真理奈のいたずら 8

「うっ、ううん。あれ……俺、寝てたのか」
 目を覚ました祐介は、ぼんやりと天井を見上げた。
 思った以上に疲れがたまっていたようで、横になっているうちに眠り込んでしまったらしい。自宅ではなく、よその家で昼寝をした無精を恥ずかしく思った。
(まあ、しょうがないか。今日はいろんなことがあって疲れたもんな。加藤のやつに体を取り替えられて……)
 身を起こすと、ずしりという重みを胸元に感じた。
 クラスメイトの加藤真理奈によって頭部をすげ替えられ、今の祐介の首から下は女の体になっている。セーラー服を着ている己の格好にはいつまで経っても慣れず、羞恥と困惑が湧いた。
(そういえば、瑞希と升田先生はどこに行ったんだ? 部屋にはいないみたいだが……)
 祐介が居眠りする前、瑞希は升田に勉強を教わっていた。
 首から下が男子高校生の身体になった奇妙な女教師の姿に、瑞希はいささかも疑問を抱かず、升田のことを祐介だと思い込んで無邪気に教えを乞うていた。
 ところが今、部屋に二人の姿はない。
 不審に思って辺りを見回していると、がちゃりと音がしてドアが開き、当の瑞希が部屋に入ってきた。
「あ、真理奈、起きたんだ。おはよー」
「み、瑞希? お前、何やってんだっ」
 祐介は目を剥いた。瑞希は一切の衣類を身につけておらず、透けるような白い素肌が丸見えだった。全身がほのかに湿り気を帯び、石鹸とシャンプーの香りを漂わせていた。
「え? 何って、シャワー浴びてきただけよ。体じゅうがべとべとになっちゃったからね。ふふふ……」
「シャワーって……今まで勉強してたんじゃないのか? なんで体がべとべとになるんだよ。おかしいだろ」
 なぜ勉強のあと瑞希が体を洗いに行ったのか、祐介には皆目見当がつかない。
 戸惑う彼の前に、今度は升田が現れた。
「あら、起きてたの。せっかくだから、あなたもシャワーを浴びてきたら? さっぱりして気持ちいいわよ」
「ま、升田先生っ !? 先生まで、なんで裸なんですかっ!」
 祐介はひっくり返りそうになった。女教師の顔を持った男子高校生が、瑞希と同じ格好で部屋の入り口に立っていた。股間を覆う茂みからは黒々とした肉の管がだらりと垂れ下がっているが、升田はそれを隠そうともしない。肩にタオルをかけただけのラフな姿に、祐介は我が目を疑う。
「なんでって……この子とたくさんエッチなことをして汚れちゃったから、仕方がないでしょう。体じゅうがべとべとだったんだもの」
「エ、エッチなことって、どういうことですか。先生、まさか瑞希と……」
 祐介は硬い声で訊ねた。嫌な予感がして平静を保っていられない。
 その問いに答えたのは、升田ではなく瑞希だった。
「ふふふ……真理奈、気づかなかったの? あたしたち、さっきまでそこのベッドの上でエッチしてたのよ。祐ちゃんったら激しくて、あたし何度もイカされちゃった。えへへへ」
 瑞希は嬉しそうに言って、升田に寄り添い腕を絡める。思い人が見せる女の表情に、祐介の全身の血が逆流した。
「あ、あんた、なんてことをしやがったんだ! 絶対に許せねえっ!」
 怒りに任せて升田を怒鳴りつけたが、女教師は悪びれもせず、それどころか下卑た笑いを浮かべて祐介の神経を逆撫でする。
「本当にごめんね、中川君。でも私、決めたの。このまま元に戻らず、男の子として生きていこうって。あなたの体は私がもらうわ。これからはあなたじゃなくて、私が『中川祐介』よ」
 あまりに途方もない発言だった。とても堅物の高校教師が発したとは思えない常軌を逸した台詞に、祐介は度胆を抜かれた。細い眼鏡の奥にある升田の目はぎらつき、狂気の光を放っていた。
