クビカエ族の儀式 1

 鬱蒼とした森の中だった。
 背の高い木々が枝葉を伸ばして日の光の多くを遮っている。足元の道路は落ち葉と草に覆われ、道としての機能を半ば失っていた。
「うーん、どうしたものかな……」
 先ほどから幾度となく繰り返してきた言葉を、孝彦はまた口にした。
 それに応じる側も、同じ台詞で返す。
「どうしたものかしらね、あなた」
「道はあるんだ。ろくに舗装もされてないが、これは確かに道路なんだ。ということは、この道をたどっていけば町に出られるはずだ」
「ええ、そうね。このままいけば、きっと町に着くと思うわ」
 母の由美子の声には疲労の色が感じられた。無理もない。途中、幾度か休憩を挟んだとはいえ、もう半日近く歩き続けているのだ。四人とも体力の限界は間近だった。
「僕、もうダメ。休もうよー」
 そう提案したのは弟の俊太だった。はじめのうちは大はしゃぎだった俊太だが、時間の経過と共にどんどん口数が少なくなっていった。今や口に出す言葉は「疲れた」と「休もう」しかない。赤くなった顔には大粒の汗が幾つもへばりついていた。
「俊太、大丈夫? ねえ、あなた、そろそろ休憩しない?」
「そうだな、そうするか。もう随分歩いたしな。ここらでひと休みするとしよう」
「やった。やっと休める……」
 家族が座り込むのを見て、孝明もその場にへたり込んだ。背中のリュックサックを地面に下ろし、水の入ったペットボトルを取り出した。ごく少量を口に含むだけで、体の渇きが癒されていく気がする。ただの水がこれほど旨いものだと思ったことはなかった。
「はあっ、はあっ、ふう……」
「孝明も大丈夫? さっきから何も言わないけど、無理してない?」
 心配になったのか、由美子が目の前に来て彼の顔をのぞき込んでいた。孝明は首を振る。
「大丈夫だよ、母さん。俺よりも俊太についててやって。あいつ、まだガキなんだから」
「そう? それならいいんだけど……」
 高校生の孝明より、小学生の俊太の方が体力がないのは道理だ。孝明の答えに由美子は納得したのか、次男のところへ戻っていった。自分も大して余裕などないだろうに、家族思いの母は二人の息子の心配ばかりしていた。
「それにしても、こんなに歩いても町に着かないのはどういうわけだ? この地図だとせいぜい十キロってところだぞ」
 近隣の地図を見ながら、父の孝彦は考え込んでいた。ほんの二、三時間で終わるはずだった行程が、その三倍はかかっていた。
「だから、途中で道を間違えたのよ。この地図のルートだと、こんな森の中を通らないわ」
「うーん、やっぱりそうなのかな。今から引き返した方がいいか? でも、もうすぐ日が暮れてしまうしな……」
 一行が道に迷ったのはもはや明らかだった。水も食料も底を尽きかけており、一刻も早く町にたどり着かなくてはならない。
(参ったな……いったいどうしたらいいんだ)
 孝明は途方に暮れて周囲を見回した。樹木と草花以外に見えるものは何もなかった。背の高い熱帯の木々を見ているだけで、自分たちが日本を離れて遠い異国の地に来たのだと実感させられる。楽しい海外旅行のはずが、とんだハプニングだった。
 やがて、四人は休息を終えて立ち上がった。疲れはまだ充分にはとれていないが、ここでゆっくりしていると日が暮れてしまう。キャンプの装備もなく、このような場所で一夜を過ごすわけにはいかなかった。
「しょうがないから、引き返すことにしよう。このまま進んでも町に着くとは限らないが、この道を戻れば確実に町に戻れる。できれば暗くなる前に森を抜けたいな」
「そうね、あなた。頑張りましょう」
「えー、まだ歩くの? 僕、もうヘトヘトだよ……」
(とにかく歩くか……他に選択肢なんてないしな)
 両親と弟の会話を聞きながら、孝明は再び歩き出した。とにかくこの森を抜けなくてはどうしようもない。今から引き返すとなれば大変な労苦だが、ちゃんとした道に戻れば人家の一つや二つはあるだろう。
 そのとき、不意にすぐ近くから足音が聞こえた。鳥か、あるいは獣か。孝明が警戒してそちらを向くと、ほんの数メートル離れたところに人間の姿があった。
「え?」
 孝明は呆気にとられた。目の前にいたのはひとりの女だった。歳は孝明とあまり変わらないくらいだろうか。肌は濃いコーヒーを思わせる色で、焦げ茶色の長い髪を後ろで束ねていた。
 孝明が驚いたのは、少女が服を着ていなかったからだった。少女は全裸だった。衣類はいっさい身に着けておらず、黒い乳首や股間の茂みを隠そうともしない。黒い肌のあちこちに、赤い刺青が彫ってあった。
 しばらく、二人は無言で見つめあった。このようなごく近い距離で女の裸を見ていることに、初心な孝明は激しく動揺した。少女は細身ですらりとした体格だったが、乳房は豊かなボリュームを備えていた。
「き、君は……? この辺の子なの?」
