翌朝、目を覚ました浩太は、体に奇妙な違和感を覚えた。 「ふわあああ……あれ、声が変だな。ああ、そういえば……」 肩にかかる長い黒髪と、男物のパジャマが大きすぎる華奢な己の体を見て、昨日のことを思い出した。昨日手に入れたTORIKAカード……あらゆるものを他人と交換できる不思議なカードの効果によって、今の浩太は自分の体を別人のものと交換していたのだった。机の上の鏡を見ると、たれ目の若い女の顔が映っていた。それは昨日出会った美穂の顔だった。大人しくて優しい三つ年上の女子大生の美穂の肉体を、浩太は手に入れたのだ。 「俺、美穂さんの体になってたんだな。こうして見ると、やっぱり可愛いなあ。美穂さんを俺んちに連れて帰れなかったのは残念だけど、体だけはお持ち帰りできたから、まあよしとするか。それに、女の体でいろいろ楽しめたしな……ふふふ」 昨夜のことを思い返すと、鏡の中の美穂の顔が紅潮し、鼻の穴が広がった。体を交換したのをいいことに、浩太は美穂の体をじっくりと観察し、性感帯を調べたのだった。異性との交際経験のない浩太には、あまりにも刺激的な体験だった。 「浩太、起きなさい。朝ご飯ができてるわよ」 階下から母の声が聞こえた。浩太は頭を掻きながら、パジャマ姿でダイニングへと向かった。父は既に朝食の席につき、時おりテレビに視線をやりつつ新聞を読んでいた。 「なんだ、浩太、まだ着替えてないのか。だらしのないやつだな」 「ああ、うん。後でちゃんと着替えるって」 「お前ももう年頃の女の子になったんだから、もっときちんとしなさい。昨日までとは違うんだぞ」 「ああ……なるほど。そういう反応になるのか。なるほどなるほど」 浩太は合点した。あのカードの効果による交換は、周囲にとってはそれが当たり前として扱われるのだ。たとえ体を他人と交換しようが、誰もその事実を深く考えようとはしない。「縁もゆかりもない女性と体を交換した」と聞けば、大事な一人息子が女性になるのを当たり前のこととして認識してしまうのだ。 (今更だけど、やっぱりすごいカードだ。もっといろんなことを試してみよう) 皿の上の焼き魚を口に運び、浩太は次の計画を練る。いったい誰と何を交換したものだろうか。体? 人間関係? TORIKAカードを用いる姿を頭の中でイメージするだけで、自分がこれまでになく高揚していくのがわかった。 「ほら、浩太、さっさと食べなさい。遅刻するわよ」 「うるさいなあ……ちょっと静かにしてよ」 「なに、その言いぐさは。時間がないって言ってるでしょう。いいから早くしなさい。だいたいあなたはいつもいい加減で、だらしがないのよ。昨日だって、うちにご飯を食べに来た女の人から鍵を借りて返さなかったそうじゃない。まったくもう……」 語気を強める母を前に、浩太はうんざりした気分になった。こんなに面白い玩具が手に入ったというのに、邪魔されるのは不愉快だった。 (うるさいなあ……そうだ、いいことを思いついたぞ) 食事を済ませ、浩太はカードを手にして母に言った。 「母さん、お願い。名前と立場を俺と交換してよ」 「ええ、いいわよ。交換してあげる。今から私が浩太で、あなたが久美子よ」 母は急に笑顔になると、着けていたエプロンを外した。TORIKAカードの効果で立場を交換したのだ。 「浩太になったんだから、これからは私が浩太の学校に行かないとね。ちょっと着替えてくるわ」 「ぐずぐずするなよ、浩太」 ダイニングを後にする母の背中に、父がそう言ってやった。今から母の久美子が浩太になり、浩太が母の久美子として周囲に認識されるのだ。うまくいったと、浩太はほくそ笑んだ。 (母さんと立場を交換すれば、学校に行かなくていいからな。ナイスアイディアだ) 母は専業主婦で、昼間も基本的に家にいる。その母と立場を交換したということは、浩太が主婦として周囲から見なされるということだ。形のないものでさえ簡単に取り換えられるカードの魔力に、浩太は惚れ惚れした。 「じゃあ行ってくるよ、母さん」 「え? あ、そうか。