聖女のネクロリンカ Cルート


 暗い洞窟の奥、大きく開けたその空間で、多くの魔物たちの命が刈り取られていた。
 背部から蝙蝠のような禍々しい翼を生やした毛深い狼、球形のずんぐりした胴体から伸びた太い両腕で棍棒を振り回す食人鬼、山羊の頭と鳥の翼を持つ獅子……下級の魔物に分類されるそれらの魔獣が、鋭い刃に切り刻まれて次々に絶命していく。
「困ったわねえ。あいつらじゃまるで歯が立たないわ」
 ドロテは冷たい岩の壁にもたれかかり、頭上に浮かべた魔術の灯りで戦況を眺め、手のひらを頬に当てて嘆息した。
 彼女の配下である魔物の群れは、思わぬ苦戦を強いられていた。
 いくら雑兵とはいえ、これほどのペースで魔獣の死体が量産されていくさまはなかなか見る機会がない。ドロテが幾度か戦った、あの手練れの王子の一団でさえ、数にものを言わせた魔物の攻勢には毎度苦しんでくれたものだ。
 それなのに、今、目の前にいる二体の巨人は、魔獣の一斉攻撃を受けても怯むことなく、ドロテのしもべたちを片っ端から斬り殺している。
「さあて、どうしたものかしら……」
 切れ長の勝気な目に憂いの色を浮かべて、ドロテは思案した。
 精神を集中させて魅了の魔力を視線に送り込むも、すぐに効果がないことを悟って中断する。人間や魔物を容易く魅了するサキュバスの色香は、あの物言わぬ巨人たちには通用しない。
 手持ち無沙汰になった彼女は、ブーツを履いた長い脚を組みかえた。黒革で覆われた巨大な乳房がぶるんと弾んで、魔族特有の青い肌を前方へと引っ張った。
 ドロテたちが戦っている相手は、人間でも魔物でもなかった。千年前に姿を消した古代文明が遺した兵器……機械の巨人たちが、遺跡への侵入者を排除しようと襲いかかってきたのである。
 主である魔王に命じられて古代遺跡の調査にやってきたドロテとしては、無論、遺跡を守護するガーディアンと戦闘になる可能性は考えていた。そのため配下の魔獣を多めに連れてきたし、魔術で造られた巨大な石の人形……ゴーレムまで用意してきたのだ。人間の街の一つ二つはおろか、強固な城塞都市を落とすことも可能なほどの戦力だった。
 しかし、敵の強さは彼女の予想を遥かに超えていた。全身が古代文明の金属でできているガーディアンは、力自慢の魔獣の攻撃を軽々と跳ねのけ、魔獣の十倍以上の巨体を誇るゴーレムを一撃で粉砕した。心ない機械にサキュバスの魅了が効くはずもなく、このままでは敗北は避けられない状況だ。
「しょうがない、ここはひとまず引き揚げましょ。また陛下に怒られてしまいそうだけど、このままやられたんじゃシャレにならないものね」
 最近のドロテは失態続きだった。魔王から直々に命じられた亡国の王子の殺害はいつまでたっても達成できず、多くのしもべを失っている。そのうえ、この古代遺跡の探索まで失敗したとあっては、魔族の中で笑いものになるどころか、非情な魔王に粛清される恐れさえあった。
 だが、今ここで踏みとどまっても勝ち目はない。こんな暗くじめじめした洞窟で人知れず屍を晒す趣味はドロテにはなかった。
(だいたい、私にこんな機械人形の相手をしろっていう命令がおかしいのよ。私が得意なのは無知で愚かな人間たちの心をもてあそぶことであって、心も魂もない機械人形に棍棒で殴りかかることじゃないわ)
 自分に言い訳をして、退路を確認する。二体の機械兵はねじ曲がった金属の腕を振り回し、血塗られた刃でドロテの従僕を淡々と殺害しているが、指揮官の彼女にはほとんど関心を示していない。
 今ならまだ逃げられる。
 ドロテが撤退の合図の笛を吹こうとしたその瞬間、機械兵の足元から女の悲鳴が聞こえてきた。
「お、お姉さま……いやあああっ!」
「ゾエ !?」
 短い銀色の髪のサキュバス……ドロテの忠実な部下であるゾエが、機械兵の巨大な脚の下に血まみれで倒れていた。虫を踏み潰すのに似た不快な音がして、それきりゾエの声は二度と聞こえなくなる。
「ゾエ、そんな……ゆ、許さない。許さないんだから……!」
 ドロテの顔から余裕の笑みが消え去り、怒りと殺意にとってかわった。
 下級の魔物がいくら殺されても気にならないが、同族だけは別だった。妹同然に可愛がってきたサキュバスの死が、ドロテから理性と判断力を奪う。
 ドロテは逃げようとしたことも忘れて、奥の手である攻撃呪文の詠唱を始めた。
「万物を灰と化す地獄の炎よ! 我が敵を焼き尽くせ!」
 人間の魔術師が放つものとは比較にならない巨大な黒い火球が、機械兵に襲いかかった。
 魅了の魔術を得意とするサキュバスだが、ドロテは例外的に強大な攻撃魔術も使いこなす。消耗が激しくそうそう連打できるものではないが、威力だけを評価するなら、魔王の配下の中でも五本の指に入るだろう。魔王の軍勢の中で彼女が重要な地位を占めている理由は、この並はずれて強い魔力にあった。
 魔力の消耗と洞窟が崩壊する危険を考えて、ドロテは攻撃魔術を出し惜しみしていた。しかし、そんな吝嗇が妹の死を招いてしまったからには、もはや遠慮はできない。
 ドロテの魔術が直撃して、機械兵は洞窟の天井にまで達する火柱と化した。今までこの威力の炎をまともに受けて無事だった者はいない。たとえ古代文明の技術の結晶である機械の兵士でも、粘土のように融けてしまうだろう。
「やった……? やったわね。アハハハ……いくら古代のガーディアンでも、さすがに仕留めたでしょ。ゾエの仇よ。忌々しい人形め、よくも……」
 肩で息をしつつドロテは勝ち誇った。強力な魔術を放ってだいぶ力を使ってしまったが、もう一度同じ呪文を唱えるだけの余力はある。残った方の機械兵も始末し、敵の増援が来ないうちに撤退するつもりだった。
 ところが……。
「ああああっ !?」
 その悲鳴が自分のものであることに、ドロテは少なからず驚いた。豊かな乳房で隠された視界の下方で、鋭い金属片が彼女の脇腹に深々と突き刺さっていた。
 おそらく矢か、それに類する飛び道具が放たれたのだろう。針と剣の中間の形状をした細い金属片は赤く焼け、ドロテの肉を内側から音をたてて焦がしていた。
 なぜ焼けているのか……それは、この刃を放った者が、高温の炎に包まれているからに他ならない。
「ひいいっ、熱い、熱くて痛いわ。どうしてこんな……まさか !?」
 ドロテが放った黒い炎の中から、傷ひとつない機械の兵士が姿を見せた。あれだけの熱量を浴びても融けて崩壊するどころか、動きを止めることさえなく攻撃してくる。信じられなかった。
「そ、そんなバカな……ありえない。こんなのありえないわ」
 動揺したドロテは、もともと青い顔からさらに血の気を失い、脇腹の傷を押さえて後ずさった。激痛と絶望で、もはや逃げることさえままならない彼女に、無情な機械兵は再び狙いを定めた。
 先ほどと同じ金属の刃が、今度はドロテの胸の中央を貫通した。
「そんな……ゾエ……」
 ドロテは悲鳴の代わりに黒い血を吐いて、冷たい地面に倒れ込んだ。苦痛と無念に顔が歪むも、すぐに視界を黒いカーテンが覆い、何も見えなくなる。
 魔獣も部下たちもみな斃され、致命傷を受けたドロテを助ける者は誰もいない。魔族の幹部として無辜の人々を苦しめてきた魔性の女の、あまりにもあっけない最期だった。

 ◇ ◇ ◇ 

 暗い洞窟の中を進んでいたシャルルたちは広い空間に出た。
 青ざめた壁と天井に囲まれた広大な空間……頭上に浮かべた魔術の灯りでは照らしきれないほど向こうに、巨大な扉らしき壁がぼんやりと見えた。
「ここは……?」
「あの扉が見える? きっと、あれが遺跡の入口だわ。とうとうたどり着いたのよ!」
 女魔術師のサンドラは興奮を抑えきれない様子だった。
 無理もない。ここに来るまでは苦難の連続だった。数多の怪物を退け、一瞬で命を奪う危険な罠に何度もかかりそうになった。信頼できる仲間たちがいなければ、シャルルはとうに神の御許に召されていただろう。
 目の前にあるのは、千年前に滅んだとされる古代文明の遺産への入口。あそこに足を踏み入れ、古代の秘宝を手に入れることができたら、これからの魔族との戦いにおいて大きな力になるかもしれない。
「あの奥に古代の遺跡があるのですね」
 シャルルの隣で、清らかな白い衣をまとった小柄な少女がつぶやいた。魔物が跋扈する暗い洞窟の中、魔術の灯りに照らされたその上品な笑みを見ているだけで元気が湧いてくるようだ。
 この少女の名はクリスティーヌ・マリー・フォン・サンノーブル。
 とある事件をきっかけにシャルルと共に旅をすることになった聖王国の姫君で、癒しの奇跡を行使する聖職者でもあった。常に最前線で戦うシャルルが深い傷を受けても、たちどころに治してしまう。
 クリスティーヌ……クリスはただ役に立つ戦力というだけではない。
 一国の王女という高貴な身分でありながら、立ち寄る町々で苦しむ人々のために癒しの力を使いつづける、献身的な聖女だ。自らの命を削ってまで仲間の傷を癒してくれるその慈愛の精神と笑顔に、シャルルはいつも支えられてきた。高潔な魂を持つ美貌のプリンセスは、国と一族とを魔族に滅ぼされたシャルルにとって、今やなくてはならない存在だ。
「ああ、ようやくたどり着いたみたいだな……でも気をつけろ。ほら、そこ」
 シャルルは意識を現実に戻し、視線を転じた。彼から数歩離れた地面に横たわるものがあった。それは魔族の死体だった。
 サンドラが魔術の光をそちらに向け、注意深く死体を観察する。
 死体はサキュバスと呼ばれる女魔族のものらしかった。魔性の美貌で人々を魅了してその心を操り、互いに争わせる邪悪な魔物だ。
 人間よりも遥かに寿命の長い魔物ゆえ正確な年齢はわからないが、人間で言えば二十代後半といった見た目をしている。人のそれとは大きく異なる青ざめた肌を、露出度の高い黒革のボディスーツで包んでいる。人間の生き血をすすったかのような深い赤紫色の髪の中からは、牛のものに似た形の、ねじくれた一対の黒く太い角が生えていた。
 コウモリを思わせる黒く大きな翼と尾は、激しい戦闘のせいか、それとも倒れたあと踏まれたのか、あちこち傷だらけだった。脇腹と胸を鋭く細い金属の刃が貫いていて、周囲の地面はこの魔族の女が流したものらしい、ドス黒い血液で汚れていた。
 死せる女魔族の整った顔は苦悶に歪み、見開かれた真っ赤な目でこちらを見つめていた。まだ死んでそれほど時間が経っていないのか、腐敗臭はあまりしない。死後一日かそこらだろう。
「魔族の女か……こんなところで上級の魔族が死んでるなんて思わなかった」
 死体とはいえ、美貌の女が鬼気迫る無念の表情でこちらを見つめているのだ。自然と心が乱される。人間の男を魅了するサキュバスの妖しい美しさは、死してもなお健在だった。
「ねえ、シャルル。この女の顔に見覚えない?」
「ん? そういえば……」
 シャルルは記憶の引き出しをあさり、魔族の女の顔を過去の敵と照合した。間もなく、一つの名前が浮かび上がる。
「ドロテ……だったか。以前何度か戦ったことがある、魔族の女幹部だな」
「ええ、多分ね。まさかこんなところで死んでるなんて……」
 サンドラはドロテというサキュバスの顔をしげしげと眺めて言った。
 ドロテは魔族の女幹部で、過去に何度も刃を交えた強敵だ。