 ようやく投げかけられた孝明の問いに、少女は笑顔を浮かべ、彼が理解のできない言葉で返した。聞いたことがない言語だった。少女の方も、孝明の言葉をまったく理解していないように思えた。日本語はもちろん、この国の公用語である英語も通じないようだ。原住民と呼ばれる人々だろうか。どこか神秘的な雰囲気を漂わせているため、一瞬、森の妖精ではないかと疑ったが、確かに彼女は孝明と同じ人間であるようだった。
「孝明、どうしたの? 皆から離れたら危ないわよ」
 いつまでたってもついてこない長男を不審に思ったのか、母の由美子が引き返してきた。その後ろには孝彦と俊太の姿もあった。
「母さん……女の子だ。女の子がいるんだ」
「あら、本当ね。この辺の子かしら。言葉はわかる?」
「駄目みたいだ。多分、話はできないよ」
「わあっ、裸のお姉ちゃんだ。すごいすごーい」
 俊太は少女の格好に好奇の目を向けていた。子供に女性の裸を見せていいのだろうかと孝明は疑問に思ったが、今はそのようなことを気にしている場合ではなかった。
「君、この辺に町か村はないかい? 私たちは道に迷っちゃってね」
 一行を代表し、父の孝彦が少女に話しかけた。無論、言葉が通じるわけはない。だが、このような森の中で子供連れの外国人が途方に暮れているのだから、言葉がわからずともこちらの意図を察してくれるかもしれなかった。孝明も由美子も、身振り手振りを交えて話に加わった。何とか助けてもらおうと皆が必死だった。
 少女は黙って孝明たちの話を聞いていたが、やがて何やらひとことつぶやくと、向きを変えて森の奥へと歩き出した。
「どうしたんだ?」
「ひょっとして、ついてきてってことじゃない? ほら、こっちを向いて何か言ってるわ」
 由美子の言う通り、少女は少し歩いてはこちらを振り返り、孝明たちを先導しているようだった。こうなったら、ついていくほかない。部族の少女に案内されて、四人の日本人は森の中を進んでいった。
「でも、大丈夫かな? まさか村に着いたら身ぐるみ剥がされて喰われるなんてこと、ないよな」
「多分ないわよ。あの子、そういう風には見えないもの」
 由美子は根拠もなく言ったが、それには孝明も同感だった。勘だが、あの少女はこちらに害をなすようには思えない。時々こちらを向いて微笑むその無邪気な姿は、やはり森の妖精のようだった。
(それにしても可愛いな……あの子)
 あの素裸の少女を見ていると、疲れが吹き飛んでしまう。足に羽が生えた気分だった。荷物の重さも喉の渇きも気にならなかった。孝明は家族の前に出て、少女のすぐ後ろをついていった。
 二十分ほど歩いただろうか。森の中に広場があった。周囲には木で造った簡素な家が並んでいた。どうやら、少女の村にたどり着いたようだった。
「ここが……君の村?」
 少女はやはり彼のわからぬ言語で返した。しかし、言葉が通じなくてもここが彼女の村であることは明らかだった。一行が所在なく辺りを見回していると、近くにいた女が孝明たちのところにやってきた。当然、その女も裸だった。
(うわ、大きなおっぱい……)
 現れた女は、孝明たちを案内してくれた少女より、少し年上のようだった。女性としては大柄で、やはり長い髪を後ろで束ねていた。全体的に肉づきのいい、グラマラスな体格だった。少女のものよりも大きな乳が、動くたびに上下に揺れて、孝明の度肝を抜いた。
 女は孝明たちに話しかけてきたが、もちろん通じない。少女が何ごとか女に答えた。女はそれを聞いて村の奥へと去っていった。おそらく、異邦人がやってきたことを他の住人たちに伝えるのだろう。少女はその場に座り込み、孝明たちに何かを言った。
「えーと、どうしたらいいのかしら」
「さあ……ここで待てってことじゃないかな」
 一行が大人しく村の入り口で待機していると、しばらくして先ほどの女が戻ってきた。ついてこいと言っているようだった。女と少女に連れられて、孝明たちは村の奥へと進んでいった。
 その後、二人は一番大きな家の前で立ち止まった。中に入ると、豪勢な白い髭を生やした老人が姿を見せた。落ち着いた物腰と威厳のある風体から、この老人がこの村の長と思われた。
「こんにちは。あなたが村長さんですか? 私たちは日本から来た旅行者なんですが……」
 孝彦は丁寧に挨拶したが、やはり通じる気配はない。老人は孝明たちを注意深く観察すると、傍らの童女に言って壷と杯を持ってこさせた。童女は壷の中の液体を杯に注ぎ、孝明たちに差し出した。甘い匂いがした。
「飲めってことかな? じゃあ、いただきます」
 孝明たちは長に促されるまま、その液体を飲み干した。甘みと苦味に加えて、少々酸味があった。おそらくは酒の類だろう。子供に飲ませて良いものではないかもしれないが、俊太も気にせず飲んでいた。
 老人も同じ液体を口にした。全員が飲んだのを確認し、老人が口を開く。重々しい声が孝明の耳に届いた。
「さて、旅人たちよ。これで言葉は通じますかな?」
「えっ? どうして……」
 孝明は耳を疑った。漆黒の肌を持つ異国の老人の唇から出てきたのは、明瞭な日本語だったのだ。
「はっはっは、さぞ驚いたでしょう。いきなり私たちの言葉がわかるようになって」
「私たちの言葉? でも、それって日本語じゃないんですか」
