聖女のネクロリンカ Lルート


 クリスが彼と再会したのは、ある夏の夜のことだった。
「剣の国に魔族の軍勢が !?」
 驚く王とクリスに、国境から戻った騎士は幽霊のように青ざめた顔で報告を続けた。
「はい。伝え聞くところによりますと、魔王自ら率いる軍団が攻め込んだとのことで……現在、剣の国とは連絡がとれなくなっております」
「むう……魔王め、いよいよ本格的に動き始めたか。それにしても、まさか精強な騎士団を有する剣の国に攻め込むとは……」
 クリスの父である国王は、精悍な顔に苦悩をにじませた。ろくに軍備のない小国ならとにかく、北部で最も強大な軍事力を誇る剣の国が真っ先に魔族に攻められようとは予想していなかった。
 魔王……全ての魔族を率いる恐るべき悪魔の王。数年前にその名を耳にするようになってから、それまで大人しかった魔物たちが各地で人を襲うようになった。その中でも知恵ある魔物はかの魔王のもとに馳せ参じ、邪悪な軍隊を築き上げつつあると噂される。
 その魔王がとうとう動き、戦が始まった。いずれこの聖王国にも魔族の軍勢が押し寄せるかもしれない。
 およそ百年ぶりの魔族との大規模な戦の予感に、老いた王が身震いするのは仕方のないことだった。
「いかがなさいますか?」
「一刻も早く救援に向かいたいが、遠方ゆえそう簡単なことではない。まずは情報の収集が最優先だ。急いで偵察隊を派遣するよう、国境の砦に伝えよ」
「はっ!」
 王の命を受け、報告の騎士は慌てて広間を飛び出していく。広間に残った騎士たちの間で命令と報告が飛び交い、たちまち戦時の雰囲気になった。
「大変なことになったぞ、クリスティーヌ。お前も剣の国を訪ねたことがあったな? あの美しい国に魔族の大軍勢が……」
「なんということでしょう……かの国の皆さまは素晴らしい方々でした。ご無事でいてくださるとよろしいのですが……」
 数代前の聖王国の王女がかの国に嫁いでおり、聖王国と剣の国の王家は姻戚関係にある。その縁でクリスは幼い頃、父と共に剣の国を訪問したことがあった。
 騎士団の精強ぶりで有名な国だが、都は多様な花が咲き誇る美しい街だった。王族も国民もみな優しく華やかで、聖王国の第一王女は大いに好感をもった。
 クリスと同じくらいの歳の王子がいて、共に遊んだことをよく覚えている。名前はたしかシャルルといったか。素直で可愛らしい男の子だった。
 思えば、あれがクリスの初恋だったかもしれない。
 あの王子の国に、魔族の軍勢が押し寄せた……それはクリスにとって最悪の知らせだった。
「陛下、報告致します!」
「申せ」
「はっ! 剣の国のシャルル王子を名乗る男性が城にいらっしゃいました。陛下にご面会したいと仰っております」
「えっ !?」
 騎士の報告にクリスは仰天した。まさに今ちょうど頭の中に思い浮かべていた名を耳にしたのだ。
「なんだと、シャルル殿下が !? ご無事なのか !?」
「はっ! 多少の怪我と体力の消耗はおありのようですが、幸い、お命に関わる事態ではないものと思われます」
「すぐに行く! 傷の手当てをしてお待ちいただけ!」
 剣の国の王子が遠い聖王国を頼って落ちのびてきた……それも傷を負って。魔族に攻められた剣の国がどうなったのか、それだけで見当がつく。記憶の中の美しい街並みが炎上する光景を想像し、クリスの細い脚が震えた。
 すぐにシャルルと面会する。
 王はそう言ったものの、広間には報告に来た騎士、命令を待つ騎士が詰めかけ、しばらく身動きがとれそうにはない。クリスは敏感にそれを察して、先に彼のもとに向かうことにした。
「お父様、わたくしが先にシャルル殿下のご様子を見てまいりますわ。未熟ですがこれでも神に仕える身。王子がお怪我をされているのであれば、お助けしたいと思います」
「わかった、わしもすぐに行く。それまで頼んだぞ、クリス」
 父の信頼篤い第一王女クリスティーヌは、広間を出て客間に向かった。
 聖王国には王子がいない。王が歳をとってから授かった三人の美しい娘たちが、老いた王の宝である。
 その中でも特に長女であるクリスは、神に仕える聖職者として豊かな才能を示し、十六歳という若さでありながら治癒や蘇生の魔法を行使することができる。怪我や病で苦しむ民に分け隔てなく神の恵みを授けるプリンセスは、いつしか聖女と呼ばれるようになり、皆の尊崇の念を集めている。
 そんなクリスが客間の扉を開くと、中には傷だらけの少年と若い女がいた。
「シャルル殿下?」
「あなたは……クリスティーヌ姫?」
 魔族の攻撃を受けたのか、体じゅうに傷をつくった金髪の少年がクリスを見つめた。汚れと疲労が見てとれ、まるで捨て犬のようなありさまだ。
 だが、たしかに幼い頃の面影が残っている。年頃の男らしくかなりたくましくなったが、概ね想像していた通りの線の細い少年の顔だった。
「ああ、王子、わたくしを覚えておいでですか? お久しぶりです。剣の国が魔族に攻められたと聞いて……もうお会いできないのではないかと案じておりました。王子がご無事で嬉しいですわ……ああ、でも傷だらけで……わたくしは神に仕える身、このくらいの傷、今すぐ治して差し上げますから……」
 十年ぶりの再会に、クリスは少なからず取り乱した。自分が何を言っているのかよくわからなくなり、慌ててシャルルに治癒の魔法をかけた。
 うろたえて喋りつづけるクリスとは対照的に、シャルルは口数が少なかった。それは体の怪我からではなく、心の傷によるものだとクリスは推測した。
 たった一人の王子を守るべき剣の国の屈強な騎士の姿はどこにも見えない。聞けば、燃えあがる城から供もなく単身脱出したのだという。それから国を出て、サンドラと名乗る連れの若い女──腕の立つ魔術師らしい──と出会い、彼女だけを護衛として、遠い聖王国まで馬を走らせてきたそうだ。
「では剣の国は既に都を落とされ、国王陛下もお亡くなりになったと……? ああ、なんてことなの」
 若い王子の途切れ途切れの説明を聞いて、クリスは彼の境遇を嘆き悲しんだ。シャルルは自分の国を魔族に滅ぼされ、愛する両親も亡くしてしまった。天涯孤独の身となった亡国の王子は、古いよしみだけを頼りにこの聖王国を訪れたのだった。
「一族も民も魔族に皆殺しにされ、俺だけが一人こうして生き恥を晒している……いったいどうすればいいんでしょう」
「シャルル殿下、お気を確かにお持ちになって。わたくしが殿下にできる限りのことをして差し上げますから。父もきっと力をお貸しいたしますわ」
 絶望に染まった暗い目をしたシャルルの手をとり、クリスは必死で彼を慰めた。
 クリスティーヌにとって彼は初めて出会った他国の王族……初めての王子であり、そして幼い彼女に初恋を抱かせた男でもあった。いつか剣の国に嫁ぎ、あの美しい都に住むのを夢見たこともある。
 だが、その夢は永遠に叶わない。花の都は灰と化し、国を滅ぼされたシャルルはもはや王子ではなかった。
 剣の国が既に滅ぼされたのであれば、救援の軍を送る必要はおそらくない。しかし、この聖王国にもいずれ魔族の軍勢が押し寄せるかもしれず、才ある聖職者でもあるクリスがのんびり他国に嫁入りをしていられる余裕などないだろう。
 長い平和が終わり、動乱の時代が始まるのだ。
「うう、クリス、クリス姫、俺はいったいどうしたら……」
「大丈夫ですわ、シャルル。まずはここで傷と疲れを癒して、それからのことはまた後で考えましょう。あなたにはわたくしがついていますわ。ああ、シャルル、わたくしの王子様……」
 情けなく涙をこぼすシャルルの頭をかきいだき、クリスは共に涙した。初恋の相手との十年ぶりの再会は血と涙にまみれた酷いものだった。

 ◇ ◇ ◇ 

「炎よ! 邪なるものどもを焼き払え!」
 呪文と共にサンドラの手から真っ赤な火炎が広がり、魔物の群れに襲いかかった。シャルルに飛びかかろうとしていた獅子のような魔獣が二頭、炎に飲まれて火だるまと化した。あまりの火勢に、シャルルの髪がちりちりと音をたてたほどだ。
