TORIKAカードでいこう 1

 夕方、学校から帰った浩太に母が話しかけてきた。
「浩太、郵便よ」母の手には、飾り気のない包装がされた小さな包みがあった。
「郵便? 何それ」
「何って、あなた宛の荷物じゃない。どうせ、またくだらないオモチャでも買ったんでしょ。あまり無駄遣いしちゃダメよ」
 母は包みを浩太の手に押しつけた。包みの表には、確かに浩太への届け物であると書かれている。最近、彼はインターネットの通販でゲームや音楽、映画のディスクを注文することがしばしばあったが、今回の品は頼んだ覚えがないものだった。
「あれ、こんなの頼んだっけ? うーん……何だろう」
「何でもいいから、早く着替えてきなさい。今、お茶を淹れてあげるから」
「うん、わかったよ」
 二階の自室にあがり、制服を着替えるよりも先に荷物を開けた。中身のほとんどは包装用の紙で、全てはぎ取ると赤いカードが出てきた。
「何だろう、これ。俺、何か申し込んだか?」
 銀行か、レンタルビデオ店か、もしくは通信教育の会員カードだろうか。そういった情報を示すものは何も書かれておらず、ただ表面に「TORIKA」というアルファベットが大きく印刷されていた。企業や商品のロゴにしては、今まで聞いたことのない名前だった。
「TORIKAカード? 何だこりゃ」
 ふと、包みの中に小さく折り畳まれた紙が同封されているのが目に入った。これを見ればきっと事情がのみ込めるだろうと手に取る。そこにはこう書いてあった。
「おめでとうございます! あなたは当社が開発した新商品『TORIKAカード』のモニターに選ばれました。このカードは他人とあらゆるものを交換することができます。使い方はとても簡単! 交換してほしい人にこのカードを見せ、交換してほしい旨を伝えるだけです。これで、欲しいものは何でも手に入れることができます……」
 文章はまだ続いていたが、浩太はそこで読むのをやめた。意味を理解しかねたのだ。
「なんだよ、これ。バカバカしい……交換するだって? ただ頼むだけで何でも貰えるわけないだろう。新手の詐欺か?」
 手の込んだ悪戯だと思い、紙を机の上に放り出した。
「まさか、これを受け取ったからって金を請求されたりしないだろうな……」最近、ニュースで頻繁に流れる架空請求の報道を思い起こす。これまで通販を利用して詐欺の被害に遭ったことはなかったが、とうとう悪意を持つ反社会的な人物に目をつけられてしまったのかもしれない。
「浩太、早く降りてきなさい」一階の母から再び呼ばれ、浩太は部屋を出た。
「あら、まだ着替えてないの? まあいいわ。お茶が入ったからおやつにしましょう」
 食卓の上で紅茶が湯気を立てていた。茶菓子は浩太の好きなチョコレートケーキだ。
「お、うまそう。いただきまーす!」
「ところで、さっきの荷物は何だったの? またゲームでも買ったんでしょう」
 チョコレートクリームがたっぷりと染み込んだスポンジケーキに舌鼓を打っていると、母が訊ねてきた。浩太は返事をする代わりに、先ほどの赤いカードを見せてやった。
「よくわからないけど、カードが一枚入ってただけさ。まったく身に覚えがないけど、何かの会員証かも」
「あら、ゲームかと思ったけど、会員証? しかも身に覚えがないって大丈夫なの。まさか詐欺に引っかかってるってわけじゃないでしょうね」
「さすが親子、考えることは同じか。まあ、大丈夫だと思うよ」
 答えた浩太は、テーブルの上の買い物袋に目を留めた。袋の口から麦酒の缶がのぞいていた。
「あ、それ、ビール?」
「ええ、そうよ。お父さんと飲もうと思って、買ってきたの。今日のはちょっぴり高いやつ。贅沢しちゃった」
 母も父も酒豪ではないが、夕食に酒を添えることがあった。ときどき飲みたくなるものらしい。まだ子供の浩太には理解が難しい楽しみだ。
「いいなあ。俺も飲みたい」
 浩太は無理を承知で言った。酒が旨そうに見えたからではなく、大人がしていることを自分もしてみたいと思ったのだ。
「駄目よ、子供のくせに」
 思ったとおりの返答だった。浩太の母には頑固なところがあり、一度決めたことがらを撤回することはほとんど期待できない。「息子に酒を飲ませることはしない」というのは昔からの方針だった。
「ちぇっ、やっぱり」
浩太は紅茶のカップを手に取ってぼやく。「こんなお茶なんかいらないからさ。そのお酒と取り替えてくれたらいいのに」
 何気なく口にした言葉だった。ところが、返ってきたのは予想もしない反応だった。
「ええ、いいわよ。交換してあげる」
「え?」
 驚く浩太の前に、買い物袋から取り出された缶ビールがどんと置かれた。代わりに、紅茶のカップが下げられてしまう。
「え、えっと……母さん、どうしたの?」
「どうしたのって、何の話?」
「ひょっとして怒ってる? 俺がお茶なんかいらないって言ったから……」
 浩太の頬に汗が滴った。せっかく淹れてくれたお茶をいらないと言ってしまったのだ。自分の発言で母が機嫌を損ねたのだとしか解釈できなかった。
 しかし、母は怒った素振りも見せずにきょとんとしていた。
「どうして私が怒らなきゃいけないの? ひょっとしてあなた、私が怒るようなこと、何かしでかしたの?」
「え? いや、その……してないです」
 いきなり噛み合わなくなった会話に、浩太は少なからず動揺した。慎重に母の表情をうかがい、怒気が含まれていないかを必死で確認する。何がどうなっているのかわからないが、とにかく母は怒ってはいないようだ。日頃、息子が飲むことを決して許さないアルコールを乞われるがまま与え、それでいて怒っているわけでもない。浩太の理解の範疇を超える事態だった。
「それで、このお酒、どうしようか?」
「どうしようかって、飲みなさいよ。せっかく取り替えてあげたんだから」
「う、うん……飲んでも、いいんだよね」
 さも当然のように飲酒を許可する母の変貌ぶりに、浩太はただ戸惑うしかない。真面目な性格の母がふざけているとは思えなかった。何かいいことでもあったのだろうか。
 おそるおそる、浩太は差し出された缶を開けた。ぬるい麦酒をひと口含み、その苦さに舌を出した。
「あー、マズい。ダメだ、飲めない。母さん、もういいよ」
「飲めないの? しょうのない子ね」
 母は呆れた様子で缶ビールを受け取ると、自分のグラスに氷を入れてビールを注いだ。まだ夕食前だというのに、一杯やるつもりのようだった。
(一体どうなってるんだ?)
