真理奈四たび

 気がつけば、俺の足から伸びる影は随分と長くなっていた。日を追うごとにせっかちになる放課後の太陽は、早くも西に傾いている。
 秋分ももう過ぎてしまい、つるべ落としという言葉を実感できる季節になった。
 文化祭は終わった。体育祭も終わった。あとはテストがあるだけで、適当に勉強しながら緩慢な日々を過ごしていればいい。
 少し肌寒い風に吹かれ、俺は隣に目をやった。
 そこには小柄な少女が立っていて、つぶらな黒い瞳でこちらを見つめ返してきている。
「どしたの? 祐ちゃん」
「いや、何でもない」
 軽く手を振り、そう答える。
 俺の名前は中川祐介。地元の公立高校に通う平凡な学生だ。
 強いて特徴をあげるとすれば、目つきが少々鋭く、口数がやや少ないことか。見た目通り、あまり社交的な性格ではないが、幸いなことに友人は皆いいやつばかりだった。
 そして俺の隣を歩いている、シンプルなセーラー服に身を包んだこの少女は森田瑞希という。
 身長は百五十に届かないくらいで、かなりのチビだ。ついでに言うと童顔でペチャパイなので、誰が見ても小学生か、せいぜい中学生にしか見えない。
 だが、小さくまとまった目鼻立ちと、長く伸ばしたツインテールの黒髪のおかげで、うちの学年で一番“可愛らしい”という言葉が似合う生徒に認定されている。要はマスコットだ。
 本人はあまりそれを快く思っていないが、性根が気弱でノーと言えない性格のため、ついつい人の言いなりになってオモチャにされることも多い。
 俺の彼女、森田瑞希はそんな女だった。
 人通りの少ない通学路を家に向かって歩きながら、ぷらぷら揺れるツインテールが静かに口を開く。
「あ……あのね、祐ちゃん」
「ん、なんだ?」
 瑞希の声はかすかに震えていた。幼稚園児の頃からのつき合いなんだから、もっと自然に振る舞ってくれてもいいんだが、これがこいつの精一杯らしい。
 隣に立つ自分より二十センチは背が低い幼馴染を見つめ、俺は少女の次の言葉をじっと待った。
「今日、うちで一緒に宿題しない? 数学のプリント、今日もらったでしょ」
「ああ、あれか。別にいいぞ。今日はおばさんいるのか?」
「ううん。今日は遅くなるって言ってた」
「そうか」
 そこで会話が一旦止まる。
 親がいない自宅に、自分が今つき合っている男を呼ぶ。健全な高校生の基準からすれば、それが意味するところはたった一つだろう。
 ……えーと、ゴム、こないだ使ってから補充したっけな。
 数日前の記憶を探る俺に、少し慌てた瑞希の声がかけられる。
「あ……え、えっと、違うよ? 今日は違うよ? しないからね?」
「なんだ、ほんとに宿題するだけか? 別にいいけど」
 赤い顔で手をぱたぱたさせる幼馴染を見て、ついにやにやしてしまった。
 互いに両親公認の仲で、当然のように肉体関係を持っている俺と瑞希だが、俺は健康な男子にしては性欲にやや乏しく(おかげで友人たちからはヘタレなどと呼ばれているが)、瑞希の方から誘ってこなければ、自分からこいつを抱くことはない。
 むしろこいつの方が、ロリータな外見に似合わず妙にお盛んなので、紳士の俺がそれにつき合わされているという表現が近いだろう。
 我が校のマスコット、内気で可愛い瑞希ちゃんは、ベッドの上では意外に積極的なのである。
 そういう訳で、今日もそのお誘いかと思った俺だが、どうやら今回は本当に、ただ宿題をするだけらしい。
「祐ちゃん以外のコも呼んでるから、今日は無し。ごめんね」
「いや、別にいいさ。気にするな」
 まあテスト前だしな。じゃあ家に帰ったら、着替えてこいつの家に行くか。
 歩道を歩く俺たちの隣を、一台のワンボックスが追い抜いていった。だんだんと小さくなっていくその車を何とはなしに目で追いながら、気のない声で問いかける。
「それで瑞希、あと誰を誘ったんだ?」
「うん、真理奈ちゃんだよ。三人で一緒に勉強したいんだって」
「なんだと…… !?」
 思いもしない名前を出され、俺の顔が強張った。
 瑞希が口にしたのはクラスメートのとある女生徒の名前だった。
 テスト前の女子高生が彼氏と友達を誘い、自宅で勉強会を開く。知らない人間にとっては特に問題のない行為に思えるが、俺の心の中では赤いランプが点滅し、けたたましいサイレンが鳴り響いていた。
「加藤も一緒か……。なんか嫌な予感がするな……」
「そ、そんなことないよ。何にもないってば」
「いいや、怪しい。そもそもあいつが自分から勉強したいなんて言うタマか? 絶対に何かたくらんでるぞ、加藤のやつ」
「だ、大丈夫だよ。そんなに心配しないで。真理奈ちゃんだって、いつもいつも変なことばっかりしてるわけじゃないよ」
 こちらを見上げて、必死で親友を擁護する瑞希。俺はそんな彼女の顔を眺めながら、ひとり耐え難い不安に苛まれていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 一旦家に帰って着替えを済ませた俺は、再びカバンを手に家を出た。
 瑞希の家は通りを挟んだ目の前で、十数メートルと離れていない。親しき仲の礼儀ということで呼び鈴を鳴らすと、すぐに瑞希が顔を見せた。
 こいつももう着替えたらしく、私服姿だった。裾がフリルっぽくふわふわした白のブラウスが、こいつの可愛らしいイメージによく似合っている。
 ドアを開けて俺を迎え入れた瑞希が、どこかうきうきした顔で微笑んだ。
「いらっしゃい。真理奈ちゃんもさっき来たとこだよ」
「そっか。ほらこれ、うちのお袋が」
 俺は小さな紙の箱を瑞希に差し出した。中身は確かめていないが、おそらく洋菓子の類だろう。うちの母親は、俺がこいつの家に行くたびに、ニヤニヤ顔で土産を持たせるから困ったものだ。
 箱を受け取った瑞希はにこにこ笑って礼を言い、キッチンに引っ込んでいった。
