少年梓 1

 雲一つない青空に、ギンギンに輝く太陽が容赦なく校庭を照らしている。
 それを暑そうに眺めながら、少女は教室の隅で汗だくになって赤いプラスチックの下敷きで必死に風をおこしていた。
「……あっつ〜〜〜〜〜ぃ」
 梅雨が終わり、夏休みも近い。普段は元気いっぱいの梓も、今日はあまりの暑さにすっかりバテてしまっている。
「……暑い暑いアツいアツいあついあついアツイアツイアツイアツイ……」
「安井、静かにしろ!」
「はぁあぁぁぁぃ……」
 四十くらいの男の教師が彼女を叱りつけた。少し髪の薄くなったその額には小さな雫がついていて、彼がこの熱気に辟易しながらも大人の面子で何とか我慢していることを如実に示していた。教室の生徒も半分以上がグッタリしていて、教師の話が聞こえていない者も多そうだ。
「じゃ、また明日。気をつけて帰るんだぞ」
 やっとのことで終礼が終わり、梓たちは灼熱の教室から我先にと外に飛び出していった。彼女は今日が掃除当番ではないことを感謝した。

 梓は友達の亜紀子と一緒に下校するのが習慣だった。
「はぁぁあぁ……こんなに暑いとイヤになるわ……」
「梓ちゃん、先生の前で暑い暑いって連発してたもんね」
 梓は今日、できる限りの薄着をしてきたつもりだった。
 やや日に焼けた肩や首元が露になった白いキャミソールは胸の部分が二重になって、第二次性徴で大きくなりつつある柔らかな膨らみを包んでいる。紺のハーフパンツからは細く健康そうな脚が膝を覗かせていたが、その肌は汗ばんでじっとり濡れている。やや茶色がかった黒髪を赤いリボンでまとめたポニーテールも、今は小屋で力なく四肢を広げて這いつくばった犬のように元気がない。
「……いや、もう暑いってもんじゃないよ。ここどこ? 沖縄じゃないよね」
 友達に向かい、梓がそう言い放つ。
 亜紀子はそんなポニーテールの少女を、眼鏡を通して微笑ましげに見つめていた。
「たしかに暑いけど梓ちゃんなら大丈夫だよ、きっと」
「……そんなわけないじゃなぁぁあぁい……」
 うだりながらも活気に溢れる梓を見ていると、この暑気も忘れてしまいそうだ。
 空では天高くのぼりつめた真っ白の球体が大地を照りつけ、二人の短い影を形作っていた。
 もう学校は短縮授業に入っており、今の時間帯は一日で一番気温が上がる。
亜紀子は梓をなだめつつ、二人でゆっくり通学路を歩いていった。

 後ろから誰かが走ってきたのはそんなときだった。
「……うしゃぁぁぁあぁあぁっ !!」
「きゃぁぁあっ !?」
 振り返る間もなく後頭部にラリアットを受け、梓がよろめく。湿ったポニーテールが乱暴に振られ、風に揺れた。
「あ、山田くん……」
 梓に飛びかかった男の子の名を亜紀子が呼んだ。
 体勢を整えた梓が、スポーツ刈りの男子をにらんで怒鳴りつけた。
「いきなり何してくれてんのよ、健太郎ぉ!」
「へへん、お前が隙だらけでボーっとしてるのが悪いんだよ!」
 山田健太郎。二人のクラスメートでイタズラ者、梓とは犬猿の仲である。白のTシャツに青い半ズボンと、色だけなら彼女の格好と似ていなくもない。
「あたしは今、暑くて死にそうなんだからやめてよね!」
「バカの梓に暑いも寒いもないだろ、バーカ」
「なぁんですってぇぇえ!」
 言い争いを始めた二人を、亜紀子は苦笑して観察していた。
「また始まっちゃった……困ったなぁ」
 こうなると、そう簡単には止められないだろう。傍観者の彼女は手持ち無沙汰になり、自分の肩まで伸びたウェーブの髪を指でつまんだ。可愛らしいピンクのランドセルを肩から下ろし手に持つと、やはり汗で濡れている。
 ――今年でこのランドセルともお別れか。眼鏡の少女はため息をついた。