「ニホンゴというのか、あなたたちの言葉は。だが、私があなたたちの言葉を話せるわけではありません。いま私たちが飲んだ酒の効き目で、こうして話ができるようになったのです」
「酒のせい? そんな馬鹿な……」
 信じられなかった。ただ酒を飲んだだけで、異なる言語を扱う者たちが意思の疎通を行えるようになったのだ。戸惑う孝明たちを、老人は面白そうに眺めた。
「これは我がクビカエ族に伝わる、魂の酒でしてな。これを共に飲んだ者たちは魂が繋がり、いろいろなことがわかるようになるのです」
「魂の酒?」
「そうです。何しろ、我々は格好も言葉も、考えもまるで違いますからな。ひょっとしたらあなたがたが私たちに仇なすものかもわかりませぬ。そこでこの酒を飲めば、お互いの言葉や考えていることが朧にわかるというわけです。大丈夫、もうわかりました。あなたがたは我々の敵ではありません」
 老人の説明はある程度は納得のいくものだったが、それにしても、このような不思議な酒がこの世に存在することが孝明にとっては驚きだった。やはり妖精の里に迷い込んでしまったのかと思った。
「どうやら、道に迷ってお困りのご様子。どうぞ、今日はここでゆっくりなさって下さい。何もない村ですが、長としてあなたがたを歓迎いたしますぞ、異国の方々」
「は、はい……どうもありがとうございます。それじゃ皆、今日はここに泊まらせてもらうぞ」
「ええ、ありがたいお話だわ。今日は歩きすぎて、足が棒になりそうだったから」
「でも大丈夫かな。僕たち、食べられたりしない?」
「こら、俊太っ! 滅多なこと言わないの。すみません、この子が失礼を……」
「ほっほっほっほ……いえいえ、構いませんぞ。大丈夫じゃよ、坊や。私たちは人喰い人種ではないからのう」
 目を細めて俊太を見つめる村長。彼の話によると、この村の住人は昔ながらの狩猟や牧畜、原始的な農業によって日々の糧を得ているらしい。この国にはそうした部族がたくさんあり、それぞれ独自の文化や風習を持っているという。
「中にはそこの坊やが言うような人喰い部族もありますが、我々は違います。どうか安心してこの村でお休み下さい。寝る場所はこの家が広くてよろしいでしょう。その他、お望みがあれば何でもおっしゃって下さい。できる限りのことを致します」
 こうして、孝明たちは村長の厚意に甘えて、クビカエ族の村で一夜を過ごすことになった。不慣れな異国の地で難儀していた一行にとっては、まさに救いの手が差し伸べられたも同然だった。
「いやあ、助かったな。親切な人たちで本当によかったよ」
「そうね、あなた。でもクビカエ族って、変わった名前ね」
 そんな会話を交わしながら、孝明の両親は用意された寝床で休んでいた。孝明も横になろうとしたが、俊太が急に元気になって外に出たいと言い出した。
「ねえ、お兄ちゃん。僕、この村の中を見てきたいんだけど」
「駄目だ。皆は疲れてるんだから、お前もここで寝てろ。夜になったら晩飯を出してくれるそうだから、それまで大人しくしてるんだ。絶対に一人で出歩くなよ」
「やだよ、お外に出たいー。お兄ちゃんもついて来てよー」
「駄目だ、駄目だ」
 孝明は弟の我がままを許さなかったが、ふと先ほどの少女の顔が頭をよぎった。困っていた自分たちをこの村へと導いてくれた、クビカエ族の少女。あの少女に礼を言わなくてはならないと思った。
(それに、あの子の名前、まだ聞いてなかったな。せっかくだから会いに行くか……)
 孝明は両親の許可をもらい、弟を連れて村長の家を出た。しぶしぶ弟についていくふりをしたが、内心はあの少女のことで頭がいっぱいだった。
 歩いていると、何人かの女とすれ違う。男の姿も皆無ではないが、狩りにでも出かけているのか、女の方が圧倒的に多い。いずれもあの少女と同じく素裸で、体の各所に派手な刺青を施していた。
 しばらくして、あの少女と再会した。孝明の目の前にやってきてにこりと微笑むその姿は、非常に可憐だった。
「大丈夫? 言葉、わかる?」
 少女は孝明に訊ねた。
「あ……わかる。君の言葉がわかるよ」
「嬉しい。私、あなた、気にしてた」
 あの不思議な酒を飲んだ今、孝明は少女の言葉を理解できるようになっていた。しかし村長とは異なり、大雑把にしかわからない。この少女が直接あの酒を飲んだわけではないからだろうか。それでも、こうして話が通じるというのは、非常に嬉しいことだった。
「助けてくれてありがとう。君がこの村に呼んでくれなかったら、俺たち、今ごろまだ森の中をさまよってたよ」
「よかった。私、旅人、初めて。名前、何?」
「俺は孝明って言うんだ。こいつは弟の俊太。君は?」
「私、ララ。よろしく、タカアキ、シュンタ」
「ララっていうのか……よろしくね」
「僕は俊太。五年三組の一番だよ! よろしくね、お姉ちゃん!」
 三人がそれぞれ自己紹介をしていると、もう一人、村の入り口で会った女が近寄ってきた。背丈と乳房の大きさは、この村の女の中では一番のようだった。男子高校生として標準の体型の孝明と比較しても、やや長身である。