 チョコレートケーキで口直しをしながら、浩太はこの些細な事件の原因を考える。いつもと異なる奇妙な振る舞いを見せる母、その原因として思い当たるのはただ一つだった。
(母さんがおかしくなった原因は……まさか)
 浩太はテーブルの上に置かれたカードを見つめた。直感で、このカードが関係しているような気がしたのだ。TORIKAカードと呼ばれる真っ赤なカード。見たことも聞いたこともない品だった。
(TORIKAカード……このカードを見せて交換してくれって言えば、相手は何でも取り替えてくれるって書いてたな。もしかして、あれは本当のことなのか?)
 あんな怪しい説明文の内容など、とうてい信じられるものではない。だが、ひょっとしてという思いがあった。
(よし、もう一回試してみよう。母さんと何かを交換してもらうんだ。それも、絶対に取り替えてもらえないようなものを……)
 浩太はカードを手に取り、顔を上げた。
 母は食卓を挟んで浩太と向かい合わせの席に座り、ビールを飲みながらテレビを見ていた。画面の中ではバラエティ番組の司会者が雛壇に並んだ芸能人と軽快なトークを繰り広げている。
「母さん、お願いがあるんだけど」
「あら、改まって何?」
「えーと、そうだな……靴下だ。俺と靴下を交換してもらえないかな?」
 と言って、母にカードを見せた。突拍子もない思いつきだった。もちろんこんな珍妙な申し出、普段の母であれば断られるに決まっている。ひょっとしたら叱られてしまうかもしれない。
 しかし、結果は驚くべきものだった。母は怒るでもなく、「いいわよ。交換してあげる」と答えた。座ったままで無造作に靴下を脱ぎ、それを浩太に差し出してきた。
「はい、どうぞ。あんたも脱ぎなさい」
「え? あ、ああ……わかった」
 予想外の展開に浩太は一瞬、我を忘れた。はっと気がついて自分の靴下を脱ぎ、母に手渡す。母は息子の靴下を受け取ると、ためらいもせずそれを身につけた。サイズが大きすぎてぶかぶかだが、確かに母は浩太の靴下をはいていた。「最近、あんたの靴や靴下が臭くなったわね。そんなところまでお父さんに似なくてもいいのに」と呆れる母の姿からすれば、絶対に考えられない行為だった。
(す、すげえ。信じられない……)
 自分がひどく興奮しているのがわかった。このカードの効き目は本物なのだろうか。本物だとしたら、いったい何ができるのか。浩太は慌てて自室へ戻り、先ほど放り出した説明書を握りしめた。
「このカードは他人とあらゆるものを交換することができます」
 先刻は気にも留めなかったうたい文句が、今は輝いて見えた。わき上がる興奮を抑えて続きを読むと、いくつかの注意事項が書かれていた。
「このカードで既に交換したものであっても、何度でも交換することが可能です」
「このカードで交換できるものは、持ち物だけに限りません。体の一部や名前、人間関係といったあらゆる概念が対象に含まれます。熟慮のうえご使用下さい。このカードでものを交換した結果、お客様に損害が生じた場合、当社は責任を負いかねます」
「なお、いずれか一方が持っていないものを交換することはできません。ご注意下さい」
 時おり理解に苦しむ記述が見受けられたが、何度も読み直して大まかに内容を把握した。
「TORIKAカードか……本当に、何でも交換できるのかな? 母さん以外でも試してみないと」
 善は急げと私服に着替え、浩太は家を飛び出した。既に日は暮れ、いつもなら夕食を待つ時間だったが、そんなことはどうでもよかった。誰が相手でもいいから早くこのカードを使ってみたかった。

(さて、誰と何を交換しようか……)
 TORIKAカードをもてあそびながら暗い路上を歩いていると、道の向こうから若い女が歩いてきた。近くにある女子大の学生のようだった。長い黒髪を肩に垂らし、大人しそうな顔つきをした小柄な女性だ。明るい桃色のワンピースを着て、紺のカーディガンを羽織っている。
(あの人だったら、失敗しても大丈夫かもしれないな。さっそく試してみよう)
 カードの力は母親相手に検証したが、浩太の勘違いだったということもありうる。もし全てが間違いで、浩太が手にしているのがただの磁気カードだとしたら、これから恥をかいてしまうかもしれない。いや、恥をかくだけならまだしも、変質者扱いされたら……心臓の鼓動が速まるのを感じつつ、浩太は女子大生に近寄った。汗が頬を伝い、ごくりと唾を飲み込んだ。
「あ、あの、すみません」
「はい、何でしょう」
 女子大生は浩太を見た。瞳にわずかに警戒の色が見て取れた。浩太は相手にカードを見せ、用意していた台詞を口にした。
「実は、お願いがあるんですが……えっと、怒らないで下さいよ。俺とハンカチを交換してくれませんか?」
「ええ、いいですよ」