「サンドラ、俺に当てるなよ!」
「当ててない、当ててない!」
「嘘つけ、髪の毛が少し焦げたぞ! 先頭の敵じゃなくて、奥にいる奴を狙ってくれよ!」
 文句を言いながらシャルルは剣と盾を構え、狼狽した魔物の群れに切り込んだ。
 獅子に似た魔獣の巨大な体も、シャルルの剣をまともに受けてはひとたまりもない。胴の半ばを斬られてのたうち回る。滅びた王家に伝わるこの退魔の剣は、魔族や魔獣の強靭な肉体を易々と切り裂いてしまうのだ。
「炎よ、焼き払え!」
 シャルルの剣に斬られた魔物が数匹、もがいている間にサンドラの炎によって焼き殺される。二人の連携は魔物たちの命を次々に刈り取っていく。若くして優れた魔術の才能を有するサンドラは、一行の中でシャルルと一番つきあいの長い、良きパートナーだ。
 だが、敵も数が多い。獅子型の魔物と対峙するシャルルの背後から、翼を生やした体毛のない人型の魔物が飛びかかってきた。死角から放たれたその攻撃を体当たりで防いだのは、鎧兜を身に着けた仲間だった。
 いや、仲間というと語弊があるか。
「ゲオルグ、ありがとう! 助かった!」
「しもべたち……シャルルを守って」
 か細い女の声が聞こえた。それが絶対の命令となって、複数の人影がシャルルを守ろうと取り囲む。一見すると粗末な鎧を身に着けた男たちのようだが、それらは普通の人間ではなかった。
「私のゾンビたち、もうあんまり数がいないから気をつけて……」
 黒いローブをまとった女、ゲオルグの下僕の戦士たち。それらは生きている人間ではなく、魔術で操られる人間の死体だった。一般にはゾンビと呼ばれる。鎧の隙間からは虫のたかる腐肉が見え隠れし、つんとくる悪臭が常人には耐え難い。
 人間の死体に魔力を注いで操り人形にする魔術、ネクロマンシー……シャルルの仲間、ゲオルグはその屍魔術の使い手、ネクロマンサーだった。シャルルには詳しい知識はないが、炎や雷を自在に操るサンドラのような攻撃型の魔法使いとは異なる系統の魔術師だという。
 ゲオルグはサンドラのように炎を出して敵を焼いたり、雷を放って敵を打ち据えたりはできない。
 だが、大勢のゾンビを使役してシャルルの援護をしてくれる。
 ゾンビは人間だった頃の知恵や知識をほとんど失っており、動作は緩慢で、時間が経つと土に還ってしまうが、それまでは使い捨ての戦力として武器を振るい、共に戦ってくれる。文字通り肉の壁になってシャルルたちを守ってくれるのだ。
「雷よ! 頑なな者たちを貫け!」
 ゲオルグのゾンビたちが前線を固めている間に、サンドラの電撃が魔物たちを打ちのめした。ほとんどの敵は即座に焼け焦げ、息絶えた。それでもまだ攻撃してくるものには、シャルルがとどめを刺した。連携がうまくいき、近辺にいる魔物たちの掃討に成功した。
 あらゆる魔物を斬り捨てる退魔の剣を持つ剣士、シャルル。
 炎や雷を操り、多くの魔物をまとめて灰にする魔術師、サンドラ。
 物言わぬ忠実な不死の軍団を従える屍術師、ゲオルグ。
 そして仲間はもう一人……。
「皆さん、お怪我はありませんか? 特にシャルル」
 ゾンビの隊列の奥から顔を出したのは、白い衣をまとった小柄な少女だった。ややカールのかかった金色の髪は、おとぎ話に出てくる妖精の編んだ織物のように繊細だ。
 シャルルが近寄り、「ああ、ほとんど傷はないよ。サンドラとゲオルグのおかげだな」と答えると、少女は心底、安心した表情を見せた。
「良かった……でも、シャルルの腕、血が出ていますわ。それとお顔。見せてくださいませ」
「いや、こんなのかすり傷だって。クリスこそ疲れてないのか? 回復魔法、だいぶ使っただろう」
 大丈夫です、と返事して少女はシャルルに微笑んだ。王子の傷に手をかざして神への祈りを捧げると、掌からほのかな黄金色の光が湧き上がって怪我と苦痛を癒してくれる。
 綺麗に塞がった腕の傷を眺め、シャルルは少女に礼を言った。
 魔物が跋扈する暗い洞窟の中で、松明に照らされた上品な笑みを見ているだけで元気が湧いてくるようだ。
 この少女の名前はクリスティーヌ・マリー・フォン・サンノーブル。
 シャルルの幼なじみでもある聖王国の姫君で、癒しの奇跡を行使する聖職者でもあった。常に最前線で戦うシャルルが深い傷を受けても、たちどころに治してしまう。
 クリスティーヌ……クリスはただ役に立つ戦力というだけではない。
 高貴な身分でありながら立ち寄る町々で苦しむ人々のために直接癒しの力を使いつづける、献身的な聖女だ。自らの命を削ってまで仲間の傷を癒してくれるその慈愛の精神と笑顔に、シャルルはいつも支えられてきた。高潔な魂を持つ美貌のプリンセスは、国と一族とを魔族に滅ぼされたシャルルにとって、今やなくてはならない存在だった。
「とりあえず、このあたりの魔物は残らず倒したみたいだが……だいぶ疲れたな。こんなに魔物が多いとは思わなかった」
 シャルルは汚れた刀身を布で拭い、鞘に納めた。街に戻れば本格的な手入れが必要だろう。
「先に進む前に、少しお休みしませんか? 皆さん、かなり消耗していらっしゃいますわ」
「そうだな、そうしようか」
 クリスの言葉にうなずき、シャルルは岩の上に腰を下ろした。
 初めて足を踏み入れる古代文明の遺跡である。この先に何があるかわからないのだから、敵の攻撃が一段落した今のうちに、体調をできるだけ整えておくべきだろう。
「じゃあ、あたし、ちょっとこの先を見てくるね」
 そう言って、一人で進もうとするサンドラ。彼女は落ち着きがなく子猫のように気まぐれで、一行のムードメーカーだった。
「サンドラも休んだ方がいいんじゃないのか。攻撃呪文を連発しただろう?」
「大丈夫、大丈夫。ヤバいと思ったらすぐ逃げてくるから。そのときはちゃんと助けてよね、あたしの王子様」
 サンドラは悪戯を仕掛ける小僧のような笑顔を見せると、疲れを感じさせない軽やかな足取りで洞窟の奥へと歩いていく。
 シャルルより二、三歳上のはずだが、彼女が年上だと感じることは滅多にない。美貌と才能に恵まれた、頼れる魔術師なのだが。
 確かに、偵察に行くのは悪いことではなかった。この先にさらに多くの魔物がいるかもしれないし、危険な罠があるかもしれない。魔術による知覚の増幅、そして天性の勘の良さから、危険を察知する能力は一行の中でサンドラが一番優れていた。
 魔術の灯りを携えて小さくなっていくサンドラの後ろ姿を見守りながら、シャルルは深呼吸をした。やはり疲労は隠しようもなく、四肢の各所が抗議の声をあげていた。
 この遺跡に入ってどのくらい時間が経過したのかわからないが、大雑把な感覚としてはおそらく四半日ほどだろうか。浅層の洞窟は魔物の棲みかになっており、奥深くに存在するはずの遺跡の本体にはいまだにたどり着かない。 
 日々魔族と戦いつづけるシャルルがこの遺跡に足を踏み入れる気になったのは、サンドラが街で聞いてきた噂話からだった。
「ねえねえ、聞いて聞いて。山の向こうに、古代文明の遺跡があるらしいわよ」
「古代文明の遺跡?」
「そう。はるかな昔、栄華を極めたムンド文明。知らない?」
 怪訝な顔で問い返すシャルルに、サンドラは得意げに指を立てた。それは、この魔術師の女が時おり見せる芝居じみた仕草だった。
「いや、知ってるよ。俺の国にはムンド文明を研究する学者が大勢いたから」
「あ、そう、つまんないの……それでね、この街にいる商人のおっさんが遺跡荒らしに行って、命からがら逃げ帰ってきたんだって。傭兵のボディガードを何十人も連れて行ったけど、生きて帰ってきたのはほんの二、三人だったらしいわ」
「そりゃ酷いな……ほとんど全滅じゃないか」
「そのおっさんから直接聞いたんだけど、どうもその遺跡、魔物の巣になってるみたいね。洞窟の奥に遺跡があるらしいんだけど、その遺跡にたどり着く前に大半がやられちゃったんだって」
「魔族の部隊が配置されていた……ってことはないのか?」
「そういう話はなかったわね。まあ、遺跡を守る機械の兵隊って魔族とは相性良くないから、多分いないんじゃない?」