「お前ら、今日、泊まる?」
「うん……村長さんが泊まってってもいいって」
「あたし、リンディエ。よろしく」
「よろしくね、リンディエさん」
 孝明はリンディエと名乗る部族の女に右手を差し出したが、この村に握手の習慣はないようだった。怪訝な顔で孝明の右手を眺めるララとリンディエに、敏明は文化の違いを実感した。
「ねえ、ねえ。この村、どんな生活してるの? 服を着ないで大丈夫? その体の落書き、皆書かないといけないの?」
 俊太は子供らしく好奇心旺盛で、二人の女に次々に質問を浴びせかけた。孝明は弟の無礼を咎めたが、リンディエは異国の少年に興味をそそられたようだ。微笑して孝明の傍らにしゃがみ込むと、その体を軽々と抱き上げた。
「よし、わかった。あたし、お前、案内する。来い」
「え、いいの? やったー!」
「お、おい。俊太……」
 俊太はリンディエに抱えられ、民家の中へと入っていった。孝明もあとを追おうと思ったが、ララに話しかけられると、ついそちらを優先させてしまう。結局、「晩飯までに戻ってこいよ」と俊太に厳命し、ララとの会話を楽しむことにした。
「タカアキ、歳、いくつ?」
「俺は高校二年生の十七歳。ララは?」
「私、十七。タカアキ、同じ」
「へえ、同じ歳なんだ。普段、ここではどんなことをしてるの?」
「木の実、とる。豚、飼う。水、くむ」
「すごく働き者だね。学校には行ってないの?」
「学校、ない。学校、行かない」
「この村、女の人が多いね。男の人はどこかに出かけてるの?」
「村、男、少ない。女、多い」
「ふーん、そうなのか……」
 太い木の切り株に腰を下ろし、異国の娘と言葉を交わす孝明。すぐ隣に同い年の少女が裸で座っているのが、彼にはまだ信じられなかった。
 時おり、誘惑に負けてララの身体に目をやってしまう。濃いコーヒーの色をした少女の肢体はよく引き締まっていて、野生の肉食動物のようだった。それなのに乳房はよく膨らみ、黒い先端がつんと上向いている。体中に彫られた刺青には、おそらく呪術的な意味があるのだろう。
 至近から男の視線を浴びても、ララに恥らう様子はなかった。この村ではひとに裸体を見られたからといって、誰も気にすることはないのだ。
 気がつくと、ララも孝明を見つめ返していた。少女の澄んだ瞳に自分自身の顔が映っているのが見えた。じっとこちらの目をのぞき込んでくる少女に、まるで心の中まで見られているような錯覚を覚えた。
「ど、どうした、ララ?」
「タカアキ、いい。気に入った」
「え?」
 ララの発言の真意をつかみかねて、孝明は聞き返す。ララは嬉しそうな顔で笑うと、木の切り株から立ち上がった。その表情は、欲しかった玩具を手に入れた子供のように無邪気だった。

 日が暮れる頃、孝明は俊太を連れて村長の家に戻った。孝明がララとの会話に興じている間、俊太はリンディエの家でクビカエ族の生活を見せてもらっていたという。
「リンディエさん、僕にすっごく親切にしてくれたよ。高い木にのぼって木の実を取るところを見せてくれたし、それからその木の実やお芋を食べさせてもらったんだ」
「そうか、そりゃよかったな。日本に帰ったら友達に話してやるといい」
 ララもリンディエも村長も、この村の住人は皆が親切で、突然やってきた異邦人を心から歓迎してくれているようだった。豊かでこそないかもしれないが、素朴でとてもいい村だと孝明は思った。
 村長の家で休息していた両親は、無事に戻ってきた孝明たちに、間もなく食事の時間らしいと告げた。
「何でも、今夜は俺たちのためにちょっとした宴会を開いてくれるそうだ。ありがたい話だよ」
「そうね、あなた。道に迷ったのは大変だったけど、こんなにいい村に滞在できるなんて思わなかったわ」
「宴会か……楽しみだな」
 四人が客間で待っていると、先ほど村長の隣にいた童女がやってきて、外に来てほしいと言った。どうやら、宴会は外でするらしい。
「ああ、わかった。いま行くよ。えーと、君……名前は?」
 訊ねると、エクアという答えが返ってきた。村長の孫娘で、今年で十歳になるのだという。村の外からやってきた孝明たちを前にして、少し緊張しているようだが、その素直な態度から悪意は微塵も感じなかった。
「エクアちゃんっていうのか。ありがとう」
 エクアに礼を言って、孝明は外に出た。エクアに案内されて一行が向かったのは村の広場だった。そこでは盛んに木が燃やされ、その火の周りで村人たちが太鼓を叩いたり、踊ったりしていた。
「わあっ、キャンプファイヤーだ。すごーい」
 俊太が小学生らしい感想を漏らした。口に出しこそしなかったが、孝明も同感だった。日の光も電灯もない闇の中で赤々と輝く炎は、得体の知れない興奮をもたらす。奇声をあげて踊っている村人たちが、本当に楽しそうに見えた。
「お客人の席はこちらです。さあ、どうぞお座り下さい。今宵はあなた方が主役ですからな」
 村長が孝明たちを迎え、自分の隣席に招いてくれた。辺りには穀物で作ったパイや酒の壷、丸焼きにされた豚などが並べられ、本格的な酒宴が始まろうとしていた。