 直接、自らが戦うことはあまりしないが、大勢の手下をけしかけたうえ魅了の魔術でシャルルたちの体や心の自由を奪い、ときには同士討ちをさせることを得意とする。
 特に男性で魅了の魔力に対する抵抗力の低いシャルルは、ドロテにとって与しやすい相手なのだろう。彼女が現れるたびにシャルルは馬鹿にされて操られ、クリスたちの助けを借りて辛くも退けるのが常だった。
 その難敵が、こんな暗い洞窟の奥で人知れず死んでいたとは。いつか自分の手で倒そうと心に決めていたシャルルとしては、やや複雑な気分だった。
「こいつがやられるなんて……やっぱり、古代遺跡のガーディアンの仕業かな?」
「おそらくそうね。ほら、あそこ……下級の魔物たちの死骸があんなに。多分、ドロテと一緒にここのガーディアンにやられたのね」
 サンドラに促されて奥を見やると、ドロテの手下と思しき下級魔族の死骸が大量に転がっていた。どうやら魔族の一団がここで戦ったものと推測された。
 無念そうな苦悶の表情を浮かべたドロテの死体の傍らに、白い衣の聖女がひざまずいた。
「哀れな……魔族とはいえ、どうかあなたの魂に安らぎが訪れんことを」
「おいクリス、こいつは敵だったんだぞ。俺たちを殺そうとした相手に祈りを捧げるなんて……」
「死んでしまえば、敵も味方もありませんわ。神がこの哀れな魂をお救いになることを願っています」
 クリスは疲労の色を隠し、シャルルに微笑んでみせた。その無垢な笑顔を見ると、かつてドロテに殺されかけた恨みも薄らいでいく。
 シャルルはそれ以上、クリスに何も言わなかった。
「うふふ……こんなところに死体があるなんて。ちょうどよかった……」
 聖女の祈りを遮ったのは、ゾンビ使いの女屍術師ゲオルグだった。白い衣をまとったクリスを、暗い紫のローブをかぶったゲオルグが押し退ける。二人の衣装の色は対照的だった。
「何をなさるんですの、ゲオルグさん?」
「何って、決まってるでしょ……この魔族たちの死体をゾンビにするのよ。ここに来るまでに連れてきたゾンビはほとんどやられちゃったし……少しでも戦力を補充しておかないと……」
「ゾンビに !? そんなのいけません!」
 クリスは怒気を露にした。「わたくしたちに仇なす魔族とはいえ、その死体を邪悪な儀式で生ける屍にしてもてあそぶだなんて……神はお許しになりませんわ!」
「ふう、甘いわね……そんな甘いことを言って……今までよく生きてこれたわね」
 ゲオルグの表情はフードに隠れてうかがい知れなかったが、クリスを馬鹿にしているのははっきりと感じられた。
「だいたい、今さらゾンビが駄目って……この遺跡に入ってから、あなたたちが私のゾンビにどれだけ助けてもらったと思ってるの……? 私のゾンビがかばってあげなかったら……か弱いお姫様のあなたなんか、とっくの昔に死んでいたわ……」
 ゲオルグが指摘したことは事実だった。この遺跡に侵入するにあたり、ゲオルグは十体ほどの人間のゾンビを連れてきていた。クリスはその凄惨な光景に嫌悪を示し、危うく仲間割れをするところだった。ゲオルグが一行に加わってからまだ日が浅いが、高潔な魂を持つ聖王女と死者を弄ぶ屍術師の女はことあるごとに対立し、犬猿の仲になっている。
 だが、いくらクリスが反対しようと、邪悪なネクロマンサーのゲオルグが操るゾンビが一行を守ってきたのは疑いようもなかった。
 動きこそ緩慢ながら、既に死んでいるために傷つくことを恐れない忠実な死者の群れは、盾となり斥候となり囮となって、シャルル達に尽くしてきたのである。その過程でゾンビは一体ずつ失われていき、今や二体しか残っていない。かなり消耗して心もとない状態だと言える。
 そして、消耗しているのはシャルル達も同じだった。
 今ここでこの女魔族と手下たちの死体をゾンビに変え戦力として活用しなくては、シャルル達はこの先、全滅してしまうかもしれない。ここで揃って骸を晒すくらいなら、死者をもてあそんででも生き延びるべきだった。
「ゲオルグ、確かに君の言うことは正しい。今は非情になるべきかもしれない」
「シャルル !?」
「俺からも頼む。このドロテの死体をゾンビにして戦わせるんだ。あと、そこら中に転がっている下級悪魔の死骸もな」
「そんな……まさか、シャルルがそのような非道なことを仰るなんて……」
「クリス、俺たちが生き残るためだ。聖職者の君にはとても納得できないことかもしれないが、今は辛抱してくれ」
「わかってもらえて嬉しいわ……うふふ」
「とにかく、今は目的を達してここから生きて出るのが最優先だ。たとえ死者の力を借りてでも……」
 シャルルはそこで言葉を止めた。暗闇の中に気配を感じたのだ。彼の仲間たちも前方にかすかな光を認めて身構えた。
「敵かもしれない。俺が前に出る」
 シャルルは剣と盾を構え、仲間から数歩前に出た。その両脇に残りの二体のゾンビが立った。
 青く光る点が一つ、重苦しい足音と共に闇の奥から近づいてきた。重厚な鎧を身に着けた鎧武者の足音に似ているとシャルルは思ったが、それは人間の放つ音ではなかった。
「あれは……」
 シャルルは緊張した声をあげた。
 闇の中から現れたのは、巨大な金属の塊だったのだ。無骨な胴体に太い二本の脚と、数本の細い腕が生えていて、青い一つ目で侵入者をにらみつけてくる。
 それが一歩一歩近づいてくるたびに不快な金属音がして、耳の奥が軋むようだ。
 明らかに人間ではない。かといって魔物でもない。
 それは、かつてシャルルの故郷で古代文明の研究者たちが復元に取り組んでいた遺物に酷似していた。
「機械兵……古代遺跡のガーディアンね。ドロテを殺したのは、きっとあいつよ」
 つぶやいたのはサンドラだった。シャルルは剣を持つ手に力を込め、いつでも攻撃に対応できる体勢を整えた。
「やっぱり、俺たちのことも歓迎してはくれないよな」
「遺跡に侵入しようとする者は、誰彼構わず排除するみたいね……気をつけて、シャルル。あのドロテもやられた強敵よ」
 機械の兵士はゆっくりシャルルの正面にやってくると、一つ目を点滅させた。
 青い光が赤に変わったと思った瞬間、金属の腕がそれまでシャルルのいた空間を薙ぎ払った。
「速い!」
 風を斬る音がシャルルの鼓膜を震わせた。
 ぎりぎり躱したつもりだったが、シャルルの外套は無惨に切り裂かれていた。
 歪んだシルエットの腕の先端には湾曲した小型の刃が何本も備えつけられ、敵を切り刻むようになっているらしい。機械兵の腕は正面から確認できるだけで四本あり、それぞれの腕の形状、そして武器がわずかに異なるようだ。
 シャルルの頬を冷や汗が流れた。
 今の一撃は、力、速度共にシャルルよりも上だった。人とは比較にならない怪力を誇る魔物と戦ったこともあるが、そのときとは異なる不気味な脅威を感じた。
「シャルル、下がって! 炎よ、邪なるものを焼き払え!」
 後方からサンドラの放った火球が飛んできて、機械兵に直撃した。
 火球は火柱となって機械兵を包み込んだ。その辺の魔物であれば、充分に絶命するはずの熱量だ。
「やったか !?」
 シャルルの疑問に応えたのは、火柱の中から躍りかかってきた機械兵の刃だった。金属の塊だからか、それとも攻撃魔術への耐性でも有しているのか、さしたるダメージを受けていないようだった。
「くそ、ダメかっ!」
 頭上から振り下ろされた機械兵の刃を辛うじて盾で受け流し、連続して繰り出される水平の一撃を退いて躱す。やはりシャルルのそれをはるかに上回るスピードとパワーだった。
 難敵だとシャルルは思った。
 恐るべき力と速さに加えて、複数の腕を変則的に操って攻撃してくるため、人間や魔物のように攻撃を読むことが難しい。
 密着した戦闘では、いずれやられてしまうことは間違いない。頼りにしていたサンドラの攻撃呪文も、大した効き目が見込めない。どう戦えばいいかわからなかった。
 防戦一方のシャルルに、機械兵はあらゆる角度から斬撃、あるいは打撃を繰り出す。
 今まで戦ってきた魔物のそれとは比較にならない強烈な連続攻撃を紙一重で躱し、あるいは受け流すシャルルだったが、それも長くはもたなかった。機械兵の鎚が脇腹をかすめ、王子はたまらず膝をつく。
「あぐっ……!」
 体勢を崩したシャルルの胴を、巨大な刃が真っ二つに引き裂こうとした。
 その致命的な一撃を防いだのは、ゲオルグの繰り出したゾンビだった。シャルルの身代わりとなったゾンビの体は粗末な鎧ごと両断され、機械兵の斬撃の威力を見せつけた。
「大地よ、我が意に従え!」
 女魔術師の声が、機械兵の周囲に異変を呼び起こした。
 不利なシャルルを援護するためにサンドラが唱えたのは、直接敵を攻撃するための魔術ではなかった。轟音と共に冷たい岩の地面が裂け、巨大な穴となって機械兵の巨大な脚を飲み込んだ。
 機械兵の動きは封じられ、形勢は逆転した。シャルルは苦痛をこらえて剣を構え、転倒した機械兵に斬りかかった。
「たあっ!」
 剣が閃き、機械兵の胴を薙いだ。魔力を帯びた刃は金切り声をあげて機械兵の体を切り裂き、火花を撒き散らした。
 頬が焼けるのを感じた。
 シャルルの倍はあろうかという巨体が崩れ落ちた。巻き込まれないよう慌てて下がる。煙と火花があがり、機械兵はその動きを止めたかのように見えた。生物であれば、間違いなく致命傷だった。
「今度こそ、やったか……?」
 疲労と安堵が、ほんの一瞬の隙をつくった。
「シャルルっ!」
 叫んだのはサンドラだった。
 もはや動けないはずの機械兵を見つめるシャルル。彼の目が映し出したのは、機械兵の背中から伸びる金属の腕だった。昆虫のように不自然な角度で折れ曲がった腕の先端では、巨大な扇型の刃が鈍い輝きを放っていた。
 機械の兵士は痛みを感じず、恐怖も抱かない。完全に破壊されるまで敵を攻撃しつづけることができる。まるでゾンビのようだとシャルルは思った。
 次の瞬間、巨大な刃が宙を裂き、シャルルに迫った。
 機械兵の腕そのものが本体から切り離され、飛んできたのだとわかった。予想もしなかった出来事だった。
 まったく反応できなかったが、意外にも機械兵の刃はシャルルの身体を真っ二つにはしなかった。ほんの一歩離れた空間を、無情な金属の塊が通過していく気配がした。
 狙いが外れたのか……いや、それは違う。
 機械兵の最期の一撃はシャルルを狙ったのではなかった。
「シャル……!」
 背後であがった聖女の声に、シャルルは脈が飛ぶのを感じた。
 振り向くと赤い花が咲いていた。クリスの華奢な身体から、真紅の花びらが舞い上がっていた。
「クリスっ !?」
 シャルルの声が裏返り、心臓がわずかな間、停止する。クリスの眼がシャルルをじっと見つめていた。
 王子は感情の抜け落ちた表情で、宙を舞う王女の生首を見上げた。一瞬の視線の交叉が永遠にも感じられた。
 射出された機械兵の刃は、寸分の狂いもなくプリンセスの首を切断していた。細い金髪と赤い飛沫が、暗い洞窟の内部を明るく染め上げた。
 あまりに凄惨な姿にその場の全員の動きが停止し、人形のように表情を失った。
「きゃああああっ !?」
 数瞬ののち、ようやくサンドラが悲鳴をあげた。シャルルが駆け寄ると、サンドラは錯乱した様子でクリスの首の切断面を手で押さえつけていた。
