真理奈のいたずら 9

 ベッドに腰かけた升田の前に、裸の祐介がひざまずいた。ややうつむき加減になって、堂々たる大きさの乳房を升田の股間に押し当てる。生暖かい吐息を浴びた下腹部が、くすぐったそうに震えた。
「はあ……なんであたしがこんなことをしなきゃいけないのかしら。それも相手が中川だなんて、マジ最悪……」
 祐介は日頃の彼らしくない女々しい口調でぼやいたが、声や顔は依然として男のままであるため、少々気味が悪い。陰鬱な表情を浮かべて升田のペニスを乳の谷間で挟み込み、豊かな肉の質感で若い幹を揺さぶった。
「けっ、文句があるならしなきゃいいだろ。俺は別にこんなこと頼んじゃいないぞ」
 と、升田美佐が祐介の頭上で口を尖らせた。
 こちらも喋り方が平生の彼女のものとはまるで異なる。
 この眼鏡の女教師は、首から下の身体を祐介と交換させられただけでなく、記憶までも祐介のものと置き換えられてしまったのだ。そのため、今や完全に己のことを男子高校生の「中川祐介」だと思い込んでいた。
「あんっ、動かないでよ。だってしょうがないでしょ。あんたとエッチなことをしないと、あたしの顔が元に戻らないっていうんだもん。まったくもう……あんたの気持ち悪い声になっちゃって、テンションだだ下がりよ」
「うるせえ、俺の顔でチンポしゃぶってんじゃねえよ。男にしゃぶられてるみたいで気持ち悪いんだよ。とっととその顔を返せ。俺だって、いつまでも升田先生の顔でいたくなんかねえんだ」
 苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちする升田。
 祐介と口喧嘩をしながらも、彼の巨乳にしごかれた男根は雄々しく立ち上がって細かく脈動しており、この淫猥な奉仕が効果的であることを如実に示していた。
「だから元の顔に戻るために、こうやって頑張ってるんじゃない。あたしのおっぱいでゴシゴシされるの、気持ちいいでしょ?」
 今日何度射精したかもわからない升田のペニスを、祐介は柔らかな胸の肉でこね回しながら、舌を伸ばして尿道口をねぶった。真理奈に与えられた記憶と経験に基づいての行動だった。
 日ごろ真理奈と言い争いばかりしていた少年が、肉体を彼女のものと交換させられ、元の自分の体を相手に、淫らな接待に没頭している。奇妙奇天烈な己の状況を特に気にするでもなく、祐介は乳と口とで升田を愛撫し、謹厳な女教師だった少年の獣欲をそそった。
「ううっ。くっ、これは……」
「ふふっ。なんだかんだ言いながら感じてるのね。チンポがギンギンに膨れて苦しそうよ。ほらほら、もう降参?」
「う、うるせえっ。誰がお前のパイズリなんかで感じるか。こんなもん、百年やってもイカねえよ。ほら、もういいからこっちに来い」
 升田は乳房での奉仕に熱中する祐介を我が身から引き離し、ぶっきらぼうな物言いでベッドに上がってくるよう命じた。
 明らかな照れ隠しの態度に、祐介はにんまり笑って勝ち誇った。
「何よ、やっぱりイキそうだったんじゃない。無理やり誤魔化しちゃって、みっともないやつね」
「だから違うって。なあ、それより瑞希、さっきの話は本当なんだろうな。本当にこいつと……その、最後までしたら、俺たちの顔は元に戻るのか?」
 と、升田は真理奈に問いかけた。真理奈は升田の傍らに腰かけ、首を小さく縦に振った。
「ええ、本当よ。この魔法はエッチなことをすれば解けるの。それ以外の方法では決して元に戻らないから、元の顔に戻りたいのなら我慢して、二人でセックスしなさい」
 真理奈の解説に二人は顔を見合わせ、「はあ、しょうがない……」と嘆息した。
 真理奈は祐介と升田の記憶を操作したあと、自分の正体は「森田瑞希」で、ここにいる者の顔や声を魔法で取り替えたのだと説明した。
 もちろんそれは嘘で、実際に入れ替えたのは顔や声以外の全てなのだが。
「な、なんであたしの顔が中川のになってんのよ !? 最低、信じらんないっ」
 祐介は今まで己の身に起きた異常な出来事を残らず忘却して、自分のことを「顔だけを祐介と取り替えられてしまった真理奈」だと思い込んだ。
 升田も同じだ。肉体と記憶のほとんどを奪われ、別人のものと交換させられた二人に、もはや固有のアイデンティティは存在しなかった。