 見晴らしのいい交差点で、梓と健太郎の喧嘩は続いていた。
 いっそ車でも来ればいいのだが、住宅地のど真ん中の通学路とあっては交通量もほとんどない。
「……だいたいあんたはいつもいつもウザすぎ! 近寄んな!」
「はっ、バカに何言われても気にならねーよ! バーカバーカ」
「何よ! バカって言う方がバカなのにぃ!」
 とうとう道の真ん中で追いかけっこを始めた二人は、亜紀子を尻目に真夏の熱気も忘れて、道路を汗だくで走り回った。そんな二人が少しだけうらやましいのは、亜紀子のささやかな秘密だ。
 周りでは蝉がやかましいほど鳴き続けている。

しかし。

「……わあぁっ !?」
 梓から逃げ回る健太郎が、不意に通行人にぶつかって尻餅をついた。焼けたアスファルトの上に座り込んだ健太郎のランドセルを、梓が蹴りつける。
「くぅっ !!」
「やっぱりバカはあんただったわね! バーカバーカ」
「てめくそ梓ぁっ! バカの癖に何しやがるっ!」
「大丈夫かい? きみ」
 後ろを向いて唾を飛ばす彼に、涼しげな声と共に手が伸ばされた。
「あ、はい……すいませんでした」
 だらだら汗を垂らして謝る健太郎だったが、相手を見て思わず息を飲んだ。
 歳は彼らより少し上、高校生くらいだろうか。細い体にしなやかな手足、そして何より人の目をひく端正な顔立ち。まるで美術館に展示されている英雄の像が命を吹き込まれたかのような少年だった。
 そんな彼が、この真夏日の中で汗一つかかずにこちらを優しく見下ろしている。
「すごい、きれいな人……」
 離れた所から、亜紀子の間の抜けた声が聞こえてきた。その感想には梓も同感だった。
「もう健太郎! 知らない人にぶつかったらダメじゃない!」
「お前のせいだろ! お前が追っかけてくるからだろーが!」
「いつもいつも人のせいにしないでよ!」
 言い争いを再開した二人に微笑みかけ、少年が言う。
「君たち、暴れるのは良くないよ。ほら、汗だくじゃないか」
「……はい、すいません」
 子供に言い聞かせる穏やかな口調だったが、彼の透き通る声にはなぜか梓も健太郎も逆らえない力があった。
「熱射病になるといけない。こっちにおいで」
 少年は三人を近くの公園に連れていき、木陰のベンチに座った梓たちに缶ジュースを買ってきてくれた。
「あ、ありがとう」
 知らない人についていったり物をもらってはいけないと教わってはいたが、この美しい少年を見ていると、不思議とそんなことは綺麗さっぱり忘れてしまうのだった。
 りんごジュースをごくごく飲み干す健太郎に、彼が問う。
「君たち、友達かな?」
「違います。そんな乱暴女知らねーや」
 少年を挟んで座っているポニーテール娘を指差して答える。
「何よ、乱暴なのはそっちじゃない! あたしは大人しいわよ!」
「嘘つけ! 男よりよっぽど凶暴じゃねーか! このおカマめっ!」
「誰がおカマよっ! あたしは立派な女の子ですっ!」
「あはは、元気だねぇ」
 彼の両脇からまた口喧嘩をし始める梓と健太郎に笑いかけ、少年が二人を仲裁する。
「健太郎君、だっけ? 梓ちゃんはおカマなんかじゃないよ。女の子を捕まえてそんなことを言っちゃいけない」
 その口調は優しく、万人を納得させてしまう雰囲気があった。
「うん、でもこいつ本当に乱暴なんだ。ホントは男なんじゃないかってくらい」
「そんなことないと思うよ。でも梓ちゃんも、もっとおしとやかにした方がいいかな」
「……はい、でも健太郎がいつもあたしに手を出してくるんです。仕方ないから反撃してるだけで――」
「何だよ、先に手を出してくるのはそっちだろ。嘘つくなよ」
「そっちでしょ!」
「いいや、そっちだね!」
「はいはい、落ち着いて……」
 少年が両手を伸ばし、梓と健太郎の頭を押さえた。
「こんなに喧嘩してばっかりだと大変だろう? ねえ亜紀子ちゃん」
「え、あ……はい、私もそう思います」
 突然話を振られ、桃ゼリーを飲んでいた眼鏡の少女が慌てて答えた。
「この二人は仲が悪いのかい?」
「いえ、そうでもないと思うんですけど――」
 今の言葉と二人の様子に、少年は大体の事情を把握したようだった。にっこり笑みを浮かべて二人の頭を撫で回している。
「そうだね。僕の見たところでは、もっと君たちは素直になった方がいいかな。年頃だから仕方ないと思うけど、もうちょっとお互いを理解した方がいい」
 何か言いたそうににらみ合う二人の頭を、少年が手を広げて器用につかむ。
 すると――。

 キュポンッ!