(先生、一体どうしちゃったんだ? あの真面目な升田先生が、こんなことを言うはずがないのに……)
 升田は瑞希の体を抱いて、頬や首筋にキスを浴びせる。自分に見せつけるようなその行動に、祐介は再び激昂した。
「瑞希、そいつから離れろっ! そいつは俺じゃない! 祐介はこの俺だっ! 信じられないだろうけど、俺たちの体が入れ替わってるんだ!」
「ふふふ……そんなこと知ってるわよ。だって、あんたたちの体を入れ替えたのはこのあたしなんだからね」
「な、何だってっ !?」
 驚愕する祐介をあざ笑い、瑞希は目から不気味な光を放つ。
 その途端、祐介は自分がとんでもない思い違いをしていたことを悟った。
「か、加藤っ !? お前、加藤真理奈じゃねえかっ! なんでここにいるんだっ!」
 並外れたショックに、思わず祐介の声が裏返る。今まで彼が瑞希だと思い込んでいた少女の正体は、一連の騒動を引き起こした加藤真理奈だったのだ。
 明るく染まった茶色の髪といい、ややつり上がった強気そうな目つきといい、どう見ても瑞希とは似ても似つかぬ真理奈の顔を、なぜ瑞希だと勘違いしていたのだろうか。状況がさっぱり呑み込めず、祐介はめまいを起こしそうになった。
「あはははっ、びっくりした? あたし、今まで瑞希に化けてたのよ。升田と体を交換したあと、瑞希を呼び出してあの子と首をすげ替えたの。ついでに魔法の力であんたたちの目を誤魔化してね。ふふふ……全然気づかなかったでしょ。あんたの反応、見ててすっごく面白かったわ」
「お、お前、瑞希にまで手を出しやがって……あいつはどうした! 今どこにいるっ !?」
 祐介の顔が青ざめ、握り締めた拳がわなわなと震えた。
 動揺する祐介を眺め、真理奈はますます悦に入る。
「瑞希には升田の体をあげたわ。自分のことを先生だと思い込ませてあるから、まだ学校に残って仕事してるんじゃないかしら。ご苦労なことよね、ホント」
「なんてことを……お前だけは絶対に許さねえっ! ぶち殺してやるっ!」
 祐介は立ち上がると、拳を振り上げて真理奈に飛びかかった。
 しかし次の瞬間、脚に鋭い痛みがはしってその場に転倒する。急にふくらはぎの辺りが痙攣して、動くことができなかった。
「な、なんだっ !? 俺の脚、どうしちまったんだっ !?」
「俺の脚って……それは元々、あたしのもんでしょうが。まあ、いいわ。とにかく、魔法であんたを動けなくしたから。センセー、こいつをベッドに運んでちょうだい」
「ええ、わかったわ」
 身動きのできない祐介に升田が近寄る。全裸の男子高校生に抱え上げられ、祐介の身はベッドに投げ出された。
「痛えっ! 何をするんですか、先生っ !?」
「本当にごめんね、中川君。私は加藤さんに逆らえないの。あなたも元に戻りたいなんて言わずに、私の仲間になりなさい。そうしたら、加藤さんが気持ちいいことをたくさん教えてくれるし、もう何も悩まなくて済むようになるわよ」
 升田は虚ろな口調で語った。もはや彼女は身も心も真理奈に支配されていた。
 理性を失った女教師が、祐介のセーラー服に手をかける。シャツの裾を胸までまくり上げられ、祐介は震え上がった。
「先生、やめて下さい! こんなの狂ってるっ!」
「いいえ、私はもう先生じゃないわ。祐介よ」
 たくましい腕で祐介の体を押さえつけ、乱暴に服を剥ぎ取る升田。抵抗しようにも祐介の手足はびりびりと痺れ、まともに動かすことができなかった。仮に動かせたとしても、女の細腕では男の力に敵うはずもない。
 紺のプリーツスカートが無情にも奪われ、股ぐらを覆う下着がさらけ出された。
「や、やめろっ。加藤、お前も先生を止めてくれっ!」