 あいつのことだから、俺が特に何も言わずとも、俺好みのレモンティーを淹れてくれるに違いない。互いの嗜好を知り尽くした仲だから、この辺りは実に楽だ。
 そんな幼馴染を見送り、リビングの隣にある和室に足を踏み入れる。
 そこには一人の女が座っていて、俺を見るなり明るい声で話しかけてきた。
「はーい、中川。元気してる?」
「さあな」
 やる気のない声を返してその女を見つめ返す。真ん中に古めかしいちゃぶ台が置かれたこの部屋は、決して広くはないが、畳好きの俺にとってはなかなか快適な空間である。
 カバンを置いて座布団の上に腰を下ろすと、女のかん高い声が聞こえてきた。
「祐ちゃん冷たいぞー? いくらむっつりでも、女の子にはもっと愛想よくしないと駄目よ」
「しねえよ。しかしお前がわざわざ宿題しに来るなんて驚いたな。テスト前だからか?」
「は、宿題? そんなもんやるわけないじゃない。明日、あんたか瑞希の写すわよ」
「おい。お前、何しに来たんだ……?」
「お茶会」
 この女が勉強とか宿題とかを真面目にやるはずがないとは思ってたが、予想が的中してもちっとも嬉しくない。
 あー、今日はこいつの馬鹿話につき合わされなきゃならんのか、面倒臭い。思わずため息が漏れた。
「じゃあ俺は帰るから、後は任せた。瑞希と女同士で楽しくやってくれ」
「却下よ却下。今日はあんたを思いっきりいじくって遊ぶんだから、主役がいなくてどーすんの。絶対に逃がさないわよ」
「全力で拒否する。俺を巻き込むな、頼むから帰らせろ」
「だーめ♪」
「…………」
 言い返す気力も無くし、気だるい視線でそいつを見やる。やや短めの髪を鮮やかな茶色に染めたその女は、掛け値なしの美人だった。
 余裕たっぷりに俺を見つめ返す表情は強気そのもの。深い色の瞳は自信に満ちている。
 長袖のTシャツを押し上げる無駄にデカい胸の肉と、パンツに包まれた程よい肉づきの脚。縞々のカーディガンをうまく着こなす姿は随分と大人びていて、大学生でも通るだろう。今は座っているが、立ち上がれば俺とそう変わらないくらいの長身である。
 クラスメートの加藤真理奈。軽いノリと抜群のスタイルが売りの、よくモテる女だ。
 根っからの悪人ではないんだが、悪戯好きでしょっちゅう騒ぎを起こす、まさにトラブル製造機。自分がモテるのをいいことに、わざと三角関係を作っては男同士を争わせるのを趣味としている。
 俺としてはあまりお近づきになりたくないタイプだが、なぜかこいつは瑞希の一番の親友で、校内、校外を問わずあいつと一緒にいることが多い。
 どうやら内気で控えめな瑞希を、あれこれリードしてやってるみたいだが、年上の彼氏にバッグやアクセサリーをねだり、平然と二股かけるこいつが瑞希と一緒にいるのを見ると、あいつがこの小悪魔の悪影響を受けはしないかと、ついつい心配になってしまうのだった。
 やがて瑞希が紅茶と茶菓子を運んできた。
 白いクリームがたっぷりついた、いかにも甘ったるそうなバームクーヘン。うちのお袋が持たせてくれたのはこれらしい。
 砂糖の塊であるそれを皿に乗せ、嬉しそうに笑う瑞希が微笑ましかった。
「それじゃ、いただきまーす!」
「うわー、美味しそうだけど怖いわねえ……カロリーが」
「文句言うなら食わんでいいぞ。食うな食うな」
「意地悪ね。食べないわけないでしょ」
 三人揃ってフォークを手にし、甘い欠片を口に運ぶ。俺も甘いものは嫌いじゃない。口の中に広がる甘味を堪能し、湯気のたつレモンティーをすする。
「うーん美味しい。中川にしちゃ上出来じゃない」
「はいはい、ありがたいお言葉で」
「祐ちゃん、意外と甘党だもんね。喫茶店に行ったらよくケーキ頼んでるし」
「ほほう。瑞希さん、そこのところをもうちょっと詳しく」
 よく喋る加藤と、相づちを打つ瑞希と、そして会話を聞き流す俺。紅茶と菓子の匂いが立ち込める和室の中、俺はぼうっと虚空を見つめていた。
「ふわあああ……」
 程よく腹が膨れたからか、脳が眠気を催してしまう。何とも眠い。不思議に眠い。とうとう我慢できなくなって、俺はその場に横になった。座布団を枕に、畳の上に寝転がる。
 どうせ宿題なんてしないんだし、このまま昼寝してしまってもいいだろう。昔から通い慣れた幼馴染の家ということもあり、俺は安心して寝入ってしまった。
 意識が暗闇に覆われていく中で、二人の声がかすかに聞こえてくる。
「……祐ちゃーん? 駄目だよ、そんなとこで寝ちゃ風邪引くよー」
「ふふ、うまくいったわね。眠らせちゃえばこっちのもんよ」
「え……ま、真理奈ちゃん? どうしたの……?」
「ふっふっふ。さあ瑞希、あんたにも協力してもらいましょうか……」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 ……声が聞こえてくる。
 気持ちよく眠る俺の肩を揺さぶり、声をかけるやつがいる。
「おい、おい……起きろ、おい」
「ん、んん……」
 誰だ、俺の安眠を邪魔するやつは。顔をしかめてうっすらと目を開けると、見慣れた和室の風景が視界に映る。
 幼い頃からしょっちゅう入り浸っている瑞希の家だ。まったくもって違和感はない。困ったことに、自分がまるでここの家の住人であるかのような錯覚さえ抱いてしまう。
 そんな落ち着く部屋の中、俺は誰かに揺り起こされていた。
 ……ああ、俺、寝ちまってたのか。眠気の残る思考が、遅まきながらも活動を開始した。
 横になった俺の体を、荒々しい男の手が何度も揺さぶる。聞こえてくるのも男の声だ。
 あれ、おかしいな……さっきまで男は俺一人だったんだが……。
 誰か来たのか、それとも瑞希の親父さんが帰ってきたのか。もし親父さんなら、かなり恥ずかしいところである。いくら瑞希の幼馴染とはいえ、他人の家で無防備にグーグー寝てしまったわけだから。
 俺はようやく身を起こし、起こしてくれた相手を見やった。幸いにも親父さんではなかった。