「そうなのか?」
「うん。古代の機械兵ってめっちゃ硬いし、魔術が効かないやつもたまにいるから、魔族も手を焼いてるみたいよ。あいつら、大昔はムンド帝国に征服されたことだってあるらしいし」
 そこまで語り、サンドラは一旦言葉を区切った。
「で、ここからが本題なんだけど、あたしたちもその遺跡に行ってみない?」
 サンドラの提案に、シャルルも心を動かされた。
 魔族ですら退けるほど強力な超古代文明の武器、もしくは技術が手に入れば、長らく続く魔族との戦いを有利にすることができるかもしれない。
 悔しいことだが、地上の征服を目論む魔族の軍勢は強大だった。シャルルの故国は抵抗むなしく滅ぼされ、王子である彼も明日をも知れない流浪の身だ。
 しかし、いつかは必ず奴らを退け、苦しんでいる人々が平和に暮らせる世を取り戻してみせる。その決意と責任がシャルルを支えていた。
 もちろん、遺跡から千年以上前の遺物を持ち帰ったとして、シャルルたちに分析や研究ができるわけではない。だが、それが可能と思われる人間には心当たりがあった。シャルルの故国では古代文明の技術を研究していたことから、その筋の研究者に助力を仰ぐつては今もある。
 こうして、故郷を失った亡国の王子は信頼できる仲間を連れ、古代ムンド文明の遺跡に進入したのだった。そして話に聞いていた通り、浅層に大量に生息していた下級の魔物に悩まされている。
 休みつつ物思いにふけっていると、薄暗い洞窟の奥から灯りが近づいてきた。見覚えのある青白い魔術の光は、サンドラのものだった。
「みんな、こっちに来て! どうやら到着したみたいよ」
「なんだって?」
 とりあえず、近くに敵はいないらしい。シャルルたちはサンドラに案内され、慎重に洞窟を進んだ。
 細い通路を抜けると、広い空間に出た。青ざめた壁と天井に囲まれた広大な空間……頭上に浮かべた魔術の灯りでは照らしきれないほど向こうに、巨大な扉らしき壁がぼんやりと見えた。
「ここは……?」
「あの扉が見える? きっと、あれが遺跡の入口だわ。とうとうたどり着いたのよ!」
 サンドラは興奮を抑えきれない様子だった。
 無理もない。ここに来るまでは苦難の連続だった。数多の怪物を退け、一瞬で命を奪う危険な罠に何度もかかりそうになった。信頼できる仲間たちがいなければ、シャルルはとうに神の御許に召されていただろう。
 目の前にあるのは、千年前に滅んだとされる古代文明の遺産への入口。あそこに足を踏み入れ、古代の秘宝を手に入れることができたら、これからの魔族との戦いにおいて大きな力になるかもしれない。
「あの奥に古代の遺跡があるのですね」
 シャルルの隣でクリスがつぶやいた。
「ああ、ようやくたどり着いたみたいだな……でも気をつけろ。何が現れるかわからないぞ」
 シャルルは意識を現実に戻した。辺りには魔物の姿はないが、油断しているといつ何に襲われるかわからない。
「ああ、ゾンビが足りないわ……どこかに死体が転がってないかしら……。人間じゃなくて魔物でも犬でも、この際もう何でもいい……王子様もサンドラも、倒した魔物の死体をメチャクチャにしちゃうんだから……」
 そう嘆いたのはネクロマンサーのゲオルグだった。人間や獣の死体をゾンビに変えて使役する彼女は、シャルルたちの頼れる戦力である。
 この遺跡に侵入するにあたり、ゲオルグはどこから調達したのか、十体ほどの人型のゾンビを連れてきていた。
 動きこそ緩慢ながら、既に死んでいるために傷つくことを恐れない忠実な死者の群れは、盾となり斥候となり囮となって、シャルル達に尽くしてきた。その過程でゾンビは一体ずつ失われていき、今や二体しか残っていない。かなり消耗して心もとない状態だと言える。
「この辺には魔物はいないみたいだけど……なんか嫌な予感がするわね」
「俺も同じ意見だ。あそこに何かが……いるぞ」
 シャルルは暗闇の中に気配を感じた。彼の仲間たちも前方にかすかな光を認めて身構えた。
「敵かもしれない。俺が前に出る」
 シャルルは剣と盾を構え、仲間から数歩前に出た。その両脇に残りの二体のゾンビが立った。
 青く光る点が一つ、重苦しい足音と共に闇の奥から近づいてきた。重厚な鎧を身に着けた鎧武者の足音に似ているとシャルルは思ったが、それは人間の放つ音ではなかった。
「あれは……」
 シャルルは緊張した声をあげた。
 闇の中から現れたのは、巨大な金属の塊だったのだ。無骨な胴体に太い二本の脚と、数本の細い腕が生えていて、青い一つ目で侵入者をにらみつけてくる。
 それが一歩一歩近づいてくるたびに不快な金属音がして、耳の奥が軋むようだ。
 明らかに人間ではない。かといって魔物でもない。
 それは、かつてシャルルの故郷で古代文明の研究者たちが復元に取り組んでいた遺物に酷似していた。
「機械兵……古代遺跡のガーディアンね」
 つぶやいたのはサンドラだった。シャルルは剣を持つ手に力を込め、いつでも攻撃に対応できる体勢を整えた。
「やっぱり、歓迎してはくれないよな」
「遺跡に侵入しようとする者は、誰彼構わず排除するみたいね……気をつけて、シャルル。何をしてくるかわかんないわよ」
 機械の兵士はゆっくりシャルルの正面にやってくると、一つ目を点滅させた。
 青い光が赤に変わったと思った瞬間、金属の腕がそれまでシャルルのいた空間を薙ぎ払った。
「速い!」
 風を斬る音がシャルルの鼓膜を震わせた。
 ぎりぎり躱したつもりだったが、シャルルの外套は無惨に切り裂かれていた。
 歪んだシルエットの腕の先端には湾曲した小型の刃が何本も備えつけられ、敵を切り刻むようになっているらしい。機械兵の腕は正面から確認できるだけで四本あり、それぞれの腕の形状、そして武器がわずかに異なるようだ。
 シャルルの頬を冷や汗が流れた。
 今の一撃は、力、速度共にシャルルよりも上だった。人とは比較にならない怪力を誇る魔物と戦ったこともあるが、そのときとは異なる不気味な脅威を感じた。
「シャルル、下がって! 炎よ、邪なるものを焼き払え!」
 後方からサンドラの放った火球が飛んできて、機械兵に直撃した。
 火球は火柱となって機械兵を包み込んだ。その辺の魔物であれば、充分に絶命するはずの熱量だ。
「やったか !?」
 シャルルの疑問に応えたのは、火柱の中から躍りかかってきた機械兵の刃だった。金属の塊だからか、それとも攻撃魔術への耐性でも有しているのか、さしたるダメージを受けていないようだった。
「くそ、ダメかっ!」
 頭上から振り下ろされた機械兵の刃を辛うじて盾で受け流し、連続して繰り出される水平の一撃を退いて躱す。やはりシャルルのそれをはるかに上回るスピードとパワーだった。
 難敵だとシャルルは思った。
 恐るべき力と速さに加えて、複数の腕を変則的に操って攻撃してくるため、人間や魔物のように攻撃を読むことが難しい。
 密着した戦闘では、いずれやられてしまうことは間違いない。頼りにしていたサンドラの攻撃呪文も、大した効き目が見込めない。どう戦えばいいかわからなかった。
 防戦一方のシャルルに、機械兵はあらゆる角度から斬撃、あるいは打撃を繰り出す。
 今まで戦ってきた魔物のそれとは比較にならない強烈な連続攻撃を紙一重で躱し、あるいは受け流すシャルルだったが、それも長くはもたなかった。機械兵の鎚が脇腹をかすめ、王子はたまらず膝をつく。
「あぐっ……!」
 体勢を崩したシャルルの胴を、巨大な刃が真っ二つに引き裂こうとした。
「シャルル、危ない!」
 機械兵の致命的な一撃を防いだのは、飛び込んできたクリスだった。健気にもシャルルに体当たりをして、彼の体を刃の軌道から逃すことに成功する。
 だが、その代償は大きなものだった。
「クリス !?」
 自分の隣に立つ、白い衣の王女を見つめるシャルル。彼の目が映し出したのは、機械兵の刃に首を刎ねられ真っ赤な花を咲かせるクリスティーヌの姿だった。
 心臓がわずかな間、停止する。
 王子は感情の抜け落ちた表情で、宙を舞う王女の生首を見上げた。