「変なこと言わないでよ。加藤真理奈はあんたじゃない。あたしは森田瑞希よ。体を交換したんだから、今はあんたが真理奈で、あたしが瑞希なの。OK?」
「てめえっ! 畜生、こんなことが──ううっ、やめてくれえっ」
 シャツやスカーフも床に放り投げられ、ブラジャーの上から乳をわしづかみにされる。祐介は声をあげて悶えた。女子高生の平均をはるかに超えたサイズの脂肪の塊が、升田の手に揉まれて自在に形を変えた。
「うふふ、大きなおっぱいね。手でつかみきれないくらい」
「やめろ。もうやめろぉ……」
 無力な祐介は、残忍な凌辱者を絶望の眼差しで見上げた。
 升田はそんな祐介の巨乳を玩具のようにもてあそぶと、ブラジャーのホックを外しにかかる。ぷるんとこぼれ出た十七歳の豊かな乳房に、女教師の目は釘付けになった。
「ああ、やっぱり若いわ。肌に張りがあって羨ましい。ちょっと味見させてね」
 紅の落ちた升田の唇が乳首をくわえ込む。ちゅうちゅうと乳頭を吸われ、祐介の体が小刻みに跳ねた。
「い、嫌だっ。こんなの嫌だぁ……うっ、ううっ」
 むずむずした感覚に体が火照り、羞恥が身を焦がす。
 祐介の意思に反して、授乳器の先端にある突起は升田の口の中でしこり、暴漢と化した女教師を喜ばせる。乳房を中心に熱の波紋が広がり、呼吸が荒く乱れた。
 非道な被虐の体験が、今日一日の間に幾度となく繰り返された官能の記憶を呼び覚ます。
 真理奈によって肉体を交換させられ、入れ替わったままの姿で無理やり犯されたこと。
 首から下が自分の体になった升田と出会い、人目を忍んで互いの性器を慰め合ったこと。
 尿意を催しては女子トイレに足を運び、陰茎の存在しない股間から小便を垂れ流したこと。
 異性の肉体で過ごしたこの半日の出来事が次々と祐介の脳裏をよぎり、気丈な彼を心身共に追い詰めていく。
(ひどい、ひどすぎる。一体俺が何をしたってんだ。なんでこんな目に遭わないといけないんだ……)
 無残な辱めを受けて、女子高生の身体がおぞましいマゾヒズムに色めき立つ。腹の底から熱が止めどなく湧き出し、頭にのぼった血が正常な思考力を奪う。唯一残された下着の内側が、とろみのある液体で湿るのを感じた。
(体が熱い。またいやらしいことをされるのか。もう嫌だ、こんな体。瑞希、助けてくれえ……)
 心の中で幼馴染みの名を呼び、情けなくも助けを乞うたが、いつも祐介の隣に寄り添っているツインテールの髪の少女は現れない。
 彼がクラスメイトの女子と身体を取り替えられてしまったのと同じように、瑞希も目の前の女教師と肉体を交換させられてしまったのだという。
 祐介は女々しく泣き喚き、好きな相手ひとり守ってやれない自分の不甲斐なさを嘆いた。
「ううん……乳首がコリコリして、とってもいい触り心地。真理奈さんも感じているのね。嬉しいわ」
「違う、俺は真理奈じゃない。早く俺の体を返せよ、畜生……」
「あらあら、まだそんなことを言ってるの? 今はあなたが真理奈さんで、祐介は私なの。お互いに今の自分を受け入れて、楽しくやりましょうよ。その方が幸せよ」
 祐介の肉体を奪った女教師は、彼の首筋に舌を這わせて優しく諭した。
 無骨な男の手が祐介の下着に伸びる。丸みを帯びた女の尻から、とうとう最後の衣類が剥ぎ取られた。
「うふふ……それに真理奈さんだって、まんざらでもないんじゃない? パンツの中がこんなになってるわよ」
 昨日まで彼のものだった指が祐介の股間を這い回り、秘所のぬかるみへと沈み込んでいく。指先に温かな蜜がまとわりつき、淫猥な水音が鳴り響いた。
「あああっ。やめろ、触るなぁっ」
「ここはそんなこと言ってないみたいよ。ほら、指が簡単に入っちゃう」
