない。しかしマグナは二人の長い空白の時間を大して気にする様子もなく、人懐こい微笑みをマリアに向けた。
「久しぶりに君の顔が見たくなってね。ひょっとしてお邪魔だったかな?」
「そんなことはないけれど……でも、突然だったから驚いたわ。こんな時間に……それも家主に無断で入ってくるなんて、少し非常識じゃない?」
 やや険しい表情で抗議すると、マグナは手袋をはめた手を口元にやり、ころころと笑いだした。手袋も服も髪飾りも、身に着けているものは全て白で統一されており、まるでおとぎ話に出てくる妖精のような姿だった。
「あははは、ごめんごめん。時間を確かめるのを忘れちゃったよ。いつもの癖でね。どうか無礼を許しておくれ」
「本当にもう……あなたは二十四時間三百六十五日、まったく眠らなくてもいいのかもしれないけれど、こっちは生身の体なのよ? 小さな子供もいるんだから、もう少し気をつけてほしいわね」
 マリアは口を尖らせ、そばで眠る子供たちの体を優しく撫でた。幸いなことに祐介も瑞希も深く眠っていて、不時の来訪者に気づいてはいない。
「だからごめんって言ってるじゃないか。同じ『始祖』のよしみに免じて許してよ。ところで、その二人は君の新しい子供かい?」
「ええ、そうよ。こっちの男の子が祐介で、女の子が瑞希。どっちもとっても可愛いでしょう?」
「へえ……なるほど、祐介と瑞希か」
 マグナは二人の子供につけられた名前の意味を悟ったのか、深い緑青色の瞳で祐介と瑞希を交互に見つめた。「懐かしい名だね。もう何年前のことだったかな」
「もう忘れてしまったの? ざっと二千五百年前よ。まだ私とあなたがこの世に生まれて間もない頃の、大事な友達の名前じゃない。まだ私たちが古い人間だった頃の思い出よ」
 遠い昔を懐かしんで、しんみりと話すマリア。祐介や瑞希と同じ名前を持った友人たちの記憶が脳裏によぎった。
「あれ、そうだったっけ。たった二千五百年? まだそれだけしか経ってないの」
「ええ、そうよ。あなたの中でどれだけの時が流れたのかは知らないけれど、古い物差しで計ればたったの二千と五百年よ。人類で最も長生きしている私たちでさえ、本当はまだそれっぽっちしか生きていない……」
 マリアの発した声は、年若の娘のものではなかった。鈴を転がすような少女の声音の中に、どこか疲れた老人を思わせる弱々しい響きが混じっていた。
「そうか、二千五百年か。僕の主観ではその数百倍はあるけどね。地球圏を管理する者として、僕はたくさんの人格と実存を持っているから」
「そういえば、初めて会ったときからあなたはそうだったわね。あの古い時代に、一人だけ二つの体を使っていたのを覚えているわ。そんなあなたを私はイカサマと呼んで、ことあるごとにちょっかいを出していたっけ……」
 マリアの記憶に、遥かな過去の光景が浮かび上がった。気が遠くなるほどの大昔、マリアはこの人物と共にいた。当時の自分たちは今とは異なる姿と名前を持ち、どこにでもいる平凡な少年少女に過ぎなかった。
「瑞希、祐介、直人、由香理、それに悪戯好きのあいつ……今から考えたら、あの頃が一番楽しかったわ。私の周りに皆がいて、毎日馬鹿なことばかりして遊んでいたらそれでよかった。今みたいに『人類の始祖』として祭り上げられるなんて、夢にも思わなかった……」
「たまたま生き残った。それだけのことさ」
 マグナはベッドの端に腰を下ろし、手のひらを上に向けて肩をすくめた。「皆が死んで、たまたま僕と君が長生きした。そして僕らが死ぬ前に、たまたま人類が寿命を克服して不老不死の時代がやってきた。生き延びた僕と君は、結果として人類の中で最も長く生きている存在になった。全てが偶然だよ。僕らが『人類の始祖』なんてご大層な肩書きを頂戴したのも、何も特別な理由はない。単に運がよかっただけさ」
「私はそうかもしれないけれど、あなたは違うでしょう? 昔からあなたは特別だったわ。何でもできて、誰にでも好かれて、悪魔の彼とも仲がよかった。彼はあなたが大のお気に入りだって、いつも言っていたわ。それはそうでしょうね。あなたは旧世界で一人だけ時代を先取りした、特別な人間だったから」
 マリアの言葉に、マグナはほんの少し寂しげな表情を見せた。
「そんないいものじゃないよ、マリア。あの頃の僕は自分のことが嫌いだった。他の皆は普通なのに、どうして自分だけこんな奇怪な存在なんだろうと思って、いつも怯えて暮らしていた……」
「あなたらしくない言い方ね。当時からあなたは相当な自信家だったと思うけれど」
