真理奈再び

 少し肌寒い空気が道を吹き抜けている。灰色の雲に覆われた空はお世辞にも美しいとは言えず、見る者に無言の威圧感を与えていた。
 そんな空の下、彼女は凛とした表情で静かにたたずんでいる。
「……ごめんなさい」
 軽く頭を下げた拍子に、つやのあるストレートの長い黒髪がふわりと揺れた。
 相手の少年は厳しい、だがなぜか納得した顔でその答えを聞いていた。
「そう……ですか。すいませんでした」
 小柄で童顔のその後輩はそう言い、彼女に一礼して去っていく。
 真っ直ぐでひたむきな気持ちは嬉しかった。きっといい恋人に巡り合ってほしいと思う。
 だがその役は自分ではない。彼女は顔をあげて少年の後姿を見つめ、あまり大きくない声でぽつりとつぶやいた。
「啓一、もういいよ」
 その言葉を聞いて、すぐそばの建物の陰から一人の生徒が姿を現した。均整のとれた体と凛々しい顔立ちを持つ少年で、優しい雰囲気が彼女と似ている。
 彼は少しだけ困ったような顔で、彼女に話しかけた。
「あー、お疲れ。恵」
「……やっぱり断るのは辛いね。何回やっても慣れないよ」
「それでも以前に比べたら減ったと思うぞ。俺の方もだけどさ」
「だって、最近はいつも一緒にいるもんね、私たち」
 にこりと笑って彼女が言った。
 制服のセーラー服がよく似合う清楚な女子高生。それが彼女、水野恵だった。
「一緒にいるのはいいけど、変に噂になっても困るぞ」
「そう?」
「そうだって。俺たちは兄妹だからな、一応」
 隣に立った少年が彼女を見下ろして言った。何となく会話を楽しんでいるような印象を受ける。
 彼の名は水野啓一。恵の双子の兄で、誰よりも彼女を想う少年だ。
 そして恵の方も啓一を慕い、いつも彼と共にいるのが当たり前になっている。
「じゃあ帰ろっか」
 鞄を両手に下げ、恵が明るい声で言う。
「ああ、ちょっと遅くなったな」
「そうだね。でも栄太も由紀もいないから、今日は二人きりだよ?」
「へえ、それで何が言いたいんですか、恵さん?」
「別にぃ、何でもないよー? あははは……」
 二人は仲良く連れ立って、校門に向かって歩いていった。

 校舎の窓、三階から密かにその一部始終を見下ろしていた者がいた。
「水野、恵……」
 小さな声で少女の名を呼ぶ。
「まったく、せっかく食いついてきた男を、なんで振り払っちゃうのかしら? 味見くらいしないともったいないわよ。相手の気も知らないで……」
 短い茶色の癖っ毛、長く肉感的な手足、そして勝気な表情。
 加藤真理奈。この学年では水野恵に次ぐ人気を誇る美少女だが、彼女とはまるでタイプが違う。
 気に入った男はすぐに手をつけ、同時に複数の男子とつき合うのは当たり前。何事にも積極的で、常に物事の中心に自分がいないと気が済まない。泣かせた男は数知れず、だがそれでも絶大な人気を保っているのは、ある意味人徳だろう。
 その彼女が何の意図があってか、上からこっそり恵の様子を盗み見ている。
「そうね、色々と気になるじゃない……面白そうだわ、うふふふ♪」
 唇をにやりと吊り上げ、真理奈は我慢できずに笑い声をあげた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 翌日の昼休み、水野恵は仲のいい友人たちと昼食をとっていた。もちろんその中には彼女の双子の兄、啓一の姿もある。
「でさ、またこいつ升田を怒らせちゃって――」
「あははは……」
 中身は手作りだろうか、可愛い水色の弁当箱を片手に彼女は微笑んでいた。日の光のような明るく朗らかな笑みを、周りの男子が時折ちらちらと見やっている。
 その様子を廊下から眺め、真理奈は軽く顔をしかめた。
(確かに顔は可愛いかもしんないけど、あたしに比べたら地味で、いかにも腹黒って感じじゃない。見た目だけ繕ってても、裏で何考えてるかわかったもんじゃないわね)
 対抗意識も手伝って、真理奈はいい子ぶる恵にあまり好感が持てなかった。
 それに彼女が傍に常に兄の啓一を侍らせているのも気に入らない。二人揃って人気の兄妹だが、他の男女とは決して交際をしたことはなく、一部には兄妹でつき合っているのではないかという噂もある。
 だが、いくら似合いのカップルといっても、血の繋がった兄妹では恋愛にならないではないか。まるで貴重な資源を無駄遣いしているような不快感を彼女は覚えるのだった。
(まあ、まずは本当にあの子が啓一君とつき合ってるのか、確かめないとね……)
 拳を力いっぱい握り締め、真理奈は教室に入り、恵の席に近づいていく。
「水野さん、ちょっといい?」
「あ、加藤さん……どうしたの?」
 恵と啓一と、その場にいた二、三人の友人たちが一斉に真理奈を向いた。
「水野さんに話があって。ご飯中悪いけど、すぐ済むからこっち来てもらっていい?」
「うん、いいわよ」
 予想通り、優しい彼女はこの誘いを断ることはしなかった。
 上手くいったことに内心ほくそ笑みながら、恵を廊下に連れ出した真理奈。そのまま廊下の突き当たり、人のいない場所に彼女を誘い込んで話を始める。
「水野さん、こんなことあまりみんなの前では言えないんだけど……」
「何?」
「前歯に何かついてるわよ」
「え、ホント?」
 その言葉に慌てる恵。真理奈を疑う様子はまったくない。彼女はにやにや笑いつつ、恵と至近で向かい合った。