 升田は指を入り口に突き入れ、女子高生の性器に抜き差しを繰り返す。
 興奮を煽られた肉ひだがうねり、同い年の少年の指をぐいぐい締めつけた。それは祐介の体が男を求めている証だった。
「いやだっ、かき回さないで……あうっ、はあんっ」
「色っぽい声を出すのね。私、ますます真理奈さんのことが好きになっちゃいそう。ねえ、私とつき合ってくれない? 今の私たち、なかなかお似合いのカップルだと思うの」
「だ、誰がそんなことっ。あっ、ああんっ、やめてくれっ」
 再び乳房への接吻を受けて、祐介は無垢な少女のように取り乱す。微動だにできない囚われの身が恨めしかった。
 そんな祐介の肌を升田の唇が伝い、首筋から顔へと這い上がる。男と女の唇が重なり、不逞な舌が祐介の口内へと侵入した。
(ううっ。俺、先生にキスされてる……)
 二十代の女性の唾液を飲み込まされ、祐介の女体が燃え盛った。己の豊かな乳を好き勝手にいじられながら、情熱的なキスを強要される現状にこれ以上ないほどの羞恥と屈辱、そして興奮を覚える。腹の奥がじんと疼き、牝の本能がむくむくと頭をもたげた。
「うふふっ、いやらしい顔……こっちの真理奈さんはとっても可愛いわね。それに、すごくエッチだわ。せっかくだから、この大きなおっぱいで私を気持ちよくしてもらおうかしら」
 升田は心底楽しげに笑うと、再び祐介の胸に顔を寄せ、乳房の谷間を下品になめ回した。汗と唾液が混じり合い、きめ細やかな肌をしとどに濡らした。
「ううっ、気持ち悪い。そんなとこをなめるなぁ……」
 濡れた肌に空気が触れ、ひんやりした感触に気味悪さを覚える祐介。升田はたぷたぷ揺れる彼の乳をぐっとつかむと、腹の上に馬乗りになった。
「わっ、何を……」
「ふふふ、教えてほしい? このたぷたぷのおっぱいの間に私のおちんちんを挟んで、しごいて気持ちよくしてほしいのよ。男の子は皆、そういうエッチな行為が大好きなんでしょう?」
「な、何だってっ !?」
 あまりにも非常識な要求に、祐介は色を失う。本来は男であるはずの自分が、たわわに実った乳房の間に男性器を挟んで淫らな奉仕をおこなうなど、考えただけでも怖気だった。
「へえ、真理奈、パイズリするんだ? ふふっ、面白そうね。せいぜいその自慢のデカパイで、祐介のチンポをシコシコしてやるのよ」
 ベッドの脇では、真理奈が祐介と升田の様子を興味津々の表情で観察している。
 怪しげな黒魔術に手を染め、今回の騒ぎを巻き起こした彼女にしてみれば、理性のタガが外れた女教師の乱行が、面白くて仕方ないのだろう。
「い、いやだ。パイズリなんて──ああっ、やめてぇっ」
 祐介は涙を流して哀願したが、悪鬼と化した女教師を止めることは不可能だった。いきりたった升田のペニスが祐介の乳房を左右に押しのけ、谷間を拡張する。
 今まで体験したことのない胸の間を乱暴に摩擦される感覚に、祐介は息を詰めて耐え忍ぶしかない。
「い、痛いっ、胸が擦れる。ううっ、やめてくれえ……」
「ああ、すごいわ。おちんちんがおっぱいにコシゴシされてる。なんて気持ちがいいのかしら。瑞希さんとセックスするのもいいけど、真理奈さんにパイズリしてもらうのも最高ね」
 升田は陶然たる面持ちで満足の息を吐き出した。太い幹が巨大な脂肪の塊に圧迫されながら、リズミカルに前後していた。
 ぱっくり二つに割れた亀頭が、半球状の乳房の間から顔を出してはまたすぐに埋もれていく。先端が何度も顎に当たり、不浄の液体で汚した。
「真理奈さん、胸だけじゃなくてお口も使って。私のおちんちんをくわえ込んでっ」
「そ、そんな──ううっ、むぐっ!」
 祐介の口がこじ開けられ、膨張しきった陰茎が押し入った。自分のものだったペニスを食べさせられ、哀れな少年は嗚咽を漏らす。生臭い肉の棒が乱暴に出入りし、口内を蹂躙した。