 そんなことをしても意味がないのに……決して短くないつきあいだが、シャルルは彼女がこれほど取り乱すのを見たことがなかった。
「ク、クリスの首が……あ、ああっ!」
「落ち着け、サンドラ! 絶対助ける!」
 とは言ったものの、シャルルにはどうすることもできなかった。パーティーの中で仲間の傷を癒せるのは神に仕えるクリスだけだ。そのクリスが死んでしまっては打つ手がない。
 不安と焦燥、絶望がシャルルの心を握り潰した。
 シャルルの後ろでは、彼に破壊された機械兵が小さな爆発を起こし、今度こそ完全に機能を停止していた。最期の一撃でシャルルの最も大事な人の命を奪った恐るべき殺戮兵器は、もはやぴくりとも動かなかった。
 微動だにしない機械兵とは反対に、首のないクリスの肢体は痙攣を続けた。
 派手に血を噴き出し絶命したというのに、時おり不規則に手足が震える。それはシャルルに対する無言の抗議のようにも、自らの死を嘆き悲しんでいるようにも見えた。
 あのとき、自分が気を抜かなければ……後悔は何の役にも立たなかった。
 今の彼にできるのは、クリスのか細い体が自分の腕の中で熱を失っていくのを、ただ眺めることだけだ。シャルルの頬を涙が伝い、抑えきれない喪失感と怒りが彼の胸を引き裂いた。
「クリス……俺は、俺は……」
「どきなさい……」
「え?」
 呆気にとられて顔を上げると、黒いローブの女が彼の泣き顔を覗き込んでいた。暗く淀んだ瞳には光がなく、先ほど見た死人の女魔族のそれと何も変わらなかった。
 ネクロマンサーのゲオルグ。
 生と死の狭間に暮らす屍術師の女の顔が、肌が触れ合いそうなほど近くにあった。
「この子の首はどこ……?」
「え? あ、どこだろ……」
 シャルルは慌てて辺りを見回したが、かなり遠くに飛んでいったのか、クリスの頭部は見当たらない。広大で暗いこの空間の中で、人間の生首を瞬時に探し出すのは極めて困難だった。
「しょうがないわね……とにかく、命が助かればいいんでしょ?」
 クリスの頭がすぐには見つからないことを確認すると、ゲオルグは懐から短剣を取り出した。刃に反射したひと筋の光が、血の気のない屍術師の顔を照らした。
 いったい何をするつもりか……シャルルが息を呑んで見守る中、ゲオルグは女の死体の前で身をかがめた。
 クリスの体ではない。シャルル達がここにやってきたときに見つけた、女魔族のドロテの死体だった。
 仲間が死んだというのにゲオルグはさして動揺するでもなく、サキュバスの死体に短剣を振るった。首に刃を押し当て、まだあまり腐敗していない肉を力づくで切断する。
 斬り落とした女悪魔の首を手に、再びシャルルの前に戻ってきたゲオルグ。彼女の意図がわからないシャルル達は戸惑うばかりだ。死者を冒涜する行為にも思えたが、今は怒る気にもなれない。
「あなたたち、お姫様の体……ちゃんと支えててね」
「あ、ああ……」
 シャルルが背中を、サンドラが脚を持ち、クリスの肢体を固定する。いまだ聖女の鮮血がほとばしっていたが、ゲオルグは気にも留めず、魔族の女の首の切断面をクリスのそれにあてがった。
「冥界の王よ、我に力を……この者に永劫の苦痛と命をもたらしたまえ……」
 ゲオルグの手のひらに青白い光が灯り、女魔族の美しい顔を照らしだす。白濁した赤い瞳、人ならざる青ざめた肌、強張ったまま動かない無念の表情……苦痛に歪んだ魔族の幹部の顔面に、ゲオルグの光が意思を持っているかのようにまとわりついた。
 妖しく揺れ、蠢く、得体の知れない光にシャルルは不吉な気配を感じた。だが止めようとはしなかった。
 そのうちに、驚くべきことが起きた。繊細な白い肌と、邪悪な青い肌とが融け合い、生肉と腐肉が繋がったのだ。
 サキュバスの首とプリンセスの体。二つの死体のパーツが融合し、一つのシルエットを形作った。
「ゲ、ゲオルグ、それは……?」
「うふふふ……うまくいったわ。さすがは私、素晴らしい出来ばえね……さあ、立ちなさい……」
 ゲオルグの言葉に、クリスの手足がびくんと跳ねた。人形が命を吹き込まれたかのような変化にシャルルは目を疑った。救命の見込みのなかった姫の体がその場に立ち上がったのだ。
「ク、クリスの体が……!」
 信じられない光景を目にして、シャルルは狼狽した。斬り飛ばされた王女の首の代わりに、死んだ女魔族の首が肩に載っていた。
 とうに死んだはずのサキュバスはひと言も喋らず、ゲオルグの命令通りその場に直立したまま、混濁した瞳を彼女に向けていた。噴水のような出血は既に止まり、わずかに滴る赤い雫が白い衣を汚していた。
「すごいでしょう……? これでこの子の体は動けるようになったわ。ちょっと動きは鈍くなったけど……普通のゾンビに比べたら、ずっと人間に近いはず……だってまだ生きてる体を使ったんだもの、当然よね……」
「おい、どうなってるんだ !? 何をしたんだ!」
 ぶつぶつ独りごちるゲオルグに、シャルルは声を荒げた。悪魔の女の死体と首をすげ替えられたグロテスクな少女の姿に、怒りと戸惑いを隠せなかった。
「何って……放っておいたら死んでしまう……というか即死したから、ネクロマンシーで一時的にゾンビにしたの。ゾンビといっても、首から下はまだ生きてるわ……斬り飛ばされた頭と一緒に街に連れて帰れば、神聖魔法で蘇生することもできるはずよ……」
「ゾンビにした? そんなのありか !? それに、なんでドロテの首を繋げたんだ! こいつは魔族なんだぞ!」
「とにかく、血を止めないといけなかったから……それに、頭がついてないゾンビはなかなかこちらの命令に従わないの。ふらふらしてまた死なれたら困るでしょ……?」
「だからと言って、クリスの体に死んだ魔族の頭なんかを……!」
 シャルルは変わり果てた少女を指差した。
 聖王国の紋章が各所にあしらわれた純白の衣は鮮血に染まり、将来を期待された美貌は成熟したサキュバスの死相に置き換わっていた。
 だが間違いなく生きている。よく見るとときどき胸がわずかに膨らみ、血の気のない唇の隙間から空気が出入りしているのが観察された。
 ゾンビ。人間の死体から作り出された不死の怪物。腐った肉を材料にした操り人形。
 死者への冒涜の産物であるアンデッドへの嫌悪感は持っているが、そうした夜の怪物にシャルルが幾度となく助けられたのもまた事実である。たとえ神の法と正義に逆らう外法の術であっても、それによって仲間や人々を助けられるなら目を瞑ってもいいかもしれない……ゲオルグを仲間にしてからは、そう思うことがしばしばあった。
 だが、クリスがゾンビになったとあっては話が別だ。亡国の王子である自分を受け入れてくれた姫君を、必ず守ると誓った少女を、このような魂を持たぬ傀儡にしていいはずがない。
 まして、別人の頭を継ぎ合わされたのだ。聖女の体に死んだサキュバスの頭を繋ぎ合わせるとは、神の怒りを買って地獄に叩き落とされても文句の言えぬ所業である。
「仕方ないでしょ。ふふ、王子様はわがままね……それより、この子の首を探しなさい……元通りにしたいんでしょ……?」
「そ、そうだ。クリスの頭はどこに……」
「シャルル、あれ! あれを見て!」
 慌てふためくサンドラの声に振り向くと、闇の向こうに何かが蠢く気配を感じた。肉食獣の眼光を思わせる赤い光と、腹の奥まで響いてくる不気味で重厚な金属音。それはあの機械兵のものだった。
 シャルルが撃破した機械兵ではない。完全に沈黙した古代の兵器とまったく同じ機体が三機、奥の門から出てくるのが見えた。
 どうやら新手らしい。
 一機でも苦戦し、犠牲を出した古代文明の殺戮兵器。それが複数やってきたとあっては、シャルル達に勝ち目はなかった。
 取りうる選択肢は二つ。
 ここで死ぬか、逃げ出すか。
「逃げるぞ、皆!」
 辛うじて残っていたシャルルの理性が決断を下した。反対の意見は出なかった。ただし、魔術師からの問いかけが一つ。
「逃げるのはいいけど、クリスはどうするの? 頭がまだ見つかってないよ。それに体の方もこんなゾンビみたいになっちゃって、あいつらから逃げ切れるの?」
「うっ、そうだ……どうすればいいんだ」
 至極もっともなサンドラの指摘に、亡国の王子は一瞬ならず迷った。
 まだ敵とは距離があるので逃げ切れるかもしれない。
 だが、それはクリスを見捨てて全速力で逃走すればの話だ。今からクリスの頭部を探し、生ける屍となった彼女を連れて帰る時間はない。
 クリスを見捨てる。
 それはシャルルにとって、自分の死よりも辛い選択だった。
 かつて守ると約束したはずの少女を守りきれなかったばかりか、その亡骸を、この場に大量に打ち捨てられた下級魔族の死体の中に放置して逃走するなど、とても耐えられることではない。
 そんなことをするくらいなら、ここで死んだ方がマシではないかとさえ思った。
「体の方は大丈夫よ……多分、ね」
 苦悩するシャルルに、ネクロマンサーの女が言った。「ゾンビといっても、体はまだ生きてるから……多少は走れるはずよ。ちょっと血が足りないかもしれないけど……まあこの頭だし、不平不満は言わないわ。聞け、私に従え、命令を与える……」
 直立したまま動かないクリスの体に、ゲオルグは命じた。
 それは、日ごろ彼女がゾンビに対して話す口調と同じだった。「あの機械の兵隊から逃げろ……この通路を出口まで走れ……いいわね」
 クリスの体と結合したサキュバスの頭が、がくがくと上下に揺れた。承知したようだ。
 その直後、クリスの体は死体とは思えないスピードで駆け出した。
 死せるクリスの走る速度は、生前の彼女のそれと遜色ない。動作が鈍くて走ることなど到底できない通常のゾンビとは明らかに違う。
「そこらのゾンビに比べたら、ずっと人間に近い」というゲオルグの説明通り、身体能力そのものは生前とほとんど変わらないようだった。後ろを走るゲオルグと同じくらいか。
 シャルルはクリスの背中を見た。注意深く観察すると、その走り方は本来の彼女のものとはやや異なっていた。日頃あまり走り慣れていないような不自然な動作だと思った。
 おそらくあれはクリスではなく、あの死んだ女魔族の走り方なのだろう。十七歳の若く可憐なプリンセスの体を、角の生えた赤い髪のサキュバスの生首が支配し動かしていた。
 あんなことになって、本当に元に戻れるのだろうか。
 シャルルは不安に駆られて辺りに視線を巡らせたが、クリスの体に繋げるべき本当の頭部はどこにもなかった。
「クリスの体があんな風になるなんて……頭はどこだ? 探さなきゃ……」
「いいから、早く逃げるわよ!」
 サンドラが彼の手をぐっと握りしめた。魔術師の細腕とは思えない握力だった。
「でも、クリスの頭が……」
「シャルル、あんたもここで死にたいの !? クリスも体だけは生きてるんだから、あとで生き返らせることもできるわよ! いいから来い!」
「わ、わかったよ……」
 今まで見たことのない女魔術師の迫力に、シャルルは我を取り戻した。後ろ髪を引かれる思いでその場を離れ、ゲオルグや首をすげ替えられたクリスのあとを追う。
 幸い、機械兵の集団は狭い通路まで追ってはこないようだった。