 女子大生は急に笑顔になると、提げていたバッグの中から白いハンカチを取り出した。いかにも清潔そうなそれを浩太に手渡し、代わりに浩太が差し出した皺だらけの紺のタオルハンカチを受け取った。とても初対面の人間にはできない不可思議な振る舞いだった。
 女子大生から貰ったハンカチをしげしげと眺め、浩太は心の中で歓声をあげた。所望したものを何でも交換できるTORIKAカードの力。その力をまざまざと思い知らされ、興奮が収まらなかった。縁にレースをあしらった女ものの白いハンカチは、浩太が渡した安物の数十倍の値がつきそうだ。
「ありがとうございます。俺、めちゃくちゃ嬉しいです!」
「いいえ、どういたしまして」
「ついでに、他のものも交換してもらっていいですか?」
 調子に乗った浩太は、別のものも取り替えてみることにした。「そうですね……俺と財布を交換して下さい」
「ええ、いいですよ」
 女子大生は人のいい笑みを浮かべ、バッグから革の財布を取り出した。いかにも女性らしい、ピンク色の洒落たデザインだ。
「はい、どうぞ」
 ごく自然な様子で、女子大生は自分の財布を惜しげもなく浩太に差し出した。浩太はそれを受け取り、代わりに自分のズボンのポケットに入っていた、ボロボロの財布を女子大生に渡した。あらかじめ中身は抜いてある空っぽの財布なので、失っても問題はない。
「ありがとうございます。他には、えーと……携帯電話も交換してもらっていいですか? 俺の、型落ちのガラケーなんで」
「ええ、いいですよ。交換しましょう」
 浩太の厚かましい申し出を、彼女は次々と受け入れる。最新機種のスマートフォンが、可愛らしいケースつきで浩太に渡された。いくら母にねだっても買ってもらえなかった品が、あまりにも簡単に手に入ったことに浩太は喜びを隠せない。試しに本体横のボタンを押してみると、個人認証のロック画面が表示された。
「あ、ロックがかかってますね。パスワードを入力すればいいんですか?」
「ええ、そうです。パスワードは……」
 女子大生は用心の欠片もなく浩太にパスワードを教え、個人情報の塊である携帯電話をいとも容易く手放した。信じられないことだった。やはり、このTORIKAカードの効果は本物なのだと確信した。
「やった、やったぞ。すごい……でも、スマホを貰ったのはいいけど、どうやって使えばいいんだ? こんな最新機種、使ったことがないからなあ……」
「よかったら、使い方をお教えしましょうか。もとは私のものですから詳しいですよ」
 女はにこにこして、浩太のものになったスマートフォンをのぞき込む。TORIKAカードに操られているからというよりは、もともと優しい気質なのだと思われた。清楚な恰好といい上品な持ち物といい、育ちのいいお嬢様なのかもしれない。
 渡りに船とばかりに、浩太は彼女を近くの喫茶店に連れて行った。家族以外の女と二人きりで喫茶店に入るのは初めてだった。
「そう言えば、まだ名前を聞いてませんでしたね。俺、浩太っていいます。お姉さんのお名前は?」
「美穂です。そこにある大学の、文学部の二年生。浩太さんはおいくつですか?」
「高二です。美穂さんっていうんだ……」
 浩太は美穂と名乗った女子大生を観察した。最初に声をかけたときは意識しなかったが、よく見たら美穂はなかなかの美人だった。年上で私服だからか、浩太のクラスの女子よりも華やかな印象を受ける。
「美穂でいいです。じゃあ、その携帯の説明をしますね、浩太君」
「あ、はい……」
 返事こそしたものの、浩太の意識は欲しがっていたスマートフォンではなく、美穂の方へといってしまっていた。異性と交際した経験のない浩太には、刺激が強すぎたのかもしれない。頼んだコーヒーにも口をつけず、美穂の方ばかり見ていた。
「ええと、このアプリは……もう、聞いてるんですか、浩太君?」
「えっ、あ……はい、すいません……」
 ろくに話も聞かず注意を受けていると、美穂のバッグの中から電子音が流れ出した。浩太が持ってきた携帯電話が、美穂のバッグの中で鳴っていたのだ。
「あら、誰かしら……もしもし?」
 通話を始めた美穂は、二言、三言交わすと、携帯電話を浩太に差し出した。「浩太君に電話です。お母様から」
「え? あ……すみません。そうか、携帯を交換したから……」
 自宅にいる母が電話をかけてくるとしたら、交換したばかりのスマートフォンにではなく、家から持ってきた携帯電話の方にかけるに決まっている。浩太は納得して電話を替わった。
「もしもし、母さん?」
「浩太、あなた今どこにいるの? もう晩ご飯だから早く帰ってきなさい。父さんもとっくに帰ってきて待ってるわよ」
「いけない。もうそんな時間か」
 TORIKAカードを使って様々なことを試してみるつもりだったが、美穂との会話でだいぶ時間を使ってしまっていた。もう帰らなくてはならない。
