真理奈のいたずら 3

 次の獲物を探して廊下を徘徊する真理奈の視界を、ひとりの女が横切った。生徒ではない。スーツを身につけた若い教師だ。
(あっ、升田じゃない。あいつ、こんなところで何やってんのかしら)
 真理奈は廊下の角に隠れて、顔見知りの女教師の背中を観察した。
 彼女は世界史を担当している升田という教師だ。厳しい授業をすることで知られ、出来の悪い学生を容赦なく怒鳴りつけることから、真理奈のような不真面目な生徒にとっては煙たい存在だった。
 見たところ、升田は職員室へと向かっているようだ。
 今はまだ授業中だが、この時間は受け持ちの授業がないのだろう。ぴんと背筋を伸ばして急ぎ足で歩を進める姿は、仕事一筋のキャリアウーマンを思わせる。
 真理奈はにやけ笑いを浮かべると、急いで彼女のあとをついていった。日頃から疎ましく思っている女教師を、次の標的に定めたのだ。
(ふふっ、ちょうどいいわ。いつもあいつに怒られてばっかりでムカつくのよね。中川の次は、あのオバサンに一泡吹かせてやる)
「升田先生!」
 升田は真理奈の声に振り返り、細い眼鏡の奥から冷ややかな視線を投げかけてきた。
「私に何か用? あなたは……たしか、二年の中川君だったかしら」
「はい、中川祐介です」
 真理奈は神妙な面持ちでうなずいた。今の彼女は首から下の体こそ祐介のものと入れ替わっているが、顔や髪型は一切変わっていない。本来ならば祐介に見えるはずはないのだが、魔法の力で周囲の人間の認識を操作しているため、目の前の女教師も真理奈のことを祐介と信じて疑わなかった。
「呼び止めてすいません。折り入って、升田先生に相談したいことがあるんです」
「相談? 私が担当してる世界史の勉強についてかしら」
「いいえ、違います」真理奈は首を振った。「実は私生活の悩みを、先生に聞いてもらいたくて」
 升田の眉がぴくりと跳ねる。
「どういうこと? そういうお話は、まず担任の先生にすべきじゃないかと思うんだけど」
 升田の表情には、唐突な話に対する警戒とわずらわしさが見てとれた。
 ろくに話をしたこともない男子生徒に突然こんな相談を持ちかけられれば、身構えるのも無理はない。
 真理奈はそんな升田の目をのぞき込んで、魔法の力を行使した。
 見る間に女教師の瞳が濁り、表情から意思が失われる。呆然として唇を半開きにする升田の肩を、真理奈は馴れ馴れしく両手でつかんで笑いかけた。
「やだなあ。升田先生は普段から、生徒の相談には気軽に乗ってくれるじゃないですか。どこのクラスの生徒でも、それがどんな内容でもね。そうでしょう?」
「え? そ、そうね……そういえば、そうだったわね。それで、中川君は私に何を相談したいの?」
 升田はぼんやりした顔で真理奈に訊ねた。全てが自分の思い通りになっていることに、真理奈は心の中でほくそ笑む。
「こんなところじゃ話せません。どこか二人っきりになれる場所はないですか? 内緒の話なんです」
「そう、じゃあ生徒指導室に行きましょうか。多分、今の時間は誰も使ってないと思うわ」
 升田は真理奈を先導して歩きだした。この時点で既に自分が真理奈の玩具にされつつあることに、愚かな女教師はまったく気づいていない。
 真理奈は生徒指導室に足を踏み入れ、机を挟んで升田と向かい合う形で椅子に座った。ただでさえ狭い部屋なのに加えて、壁際に進学資料の詰まった棚が並んでいるので、ますますスペースに余裕がない。息の詰まりそうな場所だ。
「さあ、中川君。先生に相談したいことがあるんでしょう。聞かせてくれるかしら」
 升田は眼鏡のフレームを指で押し上げ、真理奈に質問を促した。
「ああ、うん。まあ、大したことじゃないんだけどね。先生、ちょっとの間、目をつぶっててくれる?」
 真理奈は急にくだけた口調で言った。普段の升田ならば生徒の失礼な物言いに激怒したかもしれないが、無意識のうちに真理奈に服従させられている今の彼女は、特に気分を害するでもなく言われた通りに目を閉じ、真理奈の次の指示を待つ。
「ええ、目をつぶったわ。これでいい?」
「オッケー、オッケー。それじゃあ、あんたの体をもらうわね」
 真理奈は身を乗り出し、女教師のショートヘアの髪を無礼にもわしづかみにすると、おもむろに彼女の頭部を胴体から引きちぎった。
