真理奈五たび 後編

 数日後の夜、仕事を終えて自宅のマンションに帰ってきた升田。
 夫は出張のため、今夜は彼女一人である。
 升田はカバンの中から一枚のDVDを取り出し、プレーヤーに入れた。
「これ、いったい何なのかしら……?」
 いつの間にか職員室の升田の机の上に置かれていた、一枚のディスク。
 他の人のではないかとも思ったが、ディスクの表には「升田先生へ」と汚い字で書かれており、確かに彼女あてのものであるようだ。しかし誰からの品かわからないし、心当たりもない。
 とにかく中身を確認しようと、ディスプレイに目を向ける。
 そして映し出された映像を見て、升田は思わず、間の抜けた声を上げてしまった。
「え?」
 画面には一人の女が大映しになっていた。
 ブラジャーとショーツ、そしてストッキングだけという扇情的な格好の、若い女。髪は黒のショートヘア。肌は白く、縁なしの細眼鏡が知的な印象を感じさせる。
 それはどこからどう見ても、升田美佐その人だった。
「わ、私っ !?」
 画面に映った升田は、にやにや下品な笑みを浮かべ、自己紹介を始めた。
「は〜いっ! あたしぃ、高校で歴史の先生やってます、升田美佐で〜すっ! もうすぐ三十のオバサンだけど、スタイルにはちょっと自信ありますっ☆」
 そう言って腰に手を当て、前かがみになって胸元を強調する升田。普段の冷厳な彼女を知る者が見れば、驚愕せずにはいられない光景だった。
「な、何よこれ…… !? いったい何なの…… !?」
 目を見開いて画面にかじりつく升田に見せつけるように、映像の女は軽い調子で後を続ける。
「今回はあたしのとっておきの秘密を、特別に! 皆さんに教えちゃおうと思いま〜すっ! テレビの前のよい子のみんな、他の人には内緒だからね?」
 そこは升田も見覚えがある、狭い部屋の中だった。
 彼女が勤める高校の、生徒指導室。窓はなく、本棚と机の他は、椅子がいくつかあるだけの殺風景な部屋だ。
 だがなぜ彼女が、その場所でこんな格好でいるのか。不可解極まりない映像はさらに続く。
「あたし、こないだ結婚したばかりの若奥サマなんだけど、実は年下の男の子が大好きなの。可愛い少年が好きでたまんないから、センセーなんてかったるい仕事やってるんで〜すっ! 授業中、あえて生徒に厳しくしちゃうのも、あたしが根っからのドSだから。いつもみんなをイジめてるとき、ゾクゾクしちゃってパンツびしょびしょなのよ♪」
 今度はくねくねと腰を振る。胸元では豊かな肉の塊が揺れ、軽快に弾んだ。
「それで今日はね。あたしが前々から狙ってた、そこそこカッコいい生徒のコがいるんだけどぉ、今回はその子を部屋に連れ込んで、美味しくいただいちゃおうって企画なの。しかも記念のビデオ撮影つき! 教師と生徒、禁断の恋はドッキドキの急展開ね☆」
 両手を握って顎の前に持っていき、楽しそうに腰をくねらせるその振る舞いは、極めて愚かしい。
 だが、彼女の顔も声も体格も、はいている下着ですら、確かに升田本人のものであった。
 映像に食い入る彼女の背筋を、未曾有の戦慄が這い上がっていく。
 動画の升田は大げさに両手を振り、カメラからは見えない位置にいる何者かに呼びかけた。
「それじゃあ、どうぞっ! ジャジャ〜ンっ!」
 それに応えて、画面の外から少し緊張した様子の、凛々しい男子生徒が現れる。
「紹介しま〜すっ! この子はあたしの生徒、水野啓一君! 成績がよくて顔もいい、パーフェクトな男の子よ! こんな可愛い子とイチャイチャできるなんて、おねーさん感激ぃっ♪」
「え、水野くん…… !?」
 彼のことは升田も知っていた。真面目で勉強熱心な、いい生徒だったはずだ。
 その彼がなぜ、あんなところで自分と――?