 帰路はほとんど戦闘がなかった。行く手を遮っていた魔物の大半は死ぬか逃げるかしており、脱出するのに支障はなかった。もしも往路と同程度の戦闘を強いられていたら、シャルルたちは全滅していたかもしれない。
 数回の休憩を挟んで、一行は地上に出た。
 遺跡に侵入したのは朝だが、もはや日が暮れかけていた。長い一日……悪夢のような一日だった。
 シャルルは深く嘆息し、燃えつきかけた空を見上げた。
 朝、ここにやってきたときは、期待とやる気、不安がないまぜになっていた。それが、今は不安と後悔だけだ。手痛い敗北、取り返しのつかない失敗だった。
「はあ……生きて帰ってこれたけど……」
「ええ、そうね、みんな生きて帰れたわね……お姫様以外は……」
 囁くようなゲオルグの声が辛い現実を突きつける。シャルルが視線を転じると、王女の体が無言で突っ立っていた。
 体だけ。そう、体だけだった。
 日に何度もシャルルを見つめ返してくれる清楚な笑顔は失われ、首から上は別人のもの、それも青い肌のサキュバスの頭にすげ替えられてしまっていた。風に乗ってかすかな腐敗臭が鼻をつく。
「ねえ、これからどうするの? クリスの頭、あそこに置いてきちゃったけど……本当に生き返れるの?」
「一応、この体はまだ生きてるわ……ただ、私の魔術で辛うじて生かしておいてるって表現が妥当ね。『生きてる』と『死んでる』の中間みたいなものかしら……あまり長くはもたないわよ。時間が経てば体も腐って、本物のゾンビになっちゃう……」
 ゲオルグの話によると、クリスの頭を元のように体に繋げ、高位の神聖魔法の使い手が然るべき儀式を行えば、失われた彼女の生命と魂が戻ってくるという。だが、この腐敗しはじめた頭では長くこの状態を維持できない。
 クリスが本当に死んでしまう。
 先ほど目にした斬首の光景は、シャルルの網膜にはっきりと焼きついて消えようとしなかった。何度も目の前にちらついて、全身が引きつるような不快感と吐き気を誘う。
「街の大教会には高名な聖職者が何人もいる……聖女と名高いお姫様の蘇生を、快く引き受けてくれるでしょうね……ただ、この頭ではおそらく無理よ」
「そうだな」
 シャルルはゲオルグにうなずいた。
 クリスを助けるには、この遺跡に再び足を踏み入れて、深部に置き去りにされた彼女の頭を取り戻さなければならないのだ。あの恐ろしい機械の兵隊を排除して。
「とりあえず、いったん街に戻りましょ。クリスの体だけ教会に預かってもらって、またここに頭を取り返しに戻ってくるのがいいと思う。時間はあんまりないけど、とにかく作戦を練らないと、また同じ失敗を繰り返すわ。次は全滅するかもしれない」
「ああ、その通りだ。クリスのためにも絶対に負けられない……」
 血がにじむほど唇を噛み、王子は剣の柄を握りしめた。刀身に魔力を帯びたこの剣は、国が亡びる直前に父王から託されたものだ。
 祖国を失い、姫君を失い、何も守れずおめおめと逃げ延びた自分が憎い。シャルルは絶望と敗北感にうつむき、暗い山中をとぼとぼと歩き始めた。
 街に着くまでの数時間、誰もひとことも発しなかった。ただ打ちのめされていた。

 ◇ ◇ ◇ 

「なんということだ! 姫様が……!」
 ウェルビー大主教の声は哀れなほど震えていた。シャルルは何も言えず、ただ顔を伏せるしかなかった。
 一行が案内されたのは、大教会の奥にある彼の私室である。
 ウェルビー大主教には以前にも会ったことがあった。高潔で責任感のある人物として評判の彼は、国を滅ぼされて流浪の身となったシャルルに涙を流して同情し、できる限りの援助をすると申し出てくれたのだった。
 もともと聖王国の出身で、クリスとは昔から親しくしているのだという。「立派な方よ。子供の頃は服装や言葉遣いがダメだってよく叱られたっけ」と笑って大主教を紹介したクリスの顔は、悪戯好きな悪童のそれだった。
 そのクリスの身体が、ウェルビー大主教の前に立っていた。深くかぶっていたフードをとり顔を晒すと、大主教の皺だらけの顔が絶望に歪んだ。
「なんということだ……」大主教は同じ嘆きを繰り返した。
 本来、細い肩の上にあるはずの王女の頭部は失われ、角の生えた魔族の女幹部の頭にすげ替えられていた。
 見るも無惨な姿だった。悪夢としか言いようがない。聖王国の姫君が命を失い、アンデッドに変わり果ててしまったのだ。
「俺が悪いんです」
 ようやくシャルルは声を絞り出した。そして真っ青な顔でこれまでの経緯を説明する。シャルルの話に聞き入る大主教の顔色も彼と同様だった。明らかにシャルルより高い背丈も、心なしか縮んだように思えた。
「まさか姫様がお亡くなりになるとは……そのうえ、かような醜いお姿に……神は我らを見捨てたもうたのか !?」
「大主教猊下、クリスを蘇生させることはできませんか? 聞くところによると、この教会には蘇生の奇跡を行える方が何人もおられるということですが……」
「もちろんできますとも、殿下。魔族との戦が続き、蘇生の奇跡を行える者は各地に派遣され散っていきました。現在ここには私を含めて二人しか残っておりませんが、この私が責任をもってお引き受けします。しかし……」
「しかし?」
 シャルルの怪訝な表情に、大主教は涙を流した。
「蘇生の奇跡は必ず成功するわけではありません。使い手の力量に結果が左右されるのは無論ですが、死んでから長い時間がたっていたり、体の一部が失われたりすると蘇らせることが難しくなります。姫様の場合は……」
「頭、ですか……」
 シャルルはクリスの顔に視線を向けた。行方不明になったプリンセスの首の代わりに胴体と繋がっているのは、悪臭を放つサキュバスのゾンビの頭だった。
「さよう。魂は頭に、心は胸に宿るもの。このいずれかが欠けてしまうと、単に蘇生が困難になるだけでなく、運良くうまくいったとしても、亡くなる前とは別の人間になってしまうかもしれないのです」
「やっぱりクリスの頭を取りに行かないといけないわね……それも、できるだけ早く」
「ああ」
 サンドラの声にシャルルはうなずく。世に聞こえた聖者といえども、このままではクリスを蘇らせることはできない。またあの遺跡の奥に行き、打ち捨てられた王女の首を取り戻さなければならないのだ。
「猊下、俺たちが必ずクリスの頭を持ち帰ってきます」
「そうして下さいますか、殿下。聖王国の姫君をお救いするのであれば、教会からも手練れの者を同行させなければならないのですが……」
 大主教は申し訳なさそうに言った。長引く魔族との戦いの中で、腕利きの騎士や聖職者も各地に派遣され、比較的安全なこの街にはほとんど残っていないのだという。もし今、魔族の軍勢が押し寄せればこの街は壊滅するだろう。自分たち人類が危機に直面していることを、シャルルは改めて実感した。
「大丈夫です。元はと言えば俺の責任。必ずこの手でクリスをあの世から連れ帰ってみせます」
「殿下……くれぐれもご無理はなさらぬように。あなた様にも、王家の復興という使命がおありでしょうから」
「王家の復興……」
 シャルルは魔族に滅ぼされた故国を思い出した。守るべき国も姫君も失った自分が、魔族を倒して国を復興させるなど、到底できる気がしない。
 だが、逃げることも許されない。
「姫様のお体は、こちらで大切に預からせていただきます。みしるしがお戻りになったときに備えて、儀式の準備をしておかなくては」
「よろしくお願いします。それではこれで」
 死人となったクリスの身体を預け、一行は大教会をあとにした。向かうは当然、あの遺跡だ。
「さあ、急ごう。早くしないとクリスが本当に危ないからな」
「もう死んでるけどね……」
 ゲオルグの言葉に顔が険しくなるシャルルだが、今は怒って仲間割れをしている場合ではない。準備もそこそこに、速やかに街を離れたのだった。

 ◇ ◇ ◇ 

 夜、大教会に戻ってきたヴァレンティナは、不穏な気配を感じて足を止めた。
「何かしら……嫌な予感がします」
 立ち止まると疲労がずしりと肩にのしかかってくる。朝から郊外の教会に呼び出され、多くの患者に対して治療をおこなってきた帰りだった。癒しの魔法が使えるヴァレンティナは、毎日のように大教会の外で人々のために献身的に働いている。
 治癒魔法の使い手は、多くが激戦地へと派遣されるため非常に数が少ない。それゆえ平和なこの街でさえ、救いを求める民衆を充分に助けることができないでいる。
 特にこの数ヶ月は魔族の活動が勢いを増し、遠方からの難民が急増していた。逃げる途中、怪我や病が悪化して命を落とす者も少なくない。
 今日も三人の患者がヴァレンティナの目の前で命を落とした。若い男が二人と、中年の女が一人。すべての人間を救えるわけではないとわかってはいるが、助けられなかったという事実は彼女の心の重荷となっていた。
(蘇生の奇跡が使える聖女と呼ばれても、現実はこんなもの……)
 ヴァレンティナはこの大教会で唯一、蘇生の奇跡を行える修道女だった。男を入れても、ウェルビー大主教と彼女の二人だけ。
 弱冠十六歳にして最も偉大な神の奇跡を体現したヴァレンティナは、人々から崇敬の念を込めて「聖女」と呼ばれているが、それは等身大の自分の姿からは随分とかけ離れた評価だと彼女は思う。
(人間を蘇らせるなんて、私には無理。成功したのだってほんの数回だし、日頃は怪我した人を治すことさえおぼつかない)
 己の腕の中で体温を失っていく患者を見るたび、自分はなんとちっぽけな存在なのかと打ちのめされるヴァレンティナだった。
 そんな彼女が、ふと立ち止まった。
 教会の中、古びた廊下の向こうに、感じるはずのない邪悪なものの息吹があった。視覚でも聴覚でもなく、肌でその存在を察知した。
(いったいなに? まさか魔族が……)
 とうとうこの街にも魔族が侵入してきたのか。身構えるヴァレンティナに、顔馴染みの修道女が声をかけてきた。
「戻ったのね、ヴァレンティナ。ウェルビー大主教がお呼びよ。すぐに行ってちょうだい」
「ウェルビー様が?」
 ウェルビー大主教はこの大教会といくつもの教区を任されている責任者だ。同時に、蘇生の奇跡を行える聖人でもあるため、死にゆく人々に救いの奇跡を行使することも多い。
 天才の誉れ高いヴァレンティナは、可能な限りその現場に同席して大主教の教えを乞うようにしている。
 先刻から感じている不穏な気配のことも、早く彼に報告しなくては。ヴァレンティナは速足で廊下を進み、奥にある大主教の私室に向かった。
 だが、妖しい感触はますます強くなるばかりだ。それに伴い胸騒ぎも増していく。
 いったい何が起きているのか……焦ってとうとう走り出したヴァレンティナは、一枚のドアの前で停止した。
 大主教の部屋ではない。距離は近いが別の部屋だ。普段は客間として用いられている小さな部屋だった。
 ドアは閉まっているが、たしかに部屋の中に邪悪な気配を感じた。そして……肉か果物の腐ったような不快な臭いもかすかに漏れ出してきている。
(ここに不浄なものが潜んでいる)
 疑惑を確信に変えた聖女は、用心深くドアに近づいた。
 廊下には自分の他に誰もいない。人を呼んでくるべきか迷ったが、自分よりも優れた聖職者であるウェルビー大主教が、この異様な兆候に気づいていないはずはない。手を打っているに違いないのだ。それを確かめるためにも、ここに何がいるのかをこの目で見定めなくてはならなかった。