 俺の隣に座るその男はまだ若く、俺と同い年くらいに思われた。服も俺が着ているのと同じ、灰色のトレーナーとジーパン姿である。
「…………?」
 少しずつ覚醒する頭を右手でポリポリかきながら、その男をじっと観察する。短い黒髪で、目つきは少々悪く、体格は平凡な中肉中背。その特徴のいずれもが、俺にとって誰よりも馴染みの、だがこうして見つめ合うことは決してあり得ないはずの男のものだった。唯一、鏡を除けば。
「あ……え、えっと――お、俺……?」
 そう、俺の前にいる男はどこからどう見ても俺と同じ、中川祐介だったのだ。
 眠気が覚めていくと同時に、驚きと戸惑いが心に広がっていく。
 目の前の男――俺の姿をしたそいつはニヤリと笑い、俺に話しかけてきた。
「やれやれ、やっと起きたか。しかしぐっすり寝てたな、お前」
「お、お前……お前は誰だ?」
 俺の当然の質問に、そいつは首をかしげてみせた。
「ん、どうした。まだ寝ぼけてるのか? ちょっと顔でも洗ってこいよ」
「お前は誰だ !? 誰なんだよ、おい!」
「おいおい、ほんとにどうしたんだよ。ギャグか? それ」
 心配そうな視線をこちらに向け、男が俺の名前を呼ぶ。
 今の俺の名前を。

「つまらんジョークはやめろって――瑞希」

「なっ…… !?」
 そこで初めて気がついた。俺が俺じゃなくなってることに。
 見下ろした視界を覆うのは、ふわふわ柔らかそうな白いブラウス。その裾の形に合わせるような、フリルつきの黒いスカート。膝上辺りまである可愛い感じのスカートを、男の自分がはいている。その事実に心臓が跳ねた。
 そしてブラウスの袖から生えた腕も、ソックスをはいた足も、まるで子供みたいに細く華奢だ。思わず自分の服を触ってしまったが、その手も白く繊細で、随分と小さくなってしまっている。
 首を動かした拍子に長く伸ばした髪が跳ね、顔の横でぷらぷら揺れた。
 長い黒髪。どうやら俺の髪は二つに束ねられ、頭の左右から垂らされているようだった。
 着ている服、手足や髪型、そして声までもが残らず、自分のものではなくなっている。そしてそれらは全て、先ほどまで俺と一緒にいた、幼馴染の少女のもの。
 自分の顔から血の気が引いていくのがはっきりとわかった。
「どうした瑞希? 何やってんだ、変なやつだな」
「なんだこりゃ……な、何なんだよこれ……」
「? そんなに自分のカッコが気になるなら、鏡でも見てこいよ。ついでに顔も洗ってこい。目が覚める」
 目の前の男、中川祐介の姿をした男はそう言って横になった。
 いったいお前は誰なのか。問い詰めたくはあったが、今は状況を確認するのが先だ。俺は勝手知ったる瑞希の家の洗面所へと足を運び、壁の鏡をじっと見つめた。
 するとそこには予想通り――。
「み、瑞希…… !?」
 まだ幼さの残る小柄な少女。俺の幼馴染にして彼女である、森田瑞希の姿が写っていた。
 鏡の中の自分と向かい合う困惑した顔も、頼りなさそうに揺れるツインテールの黒髪も、ブラウスとミニスカートに包まれた色気のない体も、全部が全部があいつのもの。
 間違いない。俺は今、瑞希になっちまってる。
 でも、なんで。一体どうして。鏡に写る瑞希の顔は真っ青になっていた。
 必死で内心の動揺を抑えつつ、再び和室に戻る。そこにはやはり俺と瓜二つの男がゴロゴロ寝転がっていて、こちらに声をかけてきた。
「お。瑞希、目が覚めたか? それなら悪いけど、紅茶をもう一杯淹れてくれないか」
 声も姿も表情も、この男はどこからどう見ても俺自身だった。
 だが、こいつが俺であるはずがない。なぜなら俺がここにいるからだ。
 俺はつとめて冷静な声を出し、この男に問いかけた。
「……おい、お前は誰だ?」
 その言葉に男は不機嫌になったようだった。半分呆れ、もう半分は怒りのこもった表情で俺の方を向き、少し荒げた声を返してきた。
「おいおい、まだそんなこと言ってるのか? 瑞希、ほんとにどうしたんだ。俺が祐介でなかったら何なんだよ。他の誰に見えるってんだ?」
「ふざけんな。俺がここにいる以上、お前が俺であるはずがないんだよ」
 俺が瑞希になっちまってるということは、代わりに誰かが俺になってるということだ。あまりに非現実的な発想だが、他に考えようがない。
 ということは、俺と瑞希が入れ替わったということか。この男は俺になった瑞希なのか。
 俺は畳の上に立ったまま、寝転ぶ男を見下ろした。
「おい。お前、ひょっとして瑞希なのか?」
 呆れた視線でこちらを眺め、男がそれに答える。
「さっきから何言ってんのかわかんねえよ。瑞希はお前だろ? ふざけるならよそでやってくれ」
「お前っ…… !!」
 殺気立った声を発しながらも、俺は心中の不安を隠すことができないでいた。
 こいつのこの態度、明らかに瑞希のものじゃない。もし俺と瑞希が入れ替わったとしたら、こいつはあたふたしながら、俺の姿で“祐ちゃ〜ん、どうしよう……”などと言って半泣きになっているはずだ。
 なのに目の前のこいつは、何ごともなかったかのように俺として振る舞っている。
 ということは、こいつは少なくとも瑞希じゃない。他の誰かだ。俺でも瑞希でもない誰かが、俺の姿で俺を演じている――ということは、結論はたった一つしかない。
「おい、お前――まさかお前……」
 自分の口から瑞希の声を出しながら、俺は凄まじい脱力感に襲われていた。
 考えてみれば、こんな非常識なトラブルにあいつが関わってないはずがない。むしろ真っ先に疑ってかかるべきだったろう。
 それなのに事態の異常さに飲み込まれ、一瞬とはいえこいつの存在を思考から消し去っていたとは。してやられた不快感に苛まれつつ、俺はそいつを怒鳴りつけた。
「加藤っ !! お前、加藤真理奈だなっ !?」
「ピンポンピンポーン、大正解ぃっ! 中川ってば、気づくの遅いわよ♪」
 俺にしか見えない男が起き上がり、楽しそうに俺を見つめる。