「……え?」
「……へ?」
 ビール瓶のフタを開けるような気持ちのいい音がして、少年が手に持った梓と健太郎の頭が、綺麗に胴体から外れてしまった。
「――――っ !?」
 横では亜紀子が驚きに目を見開いているが、首が外れても二人の体からは血が出ず、その頭も依然として生きているように見えた。
「きゃああああっ !?」
「わぁぁぁっ !! な、何だよコレ !?」
 一瞬遅れ、小学生の男女が首だけで悲鳴をあげる。
「びっくりしたかい? 大丈夫だよ、何ともないから」
 平然として少年は言い放つと、白い腕の先に乗せられた子供の首を指先で楽しげにもてあそんだ。
「……梓ちゃん! 山田くんっ!」
 驚愕に亜紀子も叫ぶが、彼は意に介さず話を続けた。
「という訳で、梓ちゃんは男の子をやってみなよ」
 そう言って体を回し、左手に持った梓の首を、首のない男子の体に載せた。右手の健太郎の首も同じように、キャミソールの女子の胴体にくっつけてしまう。
「はい、完了」
「きゃああぁああぁっ !! あたしの体あぁあっ !?」
 可愛らしいポニーテールの少女の首から下はTシャツと半ズボンで覆われ、日焼けした健康的な男子の肉体になっていた。
「俺、どうなってんだよぉっ !?」
 その横ではスポーツ刈りの健太郎が、自分の体についている二つの発展途上の膨らみを絶叫して見つめている。
「あ、ああ……あぁ……」
 亜紀子は信じられないといった表情で入れ替わった二人を見ていた。
「それじゃあ、僕はこの辺で。暑いから気をつけて帰るんだよ」
 ベンチの後ろから声が聞こえたが、三人が振り返ってもそこには誰もいなかった。


 公園の木陰で、三人の小学生が騒いでいる。
 ぎゃあぎゃあ叫ぶ二人と、それを青い顔で眺める一人の少女。
「なんでこんなことになってんの !? 意味わかんないっ!」
 半ズボンをはいたポニーテールの子供は、女の子だろうか。泣きながら相手に向かってわめき散らしている。
「俺だって訳わかんねぇよ !! 何なんだよこれはっ !!」
 キャミソールの少女も叫ぶ。
 思春期を迎えて膨らみ始めた胸が、彼女が女であることをはっきり示していたが、それにしてはスポーツ刈りの髪型と、少年にしか見えない顔がそぐわない。
「……あんた、あたしの体を返しなさいよぅっ…… !!」
 両手で顔を覆い、梓がすすり声をあげた。
 だが、健太郎にもどうしようもない。
「そんなもん……返せたらとっくに返してるよ。はぁ……なんで俺が梓の体になってんだ……くそ」
 キャミソールの襟元をちらりと見下ろすと、まだ焼けていない白い肌がゆるやかな丸めの曲線をおびて広がっている。
(この体……やっぱり女の子なんだな……)
 そんな気はないのに、健太郎はゴクリと唾を飲み込んだ。
「健太郎ぉぉっ !!」
「わぁっ !?」
 突然つかみかかられ、彼は地面に尻餅をついてしまった。
 顔をあげると、怒りに燃えた梓が真っ赤な目で健太郎をにらみつけている。
「その体で……グスッ、ヘンなことしないでよ……この変態……っ!」
「な、何もしてねーよ! 誤解すんなよ!」
「嘘……今ゼッタイ、あたしの胸見て喜んでた……」
 思わずギクリとして、健太郎が必死に言い返す。
「そっちこそ、俺の体で変なことするんじゃねーぞ! 今のお前、ホントにおカマになってるんだからな!」
「お……おカマ…… !?」
 ショックを受けた様子で、梓が健太郎から離れる。
 地面にひざまずいたままで彼女は自分の体を見下ろした。
(あ、あたし……おっぱい、ない……)
 Tシャツの中には本来あるべき肉の塊がなく、どこまでも平らな胸しか見えない。
 代わりに半ズボンの股の部分をつかむと、ふにゃりとした柔らかなモノの感触があった。
(こ、これ……おちんち……)
 自分の血の気が引く音が聞こえてくるようだった。
「あ、梓ちゃん……」
 どんな言葉をかけていいのかわからず、亜紀子が彼女を心配そうに見つめている。
 梓は涙を流し、亜紀子に抱きついてしゃくりあげた。
「……あ、あたし、男の子になっちゃったよぉぉぉぅ……うぇぇえぇん……!」
「梓ちゃん……泣かないで、梓ちゃん……」
 亜紀子は少年の体をぎゅっと抱きしめて慰める。
 首から下は健太郎の体でも、顔は大事な梓のものだ。嫌悪も恥じらいもない。
「…………」
 健太郎はキャミソール姿でへたり込んだまま、抱き合う二人を見ていた。
 どうしたらいいのかわからない。彼も泣いてしまいたかったが、泣いたら本当に女になってしまう気がして、必死に耐えていた。