「すみません。私たちのために、こんなにまでしていただいて……」
「いえ、いいのです。この村に客が来るのは滅多にないことですからな。こうして宴を開いて歓迎するのが礼儀なのです。誰か、客人がたに酒をお持ちしなさい」
「わかった」
 村長に呼ばれて孝明たちの前に現れたのは、ララとリンディエだった。他に二、三人の女が一緒になって、酒の入った杯をうやうやしく運んでくる。赤い炎に照らされたララの裸体を目にして、孝明の胸が高鳴った。
「タカアキ、酒、飲む」
「あ、ああ……ありがとう」
 礼を言って杯を受け取り、溢れんばかりに注がれた白い液体を飲み干す。未成年の孝明は酒の味をまったく知らなかったが、この酒は決して不味いとは思わなかった。飲み終わるといい気分になって、もっと味わいたくなった。
「う、旨い……」
「旨い、タカアキ。もっと、飲む」
 ララが酒の壷を持って、新たな一杯を注いでくれる。それも一気に飲み干した。骨つきの肉にかぶりついたのち、また一杯。三杯も飲み終える頃には酔いが回り始め、体がかあっと熱くなっていた。
「ああ、いい気分だ……」
「タカアキ、楽しい。私、楽しい」
 ララは孝明の隣に座り、酌と給仕を務めていた。裸の美少女を隣に侍らせ、孝明は酒と肉を堪能する。日本では決してできない体験だった。極楽にいるような気分だった。
 周囲に目を向けると、孝明の家族も丁重にもてなされていた。両親は酒を味わいながら長との会話に興じていた。俊太はリンディエの膝の上に座らされ、赤面しながら果物を食べさせてもらっていた。村人たちは炎の周りで歌ったり踊ったりで、皆が笑顔だった。
(よかった。この国に来てよかった……)
 道に迷って難儀はしたが、そのおかげで今、このような素晴らしい村で歓待を受けている。この村で過ごす一夜は、おそらく孝明にとって一生忘れられない貴重な思い出になるに違いなかった。
「ララ、俺、この村が気に入ったよ。明日になったら帰らなくちゃいけないけど、絶対にまた来るよ」
 真っ赤な顔で孝明が言うと、ララも酒を飲んで微笑した。
「タカアキ、村、好き。私、村、好き。一緒」
「ああ、一緒だな。俺とララは一緒だ」
「嬉しい。私、頼み、ある」
 何杯目かわからない酒を孝明の杯に注ぎながら、ララは言った。酒が入っているからか、少女の黒い瞳から熱を感じた。
「頼み? なんだ、頼みって」
「村、男、少ない。タカアキ、いる、欲しい」
 先ほど話した内容を、ララは再び口にした。言葉がおぼろげにしか通じないためはっきりとはわからないが、どうやら孝明にこの村に残ってほしいと言っているようだった。
「私、タカアキ、一緒。ずっと、村、暮らす」
「ああ、気持ちは嬉しいけど……俺はただの旅行者だからな。ずっとここにいるわけにはいかないよ。日本に帰らないと」
 孝明が断ると、ララは心底残念そうな表情を見せた。
「タカアキ、帰る。私、悲しい」
「ごめん。でも、またこの村に来る。約束するよ」
「私、悲しい。タカアキ、男、欲しい」
 ララは身を乗り出し、孝明の股間に手を伸ばしてきた。ジーンズの上から孝明の急所をまさぐる。硬くなりはじめた一物を撫で回され、孝明は慌てた。
「わっ! な、何するんだ、ララ」
 抗議の声をあげても、ララは孝明の体を触るのをやめない。それどころか酒杯を投げ出し、孝明の腕に柔らかな乳房を押しつけてきた。
「タカアキ、帰る、仕方ない。でも、タカアキ、男。私、女。せめて、取り替える」
「取り替えるって何だよ、取り替えるって。ああっ、そんなところを触るな」
 すぐそばに家族がいるというのに、同い年の少女に裸で迫られている。孝明は狼狽して家族に目をやったが、女に言い寄られているのは同じだった。父の孝彦には幼いエクアと二人の村娘が、弟の俊太には大柄なリンディエが密着して、それぞれこのうえない好意を示していた。
 当然、母の由美子はおかんむりだ。
「あ、あなたっ。そんな若い子たちにまとわりつかれて、鼻の下を伸ばさないで下さいなっ」
「まあ、いいじゃないか。今夜は無礼講だ。わははは……」
 孝彦は上機嫌で妻をなだめた。日頃は由美子が怒ると恐れ畏まる孝彦だが、酒が入って気が大きくなっているのだろう。由美子の言葉に耳を貸す様子はなかった。
 有頂天になった父の姿に、孝明はにやりとした。今は酒のせいでああして大笑いしていられるが、明日になればさぞ大変だろう。テレビに映った女優を褒めるだけで機嫌を悪くする由美子のことだから、ひょっとすると家庭の危機を招くかもしれない。
 両親を見守る孝明にも、ララという美しい花が微笑みかけていた。
「タカアキ……」
「ララ……」
「ララ、男、欲しい。代わり、タカアキ、女、やる」
「そ、それって、つまり……ララを好きにしていいってことか?」
 半ばアルコールに支配された孝明の脳は、ララの言葉を都合よく解釈した。すなわち、この少女を自分の思い通りにしてよいのだと。
(この村、男が足りないって言ってたな。つまり、俺が帰る前に……ってことか?)