「しょうがない、すぐに帰る。それと俺の携帯、ひとの物と交換したから、今度からはそっちにかけてくるようにしてくれないかな」
「ええ、わかったわ。新しい携帯の番号を教えてちょうだい」
 大事な携帯電話を交換したと知らされても、母に驚いた様子はなかった。あのカードで交換したものは、誰にも驚かれたり怪しまれたりしないのだと説明書に書いてあった。浩太は母にスマートフォンの番号を告げ、通話を終えた。
「美穂さん、ありがとうございました」
「どういたしまして。そう言えば携帯を交換したんだから、アドレス帳も取り替えないといけませんね。キャリアは同じだから、これから一緒にショップに持ち込んで替えてもらいましょうか」
「そう言えばそうですね。でも、もう帰らないといけないし……」
 個人情報の詰まった携帯電話を取り替えるというのは、浩太が思っていた以上に時間と手間を要するのだ。だが、今の浩太に美穂の言う通りにする時間はない。早く帰って夕食をとれと言われたのだ。
「うーん、どうしようかな……そうだ!」
 奇抜なアイディアが浩太の脳裏に浮かび上がった。店内を見回し、一人の女に狙いを定めた。黒いスーツを着て眼鏡をかけた、OL風の成人女性だ。
(たしか、説明書には物以外でも交換できるって書いてたはず……)
「あの、すみません」浩太は女に話しかけた。「折り入ってお話があるんですが」
 女はじろりと浩太を見た。「あなた、何?」
 とても友好的とは言えない態度だった。会ったこともない怪しい少年に話しかけられたのだから、無理もない。
 そんな女に、浩太はTORIKAカードを見せた。「すみませんが、今日の晩ご飯を交換してくれませんか」
 すると、女の態度が一変した。「ええ、いいわよ。交換してあげる」
(よかった、うまくいった。こんなものでも交換できるんだな)
 浩太は安堵した。「えーと、俺、これから自分の家で両親とご飯を食べなくちゃいけないんです。だから、それを替わってほしいなって……」
「ええ、いいわよ。私があなたの代わりにあなたのお宅に行って、あなたのご家族とご飯を食べたらいいのね」
「はい、そうです。お願いします」
「わかったわ。私はひとり暮らしであまりご飯を食べないから、私の家に行って棚や冷蔵庫の中の物を適当に食べておいて。住所を教えてあげるから、そっちも教えてちょうだい」
「はい。あ、家の鍵も貸していただけるんですか?」
 OLに言われるがまま互いの住所を書きとめつつ、浩太は興奮するばかりだった。
(これから食べる晩ご飯なんてものも交換できるんだ。すごい……まるで魔法みたいだ)
 喫茶店の照明を浴びてきらきら光る赤いカードが、浩太には夢の世界へのチケットのように思えた。これがあれば、今まで想像さえしなかった不思議な体験ができる。浩太は、自分が本当に夢を見ているのではないかとさえ疑った。
 互いの住所を交換し、浩太はOLと別れた。あの眼鏡のOLはこれから浩太の家に行き、浩太の母が作った夕食を食べるのだ。母は仰天するだろうか。知らない人間の家で食べる手料理というのは、どんな味がするのだろうか。そんな些末なことを考えながら、浩太は美穂のところに戻った。
「お待たせしました、美穂さん。さあ、行きましょうか」
「ええ、わかりました。でも、その前に……浩太君、お金を持ってませんか? 実は、持ち合わせがなくてここの支払いができなくて……」
 伝票を持った美穂が、ボロボロの財布を開いて困り果てていた。浩太と交換した財布には、何も入っていなかったのだ。正真正銘、所持金ゼロだった。
「そうか。俺の空っぽの財布と交換したから、そりゃそうだな……すみません、俺が払います」
 謝罪すると、美穂は首を横に振った。
「いいえ、謝るのは私の方です。大学生のくせに、高校生の男の子にお金を出させるなんて恥ずかしい……」
「何を言ってるんですか。元はといえば、これは美穂さんの財布じゃないですか」
「元は私のでも、もう交換しちゃったから、その財布は浩太君のものです。本当にごめんなさい」
 泣きそうな顔で謝る美穂を見ていると、浩太はさすがにいたたまれなくなった。それでも図々しいことに、財布やスマートフォンを返そうとはしなかったのだが。
「そういや財布の話ですけど……中に免許証や学生証が入っていましたけど、本当に良かったんですか?」
「はい、大丈夫です。カードの類は再発行してもらえば済みますから」
 あらゆる個人情報を浩太に譲渡しても問題ないと宣言する女子大生。もしこの姿を美穂の両親が見たら卒倒することだろうが、美穂は完全にTORIKAカードに操られていた。あのカードの効力によって「交換する」という目的が絶対となり、あらゆる人間がそれに喜んで服従するのだ。交換した本人はそれを当たり前のことだと思い、一片の違和感さえ覚えない。この世のものとは思えない、恐ろしい魔性の力だった。