 ドアに手をかけ、力を入れた。古い木の戸が耳障りな音をたてて奥へと開いた。高鳴る鼓動を抑えるのに必死だった。
 最初に意識したのは死臭だった。腐敗した肉の臭いだ。
 部屋の中は暗く、窓から差し込んでくるはずの月光は、白いカーテンによって遮られていた。
 まず視界に捉えたのは小さな木製の卓。その向こうにベッドが一つ置かれていて、臭いの源はその辺りだった。何者かがベッドに腰を下ろしているのが見えた。
「動かないで下さい! あなたは何者ですか」
 いつでも神聖魔法を発動できるように身構えながら、ヴァレンティナはベッドの前、その人物の傍らに立った。
 薄暗い部屋の中でフードを深々とかぶっているため、顔はほとんど見えない。だが体つきから若い女であることはわかった。あちこちに黒い染みのついた白い衣を着たその小柄な女はベッドに座り、微動だにしない。質問には答えず、ヴァレンティナの方を向こうともしなかった。
「答えて下さい。あなたは一体……あっ!」
 相手のフードを剥がし、女と向かい合ったヴァレンティナは息をのんだ。
 そこにあったのは若い人間の女の顔ではなく、ねじれた二本の黒い角と青い肌を持つサキュバスの女……その死体の頭だったのだ。混濁した切れ長の目が正面にあるヴァレンティナの顔を見つめ返していた。長い髪は暗い赤紫色、顔色は人のものとはかけ離れた青ざめた色で、ところどころ血液らしき黒い塊がついている。
 死んでいるのか。
 だが女の手足は頭と異なりいささかも腐敗しておらず、血液の流れる瑞々しい肢体を保っていた。その肌は顔と異なり、人間そのものの薄い肉の色だ。
 非常に奇妙な姿だった。まるでサキュバスの首と人間の胴体を繋ぎ合わせたかのようだ。
 よく観察すると、乾燥してひび割れた唇の隙間から周期的に空気の出入りがある。呼吸しているのだ。
 おそるおそる体に触れると、首を取り巻くようにひとすじの細い線が走っているのが見えた。その線を境にして、生きている人間の体と死んだサキュバスの首が繋ぎ合わされていた。
 フードを脱がされても魔族の女は動かない。焦点のない目でただじっと前を見つめるだけだ。ヴァレンティナに攻撃してくる様子もなく無言でベッドに座り、かすかな悪臭を周囲に巻き散らしていた。
「こんなの普通じゃない……一体どういうこと?」
 教会の聖女と呼ばれる少女は動揺してひとりごちた。
 人間のようなサキュバスのような……生きているのか死んでいるのかもわからない。自然の成り行きでは絶対に起こりえない、邪悪な力による現象としか思えなかった。
「これはおそらく魔術のしわざ……まさかネクロマンシー?」
 話には聞いたことがある。
 悪魔の力を借りた魔術で、死んだ者をこの世に蘇らせることができるのだと。ネクロマンシーと呼ばれる外法のわざだ。
 ヴァレンティナたち教会では、神の力を借りて蘇生や治癒の奇跡を行っている。その代償は愛する者に対する祈りと心。術者の愛と力を捧げ、死者を蘇らせる。
 それに対して、このような暗黒の魔術では人間なり動物なりといった他者の命を代償とすることが多いという。
 また、他人の魂を犠牲にして肉体だけを蘇らせることもできるらしい。この世に蘇った魂のない死体はゾンビやグールといったアンデッドとして、永遠に術者に奉仕するのだ。
 寛容と愛を説く教会が憎むべき邪悪な魔術だった。
「なんと哀れな……あなたはネクロマンシーによってそのようなお姿になってしまったのですね。首から下のお体はまだ生きているようですが……このまま放っておけば、いずれ頭だけでなくお体の全てが死体になってしまうでしょう」
 ヴァレンティナはだいたいの事情を悟った。なぜ大教会に邪悪な気配が侵入したのか。なぜウェルビー大主教がその邪悪な何者かを放置しているのか。そして、彼が自分を呼んだわけ。
 ウェルビー大主教はこの女を浄化し、もとに戻してやりたいのだ。そのためにヴァレンティナの力を必要としている。それ以外に解釈の余地はなかった。
(そうとわかれば、さっそくウェルビー様のところへ……でも、どうして人間の女性の体と邪悪な魔族の頭が繋がっているのかしら)
 その辺りの事情は大主教から聴くしかないが、このような奇妙な姿では蘇生に支障が出るかもしれない。元のように生き返らせることは相当難しいものと思われた。 
 蘇生の奇跡は常に成功するわけではない。ヴァレンティナはこれまで、蘇生の奇跡に失敗した例を数多く見てきた。死んでから長い時間が経過し体が腐り果ててしまった者、遺体の損壊が激しい者、そして術者の力量不足……様々な要因が蘇生の奇跡の妨げとなった。
 邪悪な魔術によって半ばアンデッドになってしまった者を、はたして蘇らせることができるのだろうか。
 半年ほど前、蘇生の奇跡に失敗し、遺族に口汚く罵られたときの光景が脳裏に浮かんだ。若き聖女の評判に期待する患者やその家族は、その期待が裏切られたとわかると手のひらを返して敵対的な態度をとることがしばしばある。
(いくら天才だとか聖女だとか崇められたところで、現実の自分はこんなもの。私は目の前の人を助けたいだけなのに……)
 心の中の葛藤が秘められた力を呼び覚ます。自分の中で何かが高ぶっているのを感じた。
 ヴァレンティナの前に小さな光が出現した。種火よりも弱々しいそれは次第に数を増し、ヴァレンティナと死んだ淫魔の女を取り巻いていく。奇跡が起こる前触れだった。
 この女を助けたい。ただそれだけを思った。
「大いなる造物主、我らが神よ……」
 ヴァレンティナの唇からひとりでに声が漏れた。少しずつ身の回りの光が強くなっていく。
 奇跡が起こるのは神がそうと決めたとき。ヴァレンティナはそう考えている。ヴァレンティナの体を媒体として奇跡を起こすのは神の意志であり、自分ではない。奇跡を起こすか否か、いつ起こすのかは自分の意思では決められないのだ。
「この哀れな魂を呼び戻し、浄化せん……」
 狭い部屋が光で満ち溢れ、此岸と彼岸の境となる。己が生や死といった概念を超越し、それらを自由にする存在になっていることを聖女は自覚した。それは自分が自分ではない別のものになることを指す。
 今のヴァレンティナは神。もはや失われた造物主だった。
「蘇れ。新たな生を授けよう」
 神の言葉をかけられた死人の顔が光に覆われ、再生が始まった。
 腐り始め、ところどころ肉が露出した頬を新しい皮が覆い、肉の隅々まで真っ赤な血が行き渡る。混濁した角膜がみるみるうちに透き通り、黒色の白目と真っ赤な黒目の境界が明確な眼球を再形成する。
 新しく生まれた骨と肉と血管の中を、見えないほど小さな何かが埋め尽くしているのがわかった。生命の基本的な要素であるそれが何なのかをまだヒトは理解していないが、人でなくなったヴァレンティナは知っていた。
 一時的に神となったヴァレンティナの目は、その驚くべき変化の全てを捉えていた。
 頭蓋骨の中にある無数の白い筋……変性した神経の束が勢いよく伸び、絡み合い、脳という複雑な連絡網を再生する。頭蓋骨の内部を満たした神経線維の束は頭部の外にも先端を伸ばすと、首の境目……新鮮な肉と腐肉の連結部にある脊髄の断面に結合する。
 開通したばかりの神経を電流が走り、少女の手足が小さく痙攣した。かつてクリスティーヌと呼ばれたか細い肢体の所有権が、ドロテのものへと書き換えられた瞬間だった。
「私を信じる聖王国の第一王女のクリスティーヌ・マリー・フォン・サンノーブル、そしてクリスティーヌに仇なす魔族のドロテ……許す、ひとつになるがいい」
 聖王国の十七歳のプリンセスとその命を奪おうとしたサキュバスの二人が、これまでにどんな生を歩んできたか。ヴァレンティナの姿をした神霊はその全てを知ったうえで、この頭をこの肉体と融合させることを決めた。
 ドロテの脳から放たれた神経がクリスティーヌの脊髄を介して、王女の四肢や内臓を支配する。
 一方、クリスティーヌの骨髄から生み出された王家の血が動脈を通ってドロテの頭に供給され、再生したばかりの脳髄が活動を開始する。サキュバスの脳が高貴な姫君の血液で満たされると、そこにドロテの魂が舞い戻った。
 それは既に生ける屍ではなく、ひとつの人体として生まれ変わっていた。
 首から下は、小柄で華奢なうら若き十七歳の聖女。そして首から上は、禍々しい黒い角と青ざめた肌を有する妖艶な魔族の女。
 誰もが敬愛する聖王国のプリンセスの肢体に、その聖王国で魔族と恐れられるサキュバスの頭部が結合していた。
 奇跡はそこで終わり、ヴァレンティナの周囲から光が消えた。急速に自分を取り戻していくのを聖女は感じた。空に舞い上がってしまいそうな浮揚感は消え去り、体重が細い両脚にかかる。部屋がもとのように薄暗くなると、あとには二人の人間だけが残された。
「うう、頭が……うまくいったの?」
 突然襲いかかってきた頭痛とめまいに耐え、ヴァレンティナは踏みとどまった。
 この世で最も偉大な蘇生の奇跡は、行使する者の気力と体力とを根こそぎ奪う。ウェルビー大主教ほどの上位の聖職者であっても、日に何度と行えるものではない。天才とはいえ若輩のヴァレンティナであれば、尚更、体にかかる負担は大きかった。
 視界が歪み、呼吸が荒くなるが、倒れるわけにはいかなかった。まだ奇跡の成果を見届けてはいない。
 己が願った奇跡は成功したのか、それとも失敗したのか。
「あら? 私、どうしてこんなところに……?」
 ふと聞こえてきた声に、ヴァレンティナは歓喜した。攪拌された視界の中で、死んでいたはずの女が声を発していた。蘇生はうまくいったようだった。
「よかった……」
 自分のつぶやきを聞きながら、ヴァレンティナはその場に横たわった。最後に彼女の五感が捉えたのは乱暴に開け放たれるドアの音と、そして部屋の中に飛び込んできた男が放った驚きの声だった。

 ◇ ◇ ◇ 

「雷よ! 天空の神よ! 天と地を結ぶ稲光よ!」
 サンドラが調子に乗って連発する雷の魔術が、迫りくる機械兵を次々に撃破する。
 どうやらこの機械兵たちは雷が弱点らしい。
 シャルルは昔、城に勤めていた学者から聞いたことがあった。古代文明の遺物は大部分が金属でできているため、雷をよく通すのだと。
 敗北の苦汁をなめたシャルルたちは短時間で学び、考え、そして成長し、完膚なきまでに打ちのめされた前回の戦闘が嘘のように機械兵の一団を殲滅した。
「あらかた倒したみたいだな。じゃあ、クリスの頭を捜そう。この辺にあるはずだ」
「あったわ……これよ」
 ゲオルグの声はどことなく嬉しそうだった。見ると、その腕の中に金色の塊がある。金色の髪を持つ聖王女の生首だ。
「クリス!」
 シャルルは慌てて駆け寄った。ゲオルグの腕に抱かれたクリスの顔は、驚きに目を見開いたまま固まっていた。おそらく即死したのだろう。腐敗はさほど進んでいないが、開きっぱなしの瞳は濁り、左の頬には、皮膚の下で固まった血が紫の染みを形作っていた。繊細な美貌が台無しの死相だった。
「クリス……クリス……」
 シャルルはプリンセスの頭を抱いて涙したが、いつまでも悲しんでいるわけにはいかない。早く街に戻って蘇生させなくては。
