マジックペンですげ替わり 3

 白いボールが少女の手に弾かれて跳ね上がった。ボールは眼下で黄色い声をあげる生徒たちから逃れるように舞い、宙に綺麗な放物線を描く。
 落ちてきたのは、ちょうど春奈のいる場所だった。
「春奈、こっちこっちっ」
 チームメイトの一人が身構えて、春奈に声をかけてきた。自分にボールを寄越せというのだ。
「う、うん、いくよ」
 春奈は両の手を組んで、落ちてくる球に狙いを定めた。コントロールにはまったく自信がないが、とにかく落とさないようにさえすれば、あとは仲間がフォローしてくれるはずだ。
 勇気を出して、腰の高さで組んだ手をボールに当てる。幸いなことに、打ち上げた球は春奈の狙い通りの方向に飛んでくれた。
「オッケー。久美、頼んだわよっ」
 春奈からボールを回された女生徒が、威勢のいい声と共に球を弾く。高さも角度も完璧なトスだ。
 そこに走りこんだもう一人の少女が、床を蹴って軽やかに跳躍した。次の瞬間、ドシンと大きな音が体育館に響き渡り、相手方のコートにボールが叩きつけられる。試合終了の笛が鳴った。
「やったあ、久美すごいっ」
 歓声があがった。チームの皆が試合を決めた少女に飛びついて、勝利の喜びを分かち合う。久美と呼ばれたショートカットの女生徒は、少しはにかみながら嬉しそうに照れ笑いを浮かべていた。
「よかった、終わったんだ……」
 春奈はコートの隅に立ち尽くし、小さな声でつぶやいた。自分たちが勝ったことよりも、自分がチームの足を引っ張って負けてしまわなかったことに春奈は安堵していた。
 気が抜けたところで、全身を襲う鈍痛を思い出して顔をしかめる。母から借りた三十八歳の肉体が、二十年ぶりの体育の授業で酷使され、無言の悲鳴をあげていた。
(肩が痛い。脚も腰もズキズキする。立ってられないよ……)
 陽子の体は日頃の仕事の疲労と運動不足がたたり、春奈が思った以上に錆びついていた。軽い気持ちで出席した体育館でのバレーボールが本当に辛い。こんなことになるのなら、最初から大人しく見学しておけばよかったと後悔した。
「春奈、大丈夫?」
 たまらずその場にへたり込む春奈のところに、久美が駆け寄ってくる。返事をするのも辛かったが、これで授業は終わりなので、いつまでもここで休んでいるわけにもいかない。春奈は久美に肩を貸してもらい、ふらふらと立ち上がった。
「ありがとう、クミちゃん」
「あんた、今日は調子が悪いんだっけ? あんまり無理しちゃダメよ」
 久美の気遣いが胸に染みる。春奈は彼女につき添われてコートを出た。
「じゃああたし、更衣室で着替えてくるね。春奈はジャージだから着替えなくていいんでしょう?」
「ううん、汗かいちゃったから、中のシャツだけは替えておかないと……」
 春奈は体の痛みに耐えて答えた。筋肉痛がこれほどまでに苦しいものだとは、今まで思いもよらなかった。時々、母に肩揉みを乞われる理由がよくわかる。
「そう、じゃあ一緒に行こっか。歩ける?」
「うん、大丈夫。あ、でもその前にトイレに行ってくるね。クミちゃんは先に行ってて」
 春奈は平静を装って言った。授業の後半から尿意を催していて、トイレに行きたかったのだ。
 辛そうな春奈の様子を見て、久美は心配だといってついてこようとしたが、丁重に断って一人でトイレに入る。尿意はすぐそこまで迫っていた。
(ううっ、おしっこしたい。早く済ませて着替えないと、次の授業に遅れちゃう……)
 女子トイレの一番奥の個室に飛び込み、息を切らして洋式便器に腰をおろす。本能が一刻も早い排尿を訴えていた。
「う、ううんっ。ううっ、あああ……」
 無人のトイレに春奈のうめきと小便のこぼれる音が響いた。春奈の股間から流れ落ちる黄色い液体は、母の陽子が昨日から膀胱に溜めていた小水だった。
(ああっ……あたし、おしっこしてる。ママの体でおしっこしてる……)
 見下ろせば、手でつかみきれないほどに豊かな胸が、汗を吸ったジャージの中で窮屈そうに縮こまっていた。その向こうにある下腹部に、じっとり汗ばむ素肌と深い茂みが垣間見える。春奈のものとはまるで異なる、中年女の生々しい股間だ。
 朝は時間に余裕がなくてじっくり見ることはできなかったが、今はこの体の陰部全てを視界に納められる。母の性器が自分の体についているのだと思うと、どうにも奇妙な心地だった。
(ママのアソコ……やっぱり毛がすごい。ちゃんとお手入れしてるのかな?)