(それにしても、なんでこんなカードが俺のところに届いたんだろう? モニターに選ばれたらしいけど、送り主がどこの誰かもわからないんだよなあ……)
 怪しいと言えば怪しすぎるカードだが、とても手放す気にはなれない。既に浩太はTORIKAカードの力に魅了されつつあった。
 喫茶店の支払いを終え、二人は最寄りの携帯電話ショップに向かった。そこで必要な手続きを済ませ、美穂のスマートフォンは名実ともに浩太のものになった。
「本当にありがとうございました、美穂さん」
「いいんです。私はただ交換しただけですから。じゃあ、私はこれで帰りますね」
「え? あ、ああ、そっか。そうですよね……」
 美穂に別れを告げられ、浩太の顔に失望が広がった。美穂とはただ財布や携帯電話を交換しただけで、恋人でも友人でもない。今日初めて会ったばかりの、縁もゆかりもない他人なのだ。用が済めば会話も終わりだとわかってはいるものの、このまま美穂と別れて家に帰るのは、どうしても気が進まなかった。
「美穂さん、もうちょっと俺に付き合ってくれませんか? 良かったら夕食とかショッピングとか、俺と一緒に」
「ごめんなさい。そういうのはちょっと……」
 浩太の誘いを丁重に断る美穂。そんな彼女に、浩太はTORIKAカードを突きつけた。
「お願いです! 俺、美穂さんともっと一緒にいたいんです!」
「そんなことを言われても困ります……」
 カードを見せて頼んでも、美穂は首を縦に振らなかった。浩太は驚いたが、考えてみれば当たり前のことだった。TORIKAカードはお互いの所有物を取り替えるための道具で、無条件で他人を服従させるためのものではない。交換以外の用途には使えないのだ。そうとわかって浩太は焦るばかりだ。
(くそ、どうする? このカードは交換にしか使えない。何か交換して、美穂さんに俺の言うことを聞かせられたらいいんだが。でも、何を交換すれば……服? 家? 名前?)
 考えている間にも、美穂は「失礼します」と頭を下げ、この場から離れていってしまう。いったい何と言えば彼女を引き留められるのか。追い詰められて切羽詰まった末に、浩太は自分でもよくわからないことを叫んだ。
「美穂さん、体っ! 俺と体を交換して下さい!」自分でさえ思いもよらない言葉だった。ほとんど意味不明である。いくら慌てているとはいえ、口をついて出てきたのがこんな言葉とは。
「えっ?」
 美穂は振り返り、浩太が持っている赤いカードを見つめた。そして、再び浩太に近づいてくる。
(馬鹿、俺は何を言ってるんだ。体を交換するなんて、いくら何でもできるわけないだろ)
 混乱するあまり、奇妙な戯言を口走ってしまったことを浩太は恥じた。自分の愚かさが腹立たしかった。下手な誤解を招かなければいいが。
 ところが、浩太の目の前で立ち止まった美穂の返答は予想もしないものだった。
「はい、いいですよ。体を交換しましょう」
「え?」
 綺麗な笑顔を浮かべたかと思うと、いきなり路上に崩れ落ちる美穂。それは、まるで人形の糸が切れたような唐突な倒れ方だった。
「み、美穂さんっ !?」
 浩太は慌てて美穂の細い身体を抱き上げた。耳元で何度も名前を呼ぶが、いくら呼びかけても反応がない。微動だにしないどころか、息をしているようにも見えない。死んでしまったのかとさえ思った。
「美穂さん、美穂さんっ! 目を開けて下さい、美穂さんっ!」
(いったい何だ? 何が起こったんだ)
 取り乱した浩太には、ほんの一瞬の間が無限大にも感じられた。異変が起きたのは数分後……いや、ほんの数秒後だったかもしれない。半開きになっていた美穂の口から、白い煙が湧き出てきたのだ。
(なんだ、これ? 煙草の煙……じゃないよな)
 それまで見ていた限りでは、美穂は煙草を吸っていなかった。また、それは煙草の煙とは明らかに違った。周囲に拡散して消えることなく、まるで生き物のように美穂の顔の近くに留まっている。不思議な煙だった。
「体を空けましたよ。さあ、浩太君もお願いします」
「ええっ?」
 白い煙から声が聞こえてきたような気がして、浩太は困惑した。ただの煙が喋るわけはないが、今の声は聞き間違いでも錯覚でもなかった。まさしく、白い煙が言葉を発していたのだ。
「早くして下さい、浩太君。このままじゃ私の体が死んじゃいます」
「え? ひょっとして……美穂さん?」
 浩太が半信半疑で訊ねると、白い煙の表面に人の顔がかすかに浮かび上がった。その繊細な顔は、紛れもなく美穂のものだった。
「そうです。体を交換するために、魂だけ抜け出してきました。さあ、早く浩太君も魂だけになって、体から抜け出して下さい。そうしないと、私がそっちの体に入れません」