「ちょっと待ちなさい……」
 踵を返すシャルルを止めたのはゲオルグだった。
「どうした、ゲオルグ。早く街に戻ってクリスを生き返らせないと」焦りのあまり苛立ちが声に出てしまう。
「お姫様を生き返らせるのはいいけど……この死体も回収しておかないと」
 ゲオルグが指さしたのは、首のない魔族の女幹部、ドロテの腐りかけた身体だった。巨大な乳房を黒いボディスーツで覆った肉感的なサキュバスの死体は、妖しい美をいまだ保っている。
「貴重な魔族の女幹部の死体よ……この前は邪魔が入ってしまったけど、ゾンビとして戦力になるのは間違いないわ……」
 ゲオルグのゾンビはもう全て失われてしまっていた。しもべのゾンビを使役する彼女としては、一行の戦力になれないのが不本意なのだろう。
 シャルルはうなずいた。
「ああ、ネクロマンシーでそいつをゾンビにするんだろう? 別に構わないが、たしか頭のない死体をゾンビにするのは、あまり良くないんだったか」
「ええ、そうよ……この死体に繋ぐ頭が必要なの……だからそのお姫様の頭を貸してもらうわ……」
「あっ !?」
 ゲオルグはいつになく素早い動作で、シャルルの手からクリスの頭を奪い取った。そして、首のないサキュバスの死体にプリンセスの首をあてがう。
「お、おい、何をするんだ……まさか」
 このあとの展開を予想して狼狽するシャルル。
「冥界の王よ、我に力を……この者に永劫の苦痛と命をもたらしたまえ……」
 うろたえる彼を尻目に、屍術師はネクロマンシーの呪文を唱え始めた。
 一度は見届けた、ゾンビを作り出す邪悪な儀式。それが再び、シャルルの眼前で執り行われた。
 青白い光に包まれ、ドロテの体はかりそめの命を吹き込まれる。腐りかけた青い手足がゆっくりと動き、その場に立ち上がった。黒い革のボディスーツに包まれた肉づきのいい肢体は、男の情欲をそそらずにはいられない。ボディスーツの臀部から黒く細い尾を生やし、鏃のような鋭い先端を犬か猫のように振っている。
 魔族の女幹部の失われた赤い髪の頭とすげ替えられたのは、きらめくような金髪を持つ姫君の首だった。白い肌と汚れた青い肌とが首の中ほどで融け合い、死した人間の肉と魔族の肉が繋がっていた。
「頭も体も両方持って帰るのなら、こうするしかないでしょ……? 聞け、私に従え、命令を与える……」
 主人の命令を与えられ、直立したままのサキュバス……いや、クリスティーヌがうなずいた。人々から崇められる聖王国のプリンセスは、今や犬猿の仲だったはずの屍術師のしもべに成り下がっていた。
 今のクリスの体は、小柄で華奢な体つきの少女のものではない。巨大な乳房を重そうにぶら下げた豊満なボディラインを露出度の高い黒革のスーツで申し訳程度に覆った、翼ある青い肌の魔族の肉体になっていた。
 首から上は人々に崇められる聖女、そして首から下は人類の仇敵の邪悪な淫魔。醜悪で冒涜的なその姿に、シャルルは大いに嘆き悲しんだ。
「な、なんてことをするんだよ。クリスの頭をこんな下品な魔族の体と繋げるなんて……」
「どうせ、街に戻るまでの間だけよ……それまでこの体には私たちの戦力になってもらうわ……」
 屍術師の女は王子の抗議を意にも介さず、ドロテの体になったクリスを従えて元来た道を引き返し始めた。渋々、シャルルたちもそのあとについていく。
「これでいいのかな、サンドラ……?」
「他に手があるわけじゃないし、仕方ないんじゃないかしら。でも……」
「でも?」
 シャルルは黒いローブに隠されたサンドラの横顔を見た。常に明るくひょうきんもののサンドラらしくない、深刻な表情だった。
「あたし、ゲオルグの前じゃ死にたくない。もし死ぬのならゲオルグが先じゃないと安心して死ねないわ、きっと」
 その言葉にはシャルルも同感だった。
 とにかく、無事にクリスの頭部を回収した一行は、速やかに街に戻ることにした。黒い翼と尻尾を規則正しく動かしながら歩く艶めかしいクリスの姿に強烈な違和感を覚えながらも、我慢して洞窟内を歩く。
 さしたる障害もなく地上に出たシャルルたちは、クリスの体が保存されている街の大教会へと急いだ。
 ところが、思いもよらぬ事態が一行を待ち受けていた。
 大教会に到着したシャルルたちを迎えてくれたのはウェルビー大主教だった。出立を見送ってくれたときとはうってかわって困惑した様子の彼を、シャルルは不審に思った。
「ただいま戻りました、大主教猊下。この通りクリスの頭を持ち帰りましたが、その、余計なものもついておりまして……」
「おお、姫様……おいたわしや。そのお姿はまさか……」
「はい。クリスの体に繋げた魔族の頭の、体の方です。不本意ながら、ゾンビにして連れて帰りました」
 クリスの白い肌とはまるで異なる、青ざめた肌を持つ艶やかなサキュバスの肉体。その首が聖王国の姫君のものに挿げ替わっていた。その変わり果てた姿を見た大主教の落ち込みようは、見ていて痛ましいほどだ。
「約束通り、これでクリスを生き返らせてくださいますね?」
「そうしたいのは山々なのですが、それが、その……」
 大主教の煮え切らない態度に、シャルルは異変が起こったことを感じ取った。
「何かあったのですか?」
「はい。実は、こちらでお預かりしていた姫様のお体が……」
 と、そこでドアが開け放たれ、二人の女が部屋に入ってきた。片方は大教会の聖職者が着る黒を基調にした法衣を身に着けた若い女で、歳はシャルルたちと同じくらいか、あるいは少し年下かもしれない。十代半ばと思われる修道女だった。
 そしてもう一人は、赤紫色の長い髪に青い肌を持つ、小柄で美しい魔族の女だった。勝気な切れ長の黒い目の中、人間離れした真っ赤な瞳でシャルルを見ていた。不敵な笑みを見せて歩み寄ってくるその女の顔に、シャルルは度肝を抜かれた。
「ええっ !? お、お前は……」
「まさか、あなたたちに助けられるなんてね。礼を言うわ」
 シャルルの前に立ったのは、かつて何度も彼の命を狙った邪悪な女魔族のドロテだった。
 奇妙なことに、ドロテはかつての彼女とはまるで異なる、不思議な外見を有していた。
 顔は紫と青の中間の禍々しい肌の色をしているが、手足や首元など、顔以外の素肌は透けるように真っ白できめ細やかだ。対照的な肌の色の境界が、首を横切るように真っすぐな線になっている。首から上と首から下がまるで別人のように見えた。
 ドロテがその身にまとう聖王国の紋章があしらわれた上品な純白の衣に、シャルルは見覚えがあった。
 いや、見覚えがあるどころではない。それは……。
「お前、生き返ったのか! じゃあ、まさかそれはクリスの体なのか !?」
 目を剥いてドロテを問い詰めるシャルル。常に彼に寄り添ってくれていたプリンセスの服、そして白魚のような指、小柄で細身の体……今、それらを所有しているのは、幾度となくシャルルたちを苦しめたサキュバスの女だった。
 やむを得ない事情から、クリスの首なし死体に、たまたまそばで死んでいたドロテの頭を繋げてゾンビにした。そしてネクロマンシーの産物となった彼女を一時的にこの大教会で預かってもらい、あとでクリスの頭とすげ替えて蘇生させるつもりだった。
 だが、これは予想だにしなかった事態だ。まさか、クリスの体がドロテの頭を繋げたままで蘇るとは。
 ドロテは己の可憐な両手を見下ろし、肩をすくめた。
「偉大な魔族のこの私が、か弱い人間の体になってしまうなんてね。しかもこの体は、以前私が殺そうとしたプリンセスの体だっていうじゃない。驚いたわ」
「そんな……どうしてこんなことに……」
 肩を落とすシャルルに、ドロテと一緒に部屋に入ってきた少女が涙を流した。
「私のせいです……私が奇跡の力を制御できなくて……」
「あなたは?」
「私はヴァレンティナ。ご覧の通り、この教会で働く女です」
「この娘は才能豊かでしてな」ウェルビー大主教が少女の自己紹介を補足した。「先にお話ししたように、今、この大教会で蘇生の奇跡を行使できる者は二人だけです。私の他に奇跡を行えるただ一人の人間が、このヴァレンティナなのです。神に愛されているのでしょう……日頃から市井の人々のため、癒しの奇跡を施してまわっている立派な娘です」
「そうでしたか。でも、どうしてあなたのせいだなんて言うんです?」
「実は……」
 ヴァレンティナはドロテを蘇生したときの話をつぶさに述べた。畏れ多くも神の御霊がヴァレンティナの肉体に宿り、クリスの体とドロテの頭をそのまま一つの生き物として蘇らせてしまったという。
「そんな……別人の体と頭なのに」
「私たちも困り果てていますが、あれは間違いなく神のご意思。我々迷える子羊にはどうすることもできません」
「じゃあ、こっちのクリスはどうなるんですか?」
 サンドラがヴァレンティナに問うた。
 サンドラの隣には、見事な巨乳と肉感的な四肢を有する女体が突っ立っていた。煽情的な黒いボディスーツを身にまとい、巨大な翼と長い尾を生やした魔族の女幹部。その肩の上にクリスの頭が載っていた。
「姫様も、そのお姿のままで蘇らせて差し上げるしかないでしょうな……うまくいくかどうかわかりませんが」
「この女の首を斬って、クリスの頭とすげ替えたらいいんじゃない? どうせあとで生き返るんだし、ちょっとくらい死んでも大丈夫でしょ」
「それはご免被るわね。今回のようなアクシデントならとにかく、あなたたちが敵の私をわざわざもう一度生き返らせるとは思えないわ」
 ドロテは明確な拒絶の意思を示した。
「それにヴァレンティナの話によると、神はあえてこの魔族を姫様の体で蘇らせることを選ばれたのだとか。そんなドロテを我々が殺害しては、どんなお怒りが待っていることか。姫様を蘇生させるのも難しくなりましょう」
「神様はいったい何を考えてやがるんだ !?」
 シャルルは声を荒げた。仲間としても異性としても大事な姫君の体を、邪悪な魔族に好き勝手されるなど、彼には耐え難いことだった。
 しかし、ウェルビー大主教もヴァレンティナも、他に方法はないと主張した。
「とにかく、今から姫様を生き返らせるための儀式を始めましょう。元のお体に戻る方法は、そのあとで考えてもよろしいかと」
「仕方ない……よろしくお願いします」
 今はクリスを生き返らせるのが最優先だった。一同はクリスの艶めかしい体を寝台に横たえ、蘇生の儀式を始めた。
「これが私の体……こうして見ると自分のものとは思えないわね。ところどころ腐りかけちゃって、酷いものだわ」と、ドロテ。元の自分の肉体を前にして、彼女も平静を保ってはいられないようだ。
「生き返る前は、あんたの顔もこんな感じだったのよ」
「ぞっとしない話ね。やっぱり死にたくはないものね」
 遠巻きに儀式を見守りながら雑談にふけるドロテとサンドラに、シャルルは一瞬、視線を向けたが、すぐにクリスに向き直った。
 クリスの顔は変わらず驚きに目を見開き、口を半開きにしたまま硬直していた。悪夢としてシャルルの記憶に深く刻み込まれたデスマスクだ。
「ウェルビー様、奇跡は私が行いたいと思います。どうかお力添えを願えますか?」
 クリスの前に立ったのはヴァレンティナだった。まだ若い聖女のその引き締まった表情からは、クリスを助けたいという強い意志を感じた。