「それは君の記憶違いさ。ひょっとして長生きしすぎてボケちゃったんじゃない?」
 太陽系の管理人を自称するマグナ=ミューズは年端も行かぬ少女の顔で笑うと、マリアの脇で眠っている祐介と瑞希に手を伸ばした。
「とても可愛い子供たちだ。将来が実に楽しみだね」
 と言いながら、妖精にも似た美しい姿で微笑んでいるが、この人物がいったい何を考えているのかマリアには皆目見当もつかない。
 永遠にも等しい歳月の中であまたの変容を遂げた彼は、もはや人間と呼べる存在ですらなくなった。だが、それでもマリアにとって最も古い友人であることに変わりはなかった。
「長生きしすぎて惚けてしまったのはあなたの方でしょう? 本当にもう……久しぶりに会ったというのに、憎まれ口をたたかれて不愉快だわ。田舎に引っ込んで子供たちとひっそり暮らしている私を、嘲りに来たの?」
「あっはっはっは、ごめんごめん」
 悪びれた様子もなく、マグナは笑って謝罪した。「いやあ、今日は君の機嫌を損ねてばかりだね。君と久しぶりに昔の話をして、舞い上がっているのかもしれない。これ以上怒られないうちに退散するとしようか」
「え、帰るの?」
「ああ。君が昔と変わっていないことを確認できた。それに可愛い祐介と瑞希にも会えた。もう充分さ。その二人に『本物』の記憶はないんだろう?」
「ええ。複製したのは遺伝情報だけよ。あとは一から育てているわ」
 マリアの答えに、マグナは初めて真顔になってうなずいた。
「それがいい。肉体を複製しても、記憶を復元しても、本物とまったく同じ存在をつくることなんてできやしないからね。実存の同一性が時空的な連続性に依存する以上、どんなに技術が進歩しようと、一度死んでしまったら生き返らせることもやり直すこともできない。今の君ならわかるよね?」
「……そうね。わかっているつもりよ」
 マリアは力のない声で認めた。
 この女に言われるまでもなく、嫌というほど理解している。人の魂は人為的に製造できるものではない。死んだ人間と同じ体と心を持つ複製を作ったところで、死んだ者が生き返るわけではない。だからこそ命が尊いのだと気づいたのは、彼女が大切なものを失ったあとだった。
 だから、今マリアが育てている子供たちは、決して過去に生きた人間の複製などではない。新しい自我と人格を持った別個の命だからこそ、大事に大事に育てているのだ。
 口を閉ざしたマリアの顔を、マグナはしばらく無言で眺めていたが、やがて柔和な笑みを浮かべて立ち上がった。
「さて、次に会うのはいつになるかな? とりあえず、五十年くらい経ったらまたここに来ようか」
「その頃には、もう私はこの世にいないかもしれないわよ」
 ささやかな悪意を込めてマリアが言うと、銀髪の少女は再び手を口元にやって笑いだした。
「あはははは、そんなことはありえないね。君も僕も、人類が存続する限り永遠に死ねないさ。だって皆が死なせてくれないもの」
「やれやれ……私たちには死ぬ自由さえないのね。ある意味、虫けら以下の存在だわ」
「仕方がないさ。これ以上『始祖』が減ったら困るからね。その代わり誰も君の生活に干渉しないから、好きなように暮らすといい」
「あなたは?」マリアは顔を上げ、かつての友に訊ねた。「あなたはこれからどうするつもり? 人類の支配者になったあなたは、これから何をして、どんな風に生きていくの」
 その問いに、マグナは首をゆっくり左右に振った。
「どうもしないよ。君と同じさ」
「私と同じ?」
 マリアはきょとんとした。マグナの白皙の顔が、わずかに自嘲の陰りを帯びたような気がした。
「僕は歳をとりすぎた。これから人類を導いていくのは、この太陽系を離れて外の世界に出て行った若い人たちだ。たとえ無限の寿命があろうと、錆びついた僕にできることはもう何もない。君は僕のことを誤解しているようだけれど、今の僕はたかだか一恒星系の管理人に過ぎないんだよ。この地球という名の古びた星は、もはや人類にとっては過去の遺物でしかない。誰からも忘れ去られ朽ち果てた、墓標のような存在さ」
「死んでいった皆のお墓ってわけ? この星が」
「もしそうだとすると、さしずめ僕らは墓守だね。永遠にこの墓標を守ることを義務づけられた、死に損ないの老人たち……」
「あなたと一緒にしないで。迷惑だわ」
 ぴしゃりと言って、マリアは両脇の子供たちに視線を落とした。何も知らずに眠っている祐介と瑞希のあどけない寝顔に、救われる思いだった。