 何とか元の姿──つまり、刷り込まれた記憶通りの姿に戻りたいと願う二人に、真理奈が提示した解決策は、互いに性交渉をもつことだった。「エッチをすれば元に戻る」という怪しげな真理奈の説明に、祐介と升田は思いつく限りの文句を並べ立てたが、結局は言われた通りにせざるをえない。
 修復不可能なほどにねじ曲げられた二人の心と身体は、既に真理奈の玩具でしかなかった。
「おい、加藤、こっちに尻を向けろ。濡らしてやるから」
 と言って、祐介を四つん這いにさせて臀部に顔を埋める升田。ぴちゃぴちゃと下品な音がして、祐介が身をよじった。
「あんっ。あたし、中川にアソコをなめられてる……ひっ、ああっ」
 祐介の白い背中に震えがはしり、プロポーション抜群の肢体が躍動する。頭部と声とを除けば、祐介の全てが真理奈という存在に置き換わっていた。
(うふふ……楽しいわ。人を思うがままにもてあそぶのって、なんて気持ちがいいのかしら)
 ベッドの上で情事にふける二人を見つめ、真理奈は胸の内で高笑いをあげた。
 この凌辱劇の代償として自分自身の記憶をほとんど無くしてしまったが、代わりに聡明な女教師の知性を手に入れたのだから、決して損ではない。
 それに、たとえ自分の記憶や肉体を失ったとしても、黒魔術を使えばいつでも元に戻すことができるのだ。今の自分にはどんなことでもできる──そんな自信が真理奈をそそのかしていた。
 人間を食い物にする悪魔と化した真理奈に見守られ、祐介と升田は睦まじく肌を重ねる。丸みを帯びた祐介のヒップが持ち上がり、そこに升田の切っ先があてがわれた。
「じゃあ、入れるぞ。力抜いとけよ」
「う、うん、いいわよ……ああっ、入ってくる。ああんっ」
 自分のものだったペニスを後ろから挿入され、祐介は歓喜の声をあげてシーツに突っ伏した。豊満な乳が体に押し潰され、持ち前の弾力を誇示するように跳ねた。
「くっ、すごい締めつけだ。いやだいやだとか言いながら、やる気マンマンじゃねえか。スケベな女だな、お前は」
 一匹の牡と化した升田が、祐介の尻をわしづかみにして乱暴に腰を叩きつける。生真面目な女教師が顔にいびつな笑みを貼りつけ、女子高生の操を貪っていた。
「そ、そんなわけないでしょ──あっ、ああっ、奥が擦られてる。中川のくせに、こんなの……は、激しいっ。あんっ、あふっ」
 祐介は升田の力強い動きに合わせて肉づきのいいヒップを妖しくくねらせ、野太い金切り声をあげ続ける。なんと無様なことかと、真理奈は嘲笑を抑えられない。
「うふふふ……気持ちよさそうね、真理奈さん。私の彼氏のおちんちん、たくましくて素敵でしょう」
「う、うん、すごいっ。中川の……祐介のチンポ、あたしのお腹をゴリゴリしてくるの。はああっ、気持ちいいよお。こんなの、頭がおかしくなっちゃう……」
 祐介は嬉し涙を流し、口から舌を吐き出して荒い呼吸を繰り返した。全身がじっとりと汗ばみ、繊細な肌が桜色に染まる。尻たぶらに升田の爪が食い込んでいたが、いささかも痛がる様子はなく、それどころか体の重心を自ずから前後させて、さらに深い突き込みを求める。
「ひっ、ひいっ。そこダメ……そんなにされたら我慢できないっ。ああっ、オマンコ締まるっ。あっ、ああっ、イクっ」
 軽く気をやったのか、調子外れな悲鳴があがった。祐介は真っ赤な顔を寝台に押しつけ、初めて男に貞操を捧げた乙女のようにいやいやをしてみせた。尻を高く持ち上げて、もっともっと犯してくれと自分からせがんでいるようにも見受けられた。
「うおっ、締まるっ。すげえ、チンポが食いちぎられそうだ。くくくっ、スケベな体しやがって。お前はマジで淫乱だな、真理奈」
 快楽に溺れた牝の姿に興奮をそそられ、升田の動きもいっそう激しさを増した。精気に満ちた十七歳の男の肉体を自在に操り、獣じみた姿勢で祐介を手篭めにする。
「どうだ、真理奈っ。おらっ、気持ちいいかっ」
「ああっ、こんな格好……ダ、ダメっ、今イったばっかなのに……ああんっ、ひいっ」
 ベッドに腰かけた真理奈の位置からは、長い脚を高く掲げ、膣口をずぶずぶと貫かれる祐介の姿が丸見えだった。
 真理奈は舌なめずりをして、かつての自分の肉体が晒す淫らな醜態を観賞した。