 ただ小便をしているだけだというのに、つい余計なことを考えてしまう。
(毛だけじゃなくって、お肌の色も濃くて黒い。それに、割れ目からお肉がはみ出してる。あたしのアソコとは全然違う。ここからあたしが産まれてきたんだ……)
 春奈の意識が、否応もなく自らの股間に向けられる。
 十数年前に自分を産んだ母の秘所が目の前にある。幼い頃は陽子に風呂に入れてもらうこともたびたびあったが、ここ数年はそういう機会もなく、こうして陽子の陰部をまじまじと眺めることもなかった。
 しかし、今は違う。首から下が陽子の体になってしまった春奈の股間は、当然ながら陽子の股間なのだ。  母と自分のここに何か違いはあるのだろうか。出産経験のある中年女の性器は、高校生になったばかりの処女の性器といったい何が違うのだろうか。
 にわかに性に対する好奇の念をかきたてられた春奈は、尿の残滓を拭き取るついでに、おそるおそる陰部に触れてみることにした。
「んっ……」
 尿で湿った肉の膜に指が触れ、くぐもった声が漏れた。トイレに誰もいないのはわかっているが、できるだけ声を出さない方がよいに決まっている。空いた左手で口を押さえ、右手の指で小動物を可愛がるように秘裂を撫でた。排尿を終えた心地よさとくすぐったい指の感触が、春奈の小陰唇を大きく開かせる。
 春奈は前にかがみ込み、母のものだった秘所にじっと見入った。指で広げた生殖器の内部がトイレの蛍光灯に照らされ、一見してグロテスクにも思える威容を晒している。
(やだ……あたし、何やってるんだろ。もうすぐ次の授業があるのに。それにこれはママから借りた大事な体だから、いたずらなんかしちゃいけないのに)
 理性が制止するも、春奈の指はまるで見えない糸に操られるかのように、ひとりでに肉びらをこすり始めた。
「あっ、ああっ。んんっ、ダ、ダメぇっ。こんなことしちゃいけないのに……」
 春奈の唇の端から喘ぎ声がこぼれ、トイレの壁に反響した。濡れた肉を爪で軽くひっかき、指の腹で摩擦すると、切ない感覚が背骨を這い上がってくる。
 春奈が今いるのは学校という公的な空間だ。いつ他人に知られてしまうかもしれないそのような場所で、こうして声をあげながら自らの秘所を愛撫しているとは──春奈は自分の行為が信じられなかった。
 そのうえ、今の春奈は春奈であって春奈でない。首から下の肉体が母の陽子のものであることが、いやが上にも深い罪悪感を春奈にもたらす。敬愛する母の体を使って、あろうことかこのような淫らな振る舞いに及んでいるのだ。罪の意識が胸を焼き、背徳の恍惚となって春奈の理性を溶かす。愛撫の手は止まるどころか、厚かましいほど無遠慮に、借り物の女性器をいじり回した。
(ママのアソコ、すごいっ。ああ、お腹がキュンキュンするよぉ……)
 摩擦されて血流のよくなった秘所が赤みを帯び、さらなる刺激を求めてくる。
 春奈の熱い視線を浴びて、指が踊った。より大胆に女性器を責めたて、いかがわしい蜜でうるおしていく。春奈は自らの手の淫猥な動きを、人ごとのような目で眺めていた。
(ああっ、あたし、オナニーしてるんだ。ママの体で勝手にこんなエッチなことを──あたし、すっごく悪い子だ)
 性器から汁が垂れて指に絡み、卑しい音をたてた。倒錯した興奮が獣性を煽動する。春奈の体温は上昇するばかりだった。
 生娘とはいえ、春奈にも自慰の経験はある。耳年増の友人に話を聞き、夜中にこっそり自らを慰めたことは一度ならずあった。
 妄想の相手は、いつも義兄の直紀だった。ベッドの上で直紀に優しい言葉をかけてもらい、深窓の佳人のように丁重に扱われる。初めてを捧げる瞬間は、そんな場面を夢見ていた。
 だが、今の春奈の欲求は、そうした甘い妄想とは全く異なっていた。春奈が妄想にふけらずとも、母から借りた肉体がひとりでに疼き、狂おしいほどに交合を求めてやまない。
「あんっ、ああんっ。い、いやっ、いやああっ」