 驚く暇もなく、升田は下着姿のまま、啓一にひしと抱きついた。
「というわけでお願い、啓一君! あたしを抱いてっ!」
 その言葉に頬を染めた啓一が、ためらいがちに聞き返した。
「先生――ホ、ホントにいいんですか……? 先生、結婚してるんじゃ……」
「もちろんよ。だってあたし、旦那なんかより、年下の男の子の方が好きなんだもん。啓一君の顔見てたら、お腹が疼いて仕方がないの。ね、早くエッチしよっ?」
「あ……せ、先生、そんなとこ触っちゃ……」
「ふふっ、気持ちいいでしょ? ほら、そこの机に座って」
 扇情的な格好の教師に命令され、啓一が机にそっと腰を下ろす。升田はその前に膝立ちになると、慣れた手つきで少年の下半身に手をかけた。ベルトを外し、ズボンをずらし、下着の中から彼の性器を取り出す。
「じゃあ、いっぱい気持ち良くしてあげる……」
 女教師の指が、指輪をはめた彼女の指が蠢き、生徒の陰茎を撫で上げた。両の手が袋と竿を包み込み、爪の伸びた親指が亀頭を擦った。
「あっ、先生……!」
「啓一君、もっと先生を感じて……」
 升田は眼鏡をかけた顔で妖艶に笑い、十の指で少年の性器を責めたてた。
 時には袋を揉みしだき、時には竿を撫でつつ先端を摩擦する。
 やがて硬くなった肉棒を愛しげに眺め、彼女はうっとりして言った。
「啓一君のおちんちん、美味しそう……。じゃ、いただきまーすっ」
 我慢できなくなったのか、升田がそそり立った肉棒にかぶりついた。亀頭を口に含み、唾液を舌で擦りつけて愛撫を始める。見ている側に聞かせるためか、盛大に唾を鳴らして口淫にふけった。
「ん、じゅる、ずずっ、んっ……ちゅる、ちゅぱっ」
「せ、先生……うっ、すごい……」
「んふっ、気持ちいい? あたし、フェラには自信あるんだ♪」
 彼女は少年の陰茎に舌を這わせ、尿道を音を立てて吸い上げた。
 半裸になった女教師がひざまずき、艶かしい表情で男子生徒の性器にしゃぶりつく。ありえない光景を前に升田は声も出せず、ただただ信じられないといった表情で、画面に映った自分そっくりの女の痴態を眺めていた。
 啓一の肉棒は口紅のついた唇に挟まれ、彼女の口内へと飲み込まれていく。
「あっ――先生、そんな……!」
 喉に当たるほど深く飲み込み、頭部を上下させる女。
 さすがに多少は苦しいようだが、表情は実に幸せそうで、恍惚そのもの。生徒と相対する教師の顔ではなく、完全に、男に奉仕する女のそれだった。
 そうして限界を迎えたのか、啓一は教師の頭をつかむと、彼女の咽喉に自分の子種を注ぎ込んだ。
「せ、先生――飲んでっ……!」
「んんっ……!」
 軽く咳き込んだが、升田は彼の精を全て胃に納めたようだ。名残惜しげに啓一の性器から口を離すと、白濁のついた唇をぺろりと舐める。
 淫靡極まりない雌の表情。整ったショートヘアも、目鼻を飾る上品な細眼鏡も、もはや見る影もない。
「ふふっ……どう啓一君、気持ち良かった?」
「は、はい、先生……」
「そう。それじゃあ、今度はあたしを気持ち良くさせてくれる?」
 升田はそう言って、彼と交代で机の上に座り込んだ。太ももを思い切り開き、下着を脱いで濡れそぼった陰部を露にする。
 少年を誘う女教師のつぶやきが、スピーカーを介して彼女自身に聞こえてきた。
「ほら、啓一君……先生のアソコ、なめてちょうだい」
「…………」
 ディスプレイの前の升田は無言でわなないていた。
 あれはおそらく、いや、間違いなく自分の姿だ。
 だが、ごく普通の教師である自分が、教え子相手にあんな変態じみた行為をするはずがない。したくもないし、した覚えもない。
 しかし今、目の前で繰り広げられているのは、彼女の痴態の確かな記録だった。
 なぜ? これは何? あれは誰? いったい何がどうなっている?