 時間はかかったが、ようやく梓も健太郎も落ち着いた。
 とにかく、このままで家に帰る訳にはいかない。
 今の服装では安心して道も歩けないし、家に帰れば着替えなくてはいけない。仕方なく、二人は公園のトイレで互いの服を交換することにした。
 人はおらず、亜紀子が見張りに立っている。
「えぇ、脱いで服取り替えるのかよ !?」
「当たり前でしょ。あんた、あたしのキャミ着て帰りたい?」
 目をつぶっているよう健太郎に厳命し、梓は健太郎の服を脱がせた。
 キャミソールとハーフパンツ、白いショーツ、靴、靴下。女子トイレの中で健太郎を一糸まとわぬ姿にひん剥き、梓も自分の服を脱ぎだした。シャツはよかったが、半ズボンとブリーフを脱ぐときはさすがに赤くなった。
(け、健太郎のおちんちん……小さいけど、こんなんなんだ……)
 自分にはないはずの男性器がほっそりした体の中央から生えている。
 やや興奮して小ぶりな陰茎を見ていると、それがにわかに持ち上がった。
「えぇっ…… !?」
「ど、どうした梓?」
「……な、何でもない! 目開けたら殺すからね!」
 真っ赤になって健太郎に叫び、ようやく梓も全裸になった。
 ブリーフを健太郎の女子の体にはかせ、シャツや半ズボンも着けさせる。胸はやや膨らんではいるものの、顔は健太郎の顔だし、これで男子で通せるはずだ。
「はい、もういいわよ」
「おう」
 なぜか高まる動悸を抑えつつ、梓も自分の衣類を身に着けた。梓の内心を反映して少し大きくなった陰茎が、ショーツに締めつけられて少し苦しい。キャミソールの下には今までの膨らみはなく、どこまでいっても平坦だった。
 だが股間も何とか隠せているし、元の梓とそう違和感はないだろう。靴と靴下はサイズが小さくて困ったが、我慢できないこともない。
 鏡を見てうなずき、二人はトイレから出て亜紀子に姿を見せた。
「……おまたせ、亜紀子ちゃん」
「うん、大丈夫。それじゃ二人が入れ替わってるなんてわからないよ」
 励ましの笑みを浮かべ、眼鏡の少女が言った。
「じゃ、帰ろっか」
 二人はうなずき、トボトボと通学路を歩いていった。
 梓も健太郎も、どことなくバランスが悪い歩き方に見えたが、不慣れな体のため仕方のないところである。
「……いい? お風呂やトイレのときはちゃんと目を閉じてなさい! あたしの体なんだから、見たらタダじゃ済まさないわよ!」
 別れ際、梓は健太郎に言い聞かせた。
「はいはい、そっちこそ俺のちんちん見て腰抜かすなよ」
「そ……そんな訳ないじゃない!」
 頬を朱に染め、ポニーテールの少年が言う。
「じゃあね二人とも、また明日」
 そう言った亜紀子に手を振り、梓はそっと自分のマンションに帰ってきた。