「ほら、ここ……ちょっと口、開けたままにしといてね」
「う、うん……」
 やや恥ずかしそうにしながら、可愛らしい口を半開きにする黒髪の少女。
 当然のことながら、並びのいいその歯には何もついてはいなかった。真理奈はそんな恵を前に、ごそごそと自分のポケットを探ると、小さな錠剤を取り出してみせる。
 そして――。
「ぽいっ」
「―――― !?」
 こちらを向いて口を開けたままの恵に、その錠剤を一粒、飲ませてしまった。
「か、加藤さ…… !?」
「はい、一丁あがり。それじゃあたしも――」
 目を白黒させる恵に構わず、真理奈は同じ錠剤をもう一粒取り出し、今度は自分でそれを飲みこんだ。
 飲み込んだ薬が胃に届いたと同時、彼女の視界が不意に揺れる。
(ああ、くる……この感覚――)
 自分が自分で無くなるような、奇妙な浮遊感。まだまだ慣れないが、決して初めての経験ではない。
 ふらりと揺れる体を壁にもたれかからせ、彼女は何とか我を取り戻した。
 目を開けると、茶色に染めた癖のある髪の少女の姿が目に入り、成功を確信して笑みを浮かべる。
「ふふん、うまくいったわね」
 “恵”は彼女には似合わない勝気な表情でひとりうなずいた。
 真理奈よりか細く華奢な自分の体、そのストレートの長髪を面白そうに撫で回し、満足そうに笑う。
「え、あなた――私…… !?」
 目の前の“真理奈”は頭に手を当て、驚いた様子で恵を見つめていた。
 手に触れる短い茶色の癖毛にも、艶かしいシルエットを描く肉づきのいい手足にも、それがまるで自分のものでないかのように驚いている。
「は〜い水野さん。あなたの体、ちょっと借りるわよ」
 清楚な彼女に似合わないにやにや顔で、恵は言った。
 一方、言われた方は、彼女の百分の一も落ち着いていない様子で慌てている。
「え……あなたが私で、あれ、ひょっとして啓一……え、違う…… !?」
「何でここにお兄さんが出てくんのよ。あたしは真理奈、加藤真理奈。まあ今はあんたの、この水野恵の体を借りてるけどね。そしてあんたが加藤真理奈になった水野恵ってわけ。どう、わかった? 優等生さん」
「私……加藤さん? あなたが……私?」
 真理奈は状況をまだ飲み込めない様子で、自分と相手の姿を見比べている。
 頭は良くてもこんなときはさっぱり何もわからないのね、と恵は相手を嘲った。
「あたし、一回水野さんになってみたかったのよ。自分とまるっきり違うタイプでしょ? 勉強もスポーツもできて、優しくて、しかも素敵なお兄さんがいて。まさに理想の優等生、完璧超人って感じじゃない。でもその正体が皆のイメージとは全然違うってこと、このあたしが証明したげるわ」
「か、加藤さん……何言ってるの? こんなことやめてよ……」
 戸惑う真理奈に、恵は勝ち誇って告げる。
「だーめ! もう入れ替わっちゃったんだから、しばらくこのままよ。元に戻せるのはあたしだけ。あたしがその気にならないと入れ替わったままね。まあ、しばらくはあんたがあたし、あたしがあんたを演じるしかないわ。情報交換しないといけないから、ほら、あんたのケータイよこしなさい」
「そ、そんな……嘘……」
 力なくうつむく茶髪の少女。普段の強気な表情はどこにもなく、落ち込んだ様子でじっとしていた。
「……うふふ、あんたと啓一君がどんな関係なのか、あたしすっごい興味があるの。ただの双子なのかそうじゃないのか、この体でちゃんと確かめてみなくちゃね」
「え……啓一を……?」
 いつも一緒にいる兄の名前を出され、真理奈が顔をあげた。
「当たり前だけど、このことをお兄さんにバラしちゃ駄目よ。わかってるわね?」
「そんなのできないよ……お願い、元に戻して。加藤さん」
「しつこいわね。だーめ、ダメダメダメダメ! しばらく啓一君には近寄らないように! 逆らったらこの体で何するかわかんないわよ! それでもいいの !?」
 恵は唾を飛ばして真理奈を怒鳴りつけた。
「それじゃあたし、あんたの席に戻ってお弁当の続きにするわ。あんたは購買のパンでもかじってなさい。机の中に入ってるから」
「か、加藤さ……」
「じゃーね、加藤さん♪ うふふっ、あたしが優等生かあ……」
 恵は楽しくてたまらないという様子でスキップをしながら教室に戻っていった。
 後に残されたのは、半泣きになってうつむく真理奈のみ。彼女はあまりにショックだったのか、顔を伏せたままぶつぶつ独り言をつぶやいていた。

「たっだいまー!」
 不意に聞こえた恵の大声に、教室の皆がざわめいた。
「恵、どうしたの? なんか珍しくテンション高いけど」
「ふっふふーん、何でもないよー♪」
 自分を迎える友人たちにそう答え、恵は再び席についた。そのまま水色の弁当箱を手に持って、じろじろと中を覗き込む。
「で、加藤さんの話って何だったんだよ、恵?」
 向かいに座って同じ弁当をつついていた兄、啓一が彼女に聞いた。
 恵は笑って手を振って、何でもないことを強調する。
「あー、ただの勘違いだって。何でもなかったよ」
「ふーん、そうか」
 啓一はいつもの穏やかな表情で、彼女の顔を見つめていた。  まさか妹の中身が別人になっているなどとは思うまい。恵は内心勝ち誇っていた。
(学園七不思議の一つ、水野兄妹の秘密――後で教えてもらうわよ。啓一君……!)