 浩太は大いに戸惑った。肉体から魂が分離するなどという現象が本当に起こりうるのか。自分は夢でも見ているのではないか。今まで幽霊や怪談をまったく信じていなかった浩太にはどうしていいかわからなかったし、美穂と同じことが自分にできるとも思えなかった。
「そんなこと言われても、一体どうしたら……」
「ひょっとして、やり方がわからないんですか? じゃあ、私が教えてあげます」
 煙の表から美穂の顔が消えると、白い煙は浩太の顔にまとわりついてきた。
「うわっ !?」浩太が驚いた次の瞬間、煙はその口の中へと飛び込んだ。
「私が中に入って浩太君の魂を追い出しますから、暴れないで下さい」
 音声ではない声を浩太は聞いた。直接、頭の中に呼びかけられているように感じた。少しずつ五感が失われていき、意識が薄れる。苦痛はなかったが、気持ち悪くて仕方ない。手術前に全身麻酔をかけられるとしたら、こんな感じだろうか。何とも言えない感覚だった。
(こんな変な感覚……俺、どうなっちゃうんだろう?)
 自分の体がどんどん軽くなっていくことに、浩太は恐怖した。体の重みが無くなって、自分が宙に浮いていくような気がしたのだ。そして、それは錯覚ではなかった。
「ふーっ。さあ、吐き出しました。浩太君、どうですか?」
 気がつくと、浩太の目の前に男が立っていた。高校生くらいの短髪の少年だ。
「ええっ !? お、俺 !?」
 世にも奇妙な光景だった。それは浩太自身だった。浩太の前に、もう一人の浩太がいたのだ。浩太と寸分たがわぬ外見を持つ少年は、浩太に微笑みかけた。
「ふふふ、うまくいきましたね。じゃあ、続きを始めましょう」
 違和感を抱かせるその少年の口調に、浩太は覚えがあった。今の今まで会話していた女性のものだ。
「み、美穂さん? 見た目は俺だけど、喋ってるのは美穂さんなのか……?」
「そうです。浩太君の体に入っているのは私の魂です。そして、浩太君の魂は代わりに体の外に出ているんですよ」
「え? お、俺……どうなったんだ? 体が動かない……」
 視覚と聴覚だけはあるが、本来あるべき身体の感覚がまったくない。もちろん体を動かしている自覚もない。金縛りに近い現象かもしれない。
「心配しないで。浩太君は今、魂だけになってるんです。その魂を、これから私の体に移します」
(俺、魂だけになってるのか? さっきの美穂さんみたいに……)
 白い煙と化した美穂を、今の自分の姿に重ね合わせる。これが幽体離脱というものだろうか。呼吸さえしていない現状が恐ろしくなった。このまま自分の体に戻れず、死んでしまうとしたら……。
「浩太君はまだ魂だけで動くことはできないでしょうから、私が手伝ってあげます。ふうーっ!」
「わわっ !?」
 浩太の姿をした美穂が強く息を吹くと、浩太の視界が回転し、意識のない美穂の顔が大写しになった。半分開いたピンク色の唇が目の前にきたかと思った瞬間、浩太の魂は美穂の肉体へと吸い込まれていた。
「う、うう……うん?」
 突然、五感が回復した。目を開けると、見覚えのある少年の顔が間近にあった。自分の背中や肩を彼に支えられているのが確かな感触でわかった。
「浩太君、気がつきましたか?」
「あ、はい……あれ? 俺の声……高い?」
 浩太は答えようとして、自分の声が男のもので無くなっているのを自覚した。目の前にいるもう一人の浩太が美穂のバッグから手鏡を取り出し、浩太に見せつける。鏡には、長い髪の女子大生の顔が映っていた。
「これが……俺? これ、美穂さんの顔じゃないか!」
「ええ、そうです。今の自分の顔を、しっかり見て下さい」
「俺、美穂さんになってる……」
 ようやくはっきりしてきた意識で、何度も確認する。浩太の顔も声も、完全に女のものになっていた。
 視線を下に向けると、自分の服が見渡せる。薄桃色のワンピースの上に紺のカーディガンを羽織った春めいたファッションは、先ほどまでの美穂とまったく同じだった。ワンピースの裾からのぞく脚はすらりと長く、胸元には一対の膨らみが確認できる。男の体ではありえない光景だった。
 間違いない。今の浩太は、美穂の体になっているのだ。「体を交換してほしい」と思いつきで口走った結果がこれだ。
「し、信じられない……俺、美穂さんの体になってるのか」
「はい、そうです。私と浩太君は、体を取り換えっこしたんです」
 浩太の姿で優しい笑顔を浮かべる美穂。中身が浩太であれば絶対に見られない表情だ。それを見て、浩太は本当に互いの肉体が入れ替わってしまったことを悟った。