 手の中に収まった升田の生首の、ぽかんとした表情が愉快だ。
「ふん、ちょろいもんね。それじゃあ、今度はあたしの頭をこいつの体にくっつけて……」
 祐介のときと同じようにして自分の首を引っこ抜き、首の無い升田の体にすげかえる。たちまち頭と体がくっついて、真理奈は女教師の肉体を我が物としていた。
 真理奈は普段から年上に見られがちな顔立ちをしているため、首から下が濃紺のスーツを着た大人の女性の体になっても、さほど違和感はない。
「ふふっ、うまくいったわ。代わりにあんたには、中川の体をあげるわね」
 真理奈はどす黒い邪悪な笑みを浮かべると、今度は机の上で唖然としている升田の首を、祐介の首無しの体に接着した。
 これで女教師の顔を持つ、奇妙な男子生徒のできあがりだ。
「な、何? 一体、何が起きたの」
 升田は変貌した自分の姿にまじまじと見入り、すくみあがった。
 男子高校生の制服を着た、たくましい男の体。祐介はそれほど筋肉質というわけではないが、それでも升田の体と比べると腕も脚もがっしりしていて、骨格がまるで違う。それでいて、首から上にあるのは二十代女性の細面なのだから、ひどく異様な姿だった。
「何なのこれは……どうして私がこんな格好をしているの」
「面白いでしょ、升田先生。あんたの首から下は、男の体になっちゃったのよ」
 真理奈は悠然と机に肘をついて、取り乱す升田をあざ笑った。実に気分がいい。日頃の憂さが晴れるようだった。
「男の体? どういうこと。一体何がどうなっているの。私と同じ格好をしてるあなたは誰なの? 今まで中川君がここにいたはずなのに……」
 首をすげ替えたのと同時に、升田にかけていた魔術は解除したため、今の彼女は真理奈の姿をありのままに認識しているはずだ。
 祐介だと思っていた相手がまったく別人の女生徒だったこと、そして制服のセーラー服ではなく、自分が着ていたはずのスーツを身につけている真理奈に、升田は戸惑いを隠せない。
「あら。あたしの顔、忘れちゃったの? あたしは二年の加藤真理奈。あんたの授業でいっつもいびられてばかりだから、ストレスたまってんのよねー」
「か、加藤さんなの? どうしてあなたが私の服を着ているの。それに、私はどうしてこんな格好を……」
 升田は自分の服装と真理奈の格好を見比べ、目を白黒させている。まだ状況を把握していないのかと、真理奈は呆れ果てた。
「まだわかんないの? 先生のくせに、結構頭が鈍いのね。あんたもあたしも、ただ服を着替えただけじゃないわ。あんたの体の首から下だけを、このあたしがいただいたのよ。そんであんたの首から下は、うちのクラスの男子生徒の体になっちゃってるわけ。試しにズボンの中を確かめてみなさいよ。ちゃんとチンポがついてるから」
 真理奈に言われて、升田は不審げな表情で自らの下半身に触れる。狭い生徒指導室にかん高い悲鳴が響きわたった。
「きゃあああっ !? な、何かついてる。何なのこれはっ !?」
「やっとわかった? 自分の体が男になってるって」
「私が男? そんな……信じられないわ」
 真っ青になって震える升田の姿からは、もはや日頃の冷徹さも教師の威厳も感じられない。子供のように怯えて、惨めなありさまだった。
 それとは対照的に、真理奈はうきうきした気分で自分が着ている服をもてあそび、彼女から奪った新たな肉体を点検している。十七歳の自分の体に比べると、多少年をとっているのは否めないが、決して悪くはない。
「信じる、信じないじゃなくて、目の前の現実を受け入れなさいよ。ほら、これはあんたの体でしょ?」
 真理奈は自分が着ているスーツの前をはだけて、自分の体を本来の持ち主に見せつけた。白いシャツのボタンを外すと、飾り気のないベージュのブラジャーが顔を出した。
 胸の大きさは真理奈自身のものと同じぐらいだろうか。両手で包み込むように握ると、吸いつくような感触が返ってくる。
「そ、それが私の体? 確かに服も下着も、今日私が着てきたものだけれど……冗談よね。体を取り替えるなんて、できるわけがないわ」
「それができちゃうのよねー。今のあたしは魔法使いみたいなもんだからさ。何だってできちゃうのよ。あら、地味なパンツをはいてるのね。さすが、お堅い升田先生だわ」