 梓の母親はリビングで何やら書き物をしていた。
「ただいまー!」
「おかえり梓。暑かったでしょう、早く着替えなさい」
 そう言ってくる母親にドキリとしながらも、梓は着替えを断った。
 椅子に座って横目で見てくる母親は気づかなかったが、娘の首から下はクラスメートの男子の体になっているのだ。
「う、ううん……いいよ。今日汗かいてないから」
「そんな訳ないでしょ。風邪ひいたら困るから、早く着替えなさい」
「……ううんっ !! いいっ !!」
 梓は真っ赤なランドセルを背負ったまま、自分の部屋に入ってしまった。
 変な子ねえ、というつぶやきが聞こえてきたが、幸運にもそれ以上の追求はなかった。
 ――バタンっ!
 部屋のドアを閉め鍵をかけ、ランドセルを床に下ろして梓はへたり込んだ。
「ふぅ……」
 まだドキドキする。もしバレてしまったら、何て言われるだろうか。それを考えると、どうしても平常心ではいられなくなってしまう。
「……はぁ」
 少しきつくなったハーフパンツを下ろしショーツをずらすと、ずっと圧迫されていた可愛らしい肉棒が苦しそうに顔を出した。
 今日初めて見る、健太郎の性器。
 まだ毛は一本も生えていないが、年齢にしてはやや遅いかもしれない。梓はじっと自分の股間を見つめていたが、やがて手を伸ばし、そっと触れてみた。
「あ……!」
 手の当たる感触に、ピクンと肉棒が動く。
 生き物のようにひとりでに動く姿に軽く感心しながら、梓はそれにぺたぺた触っていった。
「ん……おちんちんって、こんな感じなんだ……」
 まったくの未知の感覚に驚きつつ、また自分が高揚してくるのがわかった。それと共に梓のものも硬くなり始め、だんだんと顔をあげてゆく。
(――あ、おっきくなってる……)
 小ぶりながら、自分の手ですっかり立ち上がってしまった肉棒を眺め、梓は恥じらいと感嘆で顔を桜色に染めていた。
「立っちゃった……これ、どうしよう……」
 もじもじした半裸の男子が、女の子の声でつぶやいた。
 少し気持ちいいかも、と思ってしまうのがまた恥ずかしい。
 しかし今の梓に性的な知識は乏しく、また実践する勇気もなかった。
「……しばらく、このままでいようっと……」
 彼は熱いため息をつくと、ゴロンとその場に横になった。

 体が入れ替わっても着替えなくてはならないし、食事や風呂も欠かせない。そしてもちろん、食べれば出さないといけない。
「……うー」
 いつも母親の手で清潔に保たれている白い洋式便器を眺め、梓は考え込むようにうなっていた。
 大は男女同じやり方で構わないが、小はどうなのだろうか。下を見ると、縮こまった陰茎がぷらぷら揺れている。
(座っておしっこしていいのかな……? 学校の男子トイレ見てると、みんな立ってするみたいだけど……)
 先ほどの勃起した陰茎を考えると、便座に座って出したら小便が床にこぼれてしまうかもしれなかった。
「よし……」
 梓は心を決めると、両手の指をそっと陰茎に添え、たまっていた排泄の欲求を解放してやった。
 ――シャアアアア……。
 皮をかぶった性器から小水が綺麗な放物線を描いて放たれてゆく。
(……ああ、出てる……あたし、立ちションしてる……)
 本能が満たされる快感に、梓は軽く目を閉じた。
 初めてなのにどこにもこぼさず、うまく出すことができた。トイレットペーパーで陰茎の先をふき取って、ショーツをずりあげる。健太郎の肉棒が梓の下着に包まれ、ハーフパンツで隠された。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 翌朝。彼はいつものようにお気に入りの黄色のパジャマを脱いで、着替えを始めた。
 薄いピンクのショーツで股間を覆い、胸には昨日買ってきたベージュのパッドが入ったスポーツブラを身に着ける。手足は多少太くなったが、これで何とか女の子らしく見えるはずだった。昨日と違って灰色の半袖のブラウスを身につけ、首のあたりを隠す。下には少し長めの緑のスカート。これで体のラインを隠すつもりだ。今は真夏だし、他にいい服装は思いつかなかった。
「……よし、いいかな」
 鏡の前でくるりと回り、うんうんうなずく。
 まだ小学生の男女ではあまり体格に差がなく、よほど意識して見なければ、梓が男だとは誰も気づかないだろう。それに顔だけは彼女自身のものだ。
 いつものように父親と向かい合って朝食を取り、
「いってきまーす!」
「いってらっしゃい、気をつけるのよ」
 赤いランドセルを背負って外に飛び出す。足は少々痛むが仕方ない。
 登校の時間は亜紀子と合わせていて、行きも一緒になる。彼女はいつもの曲がり角で彼を待っていた。
「おはよう、梓ちゃん」
 梓の様子を確かめるような視線にうなずき返し、そっと亜紀子の耳に口を寄せる。
「どう……? あたし、ちゃんと女の子に見えるよね」
「うん、大丈夫。いつもの梓ちゃんにしか見えないよ」
 優しくそう言ってくれる彼女に感謝し、梓は亜紀子と並んで歩き出す。