 疑問は止めどなく湧き上がるが、答える者は誰もいない。
 気がつくと画面の中では、机に腰かけて生徒にひたすら女陰を責めさせていた自分が、あられもない声をあげて絶頂に達していた。
「んあ、ああっ、いい、いいよぉっ !! ふあぁっ !!」
 少年の頭を抱え、背筋を反らしてかん高い嬌声を垂れ流す。
「先生……イっちゃったんですか?」
 自分自身の絶頂を初めて客観的に見せられ、升田はうめき声を必死で押し殺した。恥ずかしさのあまり、気が狂いそうだった。
 そんな彼女をいたぶるように、中の女は下卑た言葉を吐き続ける。
「うん、そうよ……あたしはセンセーなのに、生徒のクンニでイっちゃった、ダメなエロ教師なのぉっ……! でも、気持ち良かったよぉ……♪」
「やめて……もうやめて! これ以上、私を辱めないでっ!」
 自然と涙がこぼれ、升田の頬を濡らした。
 停止すればいい。もう見なければいい。そう思いながらも、映像の自分が生徒とどこまで及んだのか、気になって停止できない。
 二人はそのままキスをしたり、互いの首筋や胸をなめ合ったりと、淫らな行為を繰り返していたが、やがて女教師がカメラを向いて、にんまり笑って言った。
「というわけで、いよいよお待ちかね! 今から啓一君とセックスしちゃいま〜す! こんな馬鹿でスケベなダメ教師で、みんなホントにごめんねっ☆」
「先生……いいんですね? ホントにしちゃって……」
「いーのいーの、センセーが言うんだから大丈夫よ! あ、ゴムいらないから。もちろん生ね、生」
「は、はい……それじゃ、失礼します……」
 机に両手をついてもたれかかった升田に、啓一が後ろから突き込んでいく。
 映像の自分が生徒に犯されるさまを、彼女は絶望して見つめていた。
「ああ……私が……!」
 男子生徒が女教師の腰をつかみ、猛りきった自分自身を挿入する。
 待ち焦がれた喜びに升田は満足の吐息をついて、心の底から歓喜した。
「はあんっ、はっ、入ってきてるよぉ……! あたし、自分の生徒に犯されてるぅ……!」
「先生……動きます」
「んあ、ああ、あっ、あんっ! やっ、激し――んんっ!」
 啓一はもはや遠慮せず、腰を激しく打ちつけて、女の中を往復した。
 夫がいる身でありながら、教師という立場にありながら、升田は狂喜して生徒の肉棒を貪った。
 短い黒髪を振り乱し、今にもずり落ちそうな眼鏡の奥で、喜びの涙を流す。下品に開いた口からは、舌と唾、声と息とが撒き散らされた。
「いい、んあっ、あっ……い、いい、もっとぉっ!」
「先生……先生……」
 膨張した亀頭が膣壁を擦り、勃起した陰茎が女の奥へ奥へと突き進む。蜜のしたたる陰部は若い肉棒を喜んで受け入れ、襞を絡めて歓迎した。
 カメラが動き、後背位で繋がる二人の様子をさらに間近でおさめようと、近づいた。横に回り、激しい肉の絡み合いをズームでとらえる。
 再び大写しになった自分の裸体、進んで男に犯される自分の姿を見せられ、升田の顔は青くなったり真っ赤になったり、大忙しだった。
 啓一が後ろから升田を犯しながら、その背中にささやいた。
「先生、すぐ近くで撮られてますよ。恥ずかしくないんですか?」
「んんっ、あっ、ああっ! は、恥ずかしく、ないっ! ないもんっ! もっと、もっと激しくぅっ! それで撮って、撮りまくってぇっ!」
「升田先生、ホントに変態なんですね。びっくりしました」
「そ、そうよっ! あたし、変態よぉっ! こうやって生徒に犯されてっ、撮られてっ、それで思い切り感じちゃう、変態なんですぅっ! もっと、もっとイジめて! もっと犯してっ! もっと撮ってぇっ!」
 パンパンと肉を叩き、性器を鳴らし、男女が卑猥な二重奏を奏でる。少年より一回り近くも年上の女が、必死に腰を振って、彼の突き込みを促した。
 結合部は二人が動くたびにジュルジュルと下品な音をたて、画面の前の彼女を痛めつける。
「うそ――こんなの、うそ……嘘だわ……」
 ありえない。これは嘘だ。升田に似た人物が彼女の名を騙っているだけだ。
 あるいは別人の映像を、手の込んだ細工で編集したのかもしれない。
 理性は必死で平静を保とうとしていたが、それもどんどん怪しくなってくる。
 やはりこれは自分ではないのか。酒にでも酔って、生徒と関係を持ってしまったのではないのか。