 魂が肉体から抜け出し、別の肉体に宿る。にわかには信じがたい内容だが、浩太が口に出して願った通りの事態になってしまった。美穂が実は霊能力者だったというならまだ話も多少はわかるが、とてもそうは見えなかった。やはり、TORIKAカードの仕業なのだろう。地面に落ちていた赤いカードを浩太は拾った。
(これも、このカードのせいなのか? 本当に、何でも交換できちゃうんだな……)
 しげしげとTORIKAカードを眺めていると、美穂はバッグを持ち上げ、その中にボロボロの財布と型落ちの携帯電話を入れ、すっくと立ち上がった。
「それじゃ、交換も終わったことですし、私はこれで失礼します。さようなら、浩太さん」
「え? あ、美穂さん……」
 戸惑う浩太を置き去りにして、美穂は今度こそ背を向けて歩み去る。浩太は追いかけようとしたが、不慣れな女ものの靴とワンピースを身に着けているため、とっさに立てない。美穂は浩太と身体を交換したまま、夜の街へと消えてしまった。
「行っちゃった……俺、どうすりゃいいんだ? こんな体じゃ家にも帰れないよ……」
 つぶやいた声も美穂のもの。頭のてっぺんから爪先まで、全身が美穂になった浩太は途方に暮れた。その足元にはケースに入ったスマートフォンと、革の財布が転がっていた。
(体が入れ替わっても、持ち物はそのままなのか? 服は着たままだから体と一緒に入れ替わってるけど)
 そんなことを考えながら道端にへたり込む。彼のものになったスマートフォンが着信のため振動した。画面をのぞき込み、一瞬ためらったあと電話をとる。
「もしもし」
「浩太、あなたいつまで遊んでるの? 早く帰ってきなさい」
 電話をかけてきたのは浩太の母だった。
「か、母さん……そ、それが、その……」
「あら? 浩太の声じゃないわね。あなた、さっき浩太の電話に出た女の子?」
「ち、違うよ。俺、浩太だよ。美穂さんと体を交換して、今は女の子になってて、それで……」
 うろたえた末に、事態を隠そうともせず正直に話した。とても受け入れられそうな内容ではなかったが、意外にも母の反応は穏やかだった。
「そう、女の子と体を交換したの。それはわかったから、早く帰ってきなさい。ご飯はあなたの代わりの人が食べてくれたけど、お風呂にも入らないといけないでしょ」
「え? あ、ああ……わかった。今から帰る」
 戸惑いつつも通話を終えた。一体何が起こっているのか、よくわからない。きっと鏡を見たら、狐につままれたような顔をしていることだろう。
 落ち着いて考えてみると、母の予想外の態度は、やはりTORIKAカードの影響によるものと推測された。「赤の他人と体を交換した」と言われても到底信じられるものではないし、仮に信用したとしても、子供が大事な体を手放したことをきつく叱るのがまともな親というものだろう。ところが、先ほどの母の反応からはそうした常識がいささかも感じられなかった。あの様子では、美穂の体になった浩太が帰宅しても追い出されることはないかもしれない。
「とりあえず帰るか。体はまた美穂さんを捜して交換してもらえばいいし、今はこのカードの効果をもっと調べないとな」
 結局、浩太はひとりで帰宅することに決めた。美穂の口から美穂の声を発し、美穂の脚で立ち上がる浩太。不慣れな靴で歩く姿は、どこからどう見ても美穂そのものだ。道路の曲がり角のミラーを見上げると、髪の長い女子大生が浩太を見つめ返していた。
(かわいい。俺、やっぱり美穂さんになってるんだ)
 自分の体が丸ごと他人のものと取り換えられてしまったことを、改めて実感した。興奮と羞恥が入り混じって頬が赤くなるのを自覚する。ミラーの中の女子大生も赤面し、恥ずかしそうにこちらを見ていた。  気分が高揚していた。美穂を自分の女にすることはできなかったが、美穂の体を自分の所有物にしたのだ。思いもよらない事態だが、これでTORIKAカードの効き目をより深く知ることができた。これは不可能を可能にする魔法のカードだ。工夫次第でもっともっと楽しむことができるだろう。
 弾む足取りで家に帰ると、両親が浩太を待っていた。
「おかえり、随分と遅かったわね。あなたが浩太? 女の子と体を交換してきたって言ってたっけ」
「あ、ああ。体は別の人のだけど……俺、浩太だよ」
 浩太はおどおどしていた。TORIKAカードが効果を発揮しているとはいっても、やはり実の親に今の自分が息子だと認めてもらえないかもしれないと危惧していたのだ。
「ふーん……浩太の新しい体、そんな顔をしてるの。今までの体より、ちょっと年上かしら」
「そこで会った女子大生に、体を交換してもらったから」
「そう、わかったわ」
 それきり、母はその話題に興味を無くしたようだった。「とにかく、早くお風呂に入りなさい。あなた、一番風呂が好きでしょ」
「ああ、わかったよ」
 浩太は所持品を自室の机の上に放り出すと、足早に浴室に向かった。