 孝明の問いに、ララは頬を赤くしてうなずいた。
「私、体、やる。だから、体、欲しい。明日、タカアキ、帰る。今日、する」
「ひ、ひと晩だけの関係か……そんなことしていいのかな」
 孝明はララの体に目をやった。スレンダーな肢体はところどころ丸みを帯び、少女から女へと変わりはじめていた。乳房は充分な大きさで前に張り出し、下を見れば生い茂った陰毛の奥に女の入り口が確認できた。
 この魅力的な体を、自分の好きにしていい。そう言われて、健康的な男子高校生が我慢できるわけはなかった。まして、酒が入っているとあってはなおさらだ。
「わかった。ララの言うとおりにするよ。でも皆に見られてると恥ずかしいから、どこか二人っきりになれる場所はないか?」
 孝明の返事に、ララの表情がぱっと明るくなった。
「嬉しい。タカアキ、ありがとう」
 そして、大声で村長に言った。「タカアキ、いい。大丈夫」
「おお、それはよかった。これで、この村も安泰じゃ」
 長は見事な顎ひげをいじり、目を細めた。「感謝しますぞ、タカアキどの。お父上も弟ぎみも了承して下さいましてな」
「え、何の話ですか?」
「では、さっそく儀式を始めるとしようか」
 長の合図を受け、何人かの村人たちがあわただしく立ち上がった。何でも、これから「儀式」なる行事をおこなうらしい。何やら大ごとになりそうな気配を感じて、孝明は困惑した。
「あ、あの、できたらララと二人っきりになりたいんですが。それに、儀式って何ですか?」
「儀式、する。私、体、やる。タカアキ、体、もらう」
 答えたのはララだった。
「なんだ、やっぱりエッチなことをするんじゃないか。儀式って大げさな……」
 まさか、衆人環視の中でララと結ばれることになるのだろうか。ここには孝明の両親や弟もいるというのに、そんなことは不可能だった。不穏な想像に孝明が動揺していると、広場の中央に村長が立った。
「それでは、今からクビカエの儀式を始める。皆、よく見ておくように」
 長の宣言に、村人たちが歓声をあげた。太鼓が激しく鳴らされ、何人かの男女が再び炎を囲んで踊り始めた。
「いったい何が始まるんだ?」
 孝明は不安な顔で村長を見つめた。既に酔いは醒めていた。広場の中央にはベッドほどの大きさの石造りの祭壇が設けられ、その上に壷やら首飾りやらの道具が置かれていた。
 儀式とはいったい何なのか。まさか自分たちを食べるわけでもあるまいが……と考え込んでいると、ララが孝明の手をとった。
「タカアキ、来る。儀式、始める」
「あ、ああ……でも、儀式って何をするんだ? 念のため訊いとくけど、俺たちを食べたりしないよな」
「この村、人、食べない。大丈夫」
「それならいいんだけども……」
 ララに付き添われて、孝明は祭壇のそばに立った。隣には父の孝彦と弟の俊太の姿があった。二人とも、わけがわからないといった表情だった。母の由美子は少し離れたところから家族を見ていた。まだ機嫌が直っていないらしい。
 三人の日本人が並んでいるのを見て、村長は満足げな笑みを浮かべた。
「では、始めるか。シュンタどの、こちらへ」
「シュンタ、来い」
 リンディエが俊太の手を引いて、祭壇の上にあがった。俊太は抵抗らしい抵抗もせず、素直に従った。どうやら、子供なりにリンディエに好意を持っているようだ。
「二人とも、仰向けになって寝転ぶのだ。そして目を閉じよ」
「こう? こうすればいいの」
 長の言うとおり、俊太は横になって目を閉じる。長の手に鈍い光沢を持った刃が握られているのを見て、孝明ははっとした。
「おい! 俊太に何をするんだっ !?」
「大丈夫。タカアキ、安心する」
 孝明は弟のもとに駆け寄ろうとしたが、ララに腕をつかまれ動けない。誰も止める者はいなかった。長の腕が勢いよく振り下ろされ、俊太の首が胴体を離れた。
「俊太っ !? 俊太ぁっ!」
「きゃあああっ !?」
 あがった悲鳴は由美子のものだった。孝彦の顔も真っ青になっていた。
(俊太が……殺された?)