 だが、教師の自分が校内で飲酒などするはずがないし、前後不覚になったこともない。
 これはいつだ。いつ自分が、こんなことをしでかしてしまったのか。
 升田は記憶の畑を掘り返そうとしたが、平常心を欠いた現状では、それもままならなかった。
 彼女が思い悩む間にも、映像の女と男子生徒の行為は激しさを増していく。
 啓一が上から升田にのしかかり、深く深く彼女を貫いた。熟れた肉壷が男のものをくわえ込み、擦れるたびに音をたてる。
 もう限界が近いのか、女教師は膝をガクガク震わせ、机に覆いかぶさった。二つの膨らみが体に潰され、その形を変える。
 彼も同じく我慢の限界のようで、升田の背中で苦しげな声を出した。
「せ、先生、僕、もうっ……!」
「い、いい、いいっ! いいの、いいから中にっ! 中にっ、ちょうだいっ!」
「う――ううっ、出る、出ますっ!」
「んああっ、い、イクっ! イク、イっちゃううぅっ!」
 机の表面をかきむしり、締めつけた膣が多量の精を受け止めた。細められた目と、だらしなく開けられた口、そしてかん高い嬌声が、ディスプレイとスピーカーを通してありのままに伝わってきた。
「あ、あ……わ、私……」
 血の気の引いた彼女が、力ない声でうめいた。
 画面の中では、最後まで行為を終えた男女が満ち足りた吐息を漏らし、肉と汁の結合をそっと解いた。教師と生徒の入り混じった液体が升田の股間から滴り、生徒指導室の床を汚す。
「ふう、先生……ありがとうございました」
 一仕事終えた声で啓一がそう言い、ポケットからティッシュを取り出した。
 ようやく悪夢の終焉か。いまだこの映像の目的がわからない升田だったが、とにかくこれで自分と生徒の禁断の交わりも終わりだと、暗闇の中でわずかながら安堵した。
 しかし次の瞬間、彼女は再び凍りつくことになった。
「こら、勝手に終わらせるんじゃないの。一回出して、はい終わり? そんなわけないでしょーが。ほら、さっさと第二ラウンド始めるわよ」
 絶頂の余韻に体を火照らせた女教師が、そう言って啓一に抱きついたのだ。
 彼の不意を突いて唇を重ね、口内を蹂躙しながら、萎えた肉棒に手を伸ばす。
 若々しい男性器は女の指に刺激され、またも硬く立ち上がった。
「んっ、ん、んんっ……せ、先生……まだするんですか?」
「あったりまえじゃない。最低でもあと二発は中出ししてもらわないとね。あたしのお腹もキュンキュン欲しがってるんだから、あんたが枯れるまでやるわよ」
「でも先生、その……万が一、赤ちゃんできちゃったら――って、もう遅いかもですけど……」
「今さら何言ってんの。あたしは啓一君と赤ちゃん作りたいのよ? どーせ赤ん坊なんて誰のかわかるわけないんだから、旦那以外の種でもバレやしないわ。優秀な生徒の子供を産みたいっていう先生の女心、わかんないの?」
「先生……」
「わかったらもう一回抱いて。あたしが妊娠するまで、何度でも種つけしてちょうだい」
 既婚女性とは思えない不埒な発言を並べ立て、机の上に仰向けに寝転がる。
 女教師は汁の滴る陰唇を指で開き、物欲しげな表情で、男子生徒をいざなった。
 こちらも覚悟を決めたのか、啓一の方も升田の腰をしっかり押さえ、二度目の挿入を開始した。
「あっ、ああっ、ん、いいっ! 中、こすれてっ、すごいよぉっ!」
「せ、先生――僕も、気持ちいいです……」
 彼女の脚を担ぎ上げ、上を向いた肉壷に深々と突き入れる。きしむ机が悲鳴をあげるほどの激しさで、二人は淫らな行為に没頭した。
 三度目は椅子に座った彼の上に、升田が腰を下ろし。
 四度目は机の上に二人で座り、抱き合ってキスをしながら。
 そのたびに彼女の陰部に濃厚な精液が注ぎ込まれ、胎内が新鮮な精子で満たされていった。
 そして五度目。汚い床の上で散々に絡み合った二人は、やっと満足したのか、共に疲れ果てた様子で寝転がった。
「ふ、ふうっ……お疲れ様。ありがとね……セ、センセーのお腹、もうパンパン……」
「は、はあ……つ、疲れた……」
「あたしも疲れちゃった……。もう充分かしら……」
 顔から腹部、そして股間に至るまで、裸の彼女のあらゆる部分を体液が汚している。生々しい事後の光景を、物言わぬディスプレイが映し出していた。
「…………」
 長い性交を最後まで見届けた升田は、もはや何の反応も示さない。
 涙は枯れ果て、悲鳴をあげることもなく、放心して画面を見つめている。