「きゃああああっ !?」
 数瞬ののち、ようやくサンドラが悲鳴をあげた。
「ク、クリスの首が……あ、ああっ!」
 シャルルは脈が飛ぶのを感じた。どこからどう見ても即死したであろう首のないクリスの体は、糸の切れた操り人形のように倒れ、暗い洞窟に鮮血を流しつづけた。
 パーティーの中で仲間の傷を癒せるのは神に仕えるクリスだけだ。そのクリスが死んでしまってはどうすることもできない。傷を治す薬や魔具で治せる傷ではなかった。
 クリスは死んだのだ。それも彼女を守るはずのシャルルをかばって。
 クリスを殺害した機械兵は、感情のない赤い目で変わらずシャルルをにらみつけていた。その血まみれの腕が持ち上げられ、恐るべき一撃が繰り出されようとしていた。
「よ、よくもクリスを……おおおおっ!」
 シャルルが正気を保っていられたのはそこまでだった。彼は剣を構え、獣にも似た動作で機械兵に飛びかかり……そして無情な刃の餌食になった。

 ◇ ◇ ◇ 

 気がつくと、シャルルは闇の中にいた。
「ここは……?」
 自分が目を開いているのか、閉じているのかもわからない真っ暗な場所にシャルルはいた。己の発した声は聞こえるものの、その他の感覚が存在しないことに戦慄する。
 体は指一本動かすことができず、そこに腕があり、手があり、指があるという実感さえない。生まれて初めての体験だった。
「俺は……いったいどうなったんだ。たしかあそこで、機械兵と戦って……」
 目覚めた彼が覚えている最後の記憶は、古代遺跡のガーディアンとの戦闘に関するものだった。その辺の魔物とは比較にならない破壊力とスピードを兼ね備えた恐るべき殺人機械と相まみえ、瞬く間に彼は追い詰められた。
 そして……。
「俺は……死んだのか? クリスも守れずに……」
 血も涙もない機械兵の放った刃によって、彼が愛する聖女は死んだ。シャルルの目の前で首を刎ねられ即死したのだ。そしてその凄惨な光景を目にして我を忘れた彼は、無謀にもクリスの仇である機械兵に突っ込んでいき……。
 覚えているのはそこまでだった。
 それからどうなったのかはわからないが、おそらく自分は死んだのだろうとシャルルは結論づけた。
 魔族の大軍勢に攻められ、焼け落ちる城から自分の命と引き換えに彼を逃がしてくれた両親と騎士たち。単身落ちのび傷だらけの体で聖王国を目指す彼と出会い、仲間として常に支えてくれた魔導師の女。何もかもなくしてしまった彼を優しく迎えてくれた聖王国の国王と姫君たち……今までシャルルを助け、彼が滅ぼされた故国を復興させることを期待した彼らの努力はすべて無駄になった。
 情けないことだった。
 今この瞬間も、魔族に苦しめられている人々が大勢いる。奴らに焼かれた町は数知れず、小さな国が滅ぼされることさえしばしばある。
 そうした現状を打開し、罪のない人々が苦しまなくてもいい世の中を目指して剣を振るってきたシャルルだが、あまりにもあっけなく死んでしまった。
 国を守れず、必ず守ると誓った聖王国の姫君も守れず、自分の命さえ守ることができなかったシャルルの旅は、ここで終わりを迎えたのだった。
「そうか、俺は死んだのか……ごめんよクリス。ごめんよ、皆……」
 シャルルは涙を流し、あるべき自分の肉体が永遠に失われてしまったことを悔やんだ。
 おそらく今のシャルルは幽霊と呼ぶべき、意識だけの存在になっているのだろう。喋ったり泣いたりはできるようだが、ものを見たり触ったりする能力は失われているのかもしれない。
 死んだあとも霊魂がこの世に残りつづけるのであれば、いっそ悪霊となって憎き魔族に仇なすことができればいいのに……シャルルは強く念じたが、それは何の意味もない無駄な行為に過ぎなかった。
 これから自分はどこへ連れていかれるのだろうか。
 亡国の王子は己の末路に思いを馳せた。
 無辜の人々を救えなかった無能な自分はたとえ地獄行きになっても構わないが、地獄とはいかなる場所かよく知らない。
 地獄には魔族がひしめいていて、無力な霊となった自分を永遠に苦しめるのか。もしくは戦うことができるのか。それとも、死んだ自分はすべての記憶を失い、新たな命として生まれ変わるのだろうか。さもなくば麗しい戦乙女が自分を迎えに来て、神のしもべとして戦わされるのかもしれない。
 今まで剣の道にしか関心のなかった若いシャルルには、己が死を迎えたあと、どんなところへ行くのか見当もつかなかった。
「最後にクリスに会いたかったな。ごめんって謝らなきゃ……」
「シャルル!」
 不意に自分を呼ぶ声に、シャルルは耳を疑った。
 今、この世で最も聞きたい声が自分を呼んだのだ。
「クリス! クリスなのか?」
 闇の中、シャルルは声がした方向に必死で目をこらした。
 すると、何も見えない暗闇の奥から女の顔が近づいてきた。
「シャルル! わたくしはここですわ!」
「クリス!」
 涙を流すシャルルの前に現れたのはクリスだった。
 神話に出てくる妖精が女神のために編んだような美しく繊細な金色の髪に、シャルルは目を細めた。
「本当にクリスなのか……? 会えてよかった。本当によかった……」
「わたくしもですわ……わたくし、自分が死んだものと思っておりましたの」
 クリスは目尻に涙を浮かべた。「今までずっと、独りで暗い場所におりました。悲しくて、怖くて……でも、シャルルの声が聞こえたんです。あなたのおかげで、わたくしはここに来ることができました」
「やっぱり俺たちは死んでしまったんだな。クリスのその格好……」
「ええ、そのようですわね……わたくしには自分の姿は見えませんが、シャルルのお姿はよく見えますわ……」
 シャルルの目の前に浮かぶクリスには体がなかった。
 首だけ……麗しい美貌だけが真っ暗な闇の中に浮かんでいたのだ。首から下の体はどこにもない。
 シャルルが目にしたクリスの最期は、機械兵の刃に首を切断され即死するというものだった。推測だが、命を落として霊魂だけになった者は、ここでは死んだときの姿そのままになるのだろう。
「クリス、体がないよ……首だけだ」
「シャルルもですわ……わたくしたち、どちらも体をなくしてしまったのですね」
「お揃いだな、俺たち……ははは」
 二人は顔を見合わせ、どちらからともなく笑った。どんなに悲しくても悔しくても、愛する相手と再会できた喜びに勝るものはない。シャルルもクリスも涙を流して笑いつづけた。
「ごめんよ、クリス。君を守ってやれなくて。それどころか最後は君に守ってもらって……」
 笑い疲れたあと、シャルルは言った。
「いいえ、謝るべきなのはわたくしの方ですわ。随分とあなたの足を引っ張ってしまいました……」
「そんなことない。君がいたから、今まで俺は戦ってこられたんだ。そして今もこうして君と一緒にいられる。本当にありがとう」
「ふふふ、わたくしも同じ気持ちです。またシャルルにお会いできて、本当に素晴らしいですわ。死んでもご一緒できるなんて……神が最後にわたくしたちを憐れんでくださったのでしょうか」
「もう離れないよ、クリス。たとえこのまま地獄に落とされても、クリスと一緒ならどうってことない」
「わたくしもですわ、シャルル……ああ、体があればあなたに抱きついていられるのに」
 誰にも邪魔されないはずの冥界の闇の中で、首だけになったシャルルとクリスは頬を寄せ合い、永遠に共にいることを誓いあった。
 だが、二人きりの時間は長くは続かなかった。
「剣の国の王子、シャルル・ド・ヴェクス。そして聖王国の第一王女、クリスティーヌ・マリー・フォン・サンノーブル……」
 突然、名を呼ばれて王子と王女は驚愕した。
 首だけの二人は辺りを見回したが、声の主はどこにもいない。
「だ、誰だ? サンドラでもゲオルグでもない……」
「これは……ああ、なんてことなの。感じますわ、主の気配を……」
 シャルルと違って、神に仕える聖女はこの世ならぬものの来訪を感じ取ったようだった。クリスティーヌの顔が引き締まり、恋する乙女から清らかな聖職者へと表情を変えた。