 いつも無愛想な俺、“祐介”の顔がにやにや笑い、明るい声で女言葉を喋っている。はらわたが煮えくり返る思いに、自分の頬が引きつるのを感じた。
 そのとき後ろに気配を感じて振り向くと、そこに茶髪の女が立っていた。
 スタイルと美貌に恵まれた長身の女。それが泣きそうな顔で俺を見下ろしている。
「ご、ごめんね祐ちゃん……止めたんだけど……」
 その女、“加藤真理奈”がそう言って謝ってきた。
 いつも強気でにやにや顔のこいつが、こんな殊勝な表情を浮かべるのは新鮮ではあったが、今の俺はそれを笑うこともできず、畳の上にへたり込んでいた。
「俺が瑞希で、瑞希が加藤で、加藤が俺か……。一体どうなってんだよ……」
「ふっふっふ、これが本日のメインイベントよ。体を入れ替える薬が手に入ってさあ? せっかくだから、あんたたちにも体験してもらおうかと思って」
 唇をつり上げてそう言い放つ“祐介”の姿にため息が漏れ、またも脱力感に囚われる。
 加藤の名前を聞いたときから嫌な予感はしていたが、まさかこんなことをしやがるとは……。
 自分の体を盗られ、代わりに幼馴染の女の体になるなんて、普通の人間が思いつくわけがない。体を入れ替える薬などというマンガみたいな話、にわかには信じられなかったが、俺自身がその当事者となれば、さすがに信じないわけにもいかなかった。
「しかし俺が瑞希になっちまうなんて……なんてこった」
 こいつがトラブルメーカーなのは承知していたが、今回のは極めつけだ。もう金輪際こいつと関わらないようにしようと硬く誓った俺だが、その前に一刻も早く元の体に戻らないといけない。
 叫び出したい衝動を何とか抑え、冷淡な声で“祐介”に告げる。
「わかったわかった、もう充分だ。だから早く俺たちを元に戻してくれ」
 自分の口から出てくる瑞希の声。普段のあいつのものとはちょっと違う気がするが、まあ自分の声は違って聞こえるもんだしな、と自分で自分を納得させる。
 しかし俺の切実な願いを“祐介”は聞き届けるつもりはないようで、代わりににやりと笑って俺のか細い腕をつかみ、乱暴に引き寄せた。
「わっ !?」
 女子の中でも小柄な瑞希の体だ。男の力に抗うことなどできやしない。正面から抱っこされる屈辱的な姿勢で、俺の身はなすすべもなく拘束されてしまった。
 突然の行動、そしてその荒々しさに驚きの声をあげ、目の前の“俺”をにらみつける。
「……何しやがる。早く俺たちを元に戻せ」
「冗談でしょ? まだ何もしてないわよ。せっかく入れ替わったんだから、思いっきり楽しまないと」
 “祐介”の手がブラウスの上からぺたんこの乳房を這い回る。ぞくぞくと気持ち悪い感覚が背中を走りぬけ、俺は身を硬くした。
「こらっ! 何を……」
「何って、胸触ってるだけよ。どってことないでしょ?」
「や、やめろ……気持ち悪い」
「ん〜、やっぱ瑞希は可愛いわねえ。チュッ♪」
 ぎゅうぎゅう抱きしめられ、頬に唇をつけられる。
 当然のことながら、男に抱かれるのもキスされるのも初めてだ。激しい嫌悪感が沸き立つ。身をよじって逃げようとするが、それもこいつの嗜虐心を煽る結果にしかならなかった。
 体を回され、後ろから抱きかかえられる。あぐらをかいた“祐介”の膝の上にちょこんと座る格好だ。男のプライドを傷つけられる体勢に、苦虫を噛み潰さずにはいられない。
 抵抗しようとする俺を押さえつけ、“祐介”の左手が小さな胸を再びまさぐってきた。
 一方の右手は、俺の太ももを伝ってスカートの内部に侵入してくる。その動きに本能的な恐怖を感じ、気色ばんだ声をあげてしまった。
「おい、やめろっ! 冗談じゃないぞ、放せ !!」
「まあまあ、こんな機会滅多にないわよ? あんたも楽しみなさいって」
 男の指に下着を撫で回される、不快でむずがゆい感触。本来あるはずの男の象徴はどこにもなく、どこまでも真っ平らな股間を男の指が這い回り、下着越しにこすり上げる。
 アレがついていない、正真正銘の女の陰部。耐え難い喪失感が俺の心を嬲り始めた。
「触るな、やめろ、やめてくれっ! 加藤、頼むから放せっ!」
「こら、暴れちゃ駄目だってば! 瑞希、あんたも手伝って!」
 名前を呼ばれた“加藤真理奈”がこちらにやってきて、俺の前にひざまずいた。いつもの強気な表情はどこにもなく、おどおどと不安げな顔を俺たちに向けている。
 しかし今、俺を助けられるのはこいつだけだ。俺は震える声で“加藤”に懇願した。
「瑞希、加藤を止めてくれ! 頼む!」
「…………」
 必死で頼み込む俺を、“加藤真理奈”は静かに見つめ返した。その目には同情と罪悪感が半分ずつ込められていて、俺の不安を煽らずにはいられない。
 おい、瑞希……何だよお前、もしかして……。
 “加藤”は目をうるませ、俺の手を強く握って言った。
「ゴメンね祐ちゃん。今は我慢して、真理奈ちゃんのしたいようにさせてあげて……」
「おいっ !? 何だよそれ、ふざけんな! 早く助けろぉっ!」
 そのまま両手をぐっとつかまれ、二人ががりで拘束されてしまう。状況は悪化した。
 男の膝の上で暴れるツインテールの小柄な少女。それが今の俺の姿だ。この細腕では後ろにいる“祐介”はおろか、加藤の体にすら敵いそうにない。
 その“祐介”はといえば、鼻歌なんぞを歌いながら俺への愛撫を再開していた。
「まあ、その体の持ち主もいいって言ってるんだし、諦めなさい。優しくしてあげるから」
「やっ、やめっ、やめろっ! 放せっ!」
 ヒラヒラのブラウスをかき上げて、たくましい手が衣服の中に入ってくる。服越しに揉まれていた胸の刺激が、ブラジャー越しになった。パンツの上からあそこを縦になぞり、ささやかな乳房をブラごと揉みしだく。
 慣れない男の体で加減が難しいのだろう。“祐介”の手つきはたどたどしかったが、次第にこの苦痛の中にそれ以外の成分が混じっていくのを、俺も認めざるをえなかった。
「ん、くっ……! やめ、やめろぉ……!」