「でさ、あいつの彼氏がね……」
「へーそうなの? マジでー?」
 友達の会話に適当に合わせながら、恵は自作の弁当の出来を確かめるように味わっていた。

 午後の授業は数学と世界史だ。
 特に何事もなく数学をやり過ごした恵だったが、不運にも世界史の授業で当てられてしまった。
 眼鏡をかけた若い女教師が、神経質そうな視線を彼女に向ける。
「神聖ローマ皇帝ハインリヒ四世が教皇グレゴリウス七世に謝罪した、この事件のことを……はい、水野さん。何と言いますか?」
「え? えーと……」
 普段の恵ならば難なく答えられた問題であろう。
 だが今の彼女の中身は、世界史など大嫌いでほとんど勉強したことのない真理奈だった。もちろんわかるはずがなく、沈黙したまま目を泳がせることしかできない。
「あら、水野さんならわかると思ったけど……わからない?」
 首をかしげる教師とクラスメートが、揃って彼女の方を見つめてくる。
 できて当然。突き刺さるような皆の視線にふとそんな言葉が頭をよぎり、恵は声を失った。彼女がいつもやっているように、笑って誤魔化せる雰囲気とは程遠い。
「う、ううう……わ、わかりません……」
 開き直ることもできず、耳まで真っ赤になってうつむいてしまう。
「そう? じゃあ坂本さん」
 別の生徒に順番が回ったことに心から安堵して息を吐く。
(まったく、優等生ってやつはこれだから困るわ……。しんどい……)
 よく手入れされたストレートの黒髪をいじりながら、恵は密かにため息をついた。

 放課後。
 恵は当然のように、隣のクラスまで双子の兄を迎えに行った。
「啓一、今日は部活ないでしょ。一緒に帰ろ?」
「ああ、そうだな。んじゃ栄太と由紀さんと、いつもの四人で……」
「――駄目っ !!」
 いきなり兄を遮って、彼女は大声をあげた。
「今日は啓一は、あたしと二人で帰るの。いいわね?」
「? よくわからんが、別にいいぞ」
 恵は満面の笑みを浮かべ、兄と手を組んで歩いていった。いつになく親密な双子の様子に、周囲にいる生徒たちも彼らをじろじろ眺めている。
「そういや小腹がすいたな。ちょっと寄り道していこうか」
 啓一の提案に力いっぱいうなずいて、恵は抱きつくようにして彼についていった。
 大通りから脇道に入り、人のいない細い道を二人は進んでいく。
「ねえ、啓一」
「ん、なんだ?」
「啓一にとって、あたしは何?」
 頬を朱に染めて恵が問う。啓一でなければ思わず抱きしめてしまいそうな艶っぽい表情だった。
「いきなり何だよ、そんなこと聞いて?」
「だめだめ、ちゃんと答えてよ、啓一!」
 少女が頬を膨らませる。その子供っぽい様子に、啓一は笑いをこらえきれなかった。
「ははは、恵は俺の大事な妹だよ」
「ほ、ほんとにそれだけ……? 女の子としては見てくれないの?」
「そうだな、恵は綺麗で可愛いからな。妹じゃなかったら、今頃おつき合いしてるかな」
「あたしは……別にそれでもいいんだよ?」
 彼の腕をきつく抱きかかえて言う。
 いつもの恵では決して見せない、男に媚びる仕草。
 しかし彼女の兄は気のない様子で生返事をしてみせるだけだった。

 そのうちに、住宅地に埋もれるような隙間にあるコンビニに、二人はやってきていた。
「いい匂いだな。肉マンでも食うか」
「あ、あたしもー!」
「はいはい。じゃあお前の分も買ってきてやるから、待っててくれ」
 自分にかけられる兄の言葉に、いい気分ではしゃぎ回る恵。
 啓一は生真面目な優等生と思って今まで気にしてなかったのだが、こうして二人でいると、優しくて自分を大事にしてくれる彼をやはり魅力的に感じてしまう。
 この入れ替わりが終わったら、本気でつき合ってもいいかもしれない。
 やがて店内を喜色満面でうろつく恵のところに、買い物を済ませた啓一が戻ってきた。楽しそうに微笑んで、兄妹はコンビニを出る。
「ほら、熱いから気をつけて食えよ」
「うん、ありがと!」
 恵は嬉しそうな顔で、湯気をたてる饅頭にかぶりついた。
「…………」
 と、その動きが突然停止する。
 一秒、二秒、三秒。
 時間が経過するごとに恵の顔は赤くなり、体は激しく震え始めた。
「ひいぃぃぃぃっ !!? 辛いぃぃぃぃっ !?」
 大口を開けて舌を出し、悲鳴をあげて飛び上がる長髪の優等生。
 涙を流して叫ぶ妹を不思議そうに見ながら、啓一は彼女に問いかけた。
「あれ、どうした? いつもの激辛カレーマンだろ。お前、それ大好きじゃないか」
「あ、あたしこんなのいつも食べてんの…… !?」
「うん。ちゃんとカラシもたっぷりつけといたぞ」
「ご……ごめん。今あたしちょっとお腹いっぱいで……啓一、代わりに食べてくれない?」
 ひりひり痛む口を押さえ、食べかけのカレー饅を差し出す。
 しかし啓一は頭をぽりぽり掻きながら、
「あれ、おかしいな。いつもこれは別腹とか言って旨そうに食ってるじゃないか。なんで今日に限って食えないんだ? 変だな……?」