「か、神様だって? 俺たち、神様のもとに呼ばれたのか……?」
「シャルル、クリスティーヌ、そなたたちは死んだ」
 声の主は姿を見せないまま二人に語りつづける。「本来であれば二人とも暗く深い地の底に送られ、来るべき復活の日まで長きに渡り、死の無念と苦痛を背負いつづけなくてはならぬ。他の多くの人間がそうしているように……」
「そうなのか? クリスは世のため人のために癒しの力を使いつづけたから、てっきり天国行きだと思ってたが……」
「たしかにこの娘にはその資格があるが、この娘は我のそばではなく、そなたと共にあることを望んでいる。ゆえに二人揃って冥界送りである」
「ああ、父よ、ありがとうございます!」
 聖女である自分が天国に行けないと聞かされ、プリンセスは泣いて喜んだ。「あなたに生涯を捧げると誓っておきながら、この人と共にいたいと望むわたくしの背信……たとえ地獄に落とされてもお恨みは致しませんわ」
「でも、本来であれば……って言ったよな。どういうことだ?」
 シャルルは声の主に訊ねた。さきの発言からすると、自分たちには冥界送り以外の道が用意されているように思えたのだ。
「己が無力により命を落とした、哀れなシャルルとクリスティーヌ……そなたたちの友が現世で蘇生の儀式を始めた。そなたたちに新しい命を授けるゆえ、現世に戻ってその力を世のため役立てるがよい」
「友……サンドラとゲオルグか」
「蘇生の儀式ということは、きっと街の教会の方々が力を貸してくださったのですわ。わたくしたち、生き返ることができるのですね……」
 死せる二人は驚き、喜びを分かち合った。頼れる仲間たちのおかげで、現世に蘇ることができるのだ。
「地獄の底までクリスと一緒だって言ったけど、それは先の話になっちゃったな」
「でも、わたくしはずっとあなたと一緒ですわ。蘇っても、そしてまた死んでも……」
「それでは、二人に新しい体と命を授けよう。志半ばで斃れることが二度とないよう、今後は心するのだ」
「承知いたしました、父よ。わたくしたちをお助けくださり、限りない感謝を捧げます。蘇ったら、これまで以上に世の人々のために力を尽くすことを誓います」
 クリスが目を閉じて祈ると、二人の前に首のない男と女が現れた。
 腰に剣を佩び、白銀色の鎧を身に着けた若い男の体……それはシャルルの体だった。その隣には、聖王国の紋章が各所にあしらわれた白い衣を着た、小柄な少女の体が立っている。それはクリスティーヌの首なしボディだ。
 首のないシャルルの体とクリスの体。もとは自分のものだったはずなのに、こうして向かい合うと凄まじい違和感がある。おとぎ話に登場する首無し騎士を連想した。
 そんな首のない男女の体が、復活を待つシャルルとクリスの生首にゆっくり歩いて近づいてくる。
「生き返ったら、これまで以上に張り切って魔族と戦わないとな。国の復興も何とかしないと……」
「わたくしもこの命をかけて協力いたしますわ、シャルル。ずっとあなたと一緒におります」
「ありがとう、クリス。そしてありがとう、神様。俺もこれからは心を入れ替えて、もっとあなたに祈りを捧げる……あれ?」
 そこでシャルルは疑問を抱いた。
 剣を佩びたたくましい自分の手ではなく、クリスティーヌの白魚のような指がシャルルの頬をつまんでいた。
 そして頭部を失った聖女の体は両手でシャルルの生首をつかみ、自分の肩に載せようとする……。
「お、おい、違うぞ。これは俺の体じゃなくてクリスの……!」
 困惑するシャルルの首がプリンセスの体と繋ぎ合わされ、復活が始まった。
 十八歳の王子の脳が十七歳の王女の体に接続され、微弱な電流が神経を走る。華奢な四肢が震え、失われた手足の感覚をシャルルは取り戻した。白く柔らかな手が自分の意思で動くのを王子は見た。
 動くようになった首で体を見下ろすと、男の剣士ではなく聖衣を身にまとった少女の肢体がそこにあった。膨らんだ乳房におそるおそる触れると、柔らかなものに触る感触と触られる感触が同時にして、シャルルは思わず声をあげた。
 衣をめくった股間には本来あるべき男の象徴がなく、心細い感覚があるだけだ。気が動転したシャルルは、己の平らな股間をしばらく触っていたが、そうすることで少しずつ体が熱くなっていくような気がした。
「そ、そんな。これは俺の体じゃないぞ。これはクリスの体じゃないか……!」
 シャルルが愛する麗しい少女の肢体は、もはやクリスのものではない。今その体を所有し支配しているのはシャルルの脳であり魂なのだ。
「ど、どうしてこんな……!」
「ああ、なんてこと。シャルルはわたくしの体になってしまったの……」
「クリス !?」
 聖女の声に振り返ると、首から下が屈強な剣士の体になったクリスティーヌがそこにいた。
 プリンセスの体を繋ぎ合わされたシャルルの首と同じく、クリスの美貌にたくましいプリンスの体が結合していた。見目麗しい王女はどんな格好をしてもよく似合う……と一瞬ながら思ったが、すぐにそれどころではないことをシャルルは思い出す。
 シャルルはクリスを見上げ、その体に両手で触った。硬く冷たい鎧の感触がするだけで、元は自分の体だというのに、今は他人の体としか思えなかった。
 多くの魔物と戦いつづけて鍛え上げたシャルルの体は、もはやシャルルのものではない。剣を握ったこともない聖王国の第一王女に丸ごと奪われてしまったのだ。
「お、俺の体が……クリスのものに」
「わたくしの体に……シャルルの頭がついていますわ。ああ、首が完全に繋がってる……」
 革の手袋をはめた無骨な手が、シャルルの白い首筋を撫でた。首のつけ根の辺りでシャルルの肉とクリスティーヌの肉が繋がっているようだ。
 そして、それはクリスも同様だった。
「ど、どういうことだ! おい、神様! これはいったいどうなってるんだよ !?」
「そなたたちは生前の姿で蘇るわけではない。そなたたちの友の不始末ゆえに……」
 声の主……もはやこの世から実存を失ったと伝えられる造物主は、冷静そのものの声で答えた。
「不始末 !? いったいどういうことだよ!」
「邪なる呪法……そなたたちがネクロマンシーと呼ぶ魔術の使い手が、そなたたちの首を挿げ替えたうえで生ける屍に変えてしまった。これはその報い……邪な呪法に頼った報いである」
「ネクロマンシー !? ゲオルグが何をしたっていうんだ! いったい何がどうして、俺がクリスの体にならなきゃ……」
 動転して大騒ぎするシャルルの肩を、クリスの力強い腕が押さえつけた。
「落ち着きなさって、シャルル。たとえ体が入れ替わっていても、ありがたくも蘇らせていただけるのです。主や現世の皆さまに文句を言っては罰が当たりますわ。わたくしは主の御心に従います」
「しかし、俺が女でクリスが男なんて……この非力な体じゃ剣も握れないぞ。これから俺はどうすりゃいいんだ!」
「わたくしは別にこの体でも構いませんわ。愛する人の体と一つになる喜びは、言葉では言い表せないほどです。シャルルにはのちほど蘇生や治癒の魔法を教えて差し上げますから、それでわたくしをお助けください。代わりにわたくしがこの手に剣を握ってあなたを守る。これからはそうするのも悪くないと思いますわ」
「そ、そんな……俺が君を守るって決めたのに」
「またあなたと現世に戻り、死ぬまで……いいえ、死んでも一緒にいられるのです。それ以外に求めることは何もございません。父よ、誠にありがとうございます」
 クリスはシャルルのか細い女体を力強く抱きしめ、造物主への感謝の祈りを捧げた。
「さあ、シャルル、わたくしと共に現世に戻りましょう……」
 それが合図とでもいうように、シャルルとクリスの姿が薄くなっていく。
 遠い遠いところにいる誰かに呼ばれるのを感じた。おそらく、現世に残る仲間たちなのだろう。
「こ、このまま蘇るのか……? クリスの体と入れ替わったままで……そ、そんな……」
 シャルルの意識が少しずつ薄れ、己がだんだんこの世のものではなくなっていくような感覚を抱く。