「この星はお墓なんかじゃない。この子たちだって、ここがお墓だなんて思っていない。いつもきらきらした目で周りのものを見ているわ。あなたみたいに歪んだ目で世界を見ていない」
「歪んだ目か……確かに僕は歪んでしまったのかもしれない。僕も昔はその子たちのように──いや、やめておこう」
 マグナは言いかけた言葉を途中で止め、マリアに背を向けた。二千五百年もの間生き続けている始祖の背中は、小柄で儚げな少女のものにしか見えなかった。
「じゃあ、そろそろ行くよ。元気でね、加藤真理奈」
「あなたもね、水野恵。私よりも先に死んだら絶対に許さないから」
 マグナは振り向かなかったが、マリアの言葉に大きく肩を震わせて笑った。
「ふふふふふ……気づかってもらってありがたいけどね、マリア。最後に一つだけ言っておくと、実は僕は覗きが趣味でね。今この部屋に来る前に、今日一日ずっとこの屋敷を観察していたのさ。君がソファでだらしなーくよだれを垂らして昼寝していたところも、その子たちがお母さんの言いつけを守って、お風呂でエッチな行為に熱中していたところも、僕は全部見ていたんだよ。もちろん記録もしておいた」
「な、なんですってっ !?」
 そばで子供たちが寝ていることも忘れ、マリアは素っ頓狂な声をあげた。
 マリアを驚愕させたことがよほど嬉しいのか、マグナは振り返り、唇の端をつり上げて不敵な笑みを浮かべた。
「ふっふっふ、いけないお母さんだねえ。母親の身でありながら、そんないたいけな子供たちにいやらしいことばかり吹き込んでいるんだからね。本物の祐介や瑞希が草葉の陰で聞いたらなんて言うか。それどころか、地球人類の象徴である『始祖』が、まさか家で子供たちにあんなふしだらなことをさせていると知ったら、全人類が幻滅するだろうね。君たちの暮らしを公開してみようか? 『聖女マリア様はロリコンのショタコン! 始祖のただれた英才教育!』なんてニュースが、半径三十光年の隅々にまで広まったりしてね。くっくっくっく……」
「う、うるさいっ! 人んちの教育方針に口出しするなっ!」
 マリアの顔が茹で上がった蛸のように真っ赤になった。この屋敷に忍び込んだマグナに自分の私生活を盗み見られ、笑いものにされているのだ。屋敷の中に侵入されたことをまったく気づかなかった油断も手伝って、はらわたが煮えくり返りそうだった。
「さっきの言葉は撤回するわ。今すぐ死ね、この馬鹿っ! 早く出てけっ! 二度と来るなっ!」
「あはははは……それじゃあね、マリア。また会おう」
 マグナはひらひらと手を振って、窓に向かって一歩踏み出した。途端に銀髪の少女の輪郭がぼやけ、黄金色の光の中で溶けていく。マリアがまばたきを一つすると、マグナの姿は跡形もなく消え失せていた。
「くそっ、あいつ……次に会ったらぶっ殺してやる」
「ねえ、お母さん。どうしたの? 何かあったの?」
 突然かけられた声に、マリアははっとした。傍らの祐介が心配そうな目で自分を見つめていた。どうやら今の会話で起きてしまったようだ。
「何でもない。何でもないのよ、祐介」
 慌てて祐介を抱きしめ、望まない来客があったことをひた隠しにするマリア。古い友人が彼女を訪ねてきたと知れば、好奇心の強い子供たちは必ず会いたがるだろう。しかしあのマグナ=ミューズという名の女は、無垢な二人に会わせるにはアクの強すぎる相手だった。
「そうなの? ぶっ殺してやるって、どういうこと? 誰をぶっ殺すの?」
「言ってない、そんなこと言ってない! お母さんがそんな怖い言葉を口にするはずないじゃない! 祐介はきっと悪い夢でも見たのよ」
「そうかな? 僕、寝ぼけてたのかな。なんかお母さんが誰かとお話ししてたような気がして……」
「それは夢よ、祐介。全部夢なの。悪い夢は忘れて、もう一度寝直しなさい。夜はまだまだ長いんだから、ちゃんと寝ないと駄目よ。ほら、お母さんが添い寝してあげるから今すぐおやすみなさい」
 マリアは祐介の頭を何度も何度も撫で回すと、半ば寝ぼけた彼を抱いてベッドの中にもぐり込んだ。幸いなことに祐介は母の怪しい説明を疑うことなく、すぐにまた安らかな寝息をたて始めた。
(ふう、焦ったわ。今夜は本当に災難ね。あいつのせいで、祐介が余計な知識をつけちゃったらどうするのよ。まったくもう……)
 額の脂汗をぬぐうマリアの背後から、今度は幼い娘の声が聞こえてきた。
「ねえ、お母さん。今の女の人はお母さんのお友達? あたしとユウはお母さんの昔のお友達の偽者なの?」


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