「だ〜め、やめてあげな〜い♪ あんたもだんだん良くなってきたでしょ? ほら……」
「うああっ !?」
 “祐介”の手が下着の中に突っ込まれ、直接中身をまさぐった。幾度か股間を撫でて引き抜かれた手が、俺の眼前にかざされる。
 見慣れたはずの自分の指。それが、ほんのわずかに濡れていた。
「あは♪ 濡れてきたじゃん。なんだかんだ言って体は素直ね」
「ち、ちが――俺はそんな……」
「違わないって♪ 気持ちいいでしょ、“瑞希”ちゃん?」
 調子に乗った“祐介”は、両手でスカートの内部をいじくり始めた。股を大きく開かされ、パンツの内と外から股間をいいようにされる俺の姿は、本当に惨めだった。知らず知らずのうちに目頭が熱くなり、うめき声がくぐもってくる。
 両腕は前に座っている“加藤真理奈”こと瑞希が放そうとしないし、まさに万事休す。
 必死で食いしばる歯の隙間から息と声が漏れ、だんだん激しさを増していった。
「くうっ……う、あ、あぁっ……んっ」
「祐ちゃん、大丈夫……? 私も手伝ってあげるから、我慢してね……」
「くあ、ああ――んっ! んんっ、んむぅっ!」
 辛そうに喘ぐ俺が心配になったのか、それとも単にこの痴態に加わりたくなっただけか。“加藤”はかすかに微笑み上体を伸ばすと、俺の顔を両手で挟んで唇を重ねてきた。
 加藤のやつとキスをするのは初めてだが、紅色の唇は予想以上の柔らかさだった。意思を持った生き物のように唇と舌の肉が蠢き、瑞希になった俺の口内を犯す。
 “加藤真理奈”と“森田瑞希”が口と舌とを絡め合う、激しい激しいディープキス。心は相思相愛の男と女とはいえ、今の俺たちは女同士だ。倒錯した快感に身が震えた。
 くちゅくちゅと音を鳴らし、唾と唾とを丹念に混ぜ合わせ、混合したそれを分かち合う。熱すぎる唾液を二人して飲み干すと、ようやく“加藤真理奈”は口を離した。
 二人の少女の唇を繋ぐ銀色の架け橋は幻想的で美しく、だがこの上なくリアルだった。
 情欲にとろけた“真理奈”の瞳が俺を見つめている。その視線に射抜かれている俺、“瑞希”もきっと同じ表情を浮かべているのだろう。
 今の今まで俺が味わっていた唇が動き、恍惚とした女の声をつむぎ出した。
「祐ちゃん……可愛い……」
「やめろ……吐き気がする」
 そのとき“祐介”の指が割れ目の中、熱を帯びた膣の内部に侵入してきた。濡れそぼった肉壷に異物を入れられる初めての感覚に、背筋がゾクゾクと反り返る。
「んあっ……があぁっ……!」
「さすがにこれだけいじると濡れるわね。もうビショビショ」
「やめ――指、入れ……ぐうぅっ……!」
「あたしも興奮してきちゃった。ねえ、勃ってるのわかる?」
「…………!」
 耳元で囁かれた“祐介”の言葉に戦慄せずにはいられない。
 先ほどから俺の小ぶりな尻に当たっている、硬いモノの感触。すっかり勃起しきった自分の肉棒は、今や恐怖の対象だった。
 なぜならこいつの性格からいって、最後までしないはずがないのだから――。
 震え上がった胴体を楽に抱き上げ、“祐介”は俺を畳の上に座らせた。
「は〜い。それじゃ瑞希ちゃん、脱ぎ脱ぎしましょうねえ♪」
 “祐介”と“真理奈”の二人がかりでは、俺の抵抗など無意味だった。ブラウスと肌着、フリルのスカート、そして白のブラとパンツに至るまで、ソックス以外の全ての衣類を否応も無く奪われ、完全に素っ裸にされてしまった。
 見下ろした視界を覆うのは、起伏の乏しい平坦な少女の肉体。二つの乳房はほんのささやかで、体毛も注意して見ないとわからないほどだ。
 子供の頃から祐介と過ごした幼馴染、瑞希。そう呼ばれる女に俺はなっていた。
 頬がかあっと赤くなり、無意識のうちに涙腺が緩む。今まで想像さえしなかった恥辱に、心がボロボロに打ちのめされているのが自覚できた。
「瑞希、綺麗だよ……」
 笑みを浮かべた“祐介”がそう言って、股間に顔を寄せてくる。既にしっとり濡れていたその場所に舌を伸ばし、犬のようになめ始めた。
 指でもてあそばれるのも初めてなら、舌で責められるのも初めて。
 女としての体験は何から何まで初めてで、俺の心は翻弄されるばかりだ。
 ペロペロ這わされる舌、ベトベト塗りたくられる唾液、そしてジュルジュル吸い上げる唇。“祐介”が口を動かすたびに、俺は華奢な体を跳ねさせ、涙を流して泣き喚いた。
「ん、うあっ、あっ……んんっ、くっ、ひいぃっ!」
 割れ目を撫で上げ陰唇をねぶり、膣を指で貫きながら陰核をくわえ込む“祐介”。
 そしてそれに負けじと、自分のものだった乳房を揉んで唇を重ねてくる“真理奈”。
 二人がかりの激しい愛撫は、この少女の体を絶頂に至らしめるのに充分すぎるものだった。
「んあ――あっ、ああっ! んあぁあぁっ !!!」
 海老のように体が仰け反り、あられもない嬌声をあげる。
 初めて体験する“瑞希”の体の絶頂は、あまりにも強烈だった。性器を針で貫かれるかのような鋭い痛みが脳内で快感に変わり、電流となって全てを焦がす。
 これが女の感覚なのか――歓喜と満足と、恐怖が俺を取り巻いた。
「はあ……はあ、ふうっ……」
「祐ちゃん、イっちゃったんだね……」
 苦しい息が熱を帯び、だらしなく開いた口から漏れていく。垂れたよだれは“真理奈”が舌でなめ取ってくれた。
 “瑞希”の唾液を舌に乗せ、自分の唇をペロリとなめる“真理奈”の仕草はこの上なく淫猥だった。
 俺は快感の熱に心を溶かされ、もう何も考えることができなかった。
 肉づきの悪い汗ばんだ体も、じっとり湿って頬に張りつく髪も、吐息を漏らす小さな口も。いつしか自分が“瑞希”であることに、いっさい違和感を覚えなくなった俺がいた。嫌悪も恐怖も全てが溶かされ、胸が熱いもので満ち足りている。
 全裸で畳の上にへたり込み、タンスにもたれかかった俺の前では、“祐介”と“真理奈”が向かい合っていた。