 それは錯覚なのだろう。シャルルがこの世のものではなくなるのではなく、その反対。
 この世のものではなくなったシャルルが、神聖な奇跡により再びこの世のものになる……おそらく、それが正しい表現ではないかと思われた。
 やがてシャルルは意識を失い……そして再び目覚めたとき、自分が生身の肉体で寝台の上に横たわっていることを自覚するのだった。

 ◇ ◇ ◇ 

「いえーい、いっちばーん!」
 サンドラは宣言するが早いか湯の中に飛び込んだ。湯気の中からしぶきが飛んできて、シャルルの金色の前髪を濡らした。
 日頃であれば年上の仲間の乱行に呆れ果てるところだが、疲れ切った今はそんな気にならない。シャルルは爪先を湯につけて湯加減を確かめると、体をゆっくり水面下に沈めていった。
 いい湯だった。魔物たちとの戦闘に明け暮れ、野宿続きで疲労の溜まった体がじんわりと温められ、ほぐれていくのが実感できる。まるで天国にいる気分だ。
「泉で水浴びができるだけでもありがたいのに、湯が湧いてるなんて思わなかったな」
 シャルルは長く長く息をついた。気を抜いたら眠ってしまい、頭まで沈没しそうだった。
 旅を続けるシャルルたちが草深い山中で発見したのは、ぼろぼろの廃屋だった。人が住まなくなってかなりの年月が経っているようで、木の壁や天井のあちらこちらが腐っていたが、木陰で野宿し風雨に晒されるのに比べたら、天と地ほどの差がある。
 一行が驚かされたのが、廃屋の裏手に湯の湧く泉があったことだ。この周辺には火山が多く、地中の水が火山の熱に温められ湯となって湧き出すのだろう、というのがサンドラの分析である。
「せっかくだから湯浴みしましょ、湯浴み。もう三日も野宿で体がドロドロなんだもん」
 明るくひょうきんものの女魔術師はそう提案すると、さっそく汚れた衣服を脱ぎ捨て、一糸まとわぬ姿で泉に向かった。
 シャルルは敵に襲われる可能性を考え、自分が見張りに立つと申し出たが、その役目はゲオルグが引き受けてくれた。
 常に黒いローブをまとうネクロマンサーのゲオルグは、仲間といえども自分の顔や肌をあまり見せたがらないようで、あとで一人ゆっくりと湯につかることを希望した。シャルルとクリスは彼女に礼を言い、サンドラのあとを追った。
「とても気持ちいいですね、シャルル」
「ああ、本当だな」
 クリスと湯の中で肩を並べて夢見心地にひたっていると、膝上ほどの水位の湯をかき分けて、サンドラが近づいてきた。
「二人とも、何じっとしてるのよ。せっかくのお湯なのに、リアクションが薄いわよ」
 髪と同じく黒々とした陰毛を隠そうともせず、腰に手を当てて堂々と仁王立ちするサンドラ。汗と垢で多少汚れてはいるが、その若くグラマラスな裸体を見れば、世の男のほとんどが欲情せずにはいられないだろう。  張りのある豊かな乳房の先端はつんと上向き、形が崩れていたり垂れ下がっていたりは決してない。背丈は女性として平均的だが、手足が細く長いため、全身がすらりとしている印象を受ける。
 あたかも自分に見せつけるようにして近づいてくるサンドラの艶やかな体に、シャルルも思わず彼女を凝視してしまう。
「ほら、シャルル、あたしと体の洗いっこしましょ」
 サンドラは赤面するシャルルの手をとり、疲れ果てた彼女を無理やり立たせた。熱い湯を手ですくってシャルルの脇腹に塗りたくり、敏感な肌を刺激して戯れるのが楽しいらしい。そのくすぐったい感触に、シャルルは身をよじった。
「こら、やめろよ。おい、胸を揉むな……」
「ふふ、気持ちいい? 女の子になったシャルルは乳首が気持ちいいんだっけ?」
 長く形の整ったサンドラの指がシャルルの膨らんだ乳房を搾り、勃起しはじめた乳頭を強く抓った。
 シャルルはあられもない声を発して湯の中にへたり込んだが、悪戯好きのサンドラはシャルルの女体をもてあそぶのをやめようとしない。後ろから小柄なシャルルを抱きかかえる体勢で、彼女の股間にも魔手を伸ばしてきた。
「し、下はダメだ。ああっ、ダメだって言ってるのに……」
 陰毛の薄い女の秘所をまさぐられ、シャルルは茹で蛸のように赤くなった。充血した耳たぶをサンドラに噛まれ、悩ましく身をくねらせる。
「何がダメなの? 今のあたしたちは女の子同士じゃない。これくらいスキンシップとしては普通よ」
 サンドラに耳元で囁かれ、シャルルは自らの体を見下ろした。滅びた王家に伝わる剣を手に魔族と戦い続ける引き締まった男の身体は、もはやシャルルにはない。透き通った湯の中に見えるのは、白く華奢な少女の肢体だった。
「いけませんわ、サンドラさん。シャルルが嫌がっていらっしゃるじゃありませんか」
 クリスは女魔術師の淫行をたしなめ、シャルルを助けるために立ち上がった。
 聖王国の第一王女、クリスティーヌ・マリー・フォン・サンノーブルの繊細な美貌の下には、鍛えられた若い男の肉体が繋がっていた。その股間からは雄々しいペニスが天を向いて伸びていて、乳繰り合う二人の女たちを威嚇した。
 シャルルもクリスも異様な姿をしていた。
 十八歳の王子シャルルの首から下は、プリンセス・クリスティーヌの瑞々しい女体。
 十七歳の王女クリスティーヌの首から下は、剣士として鍛えられたプリンス・シャルルの男の体。
 半年ほど前、ある事件によって互いの首を挿げ替えられてしまったシャルルとクリスは、いまだに元に戻っていない。元の体に戻るためにシャルルは様々な手段を試してみたが、無駄な努力で終わってしまうのが常だった。次第に諦めと受容の境地に達しつつある。
 仲間たちも当初は二人の肉体交換に戸惑ってはいたが、今ではそれにも慣れ、二人が元の体に戻れないことを前提として旅を続けるべきだというのが、現在の一行の共通見解になりつつあった。特にクリスは、屈強な男の体でパーティーの前衛を務めることを非常に気に入っているようだ。
 男の体になったクリスが剣を振るって仲間の女たちを守り、聖女の肉体を得たシャルルが神に祈って傷ついたクリスを癒す。入れ替わる前と比較すると、どちらも戦力としては大幅に低下してしまったが、新しい自分の体を使いこなせば以前と遜色ない働きを見せることができるはずだ。シャルルもクリスもそのための努力を日々重ねている。
 男になって半年が経つクリスティーヌは、立派に反りかえった一物を隠そうともせず、咎めるような表情でサンドラとシャルルの前に立った。
「ごめんね、クリス」と、不意に殊勝な顔をしてかしこまるサンドラ。
「いえ、わかっていただけたらよろしいのです」
「クリスだけ仲間外れにしちゃったから怒ってるんだよね? ごめんね、ちゃんとクリスのココも可愛がってあげるからね」
 サンドラは妖しい笑みを浮かべ、無造作にクリスの勃起を握りしめた。
「ああっ、何をなさいますの? 違います、わたくしは……」
「何も違わないわよ。ふふっ、こんなにおチンポおったてちゃってさ」
 サンドラのしなやかな手が、クリスをつかんで上下に扱きだした。
 聖女だった少年は違う違うと首を振りながらも、サンドラの手を振りほどこうとはしない。凛とした顔のクリスがサンドラにペニスを握られ、情けなく腰を引いて喘ぐさまは実に滑稽だ。
「ああ、たくましい。ますます硬くなるわ……どうせあたしとシャルル、どっちのアソコに先にハメようか考えてるんでしょ? スケベな元お姫様ね」
「ち、違いますわ。わたくしはただ、シャルルが……」
「何も違わないわ。さあ、正直に言いなさい。スタイル抜群のサンドラ様にこのたくましいおチンポをハメてみたいですってね。それとも聖女様の体になったシャルルの方がいいのかしら。ねえ、クリスティーヌお兄ちゃんはどっちにハメたいの?」
 サンドラはサディストの顔になってクリスを責めたてた。
 クリスは両手で顔を覆って泣き声さえあげたが、サンドラの長い指でも握りきれない太い陰茎は、ますます活力を増して先走りの汁をにじませた。いくら否定しようが、気持ちいいのは間違いない。
「お、おい、サンドラ……」