 長の腕に俊太の生首が収まっているのを、孝明は確かに見た。なぜか出血こそしていないが、首を斬られて生きていられるはずはない。孝明のたった一人の弟は、今、彼の目の前で命を奪われたのだった。
「俊太、俊太ぁっ! お、お前ら、なんてことを……!」
「落ち着きなされ、タカアキどの。あなたの弟ぎみは死んではおらぬ。これは儀式じゃからな」
 物いわぬ少年の生首を片手に、長は孝明に言った。そして、今度はリンディエに刃を振り下ろした。女の首がごろんと転がった。
「何のつもりだ? 俊太だけじゃなく、リンディエも殺すなんて。神への生け贄にでもするのか」
「あいにく、我らの精霊は殺生を好まんでな。生け贄など必要ないのだ。これは我が村に古くから伝わる『クビカエの儀式』なのじゃよ」
 長は祭壇の上に俊太の首を丁寧に置き、代わりにリンディエの首を持ち上げた。そして、その切り口に壷の中の液体を塗りたくった。その後、リンディエの生首は、頭部を失った俊太の胴体にあてがわれた。
「いったい何をするつもりなんだよ。俊太を、俊太を返してくれ……」
「さあ、見るがよい。精霊の力を!」
 長が何やらつぶやくと、見る間に変化が起こった。肉の境目が淡い光を放つと、首を斬られたはずの俊太の体がむくりと起き上がったのだ。孝明は息をのんだ。
「な…… !?」
「うむ、成功だ。気分はどうだ、リンディエ」
 長に問われ、俊太の体の上に載った女の首がにやりと笑った。
「うん、大丈夫。ちゃんとくっついてるわよ。ほら」
「ど、どうなってるんだ。俊太の体にリンディエの首が……」
 孝明は仰天した。半袖のTシャツと短パンを身に着けた日本人の小学生の体を、クビカエ族の女の頭部が動かしているのだ。首を斬られて死んだのが嘘のように元気だった。
「ほら、ご覧になったかな? これがクビカエの儀式じゃ。我らはこうして首を切り落とすことで、頭を他人の頭と取り替えることができるのじゃよ」
「そ、そんな……信じられない」
 孝明は我が目を疑ったが、確かに俊太の肢体とリンディエの頭部は融合し、一人の人間になってしまった。黒い肌の長髪の女の顔と、きゃしゃな黄色人種の少年の体という奇怪な外見が、孝明たちを混乱させた。
 目を白黒させる孝明をよそに、長は俊太の頭部を手に取った。俊太の顔は、ただ眠っているかのように安らかだった。
「信じられないというのなら、もう一度お見せしよう。ほら、しっかりとご覧なさい」
 長は俊太の首の切り口に壷の液体を塗り、首無しのリンディエの体に合わせた。念仏とも呪文ともつかない言葉を口にすると、またも接合部がきらめき、色の異なる肉と肉が一つになった。
「ん……あれ? 僕、どうしたの?」
 俊太は目を開け、祭壇の上で起き上がった。小学五年生の男児の顔の下に、艶かしいボディラインを誇る女の肢体が繋がっていた。首から上の淡褐色と、首から下のコーヒー色の肌の色が対照的だった。
「俊太、お前……その体は……」
「え? 僕の体……ええっ !? な、何これっ!」
 重力に負けてやや下を向いた見事な乳房を手のひらにとり、俊太は驚愕した。黒く大きな乳輪を持ったその乳は、俊太のものになっていた。乳房だけではない。長い手足も、左右に大きく張り出した尻も、全身を飾る刺青も、今や俊太の体の一部なのだ。俊太の体の首から下は、クビカエ族の女、リンディエのものになってしまったのだった。
「ほっほっほ……よくお似合いですぞ、シュンタ殿」
「こ、これ、僕のおっぱいなの !? それに、この体の色……僕、どうなっちゃったの?」
 慌てふためく俊太の前に出て行ったのは、彼と頭部を交換したリンディエだった。
「ふふふ……シュンタ、あなたはあたしと体を取り替えたのよ。ほら、あたしの姿を見なさい。この服も肌の色も、見覚えがあるでしょう? これはあなたの体なの」
「お、お姉ちゃん? どうしてそんなに背が低くなってるの。それに、どうしてそんな格好をしてるの……」
 俊太の声は震えていた。無理もない。体の変化は明らかだった。先ほどまで見上げていたはずのリンディエを、今の俊太は見下ろしていた。
「驚いたでしょう? これがクビカエの儀式よ。儀式であたしとあなたの首を切り落として取り替えたの。だから、今はあたしがシュンタの体になって、シュンタがあたしの体になってるの。あたし達、お互いの体を交換したのよ」
 妖艶な笑みを浮かべて、リンディエは自分が着ている衣類を脱ぎ出した。子供用の下着の中から現れたのは、皮を被った小さな男性器だった。
「ああ、これがあたしのおちんちん……あたし、本当に男になってるんだ。ドキドキするわ」
 興奮して顔を赤くしたリンディエの下で、俊太のものだったペニスはむくむくと立ち上がる。今や自分のものになった牡の生殖器を撫で回し、リンディエは舌なめずりをした。
「や、やめてよう、お姉ちゃん。それ、僕の体なんでしょ」