 升田は執拗だった。動くことのできない祐介の上半身をもてあそび、自らの快楽だけを追い求めた。
 二つの乳房と唇にしごかれた男根は、ますます硬度と熱を増して祐介を悶えさせる。
(く、苦しい。頭がぼうっとして、息が……)
 口を塞がれ呼吸さえも自分の意思でままならず、視界が暗くなる。
 酸素の不足に苦しんでいると、祐介の脚に何かが触れた。胴体にのしかかっている升田の向こう側に、真理奈の姿があった。
「ふふっ、楽しんでるわね。さーて、あたしも混ぜてもらおうかな。あたしは真理奈の下の方を気持ちよくしてあげるわね」
 と言って、祐介のむっちりした太ももを開き、手のひらで股間を撫で回す。指が陰毛をかき分けて性器に触れるのを感じた。
 真理奈は鼻唄をうたいながら、祐介の秘所を無造作にまさぐる。細い指が女陰を突き刺し、嫌悪の震えが祐介の背中を奔ったが、既に多量の蜜が滴っている女性器は、楽に真理奈の指を受け入れてしまう。内外を自在に行き来する二本の指に肉びらが絡みつき、物欲しげにうねった。
「や、やめ──おおっ、うっ、うああっ」
 祐介の悲鳴があがった。複数の性感帯を同時に責められては為すすべもない。胸から上は狂った女教師に、そして腹より下は下劣な女子高生に嬲られ、祐介は強制的に性感の頂へと押し上げられる。
(な、なんで俺がこんな目に──ううっ、いっそ殺してくれ。もう耐えられない……ああっ、イクっ。あたし、イっちゃうっ)
 真理奈から借りた体が色めき、少年の心に女のオーガズムを刻みつけた。目の前に赤い花びらが舞い、祐介をはるかな高みへと連れていく。祐介は艶かしい女の肢体を弾ませ、禁忌の愉悦を貪った。
「ううっ、真理奈、イったのか? 俺ももうすぐ──おおっ、イクっ。イクぞっ」
 祐介の絶頂に合わせて升田も腰のストロークを速め、ペニスを胸の谷間に深々と突き入れる。尿道口からおびただしい量の精がほとばしり、祐介の顔面に叩きつけられた。
「うええっ、うぷっ。か、顔が、あたしの顔が……あれ? あたし……」
 むせかえるような精の臭いを嗅ぎながら、祐介は自分の身に起こった奇怪な異変に気づく。
 荒い呼吸が収まると、これまでとは比べ物にならないほど強烈な違和感が祐介を襲った。
「な、何これ……あたしがあたしじゃなくなってる。ど、どういうこと?」
 祐介は驚いて自らの手を見つめた。整った形をした細長い女の指は、本来は彼自身のものではない。真理奈の指のはずだった。
 だが、真理奈から譲り受けた手をいくら眺めても、祐介にはそれが他人の体の一部だとはどうしても思えない。むしろ、この美しい手は間違いなく自分自身のものだという確信が心の内から湧き上がってくる。不可解な事態に祐介は狼狽を隠せない。
(この手……真理奈の手だよね。あれ、真理奈ってあたしのことじゃないっけ? でも、あたしは祐介でしょ? ううん、違う。あたしは真理奈。加藤真理奈……)
 軽い頭痛を覚えて、祐介は顔をしかめた。
 頭が混乱して、一体何がどうなっているのかよくわからない。まるで夢の中をさまよっているように自己が希薄だった。
「あれ……俺、どうなったんだ? 頭の中が妙にこんがらがって変だな。俺の名前は……何だっけ。升田美佐か? それとも中川祐介か?」
 祐介の隣では、素裸でベッドの上にあぐらをかいた升田が、彼と同じようにして頭を抱えている。
 祐介は困り果てた升田と顔を見合わせ、これはどういうことかと訝しんだ。
 二人の疑問に答えたのは真理奈だった。真理奈はベッドの縁に悠然と腰を下ろし、余裕しゃくしゃくの笑みを浮かべて祐介と升田を交互に見やる。
