エレとフレイア 4

 今日も気持ちのいい朝だった。
「ふぁ〜あ……」
 エレはベッドから起き上がると窓を開けた。朝の風と光が室内に染み込んでくる。
 以前は日光なんて忌々しいものでしかなかったのに――。
 苦笑しつつ、彼女は自分の赤い髪の毛をとかし始めた。短かった髪もこの二年で伸び、今は背中に届くほどになっている。髪の毛だけではない。低かった身長も少しずつ伸び、小さいなりに胸は膨らみ、体全体が柔らかに丸みを帯びていた。
 ――少しは、元の体に近づいたかしら……。
 自分の体を見下ろし、そんな事を考える。まったく、人間になどなるものではなかった。
 既に食卓にはパンとスープが並べられ、暖かな匂いがエレの食欲を刺激している。
「……おはよ」
 先に食卓についていた両親にそう言うと彼女も席についた。
「おはよう、フレイアさん」
 歳相応にふくよかな体形をした母親が笑みを浮かべてそう返す。その横では父親が無言でスプーンを口に運んでいた。そしてこの家で暮らすもう一人の住人にもエレは声をかけた。
「おはよ、エレ」
「……む……ちゅば……ん……」
 その女も朝食の最中だった。テーブルの下、父親の足元に潜り込んで、露になったその肉棒を派手な音をたてて食している。
「ん……おはようございます、フレイアさん」
「朝からお盛んね、大したもんだわ」
「そんな事……じゅるっ……ないべふおう」
 セリフの後半は言語になっていなかった。
 食卓の下は狭く、大人の女が入るにはかなりきつい。だが毎朝ここで父親と“食事”をするのが彼女の日課だった。
「いくよ……エレ」
「んっ……んむ……んんっ !!」
 出し終わったらしい。口内の汁を吐き出す事なく飲み終えると、彼女はテーブルの下から満足した顔で這い出てきた。
「えへへ、ごちそうさま♪」
 女の名はフレイア。闇色の翼と尾、一対の角を持つ上級悪魔である。特に淫魔と呼ばれ、男を誘惑して精をすする事を生き甲斐とする。かなりの魔力を持ち、知性も人間以上であるため名のある魔導師や司祭、賢者でも警戒する存在だった。
 なぜそんな悪魔がこのような田舎の村で暮らしているかと言うと、これには深い事情があるのだった。
 食事が終わり、エレは淫魔を連れて部屋に戻った。本棚から本を一冊とって広げ、淫魔に見せる。
「じゃ、ここ読んで」
「えーと……」
 どうやら淫魔は少女に勉強を教わっているようだ。だが、人間以上の知恵と知識を持つであろう上級悪魔に、ただの村娘が読み書きを教えているのはかなり違和感のある光景だ。
 それもそのはず、実は二人は中身が入れ替わっているのである。

 二人が出会ったのは二年ほど前だった。
 村外れの魔導師の家を探検しに行ったエレは、淫魔フレイアと遭遇した。脅えながらも、エレは落ちていた魔道具で淫魔を攻撃し――気がつけばその効果で入れ替わってしまったという訳だ。
 二人を入れ替えた魔道具は壊れてしまい、もう元には戻れなかった。仕方なく二人は村で一緒に住み始めたのだが、淫魔になった少女はだんだんと肉体の能力に目覚め、また入れ替わった淫魔の助けもあり、急速に力をつけていった。
 今では村人たちのほとんどがフレイアの下僕と化し、この悪魔に逆らう者は誰もいない。
「も〜、何でこの意味がわからないの?」
 苛立たしげに少女がフレイアに言った。田舎の中の田舎であるこの村では読み書きなどできずとも全く困らないため、勉強などする必要がなかったのだが、エレが“私の顔で文字も読めないなんて頼むから言わないで”と半ば強引に淫魔に勉強を教え始めたのだ。
 フレイアもエレに魔術や勉強を教わるのは嫌いでなく、この二年の間に様々な事を教わった。
 村を支配した今となっては、彼女は誰に気兼ねをする事もなく村人とセックスのし放題であり、淫魔として毎日好きなだけの精を吸えるようになっていた。魔力の使い方もかなり上達し、今となっては誘惑の魔術はおろか、思うがままに変身する事もできる。