 と、恵を見つめる目を細くした。
「そういえば、今日の恵は何かおかしい気が……」
 急に自分を射抜くような鋭い視線を向けてきた兄に、恵は慌てふためいた。
「な、何でもないない! あたしいつも通りだから! ほーら、これあたしの大好物だもんね! うん、おいしいおいしい……」
 必死に涙をこらえつつ、カラシでどぎつい黄色に染まった饅頭を食べる恵。
 今は恵を演じて啓一を油断させないといけない。その思いで彼女はこの苦しみを我慢し続けた。

 不審そうな目の啓一を何とか誤魔化しつつ、恵は家に帰ってきた。
「ただいまー。あれ、母さんいないのか?」
 先にリビングに入った啓一は、母親が残した書置きを見つけ出していた。
「なんだ、婆ちゃん家に行ってるのか。こりゃ今日は帰ってきそうにないな。父さんもまた出張だし……うちの親にも困ったもんだ。まったく」
「ってことは、今日は二人だけ?」
 内心の期待を抑えるように恵が言う。
「ああ。勝手に飯食って風呂入って寝とけって。金だけは置いてくれてるからいいけど、最近の母さん、ホント手抜きになったよなあ。あーあ、今から買い物行かないと……」
「そう。じゃああたし、とりあえず着替えてくるね」
 その場に鞄を置き、パタパタと自分の部屋に向かう恵。
 そんな彼女に啓一が声をかけた。
「? 何言ってるんだ? 着替えなんてここでしろよ。かかってるだろ、そこに」
「はあ !?」
 当然の顔で言ってくる啓一に、恵は目を見開き大声をあげてしまう。
 啓一の指した方を見ると、清楚なイメージの白いブラウスとシャツ、水色のミニスカートがハンガーにかけられてそばの壁にかかっていた。恵の普段着に違いない。
「どうした、自分の服なんかじろじろ見て。早く着替えて出かけるぞ」
 ためらいもなく制服の上下を脱ぎ捨て、下着姿になった啓一が急かす。
「え、えーと……あたしも、その、ここで脱ぐの……?」
「何、当たり前のこと言ってんだ。いつものことだろ?」
 ホテルで男と裸になるのには慣れているが、着替えを一緒にとなると、別の羞恥心がわいてくる。
 恵は真っ赤な顔で首をぶんぶんと横に振った。
「あ、あたし……部屋で着替えてくる……」
「あれ、なんか今日の恵はおかしいな。お前、本当に恵――」
「そ、そうだね。いつも啓一と一緒に着替えてるもんね。兄妹だから何でもないよね。でも、できるだけこっちを見ないでくれると……う、嬉しいかな……うう……」
 観念したようにセーラー服に手をかけ、恵は兄の前で涙ながらに脱ぎ始めた。

 それからも恵の一日は大変だった。
「どうしてこんな切り方になるんだよ。包丁なんていつも使ってるだろ?」
「恵は味つけ、いつも通り醤油とマヨネーズだよな。たっぷりかけといたぞ」
「どうした恵。早くその問題仕上げないと、宿題終わらないじゃないか」
 ようやく夕食も宿題も終わり、彼女が風呂に入ったのはかなり遅い時間だった。
 いつもならすぐに片づくのにと、不思議がる啓一を体調が悪いと必死に誤魔化し、ようやく恵の義務から解放された彼女は、疲れた顔で湯船につかっていた。
「はあ……あの子って、普段どんな生活してるのよ……?」
 顎まで湯につけて愚痴を漏らす。彼女の生活は想像以上に風変わりなものだった。
 何をするにも双子の兄、啓一と一緒なのだ。普通高校生にもなったら、家族とはもっと距離を置くものではないのか。そう思った恵だったが、ふと唐突にある考えに思い至った。
(なんか兄妹っていうより、何年も連れ添った夫婦みたい……)
 つややかな髪を遠慮することなく湯の中に広げ、口までつかって泡を吐く。揺れる黒髪を見ていると、自分があの優等生の体になったことを確かに実感させられる。
「……なんか期待してたのと違うな、こんなの……」
 自分が望んだのは周囲の羨望の眼差しと、姫に仕える騎士のように従順な兄。そして彼女の私生活を探り、皆に隠れて遊んでいたり他人を馬鹿にしていたり、そんな人間味のある水野恵の姿を見つけられればいいと思っていた。
 ほら、見てみなさい。優等生っていっても、あたしと変わんないじゃない。
 そう思うことができれば、入れ替わった甲斐もあるというものだった。
 だが今のところ、そうした目論見は全て外れ、啓一にペースを狂わされ続けている。そもそも恵と啓一がただの双子の兄妹なのか、密かに恋人同士なのかもまだわかっていない。
「……いけないいけない。弱気になっちゃ駄目よあたし」
 濡れて重くなった髪を振り、恵が下腹に力を込めた。
「まずは啓一君を油断させて、色々と聞き出さないと――」
 そう彼女が硬く決心したところで、にわかに声が聞こえてきた。
「恵、洗い終わったか? じゃあ俺も入るかな」
「えぇっ !?」
 風呂場のドアが開き、全裸になった双子の兄が姿を見せた。手に持ったタオルで体を隠すこともなく、素裸の啓一が浴室に入ってくる。
(こ、この二人、恥じらいとかプライバシーとかないのかしら……?)