「瑞希、これ……口でしてくれない? いい加減、あたしも辛くなっちゃって……」
「う、うん。いいよ……」
「ついでにおチンチン……胸で挟んでみない? あんたも興味あるでしょ……?」
「そっか。私、真理奈ちゃんの体なんだっけ……この大きさならできるかな?」
「そこ、あたしのカバンの中にローション入ってるから……うんそれ、それ取って」
「ん、わかった……」
 カーディガンとTシャツ、ブラを脱ぎ捨てた“真理奈”が“祐介”の足元に倒れ込んだ。豊かな胸の谷間にたっぷりとローションを塗りたくり、女が男に覆いかぶさる。
 挟まれるのも挟むのも。この二人も初めての行為に激しく興奮し、たどたどしいパイズリを始めていた。
「う、うーん……? これ、どうなんだろ……」
「どう、真理奈ちゃん? 気持ちよくない?」
「んー……なんかヌルヌルで、変な感じ――あ、でも、意外といいかも……」
 呆けた“瑞希”の前で、“真理奈”が“祐介”に淫らな奉仕を続けている。
 あそこに座ってあいつにしゃぶらせるのは、本来なら俺だったはずなのに。
 そもそも俺は、加藤なんかとは関わりたくなかったのに。
 なのに“祐介”は嬉しそうな顔で“真理奈”に肉棒をしゃぶらせている。俺の心の中に何とも言えないわだかまりが生まれ、一筋の涙となって頬を伝った。
 やがて“祐介”の顔が歪み、苦しげな声で射精を告げる。
「瑞希、何かくる……あたし、もう、出るっ !!」
「んぶうっ……! うわ、すごい……」
 顔と言わず乳房と言わず、生々しい白濁に汚された“真理奈”。
 彼女の方は、ひとまずそれで終わったようだった。
 一方の“祐介”は立ち上がると、未だ萎えないそれを俺に見せつけながら近づいてくる。その表情はまがまがしい欲望に溢れ、とても中身が女だとは思えなかった。
 全身に力が入らずぐったりしていた俺の体を“祐介”がわしづかみにした。その股間には出したばかりの肉棒がそびえ立ち、女を求めてたぎっていた。
 さっきイったばかりの俺は力なく座り込んでいて、焦点の合わない瞳でそれを眺めている。
 “祐介”と“瑞希”。性欲が最高潮に達した男女がすることは、もはや一つだけだった。
「ふふふ……じゃあいよいよ本番ね。腰がガクガクになるくらいイカせてあげるから……」
「あ、あっ、あ……や、やめ……」
 たくましい腕が俺の腰を持ち上げ、正面からの挿入を試みる。
「ん、入れるわよ……ふふ、瑞希ったら、イヤイヤする顔も可愛い♪」
「違っ……! 俺は――」
「いいや、お前は瑞希だって。俺の彼女で幼馴染の、森田瑞希だ」
 俺になりきった“祐介”が冷酷な言葉を浴びせ、俺に言葉を飲み込ませる。
 そして俺は、はちきれんばかりに高ぶった自分のモノに貫かれた。
「ぐあぁっ! う、うう……!」
 初めて男を受け入れる感覚は、とても苦しいものだった。
 学年でも一、二を争うほど小柄な瑞希の膣と、平均よりやや大きめの祐介の陰茎。入れるときもきつかったが、入れられる側になってもきつくて辛い。突き上げられるたびに呼吸が止まり、溢れる涙で視界がかすむ。
 俺を抱えて腰を動かしている“祐介”もきつそうではあったが、俺に比べれば随分とマシだろう。少なくとも、抱きかかえた俺の顔を見下ろして、言葉で嬲るくらいの余裕はあるようだった。
「ふふっ、これであんた、完全に女のコになっちゃったわね……どう? ヤられる感じは」
「ぐうっ、うぅっ! あっ、ああぁっ……!」
「あんたの中、狭いけどあったかくて――んっ、絡んでくる……♪」
 “祐介”は余裕しゃくしゃくだが、俺の方は息をするのが精一杯だ。普段の瑞希の気持ちがちょっとだけわかったが、今はそんなことを言ってられない。
 畳の上に寝かされ、抱き上げられた下半身にズンズン突き込まれる。
 ヒダがこすれて音を立て、肉と汁とが絡み合った。
「んっ! うあっ、んっ、んぐぅっ !!」
 そこで俺を犯す“祐介”の動きが一旦止まり、下卑た笑みを浮かべて体勢を変えた。
 片脚をぐっと持ち上げられ、丸見えの陰部を責められる屈辱。
 男の俺にとって、こんなの苦しいだけなのに。気持ち悪いはずなのに。
 それなのに、俺の細い唇から漏れる声は――犯される快感に熱くたぎっていた。
 “祐介”の肉棒が乱暴に膣内を前後し、壁を摩擦しながら胎内を責めたてる。狭い女性器をみっちり埋める異物の感触。苦痛と悦楽がせめぎ合う。
 初めて女の中を堪能する“祐介”は笑いが止まらないようで、俺を言葉で嬲り続けた。
「んっ、いいっ! 瑞希の中ってすごいわねぇ……腰が止まらないわ。ほらほら、どう、瑞希ちゃん? おちんちんでホジホジされて、気持ちいいでしょ?」
「あぐぅ――う、動くなぁっ……んっ、うぅっ……!」
「なによ、よだれ垂れてんじゃない。強がっちゃダメよ? 今はあんたが瑞希、あたしが祐介。あんたがあたしに犯されてアンアン言っちゃうのは、当たり前のことなんだからね」
 わざわざ一文節ごとに区切り、言葉の意味を強調して言ってくる。
 くそ、やっぱりこいつ、最低の性格してやがる。
 反論しようとしても、股間をゴリゴリ貫かれてまともな言葉にならない。
 虚ろな瞳は何を見つめるでもなく、ただ男に抱かれてよがり狂う、か弱い女。自分の立場を再認識させられ、俺の頬を熱い雫がしたたり落ちた。
 俺の中をこねくり回す“祐介”のたくましい肉棒。俺の心をいたぶり尽くす“祐介”の言葉と笑い声。
 いつ果てるとも知れない地獄の苦しみの中、畳の上でのたうち回る俺の頭を、女の手が優しく撫でた。細く長い指と、派手に整えられた爪。俺の前に座った“真理奈”の手だった。
「祐ちゃん、ごめんね……もうすぐ終わるからね……」
 そう言いながら“真理奈”の指が、“瑞希”の髪をいとおしげにかき分ける。
 女の性交の感覚は、怒涛の勢いで俺の理性を押し流そうとしていたが、自分の頭をゆっくり撫でてくれる女の手の感触に、少しだけ心が楽になった。