「シャルル、あんたもその綺麗な手でクリスのおチンポをシコシコしてあげなさい。自分のものだったんだから、やり方はよく知ってるでしょ?」
 女魔術師は空いた方の手でシャルルの手を引き、血管の浮き出た雄々しいクリスの一物を無理やりシャルルに握らせた。
「うう、脈打ってる……」
 シャルルは震えあがった。手の中でびくびくと脈動するたくましい男性器は、もとは自分のものだった。だが、今は聖女の体の一部となって、原始的な生殖の欲求を満たそうとざわざわしている。
 えらの張った笠の辺りをシャルルは握った。シャルルのたおやかな女の手が、クリスのペニスを軽く締めつけたのだ。
 効果は覿面だった。
「ああっ、ダメです、シャルル。二人いっぺんに握られたら、わたくし……ああっ、出る、出ますっ」
 クリスは泣きながら背筋を反らし、何日間も我慢し続けたであろう牡の欲望を解放した。白い樹液がマグマのように噴き出し、女たちの火照った肌にこびりついた。
 その迫力にシャルルは目を見張った。男だったときはごく当たり前だった射精という現象だが、首から下が女の体になった状態でお目にかかると、名状しがたい不安と体の火照りを感じる。
(クリスのチンポ、すごい勢いで射精してしまった……)
 クリスを握るのと反対側のシャルルの手が、自然と己の股間に伸びた。サンドラにまさぐられ、クリスの精を肌に浴びた十七歳の女体は、じくじくと芯が疼き、甘い蜜を止めどなく垂れ流していた。
 これほど濃厚な精を直接体内にぶちまけられたら、自分はどうなってしまうのだろうかとシャルルは思った。
 いまやシャルルは女で、クリスは男。愛する男のペニスを肉壺でくわえ込んで腹の底に新鮮なスペルマを注ぎ込んでもらうのは、一人の女としてとても自然なことのように思えた。
「えっへっへ、クリスのザーメン大爆発ー。でも、まだ全然萎えないのね。素敵だわ」
 手のひらについた少量の精液を舐めとると、サンドラは赤ら顔のシャルルを一瞥した。「シャルルの方も準備万端……か」
 裸の女魔術師は息を荒げるシャルルを押し倒し、泉の縁の平らな岩に仰向けで寝かせた。これから何が始まるか訊ねずとも、自分の両脚の間に入ってくるクリスを見れば一目瞭然だった。
「じゃあ、最初はシャルルに譲ってあげる。あたしはあんたのあとでいいわ」
「お、おい、サンドラ……んんっ」
 サンドラの顔が視界を覆い、シャルルの唇を柔らかなもので塞いだ。舌を互いの口内に差し入れる大胆なキスに熱中していると、シャルルの両腿の間にクリスのものがあてがわれた。
「シャルル、入れてもよろしいですね」
 返事を待たず、クリスの硬い穂先がシャルルの膣に侵入してきた。ぞくぞくした感覚が背筋を這いあがり、甘美な痺れが下腹から全身へと広がっていく。
「ああああ……す、すごい」
 犯されている。
 男だった自分が、女だったクリスに犯されている。
 ズン、ズンと重い突き込みがシャルルを穿ち、王子だった王女の呼吸を乱れさせた。小柄な少女の体にはやや大きすぎるペニスだったが、苦痛はない。互いの体が入れ替わってから数ヶ月、何度も何度も交わるうちに、うら若き乙女の体は乱暴な交合に適応しつつあった。
「ああっ、クリス、クリス……」
「シャルルのアソコ、とっても締めつけがきついですわ。またすぐに出ちゃいそうです」
 自分の唇をぺろりと舐めて、クリスは笑った。
 男としてシャルルやサンドラを抱くのに抵抗があると口では言うが、挿入さえしてしまえばたちまち獣に変わり果てることを仲間の皆が知っていた。普段から若く美しい三つの女体に囲まれ、健全な男が煩悩を断ち切れるはずがないのだ。
 クリスはシャルルのか細い腰を押さえつけ、力強く彼女を犯した。将来を誓い合った男と女の結合部は互いの汁にまみれ、往復するたび卑猥な音をたてた。数日分の男女の体臭に、栗の花に似た臭いが加わって嗅覚が麻痺しそうだった。
「ひっ、ひいっ、こんなの耐えられない。俺、男なのにこんなに乱れて……」
「シャルル、お顔が嬉しそうに緩んでいますわ。ずっと見ていたくなる素敵なお顔ですこと」
 聖王国の人々から敬愛される第一王女は、鼻息荒く自分のものだった女体を犯した。
 クリスの意思が王子の体を支配し、王女の体を蹂躙してシャルルを喘がせる。運命のいたずらにより性別と体格が入れ替わった男女は、サンドラに煽られるがまま背徳的な交わりにのめり込んだ。
 おそらく、クリスもシャルルも二度と元の体には戻れまい。
 シャルルは神に祈りを捧げる聖女として仲間や人々のために癒しの力を行使し、クリスティーヌは無骨な鎧を身にまとって仲間や人々のために剣を振るう運命にある。
 長らく続く魔族と人間の戦がいつ終わるのか、そもそも終わりを迎えるのかもわからないが、もしもシャルルたちの努力が実って平和な時代が訪れたら、いつかクリスは本来王子のいない聖王国の正統の後継者として即位することだろう。そして、その隣にはきらびやかな王妃のドレスを着たシャルルが座すに違いない。
 夜な夜なクリスと体を重ねて聖王国の世継ぎを身籠ることが、いずれシャルルの重大な使命になる。滅亡した王家を再興するためにも、できる限り多くの子を出産しなくてはならないのだ。まだ十代の少年少女の下半身に、二つの王国の未来がかかっていた。
「んっ、ああっ、シャルル……もう我慢できません。わたくし、そろそろ出ちゃいそうですわ」
「ああ、いいよ。んん……俺ももうすぐイクから。んっ、んああっ」
 己を穿つたくましい陰茎に濡れた肉びらを絡めながら、シャルルはクリスの子を孕まされることを夢見た。細い脚をクリスの硬い背中に回して、彼が自分の内部から抜け出すことを許さない。
「いけませんわ、シャルル、お放しになって。このままでは中に……あっ、ああっ」
「大丈夫だよ、クリス……んっ、俺は大丈夫だから、このまま中に出してくれ。おおっ」
 シャルルは大丈夫だと言いながら、何が大丈夫なのか自分でもわからなかった。孕むことはないから大丈夫なのか、それとも孕んでも大丈夫なのか。ただ、自然に脚が相手の体に絡みつき、子宮が震えて膣内射精を待ちわびているのははっきりとわかった。
「出ます、シャルル。ああっ、また出るっ、中に出しちゃうっ」
「あああっ、イク、おかしくなるうっ」
 ラストスパートの激しい突き込みに失神しそうになりながら、シャルルは歓喜と共に絶頂の瞬間を迎えた。剥き出しになった女そのものに灼熱の衝動を撃ちかけられるのを感じ、心地よい官能の波紋に全身が揺さぶられる。
 女の体になって何度も味わってきたオルガスムスだが、いまだに慣れることがない。身も心もとろけるような体験だった。
「うわあ、激しい……シャルルったら、ホントに妊娠しちゃうんじゃない?」
 シャルルの上半身に覆いかぶさって接吻を続けていたサンドラが笑った。とろんとした顔のシャルルを愛しそうに撫で、半ば意識を失った彼女と交代でその体をクリスに差し出す。
「あたしにもお願い、クリス。シャルルの次はあたしを抱いて」
「承知しました。ああ、サンドラさんの体、ムチムチでたまりませんわあ……」
 自分に背を向けたサンドラを後ろから抱きしめ、クリスは嘆じた。肉づきの薄いシャルルの女体よりも、発育のいいサンドラの体の方に心惹かれる男は多いだろう。形のいい乳をわしづかみにすると、精を放ったばかりのペニスが見る間に活力を取り戻す。
 今度はクリスとサンドラが結合した。
「ふふ、サンドラさんの中、わたくしを大歓迎していらっしゃいますわ。シャルルほど締めつけはきつくはありませんけど、おチンポを包み込んでくるこの温かい感触がたまりませんの」
 犬の交尾を思わせる姿勢で女魔術師の背にのしかかり、クリスは微笑した。
「ああん、素敵よクリス。すっかりいやらしい男の子になっちゃったわね」
「仕方ないことですわ。こんな淫らな体にたらし込まれては、乱れてしまうのも当然ですわ」
「ひとをサキュバスみたいに言わないでよ。あっ、ああっ、そこイイっ」
 グラマラスな女体を弾ませ、サンドラは下の口でクリスティーヌのペニスを頬張る。