「ふふふ……とってもいやらしいわよ、二人とも。心も体も自分じゃなくなって、操り人形にされるのは最高の気分でしょう? 私もさっき散々セックスしたばかりなのに、興奮して仕方がないわ」
 真理奈の手が己の下半身へと伸び、体毛の薄い陰部を撫で回す。同級生の森田瑞希から奪った肉体が、目の前で繰り広げられる「祐介」と「真理奈」の交わりに刺激されて高ぶっていた。細い指を秘所の中に沈めると、確かな熱と疼きを感じた。
「森田さんも、あのまま放っておくのはもったいないわね。せっかく升田先生の体になったんだから、明日にでも中川君の体になった先生とエッチなことをしてもらおうかしら。『お人形』が三つもあると、いろいろ組み合わせを変えて遊べるわね。ちっとも飽きないわ。うふふふ……」
 自らの女性器を指でかき回しながら、真理奈は妖艶な笑みを浮かべた。
 シャワーを浴びて綺麗になった少女の体が再び燃え盛り、貪欲に男を求める。子供っぽい瑞希の身体も、徐々に淫乱な牝の肉体へと変わりつつあった。
 他人の体で自慰にふける真理奈のそばでは、性別の入れ替わった祐介が升田に押さえつけられ、幾度目かの絶頂を迎えようとしていた。パン、パンと男女の肌が音を立ててぶつかり、狂気の交わりが最高潮に達した。
「いやあっ、またイクっ。あたし、イっちゃうっ」
「真理奈、またイクのか? よし、俺もイクぞ。たっぷり受け止めろよっ。うおおっ」
 升田は祐介の腕を引いて体を起こし、下から激しく突き上げる。膣内射精が間近に迫っていることを告げられ、性転換した少年は戦慄した。
「ダ、ダメっ、抜いてっ。お願いだから中はやめてっ。妊娠しちゃう……あ、赤ちゃんできちゃうっ。ああっ、イクっ。オマンコイクうっ!」
「知るか、妊娠するなら勝手にしろっ。おらっ、出すぞ。真理奈、孕めっ!」
 女教師は祐介の身をがっちり固定し、かん高い雄叫びを放つ。
 次の瞬間、隠すもののない結合部からとろみのある液体が噴き出し、二人が絶頂に達したことを真理奈に知らせた。「ふうう……」と、長い満足の吐息が漏れた。
「うおっ、まだ出る。なんて気持ちいいんだ、お前の中はっ。搾り取られる……ううっ。す、すげえっ、止まらねえっ」
「あああっ、動かないで。アソコがキュンキュンする……。こ、これ気持ちよすぎ──ん、んふっ、またイクっ。イっちゃうっ」
 祐介はだらしなく頬を緩め、己を孕ませる精の奔流を受け止めた。身も心も真理奈のものに置き換わり、女のアクメを堪能する祐介の表情からは、もはや昨日までの凛々しい男子高校生の面影を感じ取ることはできなかった。
「へ、へへへ……たっぷり出たぜ。中出しって最高だな、真理奈」
「あらあら、避妊もしないで中に出しちゃったの? 若いっていいわねえ。でも、もし赤ちゃんができたらどうするのかしらね? うふふふ……」
 オーガズムを迎えたあとも下半身を揺さぶって祐介を嬲り続ける升田に、真理奈は嘲弄と侮蔑の微笑を投げかけた。自分の思い通りに事が運び、この上なく満ち足りた気分だった。
(何もかもがうまくいったわ。あとは私たちの顔を交換すれば、中川君も升田先生も完全に入れ替わってしまって、元の自分を意識することもなくなる。うふふ……二人とも、今までの自分とはまったく違う人生を楽しんでちょうだいね)
 真理奈は升田の肩に手を伸ばし、唯一残された体のパーツである頭部の交換に取りかかる。精神を集中すると真理奈の額が淡い緑色の光を放ち、この世のものならぬ黒魔術の力が発動した。
「さあ、最後の仕上げよ。約束通り二人の中身はそのままで、残った顔も取り替えてあげる。あなたたちは入れ替わったことも忘れて、これからはまったくの別人として生きていくのよ。うふふふ……」
「残念だけどそれは無理だよ、真理奈さん」
 出し抜けに声が室内に響き、真理奈は飛び上がった。
「だ、誰っ !? どこにいるのっ !?」
 きょろきょろと辺りを見回し、声の主を確かめようとする。祐介の声でも、升田の声でもない。ましてや、真理奈自身の声でもなかった。
「あははは、探しても無駄だよ。僕はその部屋にはいない。遠く離れたところで、君のことを観察していたんだ。さて、僕が誰かわかるかな?」