 呆然とする彼女に目もくれず、啓一は椅子に座って頭を洗い始めた。サッカー部で鍛えたしなやかな筋肉が否応もなく恵の目に飛び込んでくる。
 彼女は何も言うことができず、湯船の中でじっと兄を見守っていた。
「ふう……」
 泡だらけの頭に湯をかけて、犬や猫のように首を振る啓一。そして今度はスポンジにボディソープをつけ、体を擦りだした。
「…………」
「……恵」
「な、何 !?」
 突然声をかけられ、思わず身構えてしまう恵。
「悪いけど、背中流してくれ」
「ああ、せ、背中ね……うん、い、いいわよ」
 ザバァという音をさせて立ち上がり、彼女が啓一の後ろにやってくる。
 スポンジを手に、全裸の妹が裸の兄の背中を擦っていく。
「…………」
 両者共に一言も発しない浴室の中、恵は気まずい雰囲気で彼の背を眺めていた。
(うう……な、なんでこんなにドキドキするんだろ……)
 双子の兄妹が互いに一糸まとわぬ姿で、ごく近い距離で座っている。その事実に心臓の鼓動が早くなり、体が火照っていくのを恵は感じていた。
「ありがと恵、もういいよ」
「あ、そ、そう……?」
 解放されたような、だが残念な感情が胸をよぎる。
 高まる興奮を何とか隠そうと、彼女は自分の体に濡れたタオルを巻いた。そんなことで大事な部分を覆い隠せるはずもないが、ついそうしてしまっていた。
 やはりまた二人は黙りこくって、湯を流す音だけが数回、浴室に虚しく響く。
 すっかり体を洗い流した啓一は、立ち上がると妹の手をとって笑いかけた。
「じゃ、一緒に入ろうか」
「はい……?」
 恵はぎこちない動作で湯船を振り返った。
 決して広いとは言えない、いやむしろ狭い湯船の中に、高校生の男女が共に浸かるのはなかなかの難題で、ぴったり密着しなくてはならないだろう。
「ほら、入った入った」
「え、あ……ちょ、ちょっと、啓一……!」
 ぼうっとした少女の腕を引き、彼は狭い浴槽の中に恵を引きずり込んでしまった。
 風呂の中であぐらをかいた啓一の上に座るような格好で、彼女が湯に浸かる。二人分の体積が加わって今にも溢れそうな湯船で啓一に抱きしめられながら、恵は居心地の悪そうな顔でじっと虚空を見上げていた。
「いつも通り百まで数えようか。ほら、いーち」
 一緒に数を数えよう。そう言いたげに啓一が自分を見つめている。
(な、なんであたしがこんなこと……)
 いっそ、自分は恵ではないとこの男にばらしてしまおうか。その思いも頭をよぎったが、いざ実行するのはためらわれた。
 広くもない浴槽の中で抱きかかえられた今の状況は、啓一に分がありすぎる。大事な妹の体を奪ったと聞けば、啓一が怒って彼女に暴力を振るう可能性も考えられた。ここは何とか恵を演じて、安全かつ穏便にこの場から脱出しないといけない。
「にーい、さーん、よーん……」
(うう……なんか熱くなってきた……)
 自分がだんだんのぼせていくのを感じながら、恵は大人しく啓一と共に数を数え続けた。

 やっと風呂から上がったとき、恵はすっかり血が頭に上って意識が朦朧としていた。
「うう〜……あ、あたしもう駄目……」
「なんだ、あれくらいでのぼせたのか? おかしなやつだな」
 トランクスを一枚だけを身に着けた啓一が、同じく下着姿で寝転がる彼女を見下ろしている。その毒気のない表情に、恵は文句の一つも言いたかったが、今は喋るのも大きな負担だった。
「ちょっと待ってろ。冷たいもの取ってきてやるから」
「うん、お願い啓一ぃ……」
 優しい言葉を残してその場を離れる啓一に、恵は死にそうな声で答えた。
 自分の理解を超えたところは多いものの、兄は妹である自分に良くしてくれるし、互いに裸でくっつき合っても決して手を出してこなかった。
 やはり二人が恋人同士というのはただの無責任な噂に過ぎなかったようだ。子供のような無邪気な振る舞いを未だに続けている、奥手な高校生の兄妹。今日一日の生活から恵はそう結論づけ、明日から学校でどう振舞おうかと考え始めていた。
 そのため啓一が戻ってきたときも恵はすっかり油断しきっていて、いつの間にか自分が後ろ手に縛り上げられていたことにもすぐには気づかなかった。
「え、あれ……?」
 数秒してからようやく、自分が拘束されたことを認識する。
「あたし、これ……あれ、啓一……?」
「お疲れ様、加藤さん」
 ビニール紐で妹の足首も縛った啓一が、笑顔でそう口にした。
「え、何言ってるの? あたしは恵よ、啓一? 何これ……ほどいてよ」
「なかなか面白かったけど、まあこの辺にしとこうか。そっちも疲れるだろうから」
「え……な、何の話……?」
 そこへ、セーラー服をまとった少女が姿を現した。茶色い髪を短く切った癖っ毛の女子で、真剣な眼差しで恵を見据えている。
 恵と入れ替わった少女、加藤真理奈だった。
「あ、あんた――バラしたのね! バラすなって言ったのに!」
 怒りの表情で自分を怒鳴りつける恵に、真理奈は落ち着いた声で言った。
「残念だけどそれは無理なの、加藤さん」
「……な、何がよ」
 その横から啓一が続ける。
「俺と恵は心が通じ合っている。俺の考えたことは即座に恵に伝わるし、恵の思考も全て俺が把握できるようになっている。お互いの身に何かあればすぐにわかってしまうんだ。こっそり入れ替わって俺を取り込もうとしても、はじめから無駄だったんだよ」
「そ、そんな……いくら双子でも、そんなことできるわけ――」
 身動きの取れない恵がうめいた。憤怒と絶望に顔を歪ませ、彼女は真理奈をにらみつける。
「それができちゃうから困ったもんでね。俺たちは顔を合わせなくても会話ができるし、離れた場所にいても位置がわかる。恵の見たものは俺もわかるし、俺の聞いたことは恵にも届く。俺も恵も元々は同じ心を共有する一つの人格でね。ふたりはひとつの存在なのさ。信じられないだろうけど、これが君の知りたがってた俺たち、水野兄妹の秘密なんだ」
「それじゃあ、最初からわかってたの…… !? 全部知ってたくせに、今日一日ずっとあたしをからかって遊んでたって訳ね !? くそ、ほどけぇっ!」
 少女は足掻いたが、それしきで彼女の戒めは解けない。