 だがフレイアは元の人間の姿をとろうとせず、相変わらず派手な淫魔の姿のままでいた。今では、こちらの方が本当の自分に思えてくるという。
 陰茎を口にくわえこみ、濡れそぼった女陰にず太い男根を突きこまれて喜びの声をあげる淫魔の生活が、今の彼女の日常だった。人間だった頃の記憶は、はるか遠いものとなっていた。

 昼になり、エレの家に一人の来客があった。
「こんにちは、ジャン」
 エレと同じくらいの年頃のさわやかな少年である。出会った頃はエレとほとんど変わらなかった体格はこの二年でかなり大きくなり、身長もだいぶ伸びて顔つきも少し大人っぽく精悍になっていた。
「エレ、勉強はどう?」
「んー……大変」
「そっか、あはは」
 成長しても、このあたりのやりとりは以前のままだ。村の男で彼だけが、淫魔の魔力に囚われていない。大切な少年に対する彼女なりの気遣いかもしれない。
「ジャン、こっち来て」
 座ったままでフレイアはジャンを呼び寄せた。正面からその体をぎゅっと抱き締める。
「ちょっと疲れちゃった」
「……しょうがないなあ、またしたくなったの?」
 二人で見つめあい、微笑みを交わす。その慈愛に満ちた表情は、ジャンにしか見せないものだった。
「それじゃ、私はあっちに行っとくわね」
 様子を見ていたエレが席を立ち部屋を出て行く。
 なぜか、少しだけ、面白くなさそうに見えた。

 エレは家の外に出た。もうすぐ夏になろうかという日差しは暖かく、風と共に村に生命の息吹を投げかけている。
 流れる小川、宙を舞う蝶々。いずれも淫魔だった頃は見向きもしなかったものだった。
「あ〜あ……」
 思わずため息が漏れる。
 悪魔として生まれ、数え切れないほどの男を食らってきた。どんな屈強な男でも、彼女が魅惑の視線を向けて甘い言葉を囁くだけで思うがままだった。
 それが、今や何の力もない人間の少女に成り下がっている。体を奪われ、魔力を奪われ、輝きも失われた。
(――エレ……)
 池に自分の姿を映してみる。髪を伸ばした赤毛の可愛らしい少女がこちらを見ていた。
 エレ。それが今の自分の名前である。確かに美人の範疇には入るだろう。あと何年か経てばだが。
 しかしそれはあくまで“人間として”でしかない。やがてはこの体も老い、朽ち果てるのである。そんな事には耐えられなかった。
 しかし、今のエレにはどうしようもない。淫魔の肉体を奪われた彼女は、自分の証とも言える、あれほど激しかった性欲すらほとんど感じなくなっていた。元の自分の体が村人や父親と交わっていても“ああ、またか”で終わるのみ。それに加わるつもりも、観客として見物するつもりもない。
 ただ、あの女がジャンと交わっているときだけは、体の奥でちくりと何かが痛んだ。
(私――どうして……)
 相変わらず処女の体を引きずるようにして、エレはどこへともなく歩いていった。
「…………」
 少しだけ開いた窓から、そんな彼女を眺める影があった。まばゆい金色の髪を揺らし、赤い瞳を外に向けている。
「フレイアさん……」
 淫魔の体が発したのは自分自身の名前だった。だが、それも最近は意味を成さなくなっているのかもしれない。再び淫魔が室内に目を転じると、少年がこちらを見つめていた。
「エレ、どうしたの?」
 いつものような激しい交わりをなぜか求めてこない悪魔に不思議そうな表情を向けている。
「ジャン……」
 女は微笑むと、もう一度ジャンを抱きしめた。
「お願いがあるんだけど……いいかな?」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 エレが帰ってきたのは夕方になってからだった。
 村中をうろついても出会うのはフレイアの虜になった村人ばかりで誰もエレに注意を払おうとしない。結局、何をするでもなくさまよっただけだ。
「……ただいま」
 暗い感情を抑え、戸を開ける。
「お父さん、お母さん? いないの?」
 体の親である二人を呼ぶが、返事はなかった。