 苦しさが消え、気持ちよさだけが――快感だけが俺の意識を支配していく。
「んっ、ああっ! あっ、んあっ、はあぁっ!」
「ん、締まって――いい……中川、あんたいいよォ……♪」
 持ち上がった片脚を抱え込まれ、腰をパンパン押しつけられる。
 男女の肉が鳴る音と、繋がった性器の奏でる音色が、卑猥な二重奏となって部屋に響いた。
 激しく互いを貪り合う“瑞希”と“祐介”、そしてそれを横で物欲しげに見守っている“真理奈”。
 脳が沸騰するのをはっきりと自覚しながら、俺は女の快楽の海に溺れつつあった。いくら理性が否定しても、この体は“祐介”を求めてやまない。“祐介”に抱かれて“祐介”に貫かれるのが、たまらなく気持ちいい。
 地獄と極楽の間にある、曖昧な境界。その線上にいる俺への責め苦はまだ終わらない。
「ぐっ、ぐうぅっ! うんっ、んっ、んああぁっ!」
 抱かれて、犯されて、貫かれて、かき回されて、もてあそばれて。
 焼き切れそうな理性と、堤防を突き破りそうな劣情と欲望。
 全てを焼き尽くす絶頂の波が、再び俺を真っ白に塗り潰そうとしていた。
 ぐぐっと奥の奥まで入ってきて、また入り口へと抜けていく陰茎の動き。その一往復ごとに背筋が震え、食いしばった歯の隙間から吐息と唾液がこぼれ落ちていく。
 ヤバい――俺、このままじゃ――。
 戦慄する俺の耳に、“祐介”の楽しそうな声が流れ込んできた。
「ふふふ、中川。いいコト教えたげるわ」
 楽しくて仕方がないとでも言いたげな、“祐介”の低い声。
 嫌な予感が、ぞくりと背中を這い上がってくるのを感じながらも、俺の喘ぎは止まらない。
「あたしたちの体を入れ替えた薬なんだけど、今日のは特別製でね。一回飲んだら、ずっと入れ替わったままでいなきゃいけないの。体に抗体ができちゃうから、もう戻れないんだって」
「――ま、真理奈ちゃんっ !? 私、そんなの聞いてないよ !?」
「そりゃー、あんたには言わなかったからね」
 “祐介”が何を言っているのか、今の俺にはわからなかった。
 嫌な予感とやらが全身を駆け巡っているが、俺には“祐介”の言葉がまるで理解できない。
「ってことであたしたち、もう元の体に戻れないから。一生あんたは瑞希のままよ……」
「真理奈ちゃん……それじゃ、わ、私はどうなるの?」
「うるさいわね、あんたにはあたしの体をあげたでしょ? このあたしのパーフェクトボディになれたんだから、ありがたいと思いなさい!」
「そ、そんなあ……ゆ、祐ちゃん……」
 放心した表情で崩れ落ちる“真理奈”。虚ろな瞳は輝きを無くし、死人のような表情だった。
 俺の子宮を突き上げて、“祐介”が必死に腰を振る。ラストスパートと言わんばかりの激しい突き込みに、少女の体が跳ね回った。
「これからずっと、あたしが可愛がってあげるわね、瑞希ちゃん♪ さて――とりあえず中出し決めて、赤ちゃん作っちゃいますか!」
 俺を犯すこの男が、さっきから何か言っている。手加減せずにガンガン突いてきやがって、苦しいだけだっつの。もう戻れない? 何の話だ、さっぱりわからんぞ。中出し? 赤ちゃん? 妊娠するのか、この俺が?
 混濁した意識が限界まで膣の肉を引き絞り、雄に向かって射精を促す。再びの絶頂だ。
 それが合図となったのか、俺の中を埋めていた肉棒が膨張し、精子の奔流を解き放った。
「んっ、出るっ! あたし出ちゃう……♪」
「うあっ、あっ、ああああぁあぁっ !!!」
 そして“祐介”が爆発した。張りつめた陰茎をグイグイ押し込み、俺の女の部分、一番深いところで濃厚な子種を撒き散らす。膣の内部に放たれた数億の精子。新たな命の種が俺の子宮、俺の卵子を目指して泳ぎ回る。
 完全な中出し――種つけの瞬間に、“瑞希”の本能が歓喜しているのがわかった。
 長い射精を終え、俺の股間から肉棒を引き抜く“祐介”。既に二回は出しているはずだが、若々しい男性器はまだ萎える様子はない。
「ふぅ、たっぷり出ちゃった……あー、気持ちよかった」
「はあっ、はあっ……ひぃ、はあぁっ……」
 ようやく解放された俺だが、ゼイゼイと肩で息をするばかりで動けない。ぽっかり口を開けた陰部から男の汁を垂れ流し、畳に横たわっている。
 粉々に破壊された男の矜持と、妊娠したかもしれない女の恐怖。
 わずかに残った意識は現実を直視するのをやめ、心地よい絶頂の余韻に浸っていた。
 とろけた顔で寝転がる俺の目には、男と女の姿が映る。
「ふふ、まだいけそうね……瑞希、今度はあんたにもしたげるわ」
「やあっ……私、やだよ……元に戻りたいよぅ……」
「落ち着け瑞希。俺がたっぷり……愛してやるから」
「ゆ、祐……ちゃん?」
 “祐介”は“真理奈”の豊満な乳房を両手で揉みしだきながら、後ろから貫いていった。
「ん、あつっ……! あー、おっぱい最高……♪」
「あぁっ、あぅっ、ゆ、祐ちゃあんっ!」
 獣のように絡み始めた二人の男女。
 汗と体液とを撒き散らして性交にふける“祐介”と“真理奈”の姿を、俺は熱い吐息を漏らしながら、焦点の外れた瞳で見つめていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 どうやら疲労と消耗のあまり、眠り込んでいたらしい。聞きなれた女性の声で目が覚めた。
「瑞希、起きなさーい! ご飯よー!」
「んっ……」
 このまま寝ていたい欲求に逆らい、ぼんやりした頭を振って起き上がる。
 柔らかな座布団と畳の感触が、俺の脚に心地よい安らぎを伝えてくる。
 半分寝ぼけた瞳で自分の体を見下ろすと、フリルのついたブラウスとスカートが目に入った。頭の左右ではあいつのトレードマークである長い髪、黒のツインテールが揺れている。
 それでこの身に起きた全てを思い出し、暗澹たる気持ちになった。
 そう、今の俺は俺の彼女、森田瑞希になってしまっているのである。
「…………」
 今日起きた、不可思議で不愉快極まりない記憶が脳裏に浮かぶ。