(風呂って……俺が美穂さんの体で風呂に入るんだよな。当たり前だけど服を脱がなきゃ風呂には入れないよな……)
 震える手で、身に着けている布を一枚ずつ脱ぎ捨てていく。洗面所の鏡を見ると、そこには先ほどよりも一層上気した美穂の顔が映っていた。
 本来の美穂が決してしないであろう、下品な笑みを浮かべる美穂。その可憐な体を支配しているのは自分なのだという事実が浩太をいい気分にさせる。浩太が片目をつむると鏡の中の美穂もウインクを返してくれる。ぺろりと舌を出してみると、あちらの美穂もふざけた様子で舌を出してくれる。
「ああっ。ワタシのカラダ、浩太君に好き勝手されてるわ。嬉しい! 裸も好きなだけ見ていいのよ。それじゃあお言葉に甘えて見せてもらいますよ、美穂さんの大事なカラダを隅々までね。うひひ……」
 下手な一人芝居をしながら、触ったこともないショーツとブラジャーを苦労して取り去り、浩太はいよいよ素裸になった。浴室の壁には全身を映せるほどの大きな姿見が備えつけてあり、鏡の中にいる美穂の裸を余すことなく見せつけてくる。今日初めて出会った彼女の裸をじろじろと見たところで、誰にも咎められることはない。何しろ、今は浩太が美穂本人なのだ。自分の体を自分の好きにして何が悪いというのか。
「これが美穂さんの体……綺麗だ」
 母親以外で初めて目にする成人女性の裸体に、浩太は満足の吐息をついた。透き通るような白い素肌に、濡烏の長い髪。少女から大人になったばかりの繊細な顔は、今は男子高校生の劣情に歪められている。
 細い指で柔肌を撫で上げ、胸の膨らみを掌で包み込んだ。小柄な美穂の体は乳の大きさも控えめだったが、浩太は残念がるでもなく思いのまま乙女の乳房を探索した。薄桃色の乳首を指の腹で執拗に弾くと、痛みと痺れの混じった感覚が心地よい。
 もし本来の体だったなら、煮えたぎった血が股間に集まり、若い男性器が天を向いていたことだろう。だが、今の浩太は勃起する肉棒を持たない。代わりに、陰部のクレバスからとろみのある蜜が漏れ出していた。
「これが女のあそこ……濡れてる。一体ここはどうなってるんだ?」
 好奇心に駆られた浩太は、鏡の前でがに股になって腰を突き出した。陰毛をかき分け大陰唇を左右に開くと、女性の最も恥ずかしい部分が露になった。先ほど話をしたときの美穂の淑やかさからは想像もできない情けない姿だった。
「俺、美穂さんのマンコを見てる。こんな恥ずかしいこと、いけないことをして……」
 どのような煽情的なポーズをとろうと、美穂の肉体は文句ひとつ口にせず浩太の意のままになっていた。三歳年上の美女の全てを支配し所有する興奮が、温かい汁となって膣口から滴り落ちていく。糸を引く雫をたおやかな指ですくい、掌に広げてもてあそんだ。じっくりと時間をかけて吟味しても、十七歳の男子の興味は尽きない。もっともっと調べて、美穂の体を隅から隅まで知りたくなる。
 浩太は浴室の椅子に座り、火照った肌にシャワーの湯をかけた。入念に洗い流すより先に、女体の探索を続けることにする。気になっていたのは膣の上部にある小さな肉の突起だ。クリトリスという呼称と女性に快感をもたらす器官であることは知っていたが、聞くと実際に感じるのとではまるで異なる。その小豆を指でつまむと、未知の痺れが周囲に広がった。
「ああっ、いい。触るとじんじんする……」
 甲高い声でつぶやき、クリトリスの感触を堪能する浩太。生まれて初めて体験する女性の自慰行為に、彼は理性を奪われつつあった。この快感も興奮も、他の男は誰も知らないのだ。この広い世界でただ一人、浩太だけが男でありながら女性の自慰を楽しんでいる。秘唇から淫らな露を垂れ流し、異性の感覚を満喫している。なんと素晴らしいことだろうか。
「す、すごい。女の体ってすげえよっ。あっ、ああっ」
 己のものになった乳と女陰をこねくり回し、浩太は法悦の波に押し流された。体が小刻みに震え、急激な絶頂に意識のほとんどを持っていかれる。美穂の体で味わう、初めてのオルガスムスだった。
「ああっ、んっ、俺、イっちまったのか……」
 全身から力が抜け、熱い息を吐き出した。それと共に、股間から生温かい液体が流れ出す。
「あっ、漏れる……ションベンが……」じょぼじょぼと下品な音をたてて浴室の床に撒き散らされる、美穂の膀胱から噴き出した小水。その排泄という行為もまた、えも言われぬ充足感となって浩太を喜ばせた。
 湯気で曇った鏡を見ると、すっかり弛緩しきっただらしない顔の美女が映っていた。開けっ放しの口からよだれを垂らし、広がった鼻の穴から荒い息を噴き出す、二十歳の女子大生。彼女から譲り受けた身体を我がものにし、自在に操ることに浩太はこれ以上なく満足していた。


続きを読む   一覧に戻る

inserted by FC2 system