 ――変ね、まだ帰ってないなんて……。
 気配のしない家の中を回るがやはり誰もおらず、仕方なくエレは自分とフレイアの部屋に入った。
「おかえりなさい」
「エレ? 二人ともまだ帰ってないの?」
 中にいた淫魔に問いかける。フレイアは窓辺の椅子に一人で腰を下ろし、真っ直ぐにエレを見つめていた。
 沈む夕陽に背中を照らされた彼女の体は、元の持ち主から見てもため息が出るほどの美を感じさせる。
「……フレイアさん」
 小さな、だが確実に聞こえるような声が少女の耳に届く。
 自分の前の体と二人きりといういつもの状況であったが、普段なら思いもしない不安がエレの背筋を這い上がってきた。
「……ど、どうしたのよ。そんなに改まっちゃって」
「フレイアさん。私たち、入れ替わっちゃったんだよね」
「? ……何を今さら」
「ごめんなさい……」
 不意に頭を下げる淫魔の言葉が理解できず、少女がいぶかしむ。
「ごめんなさい。フレイアさんの体、盗っちゃって」
「何言ってるのよ、別に謝ってくれなくてもいいわ。私はいつかちゃんと元に戻って――」
 少女を遮って淫魔が言った。
「私たち、もう戻れないと思う。私は悪魔、あなたは人間。もうこのままでいるしかない」
「……そんな事言わないで !!」
 エレが声を荒げる。フレイアがそれに構わず言葉を続けた。
「私、すごいんだよ。毎日毎日いっぱい男の人と交わって、たくさん入れてもらうの。そしたらとっても気持ち良くなるんだけど、心の中で何かがこう言ってるの。――こいつらは餌だ。お前が食い物にするんだって」
「………… !!」
「こんな私、もう人間なんかじゃない。フレイアさんもそう思ってるでしょ?」
 エレはその言葉を否定して、必死に首を振った。
「違う。それはただ、その体の本能がそう言ってるだけ。また入れ替わったら心もすぐに元に戻るわ」
「本当に戻れるの? もう二年もこのままじゃない」
「…………」
 事実を指摘され、エレは言葉を失った。
 理性は相手の言う事が正しいと思っている。だが長年生きてきた魔族の誇りが、それを認めなかった。
「だから……フレイアさんも諦めて、その体にぴったりの生き方を考えてほしいの……」
「嫌よっ !!」
 エレは目を見開いて拒絶した。
「絶対に嫌。私はフレイア、淫魔フレイアよ。決して人間なんかじゃないわ」
「でも、今は人間なんでしょう?」
 再び反論しようとした少女だったが、動けたのはそこまでだった。
「!! ……あなた……これは……」
 淫魔の瞳が妖しく輝き、真紅の眼光が少女に放たれている。男だけでなく女ですら束縛する、淫魔の魔術だった。
「……よくも、こんな事を……!」
 憎悪を込めてにらむも、それは蜘蛛に捕まった蝶の強がりでしかない。
「魔法を教えてくれてありがとう。読み書きも、男の人の扱い方も……何もかもフレイアさんに教えてもらいました、ほんとにありがとう」
 エレの前にやってきて、硬直した少女の体を抱きしめる。
「これからは、私があなた。あなたがわたし。体も心も、私は悪魔フレイアになるの」
「そんな事、許さない…… !!」
「この体は返してあげられないけれど……その『エレ』の体に返せるものならあるわ」
 淫魔が手で合図をすると、誰かが室内に入ってきたようだった。
 しかし入り口に背を向けているため、エレには誰だかわからない。その人物はエレの後ろに立つと、そっと肩に手を回した。
「エレ……」
 この二年間でよく知った声だった。
「……ジャン……?」
「エレ……好きだ……」
 少年は動けないエレの正面に回りこむ。
「違う……私はエレじゃない…… !!」
 必死に否定するその唇を、ジャンの口が塞いだ。口内に柔らかい軟体が侵入してくる感触に身を震わせる。
「ん……んむぅ……エレ……」
「……うん……ちゅ……やめ……」
 そこでエレは気づいた。ジャンの目が光を失っている。焦点の合わない瞳を前に、少女はジャンが正常でない事を悟った。
(エレ……ジャンに魅了を―― !?)