俺が母さんになってるのか。はいはい、いってらっしゃい、父さん」 母の代わりに父を送り出すと、男物のブレザーを着た母が二階から下りてきた。サイズはだいぶ大きいはずだが、気にする余裕はないらしい。 「やべー、遅刻しちまうよ。じゃあ母さん、いってきます」 ご丁寧なことに言葉づかいまで浩太と同じにして、彼女は慌ただしく家を出ていった。その滑稽な姿に、浩太は笑いを抑えられなかった。 「あはははは……なんだ、ありゃ。面白すぎる」 腹を抱えてひとしきり笑う浩太。ようやく笑いが収まると、リビングのソファに体を投げ出して、これから何をすべきか考えることにした。 (さーて、どうするかな。今の俺は、体は美穂さんで、立場はうちの母さんなんだよな。せっかくだからどこかに出かけて、このカードをもっと試してみたいもんだけど……どこに行くかな) 何にせよ、寝間着姿では外出できない。浩太は着替えることにした。昨日着ていた美穂の服は洗濯されてしまったため、仕方なく自分のシャツとジーンズを身に着けた。男物ゆえサイズは大きいが、この際やむを得ない。下着は嫌々ながら、母のものを借りた。 「金は美穂さんの財布にたっぷり入ってたし、時間もある。今日はいくらでも遊べそうだぞ」 ひとり言を口にしながら、浩太は外に出た。もちろん、あの赤いカードは忘れることなく持っていく。 春の空は天頂まで突き抜けるように青く、雲一つなかった。出かけるには絶好の天候だ。家の前の通りを、女子大生の集団が楽しげに話しつつ歩いていくのが見える。 浩太と体を交換した美穂がその中にいないだろうかと探したが、あいにくと見つからなかった。しかし、いくら魔性のカードの効果で体を交換したとはいえ、男の体になった美穂が女子大に通えるものだろうか? まあ、やはりそこはカードの力がどうにかしてくれるのかもしれないが。 「とりあえず、この体に合う服を調達するか。すみませーん」 浩太は近くを歩いていた女子大生に話しかけた。やや小柄で、美穂と似たような体格の女だ。美穂と比べると、やや釣り目で化粧が濃い。髪の色も明るく、指先を彩る原色のネイルがけばけばしい。 「私ですか?」 「はい、あなたです。俺と服を交換して下さい。あと下着と、ソックスも」 カードを見せて頼むと、女子大生は浩太の要望を快く承諾し、その場で服を脱ぎ始めた。往来の真ん中で若い女が服を脱ぎだしても、誰も気に留めない。TORIKAカードの力が働いているのだ。 「はい、どうぞ。交換しましょう」 「いやあ、助かります」 女子大生の一糸まとわぬ姿に鼻の下を伸ばしながら、浩太も着ていた服を脱ぎ捨てた。代わりに女子大生から受け取ったカットソーやジーンズ、下着を身に着ける。自分の体ではないとはいえ、すぐ近くを人々が行きかう中、着替えをするのは抵抗があった。TORIKAカードの魔力を信じていればこその行動だった。 「どうもありがとうございました。それじゃ、俺はこれで」 女子大生が男物のシャツや中年向けの下着を身に着けるのを見届けることなく、浩太はその場をあとにした。 これで浩太は服も、金も、時間も確保したことになる。行動の自由を得た彼は、これからどこへ行くべきかを考えた。 (美穂さんの体になってるわけだし、彼女の大学に行ってみるか? でも、今の俺は母さんの立場になってるんだよな。その辺、周りからはどう認識されてるんだろう……) 検証してもよかったが、残念ながら件の女子大とは反対側の方向に来てしまった。浩太は考えなしに歩いたことを、少しばかり後悔した。周囲は閑静な住宅地で、ランドセルを背負った登校途中の子供たちが歩いていた。そう言えば、坂の上に学校があることを思い出した。 「あっちは小学校か。俺が通っていたのは別の学校だったから、ここはよく知らないな。せっかくだからのぞいてみるか」 美穂の姿の浩太は、子供たちに交じって坂を上がっていった。目当ての小学校の校門の前に、教諭らしい女が立って、登校してきた児童たちに挨拶していた。赤いジャージを着た、若いショートカットの女だった。 