 あの女、加藤真理奈の策略にかかって瑞希の体にされたこと。
 そして俺の姿になった加藤に、無理やり犯されたこと。
 イカされてぐったりした俺の前で、俺になった加藤と、加藤になった瑞希が激しく絡み合っていたこと。
 思い出すたびにはらわたが煮えくり返り、吐き気がこみ上げてくる。
 俺はそれを振り払うように、ブンブンと首を左右に振って髪を揺らした。勝手知ったる瑞希の家の風景が、視界を右へ左へと動いていく。
 そんな俺の行動をとがめるように、先ほどの女性――瑞希のお母さんが声をかけてきた。
「瑞希、何してるの? 寝ぼけてないで、早くご飯食べなさい」
「お、おば――お母さん……あの二人は?」
 俺の口をついて出る“瑞希”の高い声。おばさんは娘の質問に肩をすくめ、呆れた顔で言った。
「祐介君も真理奈ちゃんも、とっくに帰っちゃったわよ。皆で試験勉強してたんでしょ? なのにグーグー居眠りしちゃって、困った子ねえ」
「帰った……?」
「祐介君、また明日もよろしくって言ってたわ。賢くてかっこよくて、とってもいい子ね。あなたにはもったいないくらい」
「…………」
 もう戻れない――俺の体を奪った加藤の宣告を思い出した。
 俺はもう祐介じゃない。これからずっと、瑞希として生きていかなければならない。加藤に奪われた自分の体、“祐介”の彼女にならないといけないのか。それとも今は男女の関係になった加藤と瑞希、“祐介”と“真理奈”に捨てられ、孤独に過ごさないといけなくなるのか。
 自然と熱いものがこみ上げてきて、雫となって頬を流れ落ちた。
 服は俺が気を失っている間に、あの二人が着せ直してくれたのだろう。
 食卓からは食欲をそそる香りが漂ってきていたが、今の俺には晩飯などどうでもよかった。
 それでもおばさんに言われて席につかされ、味のしない食物を喉に流し込む。
 俺のことを実の娘としか思っていないおばさんとの会話も、俺の神経をすり減らした。
 やっとのことで食事を終えた俺に、おばさんの何気ない声がかけられて。
「じゃあ、お風呂入ってきなさい。手抜きしないでちゃんと洗うのよ」
「風呂……」
 ふらふらと風呂場に向かい、服を脱いで鏡を見つめる。今や自分のものとなった体、相変わらずの幼児体型をまじまじと眺め、俺はひとり涙した。
 風呂に入ってシャワーを浴びると、股間からドロリとした液体が垂れてきた。気持ち悪い感触に顔が青ざめ、何度も何度もそこを洗った。また泣いた。
 リボンをほどいて髪を洗おうとしたが、思った以上に面倒だったので適当に流した。ストレートに下ろした自分の髪は、鏡で見るとなかなかに可愛かったが、もう二度と自分の体に戻れないと思うと、とても喜ぶ気にはなれなかった。
 風呂から上がってパジャマを着て、しっとり濡れた長髪を苦心して乾かす。
 いつもなら寝るはずのない、まだ早い時間ではあったが、心身ともに疲れ果てた俺はもう何も考えることができず、そのままベッドに倒れこむように眠り込んでしまった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 翌日、カーテンの隙間から漏れてくる朝の光と、鳥の鳴き声で目が覚めた。
 気だるい体を無理やり起こし、寝床の上に座り込む。
 薄暗い部屋の中には丸めたティッシュが散乱し、何とも言えない不快な臭いが立ち込めていた。
「…………?」
 昨晩寝た“森田瑞希”の部屋じゃない。ここは俺の、“中川祐介”の部屋だった。
 自分の着ている、半袖の黒いTシャツ。シーツの上に脱ぎ捨てられたトランクス。恐る恐る両手で体や頭を触ってみたが、何の違和感も覚えなかった。
 少しやせてはいるが、引き締まってたくましい胸板。毛先の太い短い髪。裸の下半身にはだらりと萎えた男性器が垂れ下がり、どこか疲れた様子である。そういえば、昨日は何発出したんだっけ。新記録達成だな、などと馬鹿なことを考える。
 自分の心に救いが生まれ、安らぎに満ちていくのがはっきりと感じられた。
「俺……戻ってる……?」
 その声も隣人の少女のものじゃない。十数年間慣れ親しんだ、大事な自分の声だった。
 ちょっと泣いたのも仕方がないところだと、自分を弁護しようと思う。
 時計を見ると、いつもの起床時間よりやや早いくらいだった。とりあえず高校の制服――もちろん男物だ――に着替え、散らかった部屋を片づける。
 いつもの腕、いつもの脚、いつもの声。何でもない一つ一つのことが、たまらなく嬉しかった。
 机の上に転がった携帯も自分の、祐介のもの。ぴかぴかランプの点滅するそれを手に取って開くと、メールの受信を告げられた。
 差出人の名前は“加藤真理奈”。届いたのはつい十五分ほど前のことだ。
 嫌な予感――他の何よりも信頼できる自分の本能が、ぞくりと背筋を這い回ったが、苦労してそれを我慢して、明るい画面をのぞき込む。
 絵文字と顔文字がごてごてと散りばめられた文面。文章そのものはさして長くなかった。

「は〜い祐ちゃん、目が覚めた? 昨日は楽しかったわね〜。
 あんたの体、意外と元気あるじゃない。思いっきり堪能しちゃった♪
 あんたも瑞希になって面白かったでしょ? 昨日のあんた、とっても可愛かったわよ。
 あ、元に戻れないってのはウソだから。ひょっとして騙された?
 今度また、色々と楽しませてあげるから、楽しみにしててね〜。
 あと、あたしも瑞希も昨日は危なくない日だったけど、もしできてたら男らしく責任とるのよ。
 んじゃ、また学校で。愛しの祐ちゃん(はぁと」

 ……後腐れなく人を殺す方法はないものだろうか。
 ミシミシ軋む携帯を握り締め、心の奥底の殺意を必死で抑え込む。
 このとき俺は人生で初めて、本気で人をひとり消し去りたい衝動に駆られた。


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