 七月の太陽は朝から人々を苦しめている。空の端にかかった入道雲をうらめしげに見上げ、梓がうなった。
「やっぱり、あつぅぅうううぅい……」
「梓ちゃん、いつもはもっと涼しそうな格好だもんね」
 亜紀子は赤と緑の可愛らしいワンピース姿で、暑さで言えばそう梓と変わらないはずだったが、やはり弱音は吐かなかった。
「ヤバ……健太郎の体、すごい暑がりだよ……」
「そう? あまり変わらないと思うけどなぁ」
 そのとき、二人の後ろから一人の男子が現れた。
「よう、梓、亜紀子」
「あ、健太郎っ!」
 今日の健太郎は、白地に緑の横線が入った半袖のポロシャツ姿だった。やはり半ズボンをはいていて、ほっそりした健康的な女子の脚が丸見えだ。気になって胸を見たが、何か巻いているのか、あまり膨らんでいるようには見えない。
 梓は勢い良く健太郎に飛びつき、ポロシャツの胸元をわしづかみにした。
「こら、何しやがる !?」
 やはり柔らかい肉の感触がする。それは今の健太郎にはついていて、梓には存在しないものだった。
 内心の落ち込みを隠すように健太郎に話しかける。
「……あんた、昨日どうしてたのよ? 誰にもバレてないでしょうね」
「ああ。うちの親、夜中まで帰ってこないからな。全然バレてないぜ」
「それならいいけど……あたしの体、どこまで見た?」
「ああ。胸も揉んだし、下の方も風呂でバッチリ――あっ……! ち、違う! 今のなし! ノーカンッ!」
 慌てて逃げようとする健太郎の肩をつかみ、頬を力いっぱい殴りつけた。
「痛ぇええっ !!」
(……ああ、あたしの体が……こんなやつに使われてるだなんて……)
 心の中で涙を流し、梓は二人の少女と共に学校へ向かった。