「おはようございます」 浩太が挨拶すると、教諭の女も頭を下げた。「おはようございます」 「変なことを聞きますが、俺、何歳くらいに見えますか?」 「え? 年齢……ですか」 突拍子のない質問を投げかけられ、女は戸惑った。不審な人物だと思ったかもしれない。 「失礼でなければ、二十歳くらいに見えますけど」それでも女は迷った末に答えてくれた。 「そうですよね。でも俺、高校生の子供がいる専業主婦なんです。立場を交換したもので」 「そうでしたか。たしかに言われてみると三十代後半くらいな気もしますけど、でもやっぱり二十歳くらいに見えますね」 立場交換の事実を告げられ、認識を改める教諭。おそらくは、カードの力が相手の認識に干渉しているのだろう。立場が替わっても人からどう見えるかは変わらないと判断してよさそうだ。つまり、今の浩太は他人からは美穂の姿に見えるのだ。 「俺、四丁目の主婦で久美子っていいます。先生、お名前は?」 「私は茜です。申し訳ありませんが、そろそろ授業が始まる時間ですので、これで失礼します」 茜と名乗った女は、それで会話を打ち切って離れようとした。明らかに怪しい人物を前にして警戒しているのだろう。そんな茜に、浩太はあのカードを見せてやった。 「茜先生、すみませんけど、名前と立場を交換してもらえませんか」 「ええ、構いませんよ。交換しましょう」 突然、茜は笑顔になって、浩太の前に戻ってきた。「私は四丁目の専業主婦、久美子になったらいいんですね?」 「はい、そうです。代わりに俺が茜先生になります。先生、担当のクラスは?」 「二年二組です。どうかうちのクラスをよろしくお願いします、茜先生」 そう言うと、茜は外に出て浩太の家の方に向かっていった。言われたとおり、この瞬間からは茜が久美子の代わりに浩太の母親を務めるのだろう。といっても、今は久美子が浩太の立場になっているため、四十近い息子(女)と二十代の母親という家族関係になる。それが誰からも当たり前として認識されるのが、このカードの恐ろしいところだった。 「よし、これで大手を振って校内に入れるな。小学校なんて卒業してから一度も来てないや」 浩太は長い髪をなびかせ、子供たちと共に校舎へと向かった。道行く児童たちが皆、美穂の姿をした浩太のことを「茜先生」と呼んで挨拶してくる。実に愉快だった。 「俺が小学校の先生か。面白いなあ」 茜に教えられた通り、二年二組の教室を目指す。教室に足を踏み入れると、席に着いた児童たちが「おはようございます」と挨拶してきた。 「おはよう、皆。立場を交換したんで、今日から俺が茜先生だ。よろしく」 「はーい」 カードの魔力が作用し、無垢な児童たちの認識をすり替える。これで、皆が浩太を茜と認めたことになる。 「早速だが、一時間目は自習にする。教室の外には出ず、頑張って勉強してくれ」 子供たちは喜んで返事をした。茜の立場を手に入れたとはいえ、浩太は別に教師の真似事がしたいわけではない。単に小学校に入っても怪しまれないようにするためだ。ついでに、この子供たちでTORIKAカードの実験ができたらなおいい。 「さて、またカードを使って遊ぶとするか。でも、何を試そうかな……」 教諭の席に座り、TORIKAカードをもてあそぶ浩太。子供たちと何かを取り換えようにも、彼らは大人と違って金も権限も持っておらず、そんな彼らと身体や立場を交換してはあとあと動きにくくなる。それに、浩太は美穂の体が気に入っていて、この美しい女体を誰とも取り替える気はなかった。 (自分と相手の間で交換したいものがないなら、他人同士の間では交換させられないかな?) ふと、そんなことを思いついたので、さっそく試してみることにした。できないならできないで、他のことを試すまでだ。 「えーと、そうだな……そこの男の子と、そこの女の子。前に出てきてくれ」 二人の児童は浩太に呼ばれて、教室の前に出てきた。「名前はなんていうの?」 「俺はハヤト」 「あたし、カナです」 ハヤトと名乗る男児は、髪を短く刈り上げた半袖半ズボンの格好で、腕白そうな少年だ。