「そんなこと言ったって、先にそっちが恵の体を盗んだのが悪いんじゃないか。大人しく返してほしいところだけど、今の加藤さんの様子を見る限り難しい……かな?」
 その言葉にパッと表情を明るくして、黒髪の少女は顔をあげた。
「そ、そうよ! あたしの体はこの子のなんだからね! 乱暴はさせないわ! あたしが返す気にならなきゃ、あたしがずっと水野恵――ちょっと、何すんのよ !?」
 叫ぶ恵を抱きかかえ、啓一は妹の顔を真理奈の方に向けた。
 茶髪の少女は彼女に似つかわしくない、落ち着いた表情で恵に近寄り、そっと唇を重ねた。
 まったくタイプの異なる美少女同士の口づけを、啓一は無言で見つめている。
「んっ――な、何よ !?」
 顔を離され、喋れるようになった妹の乳房に彼が手を伸ばした。巧みな手つきで柔らかな肉を揉まれ、優しく乳首をつねられて、恵は甘い声をあげた。
「あぁっ……や、やめてよ……!」
「俺たちのことが知りたかったんだろ? 教えてあげるよ。水野兄妹は二人きりになると、いつもこうして仲良くセックスしてます、ってね」
「ち、違う……あたし、こうしたかった訳じゃ……」
 首を振っていやいやをしてみせるも、啓一と真理奈の愛撫は絶え間なく恵を責めたてる。体の隅々まで知り尽くした二人のテクニックに、彼女は容赦なく喘がされた。
「あぁっ、ん……やだ、やだあ……」
「嫌がってる割に気持ちよさそうね、加藤さん?」
(いや、いやあ……あたし、こんなの……)
 こんなことを望んでいた訳ではなかった。
 突然の入れ替わりに驚き慌てる水野兄妹を手玉にとり、この恵の体を人質に二人を従わせるつもりだったのだ。ひょっとしたら啓一をものにするかもとは思っていたが、それも彼女主導の話である。このように自由を奪われ、恥辱にまみれて二人の玩具にされたかった訳ではない。
 啓一が妹のパンツをずらし、淫らな手つきで陰部に指を這わせる。
「大丈夫だよ、しっかり濡れてきてるから」
「何が大丈夫なのよぉっ !?」
 叫ぶ恵を無視して、啓一は彼女の女陰を、真理奈は胸と唇を丹念に刺激し続けた。
 学年でも一、二を争う人気の男女三人の絡みは、級友なら誰もが興奮せずにはいられない光景だろう。
 真理奈の舌が恵の口内を舐め回し、啓一の指が妹の膣内を前後する。手足を縛られた彼女はそれに抵抗もできず、ただ泣きながら慈悲を乞うだけの存在だった。
「ん、はぁっ……あ、あぁぁっ……んむ、や、やめへぇっ……」
 今の恵は攻めるのは得意でも、攻められるのは大の苦手だ。生来の気の強さがそうさせたのだが、この状況ではそれが完全に裏目に出てしまっていた。
(い、いやよ……あたしが、こんなやつらに……!)
「落ち着いて、気持ちよさに身を任せるの」
「あぁっ…… !?」
 真理奈に首筋を舐められ、悶えて身をよじる恵。
 下の方では啓一が性器上部の小さな突起をつまみ上げ、舌でつつき回している。
「や……やめ、そこはっ…… !! ああぁあぁっ !!!」
 最も敏感な器官をざらざらした粘膜で擦られる感触に、彼女は軽く達して悲鳴をあげた。自由にならない脚のつけ根からとろりとした汁が一筋垂れ、床にこぼれる。
「気持ちいいでしょ。いつもの私より感じてるんじゃないかな?」
「いや、はぁんっ、言う……なぁっ……」
 唇の端からよだれを垂らして恵が喘ぐ。彼女とて何人もの男を手玉にとった経験豊かな女だったが、その彼女がこの二人にはまったく歯が立たなかった。
(こ、こいつら……う、上手い……)
 恵と啓一がいつから性交を始めたかはわからないが、この体の感じようといい二人の手つきや舌づかいといい、普段から当たり前に肌を重ねているようだった。
 体の弱点を的確に責められ、彼女は息も絶え絶えの様子で啓一と真理奈を見上げている。
 十数年間慣れ親しんだ自分の体を前に、恵の苦悶の声が漏れた。
「あ、あたしは……あんたじゃ、ないっ……!」
「そうね。でも今のあなたは啓一の妹、お兄ちゃんのことが大好きな水野恵でしょ? ちゃんといつも通り啓一が愛してあげるから、ほら、私たちを受け入れて……」
「やだ、やだやだやだやだぁっっ……こんなのやだぁっ……!」
 精一杯の力で暴れようとするが、それも無駄な抵抗でしかなかった。
 そこでやっと足首の紐がほどかれ、恵の下半身が自由になった――と思ったのも束の間、真理奈が仰向けになった彼女の胴体の上に座るような形でのしかかってきて、彼女の細い脚をつかんで無理やり大股に開かせた。
「やだぁっ! やめなさいよぉっ !!」
 その言葉とは裏腹に、二人に愛撫され尽くした恵の性器はひくひく蠢き、硬い陰核を勃起させていた。啓一は興奮しきった妹に狙いを定め、正面の低い位置からたくましい肉棒を一気に突き入れた。
「はぁ――あぁんっ !?」
 待ち望んだ快感に恵の膣がうねり、啓一の陰茎を包み込んだ。そのあまりの激しさに、一瞬彼女の意識が飛んでしまったほどだ。
「や、やめて、入れちゃ……駄目ぇ…… !!」
「どう? 加藤さん。俺と恵の体、相性いいだろ?」
「そぉっ、そんな……わけぇっ……あひぃっ !?」
 返事もろくにできずに恵の体が跳ね回る。啓一の言う通りこの体は兄との性交に歓喜し、彼女の脳を至上の快感で苛み続けていた。
 まるで彼のためにあつらえたかのような肉壷が、じゅるじゅると音をたてて啓一の陰茎をねぶり、かき回される浅い性感帯に口からは情愛に満ちた嬌声があがる。結合部からはいっそう多量の汁が湧き出し、灼熱のスープとなって隙間からこぼれていった。
「あぁっ……んぁあぁ、はひぃぃぃ……!」
「いいなぁ加藤さん……。ねえ啓一、後で私にもしてよー」
「いいけど元に戻ってからな。それまでお預けだ」
「ぶぅ……啓一のイジワルー」
「ひぃぃ……はぁぁんっ! ああぁぁあぁ…… !!」
 今の恵には、二人の会話もろくに耳に入ってこない。
 後ろ手に縛られ、仰向けのまま両脚を開かされる屈辱の姿勢で犯されているというのに、この体は双子の兄との交わりに激しくよがり狂い、彼女の意思とは無関係に性器の肉が愛しい陰茎をしごきあげてしまう。
(だめぇっ……でも……いい、いいよぉ……!)