 焦る真理奈をからかうように、声は軽薄な口調で喋り続ける。言葉遣いから察するに、おそらく真理奈や祐介とそう変わらない年頃の少年の声と思われた。
 成人男性とはやや異なる、どこか中性的な声音に聞き覚えがあった。
「あなたは、私にこの力を与えてくれた……」
「そうだよ。君は僕と契約し、魔法の力を手に入れた。他人の心と体を自在に操る力──人間の手に余るほどの強大な力をね」
 真理奈の予想は当たっていた。姿を見せずに語りかけてくる相手の正体は、彼女に黒魔術の力を授けてくれた魔性の存在。いわゆる悪魔だった。
 悪魔はその邪悪なイメージに似つかわしくない、爽やかな少年の声であとを続ける。
「その力を使って君がやったことは、とても面白かったよ。他人の心も体も操ってとことん弄ぶやり口は、実に素晴らしい。僕が言うべきことではないかもしれないけど、君はそこらの悪魔よりも、はるかに悪魔めいていると思う」
 誉めているのかけなしているのか、どちらともつかない語り口だ。どこから聞こえてくるかもわからない悪魔の声に、真理奈は苛立ちを募らせる。
「お褒めにあずかって光栄だわ。でも、それならどうして邪魔をするの? 今、とってもいいところだったのに」
「ああ、うん。別に邪魔をするつもりはなかったんだけどね。どうしても君に言っておかなくちゃいけないことがあって」
「なに? 私に何を教えてくれるの?」
 真理奈は天井を仰いで訊ねた。一刻も早くこの会話を切り上げ、祐介と升田への措置を再開したかったが、さりとて無視はできない。硬い顔で相手の発言を待った。
「実は、残念なお知らせがある。最初、契約を結んだときに言っておいたと思うけど、今回のはあくまで仮契約だ。言わばお試し期間ということで簡単な手続きで済ませたけれど、その契約期間がちょうど今、終わった。君はもう魔法を使えなくなる」
「ええっ !? な、何ですって !? そんな話、聞いていないわ!」
 真理奈は目を剥いた。せっかく黒魔術の力をここまで操れるようになったというのに、突然終わりを宣告されて納得できるはずがなかった。
「あれ、言ってなかったっけ? おかしいな。言ったはずなんだけどなあ。君の力は二十四時間でなくなるって。一日きりの魔法だよ。シンデレラみたいなものさ」
「聞いてない、聞いていないわ! 今さらそんなことを言われても困るわよ!」
 真理奈は必死で抗議したが、悪魔は特に悪びれた様子もなく、「まあ、これも規則だからね。諦めてよ」と、にべもなかった。
「そ、そんな。魔法が使えなくなっちゃうなんて、絶対に嫌よ。この力はもう私のものだわ……」
「気に入ってくれたのなら、また今度、本契約を結んでよ。ただ、そっちはちょっと手続きが複雑でね。生け贄も必要だし随分と手間がかかる。とにかく、今回の契約はこれでおしまいだ。君がいじった皆の心を、元に戻してあげよう」
「ま、待って! せめてもう少しだけ──ああっ、頭が……!」
 にわかに激しい頭痛が真理奈を襲った。今の自分の人格を構成している女教師の記憶が抜け落ちていき、代わりに元の女子高生の記憶が戻ってくる。意識を残したまま頭の中身が変質していく異常な過程に、苦痛にも似た目まいを覚えた。
(ううっ、あたしの記憶が戻ってくる……先生じゃなくて、高校生のあたしの記憶が……)
 その場に立っていられなくなり、真理奈は床にへたり込む。
 やがてその不快な感覚が消え失せたとき、真理奈は完全に己の記憶を取り戻していた。
(あたしは真理奈……二年C組、加藤真理奈。先生じゃない。あーあ、元に戻っちゃった。つまんないの……)
 真理奈はうっすら目を開け、その場に座り込んでいる自らの姿を確かめた。
 記憶が元に戻ったのならば、体も元に戻っているはずだ。長身でスタイルのいい、本来の自分の身体が視界に入ってくる……そのはずだった。
 だが、現実は違った。今までと同じ、子供のように華奢な少女の体だった。真理奈は驚いた。真理奈の首から下は、瑞希のままだったのだ。
「あれ、なんで? 頭の中は元に戻ったはずなのに、体がそのまんま……」