 授業中も休み時間も昼休みも大人しく過ごし、梓たちは何とか一日を乗り切った。二人の首から下が入れ替わっていることは誰にもバレず、梓も健太郎もホッと胸を撫で下ろして家路についた。
 もっとも、体育があればどうなっていたかわからない。しばらくの間はどちらも体育は見学するよう申し合わせ、健太郎と別れる。
「健太郎! ホントに、あたしの体にヘンなことしないでよぉっ!」
「ああ。わかってる、わかってるって」
「全っ然、信用できない……!」
 ニヤついた顔で細い手を振って去ってゆく健太郎を、梓は不安そうに見送るしかなかった。
 亜紀子が横から一応のフォローを入れる。
「ま、まあ大丈夫だよ、きっと……」
「大丈夫じゃなぁあぁぁいっ! 亜紀子ちゃん、あたしがどんな気持ちかわかるっ !? 健太郎にあたしのおっぱいもお尻もアソコも全部見られて、しかもスケベ面であちこちいじくりまわされても、あたしは止めらんないのよ !? あたし、もうお嫁にいけない……うぅ……」
「あ、梓ちゃん……落ち着いて……」
 少年になった梓に、力任せに肩をつかまれ揺すられる亜紀子。彼女は解放されてもフラフラした様子で何事かを考えていたが、やがて眼鏡をかけ直して梓に提案した。
「……梓ちゃん、それなら今日うちに来ない?」
「え、亜紀子ちゃん家に……?」
「今日うちのママ、お出かけしてるの。だから夜までお留守番なの。良かったら梓ちゃんと一緒に遊ぼうと思って……」
 梓は考えるように相手の顔を見た。可愛らしい亜紀子のアクセサリーや洋服を見せてもらえば、多少は気が晴れるかもしれない。
 梓はコクンとうなずき、荷物を置きに一旦家に帰った。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 亜紀子の家は一戸建てで、亜紀子の部屋もマンション住まいの梓のそれより広い。
「あのさあ……」
 ベッドの上に寝かされ、力の入らない声で梓がつぶやく。
「これ、どうなってるの……?」
「あ、梓ちゃん起きた? 良かった、お薬の量ちょうど良かったみたい」
 亜紀子は梓の左足にロープをかけ、ベッドに縛りつけている。他の四肢は既に拘束されており、梓は全裸のまま身動きがとれなくなっていた。梓は睡眠薬の残った頭で、どうしてこんなことになったかを懸命に思い出した。
(たしかあたし、亜紀子ちゃん家に遊びに来て……そんで亜紀子ちゃんが出してくれたジュース飲んだら眠くなっちゃって……まだ眠いなぁ……)
 仰向けになった梓の下半身では、健太郎の陰茎が隠れもせず顔を上げている。亜紀子は先ほどのワンピース姿のまま、にこにこ笑って梓のモノを優しく撫でていた。
 ――さわ、さわ……。
(ああ……亜紀子ちゃんが、あたしのおちんちん……触ってる……)
 意識のはっきりしない頭に、陰茎をもてあそばれる感覚が伝わってくる。
「梓ちゃん、可愛い……ふふ、たくさん遊んであげるね……」
 少女の繊細な指が睾丸をつまみ、しわしわの袋を引っ張って戯れた。まさしく子供の遊びのような他愛無い仕草に、梓は声を出さずに笑った。
「あ、あきこ、ちゃ……ダメ、くすぐったい……よ」
「ごめんね梓ちゃん。でも、ちゃんと気持ちよくさせてあげるから……」
 亜紀子は顔を寄せ、小さな唇をすぼめて肉棒の付け根に口づけた。そのまま舌を伸ばし、玉と言わず袋と言わず丹念に舐めあげる。
「そん……そんな……の、きたない……よぅ……!」
「汚くなんてないよ。大人ならみんなこうしてるもの」
 ――ぺろ……ちゅぱっ……ぺろ、ぺろ……。
「はあ……ああ、やめてぇぇ……」
 キャンディを舐めるようなたどたどしい亜紀子の舌づかいに梓は抵抗もできずに、彼女にされるがままになっていた。
 自分にはおちんちんなんてないはずなのに。これは健太郎の馬鹿のものなのに。
 それなのに、女の子のはずの自分の心が気持ち良いと言っている。もっといじって、揉んで、舐めてほしいという欲求が大きくなってくる。
(あたし、女の子なのに……やだ、怖い、怖いよぅ……)
 べそをかいて震える梓の思いとは裏腹に、彼の陰茎はもうすっかり硬くなって小ぶりながら天井に向かって思いっきりそそり立っていた。
「梓ちゃん、皮も……剥いてあげるね」
「い……痛いぃっ !! 亜紀子ちゃん、やめてぇぇぇっ…… !!」
 未熟な性器の皮を無理やり引き剥がされる痛みに、梓が悲鳴をあげる。
「あら……ちょっと可哀想かな。まだ途中だけど……まぁいいわ」
 少女は梓の陰茎を元に戻し、代わりに勃起の先端を口に含んだ。舌でころころと転がすように亀頭を愛撫し、梓を喘がせる。