「うふふ、驚いた? あなたたちが気持ちよくなってる間に記憶の大半を抜き取って、体に合わせた記憶と取り替えてあげたのよ。中川君の頭の中には私の記憶が、升田先生には中川君の記憶を入れたの。どう? なかなか面白いでしょう」
「記憶を取り替えた? 嘘つかないで。そんなこと、できるわけないじゃない。あたしは祐介なんだから、今までの記憶がなくなるなんてこと、あるわけないわよっ」
 祐介は真理奈にぴしゃりと言い返すと、目を閉じて本来の自分の記憶を脳裏に思い浮かべようとした。
 自分の生まれ育った家や家族、親類のこと。
 高校に入る前、小学校や中学校で友達と過ごした日々。
 そして、幼馴染みの森田瑞希に告白され、つき合うようになってからの思い出。
 どれも祐介にとってはかけがえのない大事な記憶だ。
 ところが、いくら意識の引き出しを漁っても、子供の頃から今に至る祐介の人生の軌跡が、まるで頭に浮かんでこない。思い出されるのは「加藤真理奈」の家族や日常生活についての記憶ばかりだった。
「な、なんで? なんで思い出せないのっ !? あたしは祐介じゃないの……?」
「うふふ、まだわからないの? 今のあなたには中川君の記憶はほとんど残っていないわ。懇切丁寧に説明してあげたのに、お馬鹿さんね。頭の中身が私と入れ替わっちゃったからかしら? うふふ、いい気味だわ」
 真理奈は混乱する祐介をあざ笑い、今度は升田に向き直る。
 首から下が男の体になった女教師は、自分が眼鏡をかけていることに納得がいかないようで、日頃から使っているはずの眼鏡を、何度もかけたり外したりして困惑していた。
「一体どうなってるんだ? 眼鏡が無いとよく見えない……。それに、男の体に戻ってるのに、この声……これは女の声じゃないか。なんでだ?」
「あらあら、こっちも大変そうね。自分の置かれた状況が理解できてるかしら、升田先生?」
「升田先生だって? 加藤、くだらない冗談はよせ。こっちは取り込み中なんだ」
 升田はわずらわしげに手を振って、真理奈を追い払おうとする。世界史教師としての記憶を奪われ、代わりに男子高校生の人格を植えつけられた升田は、自分のことを祐介だと信じて疑わない。
 真理奈はそんな彼女の姿に満足した様子だった。
「うふふ、うまくいったわね。心も体も入れ替えちゃう魔法は大成功だわ。あとは私の中にある升田先生の記憶を森田さんのと交換すれば、皆が新しい自分に馴染んで、不自由なく楽しく生きていけるわね。それとも、私が升田先生になっちゃおうかしら? 飽きたらまた、体と記憶を取り替えてしまえばいいんだし」
「ねえ、あんた。なんであたしの顔をしてるの? それに、なんであたし、こんな声になっちゃったの? これじゃあ、まるで男じゃん……」
 祐介は途方に暮れて真理奈に助けを求めた。移植された真理奈の人格に心を侵され、自分の声が自分のものだとさえ認識できなかった。
「ごめんなさいね、真理奈さん。あなたの顔と声、ちょっと借りてるわよ」
「はあ? ふざけないでよ! あたしの顔を早く返せっ!」
 祐介は自分の間違いにも気づかず、顔を返せと真理奈に食い下がる。
「そうね……顔を返してあげてもいいけど、それには条件があるわ」
 瑞希の肉体と升田の記憶を手に入れた真理奈は、慌てふためく二人にそう言って微笑みかけた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 デスクの隅に置かれた棚から教科書を一冊取り出し、無造作に中を開く。
 細かい文字で埋められたページの余白には、ところどころ色つきのマーカーで注釈とおぼしきメモが書き込まれていた。