 真理奈だけではない。彼女と同様、隣に倒れている祐介の頭部には艶美な女子高生の肢体が繋がったままだ。眼鏡をかけた女教師の首の下には、若い活力に満ちた男子高校生の肉体があった。いずれの体も入れ替わったまま、元に戻ってはいなかった。
 真理奈の発した当然の疑問に答えたのは、この騒動の黒幕である悪魔だった。
「ああ、首がすげ替わったままなのはどうしてかって? それは単純に技術的な理由でね。記憶には重さも体積もないから、移し変えるのも元に戻すのも簡単だけれど、首はそういうわけにはいかない。しかも、もう一人の被害者の瑞希さんがそこからだいぶ離れた場所にいるから、簡単には元に戻せないんだ。まあ、また今度だね」
「今度っていつよ。明日? それとも明後日?」
「いや、それがそうもいかなくてね。ちょっと言いにくいことなんだけど、僕はこれから野暮用があってね。しばらくこの街からいなくなるんだ。君たちが元に戻れるのは、そうだね……早ければ一週間くらいあとかな? それまで我慢するように、そこの二人にも伝えておいてよ。それじゃあ、僕はこの辺で」
「ま、待って! そんな無責任なこと言うなっ! 待ちなさい!」
「いやあ、今日は楽しませてもらったよ。本当にありがとう。じゃあ、またね」
 別れの挨拶を最後に悪魔の声がやみ、それからは一切聞こえなくなる。魔力を失った真理奈は途方に暮れ、その場に膝をついた。
「そ、そんな……いつでも元に戻せると思ってたから、安心して遊んでられたのに。これからどうしよう……」
 取り替えた記憶こそ元に戻ってはいるが、体は入れ替わったまま、戻すことができない。呆然とへたり込む真理奈の後ろで、祐介と升田がのそりと身を起こした。
「ううん……あれ。俺、どうしたんだっけ──な、なんだこりゃあっ !? 俺の体が、こんな──そうだ、これは加藤の体じゃねえかっ! お、思い出したぞ! 俺、あいつのせいで女にされちまったんだ!」
「わ、私の体が男のまま……中川君の体のままだわ。どうして元に戻ってないの?」
 首から下が女子高生の身体になっている祐介と、首から下が祐介の体になっている女教師は揃って驚愕したが、ベッドの脇で固まっている真理奈に気がつくと、二人して彼女につかみかかった。
「おい、加藤っ! 今までのことは、全部お前のしわざだろう! 早く俺の体を元に戻せっ! 戻さねえとこの場で絞め殺すぞっ!」
「まだ頭の中がぼーっとしてて、よく思い出せないけど……。でも、私たちが今まで、あなたに変なことをされていたのは覚えているわ。さあ、加藤さん、今すぐ私たちの体を元に戻してもらいましょうか。さもないと酷いわよ。男の腕力……ちょっと試してみようかしら」
「そ、そんなこと言われても、もう魔法は使えなくなっちゃったし……」
 憤慨する二人に左右を挟まれ、たちまち真理奈の顔が青ざめる。きゃしゃな首に四本の腕が伸びて、無力な少女の身を拘束した。
「ぐええっ! ううっ、ご、ごめんなさいっ。実は黒魔術が使えなくなって、もう元に戻せないの……」
 先ほどまで見せていた余裕はもはやどこにもなく、真理奈は目に涙を浮かべて許しを乞うた。
 しかし祐介と升田は真理奈を解放するどころか、逆に猛烈な力で彼女の首を絞めつけた。
「何だとぉっ !? お前、俺に一生この体のままでいろっていうのかっ! この色ボケ女、絶対に許さねえ! 今すぐ死んで詫びろっ!」
「へえ……これだけ好き勝手しておいて、元に戻せないですって? それはつまり、あなたの身がどうなろうと、私たちにとっては変わらないってことよね。うふふ……私は殺すなんて言わないわ。ゆっくり時間をかけて、死んだ方がましだって思えるくらいの苦しみをあなたに与えてあげる……」
 静脈の浮き出た二対の手が真理奈の呼吸を圧迫し、脳への血流を阻害する。真理奈は踏み潰された蟹のように口からぶくぶくと泡を吹き出し、逃れることのできない苦痛に悶えた。
「ゆ、許して……ぐええっ、殺さないで。死にたくない、死にたくないよぉ……」
 白目を剥いた真理奈の股間から小水が漏れ出し、カーペットを汚す。二人が顔をしかめて手を離すと、真理奈の体は支えを失って悪臭のする水たまりの中に倒れ伏し、そのまま動かなくなった。


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