「やぁ……亜紀子ちゃん、こんなの……やだよぅ……」
「んむっ……ちゅるっ……はっ、梓ちゃん、こんなに硬くしちゃってそんなこと言ってもダメよ。……ちゅっ、あむっ……」
 亜紀子の指が再び袋にかかり、舌で亀頭を、手で睾丸を刺激していく。彼女の一挙動ごとに梓は泣き、喘ぎ、熱い吐息を漏らしていった。
「いやぁ……何か、くるぅっ……!」
「……まだ、ダメだよ……梓、ちゃんっ……」
 噴出の予感に、亜紀子は陰茎を指でぎゅっと挟んで射精を妨害した。
「はぁ、あ、亜紀子……ちゃぁんっ……!」
 あと一歩のところで絶頂を遮られ、梓が涙をぼろぼろと流す。その表情は劣情と欲求に染まり、亜紀子には本当の男子のように見えた。
「ふふ……梓ちゃん、出したい……?」
 こくこくと馬鹿のように首を振る梓。口はだらしなく開けられ鼻水とよだれを垂らし、見るも無残な有様だ。
「じゃあ……私の初めて、あげる……」
 亜紀子は陰茎をつまみ、下着もはいていないワンピースの裾をまくって彼の上に腰を下ろし、程よく濡れそぼった彼女の中に梓を導いた。
 ――ヌプヌプ、グチュ……グチュチュ……。
「はぁ……熱いよ、梓ちゃん……熱くて、かたぁい……」
「ひぃいィィい……何これェェ…… !?」
 幼い膣の中は思いもしなかったほど狭く、梓を存分に締めつけてくる。彼は快楽に目を細め、グショグショの顔で歯を食いしばった。
 そのまま亜紀子の中に挿入を続けると、肉棒の先に軽い抵抗感があった。
「梓ちゃん……そこっ、もっと……突いて……っ!」
 ――ブチィッ !! ブジュブジュ……ミチィッ…… !!
「……あぁああぁあぁあ゙あ゙ぁあ゙ぁっ !!!」
 梓にとっては童貞の、亜紀子にとっては処女の喪失だった。
 亜紀子は苦痛に涙を流し、幸せそうな顔で梓を受け入れている。
「これで……いっしょ、に……なれたね……梓、ちゃん……」
「亜紀子ちゃぁんっ……はぁあ、あきこちゃん――あきこちゃああぁんっ……!」
 少女にのしかかられ身動きのとれない状況で、梓が嬌声をあげる。
 梓の心に、雄の本能がわいてくる。この女を自分のものにしたいと体が叫んでいる。気がつけば、手足を縛られたままの梓の腰が上下に動いていた。血と粘液の滴る膣内で、張り詰めた肉棒を激しく往復させていくにつれ、自分は確かに親友の少女と交わっているのだという実感が心を満たしていった。
 亜紀子は痛みをこらえつつ、思いの内をぽつりぽつりと口にし始める。
「私ね、見ちゃったんだ……昨日、トイレで……は、裸になった、梓ちゃん……を」
「…………」
「顔はいつもの、梓ちゃぁんっ……なのにぃっ、おっ、ちんちん、がぁ……ついてて――すっっごく……コーフン、した……のぉ……」
「…………」
「男の、子にぃ……なった、梓ちゃん……か、可愛くて――私の、ものにぃ、したい……そう――思って、今日……呼んだ、のぉ…… !!」
 繋がったままで亜紀子の顔が下りてくる。頬に手が這わされ、ピンク色の唇が梓のそれに押し当てられた。
(亜紀子ちゃん……亜紀子ちゃん、亜紀子ちゃぁあんっ……!)
 大事な友達。愛しい。好きだ。そんなにあたしが。一つになりたい。あたし、男の子。可愛い。おちんちん。彼女の中に注ぎ込みたい。
 様々な思いが交錯し、白い奔流となって梓の先端から解き放たれた。
 ――ドクゥッ !! ビュルビュル……ドビュゥッ !!
「はぁあぁぁぁぁあ゙ぁっ !!」
 射精と共に、梓は白目を剥いて気を失ってしまった。
 細い体を弓なりにそらし、亜紀子の意識もかすれていく。痛みと達成感に歪められた顔は、小学生とは思えないほど淫猥なものだった。

 意識を取り戻した亜紀子は梓の拘束を解き、ベッドの上で二人で裸になって寝転んでいた。
「梓ちゃん……ごめんね、無理やりしちゃって……」
 申し訳なさそうに眉を曲げ、眼鏡の少女が隣の男子に抱きつく。梓はそんな亜紀子を見て可愛いな、と思った。
「いいよ……あたしも亜紀子ちゃんのこと、好きだもん……」
「でも、梓ちゃんが女の子に戻ったら、もうこんな事、できなくなっちゃうよ……?」
「元に戻れるかわからないし、もし戻れなかったら、このままでもいいかなって……。ありがとう。元気が出たの、亜紀子ちゃんのおかげだよ」
 亜紀子は首を横に振り、梓にそっと抱きついた。
 蝉の合唱の中で、夏の西日が二人の部屋を見下ろしている。

 一学期もそろそろ終わる頃だった。


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