一方、カナは黄色のタンクトップに赤いスカートをはき、やや長めの髪を後頭部の高い位置で束ねていた。こちらも元気で快活な女の子だった。 「君たちに頼みがあるんだが、お互いに体を交換してくれないか?」 「カナと? うん、いいぜ。交換すっか」 「あたしもいいよ。ハヤトとカラダを交換するー」 期待した通りの反応が返ってきて、浩太はにやりとした。カードの力が作用しているのだ。 二人の児童は並んで教壇に座ると、目を閉じて口から白い煙を吐き出した。浩太が美穂と体を交換したときと、まったく同じ現象だった。 ハヤトの口から出てきた煙は美穂の体の中にもぐり込み、入れ替わりに美穂の口から出てきた煙はハヤトの口に吸い込まれていく。教室の皆が見守る中、二人は目を開けた。 「うまくいったか? どれどれ……」カナは自分がはいているスカートの裾を乱暴にまくり上げ、苺模様のショーツをさらけ出した。「うん、やっぱり俺、カナになってる」 対するハヤトも、己の半ズボンの中に手を突っ込み、そこにあるものを触って確かめていた。「あたしも、ちゃんとハヤトになってるよー」 「おお、うまくいったか。すごいな……」 自分が体験した超常現象をもう一度目の当たりにして、浩太は満足していた。このカードを使えば、身体を交換することも、立場を交換することも自由自在だ。気を良くした浩太は、他にも試してみたいと思った。 「二人とも、ありがとう。席に戻っていいぞ」 「はーい」 担任教諭である浩太に命じられ、ハヤトとカナは自分の席に戻っていった。体が入れ替わったため、ハヤトの姿をした男児がカナの席に座り、カナの姿をした女児がハヤトの席につく。苺模様のショーツが見えるのを気にもせず大股開きで座るハヤトに、周りのクラスメイトたちは目が離せない様子だった。 「じゃあ、次は……そこのピンクのリボンの女の子と、そっちのぽっちゃりした女の子。前に来なさい」 浩太は別の児童を呼んだ。片方はブランドもののお洒落なワンピースを着た細身の女子で、長い髪をピンクのリボンで左右に束ねていた。整った顔立ちをしていて愛嬌もある。もう一人は腹が大きく突き出した、肥満気味の女子児童だった。 「ピンクのリボンの君、君はとっても可愛い顔をしてるね。名前は?」 「私はエリカです。バレエが好きで、バレエスクールに通ってます」 はきはきと答えるしっかりした態度は、とても八歳の子供とは思えなかった。聞けば、ファッションカタログのキッズモデルをしているのだという。親も教育熱心で、女優やファッションモデルを目指して日頃から厳しく躾けられているそうだ。浩太はあまりその類の話に詳しくはなかったが、素人目にもエリカは可愛らしいと思った。 そのあと、浩太はもう一方の女子に視線を向けた。「君、名前は?」 「あたしはヒロコ。でも、皆はブー子って呼ぶんです。あたしはイジメだと思うんですけど」 (その体型じゃ、そう呼ばれるのも仕方ないな……) 小柄なエリカと並ぶことで、ヒロコの重量感はより強調されていた。この歳でこれほど丸々と肥え太るとは、いったいどんな生活をしているのかと浩太は訝しんだ。顔の造作もお世辞にも整っているとは言えず、分厚いタラコ唇が巨体と合わさって迫力満点だった。 「ちょっと訊きたいんだけど、ブー子ちゃんは自分のこと、可愛いって思う?」 浩太が問うと、ブー子は少し考えて答えた。 「まあ、普通かな」 「おいおい、マジかよ。じゃあ、このエリカちゃんと比べたら、どっちが可愛い?」 「そりゃあエリカだよ。皆、エリカは可愛いって言うもん」 「そうだね、エリカちゃんは可愛いね。そこでお願いだけど、君たち、お互いの顔を取り換えっこしてくれないかな?」 浩太がカードを見せると、エリカとブー子はにっこり笑ってうなずいた。 「はい、わかりました。私、ブー子ちゃんとお顔を交換します」 「いいわよ。あたし、エリカと顔を交換してあげる」 (よしよし。果たして、どうなるか……) 浩太は息をのんで、向かい合った二人の女児を見つめた。