 たっぷりと口を蹂躙した少年は、勢いのままエレをベッドに押し倒す。
「ジャン、正気に――」
 願いも空しく、ジャンは少女の胸のふくらみに手を這わした。たどたどしくも優しく、服の上から愛撫を始める。
「……ん……あぁ……」
 フレイアは、ベッドのそばに立ったままだった。口は硬く一文字に結ばれ、いつも見せる表情の愛らしさは全くない。痴態に加わるでもなく、二人が絡み合うのをじっと見つめている。
「エレ……可愛いよ……」
「ふぁあ……ち、違う……の……」
 上手くも何ともない手つき。淫魔の記憶からすれば問題外というほどの、未熟で拙い動きだった。
 だが、今の彼女は確かに少年の愛撫に感じていた。
 ついにエレの服がはぎとられる。抵抗もできないまま一糸まとわぬ姿にされた屈辱に身を震わせつつ、ジャンの手が触れるたび声をあげる自分に驚く。
「あ……ジャン……やだ……」
 体が火照り言う事を聞かない。
 この体がジャンを求めているのか。それとも心も欲しがっているのか。
「綺麗だ……エレ」
 目の虚ろな少年がつぶやく言葉になぜか嬉しくなり、性感がまたしても高ぶってしまう。
「ち……違う……違う……」
 いやいやと首を振る事もできず、エレはされるがままだった。
(違う――私はフレイア――エレじゃないわ !!)
 必死で自分に言い聞かせるも、ジャンの声がそれをかき消してゆく。
「エレ……好きだよ……エレ、エレ……」
(私――私は……)
 少年に体と心を撫でられ、エレの理性は今にも消えてしまいそうだ。
 やがて、目の前に以前よりも大きくなった陰茎が取り出され、エレはそれが耐え難く欲しくなっているのを自覚させられた。
「あ――ジャン、の……?」
 彼女が今まで交わった人間の中には、この何倍もの太さと長さを持った者がいくらでもいた。何十回出しても硬いままだった絶倫の者もいた。ところが今、彼女はこの未熟な男性器を見て、心の底から
(欲しい……)
 と思ってしまったのだ。
 そのとき、ずっと見ているだけだったフレイアが近寄ってきた。もう一度エレの顔をじっと見つめると、真紅の視線を注ぎ込む。
「あっ……!」
 すると、エレの体がますます熱くなり、性の欲求も激しくなってきた。
「その体、初めてだから……痛くないように、って……」
 淫魔はそう言うとまたベッドを離れ、元の位置に戻った。
 ――ジャンのモノが欲しい。
 自分のココをえぐり、根元までかき回して欲しい。
 子種を奥まで注ぎ込み、子宮の中を満たして欲しい。
(こんな――! 私が……)
 性欲を操り男を意のままにしてきた自分が、今や性感の耐え切れない虜になってしまっている。快楽の奴隷に成り果ててしまっている。
「……はぁ……ぁあぁあっ……」
 だが、少女の肉体は求めているのだ。少年との契りを。
「エレ……入れるよ……」
 あお向けになったエレにジャンがのしかかってきた。硬く張り詰めた陰茎をエレのそこにゆっくりと埋める。
(ダメ……入ってきちゃう……)
 ずぶずぶと侵入を開始した肉棒は少女の中で一旦は止まったが、ジャンは渾身の力を込めてエレの最奥へと突きこんだ。
 ――ぶち……ぶちぶちっ……ぶじゅっ……。
 何かの裂ける感触。それは彼女が体験した事のない、未知の感覚だった。
(ああ――これが、人間の……初めて……)
 ヒトの処女喪失をようやく理解したエレだが、幸いにもフレイアの魔術により痛みを感じる事はなかった。むしろジャンを受け止めている実感と共に、安らぎすら沸いてくる。初物の女陰からは血がだらりと垂れていたが、ジャンはそれに構わずエレの腰をつかみ、前後に動き始めた。
 途端に、初めてとは思えない快感が膣の底から湧きあがる。
「ひぁあっ !! らめ……動いちゃ……」
「エレ……エレ……」
 長い赤毛を振り乱し、女になったばかりの少女が喘ぐ。傍目には未熟な少年少女の交わりにしか見えなかったが、エレは今までにないほど心身共に満たされていた。
「だめ……こんな、の……」
「エレ、好きだ……エレ」
 ゆっくり、だが絶え間なく少年が攻め続ける。
 既に膣内では痛々しいほど陰茎が膨張しており、彼の方も間もなく限界を迎えるだろう。突かれる少女の方も息を切らし、この上なく乱れている。
「エ、エレ……エレ……」
「あ……ジャン……ジャン」
 互いの名を呼び、一心不乱に交わり続ける。
 少年はエレと、少女はジャンと。相手をそう呼びそう呼ばれ、自分が誰かを認識する。
(私――エレ――? 違う、でも……エレなの……?)