 そこにいるのは真面目で清楚な優等生の水野恵ではなく、嬉しそうに腰を振って兄との近親相姦にふける淫らな一人の少女だった。高ぶる恵に応えるように啓一も突きこみを激しくしていき、緩急をきわめた絶妙の動きで妹の中をこねくり回す。
 あまりの快感に耐えかねて、とうとう少女は白旗を揚げた。
「い……いい、いいのぉ……も、もっとぉ……! あああぁっ…… !!」
「あらあら、本音が出ちゃったわね。ほら、素直になった方が楽でしょ?」
 再び真理奈の手が恵の頬に伸ばされ、桃色の唇を音をたてて吸い上げる。
「んんんっ !? んぐ、んむぅぅっ !!」
 上を真理奈に、下を啓一に責められ、既に恵の理性は崩れ去ってしまっていた。
 もはや自分が誰かもわからず、彼女は欲望のままに二人と交わり続けた。
 焦点の合わぬ黒い瞳が虚空を見上げ、とろんとした顔から甘い声が漏れる。だらしなく開いた口からはよだれが垂れていたが、それも真理奈に舐め取られ、口内に残った分も含めて彼女に吸引されてしまう。
 ――ずずずず、じゅるうぅっ……!
「んんっ……んんんっ、むぅぅ…… !!」
 蜜を味わう蝶のように恵の唾液を吸い取った真理奈が、淫猥な笑みを浮かべてそれを嚥下した。
 人のぬくもりで程よく温まった至高の美食を最後の一滴まで堪能しようと、茶髪の少女が自分の唇をぺろりと舐めあげる。それは普段の真理奈よりももっと妖艶で魅惑的な表情だったが、恵は視覚も聴覚も肉欲の海に飲み込まれており、それを認識することはできなかった。
 啓一は妹の腿をつかみ、自分の腰を彼女に何度も打ちつけた。そのたびに恵の唇からは狂おしい嬌声が、陰唇からは熱い愛液が絶え間なく漏れ続ける。
「あぁぁ……いい……な、中までぇっ……!」
 劣情の虜となった少女は理性も矜持も捨てて、発情した雌犬に成り下がっていた。
 そんな恵の痴態を楽しそうに観察しながら、啓一と真理奈は彼女を責めたてた。造作の異なる男女の顔が同じ微笑みを浮かべ、息の合った連携で恵を犯していく。
「はんっ……それ、も、もっと……かき混ぜ、いいぃっ……!」
「やれやれ、すっかり恵になりきっちゃって。困ったもんだよ」
「私はこんなにエッチじゃないわよ。加藤さんがやらしいのよ……」
「いやいや、いい勝負だと思うぞ。なあ、加藤さん?」
 軽口を叩いて啓一が腰を突き上げる。
「あ゛あ゛ぁぁぁっ…… !?」
 深いところまで刺し貫かれ、恵が喉の奥から悲鳴をあげた。
「んー、いい声ね……たまにはこうやって自分の声を横から聞くのも悪くないかも」
「何言ってんだ。入れ替わったときなんて半泣きだったくせに」
「だって仕方ないでしょ !? ホントにびっくりしたんだから……」
 そんな会話を交わしつつ二人は容赦なく恵を犯し、少女の心から理性を奪っていく。
 恵は沸騰した頭でまともな思考が何一つできず、ただ本能のままに腰を振り続けた。
(き、気持ち、いい……啓一君……マジ、サイコー……!)