 真理奈はスカートも脱ぎ捨て、ブラジャーと同じ色のショーツを指して笑う。肌色のストッキングに覆われた艶かしい脚も、それに触れる細長い指も、いずれも目の前の女教師から無理やり奪い取ったものだった。
 升田もようやく何が起こっているのか、おぼろげながら理解しはじめたようで、
「や、やめてっ。よくわからないけど、それは私の体なんでしょう? 早く元に戻してちょうだいっ」
 と声を荒げて、真理奈を押さえつけようとする。
「えー? だって、今はあたしの体なんだから、何をしたっていいじゃない。代わりにあんたには中川の体をあげたでしょ。せっかく男になれたんだから、もうちょっと喜びなさいよ。こんな体験、滅多にできないわよ」
「だ、駄目よ! 私の体を返して!」
「うるさいわねえ……じっとしててくれない?」
 真理奈は面倒くさそうに言って、升田を鋭い視線でにらみつけた。ひきつるような悲鳴があがり、升田の体はその場に縫いつけられたように固まってしまう。魔術で動きを封じたのだ。
「う、動けない。どうして? 私の体、どうなってしまったの……」
「しばらくの間、大人しくしてて。今のあんたは男の体なんだから、取っ組み合いなんてしたらあたしが負けるに決まってるじゃない。じっとしててよ」
 つっ立ったまま動けないでいる升田の頬を、真理奈が指でつうっと撫でる。激しい屈辱と怒りに女教師の顔が歪んだが、もはやどうすることもできなかった。
「あなた、どうしてこんなことをするの。私に何か恨みでもあるの」
「恨み? まあ、あんたには前からムカついてたけどさ。こないだのテストで、あたしに赤点をつけたわよね。ひどい先生だと思ったわ」
「そ、それは、あなたがそんな点数をとったからじゃない。とんだ逆恨みよ」
「はいはい。お説教はどうでもいいから、ちょっと黙ってて」
 真理奈はぴしゃりと言って升田の言葉を遮り、彼女のズボンのファスナーに手をかけた。はっと息をのむ気配がしたが、いささかも気にせずファスナーを下ろす。
「でもね、あたしがこういうことをしてるのは、別にあんたに仕返ししたいからじゃないの。単に面白いからよ。魔法の力でこうやって他人をオモチャにするのって、すっごく楽しいの。あんたみたいな堅物は、特にいじりがいがありそうだわ。ふふふ」
 真理奈は唇の端をにいっと吊り上げると、升田のズボンの中に手を突っ込んで、中をごそごそかき回した。
 だらりと萎えた肉の管──黒い陰毛を生やした牡の生殖器が姿を見せた。
「ほーら、これがあんたのおちんちんよ。今のあんたは男の子だから、ここにはこういうものがついてるの。ほらほら、しっかり見なさいよ」
 真理奈に命令され、升田はおそるおそる自らの股間を見下ろした。ズボンの中から生えているのは、まぎれもなく女の体には存在しないはずの器官だ。
 先端部が横に張り出した茸のような形の、赤黒い肉の塊。それがペニスと呼ばれるものだと、升田も理解したのだろう。怒りで赤くなっていた顔から、さあっと血の気が引いていった。
「ひいっ。な、何なのこれはっ」
 升田は恐怖に震えて、哀れなほどのうろたえようだ。
「あはは、いい顔してるじゃない。どう? あんたの首から下が男の体になってるって、これで実感してもらえたかしら」
 真理奈は陰茎の中ほどを指でつまみ、これが作り物ではなく血の通った人体の一部であることを升田に思い知らせた。
「ど、どうして。どうして私の体にこんなものがついているのっ」
「どうしてって、そりゃあ、今のあんたが男だからに決まってるじゃない。ねえ、男子生徒の升田君。こんないやらしいものを丸出しにして、どうしたのかしら。ひょっとして、先生にしごいてほしいの? いけない子ね、まったく」
 おどけた調子で言いながら、真理奈は手の中の男性器を揉みしだいた。淫らな手つきに触発されて、たちどころに若い牡の勃起が始まる。
「な、何なの、この感触は……ああっ、や、やめて。触らないでっ」
「あらあら、立っちゃった。いやらしいわねー、あんた。自分の手にいじくられてチンポを勃起させちゃうなんて、変態なんじゃない?」
「いやあっ、こんなのいやあっ」
 未知の感覚に升田は悶えたが、今の彼女には指一本動かすことさえ叶わない。
 悲鳴をあげて嫌悪をあらわにする升田の意思とは裏腹に、男子高校生のペニスは女教師の指づかいに魅了されて、ますます硬度を増していく。