 クリスの手がサンドラの豊かな胸をもてあそび、硬くなった乳首を指で摘みあげていた。
「サンドラさんの気持ちいいところ、わたくしはよく存じ上げております。この辺りをこのように突くとよろしいんですのね」
「あっ、ああっ、イイ。それイイの。あたしの弱いところ、クリスに全部知られちゃってるよう……ああっ、あひっ。イク、イクっ」
 火照った体がビクビク震え、才ある女魔術師は早くも絶頂を迎えた。
 だが、精力尽きぬ聖王国の王子がそれでやめるはずもない。緩くなったサンドラの体を力任せに犯し、互いの立場が対等ではないことを思い知らせた。
 いまやシャルルもサンドラもクリスティーヌの女だ。若く性欲溢れる彼が抱きたいと言えば、いついかなるときも秘所を湿らせ、たくましいペニスを迎え入れなくてはならない。
「サンドラ、気持ちよさそうだな……」
 ようやく意識がはっきりしてきたシャルルは、白目を剥いてクリスに蹂躙されるサンドラの頬に手を伸ばし、気をやる彼女を助けてやった。
 女魔術師の柔らかな唇に自分のそれを重ね、先ほどとは反対にシャルルがサンドラに口づける。よだれがあとからあとから湧き出す口内を舌で丁寧に舐め回し、聖女になったシャルルは信頼する友人の唾液を飲み干した。
 王子と女魔術師の唾液が混ざり合い、聖王国の王女の胃袋へと落ちていく。一度は落ち着いた女の芯がまたも燃え上がり、シャルルを卑しい牝へと変えた。
「んっ、はあっ、サンドラ……満足したらまた俺と替わってくれよ」
「んん、シャルル……ダメよ、バカ。約束破ったあんたの言うことなんて、聞きたくないんだから……」
「約束?」
「そう、約束……ああっ、またイクっ、気持ちいい……」
 サンドラは小刻みに繰り返される絶頂に悶えながらシャルルを責めたが、彼女には思い当たるふしがなかった。何か機嫌を損ねることをしただろうか。
「約束って、何だよ……はあっ、何の話なのか教えてくれよ……んっ、んんっ」
「ああっ、またイっちゃう……シャルル、ホントに覚えてないの? あんたが……ああっ、いつかあたしをお妃にしてくれるって約束よ」
「ああ、そういえば……」
 サンドラと情熱的な接吻を繰り返しながら、シャルルはかつて彼女と交わした会話を思い出した。
 シャルルの国が魔族に滅ぼされ、単身落ちのびた彼が寂れた村で初めて出会った仲間がサンドラだった。供も連れず傷だらけで聖王国に向かう王子に彼女は大いに同情し、護衛の任を引き受けてくれたのだった。
 そのときサンドラは、「国が復興したらあたしを妃にしてくれる?」と訊ねてきた。何もかもを失い自暴自棄になっていたシャルルは、深く考えもせず頷いたのだが……まさか自分が女になってしまうとは夢にも思わなかった。
「ごめんな、サンドラ。俺が男のままだったら、いつか約束通りお前をクリスともども俺の妃にしてやるつもりだったんだけど、この体じゃあ……」
「バカ、遺跡のガーディアンなんかに殺されたヘタレ、おチンポハメられて大喜びする変態王子。誰があんたなんかのお妃になってやるもんですか……!」
 サンドラは獣の姿勢でクリスに犯されながら、腹いせと言わんばかりに両手でシャルルの乳をわしづかみにした。
「おい、やめろ。こんなに揉まれたら……んんっ、あっ、気持ちよくなっちまうだろっ」
 半年前と比較して随分と大きくなった乳房を揉みしだかれ、シャルルは喘ぎ声を抑えられない。自分が日々女として成長しつつあることを自覚し、嬉しいやら恥ずかしいやらわからない。首が挿げ替わった当初は違和感しかなかったこの聖女の体にも慣れ、女の着替えや排泄、生理も今となっては何でもない日常の一部に過ぎない。
 治癒の奇跡のため信仰心を高めた結果、今ではこの肉体交換を神に感謝することもしばしばある。自分の体を最愛の女と取り替え、肉体と魂の混じり合った状態で共に過ごすことは、ある意味でこれ以上なく幸福なことではないかと現在のシャルルは思う。聖女の瑞々しい体で自慰や性交を楽しむのも最高だ。
「ごめんな、サンドラ。今の俺はクリスの妃にならなきゃいけないんだ。許してくれ……」
「あん、あんっ。絶対に許さないんだから。あんたとクリスはお姫様と王子様で、ゲオルグだって実はどこかのお姫様の血を引いてるっていうし、四人の中で卑しい平民はあたしだけ。あんたにずっとついていけば、そんなあたしだっていつかは一国のお妃さまになれると思ってたのに……」
「そんなこと考えてたのか……お前だって大事な仲間なのに。血筋なんて関係ないだろ」
「ご安心なさって、サンドラさん」
 艶めかしいサンドラの体を貪っていたクリスが言った。「シャルルの代わりに、わたくしがあなたを妃にして差し上げますわ。シャルルに次ぐ第二夫人ですけれど、わたくしの子を産んでくだされば、その子が聖王国の世継ぎになるかもしれません」
「ええっ? クリス、それは……いいのか?」
「本当 !? やったあ! あたし、クリスティーヌの赤ちゃん産みます! 産ませてください!」
 現金な女魔術師は淫らに腰を振り、全身全霊でクリスに奉仕する。悶えるクリスの精をたっぷりと搾り取り、彼の子を孕もうと舌なめずりをしてみせた。
「中に出して、クリス。お願い、あたしに王子の赤ちゃん産ませて、孕ませて!」
「ああっ、出る、出ます。サンドラさん……出るっ、ああ、イクっ、イキますのっ」
「イク、またイっちゃう! あああ、おしっこ漏れるっ」
 サンドラは待ちわびた膣内射精に小便を漏らして感激しながら、華奢なシャルルの体にすがりついた。むせかえるような若い精の香りに女魔術師の小便の臭いが混じり、温泉は便所のような臭いを漂わせていた。
 このあとここで体を流すゲオルグが怒らなければいいが……シャルルは不安になった。
「うへへ、これであたしもお妃さま……子供の頃の夢が叶うわあ……」
 サンドラは正気を失い、魂が抜けたようなありさまだった。
 彼女の希望通りになれば、シャルルはクリスの第一夫人、サンドラは第二夫人という未来が待っているのだろう。二人揃って大きな孕み腹をかかえ、聖王国の城の廊下を供を従えてねり歩く姿を想像すると、さすがにいささか気恥ずかしくなる。
「大丈夫かよ、サンドラ。交代だ、次は俺が……ああっ、チンポいい、気持ちいいっ」
「あっ、待ちなさい、シャルル。あたしだってまだまだイケるんだから……ひいっ、また漏れるっ、イク、おしっこ出るうっ。おもらし止まらないようっ」
「ああ、二人とも、なんていやらしいんですの。わたくし、精魂尽き果ててしまいそうですわ……ああっ、あああっ、おチンポ出るっ、どっちも孕ませますうっ」
 一人の男と二人の女は欲望のまま互いの体を貪りあい、待ちくたびれたゲオルグが様子を見に来るまで子作りに没頭した。湯あたりして意識が朦朧としたシャルルが最後に見たものは、素裸に剥かれて泣きわめくゲオルグを組み敷き、野獣のように犯すクリスの姿だった。

 亡国の王子の一行の爛れた性生活は当然のように妊娠を招き、半年後、クリスは聖王国に三人の妊婦を伴って帰還することになった。
 一人の王子と三人の妃たちは、時おり聖王国で子を産んでは、また世界各地を回って魔族と戦い人々を救う旅を繰り返した。彼女たちがつくった両手の指では数え切れないほどの子らは、みな剣や魔術に秀で、長じては魔族との戦いにおいて並々ならぬ戦果を挙げた。
 やがて、聖王クリスチャンは才色兼備の妃たちと多くの才ある子供たちに恵まれた稀代の賢王として、この世に平和をもたらすことになる。
 彼が最も愛した女性が七人もの子を産んだ第一夫人シャルロットであったことは、王を知る誰もが口を揃えて証言する。聖王クリスチャンは死の間際に多くの遺言を残さなかったが、唯一の希望は死後に王妃シャルロットと同じ墓に葬られることだったという。二人の墓は聖王国の王城を見下ろす山の上に建てられ、遷都までの数百年に渡り、聖王国の王家と都を守護しつづけたと伝えられる……。




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