 カメラが彼女の股間をアップにし、汁まみれになった汚らしいそこを、鮮明に映し出した。
 撮影する方も、かなりの手間だったろう。ふとそんな、他愛のないことを考えた。
 冷え切った手を口に当て、小さくつぶやく。
「本当にこれ、私なの……?」
 自分の知らない自分の記録。まったく身に覚えはなかったが、この映像を他人が見れば、言い訳はできないだろう。
 升田は高校教師という責任ある立場にある。その彼女が自分から、生徒を淫猥な行為に誘ったと周囲に知れたら、どうなるだろうか。
 まして今の升田は夫を持つ身。もしこのことを彼が知れば――。
 さらに恐ろしいのは、今、自分の体の中に、男子生徒との子供ができているかもしれないことだ。
 最後の生理はいつだったろうか。そして次の生理は来るのだろうか。
 妊娠検査薬。産婦人科。夫。浮気。離婚。出産。堕胎。
 脳裏を駆け巡る単語の群れに背筋が寒くなり、絶望で視界が暗くなった。
 そのとき画面の風景が替わり、一人の少女が映し出された。
 彼女の自宅だろうか。少し散らかった部屋の中で、ひとりにやにや笑っている。
 自分の生徒であるその少女の名前を、升田ははっきりと覚えていた。
「か、加藤さん…… !?」
 派手な顔立ちと勝気な眼差し。そして嬉しそうな笑顔。芝居がかった調子で、映像の少女、加藤真理奈はこちらに語りかけてきた。
「というわけで、以上で〜っす! 升田先生の指示通り、ちゃんと先生のエッチなシーン、録画して編集しときました。苦労したんですよ? その甲斐あって自分的には百点満点、もう最高の出来だと思ってます」
「加藤さん……。まさか加藤さんが、このビデオ撮ったの……?」
 それも、自分が彼女に命令して。真理奈の言葉通りだとすれば、そういうことになる。
 理性ではそんな馬鹿なと思ってはいても、それ以外に納得のいく説明は思いつかなかった。
「それにしてもあたし、先生がこんなにエッチな人だったなんて知りませんでした。いきなり水野君とのエッチを撮影しろって言われたときは、ちょっとビックリしましたけど……。でも、先生の意外な一面が発見できて、すごく楽しかったです。ホントにいい経験になりました。よかったら、また撮らせて下さいね♪」
「加藤さん……! 何が、また撮らせてよ! ふざけないで!」
 上機嫌でまくしたてる真理奈を前に、升田の表情が怒りに歪んだ。
 激怒する升田を置き去りにして、画面の真理奈は話を続けた。
「それで先生、あの、約束のごほうびのことなんですけど……」
 わざとらしくもじもじと恥ずかしがって、上目遣いでこちらを見る。
 ご褒美とは、いったい何のことだろう。不審に思っていると、少女が微笑んで答えを告げた。
「たしか先生の撮影に協力したら、世界史の成績に色をつけてくれるんでしたよね? あたし、中間も期末もすごく悪かったから、ここはひとつ、五十点ほどドーンと底上げして下さいね。期待してます」
「なんですって? あなた、赤点で追試じゃ……それに、私がそんな約束するわけが……」
「いやもうホント、出来が悪くてすいません。でも優しい升田先生のことだから、可愛い生徒に追試受けさせて困らせるようなこと、決してしないって信じてます。そうですよね? もし助けてくれないと、あたし……先生を困らせちゃうかもしれません」
 そう言って真理奈が微笑む。その言葉が意味するものは、たった一つだった。
 つまり真理奈の言う通りにしないと、このことを皆に広めるというわけだ。
 脅迫されているも同然の発言に、升田はうめくしかない。
「なんで? なんで加藤さんが、こんなビデオ撮ってるのよ !? あたしが頼んだ? そんなこと、あるわけないわ! いったい私に何があったの? いったい何が起きたのっ !?」
 感情が制御できず、大声で叫ぶ升田だったが、それも無意味な行為だった。
 画面の中で真理奈がにやにや笑っているのも、彼女の神経を逆撫でする。
「じゃあ先生。成績の件、よろしくお願いしますね。それじゃあ、これで終わりです。さよなら〜♪」
 それで映像は終わりを告げ、ディスプレイが待機画面に切り替わった。
 後に残されたのは、憤怒と困惑に取り乱した女教師だけ。
「なんでっ !? いったいどういうことなのよぉっ !?」