「ふふふ、なかなかご立派じゃない。見なさいよ、ほら。これがあんたのチンポよ。このいやらしいブツが、あんたのアソコから生えてるのよ」
「あ、あああ……嘘、こんなの嘘よ……」
 目尻に涙を浮かべた升田の瞳に、今や彼女のものとなった男性器が映っていた。腹側にそり返った幹が凶悪なまでの威容を誇る、若々しいペニスだ。
 指でその先端を軽く撫でると、先走りの液体が糸を引いてねっとり絡みついてくる。物言わぬ肉の塊が、更なる刺激を欲しているように真理奈には思えた。
「あんたは嫌がってるみたいだけど、チンポは正直ね。ぴくぴく脈打って喜んでるわ」
 幹をぐっと握り、指先で亀頭のエラをひっかくようにこすりたてると、尿道口から新たな蜜が湧き出し、とろりと床にしたたり落ちた。
「いやっ。や、やめてぇっ。ああっ、あああっ」
 升田の青ざめた顔に暗い絶望が広がり、真理奈は笑いを抑えることができない。
(ざまあ見ろ。先生だからって、偉そうに威張り散らしてるからよ)
 日頃から生徒たちを怒鳴りつけている尊大な女教師が、今は声をあげて泣きながら、迫りくる射精の欲求に耐えかねている。
 なんて素晴らしいのだろう。最高の気分だった。
「あはははっ! 射精したいのなら、いつでも出していいのよ? 今のあんたは男の体なんだから、ここからドピュって白いのが出てくるの。くっさいザーメンをまき散らす女教師っていうのも、結構そそるわよねー」
「いやあああ……お願い、やめてぇ……」
 升田はぽろぽろ涙をこぼして、真理奈に許しを乞う。完全に教師と生徒の立場が逆転していた。
 無論、そのような懇願を真理奈が聞き入れるはずもなく、彼女は手中の肉の棒をしゅっ、しゅっとリズミカルにしごき続ける。
 真理奈の細い指が蠢くたび、升田のペニスはぴくぴくと痙攣して膨張し、着実に射精の準備を整えていった。
「とってもいい反応だわ。あんた、よっぽど中川の体が気に入ったみたいね。お望みなら、ずっとその体のままでも構わないのよ。身も心もスケベな男子高校生になって、同級生の女の子とか女の先生の体を見てチンポを勃起させちゃうような生活を送るのも、面白いと思わない?」
「い、いやっ、いやあっ。元に、元に戻してぇ……」
 泣きわめく升田の腰が小刻みに振動する。射精は間もなくだ。そり返った陰茎の先端から粘つく液体が漏れ出し、真理奈の指を汚した。
「そら、遠慮しないで出しちゃいなさい。あんたがドロドロのザーメンを噴き出すところ、じっくり見ててあげるから」
「だ、駄目っ、あああっ。な、何か出る。いやあああっ!」
 執拗な手淫の刺激に、ついに升田のペニスから熱い精がほとばしった。
 先ほど射精したばかりだというのに、若くたくましい肉棒は勢いよく樹液を噴き出し、ストイックな女教師の心に強烈な牡の快感を刻みつける。
 精を放った満足感に升田の頬が緩むのを、真理奈は見逃さなかった。異性の肉体で絶頂を迎える喜びを、この女は知ってしまったのだ。
「ふふふ、いっぱい出たわね。いやらしい顔をしちゃって、困った子だわ」
「あ、あああ……で、出た。いっぱい出ちゃった……」
 うわごとのようにつぶやいて、升田はその場に倒れ込む。あまりの体験に理性が耐え切れず、気絶してしまったのだろう。
 なんと情けないことかと、真理奈は嘲笑せずにはいられなかった。
「うふふふ……これであたしのオモチャになったのは二人ね。楽しい、楽しすぎる。他人を好き勝手にもてあそぶって、なんて素晴らしいのかしら。もうやめられないわ!」
 無力な人間を辱めて悦に入っていると、まるで本物の悪魔になったような気がする。
 いや、強大な力を手にした自分は、既に人類の範疇を確実に超えつつある。
 この魔力の扱い方を理解して、自在に行使するすべを会得すれば、じきに本物の悪魔の仲間入りをすることだってできるかもしれない。
 そのためには、もっと経験を積んで黒魔術に熟達する必要があった。
「見てなさい。どいつもこいつも、皆あたしのオモチャにしてやるわ。あたしの視界に入った人間は、全てあたしのお人形さんになるのよ。おーっほっほっほ! おほほほほっ、うひゃひゃひゃひゃっ!」
 真理奈は床に横たわっているショートヘアの男子生徒を見下ろして、不気味な高笑いをあげ続けた。


次章を読む   前章に戻る   一覧に戻る

inserted by FC2 system