カードの効き目を確かめるための、新たな実験だ。 先に動いたのはエリカだった。自分の細い顎を指でつまむと、ぐいと力を入れて上に引っ張る。粘着テープを無理やり剥がすような不快な音がして、エリカの顔の肉が少しずつめくれていった。映画俳優が特殊メイクのマスクを脱ぎ捨てるのにも似た、グロテスクな光景だった。やがて、エリカの顔は額の上まで全て剥がれ、薄いマスクと化してしまった。 「へえ、そうするのか。ちょっとグロいな」 浩太はエリカの顔面をのぞき込んだ。可憐な顔があったはずの頭部前面には、もはや目も、鼻も、口もなかった。ただ肉の色をした平らな表面があるだけだった。本来あるべき鼻や口の管腔も見受けられない。この状態で果たして呼吸ができるのだろうか。 顔のないエリカは、剥ぎ取った自分の顔を、ハンカチでも扱うように両手で広げた。将来が期待される幼い美貌が、細い指の先に無表情でぶら下がっていた。 同様の行為を、エリカと相対するブー子もおこなっていた。ブー子も自分の肉づきのいい顎をつかんで皮膚をめくり、顔を頭部から豪快に引き剥がしていた。 「なるほど、なるほど。どっちものっぺらぼうになっちゃったか。すごいなあ」 感嘆の声をあげる浩太の前で、エリカは剥がれた自分の顔を、無造作にブー子に差し出した。そして、代わりにブー子の醜い顔を受け取ると、ためらいもなくその顔を己の頭部に押し当てた。肥大したブー子の顔の肉がうねり、エリカの顔面と結合していく。そうして、ブー子の顔は完全にエリカの頭に貼りついてしまった。 「先生、どうですか? 私、ちゃんとできましたか」 エリカの澄んだ声が、分厚い唇の隙間から漏れ出てきた。キッズモデルの少女の顔は、クラスメイトの肥満児のそれに変わり果てていた。見るも無残なありさまだった。 「こっちも終わったわ。どう?」 という声にブー子を見やると、こちらもすっかり別人になっていた。薄く可憐な唇に、すらりと通った鼻筋、そしてつぶらな瞳……エリカの繊細な造作が、ブー子の顔に備わっていた。もっとも、小顔のパーツが肥大した輪郭とバランスがとれていないので、こちらも非常に現実離れした風貌である。痩せさえすれば、充分に美少女として通用しそうではあったが。 世にも不細工なキッズモデルと、輝くような美貌の肥満児。浩太に言われるがままお互いの顔を交換した二人は、見つめ合ってはにかんだ。 「ブー子ちゃんのお顔、とっても可愛いです」 「エリカもその顔、よく似合ってるじゃない。あたしはそっちの方がいいと思うな」 二人の様子を観察していた浩太もうなずく。「うん、なかなか面白かった。二人とも、もう戻っていいよ」 エリカとブー子は席に戻った。他の子供たちは悲鳴をあげるでもなく、すっかり別人になった二人を笑顔で眺めていた。 「人間の顔まで取り換えられるなんて、このカードは本当にすごいな。使えば使うほど、そのすごさを実感するよ」 浩太は教卓にもたれかかり、赤いカードを眺めて嘆息した。これは次から次へと驚きの現象を起こす魔法のカードだと、改めて思った。 今は自習時間内だが、教室内が騒がしくなりつつあった。通常の教諭なら騒ぐ児童を叱りつけるところだが、教育者でも何でもない浩太にはそのつもりはない。次は何をしようかと悪巧みのことばかり考えていた。 すると、うるさくなった教室に疑問を抱いたのか、隣のクラスの教諭がやってきた。年の頃は三十前後、白いブラウスに緑のスカートをはいた、ショートヘアの女性教諭だ。豊満な体つきで、細い眼鏡の向こうから冷たい視線を浩太に送る。 「茜先生、何かありましたか? 随分と騒がしいようですけど」 「あ、いや、何にもないですけど……あなた、お名前は?」 「は? 私は京子ですけど、何を今さら……」 「京子先生、ですか。わかりました。おーい、君、ちょっと立ってくれないか」 教諭の名前を聞き出した浩太は、たまたま目の前に座っていた男子児童に声をかけた。半袖のシャツにデニムパンツを身に着けた彼を呼びつけ、京子の前に立たせた。 