 ひとたび火のついてしまった三十八歳の熟女の性欲に、うぶな十五の娘は自分を抑えることができなかった。ここが学校のトイレだということも忘れて、春奈は高い声で激しく喘いだ。母の肉体での自慰に没頭するあまり、外から聞こえてくるチャイムの音も認識できないでいた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 体育館のトイレでひとり自分を慰める春奈の行動を、直紀は全て把握していた。
(ふふふ、やってるやってる。春奈、ママの体でオナニーしてる。クラスの皆は教室で真剣に授業を受けてるっていうのに……まったく、エッチな子だなあ)
 妹にそうさせているのは自分だという事実を棚にあげ、直紀はにやりと笑う。席について大人しく授業を受ける彼の手には、円形の小さな金属板が握られていた。それは朝、春奈に手渡したものと全く同じアミュレットだ。
 複雑な紋様を施した金属製のプレートは、かすかな温もりを直紀の掌に伝えてきている。魔術が発動している証だ。純真な妹がトイレにこもって卑しい行為に熱中しているのは、直紀の差し金だった。先ほど渡したアミュレットを媒体にして、春奈に淫らな魔術をかけているのだ。
(ふふふ……このお守りを通して、春奈の気持ちよさが僕にも伝わってくるよ。ママの体をオモチャにするのは、すごくいけないことだよね。だけど、いけないことをするとゾクゾクするでしょう。ママの体でたっぷりオナニーを楽しみなよ、春奈)
 直紀はほくそ笑む自分の表情が周囲にわからないよう、顔を伏せて熱心にノートをとるふりをした。教壇に立つ教師も、周囲の生徒たちも、真面目な優等生で知られている彼が、義妹と義母を思うがままにもてあそんでいることなど、想像もしないだろう。周囲を欺く直紀の技術は、ほぼ完璧に近いものだった。
 直紀の手の中のアミュレットは、哀れな少女の性感の高ぶりを示すように刻一刻と熱くなってきている。
 いくら春奈が男を知らぬ清い乙女とはいえ、黒魔術によって増幅された熟女の肉欲には、決して逆らえるものではない。今ごろ、陽子に対する謝罪の言葉を口にしながら、母の体で法悦を貪っているに違いなかった。
(こっちは順調だね。さて、お次はママにも同じことをしてもらおうかな)
 直紀はアミュレットを口元に運び、短い呪文を囁いた。黒ずんだ青銅の色を持つ金属板が一瞬、妖しい光を放ち、魔術が無事に成功したことを告げる。直紀はいっそう笑みを深くし、熱を帯びたアミュレットをポケットにしまい込んだ。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 婦人服売場で接客に勤める陽子が異変を感じたのは、昼も近い午前中のことだった。
(あら……トイレに行きたくなってきたわ)
 そういえば、今朝は慌てていたからトイレに行く暇がなかった。暇がなかったというよりも、娘と首から下の体が入れ替わるという異常事態に気が動転してしまい、トイレに行くという日常の発想に至らなかったという方が近いかもしれない。
「菜々子ちゃん、少しの間、ここお願いね」
「お手洗いですか? はいはい、どうぞごゆっくり」
 陽子は売場の「こけし」にあとを任せてトイレに向かった。
 ふた回りも年下の娘の肉体になったからか、今の陽子の動作はきびきびして足取りも軽い。ただ歩くだけでも、昨日までの自分にはない爽やかな活力を感じた。
 婦人用のトイレに入り、便座に腰かけてスカートを下ろす。視界に現れたのは、赤いリボンのついた可愛らしいピンクの下着だった。もちろん陽子の下着ではなく、娘の春奈が愛用している品だ。
(はあ……こんなことなら、もっと地味なデザインの服も買ってやるべきだったわ。あの子、可愛いものが好きだから)
 陽子は嘆息した。フリルやリボンをふんだんにあしらった少女趣味の衣類は、小柄で童顔の春奈にはとてもよく似合っていたが、陽子のような中年女が身につけても気持ち悪いだけだ。
 仕事が終わったあと、この体に合うシャツやジーンズを買って帰ろう。
 陽子はそう決心して、下着を膝下にさげた。下腹部に力を込めると、ひと筋の液体が重力に引かれて便器にしたたり落ちていった。
「んっ、んんっ。はあ……」