 溶けゆく理性が揺れる中、ついに少年が弾けた。
「エレぇえぇっ !!」
「ふああぁあぁっ !?」
 それと同時にエレも達する。
 ――ドク、ドクッ……びゅるるるっ……!
 待ちわびた射精の瞬間に陰茎が喜びに痙攣し、奥の奥まで突きこまれた亀頭から精液が盛大に吹き上がる。存分に中に子種を注ぎ込んだ後、汁のしたたる肉棒がずぶりと引き抜かれた。
 初めて男を受け入れた女性器からは血と精、愛液のカクテルがとろりと垂れて白いシーツに染みを作った。
「うん……エレ……」
「ジャン……ん……」
 気を失ったまま、ベッドの上で彼らは互いを呼び合っていた。
 結合は終わったが二人はまだ抱き合ったままで、体もシーツも血と汗と汁でべとべとになっている。“初めて”の性交としてはまあ上出来と言えるだろう。
 まだどちらも幼い恋心でしかないが、きっと大人になればお互いを本当に大切に思えるようになるはずだ。
「…………」
 二人を見ていた淫魔が不意に微笑む。
 優しそうで、にこやかに……だが、どこか寂しそうな笑みだった。
「フレイアさん……さよなら」
 闇の落ちた外を見やり、そうつぶやく。
「……そしてエレ。ジャンをよろしくね」
 誰にも聞こえない声だったが、彼女は確かに呼びかけていた。自分の体を持った淫魔に。自分の名を与えた少女に。
(私は……ずっと見てるわ。あなた達を)
「――だから……またね」
 黒い淫魔は安らかに笑うと、音もなく部屋を出て行った。

「……う」
 しばらくして、二人が目を覚ました。
「エレ……大丈夫か?」
「ん……え――わ、私、どうしたのかしら……」
「あの、つまり俺と……その、しちゃったんだよ……」
「そ、それはわかってる、けど……」
 激しく交わった感覚を思い起こし、エレは顔を赤らめた。
「エレ……俺、エレが好きだ」
「ジャン……わ、私も……その……。ジ、ジャンの事が……」
 真剣な眼差しを投げあい、エレとジャンはもう一度抱き合った。
 そのとき、不意に少女の目から涙がこぼれ、ジャンを驚かせた。
「……何だろ、何か忘れてる気がする……」
「何かって、何だよ?」
「それがわからないの……ねえジャン、私、エレだよね?」
「何言ってるんだよ。エレがエレじゃなくて何だってんだ?」
「そ、そうよね……」
 ようやく納得したのか、少女は衣服を身に着けるとベッドの後始末を始めた。それを手伝う少年とは実に睦ましげで、似合いの二人だった。
 この小さな村の事、やがて彼らは結ばれるだろう。
「何だろう……大事な、大切な事だった気がする……」
 日は完全に沈み、外は夜の闇に覆われていた。


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