「良いのか? ドロテの魂を呼び戻したばかりで疲れているだろう。万が一にも失敗すれば……」
「いいえ。姫様のお体をドロテのものとして蘇らせたとき、神のご意思を感じたんです。姫様の御霊にも同じように新たな命を授けるという、強いご意思を」
「そうか……ならば、神のご意思をその身で体現するがいい」
 話がまとまり、ヴァレンティナは目を閉じて祈りはじめた。
「大いなる造物主、我らが神よ。この哀れな魂を呼び戻し、浄化せん……」
 シャルルは初めて目にする蘇生の奇跡に驚かずにはいられなかった。
 まばゆい光がヴァレンティナを包み込み、教会の聖女は一時的に神の魂をその身に宿した。無力な人間たちの前に降臨した造物主は、腐り果てた魔族の女の肉体を、一瞬のうちに生前の姿そのままに作り直してしまった。
 そして、死せるクリスの頭も元の美貌を取り戻す。
「う……わたくし、どうしたのでしょう……シャルル?」
「クリス!」
 目覚めたクリスに飛びつくシャルル。強く抱擁したら折れてしまいそうな王女の肢体は、全身からフェロモンを撒き散らす淫魔のそれに変わり果てていた。感触はまるで別人だが、クリスが生き返った喜びに比べたら、そのような違和感など些細なことだった。
「クリス、よかった! よかった……」
「わたくし、長い夢を見ていたようです」クリスの表情は穏やかだった。「暗くて冷たい洞窟の中で、ずっとさまよっておりました。どうしたらいいかわからなくて……でも、シャルルが助けに来てくださいました。やはり、あなた様はわたくしにとって運命の王子様ですわ」
「クリス、すまなかった。君を守ってやれなくて……」
「いいえ、詫びる必要はございません。こうして帰ってくることができましたから。わたくしを生き返らせて下さったウェルビー大主教にも、お礼を申し上げますわ。ところで……」
 そこでクリスは言葉を切り、著しい変貌を遂げた自分の体を見下ろした。砲弾のような巨乳をぶら下げた青い肌のサキュバスの体が、王女の眼下にあった。王女の動揺を反映してか、黒く大きな翼と細長い尻尾が不安げに揺れた。
「わたくしの体、どうなってしまったんですの? こんなお恥ずかしい格好……」
「生き返らせるときに色々あったのよ。今のお姫様は、私と首から下の体が入れ替わっているの」
 顔はそのままだけどね、と説明したのはドロテだった。首から下が十七歳の可憐な姫君の体になった女悪魔と、首から下が淫らがましいサキュバスの体になったプリンセスが向かい合った。どちらも奇妙そのものの姿だった。
「そうでしたか。このようなことになるとは思いませんでしたが……でも、これもきっと神のご意思。わたくしはただ受け入れるだけですわ」
 意外にも、自分の体が別人、それも邪悪な魔族のものになったと聞かされても、クリスは大してうろたえなかった。
 そんな聖王女に対して、大主教は体が折れそうなほどの勢いで、何度も何度も頭を下げた。
「申し訳ございません! 私がついていながら姫様をそのような醜いお姿にしてしまい……全て、この私の責任です!」
「違います! ウェルビー様は何も悪くないんです! 今回のことは私が……」
 二人そろって己の責を主張するウェルビーとヴァレンティナに、クリスは寛大に首を振ってみせた。
「いいえ、何も気になさることはございませんわ。皆さまのご尽力のおかげで、わたくしはこの世に舞い戻ることができたのです。たとえ体が人のものではなくなっても、神のご加護とご意思に比べたら大したことではありません。クリスティーヌ・マリー・フォン・サンノーブルの名において、皆さまに限りない感謝の言葉を申し上げますわ。本当にありがとうございました」
「クリス……」
 明るい笑顔で礼を述べるクリスの姿に、シャルルも自然に顔がほころんだ。今回は大変な目に遭い、いまだ全ての問題が解決したわけでもなかったが、クリスが帰ってきたというだけで全てがうまくいったような錯覚を抱いてしまう。
 やはり、シャルルにはクリスが必要だった。たとえ姿が変わろうと、クリスはクリスだ。
 今はなき王国の王子はクリスと同じ表情を浮かべて、翼と尻尾の生えたプリンセスを力いっぱい抱きしめた。

 ◇ ◇ ◇ 

 夜、隣の部屋をシャルルが訪ねると、二人の女が自慰に熱中していた。
 二つの寝床のうち、部屋の入口の方にあるベッドでは、背中で折り畳まれた黒い翼と細長い尾、青い肌を持つ女が仰向けで横たわっていた。
 日頃その豊満な肉体を包む黒革のボディスーツは脱ぎ捨てられ、ヒールの高いブーツと一緒にベッドの足元に転がっていた。
「ああ……この体、なんていやらしいんですの。はあっ、はあっ、たまりませんわあ」
 砲弾のようなボリュームのある乳房の先、子供の小指ほどに勃起した乳首を指でしごき、女は興奮に顔を赤らめた。
 この女の名はクリスティーヌ・マリー・フォン・サンノーブル。
 シャルルと共に旅をする聖王国の姫君だったが、とある事件により体の首から下だけが青い肌のサキュバスと入れ替わってしまった。それ以来、クリスティーヌは性欲旺盛な淫魔の体を持て余し、夜な夜な自慰や性交にふけっている。
 以前のクリスは癒しの奇跡を行使する清らかな聖職者だったが、今の彼女が神に祈りを捧げても奇跡がもたされることは決してない。そのかわり、恐ろしい攻撃呪文を使いこなす強大な魔力と、人間の男や魔物を誘惑し操るサキュバスの魅了の力を手に入れた。
 もはや聖女でなくなったクリスは、シャルルが部屋に入ってきたことにも気づかず、鋭い爪を生やした長い指で己の乳房を愛撫しつづける。根元から掬うように乳を持ち上げると、青い肉の塊が音をたてて弾み、震えた乳首がよりいっそう硬くなる。
「す、すごいですわ。お乳がすごく気持ちよくて……ああっ、それにアソコも……自分でいじるだけでこんなにいい気持ちになれるなんて、魔族の女性はずるいですわ……」
 妖精が編んだような繊細な金髪を振り乱したプリンセスは、安宿の窓から差し込む月の光の中、たわわに実った自分の巨乳を揉みしだいた。
 片方の手は股間に伸ばされ、指の長さの三分の一はありそうな尖った紫色の爪で茂みの奥を引っかき回す。既に発情した秘所からはとろみのある液体が漏れ出し、尻の穴まで濡らしていた。人間の女よりも遥かにきつい淫魔の臭いがシャルルの鼻を刺激し、王子の股間を硬く立ち上がらせる。
 シャルルは生唾を飲み込んだ。
 常に清らかで世の人々のために尽くしてきた聖王国の姫君の姿は、もはやどこにもない。クリスの顔に化けたサキュバスが人間の街に侵入し、宿のベッドに潜り込んで密かに自慰にふけっているようにしか見えなかった。
「ふふふ、よほど気に入ったみたいね。私の……サキュバスのカラダ」
 奥の方にあるベッドの上で、もう一人の女が不敵に笑った。
 こちらもやはり全裸である。十代後半と思われる繊細で小柄な体は、月の光を浴びて肌の白さがより強調されていた。
 少女から大人の女へと花開こうとしている真っ只中の、若く瑞々しい体だった。やや控えめながら柔らかな曲線を描いて膨らむ乳房の先では、ピンク色の小さな蕾がつんと上向いていた。
 白い手足と胴体とは対照的に、その女の顔色は夜明け前の空のように暗く青い。耳の前方、やや上方から黒くねじれた二本の角が生えている。目の白目の部分は人間のそれとは異なり黒に近い暗灰色で、血を連想させる赤い瞳で面白そうにクリスを見ていた。
 頭頂部から足の爪先に至るまで非常に美しい女だったが、首から上と首から下では、その美しさの質がまるで異なる。首を取り巻くひと筋の線を境界にして、汚れを知らぬ乙女の美と、人ならざる魔性の美が結合していた。
 この女の名前はドロテ。魔族の幹部でシャルルやクリスの命を狙う宿敵だったが、ひょんなことから体の首から下だけがクリスと入れ替わってしまい、任務失敗の咎を恐れてシャルルたちに寝返った経緯がある。
 首から上は青肌と赤毛の妖艶なサキュバス。
 首から下は神に仕える聖王国の第一王女。
 クリスに負けず劣らず奇妙な外見を有するドロテは、己の薄い乳房や股間を繊細な指でもてあそびながら、隣にいるクリスを面白そうに眺めていた。
「は、はい。この体、とっても敏感で……ああっ、またイクっ」
 クリスは自らの巨大な乳房を持ち上げ、勃起した乳首を口にくわえた。その刺激が新たなオルガスムスをもたらしたようで、魔族の女体が釣り上げられた魚のように跳ね回った。
 ドロテと首がすげ替わる前のクリスが、一度もしたことがなかったという自慰行為。その淫らな遊びに、今のクリスは毎晩熱中しているのだ。
「あらあら、一人でイカないでよ。私も楽しませてちょうだい」
 ドロテは身を起こすと、部屋の入口で立ち尽くしているシャルルに意味ありげな目配せをして、素知らぬ顔でクリスの傍らに寝転がった。クリスはまだ彼の存在に気づいていないが、ドロテは彼を意識しながらもあえて無視しているようだ。
「ああ、ドロテさん……んんっ、んっ」
「可愛いわ、クリス……んっ」
 ベッドの上で向かい合った裸の女たちは、目を閉じて熱い接吻を交わした。サキュバスの体を持つ王女と、プリンセスの体を有する淫魔の二人は、久方ぶりに再会した恋人同士のように激しく舌を絡め合い、互いの唾液を飲ませ合った。
「んっ、ドロテさん、わたくしの体……熱くて熱くてたまりませんの。何とかしてくださいますか」
「もちろんよ。ふふっ、それにしてもあなた……ほんのちょっと、ゾエに似てるわね」
「ゾエ? どなたですか」
「私の妹よ。もういなくなってしまったけれど……」
 ドロテは不敵な笑みをかげらせ、クリスを抱きしめた。「決めたわ。あなた、私の妹になりなさい」
「ドロテさんの妹に?」
 クリスは熱っぽい眼差しでドロテを見た。すっかり骨抜きにされた好色な元聖女は、ドロテの言うことなら何でも従ってしまいそうな危うさを感じさせる。
「そうよ、私たちはカラダが混じり合っているわ。私のカラダはあなたのもので、あなたのカラダは私のもの……血の繋がった姉と妹みたいなものじゃない。私、もっともっとあなたを好きになりたいの。もう二度と離れられないくらいに……」
「ええ、わたくしも……ドロテさんをもっと好きになりたいです」
 聖女だった青肌の魔族は、小柄なドロテをきつく抱きしめ返した。できることなら身も心も溶け合って一つになりたいとでも言いたげだった。「承知いたしましたわ。わたくし、今からドロテさんの妹になります。ですから、もっともっとわたくしにこの体のことを教えてください。もっともっとわたくしを気持ちよくしてくださいませ」
 かつて神に仕えた聖女は、どうやら身も心もサキュバスになることを決意したらしい。聖王国の人々が見たら失望すること間違いなしの妖しい笑みを浮かべて、ドロテに更なるキスをねだった。
「いいわ、これからは私をお姉さまと呼びなさい。可愛いクリス」
「はぁい、ドロテお姉さまぁ……ああん」
 花の蕾を思わせる聖女の控えめな汗の臭いに、男を誘惑してやまない女悪魔のフェロモンが混じる。女たちが互いを貪り合う音と、二人の唇を繋ぐ唾液の橋、そして聖女と淫魔の体臭とが、シャルルの股間をますます昂らせた。これだけで達してしまいそうだと思った。
(これじゃ生殺しだよ……)