 放尿の欲求を満足させる快感に、意図せず荒い息が漏れた。今まで意識していなかったが、思った以上に小便が溜まっていたらしい。陽子の視線が黄色い液体を吐き出す股間に注がれた。
(春奈のここ……やっぱり子供ね。毛も薄くて、とっても綺麗だわ)
 春奈がまだ幼い頃、おむつを替えてやった記憶が蘇り、陽子は相好を崩した。春奈は言葉を覚えるのが人よりも遅く、トイレに行きたいと言わなかったため、なかなかおむつが手離せなかった。
 十数年前、おむつを替えてやる母の顔に小便をひっかけた愛娘の陰部が、今の自分の体の一部となっている。それを思うと、陽子はどうにも不思議な気分だった。
(当たり前だけれど、まだ春奈に男性経験はないわよね。この体、バージンなんだわ……)
 小便を終えてトイレットペーパーで股間を拭きながら、陽子は自分がにわかに興奮していることに気づいた。
(いやだ。どうして? なんだか変な気持ちになっちゃう……)
 不審に思いつつも、股間に伸びた指の動きは止まらない。ただ尿を拭き取るだけの行為が、徐々に性的なニュアンスを帯びはじめていた。
 トイレットペーパーを便器に流して、細い指が直接割れ目を撫でる。湿り気のある陰部がブルッと震えて、陽子にもどかしい感覚を伝えてきた。
 陽子自身のものと比べて、春奈の性器はあまり感度がよくない。処女であることに加えて、自慰の経験も少ないのだろう。無邪気で子供っぽい春奈のことだから、ひょっとすると全くないのかもしれなかった。
(春奈、オナニーはするのかしら? ああっ、ダメ。あの子の体でこんなこと……いけないわ)
 良心が咎める中、陽子の指は淫猥な挙動で性器を這い回る。割れ目に人差し指を埋め、ぐりぐりと浅い部分をかき回すと、陽子の口から艶やかな声があがった。
(ダ、ダメっ。あの子の大事な体なのに。で、でも、少しずつ気持ちよくなってきたかも……)
 陽子は自慰が嫌いではない。むしろ好きだと思っている。望んで始めた仕事とはいえ、自分勝手な客や理不尽な上司とのやりとりにストレスを感じることは少なくない。二人の夫に先立たれたことによる欲求不満も手伝って、子供たちが寝静まってから寝床で自分を慰めることがしばしばあった。
 昨日まで娘のものだった可憐な指が、母の思い通りに動いて色の薄い性器をいじくる。ダメだダメだとは思いながらも、いつしか陽子は春奈の無垢な体で行う自慰に、我を忘れつつあった。
「あんっ、ああんっ。ご、ごめんね、春奈。ママ、あなたの体でこんな真似を……はしたないママを許してちょうだい」
 愛娘の性感帯を勝手に開発する不道徳な振る舞いが、背徳の炎となって陽子を焦がす。劣情を煽られた陽子は、ますます大胆に性器を広げてこねくり回した。
(あっ? こ、これ、春奈のクリトリスだわ。こんなに小さいのに、ちゃんと感じるのね。ママが皮を剥いて綺麗にしてあげる……)
 陽子は自らの秘所が分泌する熱い汁を指ですくい、小粒の突起に塗りたくった。未熟な娘の肢体がビクビクと跳ね回り、母の心をいよいよ高ぶらせる。
 夫と死に別れて以来、セックスとはご無沙汰だった。時折、自慰で欲望を発散させることはあっても、男に抱かれたことはない。だが、煩悩を忘れたこともなかった。もうすぐ四十路になろうかという陽子の心は、今になって再び、男を切実に求めていた。
 しかし、春奈の体を借りている陽子にとって、それは決して満たしてはならない欲求だった。まだ十五に過ぎない娘の清い肉体を、母親の身勝手な衝動で傷物にするわけにはいかない。そんなことになっては、悔やんでも悔やみきれなかった。
「あんっ、あっ、ああんっ。ごめんね、春奈。あなたの体でこんなことして、本当にごめんね……」
 陽子は便座の上で背中を反らして喘ぎながら、この場にいない春奈に詫びた。罪悪の念が大きくなるほど、それに比例して快楽も大きく、そして深くなっていく。
 いったい、これから自分たちはどうなってしまうのだろう。陽子は恐怖に怯えながら、なおも娘の体を愛撫し続けた。


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