 俊太は恥ずかしさのあまり半泣きになって、リンディエの体を押さえ込んだ。その姿は、若い女が聞き分けのない少年を押さえつけているようにしか見えない。今や俊太が若い女で、リンディエが少年だった。
「俊太が……巨乳のお姉さんになってしまった」
 呆然とした様子で、孝彦がつぶやいた。向こうでは由美子が倒れていた。あまりにも現実離れした光景を見せつけられて、失神してしまったのだ。
「なんでこんなことをするんだ。俊太とリンディエの体を取り替えて、いったい何の意味があるっていうんだ……」
 うなだれる孝明に、ララが言う。
「村、男、少ない。男、女、取り替える。タカアキ、女、なる。明日、帰る」
「つまり……女たちの体を俺たちのと取り替えて、俺たちの体だけをここに置いていけっていうことか。それで、俺たちはクビカエ族の女の体になって日本に帰る……」
「そう。体、取り替える。タカアキ、帰る。村、助かる」
「なんだよ、それは……おかしいよ、こんなの。まるで信じられない」
 人間の首と首とを取り替える、クビカエ族の儀式。常軌を逸した事態を目の当たりにして、孝明は頭がおかしくなってしまいそうだった。
「さあ、落ち着いたところで儀式を再開しよう。お次はあなたの番ですぞ、タカヒコどの」
「ええっ !?」
 名を呼ばれて、孝彦は絶叫した。長が怪訝な顔をした。
「いかがなさいました? 先ほど、仰ったではありませんか。この村のために、村の女と体を取り替えて下さると」
「い、言ってない! そんなこと言ってない!」
 孝彦は必死で首を振ったが、おそらく酒に酔った末に、そうと受け取られる返事をしたのだろう。長たちの紛らわしい表現も誤解の一因だった。
「いいえ、確かに聞きましたぞ。皆、タカヒコどのを祭壇へお連れするのだ」
「い、いやだあっ。助けてくれえええ……」
 孝彦は抵抗したが、日頃たいした運動をしていない平凡なサラリーマンが、屈強なクビカエ族に敵うはずもない。黒い肌の女たちに取り囲まれて、たちまち祭壇に上げられてしまった。
「さあ、しっかり押さえておくんじゃぞ。それっ!」
「ぎゃあああっ!」
 悲鳴があがり、孝彦の首が落ちた。長が手にした魔性の刃物は、人間の首など簡単に切り落としてしまうのだ。
「と、父さん……!」
 孝明が戦慄する中、孝彦の頭部はクビカエ族の女のそれとすげ替えられてしまう。相手は村長の孫娘のエクアだった。あどけない顔をした少女の首がはねられ、まだ第二次性徴が始まったばかりの胴体に、眼鏡をかけた中年男の頭部が繋ぎ合わされる。全てが終わってようやく目を覚ました孝彦は、自らの変わり果てた身体を見下ろして震え上がった。
「な、なんだ、この体は。俺、女の子になってるのか?」
「ありがとう、タカヒコさん。あなたの体、大切にします」
 孝彦の首が載ったエクアの体を、エクアの首が載った孝彦の体が見下ろしていた。か細い少女の体になってしまった孝彦は、心底絶望したようにがっくりと肩を落とした。
「信じられん……俺の、俺の体を返してくれ」
「ダメよ、約束は守らないと。ああ、これが男の人の体……」
「ほっほっほ……よく似合っておるぞ、エクア。思っていたよりもたくましいわい」
「そう? そうだったらいいんだけど」
 首から下が日本人男性の体になったクビカエ族の少女は、慣れない様子で自分が着ているワイシャツやズボンを脱ぎ捨てると、だらりと垂れ下がった己の陰茎に目を落とした。
「これがあたしのおちんちんね。あたし、本当に男になってるんだ。やったあ!」
「く、狂ってる……」
 孝明はそう言うしかなかった。目の前の出来事が全て夢であればいいのにと思った。だが、いくらそう思い込もうとしても、現実はやはり現実でしかなかった。
「さあ、タカアキ殿。最後はあなたの番です」
「お、俺まで女にされるのか……」
 村人たちに取り囲まれ、孝明は自らの運命を悟った。もはや逃れるすべはない。自分も父や弟たちと同じく首を落とされ、クビカエ族の女の体にされてしまうのだ。
「タカアキ、男。私、女。取り替える」
 目の前に立った少女が、孝明に笑いかけた。まるで森の妖精を思わせる、素裸の美しい少女。ララという名のその娘に、孝明は力なく微笑みかえした。
(俺、女の体になるのか? でもララの体だったら、いいかな……)
 そう思ってしまうのは、自分も狂気に侵されてしまったからかもしれない。孝明はララの細い手をとった。
「わかったよ。もう逃げられないしな。ひと思いにやってくれ」
 そう言って自ら祭壇に上がると、ララと並んで寝転がった。長の手にした刃が鈍い光を放ち、彼の恐怖を煽る。孝明は目を閉じ、ララの手を強く握った。温かくて柔らかい手だった。
 そして、次の瞬間、その手の感触が消え去った。


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