「先生、なんですか」 「うん、大したことじゃないんだが、君、名前は?」 「大河」 「大河か。よし、大河君、君にお願いがあるんだ。あと、京子先生にも」 怪訝な顔をする京子と大河に、浩太は赤いカードを示した。 「二人とも、お互いの体を交換してくれませんか? ただし、首から下だけ」 「ええ、わかったわ。大河君と体を交換してあげる」 「俺も、京子先生と体を交換するー」 二人は笑って答えると、それぞれ自分の首に両手をかけた。 (さてと、どうするのかな……) 浩太は興味津々の表情で観察を始めた。期待した変化はすぐに始まった。 京子が自分の首にあてがった手を持ち上げると、音もなくその首が体から外れてしまった。奇想天外な現象だった。SFに出てくる容易に首が外れる人型ロボットか、神話に登場する首無し騎士……デュラハンを見ているかのようだった。 自らの頭部を手に持つと、京子はその頭を目の前の大河に差し出した。首が無くとも体が動く。まったく不可思議な光景だった。京子の首がついていた部位には肌色の切断面がのぞいていたが、そこからはいささかの出血も見られなかった。先ほどのエリカやブー子のときと同じ、滑らかな肉の円があるだけだった。服飾売り場のマネキン人形を思わせる姿だが、マネキンにしては生気に溢れていた。 己の首を外したのは京子だけではなかった。大河もやはり同じ仕草で自分の生首を持ち上げ、頭と胴体とを分離させていた。大勢の子供たちが視線を送る中、首のない二人はそれぞれ自分の首を相手に差し出し、取り換えた。 大河の頭部を受け取った京子の体は、そうすることがさも当たり前のように男児の頭を自分の首に載せた。すると、接触した部分の肉がうねり、境の線が見る間に消えてしまう。京子の体と大河の頭、異なる人間のパーツが融合して一つになった。 「よし、オッケー。うまくいったぜ。へへっ」 大河は目を開けると、その場でくるりと回ってみせた。男児の幼い顔の下に、ブラウスとスカートを身に着けた女教諭の豊満な体があった。京子の肉体の首から下の部分が、残らず大河の所有物になっていた。 「こっちも大丈夫よ。ちゃんと動くわ、この体」 そう言ったのは京子だった。その服装は白い半袖シャツと男子用のデニムパンツに変わっていた。身長は一メートルと少し。大人の体になった今の大河と比較すると、五十センチは低くなっていた。 大河と京子。互いの頭部を交換し、首から下の身体を取り換えた二人は、視線を合わせて微笑みあった。 「サンキュ、先生。この体、今から俺が使わせてもらうぜ」 「こちらこそ、ありがとう。大河君の体、大事にするわ」 肉体交換を無事に終えると、京子は怒鳴りこんできたことも忘れて、隣の自分の教室へと戻っていった。隣のクラスの児童はさぞ驚くだろうが、「体を交換した」と言えば、カードの力によって皆が納得するに違いなかった。 一方、首から下が女性教諭の体になった大河も、混乱を招くでもなくクラスメイトたちにあっさり受け入れられている。男子も女子も、誰も今の大河の外見を気持ち悪いとは言わなかった。 「大河、おっぱいでけーな。触らせろよー」 「いいぜ、ほれ。あっ、な、なんか変な気持ち……おっぱいって、こんななんだ」 「大河、どんなパンツはいてんだ? 見せろよ。おー、真っ黒じゃん。スケベー」 「あっ、こら! スカートめくんな。パンツもずらすんじゃねえっ!」 男児たちに寄ってたかって玩具にされる大河の姿が、浩太は愉快で仕方なかった。このカードさえあれば、「体の首から下だけを交換しろ」と荒唐無稽な命令を発しても、即座に実行されるのだ。説明書に書いてあったとおり、交換できないものはない。双方が持っているものであれば、魂でも、立場でも、体の一部でも取り換えられる。魔法としか思えなかった。 今の自分は魔法を操る偉大な魔術師のようなものだ。全てが思い通りになるというのはこれほどまでに楽しいことなのか。浩太は心の中で高笑いをあげ続けた。 続きを読む 前の話に戻る 一覧に戻る |