 啓一に抱かれ性器を合わせていると、まるで本当に彼の妹になったような気がしてくる。自分が加藤真理奈ではなく、はじめから水野恵だったという錯覚に襲われる。
 ぼやけた視界に愛しい兄の輪郭を捉えたまま、恵は恥じらいの欠片もなく荒い喘ぎと女の汁の限りを尽くして兄との禁断の交わりに狂喜した。

 それから何度も絶頂にのぼりつめ、恵は見るも無残な有様になっていた。
 白い裸体は汗と飛び散った体液にまみれ、汚らしい姿を晒している。目は虚ろで何も瞳に映っておらず、顔の下半分には唾液が塗られ、てらてらと光り輝く。両手を後ろで拘束された姿勢のため、華奢な体にしては豊かな乳房が上に突き出され、啓一と真理奈、二人の舌と唇の餌食になってほのかな紅色に染まって濡れていた。長いストレートの黒髪は風呂上りの上に汗を吸って湿り、その一部が首筋や腹にべっとり張りついている。
 もし学校の級友たちが見ればそれだけで絶頂に達してしまいそうな、水野恵のあられもない痴態がそこにあった。
「はあぁ……はひ、んあぁぁ……っ」
「ふう、さすがに俺も疲れてきたな……」
「そろそろいいんじゃない? 加藤さん、もう完全に飛んじゃってるよ」
 たしかに、うめき声をあげることさえ今の恵には辛そうだった。
 啓一はこれで終わりにしようと最後の突きこみをはじめ、動かない妹の中を再度往復した。汁に溢れる膣内を上下し、最奥めがけて恵の肉壷を存分にえぐりこむ。
「あぁぁ……はあぁあぁぁ……っ」
「――くうぅぅっ !!」
 奥の奥まで達したところで、ほとばしる男の欲望を解放する。
 濃厚な子種を一杯に注ぎ込まれた恵の肉がうねり、子宮が喜びに収縮した。
「……はあ、はあ、もう限界だ。ちょっとヤリすぎたかも」
「うう……私、まだしてもらってないのに……啓一ひどい……」
 ようやく萎えた肉棒をずぶりと引き抜き、啓一は深く息をつく。
 彼の妹は白目を剥いて身を痙攣させ、ぐったりして床に横たわっていた。
「もういいだろ。薬、飲ませてやれよ」
「はいはい。あー、やっと元に戻れる……」
「しかし、こんなのどこで手に入れたんだか……?」
 真理奈はセーラー服のポケットから小粒の錠剤を一つ取り出し、自分の口に含んだ。それをゆっくり舌で転がし充分に湿らせると、倒れた恵に口移しで飲ませてやる。
 柔らかな微笑みを浮かべ、茶髪の少女はもう一粒の薬を取り出して飲み込んだ。
 彼女の部屋に隠されたこれを探すのは大変だったが、何とか真理奈は入れ替わりの薬が入った瓶を見つけ出していたのだ。
 こうして、水野兄妹と真理奈の長い一日が終わる。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 開けた窓から暖かな風が吹きつけてくる。今日は久しぶりに太陽が明るい顔を見せ、校庭を白い光で照らしていた。
 恵は箸を動かし、自作のコロッケを食べやすいよう半分に切り分けた。パンをかじりながら楽しそうに話す友達の声が聞こえてくる。
「中川っていつも澄ましてるけど、実はああいうのがむっつりだったりするのよねー」
「おいおい、祐介はそんなやつじゃないぞ」
「そう? 意外とあのコ、瑞希にぞっこんみたいだけど」
 隣の女子の発言に軽く笑い、恵が天使の微笑みを見せる。明るくて清らかで、そして真っ直ぐな笑顔だった。
 そんな彼女の姿を確認し、真理奈はまたも恵の席に近づいていった。
「水野さん、今ちょっといいかな?」
「あ、加藤さん……何?」
 恵と啓一と、その場にいた数人の生徒が一斉に真理奈を向いた。
「なんだ加藤。またお前、恵さんに用か?」
「ええそうよ。悪いけど、ちょっとこっちに来てもらっていい?」
「うん、いいよ」
 彼女は弁当箱を机に置き、席を立って真理奈の後についていった。

 すらりと伸びた彼女の手足は肉づきも良く、魅惑の曲線を形作っている。
 恵を人のいない廊下の端まで連れてきた真理奈は、彼女の方を振り返り、仁王立ちで向かい合った。
「それで、あの……加藤さん、何の用?」
 用心深く身構えて恵が問う。
 先日の事件以来、こうやって二人が顔を合わせるのは初めてのことだった。
 あれから真理奈は二、三日学校を欠席してしまい、今日の登校は数日ぶりとなる。体調不良ということだが、精神的なショックが原因なのは啓一と恵には明白だった。
 自分たちの秘密を知られてしまったという事実と、こうして呼び出されて、また何かされるのではないかという不安が、恵の心を静かにかき乱している。
「恵さん……あなたと啓一君、心が繋がってるんだっけ。ってことは、今あたしの話、啓一君にも聞こえてるのよね?」
「う、うん……」
 彼女は落ち着かない様子で両手を組んだ。
 一対一で向かい合う黒髪の少女に、真理奈がニヤリと笑って告げる。
「次は、負けないわよ」
「え……?」
 思いもしない真理奈の言葉に、彼女は呆けた顔でつぶやいた。
「この前のは負けを認めてあげるけど、この加藤真理奈が負けたままでいいはずがないわ! あんた達水野兄妹相手に、次は勝たせてもらうからね! 覚悟しなさい!」
「え、えーと……? な、何の話してるの……?」
「いい? 次の土日は空けといてよ! また勝負するんだから!」
「し、勝負って何の……?」
「そんなの、ナニに決まってるじゃない!」
 腰に手を当てて勝ち誇る仕草で真理奈は言い放った。その瞳には生き生きした光が灯り、強い自信に満ちている。
「こないだのはあんたの体だから負けちゃったのよ! やり慣れたあたしの体なら、あんた達をいくらでもヒィヒィ言わせてやれるわ!」
「――は、はあ……」
「という訳で、また土曜か日曜に勝負よ! わかったわね !?」
「いや……そ、そういうのはちょっと困る、かな……?」
 恵の頬に一筋の汗が垂れる。先ほどとは別種の困惑が彼女の顔を覆っていた。

 教室の中では、啓一が友人たちと昼食を続けていた。
 だが彼はいきなり箸を止め、片手で頭を抑えてうつむいてしまう。
「…………」
「あれ、どうした啓一? 腹でも痛いのか?」
「いや、何でもない……」
 声をかけてくる友人にそう答えて、啓一は窓の外を見上げた。恵と同じ困惑が顔に満ちている。
「それにしても恵さん帰ってこないな。加藤のヤツ何してんだか」
「ま、まあ心配することないだろ……ははは……」
 冷や汗を流して弁当をつつきながら、啓一は妹の帰りをじっと待ち続けた。


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