 いつまでもただ我慢して見ているだけなのは辛いが、クリスに声をかけるタイミングを逃してしまった。ドロテがうまく仲間に入れてくれることに期待しつつ、亡国の王子は二人の女が乳繰り合う様子に見入った。
 やがて名残惜しそうに唇を離したドロテは、頭と足の位置を入れ替え、クリスと逆向きの姿勢でのしかかった。
「それじゃあ一緒に気持ちよくなりましょ。イカせっこよ」
 と言って、赤い陰毛が生い茂ったクリスの秘所に長い舌を這わせる。肉の扉が開かれ、あらわになった肉壺にドロテが鼻先を突っ込むと、クリスの青い体が小刻みに痙攣した。
「ひゃああんっ、お姉さまの舌、とっても長いですわ……奥まで届きそうです。ああっ、あんっ」
 クリスは嬉し涙を流し、お返しとばかりにドロテの白い女陰を熱心に舐める。女たちはお互いの性感帯を刺激しあい、甘い声をあげて楽しんだ。
 ほんの数ヶ月前まで聖女とそれに仇なす魔族として殺し合いさえしていた二人の女は、今はこうして睦まじく愛し合う仲になった。もしかしたら、シャルルよりも深く心を通わせている間柄かもしれない。
 目の前で繰り広げられる見目麗しい女たちの痴態に嫉妬の情までも加わり、シャルルは今にも射精してしまいそうだった。腰を紐で縛った簡素な寝間着の股間を先走りの汁で湿らせ、女たちの絡み合いに心奪われて立ちすくむ王子の姿は、あまりにも情けないものだった。
 シャルルの忍耐を知ってか知らずか、ドロテは彼に見せつけるように情熱的にクリスと肌を重ね、淫らな魔物になってしまった彼女を何度も絶頂に追いやった。
「あああっ、イク、イキますのおっ。おおん、おほおおおっ、イクっ、イクっ」
 もはや体面も羞恥心も放り出したクリスは、隣室でサンドラとゲオルグが寝ていることも忘れ、かん高い嬌声と共に青い秘所から熱い体液を繰り返し噴き出すのだった。
 そうして何度目かのオーガズムにクリスが悶えた頃、ようやくドロテはクリスに耳打ちし、彼女が乱れに乱れるさまをシャルルがつぶさに見ていたことを告げた。
「いやあ、シャルル……こんなお恥ずかしい姿、どうかご覧にならないで……」
 抗う気力も体力もほとんどなくした元姫君は、それでも泣きじゃくってシャルルの視線から逃れようとする。そんなサキュバスのむっちりした太ももを、王子は爪が食い込むほど力いっぱい掴んだ。
「クリスのいやらしい姿を見せられて、もう我慢できないよ。クリスにハメたい。俺のをハメるよ、クリス」
「ああ、そんな……こんなにイってるのに、またイカされちゃいます……」
 暴発寸前のシャルルのペニスが、クリスのものになった淫魔の入口をこじ開けた。腰を進めてズン、ズンと奥深くまで分け入ると、クリスは小水まで漏らして歓喜する。
「い、一気に奥まで……ダメっ、おおっ、おほおおおっ」
 力強い王子の突き込みに、クリスティーヌだったサキュバスはいとも簡単に昇天した。
 白目を剥いて意識を失ったクリスの奥を、シャルルはたくましい一物で思いきり穿つ。
 サキュバスの膣内は、人間の女性のそれとはまるで異なる。肉壺の内側に備わった無数の細かな肉の突起が生き物のように蠢き、侵入した牡を包み込んで離さない。
 男をくわえ込むのに特化した女体は奥へ奥へとシャルルを導き、弾力のある子宮口で亀頭と接吻を試みる。その甘美な感触は速やかな射精を促し、たちまち王子は爆発した。
「ああっ、出る。クリスの中に……ううっ」
 今は滅亡した王家唯一の生き残りの子種が、人類の仇敵であるサキュバスの膣に飲み込まれていった。上質の精子は淫魔と化した今のクリスにとって最高の食事だ。無意識に腰をくねらせ、新鮮なスペルマを一滴残らず味わおうともがく。折り畳まれた黒い翼がだらしなく広がり、白いベッドを覆った。
 魔族と戦い続ける亡国の王子と、その命を狙っていた残忍なサキュバス。決して交わるはずのなかった二人の性器が固く繋がり、最愛の男女として体液と遺伝子とを混ぜ合わせる。日々繰り返される愛の営みだ。
「ふふ、クリスったらとってもいい顔。可愛らしいわ」
 まぐわう二人の間にドロテが割り込んできた。「私もまぜてもらうわよ。さあ王子、お願い」
 ドロテはクリスから貰い受けた聖女の肢体をうつ伏せにし、染みひとつない白い尻を振ってシャルルを誘った。
「綺麗だ……」
 シャルルは嘆じた。もとは清いクリスの体だったのだから、当然のことではあるが。
 かすかに甘酸っぱい匂いを放つ、陰毛の薄いサーモンピンクの入口。数ヶ月前に体が入れ替わってから、新しい主が熱心に性交と自慰に励み、だんだんと開発されつつある少女の性器。青い顔と黒い角を持つサキュバスの女が、そんな聖女の陰部でシャルルを誘惑していた。
 据え膳食わぬは何とやら……シャルルは肉びら蠢くクリスの内部から己を引き抜き、いまだ硬度を保った若いペニスをドロテに突き込んだ。
「ああっ、おチンポが入ってくる……苦しいわ。まだこの体じゃ慣れなくて……」
 言葉に反して、ドロテは実に嬉しそうだった。少女の狭い膣は必死にシャルルを締めつけ、英雄の長大な肉茎を余さず受け入れようとする。
 いい気分だった。きつい膣の収縮が幹をしごき、心地よい波紋がシャルルの股間から全身へと広がっていく。
 かつて愛した聖王国のプリンセスの体を、今シャルルは抱いているのだ。たとえその麗しい体が他人の所有物になったとしても、愛しさと快さは変わらない。
 シャルルは華奢なドロテの腰を持ち上げると、十七歳の姫君の中を往復して至上の美味を堪能した。サキュバスのように膣内をびっしり覆う肉びらでペニスに吸いついてくることはないが、年若い娘のきつい締めつけと熱い蜜の味わいは、淫魔との交わりに勝るとも劣らない。
「あっ、ああっ、あんっ。ふふ、人間のカラダもいいものね。幸せだわ……」
 背中を見せて横顔で笑うドロテに、シャルルは激しい突き込みを繰り返した。抜ける寸前まで腰を引くと、名残惜しそうに締めつける粘膜が引きずられてめくれ、月明りに輝く。
 綺麗だと思った。青い肌と血の色の瞳、牛のような角を持つサキュバスの頭が結合した聖女の体を、美しいとシャルルは思った。以前のシャルルであればただ憎悪の対象でしかなかったドロテが、愛しくて仕方がない。
 シャルルはドロテの背中から腹に手を伸ばし、汗ばんだ少女の体を抱きしめた。獣のような姿勢で聖女のサキュバスを犯しながら、腰の動きを徐々に速める。
 下腹の辺りから高熱の衝動が湧き上がってくる。限界は間もなくだ。
「出すぞ、ドロテ。たっぷり味わえよ」
「ああっ、ううん……いいわ、たまらないわシャルル。私を孕ませて!」
 ドロテは長い舌を出して喘ぎ、受精を所望した。
 今のドロテには魔族の証である黒い翼も、長く細い尻尾もない。首から下はただの人間だ。膣の奥には子を宿すための臓器があり、その気になればシャルルの子を孕むこともできる。
 滅びた王家と聖王国の君主の血を引く高貴な赤子を、角の生えた邪悪な魔族に産ませる。
 冒涜だと神は怒るだろうか。いや、そもそもクリスとドロテの肉体を交換したのは祈りに応えて降臨した造物主だ。意外とドロテの妊娠を祝福してくれるかもしれない。
「おおっ、出るぞ。孕めドロテっ」
 シャルルは吠え、元サキュバスの女の希望通りに膣内射精をくれてやった。灼熱の樹液が十七歳のプリンセスの奥に撒き散らされ、白い裸体を桜色に火照らせた。
「あふう……アソコが熱くて気持ちいいのお。幸せ……」
「俺もだ……ドロテの体は最高だよ。さすが、クリスのものだっただけのことはある」
 シャルルはなかなかドロテの中から抜け出そうとしなかった。鼻の下を伸ばしてドロテの細い体にしがみつき、射精の残滓が全て膣内に注ぎ込まれるまで、ゆっくりと結合部をかき回しつづけた。
 長い射精がようやく終わると、シャルルは挿入したままドロテの体を回転させ、彼女と向かい合って情熱的な口づけを交わした。とろんとした目のドロテは、恋する乙女の表情でシャルルの唾液を飲み干した。
「シャルル……ううん、ご主人様。私をあなたのものにして。クリスと二人であなたに精一杯尽くすから、どうか私を捨てないで。あなたに見捨てられたら、私、もう生きていけない」
 ドロテはシャルルの腕の中で涙ながらに懇願した。かつてシャルルを殺そうとした残忍な魔族の面影はすっかり消え失せ、完全に彼に服従する無力な女に成り下がっていた。
 任務に失敗し、首から下が人間の体になってしまったドロテは、もはや魔王のもとには帰れない。かといって、魔族の顔のまま人間の中で生きていくこともできない。今の彼女にとって、この世で安心できる場所はシャルルの隣だけなのだ。
「ああ、わかったよ。ドロテのこと、クリスの次に大事にする」
 憐れみと愛情の混じった複雑な感情を胸に、シャルルはドロテを抱いて横になった。二度の射精を終えて王子は満足しつつあったが、まだまだ夜は終わらない。
 今度は意識を取り戻したクリスが、再度の性交を要求してきた。
「ずるいですわ、シャルル。わたくしが気をやっている間に、お姉さまとお楽しみだなんて」
「悪い。俺はまだまだ大丈夫だからさ。今度はクリスにしてやるよ」
「私もまだまだ足りないわ……そうだ。ねえ、こうしましょ」
 仰向けのクリスにドロテがうつ伏せで抱きつくように乗った。向かい合った二人の女の秘所はどちらもシャルルに向けられ、好きな方の入口に容易く挿入できる体勢になっている。
「この姿勢なら、私たち二人に入れたり抜いたり簡単よ。ご主人様の好きなように犯してちょうだい」
「味比べか……悪くないな」
 抱き合って寝転がるクリスとドロテに近づくと、シャルルはまずクリスの青く豊満な体を貪った。雄々しいペニスを差し込むと、既に一度シャルルの精を浴びたサキュバスの膣内が歓喜にうねり、更なる射精を求める。
「ああっ、シャルル素敵。わたくしのスケベなカラダが大喜びですわあっ。おお、おおんっ」
「俺もとっても気持ちいいよ、クリス。さて、今度はこっち……」
 射精を我慢してクリスから引き抜き、シャルルはクリスの蜜に濡れたペニスをドロテの中に突っ込んだ。同じくシャルルのスペルマを撒き散らされた膣肉が強く収縮し、彼を愛しげに締めつける。
「ああっ、ああんっ。ご主人様、もう一度中にちょうだい。お姫様の私にあなたの赤ちゃん孕ませてえっ」
「お姉さま、とっても可愛いです。どうかわたくしの代わりに元気な赤ちゃんを産んでくださいませ。んっ、んんっ」
「んんっ、あっ、激しい……またイクっ。あああっ、また中出しされてるっ」
「お姉さま、わたくしも一緒に……ああっ、イク、イクの止まりませんわあっ」
 男の精をすする淫らなサキュバスの肉体を有する女、クリスティーヌ・マリー・フォン・サンノーブル。
 そして世の人々から聖女と崇められる十七歳の小柄なプリンセスの肉体を持つ女、ドロテ。
 互いの首がすげ替わった女たちは、きつく抱き合って相手と舌を絡め合いながら、愛する男のペニスをかわるがわる味わった。
 クリスもドロテも、二度と元の体には戻れない。だが二人ともこれ以上なく幸せそうだ。
 いや、二人まとめて幸せにしてみせるとシャルルは思った。



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