 おそらく、この教科書の持ち主がつけ加えたものだろうと推察された。
 言うまでもなく、この本の持ち主とは自分のことだ。森田瑞希はそう思った。
 ここは職員室にある世界史教師の「升田美佐」の席であり、当然、この教科書も普段自分が使っているもののはずだ。書き込みをしたのも自分──「升田美佐」に間違いない。
 ところが瑞希には、自分がそのようなことをした記憶がまったくなかった。
 たしかに自分の教科書だというのに、それに注釈を書き加えたのかどうかを思い出すことができない。これはすこぶる奇妙なことのように思えた。
(これ、たしかに私の教科書だよね。でも、いつこんな書き込みをしたんだろう? 全然覚えてない……)
 身に覚えのないメモを眺め、瑞希は長々と嘆息した。
 自分の教科書に自分が書き込んだはずの内容がほとんど理解できないことに気づいて怖くなった。
 考えてみれば、今日の自分はどこかおかしい。
 世界史の教師として何年も教鞭をとっているはずなのに、教科書に記載されている基本的な内容をきちんと説明できなかったり、授業中に生徒から質問されても答えられなかったりと、教師の資質を疑われるような失態をいくつも演じた。
 平生の実直で謹厳な印象とはかけ離れた「升田先生」の態度に、授業を受けていた生徒たちも、さぞかし訝しんだに違いない。
(今日の私、おかしいよ。本当にどうしちゃったんだろう。こんなんじゃ、先生なんて務まらないよ……)
 目頭が熱くなり、瑞希はスーツの袖でまぶたを拭った。真理奈の魔術によって女教師と首をすげ替えられ、自らのことを「升田先生」だと思い込んでいる哀れな少女は職員室のデスクに顔を伏せ、声を殺して泣いた。
「升田先生、どうしました?」
 にわかに声をかけられ、瑞希は顔を上げた。
 デスクの脇に初老の国語教師が立って、気遣わしげな表情を顔に浮かべていた。
「あ……大丈夫です。何でもないです。すいません」
「そうですか。大丈夫ならいいのですが、なんとなくお疲れのようでしたから……」
「いえ、大丈夫です。本当に何でもないんです……」
 瑞希は立ち上がり、デスクの脇にかけられたハンドバッグを手にとった。みっともないところを人に見られ、顔から火が出そうだった。
「それじゃあ私、帰ります。お疲れ様でした」と早口で言い、急いで職員室をあとにした。
(私のバカ。ホントに今日はどうしちゃったの? 何をやってもうまくいかないなんてひどいよ)
 べそをかいた瑞希が向かったのは、職員室の隣にある職員用のトイレだった。
 涙で汚れた顔では外を歩けない。鏡をのぞき込んで、化粧直しが必要かどうかを確認した。
(私は先生なんだよ。なのに、なんでちゃんと勉強を教えられないの? こんなの絶対におかしいよ……)
 間違った認識を植えつけられた女子高生は、自らの誤りには決して気がつかない。
 鏡には黒い髪をツインテールに結った、グラマラスな体つきのスーツ姿の女が映っていた。
 赤の他人の肉体に自分の頭部だけが繋ぎ合わされている奇怪な姿にも、瑞希は別段驚くでもなく、ひたすら鏡を凝視して化粧のみを確かめた。
「はあ、気が重いなあ……気晴らしに寄り道して帰ろうかな。お酒──は未成年だからダメだし、甘いものがいいな。うん、ケーキでも買って帰ろう」
 と、ひとりごとを口にして己を慰める。
 何とか気を取り直すと、瑞希は校舎を出て街に向かった。
 自分の肉体を奪った真理奈が「森田瑞希」になりすまし、自宅で祐介や升田を勝手気ままにもてあそんでいることなど、今の瑞希には知る由もなかった。


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