 夜空に升田の叫び声が響き渡ったが、誰もそれを耳にすることはなかった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 それから何日か経った、昼下がりの住宅地。
 目立たない場所にあるドラッグストアの中で、少女が上機嫌で笑っていた。
「あっはっはっ! いやー、うまくいったわねえ。これで追試はパス! しかもこれで三学期の成績も保証されたようなもんだし、世界史はサボり放題だわ」
「よかったね、真理奈さん。有意義な実験ができて、僕も嬉しいよ」
「あはは、ありがと。今のあたしは機嫌がいいから、素直に感謝したげる」
 少女は隣に座っている美貌の少年の肩を叩き、高笑いをしてみせた。
 店のカウンターを挟んで四つの椅子が並び、それぞれに同じ年頃の少年少女が腰かけている。
 カウンターの手前にいる少年、水野啓一がため息をついて言った。
「はあ……。ホントにあんなことして良かったんだろうか。先生、ショックだっただろうなあ」
「ふん。これでもうあの女は、あたし達に逆らえないわ。いい気味よ」
 強気に眉をつり上げた少女が、乱暴な手つきでコーヒーカップを口元に運んだ。
 少し冷めてはいるが、ほのかな甘みが心地よい。
 彼女はカップの中身を飲み干すと、美貌の少年に突きつけた。
「おかわり。クリームたっぷりね」
「はいはい」
 彼は怒るでもなく立ち上がると、空のカップを持って店の奥へと引っ込んでいった。
 その様子を見届けた啓一が、勝気な少女に話しかけた。
「でも加藤さん。もうこんなの、これっきりにしてよ。こっちもヒヤヒヤものだったんだから」
「そう? でも面白かったでしょ? あんたも役得で、あの女の体とエッチできたわけだしさ。あのときのあんた、意外とノリノリだったじゃない」
「役得……そりゃ確かに、気持ち良かったのは認めるけどさ。でも、好きでもない女の人を相手にするの、あんまりいい気分じゃないよ」
「へえ、さっすが優等生。大好きな妹さんじゃないと満足できませんか。変態ぶりもなかなかで結構結構。何だったら、あたしが相手してあげよっか?」
 制服の襟元を広げ、彼を挑発してみせるが、啓一は呆れた顔をするだけだ。
 それを見ていたもう一人の娘が、不安そうな瞳で彼女を見つめた。何か言いたそうだが、何も言わずに黙りこくっている。
 娘はじっと少女に視線を向けていたが、やがて諦めたのか、啓一と同じ表情で大きく息を吐いた。
「はあ……」
「何よ、水野恵。あたしの前でそんな顔、しないでくれる?」
 眉をひそめ、少女が言う。
 娘は少しばかり恨めしげに、彼女に聞いた。
「それで、加藤さん……私の体、いつ返してくれるの?」
「もちろん、あたしが飽きたらよ」
 長い黒髪の少女――水野恵が、にやけ顔できっぱりと言い切った。
 さらさらした自分のストレートヘアを指でいじり、実に楽しそうだ。
 その仕草を見た茶髪の娘、加藤真理奈が力なくつぶやいた。
「うう……。最初からこうなるんだったら、私が加藤さんの代わりに追試受けとけば、あんなひどいことしなくても良かったのに……」
「わかってないわねー。そんなのつまんないでしょ? それにあたしも、あんたの体でやりたいことが色々あるし」
「……お願いだから、私の体で変なことしないでよ?」
 普段絶対に見せない泣き顔で、真理奈が言う。
 恵は元の自分のしょぼくれた表情を、面白そうに眺めていた。
「ま、あんたのお兄さんもいるし、あんま変なことはしないわよ。とりあえず、体重とスリーサイズくらいは測らせてもらうけど」
「啓一……お願いだから、ちゃんと加藤さん見張っててね?」
「あ、ああ。わかってる」
 そのとき店の奥から少年が現れ、淹れたての飲み物を持ってきた。
 威勢のいい仕草でカップを引ったくり、恵が甘露に浸る。
「んー、おいしっ! テンション上がってきたわっ!」
「はあ……」
 啓一と真理奈は顔を見合わせ、嘆息することしかできなかった。

 なお升田美佐は、翌年、無事に元気な女児を出産した。
 だが啓一も恵も真理奈も、その頃には、産休に入っていた彼女のことを完全に忘却してしまっており、女児の父親について思いを巡らせることは、ついになかったのだった。


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